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このページは、柄刀一さんの本の感想のページです。

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「3000年の密室」原書房(2001年6月読了)★★★★
長野県の山中から3000年前の縄文人のミイラが発見されます。このミイラは密室状態となった洞窟の中で背中を刺されてたのが死因、しかも明らかに死後、右腕を肩から切断されていました。早速長野人類学研究所がこのミイラの調査を始め、考古学者たちはミイラについての論争を繰り広げます。

歴史ミステリ。かなりの読み応えがある作品です。物語の性質上、ミイラや考古学についての薀蓄が語られるのですが、それが全然煩くなく読めるのがいいですね。ミイラの解剖についても、学者たちの論争がとても面白く読めました。洞窟の密室については、さもありなんという感じなのですが(なぜ誰もそういうことを考えなかったのかが不思議)、でもそれ以外の謎に関しては、とても説得力があります。これだったら現実の事件は必要ないぐらいではないでしょうか。主人公を巡るいろいろなエピソードも、あまり必要性を感じなかったりします。しかし、そういう部分を補って余りある3000年の謎でした。考古学が好きな人にオススメ。

「サタンの僧院」原書房(2004年1月読了)★★★★★お気に入り
コーカサス山麓にある、カトリック系キリスト教の聖ベルナルディス神学校。甲斐・クレメンスは母を亡くし、父であるザカディアン・クレメンスが総長を務めるこの神学校へとやって来ていました。ザカディアンは若い頃、聖者しか抜けないと言われる、岩の割れ目に挟まった伝説の剣「パブテストの聖剣」を抜き、尊敬を集めている人物。現在東洋へ旅行中の甲斐の異母兄、アーサー・クレメンスもまた、その秀でた能力によって尊敬を一身に集めていました。しかしそんなある日、1人の全身緑色の騎士が馬のまま学内に乗り入れます。「僧正」と名乗るその騎士は、持っていた鉄棍棒と盾を置くと、今までザカディアン・クレメンスしか抜いたことのない伝説の剣を抜き、学生の1人をその剣で傷つけた上で、自分の首を刎ねてみろと挑発。ただし自分がもし甦った時は、自分の首を刎ねた者の首をもらいうけるというのです。甲斐は男から受け取った剣で、騎士の首を刎ねることに。しかし騎士は首を切り落とされたまま、自分の居場所が書いてあるという羊皮紙を残して立ち去ります。甲斐は数ヶ月かけてようやく騎士の謎を解き、僧正の行方を追います。そして、入れ替わりで神学校に戻って来た異母兄・アーサーもまた、甲斐の後を追うことに。

アーサー王伝説の「ガウェイン卿と緑の騎士」をベースにした物語。首を切り落としても死なない「緑の僧正」の謎に始まり、700年前の「虚無の城」の美人姉妹の死の謎、時鐘塔に唐突に現れた首吊り死体の謎、人間の魂の罪の重さを測る天秤の謎、十字架に槍が突き刺さった瞬間、自称預言者を貫いた槍の謎など、幻想的な謎が次々に繰り広げられていきます。これらの謎がアーサー王伝説という舞台と融合して、ますます魅力的に見えてきますね。特に、自称預言者・イシュトヴァンの周囲で起きる謎は、本人も語っている通り、まるでキリストの再来。本当に奇跡は起きるのかとまで思わせてくれるほど。しかしその奇跡は、聖書の中のモーセの奇跡と同じように、アーサーによってい解き明かされることになるのです。
謎解きと共に面白いのが、この作品の中での神学談義。主人公の甲斐・クレメンスと、その兄アーサー・クレメンスは、カトリック系の神学生という設定なので、かなり濃厚な談義が繰り広げられることになります。難しすぎず簡単すぎず、そのバランスが絶妙。そしてこの作品の中で、ガウェイン卿に当たるのが甲斐・クレメンス。原典では完璧の具現とされているガウェイン卿なのですが、この作品の中の甲斐は、弱さを持ち合わせているごく普通の青年。甲斐よりも兄であるアーサーの方が遥かに完璧に見えます。しかしそのアーサーですら、心中に葛藤を持っているのです。神学談義や謎解きに目を奪われるのですが、読後に残ったのは彼ら2人の人間臭さ。これがまたいいですね。
あとがきにも、「『ガウェイン卿と緑の騎士』を現代日本ミステリに翻訳しようとした試み」とありましたが、この作品の中では、「アーサー王」や「ガウェイン卿」などの名称は全く登場しません。作品の舞台は現代、しかも英語圏での話なので、本来ここまで酷似した現象が起きたら、誰かが一言ぐらい言及するはず。それがないということは、この世界からはアーサー王伝説だけがすっぽりと抜けているということなのでしょうか。聖書はもちろん、世界各地の神話や宗教まで引き合いに出しているというのに、「アーサー王」だけ出てこないということは、一種のパラレルワールドとも言えそうで、読みながらなんとも不思議な気持ちにもなりました。

