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このページは、倉知淳さんの本の感想のページです。

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「日曜の夜は出たくない」創元推理文庫(2003年11月再読)★★★★★
【空中散歩者の最期】…新都心のベッドタウンで発見された、墜落死体。しかしその死体の付近には、死体の損傷具合から導き出される高さ、20メートル以上の高さの建物は何もなかったのです。
【約束】…両親の帰りを待つ間、六角公園へと向かった小学校2年生の麻由は、そこで1人のおじちゃんに出会います。帰りたくないというおじちゃんと麻由は意気投合し、毎日のように会うことに。
【海に棲む河童】…雑誌のグラビアの宣伝文句に惹かれ、連休に西伊豆へと向かった和柾とシゲ。しかし海辺には女の子は全くおらず、暇をもてあました2人は仕方なく孤島遊覧船に乗ってみることに。
【一六三人の目撃者】…帝政ロシア末期の物語を舞台で上演中、グラスの酒を飲み干した俳優の鍵山秀一郎が突然死亡。舞台の小道具の酒瓶からは、本物の酒の匂いとニコチンの異臭がしていました。
【寄生虫館の殺人】…急ぎの仕事が入ったフリーライターの壇原邦宏は、取材のために寄生虫会館へと向かいます。しかし彼が3階に上がった時、そこには1階の受付にいたはずの受付嬢の死体が…。
【生首幽霊】…昼間、頭に投げつけられた灰皿が原因で転んで頭に怪我をした八郎は、夜、その腹いせにゴムで出来た蛇のおもちゃを手に灰皿を投げた女性のアパートへ。しかしその部屋には生首が…。
【日曜の夜は出たくない】…日曜日にデートをする恋人は、家へ送ってくれた丁度45分後に電話をかけてくる習慣。しかし近所で切り裂き魔事件が頻発し、ふとしたことから彼女は彼に疑惑を抱くことに。

倉知淳さんのデビュー作。ただしプロ作家としての最初の本は本書なのですが、若竹七海さんの「五十円玉二十枚の謎」で、一般公募の枠から佐々木淳名義で猫丸先輩物を発表しています。
スーツが全く似合わない小柄な姿、猫みたいなまん丸い目、30すぎという年齢でありながら、定職にもつかずにフラフラとした生活。興味を持ったことなら何にでも首をつっこむが、興味がないことに対してはきれいさっぱり無知蒙昧、達者な口先三寸で周囲を煙に巻く、学生時代からの伝説の奇人変人。こんな妙な人物が中心となっている物語。猫丸先輩という人物は、時にはとても失礼ですし、後輩には非常に偉そうに威張っています。謎が解けた時など、自慢たらたら。本来ならかなり嫌なヤツのはずなのですが、読んでいると気がつかないうちに彼のペースに巻き込まれているんですよね。そして気がついてみれば、これ以上ないほど馴染んでしまっており…。奇妙な、しかし非常に強い魅力の持ち主です。
「空中散歩者の最期」初っ端から、なんと無茶な推理なのでしょう。夢のシーンの方が、余程夢があって好きなのですが…。「約束」どちらかといえば、ミステリというよりも「おじちゃん」と麻由のハートウォーミングな物話。しかしアレは、実際に持っていたとしても、そういうことにあまり使いたくない物なのでは。「海に棲む河童」民話や昔話には、多かれ少なかれ教訓めいた意味合いがあるとは思いますが、この具体的な行動の解釈には驚きました。「一六三人の目撃者」舞台というのも一種の密室状態ですね。鮮やかです。しかし殺害方法は分かりましたが、動機は結局何だったのでしょう?「寄生虫館の殺人」壇原の原稿が妙で笑えます。しかし、そういう物はあまり借りないのでは。女性同士でもあまりないかと。「生首幽霊」なぜ、そんなことをする必要があるのやら…。「日曜の夜は出たくない」なんとも可愛らしい物語ですね。想像以上に、題名にとてもよく合っていて好きです。
しかしこの7編の中で、猫丸が推理した通りに犯人が逮捕されたという記述が登場するのは「生首幽霊」だけで、後は猫丸先輩の妄想スレスレの推理が繰り広げられるだけ。初読の時はあまり考えていませんでしたが、なんとも妙なものですね。もしかしたら、猫丸先輩の推理に突っ込む役割の人間がいないせいなのかも。推理したら推理しっ放しというのは、ミステリ作品では珍しいですね。そして本編の後、「誰にも解析できないであろうメッセージ」「蛇足ーあるいは真夜中の電話」で、さらに作品に隠されている真実が明らかにされます。東京創元社らしい仕掛けですが、例えば若竹七海さんの「ぼくのミステリな日常」ほどの鮮やかさはないように思えます。

