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このページは、アンソロジーリレー小説の感想のページです。

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「中国帝王図」講談社文庫(2001年3月読了)★★★★★

中国の始祖とされる、伝説の黄帝から、清朝のラスト・エンペラーとなった宣統帝溥儀まで、中国史にその名を残す代表的な皇帝や王など総勢52人を紹介している本。イラストは皇名月さん。文章は田中芳樹さん、井上祐美子さん、狩野あざみさん、赤坂好美さん。皇名月さんも文章を書いている部分があります。

とにかく皇名月さんのイラストが綺麗。繊細かつ華麗なタッチで描かれている皇帝たちは、見ているだけでイメージが膨らみます。皇名月さんのイラストは、歴史的風俗的な考証にも定評があります。そして文章を担当している4人の作家さんたちも、中国史の分野で活躍なさっている方ばかり。その説明はとても簡潔で分かりやすいですし、主役である皇帝や王の話だけでなく、その周囲の人間や王朝についても触れているところがいいですね。
中国5000年の歴史の大まかな流れを掴むための入門編としても役立つ本。しかし物語ではない分、通して読んでいると飽きがくるかも。中国を舞台にした小説を読むたびに、この本を開いてイメージをふくらますという使い方も良いのではないでしょうか。(徳間書店単行本にて 1995/11初版)


「不在証明崩壊(アリバイくずし)」角川文庫(2002年1月読了)★★★★

【八反田青空共栄会殺人事件】(浅黄斑)…大友呉服店の大友老人の死体が発見されます。ケチで有名な大友老人には、商店主のほとんどが金を借りていました。しかし死亡推定日は商店街の旅行の日。定休日の違うお好み焼き屋の尾形咲子以外、全員そろってアリバイがあったのです。
【死体の冷めないうちに】芦辺拓)…大手の研究所に就職が内定した矢来一正が、大学卒業後も研究室に残ることになった伊地智伸行に論文テーマを伊地智に売りつけたことから、2人の関係が狂い始めます。矢来は伊地智を殺害。しかし必死で作り上げたはずのアリバイがすっかり消えてしまいます。
【三つの日付】有栖川有栖)…森下刑事からの電話で呼び出された作家の有栖川有栖。3年前にラブホテルで起きた殺人事件の容疑者が、アリスのサイン入り色紙と一緒に撮った写真を盾にアリバイを主張しているというのです。そのどちらにも92年3月22日という日付が入っていました。
【オレンジの半分】加納朋子)…真奈と加奈は一卵性双生児。見知らぬ男の子に会うために待ち合わせ場所に向かった真奈はすっぽかされて帰宅。しかしその後、加奈らしき子と男の子が一緒に歩いている写真が。
【「真犯人を探せ(仮題)」】倉知淳)…大東京ラジオ局、制作企画部。番組改編期に出てきた新しい企画との聴取者参加型の犯人当ての番組の原稿を読みながら…。
【変装の家】二階堂黎人)…「崖の家」でおきた密室殺人事件。建物の外は一面の雪、そこには駆けつけた巡査の足跡しかありませんでした。
【シャドウ・プレイ】法月綸太郎)…友人のミステリ作家・羽島彰から掛かってきた深夜の電話。彼は自分の新しい小説に出すつもりのドッペルゲンガーについて話し始めます。
【アリバイの泡】山口雅也)…キッド・ピストルズとピンク・ベラドンナは久々の休暇で南半球へ。しかしホテルに滞在している台湾人の貿易商が殺され、一緒にいた3人の息子が容疑者になるという事件が。

「野生時代」にアリバイをテーマに競作された短編集。
「三つの日付」は作家アリスシリーズ、「変装の家」は二階堂蘭子シリーズ、「アリバイの泡」はキッド・ピストルズシリーズ。「八反田青空共栄会殺人事件」や「死体の冷めないうちに」「三つの日付」「変装の家」の4作品は、ごく正統派のアリバイ崩し。そういう作品も良いのですが、この中で私が好きなのは、少々変形のアリバイ崩しとなる「オレンジの半分」と「真犯人を探せ(仮題)」。特に「オレンジの半分」は、甘酸っぱいオレンジのような、ほのぼのとした物語。さすが加納さん、とても素敵ですね。「真犯人を探せ(仮題)」は、果たしてアリバイ崩しと言っていいのかどうかは分かりませんが、最後のオチがさすがに上手いです。そして、「三つの日付」の火村の「そうさ、アミーゴ」という台詞にはひっくり返りそうになりました。これでまた1つ名言が加わってしまうのですね。(カドカワノベルスにて1996/02初版)


