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このページは、田中啓文さんの本の感想のページです。

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「星の国のアリス」祥伝社文庫(2003年7月読了)★★★
16歳のアリス・チレンは、地球からはるか彼方の惑星ラミアへと向かうため、小型貨物宇宙船・迦魅羅号に乗り込んでいました。彼女の兄の結婚にあたり、兄嫁となる女性がアリスとの同居を望まなかったため、アリスはラミアにいる遠い親戚に引き取られることになったのです。その宇宙船の船内で、密航者の死体が発見されます。迦魅羅号の雑用一切を担当しているサービス用アンドロイド・ビーグルによると、その死体には血液がほとんど残留しておらず、しかも頚動脈の上に2箇所の小さな傷が並んでいるとのこと。まるで吸血鬼に血を吸われたかのような死体。その時、今回の航海に乗り遅れたと思われているジョン・D・アルカードという人物は、ヴラド・ツェペシュの子孫であることを船長が思い出します。しかも「アルカード」とはドラキュラ伯爵の変名でした。もしや現代の吸血鬼がこっそり宇宙船に乗り込んでいたのでしょうか。

祥伝社400円文庫の「競作『吸血鬼』SF・ホラー&ミステリー」の中の1冊として刊行された作品。
アリスの他に宇宙船に乗り込んでいるのは、小説家のダスミドラ、女優のように美しいヴィオーン、シュラーケン人のビシ・カ・メリ、船長のゴッパ、一等航宙士・ポンポ、二等航宙士・リョド。そしてアンドロイドのビーグルや船長のペットの宇宙猿・ピクシーなど。限られた人数の中での犯行と思われるのですが、ヴラド・ツェペシュの末裔だというアルカードが乗っているかどうかという不確定要素も存在します。オーソドックスなSF作品を思わせながらも、なかなかの本格ミステリとなっていますね。しかも冒頭の「鏡の国のアリス」の引用が巧いです。可愛らしい女の子を登場させ、可愛らしいタイトルにした割には描写がお下劣というのも、田中啓文氏らしさでしょうか。それでも普段の田中啓文作品に比べると、ごくあっさりしたものなのではないかと思いますが。
ただ、この感想を書くために読み返していている時、「アリスは十六歳の誕生日を数日前に船内で迎えたばかり」という記述と、船長の「地球を出てから今日で二日目だ」という発言を発見。これは同じ日のことです。どちらが正しいのでしょうか…?

「笑酔亭梅寿謎解噺」集英社(2005年11月読了)★★★★
【たちきり線香】…元担任の英語教師・古屋吉太郎に、引きずられるようにして笑酔亭梅寿の元に連れて行かれた星祭竜二。実は吉太郎自身、教師になる前は梅林狩(ばいりんがる)という噺家の卵だったのです。そして竜二の内弟子生活が始まります。
【らくだ】…「吸血亭ブラッド・笑酔亭梅寿型破り落語会」で梅寿が組むことになったのは、外国人噺家のブラッド。しかし高座に上がる前に2人とも大酒を飲んで酔ってしまい…。
【時うどん】…芸はしっかりしているのにテレビを嫌がる雁花いたし・まっせ。2人を無理矢理テレビの「漫才ヤングバトル」に出演させようと、2人の男がやって来ます。
【平林】…竜二の初舞台が3日後に迫り、ネタは「平林」決定。稽古をつけてくれない師匠の代わりに、9歳年上の姉弟子・梅春の元に通っていました。
【住吉駕籠】…20歳以上年上の兄弟子・梅毒に新作落語をやってみないかという誘いを受けた竜二。梅毒の落語を実際に見た竜二は、その「新しい笑い」に夢中になります。
【子は鎹(かすがい)】…突然師匠に破門を言い渡された竜二。知り合いの家を転々としながら、1人でお笑いについて研究し、つてを頼って舞台に出ようとします。
【千両みかん】…テレビで「O-1」という若手の噺家を競わせる落語番組が出来て、竜二も兄弟子の梅雨らと共に参加することに。

田中啓文さんがこれほど読みやすい普通の作品も書かれているとは驚きました。
金髪の鶏冠頭の不良少年・竜二が、大酒飲みで借金まみれの落語家・笑酔亭梅寿に入門する物語。連作短編集です。7編の短編にはそれぞれ上方落語の題名が使われており、月亭八天さんによる噺の解説付き。それぞれの短編の中で、表向きは師匠が解いたという風に見せかけて竜二が謎を解いていくという趣向。どれもそれほど大掛かりな謎ではなく、どちらかといえばスパイス程度。しかしそれぞれの落語のネタにしっかりとリンクしていて粋な感じ。とは言っても、やはりメインは竜二の成長物語でしょうね。竜二は両親とも亡くして親戚の家をたらいまわしにされている少年。高校は中退して現在はフリーターをしているのですが、素行が悪くて何度も警察の厄介になっている、絵に描いたような不良少年です。落語などほとんど聞いたことがなく、どちらかといえば漫才の方が好き。そんな少年がいきなり上下関係に厳しい古典芸能の世界に放り込まれてしまうのです。最初予想したほど師匠に反抗することもなく、案外すんなりと弟子らしくなってしまい、しかもさりげなく師匠を立てる竜二が少々出来すぎのような気もするのですが… しかし事あるごとに破天荒ぶりを見せ付けてくれる師匠も、兄弟子や姉弟子たちも、実は味があってなかなか良いです。
梅寿師匠を始めとするそれぞれの噺家には、本当にモデルはいないのでしょうか。テンポが良くて、実際にそれぞれの落語を聞いてみたくなる1冊です。
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