「4000年のアリバイ回廊」光文社(2001年6月読了)★★★★
四国の室戸沖で海底岩盤の分析調査をしていた潜水艦が、水深1千メートルの海底に揺らめく人間の遺体を発見します。被害者は岩下三造。宮崎で発見された縄文時代の遺跡の発掘作業に関わっていた人物でした。この遺跡は突然の火山の噴火によって壊滅した4000年前の集落で、「日本のポンペイ」とも呼ばれるもの。当時の生活がそのまま残されており、研究者たちはさまざまな推論を重ねます。

デビュー作「3000年の密室」に続く考古学ミステリです。登場人物の川久保成輔やリョウコ・ディッペンバウアー・川口は、前回に引き続きの登場。そして今回のメインも4000年前の考古学的な推理です。今回の遺跡は架空の物、柄刀さんが一から全てを作り上げているのがすごいですね。しかもこのトリックもすごいです。かなり壮大なロマン。縄文時代的な知識も全然押し付けがましくないので、とても面白く読めますし、特に食事や楽器などに関する説明はとても興味深いです。そして現実の殺人は、前回ほど取ってつけた感じがなく、今回は「殺人者」という記述で早い時期から登場します。名前に関しては少々胡散臭いと思うのですが…。脇役かと思っていたディッペンバウアー夫婦が、思いがけず良い味を出してくれていたのが良かったです。
ただ、この作品に時刻表はいらないのではないかと。考古学ミステリを読む人が時刻表を期待しているでしょうか。時刻表はトラベルミステリにお任せしたいです。

「400年の遺言-死の庭園の死」角川文庫(2002年9月読了)★★★★★お気に入り
400年の歴史を持つ、浄土真宗の寺・龍遠寺。寺社仏閣の巡回保安員である蔭山公彦と、寺社仏閣専門のガイドの仕事をしている高階枝織が、呻き声に気づいて庭に降りてみると、そこにはこの寺で庭師の仕事をしている泉繁竹と、この寺の跡取り息子である久保努夢の姿が。泉繁竹の首には銀色に光るノギスが刺さり瀕死の状態、少年の方は命に別状はなさそうなものの、首にはロープで乱暴に絞めたような生々しい痕が。泉繁竹は「この子を、頼む…」という言葉と共に事切れます。実はこの庭園は、泉繁竹の息子・真太郎も4年前に殺されていた場所でした。事件は枝織の夫であり、京都府警捜査一課の刑事の高階憲伸が担当することになります。一方、歴史事物保全財団の資料室長・五十嵐昌紀を尾行していた探偵会社の石崎正人は、五十嵐に撒かれた後で、両手首を切られて結跏趺坐させられた死体を発見します。しかし片方の手首は地面に落ちていましたが、もう片方は現場には残されていなかったのです。

