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このページは、京極夏彦さんの本の感想のページです。

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「狂骨の夢」講談社文庫(2000年10月再読)★★★★

前作「魍魎の匣」の事件が解決して間もない昭和27年の暮。
海鳴りが聞こえる家に引越してからというもの、寝ても覚めても海鳴りの音に悩まされ、それと共に自分の記憶の中に他人の記憶が入り込んでくるような感覚に戸惑う朱美。そんな彼女の元に現れたのは前夫の亡霊でした。首なし死体として発見されたはずの夫がなぜ。朱美は恐怖から思わず前夫を殺害して首を切り落としてしまいます。しかし確かに殺したはずの前夫は再度、再々度と現れ、朱美はその度にその男を殺して首を切り落としてしまうことに。そしてとうとう朱美は、白丘と降旗のいる教会に相談に訪れます。一方、その頃逗子で起きていた黄金髑髏事件や、集団自決事件。偶然逗子を訪れていた伊左間や、朱美の夫である幻想小説の大御所・宇田川崇から相談を受けた関口、さらには榎木津や木場も事件にかかわることとなり、事件が徐々につながり始め、遂に京極堂が動くことに。

京極堂のシリーズの第3弾です。実は私にとってはシリーズ中一番印象が薄かった作品なのですが、文庫落ちに当たって400枚以上の加筆がされているとのことだったので再読してみました。が、どこが大幅に加筆されたのかは、恥ずかしながらよく分かりません…。ここかなという所もあるにはあるのですが、つき合わせて見たりしなかったので、結局不明のままです。私の記憶自体にもあんまり自信がないのですが、それだけ自然な加筆だったと言えるかもしれません。
そして今回再読してみて一番思ったのは、ノベルスで読んだ時よりも、読後感がかなり良くなったということ。初読の時はなんだかぴんとこないうちに、話が終わってしまったのですが、しかし今回は、慣れもあるのかもしれませんが、比較的じっくりと楽しめました。まあ最初のうちはなかなか話のペースに乗りづらいのですが、榎木津や京極堂が出てくると一気に話が展開し始めて、あとはとんとん拍子。この作品は、初登場のいさま屋が良い味を出してるのがいいですね。


「どすこい(仮)」集英社(2000年2月読了)★★★

「地響きがする─と思って戴きたい。」から始まる、小説すばるに掲載されていたシリーズです。有名作家の有名作品を下敷きに京極さん風の味付けがしてあり、題名だけでもかなり笑えます。しかも作品ごとに作者名を変えて、そのプロフィールまで載っているというのが凝っている所。京極さんってこういうのも書ける方なのですね。この突き抜けたくだらなさが笑えます。
装丁は全体に淡い色合いなのですが、表紙から見返しから何から汗と巨漢にまみれているのが暑苦しいです。目次や各作品のタイトルなどが斜めになっていたり、ページの角が丸くカットしてあったりと工夫が凝らされており、帯にある各作家さんのコメントが爆笑モノ。
どれも読みやすいのですが、私が一番好きなのは「四十七人の力士」。「食べないよ。」という所は何度読んでも笑えます。しかしそれにしてもくだらなさすぎ!

収録作品…「四十七人の力士」(新京極夏彦)
       「パラサイト・デブ」(南極夏彦)
       「すべてがデブになる」(N極改め月極夏彦)
       「土俵(リング)・でぶせん」(京塚昌彦)
       「脂鬼」(京極夏場所)
       「理油(意味不明)」(京極夏彦)
       「ウロボロスの基礎代謝」(両国踏四股)

各作家さんのコメント
   「『デブめの夏』書いてもいい?」瀬名秀明
   「『太めの夏』を昆布で書いてリベンジかな(笑)。」森博嗣
   「京極く〜ん、今度会ったら『高い高い』してあげるからね。天まで届け。」鈴木光司
   「やだなあ、怒ったりしませんよ。うふふふふ。」小野不由美
   「念願がかなって、とても嬉しいです。」宮部みゆき
   「『純正音律』では覚悟してね(泣)。」竹本健治


