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このページは、若竹七海さんの本の感想のページです。

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「船上にて」講談社文庫(2002年2月読了)★★★

【時間】…川村静馬は大学時代に好きだった五十嵐洋子の死を知り、久しぶりに母校である大学へと向かいます。そこで彼女の親友だった北上彩乃と出会い、彼女に洋子についての話を聞くことに。
【タッチアウト】…林田ゆかりに一目惚れした橋爪雪彦は、ストーカー行為を繰り返した後、家に忍び込みます。しかし逆にゆかりに殴りつけられて失神。病院のベッドで目覚めた雪彦は再び…。
【優しい水】…気が付くと、ビルの間の細い路上に寝ていた「あたし」。そこから見えるのは、両側にあるグレーの壁と細長い空。一体何が起きたのか、「あたし」は今日の出来事を思い出そうとします。
【手紙嫌い】…志逗子は病的な手紙嫌い。しかし彼女の憧れの爬虫類専門の写真家・五十嵐満昭は手紙マニア。志逗子は五十嵐を紹介してもらえることになるのですが、五十嵐の家には電話がなく…。
【黒い水滴】…前夫が亡くなりイギリスから帰国した「私」は、義理の娘・渚の車に乗って彼女のマンションへ。翌日、警察官が訪れます。亡くなった夫の最後の妻だった女性が変死したというのです。
【てるてる坊主】…広美と恭平と輝夫、3人の幼馴染。「私」がその宿を訪れると、自殺騒ぎがあったという竹薮の一部は無粋なコンクリート塀に変えられていました。
【かさねことのは】…高校時代の先輩の春田は精神カウンセラー。彼は手紙を8通見せ、登場する5人の人物の中で事故死をした人物、殺害された人物を1人ずつ当ててみろと言い出します。
【船上にて】…帰国するために乗った豪華客船イル・ド・フランスの1等で、「私」は老紳士・ジェイムズ・ハッターと知り合います。彼はかつての冤罪事件について語りますが、その頃彼の甥は、部屋から高価な宝物が盗まれたと騒いでいました。

私がこの中で一番気に入ったのは「手紙嫌い」。志逗子が購入する手紙の文例集がかなり笑えますね。そしてこのラストは、すごく効きました。同じようにラストが効いたといえば「優しい水」。ユーモアたっぷりでテンポの良さが楽しい作品なのですが、実は…。しかしこの2作に関しては、救いのないラストに賛否両論かもしれませんね。「てるてる坊主」の仕掛けもなかなか良かったです。トリックと、それに思い至るきっかけ、そして現実と幻想の融合。「かさねことのは」も、連作短編集を1つの短編に凝縮したような味わいが楽しめる作品。表題作「船上にて」だけはブラックではなく、微笑ましいお話。しかしこの作品は、なぜこの本に収められたのでしょう。短編集全体の雰囲気を壊しているような気がするのですが…。


「スクランブル」集英社文庫(2002年1月読了)★★★★★

1995年1月22日、結婚披露宴の席で、出席した、新婦の高校時代の文芸部仲間5人は、それぞれに高校時代の出来事を思い出していました。高校の校舎内で殺人事件が起きて15年。未解決のままのその事件と前後して起きた、盗難事件や転落事故、薬物混入などの6つの事件。「私」は突然、15年前の殺人事件の犯人が、今まさに金屏風の前に座っている人物であることに気づきます。
中心となる登場人物は、彦坂夏見、貝原マナミ、五十嵐洋子、沢渡静子、飛鳥しのぶ、宇佐春美の6人。各章の名前は「スクランブル」「ボイルド」「サニーサイド・アップ」「ココット」「フライド」「オムレット」と、それぞれ卵料理の名前となっており、それぞれの回想に1つずつ謎が含まれています。6人それぞれの回想がオムニバス形式となっている作品です。