龍遠寺の庭園に隠された謎には、とにかく驚きました。「3000年」「4000年」ときて、今回は「400年」。同じ歴史ミステリにしても、この長さの違いがどう出るかと少々心配だったのですが、この400年という長さに十分意味があったのですね。読み終わってみると、3000年4000年ほど壮大ではないですが、学校の歴史の授業や他の歴史小説である程度知識があった分、却って分かりやすかったような気がします。前半の北斗信仰に関する薀蓄部分は正直入りづらかったのですが、後半になると怒涛のような展開。すごいですね。前半の伏線がここまで見事に収束するとは思わなかったです。そして現実の事件とのリンクも見事。こちらでは、問題となる音に関しての捜査の部分がとても面白かったです。ただ、主人公の恋心については、これは本当に必要だったのだろうかと思ってしまいました。これは主人公という人間を端的に表すためには、やはり効果的だったのでしょうか。親友の妻に横恋慕する蔭山の姿は、正直気持ちが悪かったですし、枝織の体調が悪くなった場面でも同様でした。
それと泉繁竹の首に刺さっていたノギス。これは私もよく知っている工具なのですが、こんなことが本当にできるのでしょうか。それだけは疑問です。

「ifの迷宮」カッパノベルス(200年2月読了)★★★★★お気に入り
21世紀に入って10年ほど経った頃、遺伝子医療の分野は目覚しい進歩を見せており、それに伴って出産時医療も格段に進歩していました。女性は妊娠したら超音波映像診断と同レベルで遺伝子チェックを受け、生まれてくる子に異常がないかDNAレベルでの安心感を得るのが当たり前。遺伝子的に異常がみつかれば、堕胎も気軽に行われます。そしてそれらの遺伝子治療や体細胞移植という新しい医療分野で、ここ1〜2年目覚しい台頭を見せてきたのがSOMONグループ。その企業の中枢を担う宗門家の中で、殺人事件が起こります。レストルームで見つかった若い女性の死体は、上半身と手足が焼け爛れており、身元の確認もなかなかできない状態。服装からは宗門亞美と思われるのですが…。そしてさらに殺人事件が。捜査が進むうちに、最先端の遺伝子鑑定の結果は奇妙な事実を明らかにします。19年前に死んだはずの人間が、2年前に死んだ人間と同一のDNAを持っていたのです。刑事・朝岡百合絵が、生化学研究者である夫の真一と共に捜査にあたります。

「3000年」「4000年」に続く作品は、なんと今までとはうってかわって、近未来を題材にした作品。しかしこれは、最先端の遺伝子医療のことを題材にするために舞台が近未来に設定されただけで、決してSFではありません。実際に活躍する人々は現代社会とまるで同じ。多少医療に関する考えや道徳的な観念が、医療の発展に合わせて変化しているぐらいですね。そして遺伝子医療という社会派的な問題を扱いながらも、メインは古い洋館に住む旧家の一族の連続殺人事件。消えた死体の謎や、一見しただけでは誰なのか判然としない死体、密室トリックなど、内容的には本格ミステリです。そしてこの最先端医療と本格ミステリが見事に融合されています。本格ミステリ的な事件の捜査上で、最先端技術によって、本来不可能なはずの状況が生み出されてしまうのですから…。個人を特定するはずのDNA鑑定で却って個人が特定できなくなるというのは、ものすごい皮肉ですね。これは本当に独創的だと思います。
現在、胎児遺伝子の異常を調べるには羊水穿刺による検査が主流。しかしこれは安全面に問題があり、あまり一般化していないと聞いたことがあります。母親なら生まれてくる子に異常がないことを知って安心したいものでしょうし、そんな時この作品にあるような遺伝子チェックはとても大きな助けとなるでしょう。しかしだからと言って、そのせいで堕胎へのハードルが低くなるというのは…。異常のあるなしを調べるのはともかく、それ以上のことまで調べるというのは、生まれてくる子供を人間扱いしていないということ。そういうことが日常的に行われる社会になってしまったら、斗馬のような子供を見て、「気味悪い」なんて言う人間(しかも母親)が本当に出てくるのかもしれませんね。いくら技術が進んでも、人の心の本質はそうそう変わらないはず。これらのことが技術上は可能になっても、実際に行われるかどうかはまた別だと思いたいです。
これらの遺伝子的な知識や障害児に対する態度などが柄刀さんの中できちんと消化された上で本作品が書かれているというのがいいですね。「肉体や知能にハンディがあるぶん僕達が清らかだ、なんてのは勝手な美化だ。それも一つの偏見ですよ。新たな誤解も生む。」という言葉。そしてさらに子供に対する大人の勝手な思い込みも。本当にその通りだと思います。