「巷説百物語」角川文庫(2003年8月読了)★★★★

【小豆洗い】…越後、枝折峠。激しい雨の中を山越えしようとしていた円海は、又市という僧形の男に誘われ、粗末な小屋で雨宿りをすることに。そこには既に10人ほどの男女が集まっていました。
【白蔵主】…甲斐、夢山。狐杜と呼ばれる祠で休んでいた弥作は、1匹の狐を見かけます。弥作は狐釣りの名人で、この杜の狐は弥作が粗方獲ってしまったはず。もしや屠った狐の亡霊なのか…。
【舞首】…伊豆、巴が淵。ここに住む鬼虎の悪五郎は、人並み外れた大力の荒くれ者。日頃から女癖が悪かった悪五郎は、ある日黒達磨の小三太が仕切る賭場を無残に壊して行方をくらまします。
【芝右衛門狸】…淡路。豊かな農家の隠居・芝右衛門に突然降りかかった禍。それは総領の弥助の末娘のていの死でした。一族で出かけた芝居小屋から忽然と姿を消し、翌日骸が発見されたのです。
【塩の長司】…加賀、小塩ヶ浦。馬飼長者の長次郎は12年前に家族を一度に亡くし、それ以来人が変わったようになります。儲けた銭を世のため人のために使い、しかし人に会うことを嫌うのです。
【柳女】…北品川宿の入り口にある旅籠・柳屋には見事な枝垂れ柳が茂り、禁忌の土地と言われながらも柳屋は代々繁盛していました。しかし10代当主の吉兵衛が祠を壊したせいか凶事が重なり…。
【帷子辻】…京洛の西、帷子辻。以前から女の死骸が忽然と現れるという話のあったこの辻で、夜毎女の腐乱死体が現れます。

季刊「怪」に連載されていた作品。御行の又市、山猫廻しのおぎん、考物の百介、事触れの治平という4人が、依頼をうけて怨みを晴らすという、まるで必殺シリーズのような連作短編集。リーダー格の御行の又市は、「嗤う伊右衛門」にも登場していた又市なのですね。
妖怪シリーズ同様、こちらにも妖怪が登場するのですが、又市たちのやり方は京極堂とはまるで逆。京極堂が憑き物落としをして妖怪を雲散霧消させるのとは対照的に、こちらのシリーズでは妖怪を生み出し、妖怪への恐怖を利用することによって、悪事を働いた人間を自滅させていきます。どちらにしても、結局は合理的に解決されることになるので、「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口くん」という部分に収束するわけですが。
解決した時の、又市の鳴らす鈴の音と「御行、奉為ーー」(おんぎょう、したてまつる)という芝居がかった演出がこの世界にとてもしっくりと馴染み、独特の雰囲気を作り出していますね。
最初の「小豆洗い」を読んだ時、しみじみ上手いと思いました。文章もそうですが、これは筋の運び方が素晴らしいです。同じように妖怪を登場させても、このようなアプローチができるのかと目からウロコ状態。百物語というこの題名の短編集の冒頭に相応しい作品ですね。そして解決方法として面白かったのは、「芝右衛門狸」でしょうか。この作品が、この本の中で一番ミステリらしさを持つ作品だったような気がします。
予定調和ではありますが、それが逆に安心して読めるシリーズ。しかし解決方法は様々。本家の妖怪シリーズに比べて、京極作品初心者にとっては非常に入りやすい作品なのではないでしょうか。


