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このページは、愛川晶さんの本の感想のページです。

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「化身-アヴァターラ」幻冬舎文庫(2002年10月読了)★★★

大学一年生の人見操は、生まれる直前に姉を、中学の頃に母を、一年前には父も亡くしたという天涯孤独な身の上。大学に入学してからは東京に一人暮らしをしています。そんな彼女の元に届いたのは、差出人不明の手紙。封筒の中には手紙はなく、写真が2枚入っているだけでした。1枚は幼稚園か保育所のような場所の写真、もう1枚は、1人の少年が頭のたくさんある蛇を踏みつけながら踊っているインド的な絵を写した写真。幼稚園らしき場所の写真は、見た瞬間、なぜか操の胸を甘酸っぱい思いでいっぱいにするのですが、しかしインドらしき絵の写真を見た瞬間、操はパニックを起こして失神してしまいます。その時居合わせた友人の星野秋子は、封筒や写真から、その建物が東京都内の物だと判断、建物の前に珍しい野草が写っているのに気付き、野草に詳しいアウトドア研究会の先輩・坂崎英雄に相談することに。しかし宮城県出身の操は、中学の修学旅行まで、東京に出たことが一度もなかったのです。

第5回鮎川哲也賞受賞の愛川氏のデビュー作。
主人公が自分のルーツを求めて、20年前の幼児誘拐事件の謎を探る物語。20年間両親だと思っていた人達は一体何者だったのか、自分とはそもそも誰なのか。しかし尋ねようにも、両親は既にこの世にいないのです。優しかった両親が、一転して幼児誘拐犯人へ…? ごく当たり前だと思っていた日常の風景が、このようにいきなり反転するのは、おそらくかなりの恐怖なのでしょうね。思い悩む主人公の姿には、途中までは少々ありきたりなものを感じてしまったのですが、物語終盤の仕掛けには本当に驚きました。この仕掛けのおかげで、読後感がぐんと良くなりました。
幼児誘拐という事件を、一味違った描き方をしているのがとても興味深いです。誘拐当時の保育所が密室だったという謎や、戸籍謄本を使ったトリックも相まって、読み応えのある作品となっています。文章も読みやすいですし、物語もとてもよく練られているという印象。とてもデビュー作とは思えません。ただ、インドのモチーフは面白くはあるものの、あまり必要性を感じないような気がします。ごく一部にせよ、子供が怖がるような絵を飾っている保育所という設定は、ナンセンスなのではないでしょうか。


「七週間の闇」講談社文庫(2002年2月読了)★★★

自ら2度の臨死体験を持ち、臨床体験研究家としても知られる磯村澄子が、自室で死んでいるのが発見されます。その部屋の床には夥しい数の金属製の丸い燭台が並べられて赤い光を放ち、壁には一面に曼荼羅が描かれ、祭壇と仏像が置かれ、部屋中がチベット仏教の装飾で彩られていました。澄子はその部屋の中の、壁に掛けられたチャクラサンバラというチベット仏教の守護神の絵に抱かれるようにして、首を吊っていたのです。そして彼女の額には「第三の眼」が。自殺とも他殺とも判断しがたいところがあり、捜査に当たった馬目俊作警部は、澄子の夫であり、高名な画家の磯村明を容疑者として考えます。しかし彼には死亡推定時刻は鎌倉の画廊で絵を描いていたというアリバイがあり、結局澄子の死は自殺として片付けられることに。しかし5年後。鎌倉の画廊で磯村明のアリバイを証言した広瀬亜矢子は、磯村明の後妻となっていました。そして優麻という娘が。そんな彼女に馬目警部が接触します。

全編が、臨死体験や輪廻転生などを始めとするチベット仏教の思想に色濃く彩られています。しかしそれらが単なるオカルト趣味とミステリの融合ではなく、現代医学の最先端の問題までを絡ませて、見事に物語の本質につながってくるところが凄いですね。読み始めた時は単なる趣味の世界かと思っていたのですが、思わぬ所で核心をつかれて、驚いてしまいました。これらの出来事がこのように繋がってくるとは。それによって犯人の行動その他に関しても納得。でもまるでメビウスの輪のようですね。ここまできてしまうと、誰にもその輪は断ち切れないかも。
しかし物語の前半で、視点がどんどん移り変わるのが少々分かりづらかったです。わずか100ページほどの間に視点も時代もどんどん変わるのです。構成が凝っているとも言えるのですが、少し落ち着きがなく感じられました。しかし第4章以降は、ほとんどが平成の5年の亜矢子の視点となるので、一気に読みやすくなります。物語も亜矢子の「怯え」が中心。サスペンス色が強く、展開は早いです。途中で挿入される「幕間」も効果的、緊迫感を盛り上げているように感じました。
作者である愛川さんが後書きに「最も好き嫌いが分かれる作品」と書いてらっしゃいますが、本当にその通りかもしれませんね。チベット仏教についての話も面白かったです。


