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このページは、久美沙織さんの本の感想のページです。

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「石の剣-ソーントーン・サイクル1」ハヤカワ文庫JA(2007年2月読了)★★★★
聖なる石の産地であり、魔女たちの故郷でもあるソーントーンに育ち、その年初めて先輩魔女のクレアと共に旅に出たのは、14歳になったばかりの駆け出しの魔女・ジリオン。その日も村人たちの治療は「霜踏み月」特有の忙しさで、1日が終わる頃にはジリオンは疲れ切っていました。明日はようやく山に帰る日。しかし寝床に入ったジリオンは、夜更けの客に起こされることに。それは大きな青狼の毛皮を頭から被っている若い男。男は馬が毒に犯されたので助けて欲しいとジリオンに訴えるのですが、ジリオンは治療者であるクレアが就寝中であることを理由に拒絶。すると男は突然ジリオンの下腹を拳で打ち、意識を失ったジリオンから一番大事なサイトシリンの石を奪ったのです。

ソーントーン・サイクルシリーズ第1弾。
作りこまれた世界観も魅力的な、なかなかしっかりとしたファンタジー。ソーントーンの魔女たちは雪どけと共にソーントーンを下り、2人ずつ組になって村々に散り、大陸中を回り、雪が降るまでにまたソーントーンの山に戻ります。彼らが旅に出るのは、まず一種の口べらしのため。そして貯蓄用の食料を集めて来るため。しかしそれが伝統であり、修行にもなるという辺りがいいですね。村の描写でも日々の生活の重みが感じられます。1人になったばかりのジリオンがあっけなく騙されてしまう場面は、少々ありきたり過ぎると言ってもいいほどだと思うのですが、グウェンドリンの失われた王国・ソーマや闇の太守永劫王・ディルドレイクの存在は興味をそそりますし、世界の中心のねじれた城と衝といった辺りには、とてもオリジナリティが感じられます。
ただ、気になるのが会話文。全体的には硬質な文章なのに、会話になるとやけに砕けてしまうのです。それも全部ではなく、一部分のみ。これでは軽い部分だけが妙に浮き上がってしまうと思うのですが…。たとえば「いやですよぉ、殿様」の「ぉ」のような部分も気になっていたのですが、途中の「なーに、あの服。ダサーい」「ガリガリは、もうイマドキ流行んないのよねー」「ヘア・スタイルだって、テクがないわ。てんでイモね。ねーっ」「ねーっ」という辺りではがっくり。これでは、せっかくの作品全体の印象を壊してしまうのではないでしょうか。格調高い文章も書ける方なのですから、特に失われたソーマの女王・ゾヘニアの話し方などには、もう少し雰囲気を出して欲しいところです。

「舞いおりた翼-ソーントーン・サイクル2」ハヤカワ文庫JA(2007年2月読了)★★★★
ねじれた城が突然変化し始め、ソーントーンの見習い魔女・ジリオンと、アルレイスの若き王子・ユルスュール・ファイ・コーエンは無限の奈落の底に落ちてゆきます。そこに現れたのは、ソーントーンの魔女たち。魔女たちはユルスュールに向かって、ジリオンがソーントーンの山に戻るには潔斎が必要であり、そのためには999日もの間、ジリオンは魔力と魂の一部を封印して瞑目し続けなければならないのだと説明。そのジリオンを預かるのがユルスュールの役目なのです。その言葉にユルスュールは同意。そして気づくと、2人は見知らぬ浜辺に立っていました。早速、そこに繋がれた小船に乗り込みます。しかし途中で嵐に巻き込まれ、2人は銅色の肌をした女たちの乗る巨大な帆船に救われることに。

ソーントーン・サイクルシリーズ第2弾。
ジリオンが目を封印されたのは、ジリオンの罪を償うため。それはジリオンも納得してのこと。しかしそのために魂の一部を失ったジリオンは、魔の存在に狙われることになります。あまりにあっさりと、潔斎が破られてしまうのが、読んでいてつらいですし、イリジオンの蓮っ葉な様子は、前巻のゾヘニア同様、少々安直すぎるように思います。それにしても、イリジオンは結局何者だったのでしょう。ジリオンすら知らない自分自身だったのでしょうか。結局のところ、ジリオンは自分自身に負けたのでしょうか。
竜の民・ダールダスが竜を呼び出す手段は、卵司の持つ銀の卵の歌。話にしか出てこない影なき都クーンも合わせて美しいイメージが残ります。

