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このページは、麻耶雄嵩さんの本の感想のページです。

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「メルカトルと美袋のための殺人」講談社文庫(2000年8月読了)★★★★
【遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる】…美袋は大学時代の友人・増岡に誘われて、増岡の恩師・大垣の別荘へ。そこにいたのは、増岡と同じ高校の歴史クラブのメンバーの5人。美袋はそのうちの1人・佑美子と恋に落ちるのですが、翌晩、彼女は死体として発見されることに。
【化粧した男の冒険】…美袋とメルカトルは、増岡の招待で彼の経営するペンションへ。しかし帰る前日に殺人事件が起きます。刺殺された男性の顔には、なんと化粧が施されていました。
【小人閑居為不善】…メルカトルの経営する「メルカトル鮎探偵事務所」は閑古鳥。退屈をもてあましたメルカトルは、自ら事件に巻き込まれるために市内の厳選した住人にDMを送りつけることに。
【水難】…小説の執筆のために山間の田舎町の旅館に滞在中、美袋は旅館や近くの神社でセーラー服姿の幽霊を目撃します。女中によると、10年前に修学旅行の高校生が土砂崩れで行方不明となった事件があったとのこと。メルカトルは「心霊探偵・物部太郎」と名乗って調査を開始します。
【ノスタルジア】…正月3日、美袋はいきなりメルカトルに呼びつけられ、メルカトルが正月の暇つぶしに書いたという原稿を渡されます。美袋は従兄弟の角膜をかけて、犯人当てをすることに。
【彷徨える美袋】…気がつくと、1人山奥の一軒屋に置き去りにされていた美袋。なんとか脱出しようと山中を彷徨ううちに、美袋は大学時代の友人の別荘に辿り着きます。
【シベリア急行西へ】…美袋とメルカトルは、シベリア急行でロシアを横断する旅に参加します。その旅の途中で人気作家の桐原が殺され、メルカトルが犯人を探すことに。

美袋とメルカトル鮎の短編集。この中で一番私が好きなのは「小人閑居為不善」。このブラックユーモアは、メルカトルの本領発揮といえるでしょうね。そして驚かされたのは、「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」。トリック自体よりも、最後の3ページの衝撃度が高かった作品です。こういう恋もあるのですね。しかし美袋は美袋なりに一生懸命なのですから、ここまでメルカトルに言われてしまうと少々可哀想でもあります。「水難」でメルカトルが名乗る「物部太郎」という名前は、都筑道夫氏の持つシリーズキャラクター。この遊び心にはニヤリとさせられますね。
友人であるはずのメルカトルに、すっかり嵌められ振り回され、挙句の果てには死ぬ思いまでさせられるという可哀想な役回りの美袋。メルカトルほど、自分の都合のためだけに周りの人間や事件を好きなように操り、振り回す探偵はいないでしょうね。ここまで傲岸不遜に好き勝手やられると、果たして「真実」に本当に価値があるのかどうか疑わしくなってくるほど。事件の真相としてメルカトルが語った推理も本当に正しいのか怪しいところです。しかしこの短編集では一応全ての事件はすっきりと解決され、後に残るぐるぐる感はほとんどありません。

「鴉」幻冬舎文庫(2002年2月読了)★★★★★
1ヶ月前に殺された弟・襾鈴(あべる)の死の真相を知るため、珂允(かいん)は襾鈴の遺品の中にあった地図とメモから、埜戸(のど)という村へ向かいます。それは地図にも記載されていない、外界からは完全に隔離された村。四方を山に囲まれた田畑で鴉に襲われた珂允は、小長の千本頭儀(せんぼんかしらぎ)に助けられ、無事に埜戸に辿り付き、そしてそのまま千本家に居候することに。この村では、「大鏡」と呼ばれる現人神が絶対の存在。村人達は、「山人」以外は山に入ることも許されないため、外の世界を知ることもなく、完全自給自足の生活を送っていました。珂允のように外の世界からこの村に迷い込んで来た人間は、皆「外人」と呼ばれます。しかし襾鈴は、外人でありながら「庚様」と呼ばれ、「大鏡」に仕える聖なる「近衛」の役についていたのです。素性を隠したまま、「庚様」のことを探ろうとする珂允。しかし珂允が村についてまもなく、襾鈴に敵対心を持っていたという菅平遠臣が殺されることに。

