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このページは、芦辺拓さんの本の感想のページです。

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「十三番目の陪審員」角川文庫(2002年2月読了)★★★
鷹見瞭一は、先輩であり、長年出版社に勤めていたという船井信に、「無実の罪ドキュメント」の執筆計画を持ちかけられます。これは架空の殺人事件の犯人としてわざと警察につかまり、その時体験した一部始終をドキュメント小説として書いてみないかというもの。そのバックには、当代屈指の作家兼ジャーナリスト・小日向晃がいるというのです。勤めていた会社をやめ、密かに作家を志望していた鷹見はその誘いに乗ることを決め、DNA鑑定を欺くための造血幹細胞移植まで受けることに。しかしあくまでも冤罪になるだったはずの計画は、思わぬ方向へと展開します。鷹見は本当の強姦殺人事件で逮捕されてしまうのです。しかし罠に嵌ったという彼の主張を誰も真剣にとりあげてくれず、最終的に弁護人としての役目は森江春策へ。そして半世紀ぶりに復活したという陪審員制度によって裁きを受けることに。

面白い設定ですね。陪審員制度を中心に設定した作品としてはヘンリー・フォンダ主演の「十二人の怒れる男」や三谷幸喜原作の「十二人の優しい日本人」という映画が印象的ですし、その他にも筒井康隆氏の「12人の浮かれる男」という舞台劇もあるそうですが、芦辺さんが後書きで書かれているように、現行では行われていないからこそのストーリーとなっていると思います。この法廷論争には臨場感も緊張感も十分あり、とても面白いですね。森江春策の推理の展開の仕方は、法廷という場にこんなにしっくりくるものかと改めて感じさせられました。それに冤罪事件のドキュメンタリーを書くために、架空の事件で逮捕されるという設定もとても面白いですし、DNA鑑定とDNA改竄というモチーフの使い方もとても工夫されていて、個々のモチーフは魅力たっぷり。意欲作ですしね。しかしこの本当の目的には驚きました。ここまでの状況を作り出す必要があったのでしょうか…。

「真説 ルパン対ホームズ」講談社文庫(2001年1月読了)★★★
【真説 ルパン対ホ−ムズ】…1900年万国博覧会開催中のパリ。川上音二郎一座の芝居の上演中、一座の花形・貞奴が、さる富豪から贈られた首飾りを盗まれます。襟元には、アルセーヌ・ルパンの署名入りのカードが。次いで日本が博覧会に出展していた大仏、リュミエール兄弟が日本で撮影した活動写真のフィルムが盗難にあい、リュミエール兄弟の依頼でシャーロック・ホームズが来仏することに。
【大君殺人事件 またはポーランド鉛硝子の謎】…雑誌業界の麒麟児と言われるクラムリー・パンコットが、人気作家レイモン・F・キンメルの仕事場で死体となって発見されます。警察はキンメルを重要容疑者としてマークしながらも、誰が犯人であるか検討がつかないという状態。マーカム検事の要請でファイロ・ヴァンスが現場に駆けつけ、さらには「思考機械」ヴァン・ドゥーゼン教授も登場します。
【《ホテル・ミカド》の殺人〔改訂版〕】…1933年シカゴ万博の開催中、カリフォルニアのホテル・ミカドで男女の死体が発見されます。ハラキリで死亡している男と、銃殺されたブルネットの女。たまたま現場に居合わせたチャーリー・チャン警部と私立探偵・サム・スペードが事件を推理します。
【黄昏の怪人たち】…友人が幼い頃体験した不思議な話は、不思議な紳士の話してくれた探偵明智小五郎と怪人二十面相の話。怪人二十面相の事件で殺人が起き、周囲の状況から殺人犯は怪人二十面相以外には考えられなくなるのですが、明智小五郎は納得できずに独自に捜査に乗り出します。
【田所警部に花束を】…鮎川哲也作品の2人の名探偵、星影龍三と鬼貫警部の両方の世界に出入りしていたのは田所警部ただ1人。警部はそれぞれの名探偵が苦手な事件について語ります。
【七つの心を持つ探偵】…自宅の書斎で死体となっていたビジネスマン。ごく普通の被害者とごく普通の犯人だったのですが、探偵はなんとどんどん人格変換をおこしてしまうという奇妙な人物で…。
【探偵奇譚 空中の賊】…迷宮男爵という兇賊が世間を騒がせていた頃、迷邨豪堂(原名ゴードン、メーソン)の許に迷宮男爵からの手紙が届きます。それは迷邨の娘と、迷邨の所有する黄金仏陀像の強奪の予告状でした。迷邨は、蘇格蘭囲地(スコットランドヤード)の旗村刑之進(ヂヨーヂ、パターソン)と素徒探偵の浪蘭安利(アンリ、ローラン)に助けを求めます。
【百六十年の密室ー新・モルグ街の殺人】…森江春策は星々森人(ほしぼしもりんど)と名乗る人物からの執拗な依頼を受け、あるひときわ古びた建物に足を踏み入れます。