「異色中国短篇傑作大全」講談社文庫(2003年2月読了)★★★

【指】宮城谷昌光)…衛の国の重臣・疾は素晴らしい指を持つ男。君主である霊公夫人に通じてるという噂の子朝に娘を娶って欲しいと言われて戸惑います。しかし結局、若い愛妻を手放すことに。
【曹操と曹丕】(安西篤子)…小さい頃から、父・曹操に愛されていないと感じていた曹丕。父が遠征から帰ってきて、まず抱くのは植。丕は父に認めてもらいたくて、乗馬や騎射を練習し、学問をします。
【潔癖】井上祐美子)…度を越した潔癖症・米元章に呼びつけられた客は、米博士が手を洗って日光で乾かすのを我慢強く待っていました。米博士の用件とは、客に彼の新しい硯を見てもらうこと。
【方士徐福】(新宮正春)…不老長寿の妙薬を欲しがる始皇帝に、数年たったら蓬莱山に来られよと言い残した安期先生。蓬莱山に行くのは方士徐福。彼は10年かかることを見越して準備を整えます。
【茶王一代記】田中芳樹)…生まれて初めて茶を飲み、その芳しい香りに陶然とした20歳の馬殷。それ以来馬殷の目標は「せめて毎日一杯の茶を飲めるような生活を送ること」になるのです。
【九原の涙】(東郷隆)…共同租界の近くに寝泊りしているルンペン胡弓弾きの「あたし」は、横浜で漁師の息子として生まれて以来、様々な仕事を経験し、上海に流れてきた人生について語ります。
【汗血馬を見た男】(伴野朗)…北方の匈奴と戦うため、武帝は月氏と手を組むことを考え、その使者となったのは張騫。しかし張騫らは匈奴に捕らえられることに。張騫は粘り強く機を待ちます。
【西施と東施】(中村隆資)…綺麗で賢い西施と泣き虫の味噌っかすの東施は、同い年で、村一番の仲良し。しかしある時西施の美しく凛々しい顔を真似した東施は、村中の笑いものになり…。
【范増と樊かい】藤水名子)…劉邦が項羽を差し置いて関中入りし、函谷関の門を閉ざしたため、項羽は激怒。劉邦は謝罪に訪れ、「鴻門の会」が開かれます。その水面下では激しい攻防が。
【屈原鎮魂】真樹操)…屈原は王族三姓と呼ばれる名門屈家の当主。幼い頃から聡明利発で将来を嘱望されるものの、人の心を斟酌しない正論ばかりに敵を増やし、とうとう漢北に追放されます。
【蛙吹泉】森福都)…白馬寺を訪れた武子美は、1人の僧侶に突然無実を訴えられて驚きます。その僧侶の名は円尋。豊源山に隠棲中の徐南川を殺した罪で、半月ほど前から手配されていたのです。

中国を舞台とする11の短編が収められているアンソロジー。この中では、「潔癖」「范増と樊かい」が既読。
短編、特に史実を基にした短編では、どうしても説明が多くなりがちですし、それによって物語自体の勢いが殺がれてしまうことが多々あります。この中でも、そういう説明が気になった作品がいくつかありました。こういうアンソロジーの形態をとる本では、各作家の力量がおのずと明らかになってしまいますね。しかしその中で、宮城谷さんがやはり目立っていますね。「指」は女性の立場からすると少々都合の良すぎて胡散臭いものを感じるというか、「男性の夢」的な物語だとは思うのですが、しかし史実を基にしてここまで読ませてくれるというのは、さすが。エロティックな物語なのに、それを全然感じさせないのもなんだか面白いです。あとは、ミステリ仕立ての「蛙吹泉」、旅行記のような「汗血馬を見た男」も良かったですし、「茶王一代記」の英雄譚と言うには妙に爽やかな馬殷の姿にも、なかなか味わいがあったように思います。わざわざタイトルに「異色」をつけるほど異色だとは思いませんが、「西施と東施」だけは確かに異色。これには驚きました。あまり私の好みではないのですが、しかし巧いと言っても差し支えない作品でしょうね。(講談社単行本にて1997/09初版)