物語の大半は回想シーンです。この1人1人の回想がなかなか楽しくていいですね。この6人が通う学校は私立の一貫教育のお嬢様学校。中学からの内部進学組と、高校から入学した「アウター」と呼ばれる生徒達が、何かあるたびに対立しています。そしてこの文芸部の6人のうち5人はアウター。飛鳥しのぶだけが内部進学です。しかし元々独特の間合いが級友たちとまったく合っていなかったしのぶなので、全く問題はないようですが。ここまで外部からの人間を排除する雰囲気の学校というのも珍しいとは思いますが、しかしなかなかリアリティがあり、生徒同士の反目もいかにもありそうな状況。この学校を卒業して、教師としてまた戻ってくる女性の姿の描き方も鋭いですね。これだけでも青春小説として十分楽しく読めます。しかも本好きにはたまらないことに、この6人の読んでいる本の題名、時にはかなりマニアックな題名が次々と登場していくのです。「『ドグラ・マグラ』ぐらい、説明されんでもわかっとるわ!」みたいな台詞が随所にちりばめられ、その度にニヤリとさせられてしまいます。
高校内で起きた小さな事件に、それぞれが推理を働かせるのですが、ことごとく的を外しているようなのもご愛敬。最終的に解明される大きな謎の方は、小さい事件に比べて若干影が薄かったのですが、それでも最後は本当に綺麗に決まっています。最初に「犯人は金屏風の前に座っていた」という興味を惹く文章が登場、その後1つの話を読むごとに、その話し手が「犯人の可能性」から消去されていきます。最終的に結婚式の花嫁が誰なのか、最後まで興味をひっぱってくれますね。
ただ1つ難を言えば、この6人の区別がほとんどつかないのです。皆本好きで、文芸部で、しかも飛鳥以外は皆アウター。多少間違えて読んでても、全く問題はなさそうですが…。


「八月の降霊会」角川文庫(2001年3月読了)★★★★

8月。富士山麓にある水屋征児の山荘で降霊会が開かれることになります。招待状を受け取ったのは、霊媒師とその娘、百貨店社長、女流作家とその秘書、占い師夫婦。そしてその3日間だけのために、執事とメイド、料理人も雇われることに。参加者たちはそれぞれに後ろ暗い過去がある人物ばかり。水屋征児が何を考えているのか分からないまま、一見何もつながりのない参加者たちが集まってきます。征児の甥である寧と智も、叔父の真意を調べるために山荘へ。そして全員が集まった夜、降霊会が行われ、誰も知るはずのない参加者の秘められた過去が次々に暴かれていきます。

閉ざされた山荘という設定が、まさに本格ミステリと思わせるのですが、実はかなりホラー色の濃い作品です。最後が論理的結末に終わるのか、それともオカルト的に終わるのか、その部分に興味津々で読んでしまいました。最終的にこの結末で満足するかどうかは読む人にもよると思いますが… 私は少し肩透かしを受けてしまったかもしれません。しかしそれまでの話の持っていき方もすごく上手いですし、なかなか面白かったです。登場人物も皆なかなか個性的。意外な所にまで事件が波及してみたりと、一旦読み始めると目が離せなくなる作品かも。


「ヴィラ・マグノリアの殺人」カッパ・ノベルス(2002年3月読了)★★★★お気に入り

神奈川県葉崎市の海を望む斜面に建てられた、10軒の建売住宅・ヴィラ・葉崎マグノリア。坂を降りればすぐ海という立地条件と素晴らしい景観、しっかりとした建物とお洒落な内装にも関わらず、交通の便が最悪なため、住人が頻繁に入れ替わり、なかなか居着かない状態。本来なら山の斜面にあと50ほど建売住宅ができるはずだったのですが、資金繰りの悪化と住民が居着かないことを理由に、既に計画は頓挫していました。そんなある日、このヴィラ・マグノリアで現在空室となっている3号棟で、顔と指をつぶされた身元不明の男性の死体が発見されます。部屋の雨戸は閉められ、鍵がかけられているという密室状態。捜査を始めた警官たちは、好むと好まざるとに関わらず、住人たちをめぐるトラブルやゴシップ話、秘密などをたっぷり聞かされることに。