「アリア系銀河鉄道」講談社ノベルス(2002年2月読了)★★★★★
【言語と密室のコンポジション】…宇佐見護博士が紅茶をしているところに、突然現れた真っ白い猫。自ら「字義原理・実存の猫」と名乗るその猫が博士を連れていったのは、「字義が文字通りそのまま現存している」純粋原義の世界、つまり地の文がそのまま現実となってしまう世界の密室殺人現場でした。
【ノアの隣】…大佐と進化論の話をしているうちに、突然ノアの方舟に乗ることになった宇佐見博士。その方舟の内と外では時間の流れる速さが全く違い、宇佐見博士は生物の進化の過程を見ることに。
【探偵の匣】…今回宇佐見博士を訪ねてきたのは、キイス・ミリガン博士。妻を撲殺され、自身も毒のためにあと一両日の命となっている吉武博士が、手助けをして欲しがっていたのです。
【アリア系銀河鉄道】…珍しく夜のお茶会をしている宇佐見博士。相手は、博士の旧友である鶴見未紀也の1人娘・マリア。博士とマリアは、そこに止まっていたクラシックな列車に乗り込みます。
【アリスのドア】…宇佐見博士が目を覚ますと、そこは石でできた部屋の中。傍らにいたのは真っ白いうさぎ。部屋の壁には高さ30cm、幅25cmほどの小さなドアが4つ。うさぎは、外に出たければそのドアを通るしかないと、テーブルの上の鍵を手にした扇子で差します。

宇佐見博士が迷い込む不思議な世界の話。どれも奇妙奇天烈な設定で、完全にSF的な作品となっています。ベースとなるのは「不思議の国のアリス」。やはりアリスにミステリはよく似合いますね。しかし謎は一応全て論理的に解決。この「ふとしたことで、普段の世界から飛び出してしまう宇佐見博士」という設定が、山口雅也氏の作風を思い起こさせると思っていたら、福井健太氏の解説にも引き合いに出されていました。
「言語と密室のコンポジション」大真面目なのか、ふざけているのか分からないような言葉遊びの世界。ミステリは、こんなにも面白い世界も作り出すのかと感心させられました。ものすごくよく出来てます。「ノアの隣」トリックよりも、動物の進化に関する考察がとても面白い作品。ノアの正体には本当に驚きました。「探偵の匣」最近この手のオチをよく読むので多少食傷気味なのですが(どちらが早く発表されたかはともかく)、しかしとてもよく出来ていますね。「アリア系銀河鉄道」とても綺麗な物語。まるで「銀河鉄道999」のようなファンタジー的な設定。オチのつけ方には好みが分かれるかもしれませんが、私は好きです。「アリスのドア」パズルっぽい作品。柄刀さんの解説を読んでようやく納得しました。そういうことでしたか。
とにかく柄刀さんのアイディアが光ります。ぜひともこれから先も続けていって欲しいシリーズです。

「マスグレイヴ館の島」原書房(2004年1月読了)★★★★
ロンドンのベイカー街221Bにある英国・シャーロック・ホームズ・ソサエティに届いたレジーナ松坂からの手紙。それは“マスグレイブ館”のイベントが間近であることを知らせる招待状でした。世界に名を知られる巨大企業“ゴールドバーグ・松坂・テクノロジー”の名誉会長であり、熱烈なシャーロッキアンでもある松坂松太郎の70歳の誕生日を記念して、ある島に残る古い館を“マスグレイブ館”として改築、コナン・ドイルの「マスグレイヴ家の儀式」にちなんだ暗号解読と宝探しのイベントを開催することになっているのです。シャーロック・ホームズ・ソサエティからは、責任者の姪である一条寺慶子、彼女の持病であるナルコレプシーという睡眠病のために世話係の筧フミ、女シャーロック・ホームズとあだ名されるクリスチアーネ・サガンが参加することに。

