Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、若竹七海さんの本の感想のページです。

line
「ぼくのミステリな日常」創元推理文庫(2002年1月読了)★★★★★お気に入り

勤めている建設コンサルタント会社で創刊した社内報「ルネッサンス」の編集長にされてしまったOL・若竹七海。小説など娯楽性の高いものを求められ、小説家選びまで一任されてしまいます。しかしプロの小説家に頼む予算があるはずもなく、結局大学時代の先輩に連絡をとることに。その先輩自身は小説を書くことを断ったものの、代わりに匿名作家を紹介してくれることになります。
【桜嫌い】…桜嫌いの「ぼく」が、足羽藤子に強引に誘われて生まれて初めて出かけた花見。藤子は、桜が嫌いな人間は日本人の風上に置けないと言いながらも、もう1人の桜嫌いの人間の話を始めます。
【鬼】…体調を崩して仕事をやめ、暇にまかせて近所の公園に花の写真を撮りに出かけた「ぼく」。公園で出会った女性は、「とべら」の木をねじきろうとしていました。とべらは妹の敵だと言うのです。
【あっという間に】…夕方突然訪ねてきた寒河鷹春。彼のお土産は、彼が大嫌いなミックスナッツ。バイト先の商店街の野球チームのサインが漏れているらしいという疑惑の調査でもらったのです。
【箱の虫】…毎年従妹の夏見の誕生日には、一緒に映画を見て本を買い、ケーキを食べる「ぼく」。今年は「ぼく」の体調のせいで部屋でビデオを見ながら、夏見の失敗談の話を聞くことになります。
【消滅する希望】…久しぶりに「ぼく」の部屋を訪れた滝沢はやつれ果てていました。1人暮らしの部屋の外に友人が朝顔の種を蒔いて以来、毎年夏になると朝顔の女の夢を見るというのです。
【吉祥果夢】…ある朝「ぼく」は高野山へ。泊まった宿坊で出会った岸本和子という女性は、今高野山で修行中でした。彼女は「ぼく」に、妊娠を望んでいた女性の話を始めます。
【ラビット・ダンス・イン・オータム】…先輩から電話があり、病気療養をしていた「ぼく」は業界紙の会社にバイトへ。初仕事は編集長の机の整理。しかしそこには実は大事なメモがあったのです。
【写し絵の景色】…バイトを始めた途端、大学時代の友人からの連絡が次々と舞い込むように。快気祝いの席で久しぶりに会った先輩の松谷弓子は、現在盗みの疑いをかけられているのだと話します。
【内気なクリスマスケーキ】…「ぼく」は、友人の佐竹と新居と一緒に自然料理店へ。そこにあったシクラメンの花を見て、新居が子供の頃のシクラメンにまつわる思い出を語り始めます。
【お正月探偵】…夜中にかかってきた姉からの電話。酔っている姉の「友人には気をつけなよ」という言葉。次の電話は坊野から。自分が本当に買い物マニアなのか調べて欲しいと言うのです。
【バレンタイン・バレンタイン】…久しぶりの美奈子からの電話。バレンタインのチョコ売り場にいた奇妙な女性の話をします。一度買ったチョコを売り場にこっそり戻し、また別のを買って交番の前へ。
【吉凶春神籤】…ふと井の頭公園へ散歩に出かけた「ぼく」。本を読んでいると、大学時代の友人・芳野道子が現れます。彼女の外見は大学時代とまるで変わり、ごく普通のお嬢さんになっていました。

若竹さんのデビュー作。社内誌の連載という形式の、少し変わった連作短編集です。バラエティ豊かな短編のそれぞれに小さな謎が含まれており、「ぼく」がそれらを解明していくという形態。どれも派手ではないのですが、奥が深く、とても大切に肌理細やかに描かれているという印象です。毎月発行の雑誌に連載ということもあって、花や食べ物など季節感の彩りもとても鮮やか。それらの短編は最後の「編集後記」でまとめ上げられ、1つの大きな絵が完成することになります。最後の最後でパズルがぴたりとはまる感覚はとても気持ちが良く、しかもお見事。しかし柔らかいイメージだけでは終わらないのですね。意外なところにぴりっとした風味が潜んでいたのには驚きました。
どれも素敵な物語ですが、私が特に気に入ったのは「バレンタイン・バレンタイン」。ロマンティックで、ほのぼのとした気持ちにさせてくれます。「写し絵の景色」や「内気なクリスマスケーキ」も素敵です。

