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このページは、アンソロジーリレー小説の感想のページです。

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「新本格猛虎会の冒険」東京創元社(2003年7月読了)★★

「トラキチ」とも呼ばれる阪神ファンは、阪神が勝とうが負けようが、いつか優勝することを夢見て応援し続けるという12球団一の粘り強いファン。もちろん現役作家さんの間にも阪神ファンがいます。そんな作家さんたちの、「今年こそは」という熱い思いをぶつけたアンソロジーです。(笑)
普通のアンソロジーと違って、ご自分の趣味の分野の話がテーマとなるせいか、リラックスした短編が多いようです。それぞれの作家さんの素顔が垣間見えるようで楽しいですね。その中でも、黒崎緑さんの「甲子園騒動」がとても良かったです。これはしゃべくり探偵のシリーズで、保住と和戸が登場。駄洒落満載の会話も楽しかったですし、必要な情報がその中に綺麗に散りばめられているところもさすが。そして「しゃべくり探偵」ときたら、有栖川有栖さんの「猛虎館の惨劇」は、もしや火村とアリス…?と思ったのですが、こちらはノン・シリーズ。この作品は、やはり最後の一文を書きたいがための作品だったのでしょうか!そして北村薫さんの「五人の王と昇天する男達の謎」で主役となるのは、なんと有栖川有栖夫妻。北村さんと有栖川さんの仲の良さを感じますね。そしてとっても意外な駄洒落オチという、新鮮な一面も見せてくれます。(2003/03初版)

収録作品…逢坂剛「阪神タイガースは、絶対優勝するのである!」 、北村薫「五人の王と昇天する男達の謎」、小森健太朗「一九八五年の言霊」、エドワード・D・ホック・木村二郎訳「黄昏の阪神タイガース」、白峰良介「虎に捧げる密室」、いしいひさいち「犯人・タイガース共犯事件」、黒崎緑「甲子園騒動」、有栖川有栖「猛虎館の惨劇」、佳多山大地「解説ー虎への供物」


「ありがと。-あのころの宝もの十二話」ダ・ヴィンチブックス(2004年10月読了)★★★★

【町が雪白に覆われたなら】(狗飼恭子)…喫茶店でアルバイトをしている「わたし」には指紋がありません。強力洗剤に溶かされて、下水に流れていってしまったのです。
【モノレールねこ】加納朋子)…時々遊びに来ていたデブで不細工なねこが、その日、赤い首輪をしているのを見て、ぼくはこっそり首輪の下に短い手紙を書いた紙を押し込みます。
【賢者のオークション】久美沙織)…モデル仲間だった遊里にネットやオークションを教えられた竹坂黄奈は、かつての彼氏の好みだった大嫌いな服や小物をオークションで売り始めます。
【窓の下には】近藤史恵)…同僚の洋子の飼い猫・小麦が二重生活を送っていたという話を聞き、「わたし」は子供の頃住んでいたマンションであった出来事を思い出します。
【ルージュ】(島村洋子)…恋人に会えない日ぐらいはと、休みのたびに完璧に化粧して外出する千佳子。そんなある日、高校時代バンド仲間・晴美が子供を連れているのに出会います。
【シンメトリーライフ】(中上紀)…実際的な恋愛経験のない由菜と、奔放に恋愛を繰り返す妹の千花。優しくお金持ちだった養父のことを思いながら、実の父の思い出はいつまでも美しく…。
【光の毛布】中山可穂)…二級建築士の資格を取り、金融関係の事務職から小さな設計事務所へと転職した咲。しかし新しい生活のために智彦と別れることになるのです。
【アメリカを連れて】(藤野千夜)…太りすぎたメスのポメラニアン・アメリカを連れての深夜の散歩を日課としていた「私」は、ある日出会った犬連れの女性の家に遊びに行くことに。
【愛は、ダイヤモンドじゃない。】(前川麻子)…彼と、結婚していた年上の彼女との恋が成就し、彼女は夫と別れて彼と一緒に暮らすことに。しかしその生活は上手くいかないのです。
【骨片】三浦しをん)…大学を出て故郷に戻り、生家のあんこ屋を手伝っていた朱鷺子。恩師の急死を聞いて葬儀に駆けつけ、火葬場でこっそり骨を1つ掠め取ります。
【届いた絵本】光原百合)…その日の朝に届いたのは、今から会うことになっている、別居中の父親からの郵便。大きな平べったい茶封筒の中には、1冊の絵本が入っていました。
【プリビアス・ライフ】(横森理香)…これは「私」が洞窟の中に暮らしていた頃から現代に至るまでの、輪廻転生を繰り返し、愛し合うために巡り合う魂の物語…。