「不条理な殺人」祥伝社文庫(2002年1月読了)★★★★

【モルグ氏の素晴らしきクリスマス・イヴ】山口雅也)…苦労の末、作家としての人生を歩み始めた葬儀屋のモルグ氏。人生最高のクリスマス・イヴの日、恋人のキャサリンを待つ間に珍客が続々と。
【暗号を撒く男】有栖川有栖)…男が自宅で喉を鋏で突いて死んでいるのが発見されます。しかしよく見ると、家の中の様々な物の配置がどうも妙なのです。作家アリスシリーズ。
【ダックスフントの憂鬱】加納朋子)…小宮高志の元に幼なじみである三田村美弥からの電話。彼女の飼い猫であるミアが大怪我をしたというのです。しかもそれは鋭利な刃物による傷でした。他にも被害を受けた猫が近所におり、高志は犯人を捕まえる決心をします。
【見知らぬ督促状の問題】西澤保彦)…ウサコの友人である広末倫美(ともみ)は、ある日マンションの家賃の督促状を受け取ります。家賃の滞納など全く身に覚えがなく、しかも差出人の名義がいつもと違うと気が付いたことから、倫美はウサコと共にボアン先輩に相談することに。タックシリーズ
【給水塔】恩田陸)…散歩仲間・時枝満に連れて行かれたのは、「人食い給水塔」と呼ばれる給水塔のある場所でした。時枝はこの給水塔の周りで起きた不思議な出来事を語ります。
【眠り猫、眠れ】倉知淳)…飼い猫の「モトノラ」が死にかけているという時に、実の親父が殺されたという知らせが。父親が瀕死の体に注連縄を巻いて這っていたというのは、なぜなのでしょうか。
【泥棒稼業】若竹七海)…泥棒を職業としているミチルは、美嘉と組むとなぜかいつもろくなことになりません。その日もいきなりドーベルマンが登場し、一目散に逃げるはめに。
【かぐわしい殺人】近藤史恵)…今泉文吾探偵事務所に現れた大西真理恵の依頼は夫の浮気調査。浮気調査はあっさり終了し、彼女の親友の亜希子が浮気相手だとわかるのですが…。
【切り取られた笑顔】柴田よしき)…幸せいっぱいの生活を送っていたはずの奈美は、友達にすすめられて始めたインターネットに夢中になり、ホームページを開設。いろんな人の相談に答えるようになります。しかし、ある時舞い込んできた不倫の相談が彼女の人生を狂わせることに。
【トゥ・オブ・アス】法月綸太郎)…高校の同級生だった真宮涼一と木村悠子。お互いほのかな恋心を持っていたのですが、7年ぶりに再会したと思った時、それが悲劇を呼ぶことに…。

