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このページは、アンソロジーの本の感想のページです。

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「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編(2009年4月読了)★★★★

【犬】(フリードリヒ・デュレンマット)…毎日どこかの広場で説教をする男と一緒にいるのは、巨大な恐ろしい犬。真っ黒の毛並みで目は硫黄のように黄色いのです。
【グロウスター卿への委託】(アルフレート・アンデルシュ)…屋台でソーセージを食べていたのは、ニコラス・グロウスター。昔のブルゴーニュのソーセージの美味しさを語っていました。
【蝋人形館】グスタフ・マイリンク)…モハメッド・ダラシェコーと子供の行方を捜していたゼバルドゥスとシンクレアは、中央広場に設営されていた蝋人形館の天幕を見て電報を打つことに。
【人間工場】(オスカル・パニッツァ)…中央ドイツ東部の街道を空腹のまま歩き続けていた「私」は、深夜に黒々とした建物にたどり着き、呼び鈴を鳴らします。それは人間工場でした。
【写真】(フランツ・ホーラー)…両親の結婚式の写真に見知らぬ男が写っているのに気づいた「私」。その男は「私」の妹の子供の洗礼指揮式の写真にも写っていたのです。
【ロカルノの女乞食】(ハインリヒ・フォン・クライスト)…高地イタリアにある侯爵の古城の一室を借りていた年老いた病気の女は侯爵のせいで亡くなり、それから幽霊が現れるようになります。
【真のホムンクルス、または錬金の叡智】(ラウール・ハウスマン)…プラハの高位律師レーヴは、熟慮の末、ホムンクルスを誕生させようという実験を始めます。
【第四次元】(ウーヴェ・ブレーマー)…宇宙飛行士A・H氏は、銀河系をめぐる長期旅行で惑星アオーナのフロッド嬢を連れ帰り、結婚することに。
【機械に憑かれた男】(ジャン・パウル)…。
【黄色テロ】(ヴァルター・ゼルナー)…。
【寸描された紳士たちの仮面をはぐ】(ゲアハルト・アマンスハウザー)…。
【メカニズムの勝利】(カール・ハンス・シュトローブル)…。
【思いがけぬ再会】(ヨハン・ペーター・ヘーベル)…。
【北極星と牝虎】(ハンス・ヘニー・ヤーン)…。
【風のある日】(ハンス・カール・アルトマン)…。
【日没】(ペーター・ポングラッツ)…。
【田舎のボーリング場のピンが倒れる】(ペーター・ハントケ)…。
【シティルフス農場のミッドランド】(トーマス・ベルンハルト)…。

18世紀から20世紀までのドイツの幻想小説。昔ながらの怪談から現代的なホラー小説、錬金術をモチーフにした作品、そしてSF風味の作品まで、かなり色々な作品が入っています。しかし今ひとつぴんとこない作品も多く、全体的にはあまり面白いとは思えず残念。(1985/09初版)