「あのころの宝もの」というテーマで書かれた、12人の女性作家によるアンソロジー。
この1冊の中に、様々な「あのころ」が入っており、どの「あのころ」も切なくて痛くて、しかし優しくて、どこか懐かしい感じでした。いつの間にか失ってしまったものたち。しかし「今」があるからこそ、「あのころ」があるのですし、「あのころ」があるからこそ、「今」があるのだと実感させられるような作品ばかりです。
この中で私が特に好きだったのは、加納朋子さんの「モノレールねこ」、中山可穂さんの「光の毛布」、光原百合さんの「届いた絵本」の3作。「モノレールねこ」では、何といっても「タカキ」が最高です。「光の毛布」は、ひたむきに自分の道を進む主人公の咲もいいのですが、この毛布が何より暖かくていいですね。「届いた絵本」は、この絵本の使い方もとても良かったですし、最後の最後で決定的に幸せな気持ちになれるのが好きです。その他の作品でも、近藤史恵さんの「窓の下には」の、あのどこか怖い雰囲気は近藤さんならではでしたし、狗飼恭子さんの「町が雪白に覆われたなら」の独特の雰囲気も良かったですし、久美沙織さんの「賢者のオークション」も可愛らしい話でしたしし、どの作品もそれぞれに良かったです。お初の作家さんも5人いて、新しい出会いにもなりました。(メディアファクトリー単行本「あのころの宝もの」にて2003/03初版)


「翠迷宮」祥伝社文庫(2003年6月読了)★★★★

【指定席】乃南アサ)…どこをとっても特徴がないのが逆に個性となっている津村弘。そんな彼の唯一の楽しみは、隣駅の本屋で時間を過ごし、檀というコーヒー店で本を読むこと。
【捨てられない秘密】(新津きよみ)…小学校以来の友人である中川香織が亡くなり、美栄子は悲しいと同時にほっとしていました。香織と共有する秘密。それは1枚の紺色のハンカチだったのです。
【神の影】五條瑛)…パキスタンからの密入国者・ハッサンがストーカーに遭っているという話を同郷のアキムが聞き、金満と安二も話を聞くことに。コーランに悪戯され、ハッサンは怯えていました。
【美しき遺産相続人】(藤村いずみ)…その日花ヶ咲家にやって来たのは、野々山証券の営業マン。令嬢・カルメリータと世話役の宮田桃子の暮らす広尾の豪邸に、毎日のようにやって来るようになります。
【わが麗しのきみよ……】光原百合)…吉野桜子が「なんだいミステリ研」の3人の先輩に配ったのは、C・グッドフィールド作・吉野桜子訳「わが麗しのきみよ…」のコピーでした。
【黄昏のオー・ソレ・ミオ】(森真沙子)…マンションの組合の理事となった鳥井奈美子に、階上の歌声が煩いと苦情の電話が。毎朝のように「オー・ソレ・ミオ」が聞こえるというのです。
【還幸祭】(海月ルイ)…出産のため、2歳の萌を連れて京都の実家に戻った景子は、祇園祭の還幸祭で小学校時代の同級生の美奈代と出会います。そして魚屋を継いだ鉄男ことてっちゃんにも。
【カラオケボックス】(春口裕子)…高校卒業以来、カラオケボックス「歌唱館」でバイトを続ける椎川奈々子。その日も酔っ払いが多く、しかも「アテもないフリーター」と言われて苛ついていました。
【翳り】(雨宮町子)…16歳の時に新人賞を受賞して以来、人気漫画家への道を邁進してきた「わたし」。海外旅行にショッピング、そして恋愛。しかしある時、その生活は一変することになるのです。
【鏡の国への招待】皆川博子)…世界的に有名なプリマだった梓野明子が睡眠薬の誤用で死亡し、梓野バレー研究所は解散。しかし明日50歳になる「私」は、気付くと研究所の稽古場に倒れていました。