「続巷説百物語」角川文庫(2005年12月読了)★★★★★お気に入り

【野鉄砲】…山岡百介が八王子にいる兄で同心の山岡軍八郎のもとに赴くと、そこにあったのは石を額にめり込ませた死体。投石器も火薬も使用していないようなのですが…。
【狐者異】…小塚原仕置場に稲荷町の祇右衛門の首を見に行った百介は、おぎんと出会います。この祇右衛門、なんと10年前と5年前の2回、既に獄門に遭っているというのです。
【飛縁魔】…貸本屋の平八が百介に語ったのは、婚礼の日に花嫁に消えられてしまった名古屋の廻船問屋の主の話。その花嫁を、なんとか又市に探し出して欲しいというのです。
【船幽霊】…淡路島の不思議な狂言仕事の手伝いをした百介はおぎんと共に讃岐国へ。浪人風の男に跡を追われていると感じる2人ですが、ある日、別の男たちに襲われて…。
【死神-或いは七人みさき】…事触れの治平、四玉の徳次郎と江戸に戻ってきた百介。しかし治平らの長屋にいたのは憔悴しきった東雲右近でした。北林藩では「七人みさき」の祟りだという凶悪事件が頻発、右近の臨月の妻も殺され、右近が手配されたのです。
【老人火】…百介の周囲に又市たちが現れなくなって2年。北林藩の城代家老・樫村兵衛が倒れたと聞き、百介は北林藩へと向かいます。

「巷説百物語」の続編。小股潜りの又市、山猫廻しのおぎん、事触れの治平、考物の百介という4人も健在で、「巷説百物語」と入れ子になっているかのように物語は進んでいきます。しかし前作の必殺のような活躍とは一味違い、今回は一皮剥けて人間ドラマとなっているのですね。そして普通の連作短編集と思っていたら、それだけではありませんでした。1つずつの物語はそれぞれに完結しているのですが、それぞれの物語が絡み合い、百介が繰り返し耳にする「七人みさき」の話や、他の3人の生い立ちが複雑に関係して、この6編の中で一番長い、250ページほどの中編「死神」へと雪崩れ込んでいきます。前作も楽しめたのですが、物語のの深みは全く違いますね。素晴らしいです。
6つの物語の合間合間で、又市、おぎん、治平、百介という4人のこれまでの人生が描かれていきます。どんな育ちで、どのようにして今のような境遇になっていったのか…。そしてここで、百介と他の3人との棲む世界の決定的な違いを何度も確認させられることになるのです。百介は武士の家に生まれ、商家に養子にやられてそこで育ち、しかし自分には商才がないことを悟り、早くに番頭に家業を譲り渡して若隠居の身。本人も自分のことを不真面目でどっちつかずの半端者だと分っており、表街道を着実に真っ当に歩む兄の軍八郎にも、真っ当に暗闇に使って生きている3人にも憧れながら、どちらの世界にも決めようがない状態。彼にとっては、昼にも夜にも足を突っ込んでおきたいところ。「船幽霊」で船に乗ってしまった自分に対して、驚きながらも愉快な気持ちになり、ようやく自分もただの狂言回しではなく、仲間になれたのだと思ったはず。しかし百介はやはり百介でしかないのですね。その彼の覚悟のなさは、同時に彼の愛嬌でもあると思うのですが、
「憑き物」を落として人を正気に戻す京極堂シリーズに対し、「憑き物」を利用して人を正気に戻すこのシリーズ。この続編の「後巷説百物語」が直木賞を受賞しています。ここまで綺麗に閉じてしまった後、どういった続編が出たのか、確かめてみたい気もありますが、敢えて読まずにこのままでいたい気もします。