「青狼王のくちづけ-ソーントーン・サイクル3」ハヤカワ文庫JA(2007年2月読了)★★★★
夏の盛りのソーントーン。クレアたち魔女は既にジリオンの闇の瞳が開いているのを感じ、ジリオンが石とその力を奪うためにソーントーンへと戻ってくるだろうと考えていました。魔女たちは旅に出ている仲間たちを急いで呼び戻し、閉門することに決めます。そしてその思いは、宿屋の安酒場にいたユースュールにも伝わっていたのです。しかしユースュールは5日ぶりに意識が戻ったばかりで、熱がまだ下がっていない状態。そんなユースュールの姿がその酒場にいた他の男たちの注意を引いてしまったのです。同席していたシドが男たちと戦っている間に、ユースュールは酒場の女に助けられ、馬と食料を与えられます。行く当てのないユースュールは、女の言うまま北にあるウー・ヌ・ドゥーの村へと向かうことに。

ソーントーン・サイクルシリーズ第3弾。
ウー・ヌ・ドゥーの村は前巻で登場したラズロとシドが出会った場所であり、神女グワンダルーの末裔・水売り女のいるところ。ウー・ヌ・ドゥーの村での物語がとても長く、それが本筋に本当に関係があるのかどうか分からないまま話が続きます。この部分が面白いのは確かなのですが、物語全体にとって本当に必要があったのかどうか…。独立した別の物語にしても良かったのではないかと思ってしまいました。この部分だけでなく、ラズロやシド、ダールダスの生き残りのレーヴェに関しても、今ひとつ存在意義が分からなかったというのが正直なところ。
しかしジリオンが過去の世界に行く場面がとても良いですね。完全にイリジオンに乗っ取られてしまっていたジリオンなので、場面展開がやや唐突にも感じられてしまったのですが、この出来事を経ることによって、この3部作が綺麗に閉じることができたのではないかと思います。ソーントーンの石に関しては驚きましたが、一度知ってしまえば、それ以上の繋がりはなかったと思えるほど。そして今回、青狼王のゴチェイがとても魅力的で良かったです。

「竜飼いの紋章-ドラゴンファーム1」ハヤカワ文庫JA(2003年11月読了)★★★★
ネバルタハルの田舎にある、かつては名門のドラゴンファームだったデュレント牧場。しかしかつては由緒正しい名門貴族だったデュレント・ペンドラゴンの血を引く彼らも、今はすっかり没落して貧乏暮らし。跡取り息子のフュンフ自身も、毎日のように朝早くから竜の厩舎の仕事に追われています。そんなある日、隣の成金ベンジョフリンの牧場に逃げ出した若い竜・アーシテンカを捕まえにいったフュンフは、ベンジョフリン家に滞在しているというディーディーこと、ダーリン・ダイヤモンド・アズリアンという美少女と出会います。そしてディーディーから、ベンジョフリンがデュレント牧場を買い取ろうと考えていると聞かされることに。

ドラゴンファームシリーズ第1弾。「ドラゴンファームはいつもにぎやか」からの改題です。
とても明るく楽しく、気持ちの良いファンタジー。この作品を読んでいてまず驚いたのは、登場する竜たちの描写。今までも竜が登場する物語は色々とありましたが、そのほとんどの作品で、竜というのは気位が高い重々しい存在だったように思います。この作品のように、竜に使役竜や愛玩竜、乗用竜、競竜などという区別があるのも初めてですし、ここに登場する竜ほど人懐こくて可愛い竜は今までお目にかかったことがありません。人間との信頼関係も、竜というよりも、犬や馬のような感覚。特にフュンフは赤ん坊の頃からシッポに面倒を見てもらっていたということもあり、フュンフとシッポの関係は現実のこの世界での人とペットの関係とはまた違う、それ以上の、家族のような固い絆で結ばれているのですね。
物語はフュンフの視点から描かれていきます。ドラゴンにも家族にも深い愛情を持つフュンフの視点のせいか、彼の暖かい人柄がそのままの作品のイメージを作り出しているようです。どの登場人物もいい味を出していましたが、私のお気に入りは、おばあちゃんことアイネス・デュレント・ペンドラゴン。破産寸前の家にありながらも、ベンジョフリン家を訪ねる時の貴婦人ぶりが素敵。それに<空の公園>のシーンはとても綺麗ですね。竜の光の情景、想像してしまいます。

「竜騎手の誇り-ドラゴンファーム2」ハヤカワ文庫JA(2003年11月読了)★★★★
伝説のホルダ山への決死の登山から帰還して3年後。破産寸前だったデュレント・ペンドラゴン家はすっかり屋台骨を建て直し、今では当代随一の牧場として知られるようになっていました。そんなある日、シッチにオンザ、ティクナイとゴサワという雇い入れられて間もない4人の牧童の指導に追われるフュンフは、ディーディーと共に見知らぬ男が2人牧場にやって来たのを見て驚きます。その1人は、フュンフが幼い頃に家を出た兄のキャシアス。キャシアスが牧場に戻ってきたのは、数日後に迫っていた姉のマルトと牧童頭のシャーキーの婚礼のため。ディーディーに婚礼のことを聞いて、お祝いのために駆けつけてきたのです。