「ラビット・ダンス・イン・オータム」の中の、「しなくてはならないことをさせられている状態を忙しい、という。したいことをしているのは、ひま、という」という台詞。これは真理かもしれません。「本なんか読んでいるということは、ひまなんだよ」という言葉もその通りかも。耳が痛いです。(笑)


「心のなかの冷たい何か」創元クライム・クラブ(2003年7月読了)★★★★★

4年以上勤めた会社を辞めた若竹七海は、突然思い立って箱根行きのロマンスカーに乗ることに。そこで出会ったのは、一ノ瀬妙子という女性。カメラマンだという男にモデルを頼まれ、有給休暇をとって日帰りで箱根へと来ていたのです。しかし実は相手はカメラマンでも何でもなく、ただの1泊2日の観光旅行のつもりだったと知り激怒。七海の隣の席へと移ってきたのです。気が合ったわけではなく、むしろ合わないものを感じる七海でしたが、しかし妙子の飾り気のない正直な物言いを面白く感じて、一緒に箱根をまわることに。そして数ヵ月後。12月になり、突然妙子からの電話がかかってきます。それはクリスマス・イブを一緒に過ごそうという誘いの電話。七海が小さなパーティに出た後、妙子の家を訪れるということで約束はまとまるのですが、酔っていた彼女は、会社には「観察者、実行者、支配者」がいるという謎の言葉を繰り返します。そして数日後、七海が妙子に家の場所を聞こうと電話をすると、妙子はなんと自殺未遂で入院していました。さらに大きくて分厚い封筒が送られてきます。その中には、ワープロ打ちの原稿の束が入っていたのです。

前半はミステリ。後半はミステリというよりも、ハードボイルドな雰囲気が濃厚な作品。
まず手記がすごいですね。毒物の手口に関する内容は、日常的でさり気ないだけに迫力があります。思わず想像して、ぞっとしてしまうほど。これを読んだ人間が真似をしてみようなんて思わないことを祈ります。しかし彼の深い悪意には、うすら寒い思いをさせられますが、それでも彼が心の中に溜め込んだ思いもよく分かる気がするのです。彼の母のような言葉と行動の積み重ねがどれだけ人間を歪めるかということも。そして実際にこの毒殺魔が登場した時には、その外見とのギャップに、なんとも切なくなってしまいました。
後半では、若竹七海嬢が派手に活躍します。時には冷静に、時には少々ヒステリックに。彼女の感情がストレートに伝わってきます。どの登場人物も、見た目はきっと、ごく普通の人たちなのでしょうね。しかしごく当たり前のことですが、心の奥底には色々な思いを秘めており、単なる「良い人」ではありません。知らなければ知らないで済んだはずの、この心の奥の思いに気付かざるを得ない状況に追い込まれてしまう七海が切ないです。彼女が徐々にヒステリックな不安定さを暴走させていくのも、そのやるせなさからなのでしょう。彼女の心が見る見るうちに傷ついていくのは、読んでいてとても痛かったです。
ところで、この作品の中には、ロマンス小説専門作家となっている「ラビ」こと宇佐春美が登場します。そして彼女と若竹七海嬢との会話の中に「マナミや夏見、ヨーコたちとは会いたいだろうし」という台詞が。しかし「若竹七海」という人物が登場するのは、この作品が最後のようですね。


「水上音楽堂の冒険」創元クライム・クラブ(2003年7月読了)★★★★

R大学の入試に合格した荒井冬彦と中村真魚。冬彦は心理学科、真魚は史学科。冬彦が心理学科を目指していたのは、実は自分自身のためでした。彼は前年の9月、飛び出して来た自転車にぶつかってブロック塀に頭をぶつけて以来、記憶の混乱に悩んでいたのです。前日に友人と話したことをまるっきり忘れ、以前は簡単に覚えられたはずの英単語がどうしても暗記できず、かと思えば全く予習をしなかった英文和訳で、指名されたとたんに口が勝手に動いてすらすらと訳し始めるといった具合。成績は極端な上下を繰り返していました。坂上静馬と真魚に連れられて行った医者では脳波に異常はなく、脳外科のある大学病院への紹介状を貰いながらも、そのままに。そんな時、学内の水上音楽堂で開かれる高校の合唱部の卒業記念コンサートが、当日になって突如中止になります。なんと合唱部の2年生の北浦水江が殺されたというのです。水江は前日のコンサートの準備の時に冬彦のことをキチガイ呼ばわりして、坂上に叱り飛ばされていました。警察はその後の坂上の行動からも、彼を容疑者として考え始めます。鍵となるのは、冬彦が裏門に1人でいた15分間の記憶なのですが…。

