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このページは、山口雅也さんの本の感想のページです。

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「13人目の探偵士」講談社文庫(2004年3月読了)★★★★
20世紀末のパラレルワールドの英国。シャーロック・ホームズの最初の公式事件記録「緋色の研究」が発表されてから100年目を迎える今年、ロンドンでは、歴代の名探偵たちの業績を称えるための「探偵士100年祭」が開催されることになっていました。しかしこの年、不気味な“猫”の連続殺人事件も起きていたのです。被害者は探偵士ばかり11人。死体の傍らには必ず猫に関する品物が置いてあったため、切り裂きジャックならぬ「切り裂き猫(キャット・ザ・リパー)」と呼ばれていました。そして“猫”からマスコミ宛に古い童謡が記されただけの書状が届きます。なんと11人の探偵士たちが殺された事件は、見立て殺人事件だったのです。

最初はゲームブックとして刊行された「13人目の名探偵」が、長編作品として書き直された作品。「生きる屍の死」以前に出版された、山口さんの本当のデビュー作です。キッド・ピストルズとピンク・ベラドンナが初登場している作品でもあったのですね。
クリストファー・ブラウニング卿の事件が起きた後、記憶喪失の「私」は、ヘンリー・ブル博士、マイク・D・バーロウ、ベヴァリー・ルイスの3人から探偵士を選ぶことができるという部分に、ゲームブックとしての構成が残っています。3人の探偵士たちの推理が読めるというのは面白いですし、それぞれの得意分野が密室・ハードボイルド・ダイイングメッセージとそれぞれに違うというのも楽しい趣向。まさにパラレルワールドに相応しい設定ですね。少々杜撰に感じる部分もあったのですが、何といってもまとめ方が巧いですし、ダイイングメッセージも面白かったです。

「キッド・ピストルズの妄想」創元推理文庫(2002年12月読了)★★★★★
【神なき塔】…スペンディング卿の館のリンゴ園で起きた、リンゴの実が切り落とされた事件。重力工学研究所が怪しいと言うスペンディング卿の言葉で、ヘンリー・ブル博士とキッド・ピストルズとピンク・ベラドンナ、同行していたSF作家・スティーヴン・ソールズ、スペンディング卿らは早速研究所へ。しかし反重力の実験をすると言って塔に昇った所長のハンプリー・ダンプリー博士が「天に向かって墜ち」ることに。
【ノアの最後の航海】…スコットランドのバックシャー丘陵地帯に置かれた巨大な箱船。それは巨万の富を得る成功を収めたノア・クレイポールが、大洪水を信じて3年がかりで聖書の言葉のままに作り上げたものでした。その船に乗るのは、心臓疾患が悪化しているノア、花嫁となる予定のマーサ、ノアの血縁、動物、そして医師や動物の世話係たち。船を見にやって来たキッドたちも、一緒に船に乗り込むことに。
【永劫の庭】…キッド・ピストルズとピンク・ベラドンナは、探偵士のメンクール・ボワロオに連れられて、ラドフォード伯爵家へ。ラドフォード家は既に破産しており、自慢の館と庭園はナショナル・トラストの管理下にありました。今回の目的は、ラドフォード伯リチャード・シーモアが毎年館と庭園を開放して催している宝探し。しかし肝心のラドフォード伯爵が前の晩から行方不明だというのです。

キッド・ピストルズシリーズ第3弾。
パラレルワールドの英国を舞台に、マザー・グースの童謡にのっとって繰り広げられる物語。この中で一番印象的だったのは、狂気によって犯罪に走る人々も、その人々なりの論理があって行動をとっているということ。半重力という狂気にとりつかれたハンプリー・ダンプリー博士、聖書にある大洪水という狂気にとりつかれたノア・クレイポール、庭園にとりつかれていたリチャード・シーモアとアーサー・ガードナー… 様々な形の狂気が登場しますが、この狂気をキッド・ピストルズは否定しません。それどころか、彼はこの狂気を理解しようとするのです。妄想とは人がそれぞれに抱えて生きている空想物語のことであり、それを知るには突拍子がないように見えても、その空想物語の中にヒントを求めなければならないとキッドは言っています。
そしてこの狂気の論理がキッドによって解明された時。このパラレルワールドという設定が、その結末をゆるやかに受け止めてくれるのですね。キッドは、この世界はたった1つ存在しているのではなく、それぞれの人間がそれぞれの世界を抱えて生きていると言います。このポイントにこそ、山口さんがパラレル・ワールドを描き続ける根本的な理由があったのだと感じました。だからこそ、このキッド・ピストルズシリーズや「生ける屍の死」「日本殺人事件」はパラレルワールドの中に存在しているということなのですね。とても深い作品です。

