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このページは、井村君江さんの本の感想のページです。

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「ケルトの神話-女神と英雄と妖精と」ちくま文庫(2004年3月読了)★★★
ケルトの神話とは、アイルランドに伝わる神話です。ケルト民族はインド・ゲルマン語族に属している、金髪で背が高い民族。始原地はダニューブ川(ドナウ川)の水源地付近ともカスピ海近くともベーメンとも言われており、紀元前900年頃から500年の間にヨーロッパ各地へと散っていったとされています。その中でも、スペインからブリテン半島に渡り、さらにアイルランドに渡ったケルト人は、ローマ帝国の影響を受けることもなく、ケルトの特色をよく保存した文化を現在にまで残しています。アイルランドに入来したのはパーホロン族、ネメズ族、フィルボルグ族、ダーナ神族、ミレー族の5つの種族。そしてケルト神話とされているのは、フィルボルグ族に勝ち、しかし後にミレー族に敗北することになったダーナ神族の神話、そしてミレー族の統治下になってからのアルスター神話、フィアナ神話の3つです。ダーナ神族の神話は純粋に神話らしい神話なのですが、アルスター神話は、英雄・ク・ホリンと赤枝の戦士団、フィアナ神話はフィン・マクールとフィアナ騎士団を中心とした英雄譚といった趣き。
最初、文章になかなか慣れなくて苦労しましたが、ドゥルイド僧の存在や、ケルト神話からアーサー王伝説に発展していった部分、そしてギリシャ神話や北欧神話を思い起こさせる部分などが散見され、とても興味深かったです。例えばダーナ神族の戦いの女神・モリガン(モリグー)は、アーサー王伝説のモーガン・ル・フェイの前身。コノール王と英雄ク・ホリンの関係は、まるでアーサー王とランスロットのようなのです。
ダーナ神族は元々金髪碧眼で、背が高く美しい姿をしていたのに、ミレー族に負けて地下に逃れて住むようになり、あるいは海の彼方の常若の国(チルナ・ノグ)に去ることになります。次第に崇拝もされず、供物も減るにつれて、人々の頭の中でその姿はどんどん小さくなり、最終的に身の丈20〜30cmの妖精になったというのも面白いですね。

「アーサー王ロマンス」ちくま文庫(2004年9月読了)★★★★
コーンウォールやウェールズのブリテン諸島からブリタニーに伝えられ、吟遊詩人によってフランスやイタリア、スペインなどの国々にも広く流布されていたアーサー王伝説。アーサー王は民間に語り継がれている英雄伝説の主人公であると同時に、紀元500年頃のイギリスに実在したと言われ、歴史的事実として考証されている存在でもあります。様々な伝播過程を経て、修飾されながら創り上げられていったこの物語を、12世紀のフランス人・クレティアン・ド・トロワが集大成し、15世紀になるとトマス・マロリーが「アーサー王の死」としてまとめたものがキャクストンの印刷によって広く流布し、その結果、現在の形に定着しています。
そしてトマス・マロリーによる「アーサー王の死」を中心に、様々な文献を元を参考にしながら、アーサー王伝説に対する解説がなされたのが本書。あまり詳細な物語までは紹介されていないのですが、主要な人物やエピソードは紹介されていますし、これは読みやすいと思います。主要人物別に章が分かれている分、トマス・マロリーの「アーサー王の死」よりも読みやすいかもしれないですね。既に執筆されていた「ケルトの神話」の分野にも言及されているのが興味深いです。トマス・ブルフィンチの「新訳ア−サ−王物語」も確かに入門編だとは思いますが、今から読むのならこちらの方がオススメ。ページ数はこちらの方が少ないぐらいですが、内容的には濃いと思います。

「妖精とその仲間たち」ちくま文庫(2005年3月読了)★★★★
古くからイギリスのブリテン島の人々が身近に感じ、共に暮らしていた妖精たち。キリスト教が入ってくるにつれて、妖精は異教の神々とされ、時には悪魔と共に追い払われてしまうことになるのですが、それでも昔話や民謡、そして文学の世界では相変わらず活躍しています。この本はそんな妖精たちの案内本。全部で70種類もの妖精が紹介されています。本には妖精の図版も沢山収められており、特に巻頭のカラーの絵はとても綺麗。本文中に掲載されている図版が白黒なのが残念になってしまうほどです。福島県と金山町と宇都宮に、井村君江さんの妖精絵画コレクションを中心とした妖精美術館が作られているそうなので、おそらくそちらに行けば実物が見れるのでしょうね。
そしてこの中に収められた妖精物語を読んでいると、本当にどこの国にも同じような物語が伝わっているものだと改めて感心してしまいます。日本の羽衣伝説や浦島太郎の話とそっくりのものもあるのですね。もちろん児童文学の世界ではこれらの妖精たちの物語が元になっているものも多いのですが、読んでいる時一番思い出していたのが、エリナー・ファージョンの「ヒナギク野のマーティン・ピピン」でした。あの中に登場する妖精は、ネズビットの砂の妖精やピーターパンよりもずっとこのイギリスの妖精の本来の姿に近いように思います。
日本では黒猫が不吉とされているのですが、イギリスでは黒猫の方が縁起が良く、白猫の方が不吉だとか(しかし黒猫は魔女の変身だと信じられていたのですね。本当に縁起がいいのでしょうか…?)、スコットランドでは緑は妖精の色なので不吉であるとか(ケルト民族は緑を死の色としていたそうです)、青は永遠の冷たさ、赤は地獄の炎を意味するなど、色のイメージもまた全然違うのですね。そういった部分もとても面白かったです。