「過ぎ行く風はみどり色」創元推理文庫(2003年10月読了)★★★★
高校の時に祖父と衝突して家を飛び出して以来、1人で暮らしてきた方城成一。しかし最近、その祖父の様子がおかしいらしく、とうとう10年ぶりに成城にある実家に戻ることになります。祖父・方城兵馬は、一代で財を築き上げた人物。しかし若い頃は家庭など顧みることのなかった兵馬も、老いてからは亡き妻・初江のことばかり考え、息子の直嗣が連れてきた霊媒師・穴山慈雲斎に入れ込んでいたのです。成一の母・多喜枝はなんとかそれをやめさせようと、正径大学の心理学科助手の神代知也と大内山渉を家に呼ぶのですが、成一が帰ってきたその日も、穴山慈雲斎と正径大学の2人組が泥仕合を繰り広げていました。しかしそれらの客が帰った後、屋敷の離れで兵馬が殺されているのが発見されます。現在実家に住んでいるのは、多喜枝と勝行夫婦、成一の妹の美亜、幼い頃に事故で両親を亡くした、身体の不自由な従妹の佐枝子、そして家政婦の清里フミ。家を訪れていたのは、霊媒師と正径大学の2人と、叔父の直嗣のみ。全員アリバイは完璧。しかも離れには誰も出入りしていないのを、成一と直嗣が見ており、その他にも外部からの侵入者の痕跡はまるでなかったのです。

猫丸先輩シリーズ第2弾にして、初の長編作品。
物語は成一と従妹の佐枝子の視線から交互に描かれていきます。ごく限られた人数の中で起こる3つの不可能犯罪。怪しげな霊媒師と、これまた怪しげな超心理学の研究者の対決から開かれる降霊会。怪しげでおどろおどろした雰囲気がたっぷりでもおかしくないはずなのですが、しかし猫丸先輩のすっとんきょうぶりからか、なぜか爽やかな印象。そして当の猫丸先輩の物事の本質だけを掴みとる見方には、あっと驚かされました。いかにもオカルトっぽい事件も、猫丸先輩にかかると常識的なことを積み重ねた事件。この部分が複雑すぎないのが、とてもいいですね。
読んでいる時に、実は、おや?と思った部分もあったことはあったのですが、倉知さんの伏線の張り方があまりに上手くて、結局すっかり騙されてしまいました。ここは佐枝子の淡い恋心に免じて、といったところでしょうか。緑色の爽やかな5月の風は、佐枝子のイメージにぴったりですね。読後感もとても爽やかで良かったです。

「星降り山荘の殺人」講談社文庫(2000年1月読了)★★
上司を殴って左遷されてしまった杉下は、「スター・ウォッチャー」である星園詩郎のマネージャーとなります。星園の仕事で行ったのは、埼玉にある垢抜けないコテージ村。ここをお洒落な観光地にしようというプロジェクトの元に集められた人間は9人。全員が集まった晩に殺人事件が起こります。しかし突然の寒波のために、全員が通信手段もないままコテージに閉じ込められてしまうのです。

いわゆる雪の山荘物です。章が変わるごとに作者の注釈がつきます。騙されないように気をつけろ、気をつけろ、と何度も注意されるのですが、やはり完全に作者の術中にはまってしまいました。これは主人公に感情移入して読むほど、騙される度合いが高いのではないでしょうか。
倉知さんの作品は、去年「日曜の夜は出たくない」を初めて読んでとても気に入り、今回この作品を読んだのですが、正直な話、この本にはそれほどのインパクトはありませんでした。やはり猫丸先輩のシリーズの方が好きですね。

「占い師はお昼寝中」創元推理文庫(2000年8月読了)★★★★★お気に入り
辰寅は暇さえあれば寝ているというものぐさな霊感占い師。これで良く食べていけるものだ…と姪の美衣子は感心しながらも、叔父の占いに興味深々。暇さえあれば、押しかけ助手として通わずにはいられません。失せ物や超常現象など、いろいろな相談に応じる辰寅は、実際は占い師というよりも安楽椅子探偵のようなもの。でたらめなことばかり言ってるようでも、実際は相談者の身の回りの謎を鋭く解明しているのです。
【三度狐】…マイホームを購入したばかりのエリート会社員の周りで、物がなくなる事件が頻発。
【水溶霊】…男性顔負けにバリバリと働くビジネスウーマンの家庭で起きたポルターガイスト現象。
【写りたがりの幽霊】…見るからに軽薄な大学生が持ちこんできた心霊写真の正体。
【ゆきだるまロンド】…自分のしらないうちに別の自分が? ある下町の主婦のドッペルゲンガー。
【占い師は外出中】…辰寅の留守中にきた、江戸っ子のお爺さん2人の幽霊話。
【壁抜け大入道】…小学生の男の子が目撃した盗難の犯人は一つ目の大入道。

「この世には不思議なことなど何もないのだよ」ではないですが(笑)、この辰寅は霊感占い師という職業でありながら、超常現象を頭から否定しています。そして一見超常現象のように見える依頼人の謎を、いろいろと話を聞くうちにいつの間にやら解決してしまいます。しかしその解決を、ストレートに伝えるようなことはしません。依頼人の周りの人間関係や先のことまで考え、一見まるででたらめに見える回答を出して煙に巻き、これからどうすれば良いのかをさりげなく示唆をするのです。これがとても温かみがあっていいですね。それにとても新鮮でした。謎としては日常の謎です。しかしこんなにやる気がないのに有能な占い師というのは、都筑道夫さんの書く探偵・物部太郎と全くいい勝負ですね。