10人の女性作家の作品を集めたアンソロジー。
「指定席」ブラックですね。ぞわっと生暖かい風に撫でられたような感覚。しかし「ぺそぺそと泣く」という表現が妙に微笑ましいです。「神の影」密入国に絡んで蛇頭が出てくるところなど、非常に五條さんらしいです。しかしなぜ犯人にこのようなことが出来たのか…。捨て身の訴えだったのでしょうか。「美しき遺産相続人」思いもかけないコミカルさを含んだ短編。最初のシーンで、おかしいとは思ったんですよね。「わが麗しのきみよ……」メイントリックにも驚きましたが、それ以上に清水先輩の解釈に目から鱗。これが作品をぐっと引き締めていていいですね。ただ、演出とはいえ桜子ちゃんの文章がやや読みにくいので、地の文に戻った時にほっとしてしまいましたが。「黄昏のオー・ソレ・ミオ」パバロッティとプレスリーの意外な繋がりと、象徴する現在と過去がいいですね。しかしなんとも言えない哀しさも含まれています。「還幸祭」京都の祇園祭の夜の出来事。独特の重い雰囲気の中で、てっちゃんの男気がなんとも爽やかです。「カラオケボックス」奈々子が1人で思う「接客業でありながら、客に無関心でいられる奇跡的な場所」という言葉が印象的。この年代特有の若さと青さもリアル。「翳り」ホラータッチの作品。しかし人生観が変わるのはいいのですが… 彼の方もきちんと書くのが礼儀ではないかと。「鏡の国への招待」外見はいかにも美しく華麗な世界に身を置いているからこそ、老いゆく自分に対する焦りや切迫感、孤独感、若さへの憧憬などが痛いほど伝わってきます。そして、たとえ歪んでいるにせよ、他人との絆を求めるという屈折した感情も。
全体的に良かったと思いますが、この中で特に好きなのは「わが麗しのきみよ……」と「還幸祭」、「鏡の国への招待」。「指定席」の独特な雰囲気も良かったです。(2003/06初版)