コナン・ドイルの「回想のシャーロック・ホームズ」に収められている短編「マスグレイヴ家の儀式」がモチーフとなった、シャーロッキアン・ミステリ。作中でネタバレされているので、この作品はその短編を読んでからにした方がいいとは思うのですが、短編の中の暗号や文章から推理される建物の構造など、なかなか面白く読めました。そしてシャーロック・ホームズの作品に関してだけでなく、現実の世界の方でも不可解な事件が次々に起こります。島で起きる事件に関しては、恩田陸さんの作品を思い起こさせてしまうのが少々惜しい点でしょうか。それを知らなければ、事件に対する驚きがもっと大きかったと思うのですが…。それと、慶子の突然眠り込んでしまうという奇病、それに伴う「神の視点」への変換が、どうしても作者に都合の良い設定のように思えてしまうこと、島での事件の真相で、「そんなことになっていたら、何かしらの痕跡が残っているはず」と思ってしまうことなど、小さな不満はありましたが、全体的にとても読みやすくて面白かったです。謎自体は柄刀さんらしい豪快さなのですが、あとがきにある「ティータイム・ミステリー」という言葉がぴったりの、肩の力を抜いて楽しめる軽めの作品に仕上がっていますね。
しかし最後の1節は凄いですね。のけぞりました。もしかして、柄刀さんはこれを一番書きたかったのでしょうか?(笑)

「殺意は砂糖の右側に」祥伝社ノンノベル(2002年9月読了)★★★★
【エデンは月の裏側に】…祖父が亡くなり、東京に住む従兄の光章の部屋に転がり込んだ天地龍之介。祖父が死ぬ前に言い残した中畑氏という人物を訪ねて、龍之介と光章はある研究所を訪れるのですが、そこの屋上から、背中に矢が刺さった男の死体が落ちてきて…。
【殺意は砂糖の右側に】…長代一美が料理コンテストに出場することになり、2人もその会場へ。しかしそのコンテストを主催している柴崎グループの長男・長友が毒殺されます。
【凶器は死角の奥底に】…光章と龍之介は、龍之介が見事獲得したペアのフィリピン旅行券を受け取りに、イベントの主催者の経営するナイトクラブを訪れます。しかしその晩、社長が変死体で見つかり…。
【銀河はコップの内側に】…光章と龍之介はフィリピンへ。しかしその機上で、ツアー客の1人がバッグを盗まれたと大騒ぎ。そして龍之介と光章は、トイレの中でツアーの女性客が死んでいるのを発見。
【夕陽はマラッカの海原に】…ようやくフィリピンの地を踏んだ2人は、車で龍之介の後見人である中畑氏がいるという村に向かうのですが、途中で現地の道祖神らしき物を壊してしまいます。
【ダイヤモンドは永遠に】…日本に国際電話をかけてみると、なんと一美が刑事事件に巻き込まれているらしく…。密輸されたダイヤモンドはどこに隠されているのか、龍之介は電話で推理します。
【あかずの扉は潮風の中に】…ようやく中畑氏の家にたどり着く2人。しかしはどうやらすれ違いで日本に帰ってしまった様子。本当に日本に帰ったのか疑う彼の姪と一緒に、光章と龍之介は調べ始めます。