小説NONに掲載された短編を集めたミステリ・アンソロジー。
「モルグ氏の素晴らしきクリスマス・イブ」山口さんらしいブラック風味。これはやはり山口さんの真骨頂なのでしょうね。モルグ氏はなんとも気の毒なのですが、やはり上手いです。「暗号を撒く男」肝心の暗号があまり生かされてないような気がします。もう少し事件に絡ませて欲しかったです。しかし実は、事件よりもそちらがメインの話だったのかもしれませんね。それなら納得なのですが。「ダックスフントの憂鬱」は「ガラスの麒麟」で既読。やはり綺麗ですね。しかしこんな謎解きをしてしまう先生は凄すぎます。「見知らぬ督促状の問題」はタックシリーズ。「謎亭論処」にて既読。タカチの一人称というのがとても好きです。ラストのタックの推理は、理由付けがやや希薄ながらも、説得力はありますね。「給水塔」は「象と耳鳴り」にて既読。ホラーになりそうなところを一転して理詰で落としているところが見事。やっぱり関根多佳雄はいい味を出してますね。周囲をぐるっと歩いていくシーンがなんとも好きです。「眠り猫、眠れ」ミステリ部分よりも、猫に関する部分の方が良かったです。ペットに死なれた経験のある人はきっとそのことを思い出してしまうはず。「泥棒稼業」なぜつかまらなかったのでしょうね。不思議。「かぐわしい殺人」登場人物の感情の奥底にあるものが見えた時。怖いですね。小道具がなかなか綺麗です。「切り取られた笑顔」実際にあり得るところが怖いです。しかしこれで壊れてしまうということは、やはり所詮はその程度だったのでしょう。「トゥ・オブ・アス」は「ニの悲劇」の原型となった作品。既に法月さんらしさが出ていると思います。しかし探偵役はまだ法月綸太郎ではなく、法月林太郎。
トリック云々よりも、話として読み応えがある作品が多かったように思います。私がこの中で一番好きなのは、恩田さんの「給水塔」と加納さんの「ダックスフントの憂鬱」。やはりこの2人の作品の透明感は、それぞれに素敵ですね。(1998/07初版)


「新世紀『謎(ミステリー)』倶楽部」角川文庫(2002年1月読了)★★★★★

【十人目の切り裂きジャック】篠田真由美)…切り裂きジャックに夢中だった真理亜は、「昭和の切り裂きジャック」事件の最初の被害者がみつかった時、既に本家の切り裂きジャックの事件との類似性を指摘していました。しかしその彼女自身が5番目の犠牲者となってしまいます。
【インド・ボンベイ殺人ツアー】小森健太郎)…名探偵・星野君江と「私」は、パスポートの盗難にあい、ボンベイに足止めされていました。そして日本大使館で出会った結城という男に、「友達が警察につかまっている、その殺人の容疑を晴らしてほしい」と頼まれるのですが…。
【《ホテル・ミカド》の殺人】芦辺拓)…1933年シカゴ万博の開催中、カリフォルニアにあるホテル・ミカドの一室で発見されたのは、ハラキリによって死亡している男と銃殺されたブルネットの女の死体。たまたま現場に居合わせた、チャーリー・チャン警部と私立探偵・サム・スペードが事件を推理。
【藤田先生、指一本で巨石を動かす】村瀬継弥)…小学校を卒業して30数年。恒例となった、藤田先生をかこんでの同窓会の今回の趣向は、当時ひ弱な少年だった下川が、どうやってたった1人で巨大な石を動かしたのかという謎を解くこと。いじめられていた下川は、これで一躍人気者となったのです。
【鬼子母神の選択肢】北森鴻)…京都嵐山の万年貧乏寺・大悲閣千光寺は、松茸の採れる場所だという投稿がきっかけで参拝客が急増。しかし山中には松茸ではなくミイラ化した男性の死体が。寺男として千光寺に住み着いていた有馬次郎は、投書に隠されていた真実を解き明かします。
【観覧車】柴田よしき)…遠藤祐介が失踪し、私立探偵の唯が遠藤の愛人・白石和美の尾行を始めて2週間。和美は毎日のようにお洒落をして八瀬遊園に行き、観覧車に乗っていました。
【縞模様の宅配便】二階堂黎人)… 公園でリコちゃんと遊ぶ渋柿信介。あきらくんを家に誘いに行くのですが、ゼブラ便の配達員と家の前で話しこんでいる、あきらくんのママの様子が変で…。
【だって、冷え性なんだモン!】愛川晶)…マンションで女性の絞殺死体が発見されます。しかしその女性の服装やアクセサリーは左右がちぐはぐでした。早速容疑者として、被害者と深い仲にあった3人の男性があがるのですが…。読者への挑戦状がついています。根津愛シリーズ。
【蓮華の花】西澤保彦)…作家である日能克久の元に高校の同窓会の連絡が入ります。しかしその時話題に出た梅木万里子のことを、日能は20年間も死んだものとばかり思い込んでいたのです。
【新・煙突稀譚】(谺健二)…会社帰りに通っていた屋台で、「私」はふと「シュミネさん」のことを思い出し、屋台の主人にその思い出話を語ります。
【ドア⇔ドア】(歌野晶午)…山科は、ほんのはずみで隣人の恩田を刺し殺してしまいます。死体を遠くに運ぶのは無理だと考えた彼は、死体を恩田自身の部屋に運び、隠蔽工作を始めます。