「今昔続百鬼-雲」講談社文庫(2002年2月読了)★★★★

【岸涯小僧】(がんぎこぞう)…柳田國男の「伝説」を読んで、妖怪や地方の伝説にに興味を持った沼上蓮次。戦後、妖怪研究家を自称する多々良五郎先生と再会、一緒に伝説蒐集の旅に出かけます。山梨県の山中で嵐に遭った2人は、お化け好きな村木老人の家に泊めてもらうことに。
【泥田坊】(どろたぼう)…翌昭和26年の冬。恒例の伝説巡りの旅に出た2人は信州の山奥へ。雪の中で遭難しそうになった2人が山間の村に辿り付くと、そこには「田を返せ」と叫びながら徘徊している男が。そして2人が泊めてもらった田岡家の父親が、翌朝鎮守の宮で死んでいました。
【手の目】(てのめ)…長野での事件も無事解決、東京に帰る途中で上州に寄った2人。長野まで迎えに来た富美ちゃんと山間の鄙びた旅籠に泊まっていると、旅籠の主人が高熱を出したまま行方不明に。実はこの主人、夜な夜な出かけては明け方げっそりと戻ってきていたらしいのです。
【古庫裏婆】(こくりばば)…昭和26年秋。出羽三山へと向かった2人は、途中の旅籠で相部屋だった浅野六次に、一切合財盗まれてしまいます。残ったのは多々良先生の宝物、鳥山石燕の「画図百鬼夜行」のみ。紫雲院なら無料で泊まれると浅野が言っていたことを思い出し、2人は紫雲院へ。

「妖怪馬鹿」の多々良五郎先生と、「俺」こと沼上蓮次が、伝説を求めて全国を歩いてまわる連作短編(中編)集です。自分勝手に知識を振りかざす多々良先生と、そんな先生に振り回されっぱなしの「俺」は、まさにボケとツッコミ。2人は行く先々で事件に出会い、その都度多々良先生は彼独自の妖怪絡みの推理を繰り広げます。この多々良先生というキャラクターは、まるでギャグ漫画の登場人物のようですね。自称・妖怪研究家の彼は、妖怪絡みの薀蓄を交えながら相手を煙に巻いてしまうのですが、しかし薀蓄がたくさん出てくる割には、京極堂の語りとは雰囲気がまるで違っていて、もっと気軽な感じです。あちらのシリーズには入りにくいという人も、この作品ならサクサクと読めるかもしれません。物語は一応ミステリ仕立てで、雪密室も登場したりするのですが、どちらかといえばストーリーとキャラクターの面白さで読むシリーズです。
登場する妖怪のモチーフは、京極堂シリーズと同じ鳥山石燕の「画図百鬼夜行」から引用されているのですが、でもその扱いがまるで違うのが面白いです。京極堂シリーズでは、起きた事象に対して妖怪の名前が登場、その薀蓄が語られ、事件の象徴として存在する形になっているのですが、こちらでは妖怪の絵が絵解きされていきます。そして江戸時代の読み本を平気で読んでしまう、16歳の富美ちゃんの観察が意外と鋭く、いい味を出しています。…しかし、このシリーズも楽しいのですが… 「古庫裏婆」にはあの人ともう1人登場してくれるのですが、お願いですから「陰摩羅鬼の瑕」をどうか早く出してクダサイ。


「陰摩羅鬼の瑕」講談社ノベルス(2003年8月読了)★★★

諏訪の旅館で発熱し、一時的に視力を失った榎木津礼次郎。小説家の関口巽は、榎木津の助手の益田龍一に頼まれて、旅館で立ち往生している榎木津を向かえに行くことに。世事の紛乱に係わり合いを持ちたくない関口は咄嗟に断ろうとしたのですが、益田には現在毎日の張り込みの仕事があり、他の面々にも悉く断られたと聞き、已む無く引き受けることになってしまったのです。榎木津には、現在探偵の仕事の依頼が1つ入っていました。依頼元は、信州でも1、2を争う大富豪でもある由良元伯爵家。視力を失っても依頼を断る気の全くない榎木津に付き添い、関口もまた白樺湖畔に聳える由良伯爵家の洋館「鳥の城」へと向かいます。そこでは当主である由良昴允の5度目の婚礼が執り行われようとしていました。しかし23年前、19年前、15年前、8年前に行われた4度の婚礼では、花嫁が悉く初夜の晩に殺されていたのです。今回の5度目の婚礼ににも同じことが起きないよう、花嫁を守って欲しいという依頼なのですが…。