肝心の冬彦の記憶が混乱しているという設定が面白いですね。冬彦の記憶の混乱にまつわる話と殺人事件が、絡み合うように進んでいきます。3人の仲の良い幼馴染を軸に、派手ではないけれど現実味のある脇役たち。北浦水江のキャラクターも、「こういう娘いるなあ」という感じですし、55歳の女教師・末松先生が特にいい味を出していますね。
物語の随所にこの年代特有とも言える残酷さが散りばめられ、特にラストは、学園物らしい「ほろ苦さ」や「甘酸っぱさ」とはかけ離れています。むしろ限りなく苦く辛辣。若竹さんらしいですね。末松先生も言うように、自己中心的であることが許されるのもこの年代まで。それはきっと必要悪のようなもので、その時代を通り抜けるということが、成長の過程として非常に大切なのでしょうけれど… しかしそれにしても残酷。時には常識では考えられないような発言もあり、最初は表面上しか見えていなかった登場人物たちの内面がどんどん露呈されていきます。登場人物同士でも、それまではある1つの面しか見えず、それが全てだと思い込んでいたのに、ある出来事をきっかけとして全く別の面を見てしまうことに。それはかなりの衝撃でしょうね。末松先生が「三百六十度まんべんなく誠実な人なんて、いやしませんよ」という言葉が非常に痛いです。そして坂上や冬彦の世界が崩壊していく様。特に冬彦の世界の崩壊は見ていられないですね。そんな風にどんどん印象の変わっていく登場人物の中で、唯一中村真魚だけが、登場時とは変わらない明るさを持ち続けており、ほっとさせられます。
しかしこれで「冒険」というのは、どうなのでしょう。仮にも殺人が起きているわけですから、「冒険」という言葉はあまりにも酷いような…。それともこれもまた、この残酷さに相応しい言葉なのでしょうか。


「閉ざされた夏」講談社文庫(2002年2月読了)★★

昭和初期に彗星のように現れた文学者・高岩青十の残した手紙や写真、スケッチなどを展示している新国市高岩青十記念館。その記念館に学芸員として就職した佐島才蔵は、職場の同僚たちのルーズさや楽天家ぶりに驚き呆れながらも、職場に徐々に慣れてきていました。しかしその記念館で、連続放火未遂事件が発生します。それは書類かばんに火をつけて植え込みの中に放り込んだり、焼け焦げた鼠の死体があったりと、中途半端ながらもタチの悪い悪戯。しかし近く開かれる特別展「隠された青十展」の準備に慌しい記念館では、誰も事件に取り合わないどころか、逆に事実を隠蔽しようとする始末。そんな中、特別展は無事オープニングセレモニーを迎えます。しかし1週間の休みをとって北海道旅行に出たはずの岡安鶴子が、記念館の敷地内で死体となって発見されることに。

高岩青十に関してよく造形されていますし、この記念館という舞台の設定が面白いのですが、いかんせん物語の前半部分の流れが遅すぎるような気がします。かなり単調に感じられてしまいました。ミステリ作家をしている才蔵の妹・楓はともかく、鶴子にしろ、知佳にしろ、三田にしろ、登場人物の造形としてはバラエティに富んでいるはずなのに、具体的な人間像が全く浮かび上がってこないのです。
しかしその流れも、さすがに殺人事件が起きた後は多少速くなります。前半ののんびりムードは、実はこの記念館の中の雰囲気をそのまま写し取っていたためだったのでしょうか。そして前半と後半との流れの速さの違いは、作品の前半後半の対比を浮き立たせるためだったのでしょうか。しかしそれならそれで、前半をもう少し読ませて欲しかったです。楓と知佳にやられっぱなしだった才蔵が、ラストでいきなり鋭くなってしまうというのも解せないですし、動機も伝わってこなかったです。しかしこの作品は、第38回江戸川乱歩賞の最終選考作品だったのですね。驚きました。