P.131「--そうか、結構だ。おいらは、犯人は狂っていました、って結論でもいっこう構わない。しかし、その<ある意味で>というやつが知りたいんだ。人はわけのわからない事件に出合うと、みな狂人のやったことでしょう、で済ませてしまう。おいらが知りたいのはその先だ。狂気には狂気なりの筋の通った論理があるはずだ。これは犯人に限らんことだが、奇妙な現象を伴う事件には、必ずなんらかの形で、その事件に関わった者の<狂気の論理>--妄想が存在するはずなんだ。それを知ることの方が、それこそ<ある意味で>、犯人は誰か、などということより重要なんだ。」(キッド・ピストルズ)

「ミステリーズ《完全版》」講談社文庫(2002年1月読了)★★★★
DISC-1
【密室症候群】
…新米心理療法士・ダーモット・キンロスの元を訪れた、アンと息子のケン。自閉症気味のケンの作ったボール箱の密室を見て、ダーモットは探偵小説のように推理し始めます。
【禍いなるかな、いま笑う死者よ】…新米警官が初めて死体に遭遇したことから、死体発見の体験談が始まります。最古参のモリスンが今まで出会った中で一番奇妙だった死体は、笑っている死体でした。
【いいニュース、悪いニュース】…息子が通う、伝統と厳しい規律を重んじる学校からのニュース。それは息子の退学通告でした。彼は街の悪評高い中年男を寮に連れ込んだというのです。
【音のかたち】…オーディオに拘るハル叔父は、同じくオーディオに拘りのあるサイモン氏を家に招いて、独自の音楽論を繰り広げます。しかし彼の自慢のオイロダインのシステムには、誰も感心せず…。
【解決ドミノ倒し】…閉ざされた雪の山荘で起きた大富豪の殺人事件。容疑者は限定され、ダイイングメッセージらしき物もあり、トレイシー警部は容疑者を集めて自慢の推理を披露し始めるのですが。
DISC-2
【「あなたが目撃者です」】
…「あなたが目撃者です」というテレビ番組で、娼婦連続殺人事件の特集が放送されます。死んだ娼婦が持っていたという緑色の石の指輪から、妻は夫に疑惑を持ちはじめ…。
【「私が犯人だ」】…刑事たちに「私が犯人だ」と言っているのに、まるで相手にされない「犯人」。しかも目の前に死体がころがっているのに、「死体はどこだろう」という会話が繰り返されます。
【蒐集の鬼】…SPレコードの蒐集のためにセールスマンとなり、20年もその生活を続けているマッケリー氏。しかしある街で思わぬ大金を使ってしまうことになり、冷静さを失ってしまいます。
【《世界劇場》の鼓動】…世界の最後の日。世界劇場の支配人から電子メールを受け取った「私」は、最後の演奏会を聴きにやってきます。
【不在のお茶会】…主人がいないお茶会でお茶を飲み続ける3人の客は、帽子を被った植物学者と三月生れの作家、眠そうな精神科医。不在の主人と自分達自身について、彼らは推論を繰り広げます。

2枚組のCDに見立てて構成された短編集。巻末には著者自ら書いたというライナー・ノート(解題)まで付いています。 95年度の「このミス」の第1位に選ばれた作品に、ボーナストラックとして1作付け加えられた「完全版」。
「密室症候群」作中作がさらに作中作となり…と、ストーリーは二転三転するのですが、実はとてもストレートな作品だったのですね。「禍いなるかな、今笑う死者よ」笑いと死という一見相反するもの同士が、しっくりと組み合わさっているのが、凄いながらももとても奇妙。「いいニュース、悪いニュース」意外な展開にニヤリとさせられます。「音の形」結末はまるでホラーのよう。少々違いますが、サブリミナル効果を思い出しました。昔のドイツ国民もこうやって洗脳されていったのかも。「解決のドミノ倒し」どれだけどんでん返しが入れられるかという作者の意図通りの作品。とても凝っていて、このまま舞台で上演したらかなり笑える作品になりそうです。「容疑者とはドミノ牌のようなもので、名探偵によってすべてが倒された時、意外な絵柄が現れる」というのは、ミステリ作品の本質そのものですね。「あなたが目撃者です」最後の最後が凄いです。「私が犯人だ」コントにありそうな設定ですが、意外な決着がとても綺麗でさすが。「蒐集の鬼」ロアルド・ダールのようなブラック風味。「《世界劇場》の鼓動」色のイメージが鮮やかな、世界の終りを感覚的にとらえた短編。「不在のお茶会」「不思議の国のアリス」を思わせる作品です。やはり「アリス」のイメージは、ミステリ心を刺激するのでしょうね。
山口氏の作品には、いつも意表をつく設定や展開で驚かされます。しかし、いつもの奇抜な設定の上に構築されている本格ミステリとは違い、この短編集は純粋なミステリではなく、色々な方向性を模索した実験的な作品集に見えます。とは言え、とても山口氏らしい作品ばかり。本来山口氏が目指しているのは、この世界だったのでしょうか。この短編集全体のコンセプトは「狂気」「逸脱」。「狂気」は登場人物の狂気、「逸脱」はミステリ的な世界の枠組からの逸脱なのでしょうか。常々ミステリにおさまりきらない作風の持ち主だと思っていましたが、それだけにとても興味深いです。