「犬-クラフト・エヴィング商會プレゼンツ」中央公論新社(2005年10月読了)★★★★

1954年に中央公論社から発刊された「犬」を底本として、新たにクラフトエヴィング商會の創作・デザインを加えて再編集したという本。「猫」と対になっています。
明治の文豪たちの、犬にまつわるエッセイと小説。それらを通して今と当時の犬の扱いの違いが分かるのが興味深く、その中でも特に驚いたのは、純潔種志向が当時とても強かったということ。私は雑種しか飼ったことがないのですが、これは今でもそうなのでしょうか。犬に悪い性格があると、すぐに雑種の血のせいにされています。例えば伊藤整氏が飼っている犬はテリア、川端康成氏はコリイ、グレイハウンド、ワイヤア・ヘエア・フォックス・テリヤ、次に欲しいのはボルゾイ、志賀直哉氏はグレーハウンド、長谷川如是閑氏はポインターやセッター、ブルやテリアなど錚々たる顔ぶれ。志賀直哉氏はグレーハウンドを亡くしてイングリッシュ・セッターの雑種を飼うことになりますし、林芙美子氏はポインターの雑種。純粋に雑種と言える犬を飼っているのは、名犬が好きではないという徳田夢聲氏ぐらいです。しかしその徳田夢聲氏ですら、雑種は「駄犬」だと切り捨てているのです。これはエッセイだけでなく、小説からも感じられること。そして川端康成氏は、「純血種を飼ふことは、愛犬家心得の一つである」とまで言い切っています。氏の書いていることには、「病気の治療法を学ぶよりも、犬の病気を予知することを覚えるのが、愛犬家心得の一つである」という、まさにその通りだという言葉もあるのですが、「純血種=純潔」という考え方はどうなのでしょう。
「犬たち」に描かれる、犬の扱いの粗悪な様は読んでいる私の方まで苦しくなりそうですし、悪いことをするとすぐにしたたか殴られてしまう犬たちが不憫。それに当たり前のように放し飼いしている家が多いのですね。当時に比べると、犬の状況は相当良くなっているようです。そして今は野良犬の姿を見かけることの方が珍しいですが、この頃は「犬取り」がいたのだなあと少し不思議な気持ちになりました。
伊藤整氏のエッセイ「犬と私」の中で川端康成家の犬が凄いという話が出ると、次の川端康成氏のエッセイ「わが犬の記 愛犬家心得」でその実態が明らかになるという構成がいいですね。
巻末には、「テーブルの上のファーブル」や「a piece of cake」でお馴染みの「ゆっくり犬」が登場した、「ゆっくり犬の冒険<距離を置くの巻>」も。(2004/07初版)

P.75「犬というものは主人に対して不機嫌な時がない」(川端康成)

収録作:「赤毛の犬」(阿部知二)、「犬たち」(網野菊)、「犬と私」(伊藤整)、「わが犬の記 愛犬家心得」(川端康成)、「あか」(幸田文)、「クマ 雪の遠足」(志賀直哉) 、「トム公の居候」(徳田夢聲)、「『犬の家』の主人と家族」(長谷川如是閑)、「犬」(林芙美子)


「猫-クラフト・エヴィング商會プレゼンツ」中央公論新社(2005年10月読了)★★★★

1955年に中央公論社から発刊された「猫」を底本として、新たにクラフトエヴィング商會の創作・デザインを加えて再編集したという本。「犬」と対になっています。
「犬」同様、エッセイと小説が織り交ぜられています。「犬」との違いで一番感じられるのは、「犬」では犬の飼い方に昭和初期という時代、そして現代とのギャップを強く感じたのですが、「猫」に描かれている情景は、かなり現代のものと近いということ。人間の生活自体がその頃とは変わっているので、必然的に多少は違いがありますが、猫の飼い方や猫に対する態度などは、現代とほとんど変わらないのではないでしょうか。それに犬のように血統主義ということもないのですね。もちろんペルシャ猫のような血統種も登場しますが、それほど多くはないようで、しかも雑種だからといって「駄猫」と言われることもありません。そして猫の性格については、それぞれの飼い主なりに達観しているようなのが可笑しいです。この中で特に面白かったのが、坂西志保さんの「猫に仕えるの記 猫族の紳士淑女」。「猫に飼われている」だなんて、まるでポール・ギャリコの「猫語の教科書」のようですね。そして寺田寅彦氏が初めて見た、猫が喉を鳴らす様子を「胸のあたりで物の沸騰するやうな音を立てた」と形容しているのが可笑しいです。さすが科学者ですね。「此の猫は肺でもわるいんぢやないか」などと言う人間も珍しいでしょう。
巻末には、「Think」「Borelo」に登場した、猫のThinkの「忘れもの、探しもの」も。(2004/07初版)