ドラゴンファームシリーズ第2弾。「ドラゴンファームのゆかいな仲間」からの改題。
デュレント牧場がいきなり大金持ちの牧場に発展しているのには驚きましたが、フュンフもシッポも父親のドラゴンマスター・マテウスもおばあちゃん3人の姉たちも皆、相変わらずです。変化といえば、すぐ上の姉のリアンが竜使いとして着々と実力をつけてきていることぐらいでしょうか。しかし「変化なんて、もう、たくさんだ」と思うフュンフの心とは裏腹に、キャシアスや魔楽師のエルリンド・ユーアン、4人の新しい牧童、そして婚礼のために城に駆けつけてきた人々のおかげで、色々な騒動が持ち上がります。フュンフは前作から3年たって若者ぶりがぐんと上がったようですが、シッポとの心の会話と兄のキャシアスとの普通の会話で混乱してしまったり、父と兄の板ばさみになってしまったり、ディーディーのことでジェラシーを感じたりとなかなか大変ですね。それでも、能天気とも言われても、彼のこの人の良さが魅力的。ただ、ディーディーにこのフュンフの良さが最初から伝わっていたというのが、少々不思議ではあるのですが。シッポとビジューの子供たちが卵から孵る場面は、読んでいる私まで緊張してしまいましたし、ルクティという名前のついた牝の子竜にアズリアン氏がめろめろになっているのも微笑ましかったです。シャーキーの母親・ウルスラも憎めないキャラクターですし、ディーディーの母親で女優のギャロンス・クリコも、登場時間は短いものの、一瞬でその場の目を攫ってしまう存在感。そして剣のことを知った時のおばあちゃんがまた可愛いのです。
競竜に関するマテウスとキャシアスの考え方の違いも興味深かったですし、今は遠い戦争についても真剣に考えるべき時期が迫っている様子。続きも楽しみなシリーズです。

「聖竜師の誓い-ドラゴンファーム3」ハヤカワ文庫JA(2003年11月読了)★★★★
ディーディーと結婚し、息子のマキアスも生まれて充実した毎日を送るフュンフ。しかし飛竜遠距離耐久競技が復活し、フュンフも姉のリアン、ポルク家の双子・テオとアミデオと共に競技に参加することになります。名門であるデュレント家の名誉にかけても、有名な人気騎手である兄・キャシアスの弟としても、主催者である義父・アズリアン氏の手前としても、負けられないフュンフたち。フュンフにとっては、生まれ育った地を1ヶ月も離れるのは生まれて初めての出来事。そしてとうとう波乱万丈なレースが始まります。

ドラゴンファームシリーズ第3弾。「ドラゴンファームのこどもたち」からの改題。
同じチームの3人以外は全員敵だというのに、たとえ何かあってもフュンフはシッポと一緒に空を飛んで回避することができるのに、フュンフは相変わらず困っている人を見れば手を差し伸べずにいられず、アクシデントにも他の人間の先に立って対処しようとしています。そんな人間が、実力ではトップのチームなのですから、レース自体もとても和やか。何か起きれば、敵味方関係なく力を合わせて乗り越えようという方向。この辺りが出来過ぎといえば出来過ぎなのですが、フュンフの人柄のせいかとても暖かく爽やかです。今回初めてネバルタハルの外に出ることによって、様々なものが見えてきますね。色々な街の情景やそこに住む人々、他チームの個性的な面々。そして人と竜との関係。ここで初めて、戦うため殺されるためだけの竜の存在も前面に出てきます。竜に言うことを聞かせるために虐待する人間の姿も。そんな人の竜との関係がフュンフを通して徐々に変わっていく様子は、見ていて嬉しいもの。そして久美さんの、人間に対する暖かい視線を感じます。それは、出来る人間にも出来ない人間にも、それぞれの個々の存在を認めて見守ってくれるような暖かさです。
一番の見所といえば、やはり北回りのコース、ダルズ岬からキュロロ島への滑空の場面でしょうか。フュンフが竜たちに向かって「後押し」する場面。そして下巻のフュンフとモイラが心を通わせる場面もとても良かったです。

下巻P.92「謙遜は美徳なんかじゃないぞ」「遠慮や気後れのために、もしおのが天与されたものを、誰でも必要とする相手に分け与えぬとしたら、それは怠慢で無責任という以上に冒涜である…!」
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