「火天風神」新潮文庫(2002年2月読了)★★★★★お気に入り

9月。三浦半島の南端にあるさびれたリゾートマンション・しらぬいハウスには続々と人が集まってきていました。登校拒否の甥の聡を押し付けられたフリーライター・折井健次、夫と喧嘩をして家を飛び出した田村翔子、不倫中のセールスマン・平石紘作と女子大生の相田たまき、彼らを追いかける興信所の探偵・竹丸隼人、事故で聴力障害者となった祖父江摩矢、高校教師を定年退職した若松秀友、大学の映画研究会の合宿で来ている大学生たち、そしてアル中の管理人・杉田茂。しかし、観測史上最大とも言われる台風19号が三浦半島を直撃、しらぬいハウスは孤立。そんな中で管理人は身元不明の死体を発見して正気を失い、死体と管理人を発見した田村翔子に襲い掛かります。そして台風のせいで電話が不通となり、停電が起こり、更には火事までが発生することに。

ものすごい迫力のパニック・サスペンスです。文中の会話にも登場していましたが、映画の「タワーリング・インフェルノ」を彷彿とさせる作品。台風によって孤立、というのは嵐の山荘的な設定のミステリではよくありますが、登場人物がそのまま嵐に襲われるというのは、なかなかないのではないでしょうか。そしてマンションにいる人々を、更に火事と狂気が襲います。各登場人物の視点による短い章が続くというのが、とても効果的ですね。この緊迫感は、ページをめくる手が止まらないほど。全く飽きさせません。
登場人物もそれぞれに個性的。映画研究会の大学生だけは、ひとかたまりという感じで少々混乱しましたが、その他の登場人物に関しては、最初にそのバックグラウンドが語られているので、とても感情移入しやすかったです。若竹さんは、登場人物の隠されたエゴや弱さを抉り出すように描くのがとても上手い作家さんなので、このようなパニック・サスペンスという設定は作風にとても合っていますね。台風がきても、初めは今ひとつ緊張に欠けていた登場人物たちが、自分達の状況を再認識し、絶体絶命の状況に陥った時。その時とった、きれい事ではすまない言動の数々。それらはグロテスクではありますが、真正面から描かれています。何かあった時にこそ、その人間の本当の姿が現れるというのは本当ですね。
最後の「ほんのあたりまえの儀式にすぎなかった」という言葉がとても良いですね。若竹作品では少々異色かもしれませんが、私はとても好きな作品です。


「マレー半島すちゃらか紀行」新潮文庫(2003年7月読了)★★★★

若竹七海、加門七海、高野宣李という3人の30女によるマレーシア旅行記。16日間の旅行で3人を見舞った軽度のトラブル(若竹さん命名「ネコブル」)は、3人それぞれにテンコモリ。成田発のキャセイ航空が香港乗換えの時間に大幅に遅れて到着し、クアラルンプールに着けば加門七海の荷物は紛失、そのためにばか高いエアポートホテルを利用するハメになり、しかも泊まった部屋には濃厚なヤキソバの匂いが… と初日からアクシデント続発。珍道中の顛末は3人それぞれの文章で交互で書かれていきます。

出発する前に加門七海さんが浅草寺でひいたおみくじが「吉小末」、つまり吉凶混合で「凶が山ほど襲ってくるが、吉もたくさんやってくる。しかもどうしようもない場面にさしかかったら“貴人”が現れて、救ってくださる」という卦。そしてこのおみくじ通り、次から次へとアクシデントが3人を襲い、しかもどうしようもなくなった時には本当に“貴人”が現れているのが凄いです。それも1人や2人ではなく、最終的に現れる貴人は全部で10人。良くも悪くも、本当に運の強い人たちですね。普通の人なら、2週間の旅行では失敗談はせいぜい1つや2つ。いくら行き当たりばったりの旅行をしても、ここまでトラブル続きにはならないはず。スケールが違います。もちろん、面白いネタは逃さない目というのもあるのだとは思いますが。
そしてそれらの出来事を書いていく文章がまた上手いのです。3人の文章が並んでいても違和感はほとんどないのですが、慣れているのもあるのか、私は若竹七海さんの部分が一番読みやすかったです。そして印象に残ったネコブルも、若竹さんのが一番でした。ヒルに襲われた若竹さん、列車の中で紅茶に襲われた若竹さん、タクシーの運ちゃんに襲われそうになった若竹さん、オバケに襲われてしまった若竹さん… そして若竹七海さんの「なんでこんなことにぃ〜」という叫び声が響き渡ります。(笑)