とにかく登場人物が個性的。本当に一癖も二癖もありそうな人物ばかりです。この登場人物の書き分けがなんとも巧いし、楽しいですね。そのままコメディにスライドできそうなほどの個性派揃いで、特にトラブルメーカーとなる女性の嫌味っぷりはすごいです。読みながら「いるいる、こんな人」と頷きたくなるほど。しかし若竹さんは、仕事を持つ女性至上主義なのでしょうか。専業主婦2人の造形もあまりにデフォルメされすぎているような。…デフォルメといえば、真夏でもトレンチコートを手放せないハードボイルド作家もその典型ですね。
それぞれの登場人物たちが何かしら秘密を持ち、しかし普段はその面を隠して、表面上は和気藹々と近所づきあいをしています。この近所づきあいの実態の恐ろしいこと。読んでいると、窓からこっそり盗み聞きしているような気分にさせられてしまいます。しかし若竹さん特有の毒は普段よりも抑え気味なので、作品としては明るくシニカルな楽しい雰囲気です。事件がおきても息を潜めて展開を待つというよりは、一緒になってばたばたと右往左往するという感じ。思わぬ所に伏線やひっかけ潜んでおり、終盤にかけて収束していくさまが見事ですね。


「遺品」角川ホラー文庫(2002年2月読了)★★★★★お気に入り

学芸員として勤めていた美術館が閉館となり、「わたし」は大学の先輩・大林孝雄の口利きで、金沢の山中に建つ洋風のクラシックホテル・銀鱗荘で仕事をすることになります。そのホテルは大林孝雄の祖父、大林観光グループの創始者であり、30年以上前に亡くなっている女優兼小説家の曾根繭子のパトロンでもあった大林一郎が建てたホテル。「わたし」の仕事は、大林一郎が整然に蒐集した繭子に関する膨大なコレクションの整理。大林孝雄はホテルに付加価値をつけるために、繭子の展示室を作ろうと考えていたのです。失業と失恋をしたばかりの「わたし」は、断る理由もないまま金沢へ。しかし封印されていた資料室を見て、想像以上の量に驚きます。40畳以上ある大きな部屋が、棺桶ほどもあろうかという53個の巨大な木箱で埋め尽くされていたのです。しかもその木箱の中には、衣装や雑誌などから、使用した割り箸や下着まで、一種偏執狂的なコレクションが詰まっていました。1ヶ月半後の繭子の命日に合わせて、展示品の特別公開が行われることになり、「わたし」は、18歳の従業員・タケルの手を借りて準備をすすめます。しかしその頃から、ホテル内では奇妙な出来事が起こり始め…。

舞台が洋風のクラシックホテル、既に亡くなっている大女優と、その狂信的なコレクションをするパトロンというのが濃密な雰囲気で、ホラー的なお膳立ては十分。そこに「わたし」に不意に襲ってくる奇妙な感覚や幻視、偶然とは思えない出来事、幽霊騒ぎなど色々なモチーフが散りばめられています。しかし実際には、そういう出来事はほとんど怖くありません。むしろ怖いのは、封印されていたコレクションの中身。このコレクションの中身を小出しにしているというのが上手いですね。リストを作りながらコレクションの箱を1つずつ開けていくので、必然的にそのコレクションの内容の異様さも徐々に明らかにされていくことになります。大林一郎と繭子の関係の異様さも徐々に露呈されていくことに。次は一体何が出てくるのかという興味で、どんどん読み進めてしまいました。そしてホテルの中で起きる奇妙な出来事。初めは単なる噂話だったのが、現実に起きる出来事へと変化していきます。それらの出来事も、初めは主人公から遠い位置で起こっていたのが、だんだんと主人公をがんじがらめにしていく感覚。
中盤以降、繭子の幻の台本、そして繭子自身に徐々に支配され、操られていくのをどうすることもできないような不気味さ… これもすごく巧いですね。狂気が狂気を呼び、そして最後に訪れる世界の反転。物語の展開から目が離せなくなってしまう、読み応えがある作品でした。


