Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、天藤真さんの本の感想のページです。

line
「死の内幕」角川文庫(2002年1月読了)★★★
内縁の妻たちのグループ、通称IG。そのIGの会員の1人・小田ます子が現れ、別れた内縁の夫・寺井を突き飛ばして、誤って死なせてしまったと告白。それを聞いたIGのメンバー・柏木啓子と内縁の夫・松生(まつお)、そして平沢奈美の3人は、ます子を助けるために架空の犯人をでっちあげることに。証言にリアリティを持たせるために、犯人の顔立ちは松生と丁度正反対で、松生の持っている古いコートとネクタイを身に付けていたということにしようと打ち合わせます。そしてます子と奈美が寺井のマンションに向い、警察に証言。その翌朝、新聞を見た矢尾正吾は驚きます。新聞に発表されていたモンタージュ写真の顔は、まさに自分の顔そのものだったのです。しかも目撃された服装と同じ物を、矢尾自身も持っており…。矢尾の濡れ衣を晴らそうとする友達グループに、なんとか仲間を守ろうとする内縁の妻グループ、被害者の婚約者までが加わり、大混乱となります。

全くの架空の存在だったはずの犯人と同じ顔の人物が現実に身近に存在し、しかも事件当夜、目撃証言と同じ服装をして近所を出歩いていたという、とんでもない設定です。矢尾正吾にとっては全くの災難。しかしこのような偶然がもし本当にあったら怖いですね。アリバイがきちんとなければ、警察だって矢尾が犯人だと考えるしかないのですから。
登場人物たちのとぼけた味わいが楽しいですね。真犯人を探そうとする矢尾と友人たちの素人探偵ぶりも笑えます。この矢尾のグループと、IGのグループ、被害者の婚約者、がそれぞれ自分達だけが知っている情報や勝手な推理を元に動くので、話はすっかり三つ巴の大混乱。しかしこのユーモアたっぷりのストーリーは、ラストで一転してシリアスへ。この展開には本当に驚きました。

「大誘拐」角川文庫(2002年1月読了)★★★★★お気に入り
戸波健次、秋葉正義、三宅平太の3人は、刑務所仲間。2度と刑務所に舞い戻りたくない健次は、立派に社会復帰を果たすために、なんと誘拐事件を計画します。和歌山市郊外にアジトとなるアパートを確保し、中古のマークIIを入手、さらには双眼鏡やトランシーバー、モデルガンなどをあちこちで買い集めて準備万端。3人が誘拐のターゲットとして選んだのは、紀州の山林4万ヘクタールを所有する、日本屈指の大富豪・柳川家の女主人・とし子刀自でした。3人は苦労の末、とし子刀自が小間使い役の吉村紀美と共に山歩きをしている所を拉致することに成功。しかし意外と頭の回るとし子刀自に、次々と計画を言い当てられて3人はペースを乱してしまいます。そして徐々にとし子刀自の知恵を借りて行動することに。とし子刀自の発案で3人の名前は「虹の童子」と決定。身代金も当初の5000万円から100億円に値上げ、さらには犯人側と家族側の折衝はテレビ中継で行われることになり、この前代未聞の誘拐事件はテレビとラジオで実況中継することになります。虹の童子の大活躍に、とし子刀自にだけは頭が上がらない和歌山県警の井刈大五郎本部長が翻弄されることに。

第32回日本推理作家協会賞受賞作。
まず誘拐という悲惨になりがちな犯罪が、ここまでユーモアたっぷりに描かれているのは凄いですね。和歌山の一地方で起きた事件は、テレビ中継によって全国、全世界に知れ渡り、国会で討論され、最終的には米軍まで巻き込んでしまいます。虹の童子の強気の要求に、和歌山県警の井刈本部長が負けじと挑戦、その挑戦に虹の童子がさらに意表をつくようなことを言い出すというやり取りも面白いですし、テレビ局や警察を出し抜く場面も最高。本当にワクワクしてしまいます。内容的にも色々と工夫されていて全く飽きさせません。
人物造形も素晴らしいですね。誘拐犯の3人組の抜け加減も憎めないのですが、何と言ってもとし子刀自のキャラクターが最高。普段は皆に慕われている優しいおばあちゃんのとし子刀自ですが、頭の良さとしたたかさも持ち合わせており、しかも長い人生を生きているだけに酸いも甘いもかみ分けています。誘拐されている身でありながら、誘拐犯たちに知恵を貸し、5000万円の身代金は少なすぎる、末代までの恥だと言って怒り、「犯人からの要求状」も代筆しています。3人ととし子刀自の連携プレーも絶妙。そしてジェラルミンケース67個分にもなる100億円をどうやって受け取るかというのが、物語のクライマックス。とし子刀自がなぜ身代金を100億にしたのかというのも読みどころです。
結局、誰も不幸にならず、損もせず。本当の意味での悪役は不在でした。ほのぼのとした暖かい雰囲気で安心して読める作品。とても清々しい気分にさせてくれます。とても20年以上前に書かれた作品とは思えません。素晴らしい作品でした。
尚、この作品は岡本喜八監督によって映画化もされています。刀自:北林谷栄、本部長:緒形拳、虹の童子:風間トオル、内田勝康、西川弘志。この映画も傑作だったそうです。