収録作:「お軽はらきり」(有馬ョ義)、「みっちゃん」(猪熊弦一郎)、「庭前」(井伏鱒二)、「「隅の隠居」の話 猫騒動」(大佛次郎)、「仔猫の太平洋横断」(尾高京子)、「猫に仕えるの記 猫族の紳士淑女」(坂西志保)、「小猫」(瀧井孝作)、「ねこ 猫 マイペット 客ぎらひ」(谷崎潤一郎)、「小かげ 猫と母性愛」(壺井榮)、「猫 子猫」(寺田寅彦)、「どら猫観察記 猫の島」(柳田國男)


「猫路地」日本出版社(2007年2月読了)★★★★★

【猫火花】加門七海)…散歩から帰った葉月は首輪を失くした上、湿気っていました。
【猫ノ湯】(長島槇子)…萩の湯では、番台にいつも白い大きな猫がいました。
【猫眼鏡】谷山浩子)…突然町のスキマが見えるようになった私。町はスキマだらけでした。
【猫書店】(秋里光彦)…靨ヶ谷にある猫書店は、詩歌と幻想的な文学作品が揃っていました。
【花喰い猫】寮美千子)…「ぼく」は仕事帰りに、老婆から真紅の薔薇を買います。
【猫坂】(倉阪鬼一郎)…未知子と文夫は不動産屋の娘の車で猫坂の物件へと向かいます。
【猫寺物語】(佐藤弓生)…澁澤龍彦の十三回忌の法要に行った私はいつしか猫に…。
【妙猫】(片桐京介)…お静は猫の魂だけを弔う幻夢寺へ。今日はゆきの三回忌なのです。
【魔女猫-a fragment from "Kazamachi-Chronicles"】井辻朱美)…黒猫ジェンナーロは、風街に住む魔女の猫。逐電した水まき人形の弥三郎を追いかけます。
【猫のサーカス(シルク・ド・シャ)】菊地秀行)…パリで興行中のサーカスで猫の事故が多発します。
【失猫症候群】(片岡まみこ)…4歳の時に逝ってしまった猫のグリ。そしてペットロス症候群。
【猫波】(霜島ケイ)…毎年その日は、普段は見かけないバスに乗って猫波の島へ行く「僕」。
【猫闇】(吉田知子)…複数の猫と暮らしている「私」の家に、迪子がいつからか住み着きます。
【猫女房】(天沼春樹)…猫の民俗を教えてくれる稲葉からの手紙を読む小説家。
【猫魂(ねこだま)】(化野燐)…父の通夜。父の部屋に残された一通の手紙にあったのは…。
【猫視(ねこみ)】梶尾真治)…ある晩、猫のシロリが仏間で毛を逆立たせていました。
【四方猫(よもねこ)】(森真沙子)…大吹雪の夜に迷いこんできた猫は鼠を取る四方猫でした。
【とりかわりねこ】(別所実)…ノックの音がして扉を開けると、そこにいたのは猫のヌーでした。
【蜜猫】皆川博子)… 時間の密度を変えようとしていた父が亡くなった時、そこには猫が。
【猫鏡】(花輪莞爾)… 歴史的観点からも考察した猫についての論。
【猫たちは招くよ】(東雅夫)… 萩原朔太郎「猫町」、アルジャノン・ブラックウッドの「いにしえの魔術」、日影丈吉「猫の泉」。江戸川乱歩。芥川龍之介。