「名探偵は密航中」カッパノベルス(2002年4月読了)★★★★

昭和5年。兄・鈴木亥一郎から旅行記を書くようにと言われて、倫敦行きの豪華客船・箱根丸に乗り込んだ龍三郎。一緒に乗り合わせた個性的な面々のおかげで、客船内は話題に事欠きません。 
【殺人者出奔】…横浜のローラースケート場で、山城新吉という男が全裸の死体となって発見されます。容疑者となったのは、所用でコロンボに行くために箱根丸に乗り込んでいた内藤佐二郎でした。
【お嬢様乗船】…政略結婚させられた山之内男爵家の令嬢・初子は、夫のいる倫敦へ。元々は男爵の妾の子で、この結婚のためだけに引き取られた初子。何度も箱根丸からの脱走を試みます。
【猫は航海中】…名古屋の大きな乾物問屋の息子・池澤二郎が、部屋に戻ってきた所を何者かに襲われて殺されます。その後、なんとその部屋に入ることになった猫に、池澤二郎の幽霊が話し掛けます。
【名探偵は密航中】…舞台芸術の勉強のため倫敦に向かう岡本裕子は、コロンボで乗船してきた俵将美と知り合います。その頃山之内初子も、コロンボのホテルで田口盛雄と知り合っていました。
【幽霊船出現】…一等船客たちの間で幽霊話が始まります。幽霊を全く信じていないというアンドリュー・ヘジャトン博士は、どの幽霊話にも合理的な説明をつけようと躍起になるのですが…。
【船上の悪女】…毎日飽きもせずに悪戯を繰り返す11歳の鳥越等のせいで、船中は大騒ぎ。しかしある日、等は階段から落ちて頭を打ち意識不明の重態に。なんと多量の睡眠薬を飲んでいたのです。
【別れの汽笛】…倫敦到着2日前。ミネルバ・ハザードが主催した仮装パーティの最中に船内が停電になり、電気がついてみると、壁に貼ってある紙に「ST…」の悪戯書きが。初子は怪盗を気取った誰かが、何かを盗んでサインをしていったのだと考えて調べ始めます。

豪華客船上での出来事をまとめたオムニバス短編集。まるで登場人物たちと一緒に、横浜を出航して神戸、香港、ペナン、コロンボ、スエズ、ナポリ… と、51日間の南回りの船旅をのんびり楽しんでいるような気分にさせてくれます。
私がこの中で一番好きなのは「お嬢様乗船」。とても楽しいですし、ヒデとナツ、そして初子のキャラクターが最高。「猫は航海中」のさりげなく超常現象を取り入れている部分もとても巧いと思いますし、「幽霊船出現」の落とし方もさすが。これらの短編は、それぞれ「EQ」と「小説宝石」に掲載された独立した話だったそうですが、後から加筆されたという鈴木龍三郎の書いた旅行記によって1つの大きな繋がりを見せています。この旅行記自体が意外なミステリとなっているのが、またいいですね。
しかしこの作品を読んでみると、短編集「船上にて」の表題作が、なぜこちらに入らなかったのかが、改めて不思議になってしまいます。同じ作者の書いた船の話、それも同じように昭和初期の、同じような豪華客船の中での話。せっかくなのに、と思ってしまうのですが…。