IQ190の天才・天地龍之介のシリーズの第1弾。祖父の死を契機に東京に出てきた途端に殺人事件に巻き込まれてしまう、天才名探偵の連作短編集。この龍之介が、見るからに生活力に乏しいぼーっとしたタイプなのですが、雑学と理系の知識は誰にも負けないというキャラクター。なんともとぼけた味があっていいですね。それに光章と一美が友達以上恋人未満という関係だというのが、龍之介と絶妙のバランス。この分だと、光章が一美のことを、安心して恋人と紹介できる日はまだまだ遠そうです。しかしIQ190で、ここまで日常生活に難があるというのもどうなのでしょう。「天才かもしれないが、利口ではない」という形容がされていますが、そもそもIQってそういうものなのでしょうか?…それはともかくとして、以前「不透明な殺人」で「エデンは月の裏側に」を読んだ時は、難しいトリックに少々引いたのですが、他の作品はそれほど専門的すぎることもなく、とても読みやすい作品ばかりでした。龍之介の雑学が元になって謎が組み立てられているのですが、それがとても自然。全く嫌味なところがなく、そのくせ面白い知識は自然に身についてきます。ただ、一般の読者が推理して謎を解くのはかなり難しいかも。
この中で一番好きだったのは、「殺意は砂糖の右側に」。龍之介オススメのグルタミン酸ソーダとは、味の素のことですよね!龍之介の「旨味成分として数倍の相乗効果に…」という説明が可笑しいです。龍之介の料理の味は光章が保証しているのですが、本当に美味しいのでしょうか。しかし世間の美食家たちがこぞって馬鹿にしそうな味の素、こんな風に扱われていると痛快ですね。そして「凶器は死角の奥底に」も好きです。この凶器を死角に追いやるトリックは、実際に目で見てみたいです。10円玉が欲しかった理由にも納得。鮮やかでした。

「幽霊船が消えるまで」祥伝社ノンノベル(2004年2月読了)★★★★
【幽霊船が消えるまで】…フィリピンで帰りの飛行機の切符と旅行資金が入ったバッグを掏られた天地龍之介と光章は、小日向のぶ子の紹介で貨物船に乗って帰国。しかしその貨物船には幽霊話が…。
【死が鍵盤を鳴らすまで】…中嶋千小夜に突然呼び出され、光章をすっぽかすことになった長代一美。千小夜の高校時代からの音楽仲間の1人・阿藤唯良が殺されていたのです。
【石の棺が閉じるまで】…フィリピンで見た中畑保からの手紙の消印が徳之島。しかし徳之島という以外の手がかりがないため、2人はまず岐阜に住む保の息子の家へ。
【雨が殺意を流すまで】…中畑保が徳之島の笹塚家にしばらく滞在すると聞き、龍之介と光章、一美は飛行機で徳之島へ。しかし待ち合わせ場所の笹塚家所有の旅館の風呂場で、笹塚一朗太が死亡。
【彼が詐欺(スウインドル)を終えるまで】…ようやく中畑保と会うことのできた3人。そして光章は、自分に借金を負わせたまま逃げた友人・崎山強と再会。笹塚夏美という女性と婚約していたのです。
【木の葉が証拠を語るまで】…夏美の兄の秋伸が徳之島に戻ってきます。絵を描いてくると言ったまま2時間も戻らない兄を迎えに行った夏美たちは、秋伸と共に殺人事件と大麻事件に巻き込まれることに。