「日本殺人事件」角川文庫(2002年1月読了)★★★
【微笑みと死と】…亡き義理の母・トウキョー・カズミへの憧憬から、カズミの父を訪ねて来日したカリフォルニアの私立探偵・東京茶夢(トウキョー・サム)。彼はアメリカ資本の会社の支社長をしているヤマダ・アサエモンとその息子・モンドに出会います。アサエモンはアメリカ人社長と合わず、悩んでいました。
【侘の密室】…バショー伯父の紹介で、サムはエクボさんと共に、ワキセン家流茶道の次期家元候補のタケトラ・センオーの茶の湯の席へ。この茶会の正客は、もう1人の次期家元候補・マツガメ・ゲンサイ。しかし茶会で出された茶碗が家元しか使えない家宝であり、それをセンオーがゲンサイの目の前で割ってしまったことから、ゲンサイが怒って退出。そして密室殺人事件が起こります。
【不思議の国のアリンス】…サムは、屋形船で知り合ったサヘイジと共に、カンノン・シティの沖合いに浮かぶクルワ(廓)島へ。遊廓が集まっているこの島でイキな遊びをするためにと2人が訪れたのは、トップクラスのミウラ楼。そして大夫のアリスガワの客となるサムでしたが、注がれた酒を飲んで眠りこんでしまい…。目が覚めてみると、アリスガワは隣の部屋の布団の中で殺されていました。

第48回日本推理作家協会賞短編・連作短編集部門賞受賞作品。
伯父を訪ねて来日しサムが、東京近郊のカンノン・シティに滞在している間に遭遇した事件を描いた連作短編集。この作品は、山口さんが古本屋で見つけた「Japan Murder Case」というペイパーバックに惚れこみ日本に紹介したという形式をとっています。本当の作者・Samuel Xの描いた日本は、「誤解と誇張に満ちた有り得ない日本」。サムライスピリットを持ったビジネスマンが刀を腰に帯び、人力車が走り、家々の前には鳥居があります。これを読んだ山口さんがとても気に入り、作者に日本語翻訳を持ちかけるものの、作者には自分の名前を出したくない理由があり、結局「山口雅也の創作」として出版することになった… と。
外国人が想像するであろう「いかにも」な日本の姿が楽しいです。本当の日本よりも日本らしさを持っていて、しかし「古き良き日本」というには少々ずれていて… なんだかとても可愛いのです。山口さんはキッド・ピストルズシリーズ以外でも、異世界を描いてらっしゃったのですね。異世界だからこその行動や動機、大道具小道具の使い方が新鮮。むしろ謎解きよりも、不思議世界ニッポンの姿が楽しかったです。
「微笑みと死と」「不思議の国のありんす」は、サムが小さな矛盾点を突いて見事な推理を見せるのですが、「侘の密室」では形無しです。これはかなり強引な謎解きになってますね。この謎解きを読んで納得がいかないと思う人も多そうですが、しかしこれがまた微妙にズレたこの世界にぴったりと合っていて、不思議感を一層高めているのではないかと思います。

