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このページは、瀬名秀明さんの本の感想のページです。

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「八月の博物館」角川文庫(2003年7月読了)★★★★★
小学校6年生の1学期の終業式の日。学校を出てふと左を向いた亨は、自分がこの左側の景色に一度も足を踏み入れたことがないことに気付きます。いつも行く店も公園も友達の家も、全て右側に集中していたのです。こんなに身近に未知の世界が残っていたことに驚いた亨は、自分でも気付かないうちに左側へと足を踏み出すことに。そして辿りついたのは、蒼みを帯びた石で造られた古い洋館。正面玄関の扉には「THE MUSEUM」というプレートが掲げられていました。そこはミュージアムを展示するミュージアム。古今東西のありとあらゆるミュージアムへと繋がっているのです。黒猫のジャックと美宇という少女に出会った亨は、初回はそのまま帰ってしまうものの、2度目に美宇に会った時は1867年のパリの万博会場へ行き、エジプトの遺跡発掘で有名なオーギュスト・マリエットと出会うことに。…そんな小説を書いていた作家の「私」。生命科学を題材にしたデビュー作がヒットし、理系ミステリー作家となった彼は、理系の事実性と文系の物語性の間に挟まれ、身動きのとれない状態になっていました。

物語は小学校6年生の亨の視点、理系作家と呼ばれる大人の亨の視点、そしてエジプトで遺跡を発掘中の19世紀の考古学者・マリエットの視点から語られていきます。少年の亨が辿りついた不思議な博物館の「ミュージアムを展示するミュージアム」という設定や、「同調」、古今東西のミュージアムへ繋がっているなどのアイディアがとても面白かったです。ノスタルジーを感じさせながら、さりげなく使われたコンピューターがとても現代的。しかも最初の方でちらりと登場する80万年後のミュージアムには、またノスタルジーを感じてしまいました。例えば昔の漫画、近未来を描いた作品では、とにかくハイテクが強調され、いかにも機械化文明の先端というイラストが多かったと思うのですが(映画でもそうですね)、機械化文明の本当の未来の形は、この博物館のような姿であって欲しいものですね。
ここに登場する作家の亨は、まるで瀬名さんご自身のよう。もちろん名前は違うのですが、「理系の事実性と文系の物語性の間に挟まれ、身動きのとれない状態」となったというのも、ウェブコラムを文芸評論家に批判されたというのも、「ウソを書きましょうよ、もっと」と編集者に言われたというのも、本当にあったことなのかもしれませんね。あまりに瀬名さんと亨の共通点が多いため、想像力が働かず、正直少々つらいものもありました。少年としての亨、美宇、そしてエジプトのマリエットが登場するだけでも素敵なSFファンタジー作品になったはずなのに、なぜ作家としての亨を登場させる必要があったのでしょうか。しかしその舞台裏も含めての、「物語とは何か」ということを語った作品なのでしょうね。読んでいるうちに、これが一番良い形だったようにも思えてきましたから。
この蒼い色の石造の博物館と80万年後の博物館は、まるで別物なのでしょうか。材質が違うし、何より同じ建物だったら見て気付くはずなのですが… 違うとは分かってても気になります。
じりじりと暑い夏、薄暗い博物館の中のひんやりとした空気。夏ですね。映像でも見てみたい作品です。

「虹の天象儀」祥伝社文庫(2001年11月読了)★★★★
2001年1月、東京都渋谷にある五島プラネタリウムが閉館。学芸員である「わたし」が後片付けのために出勤すると、ガラス扉の前には不思議な少年がいました。少年の「ツァイスのプラネタリウムを見せて下さい」という言葉に、「わたし」は少年を中に入れ、ツァイス・プラネタリウムIV型投影機を見せながらいろいろな説明をすることになります。どの時代の、どこの場所の夜空でも作り出すことのできるプラネタリウム。それはまるでタイムトラベルしているよう。そして本当にタイムトラベルできるのなら誰に会いたいかと考えた時、「わたし」は、少年が手にした投影球の中に吸い込まれていくような感覚を味わいます。

渋谷の五島プラネタリウムには、私自身も子供の頃、大人になってからも何度か行ったことがありますが、もう既に閉館されていたんですね。残念です。
最近はあまり行く機会がないのですが、プラネタリウムは大好きです。地平線に描かれている街のシルエット、明るい空が徐々に夕暮れとなり、最初に現れる宵の明星。そして満天の星空。夜空いっぱいに繰り広げられるギリシャ神話に基づいた星座の絵の数々… そして明けの明星だけになり、再び訪れる朝の空。でもいつも見てるだけ満足してしまって、実際に投影機を動かしている方のことまでは考えたことはありませんでした。良く知っているようで、その実まるで何も知らなかった世界をのぞき見させてもらったようで、読みながらワクワクしてしまいました。
まるで一夜の夢のような素敵な物語。ムーンボウ、ぜひ私も一度見てみたいです。
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