「十人目の切り裂きジャック」切り裂きジャックの薀蓄物かと思えば…。最後のオチが絶妙です。「インド・ボンベイ殺人ツアー」インドの時刻表トリックというのが凄いですね。日本の時刻表物の知識が逆に落とし穴になるようで面白い作品。「《ホテル・ミカド》の殺人」は「真説 ルパン対ホ−ムズ」にて既読。楽しいパスティーシュ小説です。「藤田先生、指一本で巨石を動かす」この藤田先生のキャラクターがいいですね。謎自体にはかなり無理があると思うのですが、でもこれはこれで良いのではないでしょうか。「鬼子母神の選択肢」は「パンドラ’s ボックス」にて既読。北森さんはさすがに巧いです。いい話ですね。「観覧車」情景がなかなか美しい作品。「縞模様の宅配便」ボクちゃん探偵シリーズ。やっぱりこのシリーズはいいですね。シンちゃんの一人語りと、ルル子とのやりとりが最高です。「だって、冷え性なんだモン!」いや、驚きました。「蓮華の花」情景が目の前に浮かびます。とても叙情的で美しい作品。「新・煙突稀譚」少し分かりづらいのですが、メルヘンちっくな雰囲気がいい感じ。「ドア⇔ドア」このアパートに信濃譲二がいたのが運の尽きですね。
なかなか読み応えのあるアンソロジーでした。各作品の前に二階堂さんと芦辺さんの対話形式の作品紹介があり、少々マニアックなのですが、それもとても楽しくて良かったです。(角川書店単行本にて1998/07初版)


「七人の安倍晴明」文春文庫(2001年11月読了)★★

【視鬼】高橋克彦)…安倍晴明70歳。その頃平安の都を震撼させていた夜盗の正体は、以前無実の罪で死罪となった藤原保昌だという噂が流れていました。視鬼とは、鬼を視、霊界や先々を見通す者。
【愛の陰陽師】田辺聖子)…「宇治拾遺物語」の中に登場する安部清明の姿を紹介。
【日本の風水地帯を行く】荒俣宏)…出雲に幻の風水村を発見し、京都へ向かった荒俣さん一行は、陰陽道の隠れた本拠地・大将軍八神社、そして清明神社を訪ねます。
【晴明。】加門七海)…少年時代の清明。幼い頃から賢く、陰陽師としての才能があった晴明は、周囲の敵意と殺意を一身に受けていました。実の父さえもが敵でしかなかったのです。物語の一部の収録。
【鬼を操り、鬼となった人びと】(小松和彦・内藤正敏)…小松氏と内藤氏の対談。「鬼がつくった国・日本」からの一部収録です。
【三つの髑髏】澁澤龍彦)…ひどい頭痛に悩まされていた花山院は、安部晴明に相談。晴明は式盤をまわして占い、院の前生にあたる髑髏を供養するようにと言います。そしてその頭痛は何年かに一度ずつ院を襲い、その度晴明が前生を占うことに。
【下衆法師】夢枕獏)…夢枕獏氏の「陰陽師−飛天ノ巻」の中にも収められている短編。寒水翁という絵師が、見事な外術を見せる青猿法師に心酔し、弟子入りしたいと熱心に頼み込みます。法師はとうとう根負けして、絵師を自分の師匠の所に連れていくことになるのですが…。