「依頼人は死んだ」文春文庫(2003年7月読了)★★★★

【濃紺の悪魔】…姉の珠洲が理由で長谷川探偵事務所を辞めた葉村晶に、長谷川所長から仕事の依頼。今や若い女性のカリスマ的存在の松島詩織の身辺警護でした。期間は2週間。1日3万円。
【詩人の死】…葉村晶は友人・相場みのりのマンションに引越すことに。彼女の婚約者・西村孝が急死、部屋を無料で借りられることになったのです。そして西村孝の死の真相を探ることに。
【多分、暑かったから】…母の友人の娘・恵子の事件を調べることになった葉村晶。市藤恵子は会社で上司をねじ回しで刺すという事件を起こしていましたが、彼女自身はそのことを全く覚えておらず…。
【鉄格子の女】…大学生の榊浩二の依頼は、大学のレポートのために森川早順の文献や目録のリスト作り。葉村晶は調べているうちに、次第に森川早順の作風の変化に興味を惹かれていきます。
【アヴェ・マリア】…佐原かおるの依頼は、1年前のクリスマス・イヴ、古い教会殺人事件の起きたその日に何があったのか、聖母マリア像はどこに行ってしまったのか調べて欲しいということでした。
【依頼人は死んだ】…新進気鋭の書道家・幸田カエデのパーティで知り合ったのは、佐藤まどか。卵巣ガンの告知が市役所から来たという話に、悪質な悪戯ということで、その場は落ち着くのですが…。
【女探偵の夏休み】…一切の費用をみのり負担で2泊3日の夏休みの旅行に出た葉村晶。思いがけないゴージャスなホテルに連れて行かれて腑に落ちず、面倒な依頼人が待っているのではと警戒します。
【私の調査に手加減はない】…みのりに頼まれて、みのりの母の友人の依頼を引き受けることになった葉村晶。10年前に亡くなった由良香織の夢を見て、その自殺の理由を知りたくなったと言うのです。
【都合のいい地獄】…葉村晶の目の前にあの男が。友人で探偵だった水谷潔が精神病院で自殺。水谷が妻の麻梨子を殺害した理由が知りたくてたまらない葉村晶に、その男は次々に二者択一を迫ります。

「プレゼント」の続編となる葉村晶シリーズの連作短編集。こちらには小林警部補は登場しません。
「濃紺の悪魔」アンソロジー「蒼迷宮」にて既読。濃紺の悪魔の存在とは結局何だったのでしょうか。「詩人の死」善意を見せかけた、本人は善意と思い込んだ、決定的な悪意。それが一番タチが悪い悪意。「たぶん、暑かったから」普通の人だと思っていたのに…。「鉄格子の女」これは悪意というよりも、芸術家の業の深さなのでしょう。それでも鬼気迫ることには変わりないのですが。「アヴェ・マリア」ラストが切ないですね。「依頼人は死んだ」新国市を舞台にした「閉ざされた夏」とリンクします。あっと驚くラスト。カエデがいい味を出しています。「女探偵の夏休み」舞台設定もトリックにぴったりで最高。「わたしの調査に手加減はない」無意識のうちの自己肯定に対して、容赦なく暗部を暴く葉村晶。真実が知りたければ、それなりの覚悟がいるということですね。「都合のいい地獄」最後の最後でぞっとさせられました。もしやこの連作短編集はホラーだったのでしょうか。
全体的な作品の内容としては、「プレゼント」に負けず劣らずのブラック。そもそも葉村晶自身、クールでシニカル、表面的な温かみや優しさがあまりないのです。もちろん本質から冷たいわけではなく、大切な人のことは全力で守りますし、奥底には確かに温かさや優しさが流れています。しかしきっと本人はあまり認めたがらないでしょうね。自分の弱点として捉えていそうな気がします。そんな彼女の最大の特徴は、物事の白黒はっきりつけたがること、そしてやり始めたことは粘り強くやり遂げるところ。自分が納得できないことがあれば、どんな些細なネタにも食らい付き、持ち前の粘り強さで否応なくその物事の暗部や人の悪意をも曝け出すことになってしまうのです。そしてそういった他者の悪意のせいで、ますます本人が表面上の温かさや優しさを失っているような…。
ラストの「都合のいい地獄」では驚きました。この後、どうなるのでしょう。次作が楽しみです。