「サンタクロースのせいにしよう」集英社文庫(2002年2月読了)★★★★★お気に入り

【あなだたけを見つめる】…岡崎柊子は失恋の傷を癒すために、衝動的に引越しを決心。そこにタイミングよくかかってきたのは、中学時代の友人・彦坂夏見からの電話でした。夏見の中学時代の友人・松江銀子が、同居人を探しているというのです。築25年の2LDKの一戸建、料理さえしてくれれば家賃は要らないという好条件に柊子は即決。松江銀子というのは、有名な俳優の4女。美人で性格もいいのですが、少々変わった女性。しかも玄関の下駄箱の上には半透明のおばあさんの幽霊が。
【サンタクロースのせいにしよう】…銀子の家の居心地に満足な柊子。最近の悩みはご近所の鈴木さんの奥さんでした。ブロックの班長に選ばれてから、道路の清掃やゴミのチェックが厳しく、皆閉口していたのです。そしてクリスマスイブの晩。鈴木さんがゴミ袋の中から死体を発見したと大騒ぎに。
【死を言うなかれ】…銀子が姉の沓子から聞いた不思議な話。沓子の隣の家に住む花好きのおばあさんの庭から、ある朝チューリップが、球根ごと根こそぎなくなっていました。丁度その場に居合わせた、銀子の腹違いの兄・曽我竜郎と柊子が推理合戦を繰り広げます。
【犬の足跡】…柊子が最近よく見るのは、自分が犬になっている夢。そして偶然訪れた隣人の浜田さんが話していったのは、近所を徘徊しているらしい幻の野良犬の話。最近立て直した山岡さんの家のガレージにも、コンクリートに犬の足跡が残ってしまったというのです。
【虚構通信】…銀子の妹で女優の卯子が自殺。一時はマスコミが家に押し寄せ、銀子が寝込んでしまいます。そんな時、柊子の元にかかってきたのは、夏見の友人・内気田しのぶからの電話。彼女は香港で卯子に殺されかかったことがあるのだと語ります。
【空飛ぶマコト】…隣人の任美鈴(レンメイリン)が台湾に里帰りし、銀子と柊子も誘われて台湾へ。柊子は行きの飛行機の機内で、高慢ちきな品の悪い女性と金持ちの馬鹿息子という奇妙なカップルを見かけ、その会話に興味をひかれます。
【子どものケンカ】…銀子の父で俳優の松江丈太郎が心臓発作で倒れ、銀子は実家へ戻ることに。柊子も家を出なければならなくなります。そんな時に柊子と夏見、竜郎の3人で出かけた公園の花見で、竜郎の大事なビデオカメラが壊されてしまい、夏見と竜郎は険悪になります。

若竹さんお得意の日常の謎系ミステリ。柊子と銀子が中心となる連作短編集です。共通の友人は、常連の彦坂夏見。他愛もない悪戯心の謎から、悪意のある謎、人間の生死に関わる深刻な謎まで、様々な謎が登場しますが、探偵役は特に誰とも決まっていません。真相に気が付いた人が、結果的に探偵という役割。その分、誰が仕掛けた謎なのか簡単には分からず、読む側にとっては気の抜けない短編集かもしれません。
「あなただけを見つめる」顔見世的な作品。幽霊の話から、松江銀子の育った家族の話になります。少し痛い話を松江銀子のキャラクターがほんのりと和らげてくれます。「サンタクロースのせいにしよう」巧いですね。溜飲が下がりました。「死を言うなかれ」哀しい話。しかし竜郎は案外いいヤツでした。「犬の足跡」1作目からひっぱってきた謎がすっきり解けて一安心。犬…。そう言われてみると、とても説得力がありますね。「虚構通信」サイコ・サスペンス調の悪意の話。やりきれないです。「空飛ぶマコト」物凄いです。こういうのもアリですか!「子どものケンカ」仲の良い友達にも容易に踏み込むことができない場所。しかし敢えて踏み込まなければ何も分からないし、壁を破ることもできないのです。こんな時、上手く踏み込める夏見はいいですね。これが本当の人徳だと思います。
私が特に好きなのは、「あなただけを見つめる」と「サンタクロースのせいにしよう」。ラストが痛すぎないこの2編が今の気分に合っていました。柊子と銀子の家には、夏見や竜郎、美鈴などが集まってきて、いつもとても楽しそうで羨ましいほど。同居生活は一旦終わりですが、またぜひ再会したいものですね。