有名古典ミステリのパスティーシュ集です。
私が最初にミステリを読んだのは小学校の頃で、ルパンとホームズのシリーズを夢中になって読んだものです。でもミステリだけが好きだったわけではないので、それほどコアなミステリ者にはなりませんでした。未だに古典ミステリに関しては、有名どころを少しずつ押さえている程度。この本にはルパン(モーリス・ルブラン)、ホームズ(コナン・ドイル)、ファイロ・ヴァンス(ヴァン・ダイン)、サム・スペード(ダシール・ハメット)、明智小五郎(江戸川乱歩)、怪人二十面相(江戸川乱歩)など、ミステリの世界では有名な人物がどんどん登場します。私が名前しか知らない「思考機械」ヴァン・ドゥーゼン教授(ジャック・フットレル)、チャーリー・チャン(E.D.ビガーズ)、星影龍三(鮎川哲也)、鬼貫警部(鮎川哲也)などの人物も登場するのですが、でも芦辺さんの描いている雰囲気は、まさに古き良き古典ミステリの時代。遊び心も目いっぱい発揮されていますし、私よりもっとミステリに詳しい人なら、もっとニヤリとできる部分も多いはず。とても楽しい一冊でした。

「紅楼夢の殺人」文藝春秋(2004年9月読了)★★★★
朝廷より世々代々寧国公・栄国公の称号をいただく賈家一族。宮中に上がっていた栄国邸生まれの元春が貴妃の位を賜り、省親(さとがえり)をするに当たって、「大観園」という庭園が造られ、この庭園がその日1日のものだけとなってしまうことを惜しんだ元春の言葉で、彼女の妹にあたる美少女たち、そして元春のお気に入りの弟・宝玉が大観園に住むことになります。しかし彼らが「海棠詩社」を結成し、最初の会合に皆が集ったその日、迎春が大観園の中で何者かに襲われ殺されるという事件が起きるのです。それ以前に北静郡王が入手していた奇怪な書状のこともあり、その事件は、北静郡王のお声がかりで、刑部(司法省)の官吏・頼尚栄が預かることに。そして丁度公案小説を読み、名判官が活躍する小説に魅了されていた宝玉も、尚栄の協力をすることになります。

中国四大奇書の1つとも言われる「紅楼夢」をモチーフにしたミステリ作品。
この世の桃源郷でもあるかのような「大観園」で起きる連続殺人事件。怪しげな詩句を見立てに用いて、衆人環視の中、敷地内から犯人が消えうせたり、被害者の衣服だけが宙に浮かんで、被害者本人は密室の中に倒れていたりと、なかなかの不可能状況が続いていきます。「紅楼夢」でも主要と言える登場人物たちが次々と殺されていく状況には正直驚かされましたが、彼女たちはなぜ殺されなければならなかったのか、そしてなぜそのような不可能犯罪が行われなければならなかったのかが最後に明かされた時は、またしても驚かされることになりました。その時、なぜこの物語の舞台が大観園である必要があったのかという点についても、明らかになります。正直、この理由自体はそれほど意外ではなかったのですが、しかし全てが連動して、綺麗に収まっている様は本当に見事。「その作品が探偵小説であること自体が探偵小説としての仕掛けにつながっている作品」というあとがきの言葉に納得です。ここで、なぜ元春は大観園に宝玉という男性を1人だけ住まわせたのかということについても、1つの見解が示されているのが興味深いですね。
本家の「紅楼夢」に比べると、これは格段に読みやすい作品だと思います。あとがきに、「平凡社・中国古典文学大系版の『紅楼夢』全3巻をとっかえひっかえ携えて会社に通勤していました」とありますが、やはりそれだけ読み込んでいたからこその、この世界の造形なのでしょう。大観園や美少女たちの艶やかな雰囲気もとても良く伝わっていますし、まるでファンタジー作品で異世界に入り込んだ時のような心地良さがありました。「紅楼夢」という既存の作品、それもかなり有名な作品に舞台を借りた物語であるはずなのに、ここは既に芦辺さんの世界となっていますね。
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