対談あり紀行文あり小説あり、とバラエティに富んだアンソロジーです。この中で同じように物語の形式をとりながらも対照的なのが、高橋克彦さんの「視鬼」と加門七海さんの「晴明。」。「視鬼」の中に登場する晴明は70歳、もう老年と言える年齢です。この作品は高橋さんの普段の作風に比べると多少大人しいような気がしますが、前半の遺骨と人形とを使って死者を蘇らせるというシーンが、後半の展開にとても効果的ですね。それに対して加門七海さんの描く晴明は、まだ元服前の子供の晴明。類稀なその才能のせいで嫉妬され、生まれを卑下され、周りに味方と言える人物も全くおらず、孤高に育っていく晴明の姿を見ることができます。「俺は天才だからねぇ」とうそぶく晴明。あまり品がないのが少々残念な気もしますが…。この2つの作品はどちらも、いつの世でも人間の中に棲む鬼が一番怖いということを伝えようとしているようです。
田辺聖子さんの「愛の陰陽師」は、田辺さんの優しいタッチで、まるで違う晴明に出会ったような感覚ですし、澁澤龍彦氏の「三つの髑髏」は、同じようなシーンが重なるたびに、少しずつ不思議な世界に引きずり込まれていくような錯覚を覚えます。夢枕獏氏の晴明は、私の中の晴明像の原点とも言えるものです。そして荒俣宏氏の紀行文、小松和彦氏と内藤正敏氏の対談も、それぞれに古くから風水や陰陽道、安部晴明に関して著述を著しているだけあって、なかなか興味深いもの。しかし、既に他の本に収録されていた作品も多く、それほど目新しいものはありません。特に「晴明。」はその作品の一部が抜粋されているだけなんですよね。晴明に関する入門書としての価値はあるのかもしれませんが、晴明人気に乗じた売れ筋の本作りという感は否めません。(桜桃書房単行本にて1998/08初版)


「不透明な殺人」祥伝社文庫(2002年1月読了)★★★★

【女彫刻家の首】有栖川有栖)…女性彫刻家がアトリエで殺されているのが発見されます。しかしその首は切断されて持ち去られ、首のあるべき場所には彫刻の首が置かれていたのです。
【アニマル色の涙】鯨統一郎)…松本清が就職した「なみだ研究所」は、波田煌子という伝説的な実績を持つセラピストのいるメンタル・クリニック。その日に来たクライエントは、動物が出てくる夢や幻覚を見ると言います。間違いなく精神分裂症だと思う清ですが、しかし煌子が見抜いた真相とは。
【複雑な遺贈】(姉小路祐)…突然死んだ老人の4億5千万円の遺産の行き先。老人は財産争いにならないようにと遺言状を用意していたのですが、有効と思われる遺言状がもう1通出てきたのです。
【スノウ・バレンタイン】(吉田直樹)…朝、「おれ」が目が覚めると、それは10年前の世界でした。愛情のない妻と子供もまだいないこの世界。はたして未来は1つだけなのでしょうか?
【OL倶楽部にようこそ】若竹七海)…大会社に勤めていた「あたし」が体験した、会社内に流れる怪文書の話。「あたし」は怪文書の出所を探ろうと、さまざまな推理を重ねます。
【重すぎて】(永井するみ)…村岡と不倫関係にあった亜紀は、なんとか村岡と別れようとしていました。しかししつこい村岡を階段で振り払った時、村岡は足をバランスを崩して階段を落ちることに。
【エデンは月の裏側に】柄刀一)…祖父が亡くなり、東京に住む従兄の光章の部屋に転がり込んだ天地龍之介。祖父が死ぬ前に言い残した中畑氏という人物を訪ねて、龍之介と光章はある研究所を訪れるのですが、そこの屋上から、背中に矢が刺さった男の死体が落ちてきて…。
【最終章から】近藤史恵)…売れない作家の私と、売れない役者の公平。公平の友達の持つ八ヶ岳の別荘で、彼女は彼を殺して心中しようとするのですが…。
【ホワイト・クリスマス】麻耶雄嵩)…毎年クリスマスに催される、武史の愛人たちと娘が参加するパーティ。しかしその晩、武史が殺されてしまうのです。
【ダブル・プレイ】法月綸太郎)…ウサ晴らしに出かけたバッティングセンターで、知らない男に話しかけられた木島省平。省平が口走っていた言葉を聞いて、ある計画を持ちかけたいと言うのです。

