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このページは、ロバート・ルイス・スティーヴンスンの本の感想のページです。

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「ジーキル博士とハイド氏」岩波文庫(2009年8月再読)★★★★

ある日曜日、弁護士のアタスン氏と、遠縁で、名高い放蕩者のリチャード・エンフィールド氏との毎週恒例の散歩の途中で出たのは、ロンドンの繁華街の裏通りにあるドアの話。それはエンフィールド氏が初めてハイド氏を見かけた場所。早足で歩いていたハイド氏は、懸命に走っていた少女と正面衝突し、倒れた少女の身体を平然と踏みつけ、悲鳴をあげている彼女をその場に置き去りして歩み去ろうとしたのです。思わずハイド氏の襟首をつかんで現場に引き立てたエンフィールド氏。そして少女の家族とやがて現れた医者と共に、ハイド氏を非難するのですが…。このハイド氏は、見るからに不愉快な、相手に嫌悪感を抱かずにはいさせないタイプの小男でした。(「THE STRANGE CASE OF DR. JEKYLL AND MR. HYDE」海保眞夫訳)

この作品を読んだことのない人でも、「ジキルとハイド」という言葉は知っているはず。そんな題名だけが一人歩きしているような作品です。実際に読んでみれば、かなりスリリングなサスペンスですし、もしネタを知らずに読めばかなり興奮できると思うので、今のこの題名とその本質的な内容だけが有名な状態が作品には気の毒な気もするのですが…。しかし私自身は、以前読んだ時もネタを知っているにも関わらず面白く読みましたし、今回はさらに面白く読めました。
しかし今回の再読で意外だったのは、ジキルとハイドの分かれ具合。ジキルとハイドといえば、善と悪。カルヴィーノの「まっぷたつの子爵」のような完全な「善」と完全な「悪」であるように思い込んでいたのですが、実はそうではなかったのですね。ジキル博士は善人ながらも、若い頃には相当放埓な生活を送っていたという人物。ハイド氏が現れた後も、ジキル氏のその基本的な性格はまるで変わっていないようなのです。そもそも最初に登場する時に、「きれいに顔をそった五十歳の博士は、多少狡そうなところもあるが、知性と善意にあふれている」とあるのですから。ここで「多少狡そうなところもあるが」という言葉がとても気になります。完全に悪の存在であるハイド氏が現れたからといって、ジキル博士からその悪の部分が全て取り去られたのではなかったのですね。それでは純度の高いハイド氏に太刀打ちできるわけがないでしょう。ジキル博士は世間一般が好人物だと考える普通の人間のままなのですから。それがこの結末を迎えることになった最大な原因だと思います。ここで知りたくなってしまうのは、スティーブンスンがどの程度深く考えていたのかということ。あまり深く考えずにこの状態にしたのか、それとも考えつくした挙句のこの状態だったのか。とても興味深いところです。


「新アラビア夜話」光文社古典新訳文庫(2008年10月読了)★★★★

自殺クラブ
【クリームタルトを持った若者の話】
…ロンドンに滞在していたボヘミアのフロリゼル王子は、ジェラルディーン大佐と共に変装して牡蠣料理屋へ。そこにクリームタルトを持った若者が現れます。
【医者とサラトガトランクの話】…パリのカルチェ・ラタンに住み着いた金持ちのアメリカ人青年・サイラス・Q・スカダモア氏は、手紙で呼び出されて見知らぬ女性の指示を受けることに。
【二輪馬車の冒険】…インドの戦場で名を上げて帰国したブラックンベリー・リッチ中尉は、偶然乗った二輪馬車でモリス氏のパーティへ。そして客を注意深く観察しているモリス氏に興味を持ちます。
ラージャのダイヤモンド
【丸箱の話】
…一流の教育を受けるものの親に先立たれて文無しとなったハリー・ハートリーは、ラージャのダイヤモンドを持っているという噂のトマス・ヴァンデラー卿の秘書の職を得ます。
【若い聖職者の話】…ハートリー氏とレイバーン氏の行動を不審に思っていた若き聖職者・サイモン・ロールズ氏は、モロッコ革の小箱に入ったラージャのダイヤモンドを見つけます。
【緑の日除けがある家の話】…エディンバラのスコットランド銀行員・フランシス・スクリムジャーは、名前を明かさない見知らぬ人物からの手紙を受け取って、パリのコメディ・フランセーズへ。
【フロリゼル王子と刑事の冒険】…フランシス・スクリムジャーからダイヤモンドを受け取ったフロリゼル王子。そのダイヤモンドをどうすればいいのか王子は考え続けます。(「NEW ARABIAN NIGHTS」南條竹則・坂本あおい訳)

ヴィクトリア時代のロンドンをアラビアの都・バグダッドに見立てて、ボヘミアの王子・フロリゼルと腹心のジェラルディーン大佐のお忍びの夜の冒険を描いた連作短編集。この2人が「千夜一夜物語」の教主(カリフ)・ハルン・アル・ラシッドと腹心の大宰相になぞらえられているとのこと。
オムニバス形式にはなっていますが、実際には「自殺クラブ」と「ラージャのダイヤモンド」の2編。どちらもフロリゼル王子が偶然出会うことになった悪人を懲らしめるという趣向です。しかし最初の「クリームタルトを持った若者の話」と「フロリゼル王子と刑事の冒険」では前面に出てるのですが、他の話ではむしろ一般の人間が主人公。フロリゼル王子とジェラルディーン大佐の姿は見え隠れしているだけ。王子が物語の最初と最後に登場して作品全体を引き締めてくれているのはいいのですが、大佐が登場するのが「自殺クラブ」の方だけというのはとても残念ですね。2人がコンビを組む作品がもっと読みたかったです。そういう意味では「自殺クラブ」の方が好きなのですが、この作品では大佐があまりに気の毒という一面もあり…。「ラージャのダイヤモンド」の方が連作短編集という形態を上手く利用しているようにも思います。
ただ、このフロリゼル王子、最後の最後で意外な展開となってしまうのですね。欲を言えばもっと2人のお忍びの冒険を重ねた後にして欲しかったものですが、このシリーズはスティーヴンスン自身にもあまり評価されていなかったようですね。フロリゼル王子とジェラルディーン大佐の冒険はこれだけというのがとても残念。しかし最後の意外な展開後の小品「続・新アラビア夜話 爆弾魔」という作品もあるのだそうです。こちらはファニー夫人との合作だとか。南條竹則さんがこちらも訳して下さったらいいのですが…。

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