「製造迷夢」徳間文庫(2002年3月読了)★★★

【天国の花の香り】…獄中で自殺した作曲家・石原流名が逮捕された正確な時間が知りたいと、渋谷の猿楽町署の刑事・一条風太の元に、妹の親友・佐々木絵利子が訪ねてきます。流名が彼女に残したテープは本物なのか… 風太は絵利子に連れられて超能力者だという井伏美潮を訪ねます。
【製造迷夢】…薬物服用で補導された12歳の少女・野中亜実が、署内でいきなり三上田章子に噛み付きます。亜実は前世で女性に殺されており、その犯人が三上田章子だというのです。
【逃亡の街】…風太は署内で若い女性に刺されそうになります。彼女の弟の若菜友昭が、風太に殺されたというのです。友昭は無差別連続殺人事件の重要参考人。1週間前に駅で飛込自殺をしていました。
【光明凱歌】…渋谷区内のマンションで、2ヶ月ほどの間に奇妙な事件が頻発。そのうちの1件は、庄屋義郎という23歳の男性が、全裸にボディ・パウダーをつけて、留守宅のベッドにいたというもの。
【寵愛】…裕福な家に育ち、ストレートで有名医大に合格した大学生・笹田友成が隣人のホステス・島本淳子の父親を刺し殺して逮捕されます。友成は素直に逮捕されるものの、黙秘を続けます。

渋谷の猿楽町署の刑事・一条風太と、物に残留した思念を読み取る能力を持つ井伏美潮を中心にした連作短編集。一条風太は「船上にて」の中に収められている短編「黒い水滴」にも登場しています。
風太と美潮という組合せはキャラクターとしてはとても面白いのに、物語がそれにあまり合っていないような気がします。決して悪くはないのですが、せっかくのキャラクターを生かしきれていないという印象。それに「光明凱歌」で風太と美潮の仲はあれだけ険悪になっているのに、「寵愛」では、2人ともまるで何もなかったかのように振舞っているのが解せないのですが、間に入る短編が1つ抜けているのでしょうか?風太の傷についても、何か話があるのかと思っていたのに残念です。
この中では「製造迷夢」が良かったです。前世ネタをすとんと綺麗に落としてくれて納得。「天国の花の香り」のこのネタは少々食傷気味ですが、なかなか面白い逆トリックにしてますね。美潮の「超能力なんか使わなくたって、わかりたいと思うひとのことはわかるものよ」という台詞がとても素敵です。
短編の題名がどれも素敵だなあと思っていたら、これはアジア系の歌の題名なのだそうです。


「プレゼント」中公文庫(2002年2月読了)★★★

【海の底】…フリーターの葉村晶は、森下出版の遠藤に呼び出されます。話題の作家・赤月武市が、ホテルの部屋に謎の血痕を残したまま消えたというのです。身長188cmだというの赤月。ホテルの従業員は誰も彼がホテルを出て行くのを見ていませんでした。
【冬物語】…「私」が暮らしているのは、雪の積もった山奥の別荘。一緒にいるのは2匹の犬だけ。そんな「私」がその日待っていたのは、かつての親友であり、1年前に自分を裏切った吉本惇でした。
【ロバの穴】…葉村晶が1週間前に始めたのは、王様の耳はロバの耳社のテレフォン・サービスの仕事。様々な電話をただ聞き流すだけの仕事ですが、この9ヶ月で自殺者が3人も出たという噂が…。
【殺人工作】…大学の助教授・片倉忠の家のバスルームで、片倉忠と塩川春美の死体が発見されます。心中事件のようにも見えるのですが…。
【あんたのせいよ】…葉村晶の今の仕事は探偵事務所の事務。晶の大嫌いな南佳代子から一方的な呼び出しの電話があり、腹を立てた晶がその電話を無視すると、翌日晶の元に刑事が訪れます。
【プレゼント】…1年前に起きた佐伯里梨の殺人事件。その現場である「デザインオフィス・佐伯里梨」に、その時の関係者がふたたび集まります。
【再生】…部屋に缶詰状態になっている作家と隣室の編集者。アリバイ作りのために、ビデオをセットして出かけた彼は、帰ってきてから早速ビデオを再生。そこには映っていた光景に驚かされます。
【トラブルメイカー】…雪山で頭を割られて意識不明の女性が発見されます。彼女の胸ポケットには、葉村晶名義のクレジットカードが。小林警部補が事件にあたります。