「塗仏の宴 宴の始末」から、実に5年ぶりの妖怪シリーズの新作。
途中やや中だるみはしたものの、最後に京極堂が登場すると、さすがに物語が一気にしまりますね。榎さんが活躍するのは楽しくはあるものの、やはりこのシリーズには京極堂が必要なのだと再認識。
今回の作品では、殺人事件の犯人に関してはそう難しくはないと思いますが、今回肝心なのは、犯人を当てることではなく、その論理なのでしょうね。ここで京極堂が語ることについては全くの盲点でしたし、彼によって展開される整然とした論理はとても綺麗で良かったです。京極堂の憑き物落としにこそ、相応しい事件ですね。
しかし最終的には面白く読み終えた作品ではあるのですが、前回壊れてしまった関口くんに関して、前回あれだけ興味を残した割には、あまりにさらりと流されてしまったのが少々物足りなく、京極堂の薀蓄がいつもよりも短めに終わってしまったのも残念でした。それに、伏線かと思えたいくつかの単語がそのままになってしまったのも気になりました。あの思わせぶりは何だったのでしょう。しかも榎木津に関しても、「目が見えていれば」とついつい考えてしまいます。このシリーズにしては、全体的にかなりあっさりしているような気がしますね。


「百器徒然袋-風」講談社ノベルス(2004年9月読了)★★★★★お気に入り

【五徳猫-薔薇十字探偵の慨然】…紙芝居描きの友人・近藤との、招き猫の賭けで豪徳寺へとやって来た本島。そこで出会った奈美木セツと梶野美津子の依頼を、榎木津に伝えることに。
【雲外鏡-薔薇十字探偵の然疑】…薔薇十字探偵社を出てすぐ拉致監禁されてしまった本島。縛られた本島の前に現れたのは、駿東と名乗る男。本島は駿東に言われる通りに部屋を脱出します。
【面霊気-薔薇十字探偵の疑惑】…近藤の家に空き巣が入ります。部屋にはなぜか見知らぬ物が残されていました。本島は箱に入ったお面を持って待古庵を訪ねます。

「雨」に続く、薔薇十字探偵・榎木津大活躍の連作3編。やや不調に感じられてきた本編に比べると、やはり榎木津が前面に出ている分、ノリが良くて楽しいですね。京極堂も、出番はそう多くないながらも、適度に薀蓄を語り、綺麗に落としてくれます。今回、語り手となるのは、電気配線工事会社の図面引き・本島。一見関口を彷彿とさせる凡庸で地味で不運な人物なのですが、それでも関口の目を通して描く本編に比べると、やはり視線の違いを感じさせます。特に京極堂は、不機嫌な中にもどこか愛嬌を感じさせるほど。関口視点ではまず見ることのできなかったであろう、京極堂や榎木津の別の面が今回見れたようで、とても楽しかったです。
「五徳猫」は、3話の中で一番楽しかった話。榎木津の周囲の人間が、見る間に榎木津のパワーに巻き込まれて調子を狂わされていく様が可笑しくて仕方ありません。終盤は思わず噴出してしまいそうになるのを堪えるので必死だったほど。そしてこれは招き猫の話だけあり、なんとも「右」に拘っているのですね。「雲外鏡」は、一番綺麗に落とされたと感じた話。京極堂の説明を聞いている間の私は、既に本島状態。あまりに明らかなことを見逃していて、最後は我ながら情けなかったです。しかしこてんぱんにやっつける様は痛快そのもの。「面霊気」は、一番意外な部分が見えた話。終盤、思わぬ人物が登場してくれるのも嬉しかったですし、ラストの思いがけない暖かさがとても良かったです。京極堂も榎木津も深いですね。そして自分が凡人だと思い込んでいた本島も、やはり気付かないうちに仮面をかぶっていたのですね。3作を通して読むと、「榎木津と付き合うと馬鹿になる」という京極堂の言葉通り、「五徳猫」「雲外鏡」「面霊気」と進むにつれ、榎木津の周囲の人間はもちろんのこと、榎木津に敵対する人間たちも、情けないほど調子を狂わされていくのがとても可笑しかったです。
しかし登場人物たちが「京極」と呼びかけるのはどうなんでしょう。「京極堂」「中禅寺」と呼ばないと、作者との混同が、さらに甚だしくなると思うのですが…。