IQ190の天才・天地龍之介のシリーズの第2弾。フィリピンにいたはずの後見人の中畑氏が帰国してしまったことがわかり、帰国の途につく2人。しかしフィリピンを出る前から波乱万丈模様です。随所に挿入されている「龍之介観察日記」がほのぼのとしていい感じ。思わずこの部分だけ先に拾い読みしてしまいたくなるほどです。本筋の物語は相変わらずの科学トリックで、知識がないと推理できないようなものが多いのですが、しかし前作「殺意は砂糖の右側に」に比べるとガチガチの科学路線から雑学的な柔らかい路線に変化してきたように思います。2人のキャラクターも安定してきたのか、前作よりも格段に読みやすく感じました。しかし緒方剛志さんのライトノベルス的イラストでは、どうも2人とも中学生のように見えてしまいますね。
「幽霊船が消えるまで」たった1つの指紋から、ここまで大きな真相が発覚するとは。「死が鍵盤を鳴らすまで」このトリックと真相は面白いですね。とにかく上手い!驚きました。納得です。「石の棺が閉じるまで」この存在については以前から知っていましたが… 「さあ、不思議を解こう!」みたいな番組で見たのでしょうか。「雨が殺意を流すまで」これは純粋に勉強になりました。「彼が詐欺を終えるまで」光章が光っていますね。崎山のことを判断した決め手というのが何ともいいです。崎山よりも夏美の方が断然上手。「木の葉が証拠を語るまで」崎山が思いがけない活躍。まだ白とも黒ともつかないようですが、彼に関しては、徐々に印象が変わっていきそうです。
龍之介はこの作品内で無事に後見人の中畑保と会うことができましたが、まだまだ龍之介の就職問題が残っていますし、光章と一美の関係もどうなるか分かりません。「雨が殺意を流すまで」の「いえ、その三段階ぐらい前の、私のガールフレンドです」「四段階です」などという会話を聞いている限り、上手くいきそうな予感はあるのですが、どうなのでしょうね。楽しみです。(「崎山」は、本当は違う文字(立+竒)なのですが、変換できないため、「崎」で代用しました)

「奇蹟審問官アーサー」講談社ノベルス(2004年1月読了)★★★★
アルゼンチンの首都・ブエノス・アイレスの1千キロ以上西にある小さな村、ケレスで突然起きた、第一福音書協会の炎上事件。数日後に行われる行事のために、12人の信者たちが毎晩のようにこの教会に集まっていたのですが、事件が起きた1999年2月12日午後9時13分、教会内は奇跡的に無人状態。9時に集まるはずだった12人の信者たちは、普段はどのような教会の行事にも無遅刻で参加するような敬虔な信者であるにも関わらず、この夜に限って、揃って遅刻していたのです。奇跡的に災難を逃れたこの出来事によって、12人の信者たちは“12使徒”と呼ばれるようになり、ケレスは一躍世界中に名前を知られることに。そして2年後。バチカン法王庁からは、教理信仰省の一部署・奇蹟調査室に所属する調査官・アーサー・クレメンスが、この奇蹟を調査するためにケレスを訪れていました。しかしその12使徒たちが、1人ずつ不可思議な状況で殺され始め…。

「サタンの僧院」に登場したアーサー・クレメンスが、12使徒が奇跡的に逃れた教会炎上事件の謎をベースに、次々と死んでいく12使徒たちの不可思議な謎を明かしていきます。この謎が揃いも揃って不可能犯罪。まさに神の業としか思えないものもあります。その中で最初に登場するのは、大人しい好青年だったのに、突然獣のような奇態な行動を取り始めたマヌエル・ミカイドーと、衆人環視の中で目に見えない何者かとと格闘した挙句、刺殺され、さらに発火した岩によって炎に包まれたオズバルド・ロサスの謎。この事件をアーサー・クレメンスは、なんと序章で解き明かしてしまうのです。これがアーサーのカリスマ性の演出に一役買っていますね。そして惜しげもなく繰り出される不可能犯罪の数々。その背景では、火山活動がますます活発に… まるで黙示録に書かれたこの世の終わりのようです。
それぞれの謎は大胆で、かつバリエーションが豊富。ノベルスの裏の説明で島田荘司氏が引き合いに出されているのも納得です。トリックの解明には専門知識が必要なものもありますが、堪能しました。真犯人の動機についても、妙に説得力がありますね。実行に移すかどうかは別として、気持ちはとてもよく分かります。
アルゼンチンが舞台ということでスペイン語系の名前がたくさん登場、最初は人名や設定、起こった事件についてを把握するのが少々大変でしたが、しかし一度物語に入り込んでしまえばもう大丈夫。カトリックとグノーシス主義についての談義も面白かったです。「心臓、バクバクですよ」には笑いました。
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