「古書店アゼリアの死体」カッパノベルス(2002年3月読了)★★★★★お気に入り

勤務先の編集プロダクションが倒産し失業。憂さ晴らしにと大枚はたいて泊まったホテルは火事。ショックとストレスで円形脱毛症になり、知り合いから紹介されたカウンセラーには怪しげな新興宗教に勧誘され、その知り合い自身が実は信者だったことから、入信するまで話し合おうと部屋に居座わられ、隙を見て窓から逃げて飛び降りたら、足を捻挫… と、この数ヶ月不幸に見舞われつづけた相澤真琴。海に向かって「バカヤローッ」と言うために、葉崎の海へとやって来ました。しかし何度か叫んですっきりしたのもつかの間、その足元に打ち上げられたのは、なんと人間の水死体。その死体が、どうやら12年前に失踪した葉崎の名家・前田家の御曹司・秀春のものらしいということが分かり、街中大騒ぎになります。一方、真琴はふと入ったロマンス小説専門の古書店アゼリアの店主・前田紅子に見込まれ、彼女が検査入院をしている間、店を預かることに。しかし真琴が古書アゼリアの2階の部屋で寝泊りすることになったその日の晩、不審な侵入者が…。

「ヴィラ・マグノリアの殺人」に続く、葉崎市を舞台にしたコージーミステリ。しかしこの2作には特に繋がりはなく、駒持警部補や児玉不動産の社長といった登場人物が共通する程度。しかし鬼頭古書店や岩崎晃、ヴィラ・マグノリア、黄金のスープ亭といった、前作でお馴染みの人物名や名称が登場します。
今回もキャラクターがとても楽しい作品。前回、名前しか登場しなかった名家・前田家の面々もようやくお目見えします。この中では紅子さんが最高ですね。こんな素敵な古書店なら行ってみたいものですが、しかし私はあっという間に追い出されてしまいそうです。前回同様、ややデフォルメされた個性的なキャラクターたちが賑やかに動き回り、会話のテンポも抜群。コメディタッチの明るい作品となっています。しかも伏線が周到に用意され、最後の最後の収束ぶりには驚かされることに。

「アゼリア」はロマンス小説専門の古書店。ミステリ読みは、すぐさま紅子さんに追払われてしまいます。その時の「ミステリーファンならミステリーだけ読んでりゃいいじゃないか。ぐずぐずしないで行っちまいな。駅ビルの新刊書店でカッパノベルスでも買うがいいや。」という台詞に爆笑。私もミステリばかり読んでいて、ゴシック・ロマンというジャンル自体がよく分からないのですが(トム・サヴェージの「見つめる家」では「ゴシック小説とは、若い娘が屋敷を手に入れる話である」と定義づけられているのだそう)、ダフネ・デュ=モーリアやジュード・デヴローなど、少々なら読んだことがあります。巻末の紅子さんの解説が楽しいので、これを参考にして、また色々と読んでみたいです。
「ヴィラ・マグノリアの殺人」もそうですが、杉田比呂美さんのカバーイラストが本当にイメージにぴったり。各章のタイトルが映画の題名をもじったもので、それに合わせたカットが入っているが、また遊び心たっぷりです。(「ヴィラ・マグノリアの各章のタイトルも、そうなのではないかと思うのですが…?)葉崎の東銀座商店街なら、話のネタには事欠かなさそう。このままシリーズ化して欲しい作品です。