26歳のフリーター・葉村晶が巻き込まれる事件と、子供用のピンクの自転車を乗り回す小林舜太郎警部補が活躍する事件が交互に描かれ、最後の「トラブルメイカー」で2人がご対面、という連作短編集。葉村晶はクールでシニカル。冷めてはいるけれど、決定的に冷たくはないのですね。なかなか強烈な個性の持ち主。一方、小林警部補はとぼけた味わいを出してはいるものの、葉村晶に比べると少々影が薄いようです。犯人の追い詰め方は刑事コロンボや古畑任三郎のようで、ドキドキさせてくれるのですが。
この中で一番印象的だったのは「ロバの穴」。効率が悪そうな呪い方ですが、案外成功率は高いのかもしれませんね。薄ら寒い思いにさせられます。やはりこの世で一番怖いのは、人間の負の思いなのかも。「あんたのせいよ」もいいですね。こういう人間は結構多いですね。皆揃って困ったちゃんですが葉村晶がいい味を出しています。「殺人工作」は巧いです。倒叙と思って油断してました。そして「トラブルメイカー」で葉村晶と小林警部補が初めて交錯するのですが、仕掛けは特になかったのですね。あっさりとしたラストに少々残念でした。
若竹さんの作品はどれも、多かれ少なかれブラックの要素を含んでいますが、この本はその中でも特にブラック。嫌な人間がたくさん登場し、しかもその描き方があまりにもリアル。「ロバの穴」ではないですが、彼らの毒に当てられてしまいそうになります。切れの良い作品が揃っているので、ブラック好きの人には堪らないかも。私は若竹さんのブラックは嫌いではないですし、むしろ好きなのですが、これだけ次々と来られると正直少々辛いものがありました。


「海神の晩餐」講談社文庫(2002年2月読了)★★★

昭和7年。資産家の放蕩息子・本山高一郎は、豪華客船氷川丸で渡米の直前、横浜で偶然出会った旧友・河坂余五郎に、タイタニック号に乗っていた探偵作家・ジャック・フュートレルの遺稿という物を25円で売りつけられます。河坂はタイタニック号の生き残りだと名乗る日本人の老人に、この十数枚の英文の原稿を押し付けられていたのです。フュートレルという作家の名前を知らないこともあり、その原稿の信憑性を疑う本山。しかし1等船客たちに相談してみると、その原稿が本物である可能性が意外と高いことが分かるのです。そんなある日、部屋に置いていた原稿がボーイの格好をした男に盗まれそうになります。なんとか取り戻し、濡れた原稿を乾かしていると、なんと乱数表が茶色く浮かび上がってきて…。

物語のほとんどは、横浜からシアトルに向かう航海中の氷川丸での10日間の出来事。実在した人物や、本の中の有名な人物が、さりげなく登場しているのが楽しいですね。物語も現実にあった出来事を絡めて進行していきます。一応ミステリとしては、タイタニック号の遺品らしき原稿、原稿から浮かび上がってきた乱数表、金髪の女性の幽霊の噂、消える死体など、モチーフも揃っていますし、船上という絶好のクローズドサークルという状況。しかしこれはミステリとしてではなく、普通の小説として読みたい作品でした。物語の大半を占める楽しげな氷川丸での船旅と、ラストで登場する現実を反映した氷川丸。このコントラストには胸が痛くなります。「あなたは、友人と国の、どちらを取るのですか」という問いかけと、登場人物それぞれが出す答がとても重いですね。
解説の後にある、「好事家のためのノート」がとてもいいですね。ジャック・フットレルの「思考機械」の話も、E.D.ビガーズのチャーリー・チャンのシリーズも、ジョン・P・マーカンドの日本人密偵ミスター・モトのシリーズも読んだことがないので、いつかぜひ手にとってみたいものです。

Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.