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このページは、皆川博子さんの本の感想のページです。

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「花闇」集英社文庫(2003年11月読了)★★★★★お気に入り

江戸から明治となって12年。越後の北の片田舎にいた市川三すじは、そこに立っている幟に目を奪われます。それは、そんな片田舎にあるはずもない、澤村田之助の幟。そして不審に思いながらも歩き続ける三すじの耳に聞えたのは、男たちが吼え叫ぶ声。雪の中の川には、素裸で雪が溶け込む川水を浴びている数人の男がいました。男たちは田之太夫一座を名乗り、雪が止み次第雪中演場を開くので、水垢離をしているのだと語ります。その晩三すじは、旅籠の部屋で過ぎ去った日々のことを思い起こします。吉原の廓内で育った三すじは、9つの年で母親に捨てられて猿若町の役者の家に引き取られ、最初は、後に9代目市川団十郎となる河原崎長十郎に、続いて3代目澤村田之助となる澤村由次郎に弟子として仕えることになったのです。

三すじが田之助を初めて見たのは、初舞台のために、男衆に肩車をされて楽屋入りをする4歳の田之助。天性の華やかさを備えていた田之助は、役者としても類稀な才能に恵まれており、天真爛漫に高慢に花開きます。そんな田之助を襲う業病。しかし手足を失って尚、失われることのない芝居への執念は、田之助をさらに一層艶やかに見せるのです。そんな田之助を、弟子の三すじの視線から描いた作品。
闇というのは、やはり役者の世界のことなのでしょうね。煌びやかに艶やかに舞台演じながらも、役者たちは同時に色子として存在します。それは家格の良い家に生まれても同じ。田之助自身、10歳の頃から上野明王院の高僧に買われるようになります。しかしそれもまた芸のこやし。田之助の女形としての色気に一役買うことになるのです。しかもそれらの贔屓筋が落としてくれる金がなければ、役者としての膨大な費用を賄えません。そんな彼らの身分は卑しく、時には人間扱いもされないほど。しかし同時に、蔭の世界では役者は貴人。芝居を観に来る人々は役者に魅了され、夢中になるのです。何とも一筋縄ではいかない入り組んだ世界ですね。しかもその狭い世界の中は、お互いの出自や実力、妬み嫉みによって常に愛憎で渦巻いており、まさにぬっとりとした闇を感じます。しかしこの闇があるからこそ、舞台の艶やかさが一層際立つのでしょう。
そんな中でも、田之助の艶やかさは群を抜いています。時には美しく可憐に、時には崩れた色気を感じさせ、観客を魅了します。この作品を読んでいると、そんな田之助の魅力に飲み込まれてしまいそう。血が薄いと自覚する三すじをも興奮させるように、一歩距離を置いているはずの読者をも引きずりこむ魅力がありますね。そして田之助が足を切断し、それでも執念で舞台に立つ時… 肉でも果物でも腐る寸前が一番美味しいと言われるように、滅びる寸前の田之助の放つ光の鮮やかさには魅了されます。
実在の人物が何人も登場しますが、その中でも月岡芳年の作品にとても興味を引かれました。彼の「澤村田之助が脚を切った。その年に,徳川幕府は滅びたのだな」 という台詞、とても効いていますね。


「死の泉」ハヤカワ文庫JA(2001年6月読了)★★★★★お気に入り

第2次大戦中のドイツ。ナチスによって設立された「レーベンスボルン(生命の泉)」は、私生児を身ごもった女性たちが出産するための施設。マルガレーテも、ここでシュヴェスター(看護婦)をしながら出産を待つ1人です。金髪碧眼の子供以外はすべて処分されるという噂が流れるこの施設で、アーリアン至上主義にかすかな疑問と不安をもつマルガレーテですが、施設の最高責任者であるドクター・クラウス・ヴェッセルマンに求婚されることによって運命が一転。マルガレーテはクラウスと結婚し、クラウスの2人の養子・エーリヒとフランツ、新しく生まれたミヒャエルと共に暮らすようになります。

本を開くと、まず普通に「『死の泉』皆川博子」というのが出てくるのですが、目次をめくるとまたしても同じような表紙が。しかし今度の「死の泉」は著者がギュンター・フォン・フュルステンベルク、役者が野上晶となっています。しかも「Die spiralige Burgruine」というドイツ語の原題まで。要するに、ドイツ語で書かれた物語を野上晶という人物が翻訳したという体裁なのですね。翻訳された本が丸ごと1冊、皆川さんの本の中に入ってしまったという形式で、とても凝っています。
そして読み始めてみると、ナチスドイツならではの重い内容。ナチスで様々な実験が行われていたのは有名ですが、マルガレーテの結婚相手であるドクター・ヴェッセルマンも、不老不死の研究をしながら、カストラート(男性去勢歌手)の復活を夢見るマッド・サイエンティストです。基本的にナチス物(戦争物)はあまり好きではないのですが、この作品には強い勢いがありますね。特に中盤以降の集中力は物凄く、一気に読んでしまいました。面白かったです。(必ず野上晶の「あとがきにかえて」まで読みましょう)
以下、読後に残ってしまった疑問点です。ネタばれ→いろいろなことが分からないままに残ってしまったのですが、その中でも一番の疑問は野上晶のあとがきに出てくるマルガレーテの服の裾から出てた第二の足。これは一体誰の足なのでしょう。そして次の疑問はレナとアリツェ。この二人は死んだはずでは… ミイラになったはずでは… どなたか分かる方がいらしたら、教えて頂けると嬉しいです。←ここまで。

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