P.107「僕が仕切るからへいき」


「後巷説百物語」角川文庫(2007年11月読了)★★★★

【赤えいの魚(うお)】…剣之進は、与次郎の語った赤面恵比寿の沈んだ島の話の証拠を「豊府紀聞巻四」の中に見つけてきます。話を聞いた時、正馬と惣兵衛が非合理な話だと強く否定し、剣之進だけはあり得ることだと言い張っていたのです。
【天火(てんか)】…両国近辺で不審火が続き、下手人は全焼した油商いの根本屋の後妻の仕業と考えられます。しかしその後妻は、火を付けたのは5年前に亡くなった先妻だと言い張るのです。
【手負蛇】…池袋村の旧家では、本来の家長である伊佐治が30年ほど前に亡くなり、その遺児・伊之助を伊佐治の弟・粂七が引き取って育てていました。しかし実直な粂七親子と違い、伊之助の素行は著しく悪く、粂七が世間にその不始末を詫びる毎日だったのです。
【山男】…武蔵野の村の百姓・蒲生茂助の長女・いねが失踪し、3年後に高尾山の麓付近の村外れで、赤子を抱いてふらふらと歩いているところを保護されます。
【五位の光】…尊皇攘夷の功労者・由良公房卿が前の年の火球事件の載った新聞を読み、剣之進のところに自身の鷺と怪しい火に纏わる体験について相談事したいとの使者を寄こします。
【風の神】…百物語を語り終えた時、実際には何が起きるのか。その実験をしてみることになり、剣之進ら4人や百介もその中に参加することに。

「巷説百物語」「続巷説百物語」の続編であり、直木賞受賞作でもあります。
時代は既に明治となっており、小股潜りの又市、山猫廻しのおぎん、事触れの治平、考物の百介という4人の代わりに、元は南町奉行所の見習同心で現在は東京警視庁の一等巡査となっている矢作剣之進、元北林藩の江戸詰め藩士で現在は加納商事という貿易会社に勤める笹村与次郎、徳川方の重臣を父に持つ旗本の次男坊で洋行帰りという倉田正馬、山岡鉄舟に剣の手ほどきを受けて現在は猿楽町に町道場を開いている渋谷惣兵衛の4人が中心。与次郎が聞いた不思議な話や剣之進が遭遇した不思議な事件のことを4人で話しているうちに、埒が明かなくなり、薬研堀に九十九庵なる閑居を構えるご隠居・一白翁こと、往年の山岡百介に話を聞いてもらいに行くというのが主なパターン。
最初の5編を読んでいるうちは、あまりに同じパターンが続くので少し飽きかけていたのですが、最後の「風の神」がとても良かったです。百介の「彼岸側(あちらがわ)」と「此岸(こちらがわ)」に関する語りや思いが、読んでいるとしみじみと染み込んでくるよう。「続巷説百物語」があれほど綺麗に閉じてしまった以上、これ以上何を書くのだろうと思っていたのですが、京極さんはきっとこの部分が書きたかったのでしょうね。百介が又市たちと過ごしたのはほんの数年間のこと。その後又市たちは百介の前に姿を現さなくなります。百介自身は又市たちに見捨てられてしまったように感じていたのでしょうけれど、それは全然違っていたのでしょうね。又市たちの百介に対する暖かく大きな愛情が感じられるような気がします。もしかすると、又市たちにとっては、百介が最後の良心の欠片だったのかも…。江戸から明治へと移り変わった時代の中で最早妖怪になど用はなくなってしまったというのも、なんとも寂しいものですが、百介が4人の若者たち相手に様々な昔話を語る場面なども、時代が変わってしまったという事実を目の当たりにさせられ、このシリーズはやはりこの時代の端境期に相応しかったのだと改めて思わされます。
京極堂のシリーズなどに直接的に繋がっていく部分もあり、その辺りも興味深いところです。

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