まず、この村の設定が面白いです。外界との交渉はないのですが、着物を着て鉄漿をしながらも、髷は結っていない点で、ある程度までの文化は入ってきている気配はします。この村を支配しているのは、絶対的な権力を持つ「大鏡」という現人神。そしてヒッチコックの「鳥」を思わせるような鴉の襲来、五行思想、錬金術、生きているかのような人形、殺人を犯した者の腕に必ず浮かびだしてくる痣の話、迫害される鬼子… 本当に異世界のようですね。そしてここに住む人間たちも詳細に描かれ、まるで小野不由美さんの「屍鬼」の村のようです。(「鴉」の方が発表が先ですが)念入りに書き込まれることによって圧倒的な存在感が生まれ、その村でならそういうことが起こってもおかしくないと思えてくるほど。そして起きた事件は、この設定ならではのトリック。そして二重三重の展開。最後にメルカトルが明かした真実にはやはり驚かされました。櫻花と橘花という名前が綺麗で、しかも巧いですね。
しかしトリック以前に、メタ・ミステリの代表的存在の麻耶さんの作品がこれほど読みやすいのには、本当に驚きました。「夏と冬の奏鳴曲」のような作品もとても魅力的ですし、大好きなのですが、しかしこういった論理的な結末を持った作品もなかなかですね。ただ、メルカトルに限っていえば、まるでごく普通の人間のようで… それだけは少々物足りなかったかもしれません。

「木製の王子」講談社文庫(2003年11月読了)★★★
比叡山の麓にある世界的に有名な画家兼彫刻家・白樫宗尚の屋敷で、殺人事件が起こります。殺されていたのは23歳の晃佳。彼女の身体は、屋敷の中にある焼却炉で焼かれ、頭部は切り取られて音楽室のグランドピアノの鍵盤の上に置かれていました。そして焼却炉の遺体からは、薬指が切り取られ、白樫家の一族であることを示す紋章入りの指環が取り去られていたのです。その殺人が起きた時に現場に居合わせたのは、京都のローカル雑誌「京趣」の編集部から取材にやって来ていた如月烏有と、編集部に配属されたばかりの安城則定。実は則定は、赤ん坊の頃、京都で誘拐されてそのまま犯人夫婦に育てられたという経歴の持ち主。彼もまた、白樫家の紋章の入った指環を持っていたのです。

白樫家と那智家。近親者同士の婚姻によって、外部からは隔離されている感のある曰くありげな2つの家の存在という設定が、麻耶さんの作品の雰囲気にとてもよく合っていますね。当主自らが作り上げた、重箱を積み重ねたような不思議な建物、物語の途中で挿入される「開闢之記」、そして一族の者の証である紋章の入った指環… 日本、それも京都が舞台でありながら、日常とはおよそかけ離れたこの世界の構築は、麻耶さんならではでしょう。そして白樫家と那智家という非日常の世界に、ごく普通の日常の世界から1人の青年が入り込みます。この世界に入り込むためのアイテムは、一族の証の指環。雰囲気は満点です。ラストも期待通り。
しかしこの作品での烏有の存在は一体何だったのでしょう。白樫家に則定を案内する役目に倉木光太郎という人物が設定されている以上、あまり存在の必然性がないような気がしてしまいます。そしてこの分刻みのアリバイの表、これもどうしても必要なものだったのでしょうか。迫力だけは十分伝ってくるのですが…。このアリバイの考察部分によって、物語の流れが分断されてしまったようで、それが少々残念でした。