「小説non」に掲載された短編を集めたミステリ・アンソロジー。
「女彫刻家の首」作家アリスシリーズ。首を切られた理由がなかなか新鮮。火村のラストの台詞は、「朱色の研究」で垣間見せるものとリンクしていますね。「アニマル色の涙」鯨さんらしくて馬鹿馬鹿しくも面白いです。かなり強引ですが、こういうのもいいですね。「複雑な遺贈」まるで2時間のサスペンスドラマのような作品。双子の設定など悪くはないのですが、しかし肝心のストーリーは…。「スノウ・バレンタイン」ミステリというよりはSF。しかしとても素敵な作品でした。思いがけない捻りと切ないエンディングが素敵です。「OL倶楽部にようこそ」最後には驚きました。話の内容の割に明るくさらっと流してるところがいいですね。「重すぎて」亜紀といい村岡の妻といい、描き方が素晴らしいです。男性が読んだらぞっとするかもしれませんが、女性からは支持されそうです。「エデンは月の裏側に」キャラクターはとても面白いので、シリーズ化すると良さそうな作品。しかしかなり難しい理系の謎になりそうです。「最終章から」近藤さんはやはりこういうストーリーが上手いですね。作家の彼女が殴られて天啓を得たというのが驚きなのですが、しかし妙な説得力があります。「ホワイト・クリスマス」設定に驚いたのですが、しかしとても良いですね。最後の最後までお見事でした。「ダブル・プレイ」あまり好きなタイプの話ではないのですが、読み終わってみると、内容と題名があまりに良く合っているので感心しました。ストーリーは、もう少し単純化されていても良かったかもしれません。
私は吉田直樹氏の「スノウ・バレンタイン」が一番好きですね。とてもロマンティックです。あとは永井するみさんの「重すぎて」。これも本当に上手くて驚きました。2人とも初読だったんですが、他の作品も読んでみたいです。近藤さんと麻耶さんも、さすがに上手いですね。なかなか読み応えのある短編集でした。(1999/02初版)


「大密室」新潮社(2002年1月読了)★★★★

【壷中庵殺人事件】有栖川有栖)…壷中庵と呼ばれる地下室で殺されていた壷内刀麻。現場は密室、容疑者は通いの手伝い・田島絹子、隣の家に住む息子・壷内宗也、碁敵・熊沢房男の3人でした。
【ある映画の記憶】恩田陸)…叔父の葬式の帰りに思い出した、小さい頃に見た海の映画の記憶。それは叔父の妻・悦子が亡くなった時の記憶に重なります。
【不帰屋(かえらずのや)】北森鴻)…フェミニズムの提唱者として有名な社会学者・宮崎菊恵からの、東北の彼女の生家の離屋を調査してほしいという依頼。宮崎は「不浄の間」だと主張するのですが。
【揃いすぎ】倉知淳)…売れないライター、売れないイラストレーター、売れない作詞家、売れない翻訳家… 中年4人組が集まって、鍋をかこんだ日の話。猫丸先輩シリーズ。
【ミハスの落日】貫井徳郎)…ジュアン・ベニートは、スペイン一の薬品メーカーの創業者・ビセンテ・オルガス氏から、アンダルシアのミハスに来て欲しいという連絡をうけます。
【使用中】法月綸太郎)…中堅推理作家の新谷弘毅が、喫茶店で若手の編集者・桐原相手に新しい密室トリックについての熱弁を奮っていた最中、急に腹具合が悪くなり…。
【人形の館の館】山口雅也)…作家・ヒュー・グラントは、ニュルンベルクに大学時代の旧友・ニコラス・ブランストンを訪ねます。2人は1人の女性を取り合った仲。しかし大学時代は親友でした。