「壷中の天国」角川文庫(2003年7月読了)★★★
平和な地方都市・稲岡市に住む牧村知子は、父の嘉臣と10歳の娘・実歩と3人暮らしをする未婚の母。しかしある日クリーニング屋の配達の仕事で訪れた上得意の「いい家の奥様」に頼まれて、「送電線鉄塔建設に反対する市民の会」に行くことになってしまいます。その集会で配られたビラのヘビーさに場違いを実感していた知子は、さらにロビーで渡されたビラに驚かされることに。そこには、近所に住む江口貴文陽子夫婦に電波を打ち込まれて困っていると訴える、宮尾静枝という女性による手書きの告発文だったのです。その頃、稲岡市で起きた連続通り魔殺人事件。被害者は、占い好きの女子高生・野末由香、21歳の家事手伝い・甲斐靖世… そして事件が起こるたびに、犯人が書いたと思われる謎の電波怪文書が出回ります。

第1回本格ミステリ大賞受賞作。副題は「家庭諧謔探偵小説」
稲岡市というのは多分架空の都市だと思うのですが、その造形と描写が実にしっかりとしていますね。知子や実歩の日常の生活も濃やかに描かれており、朝市のことやクリーニング屋の夫婦とのやりとりなども生き生きとしていて、非常に現実感があります。特に絵画教室を開いている正太郎との絡みは抜群。そして正太郎の語る「壷中の天」の話。これがこの物語のメインなのでしょうね。この物語には、自分の熱中できることを見つけた人々が多く登場します。それは盆栽であったり、占いであったり、フィギュアであったり、ヤオイ小説であったり…。自分の好きなことを追求するという意味では皆同じ。しかしその好きな対象によっては、自動的に「オタク」「マニア」などに分類されてしまうことになります。フィギュアが好きな場合は確実に「オタク」。これが盆栽いじりになると、「ご隠居さまみたい」と言われることはあっても、あまりオタクとは言われません。この境界線は、きっと大人がするのに相応しいことかどうかという部分が大きいのではないかと思いますが、時間を忘れて好きなことに熱中するという意味ではフィギュアも盆栽も同じ。そして夢中になれるものを1つでも持っているというのは、とても良いことだと私も思います。ただ、その辺りに関しては正太郎の意見に賛成ながらも、過度の熱中とそれによる閉鎖性などのことを思うと、色々と考えさせられてしまうのですが。
本格ミステリとしてはどうなのでしょう。探偵役となるのは正太郎。彼のキャラクターはとても好きなのですが、しかしその謎解きは唐突。しかも事件のミッシングリンクはあまりに下らないですし、肝心の犯人についてもかなり不満が残ります。伏線はしっかりとありますが、伏線さえあれば何をやっても構わないのかと思ってしまいます。驚かされた部分ももちろんありますが、それ以上に「一体何だったんだろう」という印象の方が強いですね。やはりこの作品のメインは、正太郎の語る「壷中の天」論だったのでしょうね。ミステリ部分は、それに付随する味付け程度だったような気がします。

「まほろ市の殺人-春-無節操な死人」祥伝社文庫(2002年6月読了)★★★
ある5月の朝。湯浅新一が喫茶店「クルツ」に入ろうとすると、そこに丁度現れたのは彼女の美波。しかし美波はご機嫌斜めでした。その日の明け方、友達とのカラオケからの帰り道、痴漢にあったというのです。しかもお尻を触られ、男性の手に肩をひっぱられた美波が振り向いてみると、そこには誰もおらず、ただ風が吹いているだけ。幽霊の痴漢だったのだと力説する美波。そこにかかってきたのは、カラオケを一緒にしていたというカノコからの電話でした。「私、人を殺しちゃったかもしれない」という言葉に驚いた2人は、早速カノコのマンションを訪れます。明け方、カノコは7階にある部屋のベランダの手摺の外から変な男が覗いているのに気付き、思わずモップの柄でその男を突き落としてしまったというのです。しかし突き落とした後でカノコが慌ててベランダから下を見ても、そこには死体はおろか何もなく…。

「幻想都市の四季」という名の元に、架空の地方都市・真幌市を舞台に倉知淳、我孫子武丸麻耶雄嵩有栖川有栖という4人の作家が書き下ろしで競作した作品。春夏秋冬の春ということで、これが一応最初の作品になります。巻頭には架空都市であるまほろ市の詳細な地図が入り、巻末には「真幌市の沿革」というページがあり、その都市にリアリティを持たせようとする意図がよく分かります。文中のまほろ市に関する説明が多いのが少し気になるのですが、でも「ラジオのニュースにかこつけて、この街のだいたいの雰囲気を紹介している僕は、なかなか気が利いてるのではないだろうか」という、あまりに倉知さんらしい文章には笑ってしまいました。
事件の方は、一応きちんと伏線もはられているのですが、これが本当に可能なのかというと、それはおおいに疑問。でもとても倉知さんらしいとも言えます。本当の意味での解決というわけではないので何とも言えないのですが、想像するとかなり怖いです。作品も登場人物も、倉知さんの作品らしくとてものんびりほんわかしています。
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