Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、小池真理子さんの本の感想のページです。

line
「恋」ハヤカワJA文庫(2003年11月読了)★★★★★お気に入り
浅間山荘事件の概要を書く仕事のために新聞の記事を調べていたノンフィクション作家・鳥飼三津彦は、1972年2月29日、丁度浅間山荘事件と同じ日に軽井沢で起きていた殺人事件の記事に目を惹かれます。それは1人の若い女性の起こした事件。その女性は、矢野布美子22歳。犯行当時M大学に通っていた布美子は、片瀬信太郎という大学の助教授の翻訳を手伝うアルバイトのために軽井沢に同行しており、軽井沢にある電機店の従業員・大久保勝也を猟銃で射殺したのです。鳥飼はこの事件を調べ始め、出所後の布美子の行方もつきとめます。なかなか事件のことを話そうとしない布美子でしたが、癌で余命幾ばくもないと分かった時、鳥飼にその事件の全貌を話し始めることに。それはお互いに愛し合いながらも、それぞれ別に恋人を持つことになる片瀬信太郎とその妻・雛子、そしてその2人に惹かれる布美子の物語。嫉妬などの感情が少しも混ざらないその3人の関係はしかし、ある日終わりを告げるのです。

114回直木賞受賞作。
70年代の学園紛争のさなかの、シュプレヒコールの中での布美子と唐木俊夫との恋。唐木俊夫は体を壊してして運動から脱落します。それとは対照的に、布美子はプチブルと忌み嫌っていたはずの世界に浸っていきます。布美子が通っていたのが、学園紛争の重要な拠点となったM大学、そして片瀬が勤めていたのは、その風潮からは外れた感のあるS大学。これは明治大学と成城大学でしょうか。布美子の起こした事件と浅間山荘事件が同じ日だったというのも、とても綺麗な対比となっているのですね。
純粋ではあるが、常識では考えられない背徳的な3人の関係。それはまるで片瀬自身が訳している「ローズ・サロン」のよう。全くといっていいほど、猥褻なものを感じさせず、その描写はむしろ美しく感じられます。そしてこの関係が壊れるきっかけの訪れから、移り変わる3人の関係、それに耐え切れずに行動を起こした布美子… この部分がとてもいいですね。読む前に想像していたよりも、その行動には遥かに説得力があり、布美子の気持ちも他の2人の気持ちも、ひしひしと伝わって来ました。
確かに官能的ではありますが、どちらかといえば退廃的な美しさを漂わせた作品。デカダンという言葉が似合いますね。そして限りなくシンプルなタイトルでありながら、読み終わってみると、そこに隠された深いものを感じさせられます。

「欲望」新潮文庫(2003年11月読了)★★★★★お気に入り
女子校の図書館司書をしている青田類子は、ある夏の暑い日に、郊外へ向かう電車に乗っていました。その電車に乗るきっかけとなったのは、1ヶ月ほど前、学校の創立記念日にふらりと立ち寄った「東京回顧写真展」という個展。その会場にあるいくつもの写真のこには、なんと類子自身がよく見覚えている風景が切り取られていたのです。そこは中学時代の同級生だった阿佐緒と、彼女よりも31歳の夫・袴田亮介の家。ガーデンパーティが開かれたその日、同じく中学時代の同級生である秋葉正巳と類子自身もその場にいたのです。

能勢の肉体に惹かれながら、正巳の精神に惹かれる類子。正巳との間には性的関係は存在しないにも関わらず、能勢と一緒にいるシーンよりも遥かに官能的なのが驚くほどです。これは正巳の身体のことがあったからこその純粋な関係だったのでしょうね。これがごく普通の男女であれば、恐らくここまでの結びつきにはならなかったはず。肉体的な関係を持つことによって、2人の関係が生々しくなり、夢から醒めてしまうこともあり得ます。何もないからこそ、純粋さだけが残ったのでしょう。正巳と類子の関係は、ある意味完璧であるようにも思えます。しかし正巳と類子の描写を通して、肉体的な繋がりと精神的な繋がりに対する男性と女性の違いが、よく現れているようですね。類子はそのままでも、本当に幸せだったのでしょうに…。しかし正巳は結局それを理解することはできなかったのですね。
阿佐緒や正巳の強烈さに比べて、一見地味なようでいて、確実に男性を惹き付ける類子。実はそんな彼女のイメージが最後まで思い描けないまま終わってしまったのですが、しかしその代わり、彼女によって他の人物像が鮮やかに浮き上がってきたようです。そして類子のそんなミステリアスな部分も、この作品に余韻を与えていたように思います。
自ら望んで三島となった袴田と、三島に成らざるを得なかった正巳。全編、三島由紀夫へのオマージュとなっています。特にラストシーンの美しさと哀しさには圧倒されました。

P.280「正巳にとって美しいもの、そそられるものはすべて、初めから架空のものに過ぎなかった。射精機能がないと言うだけでなく、性の対象が現実のものであるという認識が持てないからこそ、彼の興奮は、果てることがない。彼自身がその対象に倦むまで永遠に続く。」「そんな彼は、私にとって途方もなくエロテイックだった。彼の性は始まりもない代わりに、終わりもないのだった。」

「薔薇いろのメランコリヤ」角川書店(2003年10月読了)★★★
18歳の時、19歳年上の美しい前衛詩人・新川エマに出会った野乃。エマの乗っていた車が野乃に泥水を撥ねてしまったことがきっかけで、野乃はエマの家に行き、そのまま一緒に暮らすようになります。2人が話すことは、もっぱら男女のこと。エマは次から次へと男を変え、野乃は次第にエマと男達を共有するようになります。そんなある日、突然エマが恋に落ちます。相手は詩人を目指している寺岡晋平。晋平はエマの力で詩集を出すことになり、エマはどんどん普通の恋する女性となっていきます。しかし今度ばかりは、野乃とエマは1人の男を共有することができなかったのです。

物語自体は、ごくあっさりしています。美しい年上の女と若い女の世代交代とでも言うのでしょうか。作品の中では恋愛、特にエロス的な面が強調されていたのですが、私にとっては、人間誰にでも共通に訪れる「老い」が強く感じられる作品でした。どれだけ美しくても、円熟した魅力を持っていたとしても、いつかは老いる… もちろん本人の努力次第で美しく老いていくことはできるのですが、それでもやはり一度失われた若さは二度と戻りません。それを目の当たりにさせられてしまった瞬間。エマが受けてしまった衝撃。もちろん傍から見れば、エマもまだまだ非常に魅力的な女性ですし、老いなど全く感じられないのでしょうけれど… しかし気付いてしまったエマにとっては、それは痛いほどの現実。
「薔薇いろのメランコリヤ」という題名が素敵ですね。まだまだ傍目には薔薇色に見えるのに、しかしそれは限りない憂鬱。エマの、そして後には野乃も実感することになる、「老い」そのもののような気がします。

P.185「本当に言葉が欲しいと思う時に限って、言葉は失われてしまうものなんだ」
Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.