「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編(2009年1月読了)★★★★

【サノックス卿夫人秘話】(アーサー・コナン・ドイル)…社交界の花・サノックス卿夫人と名外科医・ダグラス・ストーンの仲は公然の秘密。しかし夫人がある日突然修道院に入ってしまいます。
【屋敷と呪いの脳髄】(エドワード・ブルワー=リットン)…ロンドンの真ん中に幽霊屋敷を見つけたという友人の話を聞いた「私」は、腹心の雇用人Fと共に早速その幽霊屋敷で一晩過ごすことに。
【幽霊船】(リチャード・バラム・ミドルトン)…ポーツマス街道でロンドンから海に行く途中にある小さな村・フェアフィールド。ある時、嵐で黒塗りの船がかぶ畑に吹き飛ばされて来て驚きます。
【スレドニー・ヴァシュタール】(サキ)…後見人のデ・ロップ夫人を憎み抜いていたコンラディンは、自分の作り出した「スレイドニー・ヴァシュタール神」に祈るようになります。
【異形のジャネット】ロバート・ルウイス・スティーヴンソン)…マードリック・スウリス師は、人格高潔な正統派の牧師。しかし人々はこの老人に恐怖を抱いていました。
【緑茶】(ジョセフ・シェリダン・レ・ファニュ)…「私」がおよそ20年助手を務めることになったマルチン・ヘセリウス博士が友人に宛てた手紙。博士がかつて出会ったある牧師の奇妙な症状の話。
【林檎の谷】(ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ)…眠るたびにみるのは同じ夢。それは自生する林檎の樹に覆われた谷間の情景。一番の大樹の木の又には金髪の美しい魔女が立って歌っているのです。
【われはかく身中の虫を退治せん】(ジョン・コリア)…近所の子と遊ぼうとせず、ただ1人庭の奥で遊び続けるサイモン。お茶の時間に帰ってきた父親が何をしていたのか尋ねます。
【樹】ウォルター・デ・ラ・メア)…すすけた一等車に乗ってその路線の果てに向かっているのは、成功を収めた果実商。かんかんに怒って、腹違いの弟に会いに行く途中なのです。
【ネズ公】(モンタギュー・ローズ・ジェイムズ)…ケンブリッジから来てサフォークの海辺の町の宿屋に滞在し、仕事をしていたトムソンという若者。宿屋の他の部屋で妙なものを目撃して…。
【ポロックとポロの首】(H.G.ウェルズ)…ポロックがシェラ・レオね原住民の秘密結社ポロ団の男に初めて遭遇したのは、アフリカ西海岸にある湿地の多い村でのことでした。
【獣の印】ラドヤード・キプリング)…大晦日にクラブで催された大晩餐会に出席した帰り道、フリートは猿の神・ハヌマンの赤い石像の額に葉巻の吸いさしをこすりつけ、獣の印だと言い出します。

幻想小説というよりも、怪奇小説といったイメージの短篇集。確かに幻想味がある作品が多いのですが、その幻想味は「不思議」よりも「恐怖」に向いているようです。幻想小説というのは実は怪奇小説のことなのか… と思いそうになったのですが、イギリスは怪奇小説の本場だからだったのですね。シャーロック・ホームズのシリーズで有名なアーサー・コナン・ドイルの「サノックス卿夫人秘話」も、不思議な現象は何も起こらないものの、背筋が寒くなるような怖さがありました。
この中で私が好きだったのは、まず「幽霊船」。なんとも長閑な幽霊話で、こういうのは大好きです。訳者あとがきを読むまで、さまよえるオランダ人の伝説を元にしているとは気付きませんでしたが、そう言われてみると確かにそうですね。そして眠るたびに林檎の樹に覆われた谷間の情景の夢を見るという「林檎の谷」も良かったです。金髪の美しい魔女の足の下の谷底には、男の骸が山のようになっている、という辺りに絵画のような美しさがありました。さすがラファエル前派の画家としても名高いダンテ・ゲイブリエル・ロセッティならではです。そしてこちらは再読なのですが、インド版狼男話の「獣の印」も好き。
既読といえば、「屋敷と呪いの脳髄」と「ポロックとポロの首」の2作も既読。「屋敷と呪いの脳髄」は「幽霊屋敷」という題名でも知られている作品です。(1985/10初版)