「まほろ市の殺人-秋-闇雲A子と憂鬱刑事」祥伝社文庫(2002年6月読了)★★★★
生暖かい俄か雨の降る秋の日。鮎川百貨店を出て車に乗り込もうとした天城憂は、「早く乗せて!」という声に驚かされます。そこにいたのは闇雲A子。真幌市に住む有名な女流推理小説作家。推理小説を書くだけでなく、探偵のまねごとの好きな彼女は、彼女が見つけた「真幌キラー」を追いかけるようにと天城に言うのですが、結局天城は車を発進させることなく見逃してしまうことに。真幌キラーとは、この半年、ほぼ半月おきに真幌市民を震撼とさせている無差別連続殺人犯。被害者に共通点は見つからないものの、どの被害者も左耳が焼かれ、隣に必ず意味ありげなアイテムが置かれているのです。結局天城は、上司の命令で闇雲A子と組んで犯人を追うことに。

「幻想都市の四季」という名の元に、架空の地方都市・真幌市を舞台に倉知淳我孫子武丸、麻耶雄嵩、有栖川有栖という4人の作家が書き下ろしで競作した作品。
真幌キラーのミッシングリンクには驚かされました。こじつけだとは思うのですが、でもとても麻耶さんらしいですね。これではいつまでたっても連続殺人は終わらないですし、あまりに簡単に人が殺されすぎるという印象もありますが、しかし麻耶さんの作品だからこそ、少々現実離れしていても面白く読めるような気がします。「春」「夏」と読んできて「秋」。徐々に面白くなっていってます。ただ、最初に出てくる童話の一節には何の意味があったのでしょうか。そこのところがよく分からないのですが…。
…ここで初めて気がついたのですが… 真幌市を取り巻いているのは土井留市(どいるし)、九陰市(くいんし)、駄陰市(だいんし)、加亜市(かあし)。言うまでもなくコナン・ドイル、エラリー・クイーン、ヴァン・ダイン、ジョン・ディクスン・カーのことですね。他にも色々な名前が地図に潜んでいて面白いです。思わず逆に「○○はないかな」と探してしまいます。

「名探偵 木更津悠也」カッパノベルス(2004年6月読了)★★★★
【白幽霊】…戸梶産業の社長・戸梶康和が自宅で殺されます。康和の長男の未亡人・美智子が容疑者となり、美智子は香月実朝を介して、木更津に事件解決を依頼します。
【禁区】…御殿通りに白い服装の若い女性の幽霊が出ると聞き、牧園知耶子は失踪中の親友・坊津夏苗が化けて出ているのではないかと考え、樋脇薫香らと幽霊を見に行くことに。
【交換殺人】…木更津を訪れたのは、平山勝というサラリーマン。酔った勢いで見知らぬ男と交換殺人の約束をしてしまい、しかも自分が殺すはずの男が殺されたと言うのです。
【時間外返却】…鉄道展望ビデオがきっかけで橘鈴子の死体が発見されます。鈴子の父親・影夫は、1年前に失踪した時にも捜査をしようとしなかった警察に業を煮やし、木更津の元へ。

