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このページは、菊地秀行さんの本の感想のページです。

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「魔界医師メフィスト-兄妹鬼」角川ノベルズ(2005年12月読了)★★
3月のある晩、ドクター・メフィストが退院させて連れ出したのは、2メートルを超す身体の頭部から膝までを真紅の天鵞絨で隠した患者。メフィストはその患者を連れてリムジンに乗り、神楽坂の一等地にある荒れ果てた大邸宅へと向かいます。そこは紫拳祗(しけんぎ)邸。その晩、紫拳祗軍平が死ぬことになっており、金吾、金一、金次、そして伊世の4人のうちから跡継ぎが選ばれることになっていたのです。紫拳祗老人は、腹の中に巣くっていた小指ほどの10cmほどのおぞましい色をした虫を吐き出し、4人はその虫をそれぞれに飲み込みます。跡継ぎを決めるのは人間ではなく、虫。

菊地秀行さんの魔界医師メフィストシリーズ2作目。
「聖天使さえ及ばぬ」闇の美貌の持ち主・メフィスト医師。「魔界医師メフィスト」を読んでからかなり時間が経ち、細かい設定は忘れてしまっているのですが、魔界都市新宿とドクター・メフィストのインパクトはやはり強いですね。今回は家の跡目相続がメインで、虫を操る「毒虫横丁の虫王」や、「御使い」のデザイナーが登場するため、気持ちが悪くなるような場面もたっぷり。菊地氏らしいエロティックさも健在。今回メフィストは脇役ですが、しかし強いです。彼にできないことなど本当にあるのでしょうか。

「幽剣抄」角川文庫(2005年11月読了)★★★★
【影女房】…伯耆流抜刀術の天才児として藩内でも名高かったものの、それが災いし、24歳にして録を失った榊原久馬。半月ほど前に、女がいるらしいという噂が立ち、元同僚の徒歩目付大堀進之介が下城の途中、久馬の家を訪れます。
【茂助に関わる談合】…同朋町に住む直参館林甚左衛門の家にやって来たのは、甥の喜三郎。甚左衛門紹介の奉公人・茂助が人間ではないというのです。
【這いずり】…藩の勘定方を勤める地次源兵衛は、その偏屈ぶりから人望はないものの、仕事ぶりは見事。しかしある時、源兵衛の不正が発覚したのです。
【千鳥足】…秋田の某藩にある千鳥ヶ淵には、雨の夜に歩いてはいけないという言い伝えがあり、実際今までにかなりの数の武士が、雨の日に池に吸い込まれていました。
【帰ってきた十三郎】…兄の妻となる高橋世津を初めて見た時から、しっくりといかないものを感じていた宵宮良介。しかしある日、世津に人を斬って欲しいと頼まれて驚きます。
【子預け】…ある日五郎太の家に現れたのは、御高祖頭巾姿の女。女は五郎太の妻に、五郎太の子供だと言って金襴のおくるみに包んだ赤子を押し付けて去っていきます。
【似たもの同士】…ある夏の日、才助が陣吾行久に持ってきたのは、半刻もかからずに20両稼げるという仕事。それは木声屋を強請ろうとした男に脅しをかける仕事でした。
【稽古相手】… 20年前、上野の山の人ごみの中で見かけた山際大学と相打ちした夫。面識は全くなかったはずなのに、積年の怨みを晴らすように自然に斬り合ったのです。
【宿場の武士】…行き倒れの状態で発見された水森大助を拾った谷屋のお里は、自分の給金から宿代と飯代を払うと言い、甲斐甲斐しく大助に尽くします。

菊地秀行さんといえば、新宿を舞台としたエロティックな伝奇小説のイメージですが、こういった時代小説も書いてらしたのですね。魔界都市などの作品に比べたら、官能的な描写などほとんどないも同然の、硬派な時代小説。そしてその味付けは怪異。どの短編にも不思議な出来事や不思議な存在が登場し、怪談とも言えるような作品群となっています。
それぞれの短編の完成度の高さに驚かされたのですが、その中で特に印象が強いのは「影女房」。辻斬りに殺された町娘・小夜が何も関係ないはずの久馬の家に乗り込んで仇討ちを頼むのですが、この小夜の造形がとても良いのです。久馬が諦めろと言うと、もう1人の侍の例を出して「あなたには、もっと酷い運命を与えて差し上げます」と言い、久馬の母親が家に乗り込むと、誤魔化そうとする久馬を尻目に、「だって口惜しいじゃありませんか」と自ら名乗り出、挙句の果てに「私、負けません」と久馬に宣言する気の強さ。勝手に家に居座って仇討ちを要求するのも相当厚かましいと思うのですが、それに輪をかけた気が強さが、突き抜けていて何とも気持ち良かったです。
そしてこの短編集で面白いのは、それぞれの短編によって幽霊の有り様が違うこと。「影女房」の小夜は、幽霊なのに身体は暖かく、足もきちんとあり、しかも人間のように日々のことをこなすことができます。辻斬りに斬られた傷口から血は溢れるものの、それが畳などに付くことはありません。それに対して、「帰ってきた十三郎」では、十三郎の手は氷のように冷たく、生血を流しています。世津曰く、「死人が、霊が血を流さぬと、誰が決めまして?」。幽霊はこうあらねばならない、という先入観から逃れて自由に描いている、独特の幽霊感がいいですね。
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