「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編(2009年1月読了)★★★★

【義足】(ホセ・デ・エスプロンセダ)…50年ほど前、ロンドンに1人の豪商と義足作りの親方がいた頃の物語。足を失った豪商は、素晴らしい技を親方持つに、様々なことを注文します。
【僧房からの手紙】(グスタボ・アドルフォ・ベッケル)…かつてその地にいた司祭は、その聖なる祈りと強力な悪魔祓いの儀式によって、トラスモスの城を魔女たちから守っていたのですが…
【サンチョ・ヒル】(ガスパール・ヌニェス・デ・アルセ)…魔女だという噂のアルドンサ婆さんのせいで、美しくむ邪気な17歳の姪のカタリーナもまた、村人たちから避けられ軽蔑されることに。
【背の高い女】(ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン)…森林技師のガブリエルが話したのは、友人の土木技師・テレスフォロ・Xがモレダ侯爵令嬢との結婚を間近に控えて亡くなった話でした。
【ぼくの葬儀】(クラリン)…カフェで友人のロケ・トゥヨとチェスの勝負にうつつを抜かし、夜も更けてから帰宅した「ぼく」。しかしどうやら自分はその晩、死亡したらしいのです。
【人形】(フアン・バレラ)…何百年も昔、ある王国の都に暮らしていた貧しいながらも誠実な未亡人と輝くばかりの美貌と小鳩のようなあどけなさを備えた15歳の娘の物語。
【お守り】(エミリア・パルド・バサン)…素晴らしい幸運に恵まれて大使館の一等書記官となっていた男爵。実はあらゆる願いを叶え、あらゆる行いに成功をもたらすお守りを持っているというのです。
【魂の息子】(エミリア・パルド・バサン)…ある日タルフェ医師の元を訪れたのは、喪服姿の夫人と、生気のない顔色をして手足が大理石のように冷え切っている息子でした。
【ベアトリス】(ラモン・デル・バリュ=インクラン)…敬虔な伯爵夫人の娘・ベアトリスが悪魔につかれ、屋敷中にその叫び声が響き渡ります。そして聴罪司祭が呼ばれることに。
【神秘について】(ラモン・デル・バリュ=インクラン)…子供の頃、祖母の催す夜の集いにやって来たのは、恐ろしい神秘的な出来事を知っている老婦人。牢にいる父のことが見えていたのです。
【ガラスの眼】(アルフォンソ・ロドリゲス・カステラオ)…都会の墓苑の墓掘り人夫と友達になった「私」は、その人夫から棺桶に入っていたというガラスの義眼と原稿用紙を買い取ります。
【暗闇】(ベンセスラオ・フェルナンデス・フローレス)…その朝はっきりと目を覚ました法廷判事のサンス氏は、前の晩に寝るのが遅くなった割に、暗いうちに目が覚めたのをいぶかしく思います。
【ポルトガルの雄鶏】(アルバロ・クンケイロ)…ブラガの子爵・ドン・エスメラルディーノは、当時ポルトガル一の美男と謳われ、恋多き男としられた人物。しかしある日雄鶏となってしまったのです。
【島】(アナ・マリア・マトゥテ)…ある日ずる休みをした8歳のペリーコは、レモンの植わった家で冷たい水をご馳走になり、原っぱの祭りへと向かいます。そして特賞が島の射的をすることに。

スペイン文学はリアリズムが主流と言われているのですが、これはスペインに早くからキリスト教が広まっていたこと、回教徒の侵入に抵抗するために異教的要素を極力排する必要があり、民間信仰や民間伝承の幻想譚が切捨てられたこと、そして宗教改革時に、そういった物語が再び断罪されたことが大きく関係しているのだそう。しかし紀元前にケルト人の侵入を受けたイベリア半島北西端のガリシア地方などは、雨の多い陰鬱な気候と相まって、今でも民間信仰や異教的雰囲気をかなり残し、神秘的・幻想的作品を沢山生み出しているのだそうです。
「イギリス幻想小説傑作集」は怪奇的な作品が多かったのですが、こちらは少しユーモアがかった作品が多いのが印象に残りました。中でも富豪の注文通りに義足が勝手に歩き出してしまう「義足」が可笑しいですね。これはかなりのブラックユーモア。表面に現れている以上の意味を内包しているようです。そして貧しくとも美しい主人公が、拾った人形を大切にするうちにその人形に魂が宿ってしまう… という一見昔ながらのおとぎ話のように読める「人形」も、実はユーモアたっぷり。しかしこちらはブラックというよりも、際どい路線ですね。シニカルな笑いなのは、骸骨になってしまった登場人物たちが可笑しい「ガラスの眼」。
それに対して、怪奇的な作品で気に入ったのは「お守り」。どこかで読んだような、それほど珍しくない展開の作品ではありますが、語り手の最後の台詞がとても効いています。それに、今まで読んだことのない雰囲気に驚かされたのは、突然世界が真っ暗闇に覆われてしまったという「暗闇」。これはとても面白いです。火が燃えていても見えないのですから、世界が暗闇になったというよりも人々が皆盲目になったのでしょうけど、主人公の目覚めた頃の長閑な雰囲気が一転して、この世の終わりという雰囲気になるのが迫力。
そしてこの本の中で一番私が幻想的な作品だと感じたのは、学校をずる休みした少年が、原っぱのお祭りの射的で特賞の島を当ててしまった「島」。やはりレモンの植わった家が境目だったのでしょうか。この世とあの世の境界線が曖昧で、それがまた一層幻想的な雰囲気を盛り上げています。こういう作品は大好きです。(1992/05初版)
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