「翼ある闇」「木製の王子」に登場している木更津悠也と作家の香月実朝の短編集。メルカトル鮎のインパクトが強すぎて、すっかり存在自体を忘れていた木更津悠也と香月実朝なのですが、なかなかかっこいいところを見せてくれました。
「白幽霊」物語自体もとても面白かったですし、最後の視覚的な効果に非常にインパクトがありますね。「禁句」高校生たちの雰囲気はとても良かったのですが、なぜあの場であの真相が分かったのでしょう。この説明だけでは、今ひとつ納得できないのですが…。「交換殺人」交換殺人事件というモチーフの使い方がとても面白いです。これ1つのせいで、事実関係が見違えるほどややこしくなりますね。「時間外返却」この作品に関しても「禁句」同様、真相の判明に今ひとつ納得できなかったのですが、しかしこの作品で木更津悠也の語る「名探偵」が良かったです。人と人との「柵(しがらみ)」が強調されているこの作品集の最後にもとても相応しい言葉だったように思います。
木更津の名探偵ぶりを香月実朝が記録したという形式の本であり、2人は名探偵とワトスンという関係。しかし実際にはもっと複雑なものがあるようですね。確かに木更津は名探偵ではありますが、名探偵としての木更津を演出しているのは香月実朝。小説としての記述だけではなく、もっと本質的なところで香月実朝は木更津を創り出し操っているようです。たとえ木更津よりも先に真相に達しても、香月実朝は決して真相を口に出すことはなく、木更津の名探偵としての舞台を整える裏方に徹しています。そして木更津が無事に真相に辿り着いたのを見ながら、理想的な探偵の姿に1人悦に入る…。木更津がこんな2人の関係をどう考えているのかは良く分からなかったのですが、まんざら何も気づいていないわけでもないのでしょうね。今回は物語の筋自体はすっきりとしていましたが、こういうところに麻耶さんらしさが出ていたのですね。
4編を通して「白幽霊」が登場するのですが、この使い方もなんとも絶妙でした。

「神様ゲーム」講談社(2006年4月読了)★★★★★
7月11日の誕生日、渾身の息を吹きかけたにも関わらず、例年通り1本だけ消えずに残ってしまった赤いロウソクは、芳雄になにやら嫌な予感を感じさせます。しかしプレゼントは芳雄のリクエスト通り、ラビレンジャーのジェノサイドロボのデラックス完全版。芳雄は、刑事をしている父親に、最近神降市で起きている野良猫の殺害事件のことを尋ねます。猫はただ殺されているだけでなく、そのたびに首や手足が切り取られ、持ち去られていました。そしてクラスメートの山添ミチルの可愛がっていたハイジという猫も、3日前に4匹目の犠牲者となっていたのです。そんなある日、トイレ掃除で一緒になった転校生の鈴木君に話しかけた芳雄は、鈴木くんが自分のことを神様だと言うのを聞いて驚きます。鈴木くんの言葉が真面目なのか冗談なのか判断がつかなかった芳雄は、自分の寿命や周囲の人々のこと、そして猫殺しの犯人について訊ねることに。

ミステリーランドの7回目の配本。同時配本は、田中芳樹氏の「ラインの虜囚」。
かなりブラックではあるのですが、ミステリーランドというレーベルに相応しく、途中までは分かりやすい展開。しかし最後の最後で思い切りひっくり返されて驚きました。この不可解さは、とても麻耶さんらしいですね。「夏と冬の奏鳴曲」以来の不可解さで、嬉しくなってしまうほど。
この作品で一番面白かったのは、鈴木くんの存在ですね。自分のことを神様だと言い、「きみといろいろ話せて楽しかったからね。そのお礼だよ」と、簡単に犯人の名前を明かす鈴木くん。論理的な推理はなく、そこにあるのは、ただ真実のみ。しかし鈴木くんは本当に「神様」なのでしょうか。彼が神様だという言葉を信じていいのか分からない読者にとって、それは逆に持て余してしまうような真実なのです。神様を前にしてしまうと、ミステリ的な推理も存在し得ません。
芳雄の周囲に、そして大好きな「ラビレンジャー」の中にさえ存在する、残酷なまでの真実。神様の論理が繰り広げられる鈴木くんとの会話も面白かったです。この作品は子供には読ませたくないという言葉を何度も聞きますし、その気持ちは良く分かりますが、私には、こういった作品を自分から勧めることはしなくても、子供の目から隠してしまう必要はないように思えます。むしろこの作品に興味を持った子供は、実際に読んでみればいいとさえ思っています。たとえその時は衝撃を受けても、そういう経験というのは、何1つとして無駄にはならないと信じてるのですが…。しかし将来、「ジェノサイド」「タルムード」「バハムード」といった名前の意味を知った時、その子は何を思うのでしょうね。
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