「妖精学入門」講談社現代新書(2007年2月読了)★★★
深く研究を進めていくと、人類学や民俗学、深層心理学、諸芸術の想像力の根元など、様々なことが多様に、かつ複雑に絡まっていることを気付かされることになる「妖精」の存在。これまでの井村君江さんの著作を元に、「妖精学」という観点から、「妖精」像を概観できるようにまとめられたという入門書。1章「妖精はどこから生まれたのか」は、妖精の起源、ケルト民族の歴史やその神話とのかかわり合い、地方別に見た妖精の特徴について。2章「妖精のエンサイクロペディア」では、妖精の種類や妖精関係の用語の小辞典。3章「創造された多彩な妖精像」では、イギリスの作品を中心に「語られた妖精」「書かれた妖精」「描かれた妖精」「演じられた妖精」「造られた妖精」の紹介。

1章の真面目な妖精論は面白かったのですが、2章3章はあまり深く掘り下げず、むしろ幅広い事象を取り上げて系統だって紹介するといった感じ。アーサー王伝説やシェイクスピア作品、その他主な英文学作品、絵画などに登場する妖精たちを紹介していきます。限られたページ数にも関わらずとてもよくまとまっているとは思ったものの、私にとってはあまり目新しい部分はありませんでした。「妖精学」という題名をつけるには、これでは少し物足りないのではないでしょうか。ある程度知識を持っている人間には物足りず、かといって妖精といえばディズニーのティンカーベル、という人は戸惑うかもしれませんね。イエイツのようなケルト的な妖精物語を既に少し知っており、しかもそこに現れる多様な妖精の姿に引かれた人が一番楽しめるのではないかと思います。それでもカラーやモノクロの図版が豊富なので、その辺りは見ているだけでも楽しいです。

「ケルト妖精学」ちくま文庫(2007年2月読了)★★★★
「フェアリーランド」という言葉の響きから一般に人々が思い描くような、幻のように美しく楽しいおとぎの国の情景は、イギリスにおいてはシェイクスピアが作り上げたイメージが定着したもの。それ以前の妖精とは、悪魔と同一視され、邪悪な存在として畏怖されていた超自然界の生き物だったのです。…英国ではまだ学問体系として一般に定着していない「Fairyology(妖精学)」。しかし「妖精」は単に民俗学の研究対象というだけでなく、創作の世界においては様々なジャンルの表現主題となっており、その変遷を考察することは、芸術研究や文化研究、比較文学研究の上からも意義のあること。そこには民俗学はもとより、神話学や人類学、地理学、深層心理学など広範にわたる考察と独自の研究方法が必要となります。…というように、英国ではまだまとめられていない、そんな総合的な「妖精」研究を試みる本です。

+自分用のメモ+
井村君江独自の、「妖精」究明の分野・領域
1.語られた妖精(民間伝承物語・神話・伝説)
2.書かれた妖精(古文献・中世ロマンス・純文学・児童文学)
3.造られた妖精(寺院レリーフ・彫刻・人形)
4.描かれた妖精(絵画・イラストレーション・デザイン)
5.感じられた妖精(音楽)
6.演じられた妖精(マスク・ペイジェント・戯曲・バレエ・オペラ・パントマイム)
7.未来の妖精(ヴァーチャル・レアリティ・SFの世界)

妖精の起源
1.自然、天体、元素の精霊…地(ノーム)、水(ウンディーネ)、火(サラマンダー)、風(シルフ)
2.自然の擬人化…原因不明の自然現象への恐怖、自然の恩恵への畏れ敬う気持ち
3.卑小化した古代の神々…忘れ去られたケルトの神々
4.先史時代の祖霊、土地の霊…円形土砦、石塚、石舞台は、古代ゲール語で「シー」
5.死者の魂…ドルイド教の霊魂不滅・転生思想と深いかかわりがある
6.堕天使…民間信仰やケルト神話の神々がキリスト教伝来により異教とされたことから
ケルト民族にとって異界観を形成した特に大きな要因は3〜5

アイルランドの主な楽土
1.常若の国(ティル・ナ・ノグ)
2.喜びが原(マグ・メル)
3.至福の島(イ・ブラゼル)
4.波の下の国(ティル・フォ・スイン)

ケルト伝承の中の妖精の研究の第一人者・井村君江さんの、妖精学に関する総決算ともいえる1冊。妖精伝承と物語詩、英国文学、そして児童文学の中に見る妖精を辿っていきます。内容的には「妖精学入門」とかなり重なる部分があるのですが、こちらの方が一歩踏み込んだ内容。ある程度ブリテン島の妖精について知識のある人なら、きっと楽しめると思います。アーサー王伝説はもちろんのこと、チョーサーの「カンタベリー物語、スペンサー「妖精の女王」、シェイクスピア、そして18世紀のポープ、ブレイク、コールリッジ、W.スコット、キーツ、シェリーなどの詩人の作品を年代を追って取り上げているのがとても参考になりました。「妖精学入門」では、未知の本を紹介されていても正直読みたい気持ちにまではならなかったのですが、こちらでは色々な作品に興味が湧いたのも嬉しいところ。児童文学の中に見る妖精を取り上げた第3章でも、「ピーター・パン」や「砂の妖精」「メアリー・ポピンズ」「指輪物語」「ナルニア」「不思議の国のアリス」など、取り上げられるのが当然な作品が並んでいるのですが、そこに読者としての子供の存在と児童文学の発祥という、児童文学論と言えるような部分もあり、興味深いですね。アーサー・ランサムの「ツバメ号とアマゾン号」のシリーズの「女海賊の島」が妖精文学として取り上げられているのには驚きましたが、説明を読んで納得。なるほどそういう見方もあるのかと気づかされました。
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