「小説新潮」に掲載された、密室をテーマにした短編を集めたアンソロジー。(恩田氏は書き下ろし)
「壷中庵殺人事件」作家アリスシリーズ。正統派の密室。やっぱり作家アリスシリーズはパズラーでいいですね。「ある映画の記憶」海の密室。青い青い海の記憶。密室以前に、映画の描写が幻想的な雰囲気を作り上げてて美しいです。「不帰屋」は、蓮丈那智シリーズ。「凶笑面」にて既読。やはり巧いです。「揃いすぎ」本当に揃いすぎです。(笑) 運命を感じてしまうのも、分かる気がしますが…。「ミハスの落日」もう一捻りあるかと思ったのですが、思いの他あっさりしていました。老人の悔恨の物語。「使用中」凄い捻り方ですね。新谷の語るミステリが作品自体にハマっていて、とても楽しい作品。「人形の館の館」非常に山口氏らしい作品。このアンソロジーの中では一番好きです。しかし凄い捩れぶりですね。
作品の後には、それぞれの作者の密室に関するエッセイが収録されており、それも併せて楽しめます。(1999/06初版)


「堕天使殺人事件」角川書店(2000年1月読了)★★★★

北海道の小樽運河で一体の死体が発見されます。その死体は1人の体ではなく、6人の女性の体の部位を縫い合わせ、ウエディング・ドレスを着せたという凄惨な物。そしてそれが堕天使殺人事件の始まりだったのです。

まるで島田荘司氏の「占星術殺人事件」を彷彿とさせるような始まり方ですが、これは現在活躍中のミステリ作家によってリレー形式で書かれた推理小説です。参加したのは二階堂黎人氏、柴田よしき氏、北森鴻氏、篠田真由美氏、村瀬継弥氏、歌野晶午氏、西澤保彦氏、小森健太郎氏、谺健二氏、愛川晶氏、芦辺拓氏の11人。事前の打ち合わせや質問は一切なしという状況で、前回までの原稿をそのまま引き継いで書くというものです。普通の小説ならまだしも、ミステリでリレー小説を書くというのはとても難しいのではないかと思うのですが、これが案外上手く出来ています。作家ごとに自分の得意な分野や場所に話をひっぱっていくので、思わぬ方向に話が展開する所も面白いですね。まあ、書く人によって同じ人物が別人のようになってしまったり、話が飛びすぎてやや散漫になっている感があるのは否めませんが… しかしこれはご愛嬌でしょう。最後を締めくくるために、芦部氏のあの探偵も出てきます。巻末には11人の作家それぞれの、自分の部分を書いた後の展開の予想が面白いです。私はこの11人の作家さんの半分ぐらいの人の作品しか読んだことがなかったのですが、こういう形式の話だと今までに読んだことのない人のも自然に読めるからいいですね。今度西澤さんの本を読んでみようかと思っています。(1999/09初版)


「妃・殺・蝗-中国三色奇譚」講談社文庫(2002年12月読了)★★★

【妃紅(フェイホン)】井上祐美子)…施琅が清に下り37年。今年63歳の施琅は福建方面の海軍の総司令の地位にあり、かつては自分も属していた明の国の残党を率いる鄭氏の軍と戦うことになります。
【殺(塚本史)…前漢・武帝の時代。司馬遷が父の志を受け継ぎ史記の執筆に取り掛かる物語。
【黄飛蝗(森福都)…唐の時代。突然起きた蝗害のため、51年ぶりに治蝗将軍が任命されます。それは前回の蝗害の以来、魏将軍の見出した「黄蝗変」という治蝗術を受け継ぐ魏有裕でした。

「紅」「」「黄」という色がそれぞれ印象的な3編の短編集。「妃紅」の終盤には「青」に関する言及があり、「殺」の終盤には群蝗が空一面を覆い、それぞれの作品へ繋がっていきます。そして「黄飛蝗」からは、赤子によって「妃紅」へと。どの作品も穏やかな物語ではなく、それぞれに激動の物語。「妃紅」は明から清へという時代、「黄飛蝗」も蝗害によって激変する環境の中にいる人間が描かれています。「殺」はその2作ほど激しく動いた時代ではありませんが、しかし司馬遷の心中は十分激動の時代だったと言えるでしょう。どちらかといえば史実に基づいたとても真面目な物語で、それぞれに興味深くはありますが、楽しむという意味では少し入りづらかったかもしれません。しかし歴史上これだけ有名な司馬遷がこれほどぼんやりした人物に描かれているというのは面白いですね。(1999/10初版)

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