「遠きに目ありて」創元推理文庫(2002年2月読了)★★★★★
【多すぎる証人】…成城署の真名部警部は、岩井信一という重度の脳性マヒの少年と知り合います。最初は信一の「ものを言おうとすると、顔が激しくゆがみ、体がけいれんする」様子にいたたまれない思いをする警部でしたが、すぐにその聡明さに舌を巻くことに。そして警部は、世田谷区の滝の台団地で起きた殺人事件のことを信一に話します。被害者は刺された後にベランダまで這い出し、中庭でバレーボールの練習をしていた妻に声をかけてから死んだのですが、しかし現場から逃げた女性について、バレーボールをしていた8人の証言が見事に食い違っていたのです。
【宙を飛ぶ死】…井沢武夫という男性が、多摩川の川べりにあるホテルの同窓会の会場から姿を消します。部屋には荷物と靴が、駐車場には車が残っているのにいつまでたっても姿が見えず、試しに幹事の1人が自宅に電話してみると、応対に出た女性はすぐに警察に連絡ほしいと指示。しかし井沢は数百キロ離れた場所で死体となって発見されます。
【出口のない街】…赤沢巡査はパトロール中に、自分が暴力団担当の部長刑事から一介の巡査へと降格するきっかけとなった岩堀金治を街中に発見、後をつけ始めます。しかし岩堀は自分の隠れ家で殺されているのを発見されることに。その一帯は、大きな密室状態となっていました。
【見えない白い手】…警部の元を訪れたのは、美貌の未亡人・原田しのぶ。甥の宇高義雄に財産目当てで命を狙われていると言うのです。姉夫婦が亡くなり、日頃から素行不良だった義雄は手形詐欺の事件をおこし、しのぶが保釈金を積んで身柄を引き取ったばかりの出来事でした。
【完全な不在】…都内の新聞に信一のことが紹介され、面会や文通の申し込みが殺到。新劇俳優の大宮元もその1人で、若手人気女優の大宮エリカを伴って信一の元を訪れます。しかし大宮家で、暴力団の若頭・米山俊太の死体が発見されます。エリカへの脅迫の件で大宮家を訪れたらしいのですが…。

連作短編集です。
信一は高校生くらいの年頃なのですが、片言の言葉とタイプライターで相手に意志の伝えるのが精一杯。しかし思うように動かないのは体だけで、頭はごく聡明です。警部がふと持ち込んだオセロゲームと連珠も、たちまちのうちに素晴らしい上達ぶりを見せています。そして警部が映画に行く約束を果たせなかった代わりに、捜査中の事件についての話を聞かせたことから、信一が素晴らしい推理を見せるというストーリー。いわゆる安楽椅子探偵物ですが、こういう設定はあまり見かけないですね。社会勉強だと言いながら、様々な社会の暗部的なことをも包み隠さず信ちゃんに話す警部がとても素敵です。
「多すぎる証人」船頭が多すぎるのもダメですが、証人が多すぎるのも…。途中で気が付きましたが、これはなかなかよく出来てますね。「宙を飛ぶ死」前回もそうでしたが、信一はメンバーの証言から推理するのが本当に上手いです。大掛かりなトリックを持ち出すのもなかなかいい感じ。実際以上に手が込んで見えます。「出口のない街」前作のラストもそうでしたが、この作品では、まずバリアフリーのことが書きたかったのでしょうか。初めて信一が現場まで行くことになります。「見えない白い手」まだ事件になってないのに、警察はここまでしてくれるのでしょうか。こういう状況をそのまま放置する興信所って。「完全なる不在」完全に逆をつかれました。
この作品はどれも1976年に書かれた作品。それ以前もそれ以降も、身障者がここまでクローズアップされた作品というのは、あまり多くはないのではないでしょうか。先日読んだ柄刀一さんの「if の迷宮」でもありましたが、身障者と一言で言っても、知能に関する障害もあれば、肉体的な障害もあります。知的障害者は心が純粋だ、というのはよく言われることなのですが、身体障害者までもがそうとは限りません。しかし必要以上に美化されて受け止められている場合もあります。とても難しい題材だと思いますが、誰かが何かを書かないと何も伝わらないもの。このような作品をきっかけに、少し身近に感じるようになるだけでも、とても大きいのではないでしょうか。きっと読んだ人の心の中に、何かが蓄積されていくと思います。天藤さんのように暖かい眼差しを持って書ける作家さんがもっと出てきて欲しいものです。
Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.