「クール・キャンデー」祥伝社文庫(2002年1月読了)★★★★★お気に入り

杉原渚、14才。彼女が一番好きな日は、自分の誕生日の前日であり、夏休みが始まる7月20日。しかし今年の7月20日は、これまでの人生で最悪の1日となってしまいました。兄嫁である柚子が、入院先の病院で亡くなったというのです。マンションの7階から飛び降り自殺を図ったものの、一命をとりとめて快方に向かっていたはずなのになぜ?しかもその自殺の原因となったストーカー・田所浩二も、ほぼ同一時刻に亡くなっていました。トラックの前に急に飛び出した田所。兄の良輔が田所を突き飛ばしたのではないかと警察に疑われたため、渚は兄の無実を証明しようとします。

中ニの女の子が主人公で1人称ということで、一見とても可愛らしい作品です。渚が兄の濡れ衣を晴らそうと頑張っているのを見て、興味本位で近づいてくる人や、面白がって噂を広める人々のいやらしさがリアルに描かれていくのですが、ほのぼのとした恋愛風味も加わって、まるで青春小説といった雰囲気。しかしラストのオチは圧巻ですね。ようやくハッピーエンドになったかと思いきや…。この1行で、ミステリが一転してホラー小説になってしまったような錯覚に陥りました。
この作品は、祥伝社文庫の15周年記念で書き下ろされた中編です。中編という、非常に中途半端になりやすい長さを、歯切れ良く仕上がっているのはさすがですね。


「悪いうさぎ」文藝春秋(2003年7月読了)★★★★★お気に入り

葉村晶、31歳。数年前から長谷川探偵事務所と契約している晶に、東都総合リサーチからの指名の仕事が入ります。仕事内容は家出中の17歳の女子高校生・平ミチルを家に連れ戻すというもの。晶が待ち合わせ場所に行くと、そこにいたのは東都総合リサーチのベテラン・桜井肇と先月入ったばかりの新人・世良松夫。3人は早速平ミチルが現在住んでいるという宮岡公平のマンションへと向います。最初は抵抗したものの、ミチルは晶が一緒に部屋の中に入ることを合意。しかし世良がでしゃばったため、事態は混乱。晶は公平に果物ナイフで刺され、世良に踏まれた右足にはヒビが入り、2週間の入院生活を余儀なくされます。そして退院した晶を待っていたのは、またしても17歳の女子高校生探しの依頼でした。ミチルの同級生・滝沢美和を探すという仕事に、晶が指名されたのです。美和がいなくなったのは10日前。そして葉村晶の最悪の9日間が始まります。

「プレゼント」「依頼人は死んだ」に続く葉村晶シリーズの第3弾。葉村晶初の長編。
やはり長編は読みやすいですね。長編らしくメインとなる事件についてはじっくりと書かれていますし、しかも晶を襲うトラブルの数々は連作短編集の時とは段違い。スピーディな展開には息をつかせず、合間にはアルマジロの尿のようなコミカルな部分も。しかし次から次へと起きるトラブルには、思わず先日読んだばかりの「マレー半島すちゃらか紀行」を思い浮かべてしまいました。
しかしタイトルの「悪いうさぎ」の本当の意味が分かった時には、驚きました。最初の方の場面でもうさぎが登場しましたが、私は既出の全く違う人物が登場するのかと思っていたので…。これでもしこの物語の舞台がアメリカなら、まだ対岸の火事のように読んでいられると思うのですが、これは強烈ですね。しかし相当キツイ毒ではありますが、「プレゼント」の時の滲み出てくるような悪意とはまた違うので、私としてはとても読みやすかったです。それに作品ごとに、晶の性格も少しずつ変わってきているように感じます。最初の頃の人を寄せ付けないガードの強さが、少し柔軟になってきているような。相変わらず取っ付きは悪そうですし、人格が丸くなったということもないのですが、何も言わないうちに排除されてしまいそうな厳しい部分は薄れたような気がします。
長谷川探偵事務所の同僚・村木や、家主の光浦功がいい味を出していますね。しかしその分、嫌な人物も、まるで見本市のように沢山登場します。

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