「キッド・ピストルズの慢心」創元推理文庫(2002年12月読了)★★★★
【キッド・ピストルズの慢心】…生まれはロンドン北部、父親はアイルランド人のトラック運転手、母親は日系2世のメイド。そんなキッドが17の時に出遭った、探偵仕事に関わるきっかけとなった事件。
【靴の中の死体】…クリスマス休暇中のロンドン。スコットランドヤードのキッド、ピンク、ブル博士の元に、シューメイカー婦人から密室の宝石泥棒事件を解決して欲しいという依頼が。
【さらわれた幽霊】…20年前に誘拐されたきりで消息不明の息子を思い続ける女優・アン・ピープルズ。そして20年たった同じ日、当時と同じ文面の脅迫状が届きます。
【執事の血】…ロンドンへの途中の風雨に、メンクール・ボワロオ、キッド、ピンク・Bの3人は、近くのウォークシャー伯爵邸へ。その館には「最後の偉大な執事」と呼ばれる人物がいるはずなのです。
【ピンク・ベラドンナの改心】…パリの安酒場の屋根裏で生まれたピンク・ベラドンナは、アメリカやドイツを経てイギリスへ。ブティックでバイトをするうちにキッドと出会います。ピンク・Bの出遭った最初の事件。

キッド・ピストルズシリーズ第4弾。「靴の中の死体」「さらわれた幽霊」は、それぞれアンソロジー「密室」「誘拐」にて既読。
シリーズが東京創元社から講談社に移り、それに伴って作風もかなりポップになっているようです。キッド・ピストルズとピンク・ベラドンナのそれぞれの語りによる生い立ち紹介もあり、4冊目でありながらも、入門編ともいえる内容。少々難解だったとも言える「キッド・ピストルズの冒涜」や「キッド・ピストルズの妄想」に比べて、すっきりと読みやすい作品になっていますね。ミステリとしても、突飛な部分が抑えられているようです。その分、以前からのキッド・ピストルズファンには少々物足りないものがあるかもしれませんが、これはこれで、山口さんの幅広い知識がふんだんに生かされた作品と言えそうです。…「キッド・ピストルズの妄想」における「ピクチャレスク」に関する講釈が、こちらでは「ボンデージ&ディシプリン」に代わってはいますが。(笑)

「垂里冴子のお見合いと推理」講談社文庫(2002年3月読了)★★★★★お気に入り
【十三回目の不吉なお見合い】…冴子の13回目のお見合いは、次期支店長候補の銀行員・黒沢智彦。「剣道の得意なスポーツマン」という評判の割に全く生彩を見せない智彦は、見合いの途中で、知り合いらしいカップルに詰め寄ります。既に交際している相手がいることを悟った冴子たちは智彦の家へ。
【海に消ゆ】…今回の見合い相手は、質実剛健な軍人一家に育った自衛隊員・豪田剛。しかし見合いの席に現れた豪田母子はどこか落ち着きがなく、なぜか海の方を眺めてばかり。そして剛はトイレに立ったまま、姿を消してしまいます。剛の母親は、「海に消ゆ」の言葉を繰り返すばかりで…。
【空美の改心】…自称「恋愛派の刺客」空美は、恋人だった米兵のジョーが帰国してしまい大ショック。急遽お見合い派への転身を図ります。伯母の合子が冴子のために持ってきたお見合いに無理矢理割り込み、星川製薬の社長の御曹司で次期社長と目されている真司と見合いをすることになります。
【冴子の運命】…恋愛見合いに関わらず、落ち着くところは「同類の相手」と悟った合子が今回持ってきた話は、夢見耕作幻想文学賞を受賞した小説家・篠原荒野。すでにその受賞作を読み、感銘を受けていた冴子。会った途端に意気投合する2人なのですが…。

東京湾を望む海浜の町・観音市に住む垂里一家。この一家の長女は33歳の冴子。厚い眼鏡をかけてはいるものの、読書が趣味で普段から古風な着物姿の彼女は、まるで戦前のセピア色の写真から抜けて出た文学少女といった風情の和風美女です。そんな冴子のために、「お見合い界の孤高のハンター」として知られる伯母の人見合子が次々に縁談を持ち込みます。しかし冴子自身には特に問題がないにも関わらず、これまで12回のお見合いはなぜかすべて流れていました。本人たちがその気になっていた場合でも、何かしら不慮の事態が起きるので、父親の一路は垂里家の先祖にかけられた呪いではないかと疑うほど。連作短編集です。
まず、山口さんにしては設定があまりに普通なのに驚きました。舞台はごく普通の現代の日本、中心となるのも一応ごく普通の日本の家族。しかしお見合いをテーマにした連作短編集という切り口がなんとも新鮮です。冴子も冴子の家族も伯母の人見合子もとても魅力的ですし、一家のやり取りを見ているだけでも楽しくなります。冴子自身、縁談が流れても淡々として自然体。悲壮感は全くなく、その淡々とした雰囲気が物語全体の雰囲気となっています。そしてお見合いの席で起きる事件を解いていく冴子の推理には全く無理がなく、事件はごく自然に解決されていきます。とても上質のホームコメディタッチのミステリだと思います。
「十三回目の不吉なお見合い」顔見世的要素の作品。一路のシャーロック・ホームズばりの推理が始まった時は驚きましたが、この推理がこの作品だけなのが少々残念。「海に消ゆ」消え方のトリックも消えた理由もなんとも古典的ですが、それでも楽しめる作品。ナマコの使い方がなんともいいですね。「空美の改心」懐石料理… こういう風に思っている人も実際にいるのでは。この伏線はなかなか芸が細かいですね。「冴子の運命」これはいいですね。せっかく気も合っていることだし、これは上手くいって欲しいと思ったのですが…。しかしこの作品の性質からいって、上手くいってしまうと後が続かなくなってしまうのがツライ所。彼女の推理が冴える=破談、というのはなんとも皮肉ですね。篠山荒野には、またぜひ再登場して欲しいです。その時こそ。