「霊名イザヤ」角川文庫(2002年2月読了)★★★

こばと幼稚園の園長・深澤将人は、妻の美和を脳卒中で亡くした後、同じく園の職員をしている娘の沙貴と2人暮らし。童話作家「すずきまさと」としても順調に活動しています。ある日のこと、沙貴は幼稚園の臨時職員採用の面接希望者として現れた若い女性を見て驚きます。数日前にコンビニで写真の現像を申し込んだ時、「深沢将人」という名前を見て驚愕していた女性だったのです。父親にそのことを告げるべきかどうか迷う沙貴。しかし特に何も告げることなく、小津江真奈世はそのまま幼稚園に勤めることになります。そんな折、銀行から融資を受けるために土地の権利証が必要になり、美和が亡くなって以来「開かずの金庫」となっていた金庫を、錠前屋に頼んで開けることに。そこから出てきたのは、「イザヤ昇天録」という聖書の偽典でした。「イザヤ」とは、将人の洗礼名。亡くなった母親に薦められ、7歳の時に洗礼を受けていたのです。その文書の中の「マナセ」という名前が将人の目をひきます。「マナセ」とは、「イザヤ」を死にいたらしめる人物の名前。それは小津江真奈世と関係があるのか。そして将人の忘れていた記憶が蘇りはじめます。

深澤将人の不安感が「不思議の国のアリス」やアーサー王伝説などの物語を絡めて描かれ、そこに聖書のアポクリファ(偽典)「イザヤ昇天録」が登場、それを信奉して滅ぼされた異端のカタリ派の話などが合わさって、なかなか興味深い話が展開されていきます。これらの薀蓄が、とても面白かったです。序盤・中盤のホラー・オカルト的な展開に比べ、終盤は極めて論理的。前半でお膳立てが十分整っているので、最後まで雰囲気が崩れることはありません。しかし将人に関しては、とにかく気の毒としか言いようがないですね。これではあまりに救いがなさすぎるのではないかと思うのですが…。
読んでいると、所々不自然に思える部分が目につきました。父と娘の会話も、いかにも男性作家が書きそうな言葉遣いですし、特に前半の小津江真奈世の語るオカルティックな説明、吉川輝子の語る聖書の話など、会話というよりも、参考文献から写してきたそのままのような印象。まるで消化されきらないうちに、作品にされてしまったような気がしてしまいました。後半はそのようなこともなかったのですが。


「夜宴-美少女代理探偵の事件簿」光文社文庫(2003年6月読了)★★★

仙台と山形の県境にある泣不動で放火らしき火事が起こり、宮城県警黒岩署刑事課捜査一係の桐野義太は、手に入れたばかりの四輪駆動車で現地へと向かいます。しかし有料道路の荒彫岳ブルーラインに入ろうとしたところで本格的な雷雨となり、しかも深夜の道路を徘徊していた女性を車に乗せる羽目に。最近ブルーラインで事故に遭って死亡した女性が、自縛霊となって出没しているという話を根津愛に聞かされたばかりの桐野は、後部座席の女性が気になって仕方なく、前方不注意で大型トラックと衝突。しばらくして桐野が気が付くと、彼は奇跡的にほぼ無傷で崖の上に横たわっていました。謎の女性は消えうせ、四駆はガードレールを突き破って崖の下へ。そしてその翌日。高級外車が崖下に転落するという事故が起こります。現場は丁度前日、桐野の車がガードレールを突き破った場所。運転していた陽芳寺一輝は死亡。しかしその死因は、扼殺だったのです。疾走中の車という密室の中で、犯人はどうやって一輝を扼殺し、車の外へと逃れたのか。それとも死体がアクセルを踏み込んで崖下にダイビングしたのか。謎は深まります。

