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このページは、吉田音さんの本の感想のページです。

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「Think-夜に猫が身をひそめるところ」筑摩書房(2002年5月読了)★★★★★お気に入り

近所の円田さんと一緒に暮らしている黒猫のシンクは、元々野良育ちのせいか、夜遅くに散歩に出かけるのが好きな猫。帰ってくる時は、いつでもおみやげ持参です。それは16個の青い丸いボタンだったり、釘だったり、鳥の羽だったり、「光沢ビス」とある紙袋の切れ端だったり、映画のちらしだったり…。クラフト・エヴィング商會三代目を両親に持つ、吉田音(13才)は、敬愛する円田さんと探偵団を結成、シンクが外から持ち帰ってくるおみやげから、シンクの行き先を推理をすることに。その名も「ミルリトン探偵局」。ミルリトンとは、音のお母さんによると「この世で・いちばん・おいしい・お菓子!らしい」なのです。

「猫だけがいける場所」について、人間がいくらあれこれ推理してみたところで結局正解は分からない。でも確かめることはできなくても、やっぱり知りたいから考えてみる。そういう趣旨の元に作られたミルリトン探偵局。推理が合ってても間違ってても、それは大した問題ではないのですね。シンクのおみやげを見ながら思いついたと思われる短編は不思議で優しく、少し物悲しい雰囲気の物語。どこからがフィクションで、どこからがノン・フィクションなのかは分からないのですが、その曖昧さが心地良いです。たとえ完全なフィクションだったとしても、ビスケット職人の五十嵐さんや、ホルン奏者、水読みのタトイの存在感は確か。この中私が好きなのは、ビスケットを焼きつづける五十嵐さんの物語。頑固一徹で妥協を知らない五十嵐さん。なかなか思ったようなものが焼けず、しかし諦めきれない五十嵐さん。光沢ビスケットの紙袋がとっても可愛いらしく、こんな袋にビスケットがいっぱい入ってたら、光沢があろうがなかろうが欲しくなってしまいます。そして川面に映す水中映画。以前、ラブシーンだけを集めて編集した物を見たことがありますが、こちらはラブシーンのようにはっきりした場面ではなく、ラストシーンの数分間やクレジットの部分だけを繋げたもの。そういった映像が流れる川の水面に映る場面が絶妙で、本当に見てみたくなってしまいます。
吉田音さんが本当に存在するのかしないのかというのも謎。実在するように書いてありますが、素直にそうとはとても思えません。しかしその解答は特に必要ないのですね。謎は謎のままで…。

P.30「そうじゃなくて、分からないのがいいんです。分からないから、また考えるでしょう?<考え>だけは、どんなに狭いすき間でもするする抜けてゆきます。想像したり分かったりしてしまったらそこまで止りです。でも分からなければ、いつまでもどこまでも楽しめます。食べたことのないミルリトンみたいに」


「Bolero-世界でいちばん幸せな屋上」筑摩書房(2002年5月読了)★★★★お気に入り

春休みの土曜日の午後。母がアップルパイを焼いているため、家中がシナモンの香り。そして猫のシンクが遊びにやってきます。手を振ったら珍しく駆け寄ってきて、しかもおなかまで見せて甘えるシンク。呼べば部屋の中にまで入ってくるシンク。これは本当にシンクなのでしょうか。確かにシンクに似てるけれど、もしかしたらよく似た違う黒猫なのかもしれないと考えた吉田音は、その黒猫がシンクであるかどうかを確かめるために、赤い首輪にシナモンの小壜から剥がしたシールを貼り付けます。しかしその日から、シンクはしばらく帰ってこなかったのです。しばらくして帰ってきたシンクは、カフェのマッチやタクシーの領収書、チョコレエトなど、またまた面白いおみやげを持ち帰っていました。そしてそれらのキーワードを元に、色々な短編が交差していきます。

「Think」に続く、ミルリトン探偵局シリーズ第2弾。
「Think」は帯に「猫とホルンとビスケット」と書いてありましたが、今回は、「猫とカフェと幻のレコード」。
前作と同じように、音の日常生活の間に写真と短編がはさまれており、フィクションとノン・フィクションが入り混ざっているような不思議な雰囲気。前作に引き続き登場する音とその両親、そして円田さんは前のままです。しかし猫のシンクは、以前よりもちょっぴり不思議な存在に。
読んでいるうちに幻のレコードが聞いてみたくなります。作中に登場する音楽シーンが丁度私の好きな年代ですし、イギリスの北の方にある小さな寒い町というのが、まるで目の前に浮かぶようです。アンジェリーナで皿洗いをする5人。そしてカフェ・ボレロ。途中でラヴェルのボレロが流れるシーンがありますが、まさにこの曲のように、同じ旋律がひたすら繰り返され、そして知らず知らずのうちに盛り上がる、そんなイメージ。今回は吉田音ちゃんや円田さんの謎解きよりも、アンジェリーナで皿洗いをしていた5人の物語の方が印象的でした。ひたすら繰り返されてきたテーマが一段押し上げられるように転調。そして様々な人々の邂逅。見事です。
前作の感想で、吉田音ちゃんが実在するかどうかと書きましたが、これを読んでみて実在しないと確信。この年代のことをこんな風に語れるのは、実際に通り抜けてきた人だけでしょう。想像して書いたのとは全然違う実在感があります。いくら表現力が優れていても、これは体験した人のみが語れる言葉。だって、私自身通りぬけてきた年代ですから… それでもやはり、真相は謎のままなのです。

P.215 「鏡はひとりで見るものなの。だから悪いけど、ひとりにさせといて」

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