猫好きで知られる作家20名による猫ファンタジー競作集。それぞれに既成の辞書には存在しない、架空の猫熟語を思い浮かべ、それにちなんだ物語を書き下ろすという趣向だったのだそうです。編者の東雅夫さんも「猫たちによって誘われる『異界』を描いた物語と、異界への導き手でたる『猫』たちの玄妙なる生態を描いた物語」の2種類に大別されて驚いた」と書いてらっしゃいますが、本当にその通りですね。そしてどの物語も「異界」という隠されたキーワードで繋がっているよう。やはり1匹の猫の中に可愛らしさと妖しさ、怖さが自然に共存するという「猫」という存在は、現実異世界と異世界を結び付けるのに最適なのでしょう。
私が気に入ったのは、ふと気がつくとファンタジックな世界に招き入れられていた「猫火花」(加門七海)、スキマにも自然体で対応している猫的性格が可笑しい「猫眼鏡」(谷山浩子)、こんな書店が本当にあれば…と思ってしまう「猫書店」(秋里光彦)、猫の妖しさが澁澤龍彦の世界によく似合いながらも、主人公がとても可愛らしい「猫寺物語」(佐藤弓生)、大好きな風街を舞台にした「魔女猫」(井辻朱美)、日記調の作品がこのアンソロジーの中では珍しくて存在感がある「失猫症候群」(片岡まみこ)、哀しさの中にほのぼのとした暖かさが残る「猫波」(霜島ケイ)など。どれも10ページ前後という短い作品ばかりなのに強く印象に残りましたし、それぞれに味わいがあってとても面白かったです。(2006/05初版)


「嘘つき。-やさしい嘘十話」ダ・ヴィンチブックス(2007年10月読了)★★★★

【おはよう】(西加奈子)…沢山ある言葉の中で、俺が一番好きなのは「おはよう。」という言葉。その答えは、俺が大学4回生の時に付き合い始めた朝子の中にあるのです。
【この世のすべての不幸から】(豊島ミホ)…整形美人だった母から生まれたのは、「醜女」という言葉でしか形容しようのない妹の真希。母は失踪し、真希は蔵の中で育てられます。
【フライ・ミー・トゥーザ・ムーン】竹内真)…初めて会った時、転校生だった「私」に向かって、いきなり「俺、月の地主なんだぜ」と言ったソラくん。それは26年前のことでした。
【木漏れ陽色の酒】光原百合)…馬車に乗ってやって来たのは、水際と名乗る男とその妻の沙斗。沙斗の命を救うために、「マノミ」を管理する初音の元にやって来たのです。
【ダイヤモンド・リリー】(佐藤真由美)…港人の初恋の人は、生まれた日から港人のことを知っている美帆子ちゃん。美帆子ちゃんが今年のクリスマスに欲しいのは、川瀬くんからのダイヤの指輪でした。
【あの空の向こうに】(三崎亜記)…小学校の4年3組の担任教師の由香里は、学校では元気な先生を、彼の祐輔の前では他の男からも求婚されている女を演じていました。
【やさしい本音】中島たい子)…美容院でパーマをかけて綿菓子のような頭になってしまった「私」は、いっそのことその日一日は他人を装ってとことん嘘をつきまくろうと考えます。
【象の回廊】(中島紀)…美咲は、ハワイに留学中の夏休みにビルマのパガンを訪れ、同じように女1人で旅をしていたケイに出会います。
【きっとね】(井上荒野)…九州の小さな島で1人暮らしをしている母の世話をするために里帰りした誠一。誠一のことを想いながらも、勝夫はトオルと浮気をするのです。
【やさしいうそ】(華恵)…母親の遠い親戚で、よく訪ねてくる京子さんは、ホテルを経営する夫、ボストンに留学中の息子2人がおり、本人は公立高校の英語教師。

「やさしい嘘」というテーマで書かれた、10人の女性作家によるアンソロジー。いつだって嘘をつくときは心が痛むもの。しかし大好きな人を傷つけないためにつく嘘は、切ないながらも心が温まります。光原百合さんと竹内真さんの短編が目当てで読んだ本ですが、若さが感じられる作品はそれぞれに良かったです。「木漏れ陽色の酒」の彼と彼女の想いには本当に切なくなりますし、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」の嘘の微笑ましさには、こちらまで表情が和んでしまいます。この作品で月を買ってソラにプレゼントしたおじいさんは、あのじいさんなのでしょうか。(2006/09初版)

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