それにしても、マニアの間では1冊数万円で取引されるという、某有名女子大のイヤーブック。これが数年分「コンプリートで」揃っているとは、さすが「お見合い界の孤高のハンター」ですね。10年ほど前に私が聞いた時は1冊5万円だったのですが… 今は一体おいくらになっているのでしょう。うちにも1冊あるんですけど。(笑)

「続・垂里冴子のお見合いと推理」講談社文庫(2004年9月読了)★★★★★お気に入り
【湯煙のごとき事件】…大学受験に失敗した京一を元気づけるため、母の友人が経営している温泉旅館へと向かった冴子たち。しかし空美が露天風呂で女性の死体を発見します。
【薫は香を以て】…スーパーモデルになるためにエステに通いたいという空美は、冴子の名前を騙って、見合い相手の関連のエステサロンを利用することに。しかし見る見るうちに老け始めて…。
【動く七福神】…神社の大黒天が消えた現場に残されていたのは、「受験七福人」の署名。しかし京一の通う予備校講師・榎本彰の家で寄せ鍋をした晩も、福禄寿の人形も消えたのです。
【靴男と象の靴】…デートに出かけようとして、駅で転んでハイヒールのかかとが折れてしまった空美は、仕方なく「ガリバー靴店」に駆け込むことに。

「垂里冴子のお見合いと推理」の続編。
登場人物たちの個性もそれぞれにくっきりとしてきたようですね。冴子はもちろんのこと、派手好きな空美やシスコン気味の京一の存在がとても楽しかったです。ほんわかとしたホームドラマを見ているようでした。しかし冴子ももう34歳。この本の中で、さらに1つ年を取ることになります。今回も4回のお見合いをするわけですが、結論から言えば全て失敗。もちろんお見合いが上手くいってしまえば、このシリーズも終わってしまうことになるのかもしれないのですが、今回の見合い相手たちは、4人ともあまり冴えないタイプ。これでは冴子が少々気の毒な気がしますね。ただ、前回の篠原荒野のような哀しい結末がなかったので、冴子自身へのダメージはあまりなさそうで、それだけは安心なのですが。ラストの冴子の心機一転ぶりが今後どうでるのか、次回も楽しみなところ。シリーズは終わって欲しくないのですが、次回こそ冴子に幸せになって欲しいものです。(「結婚=幸せ」ではないとは思いますが)

「マニアックス」講談社文庫(2003年12月読了)★★★★
I 蒐集家(コレクトマニア)たち
【孤独の島の島】
…玄界灘の沖合いに浮かぶ無人島・寄木島に3年ほど前に住み着いた漂着物マニアの女性の取材で、フリーライターの綾瀬千尋はカメラマンの吉川恭介と共にこの島を訪れます。
【モルグ氏の素晴らしきクリスマス・イヴ】…苦労の末、作家としての人生を歩み始めた葬儀屋のモルグ氏。人生最高のクリスマス・イヴの日、恋人のキャサリンを待っている間に珍客が続々と。
【《次号につづく》】…少年が出会ったのは、雑誌にダークマン・シリーズを連載中のマーク・D・コールマン。少年はコールマンを、宇宙から来たダークマン本人だと思い込みます。
II 映画狂(シネ・マニア)たち
【女優志願】
…歌と踊りは上手なのに姿が醜いため、女優になれないジュディ。大女優のハウスメイドをしている彼女は、ある晩出会った闇酒場のバーテンダーに、女優になる方法を教わります。
【エド・ウッドの主題による変奏曲】…ハリウッドの大物プロデューサー・オスカー・ブラウン三世と、大物プロモーターのアダム・マーマンが義理で見たC級映画。題名は「原子プードルの逆襲」。
III 再び蒐集家(コレクトマニア)たち
【割れた卵のような】
…団地で、連続幼児転落死事件が。妻が第2子の出産を控えて産院に入院している「わたし」は、息子の悠太を連れて入ったファミリーレストランで、奇妙な家族を目撃します。
【人形の館の館】…作家・ヒュー・グラントは、ニュルンベルクに大学時代の旧友・ニコラス・ブランストンを訪ねます。かつては1人の女性を取り合った仲。しかし大学時代は親友だったのです。