根津愛シリーズの長編第1作目。「堕天使殺人事件」で真相に肉薄しながらも、犯人の奸計に倒れた美少女高校生・根津愛が登場。事件は結局森江春策によって解決し、しかも森江春策が愛のために催した全快祝いの直後のため、登場時の彼女は非常に不機嫌です。この冒頭での愛の性格があまりに悪いので、少々うんざりしてしまいました。美少女だからといって、これはあまりに我儘が過ぎるのではないでしょうか。元々「堕天使殺人事件」はまた全く別の作品ですし、神戸の場面は必要なかったのではないかと思ってしまいます。
「ゾンビ殺人事件」などと呼ばれることになるこの事件は、二重三重にも不可解な様相を見せ、否応なく興味をそそります。本当に解決されるのか心配になってしまうほど。もちろん謎は解明されるのですが、しかしいくら伏線があったとしても、予備知識がないと真相はまず見破れないだろうというのが難点でしょうか。しかも「あっと驚く」というよりは、「そういうこともあるのか」という感じなのです。謎解きの場面の図版的な資料は、非常に分かりやすくていいのですが。
根津愛物はこの作品以前に短編を2作読んでいますが、どちらかといえば、長編よりも短編の方が向いているような気がします。この軽妙さは、連作短編集にもよく似合いそうです。


「根津愛(代理)探偵事務所」原書房(2003年12月読了)★★★★

【カレーライスは知っていた】…当直をしていた桐野刑事がとった電話は、女友達に電話をしているらしき若い女性の声。どこか様子のおかしいその声に、桐野は強盗が入っているのではないかと疑います。
【だって、冷え性なんだモン!】…マンションで女性の絞殺死体が発見されます。しかしその女性の服装やアクセサリーがちぐはぐ。早速容疑者として、被害者と深い仲にあった3人の男性が挙がります。
【スケートおじさん】…月曜日の朝。愛は通学途中、凍結した明神橋でスケートごっこをする男性を目撃。男性はフォーマルな服装で、しかし終始怒ったような顔をして滑っていたのです。
【コロッケの密室】…自称実業家にお金を騙しとられた畑中理佳は、高校時代からの友人・二条院梨花に100万円もの借金をしていました。1週間以内に返済するように言われた理佳は…。
【死への密室】…八木沼新太郎は、目の前で壁を通り抜けてみせると宣言。賭けの相手である中澤卓郎の他に、桐野義太、根津愛も脱出を見届けるために八木沼の家へ。

「夜宴」でデビューした、仙台在住の女子高生・根津愛物の短編集。発表当時は、犯人当ての公募という楽しい企画付きだったようですね。以前「夜宴」を読んだ時は、「堕天使殺人事件」の直後の事件だったこともあり、根津愛というキャラクターに色々と引っかかってしまったのですが、今回はそんなこともなく、純粋に楽しむことができました。やはり愛には、長編よりも短編の方が似合うような気がします。
「だって、冷え性なんだモン!」と「死への密室」は、それぞれ「新世紀『謎』倶楽部」と「密室殺人大百科」下巻にて既読。カレーライスだの冷え性だのコロッケだのと、いかにも日常の謎系の作品かと思えば、これが案外本格的なミステリなので驚かされます。特に「カレーライスは知っていた」は、カレーをレシピ通りに作ると事件の謎が分かるというもの。ユニークですね。これは本格的に小麦粉を炒めてつくるものなので、実際に作ってみようかと思ったぐらいなのですが… しかしレシピの通りに作っているつもりでも、思い込みが邪魔になってしまいそうです。叙述の「コロッケの密室」も面白いですね。しかしキュービックジルコニアの「専門の鑑定士さえ間違えることがある」という記述は雑誌などでよく見かけますが、現実にはまずあり得ないです。本物のダイヤを持っている人には、すぐ分かるはず。
それにしても愛が実在しているというのには驚きました。てっきりファンの間でのお約束なのかと…
まえがきが「愛川晶より根津愛へ」となっており、あとがきは根津信三によるもの。これは「スケートおじさん」と直接関係があるので必見です。そして「根津愛の独白」が4つと「根津愛ネコマンガ」が収められています。尚、光文社文庫から出ている「カレーライスは知っていた」は、これに「納豆殺人事件」(「名探偵はここにいる」にて既読)を加えたものです。

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