「ミステリーズ」の姉妹編の短編集。
英語圏における「マニアック」とは、日本での「熱心な愛好家」という意味よりも、もっと「狂人」に近い意味で使われることが多い言葉なのだそうです。そんな「狂人」たちの物語を集めた1冊。「モルグ氏の素晴らしきクリスマス・イヴ」は、アンソロジー「不条理な殺人」にて、「人形の館の館」は「大密室」にて既読。
読んでみると、確かにホラー。一見ごく普通の世界でありながら、よくよく見るとどこかに小さな歪みがあり、しかしそれを気付いた時は既に取り返しがつかず、全てが崩壊しているような感じです。山口さんならではという作品ばかり。しかし山口さんにはそれほどアクが強くないような気もします。ホラーという言葉から想像していたよりも、ずっと読みやすかったです。
この中で一番好きなのは、「割れた卵のような」。これには背筋がぞわっとしてしまいます。非常に現実感がありますね。無声映画時代の物語「女優志願」も、どこかにありそうな話しながらも、とても好きですし、「《次号に続く》」も、最後のオチには意表をつかれました。この作品こそ、山口さんにしか書けない作品なのでは。こういった思い切りの良さもとても好きです。

「奇偶」講談社(2004年1月読了)★★★★★お気に入り
2001年6月9日。神奈川県の狛浦原子力発電所で爆発事故が起こります。偶然、事件発生前後に原発の近くを車で走っていた推理作家の火渡雅は、後から事故のことを聞き、事故が起きた丁度その頃、車の中で「神よ我が頭上に原子爆弾を落とし給うな」という曲を聴いていたことに気付いて、背筋が寒くなります。そして同時多発テロの起きた9月11日。火渡は編集者の鏑木と共に渋谷のペアロダイスという名のカジノにいました。そこには、クラップスという骰子ゲームで6のゾロ目を4回連続で振り出す小人が。4回ゾロ目が出る確率は、なんと167万9616分の1という天文学的な数字。翌朝、火渡はカジノや他の場所で最近何度も偶然出会っていた陰陽のネクタイをした男が、ビルの屋上から落ちてきた骰子の看板に当たって死ぬ現場を目撃。その骰子の目もまた、なんと6のゾロ目だったのです。

「偶然」がタブーとされるミステリの世界で、敢えて「偶然の一致」に拘り世界を築いている作品。これでもかこれでもかと「偶然」が連発されます。ミステリというよりは、ミステリの形を借りた実験小説のよう。物理学、数学、神学、哲学、文学、民俗学、心理学、中国の易学まで使っての、様々な思想や思考によって考察されていく世界のあり方。この薀蓄部分が非常に面白かったです。そしてこれらの理論が十分に積み重ねられていたので、ミステリ部分の真相についても、妙に論理的に感じてしまいました。ここまで力強く押し出されると、なんとも説得力がありますね。これまでキッド・ピストルズシリーズや「生ける屍の死」、「日本殺人事件」のように、現実感のあるパラレルワールドを描きこんできた山口雅也氏ですが、これもまた山口雅也氏による1つのパラレルワールドなのでしょうか。現実性と非現実性の狭間の揺らぎが絶妙。ミステリの世界では偶然を嫌うあまりに、日常生活で起こる程度の偶然すらも意識的に排除されていることがありますが、本来リアリティを追求した場合、ある程度の偶然も必須要素となるはずですものね。
しかし、これは間違いなく問題作だと思います。評価もきっと二分されるのでしょう。それでも、4大ミステリの「ドグラマグラ」や「匣の中の失楽」に通じるものも感じるのですが、それらに比べるとかなり読みやすいかと。「結局、すべての起こりうることは、起こるのだと」という言葉が非常に印象的でした。
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