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このページは、高木彬光さんの本の感想のページです。

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「刺青殺人事件」ハルキ文庫(2002年1月読了)★★★★★
東大医学部標本室にある、刺青人皮のコレクション。その中でもひときわ目立つのは、名彫物師・彫安の一世一代の傑作「大蛇丸」の刺青でした。これは彫安自身の娘・野村絹江の身体に彫られたもので、その繊細な針のあとと言うに言われぬ色調は他の皮を圧倒。しかしこの見事な刺青の持ち主・絹江こそが、「刺青殺人事件」凄惨な連続殺人事件の最初の犠牲者だったのです。昭和21年8月。刺青コレクターとして名高い早川平四郎博士にぜひにとすすめられ、絹江は刺青競艶会に出場、見事に女王の座を獲得。彼女の刺青と妖艶な魅力には数多くの男たちがひきこまれ、会場で出会った東大の法医学研究室にいる松下研三もその1人。しかし彼が、「明日の朝来て欲しいという」という絹江からの電話をうけて翌日家に向かうと、そこには絹江のものらしきバラバラ死体が。現場となった浴室は密室状態で、しかも刺青が施されている胴体部分は持ち去られていました。研三はすぐに警視庁捜査一課で課長をしている兄の英一郎に連絡します。しかし捜査は難航。そして天才探偵・神津恭介が登場します。

江戸川乱歩が原稿を読んで惚れこみ、世に送り出したという、高木彬光氏のデビュー作です。
刺青の皮のコレクターが存在するなんて、私は全然知りませんでした。この作品でも、早川博士がかなりの刺青マニア。刺青をしている人間に、死んだ後に皮を譲ってもらう約束をとりつけるとはびっくりです。高い前金を払っても、相手が自分より早く死ぬとは限らないのに、それでも約束をとりつけずにはいられない、というのはすごいですね。作中で「ぼくはマニアだ。マニアというものは、目的のためには、手段を選ばないんだ」と数回発言していますが、本当にどこまでやるのか… 一度タガが外れてしまったら、と考えると怖いです。
密室殺人に妖艶な女性のバラバラ死体、しかし刺青目当てなのか胴が見当たらない…。猟奇殺人に刺青というのは、なんともしっくりくる組み合わせですね。それが絹江のイメージと相まって、この作品を妖艶に彩ってます。やはり名作と言われる作品は、トリックだけでなく、作品全体の雰囲気ともしっくり合っているものなのだなあと実感させられてしまいます。男性のいれている刺青はよく分からないのですが、女性の刺青は、それだけで妖艶な雰囲気を醸し出しますものね。しかも美女の背中に大蛇とは、できすぎです。

名探偵・神津恭介は、気品と英知を持つ美青年。東大医学部で稀に見る偉材と言われた彼は、19歳にして英・独・仏・露・ギリシア・ラテンの六カ国語を話し、一高時代に書いた論文はドイツの学術誌に掲載され、絶賛されたという人物。軍医として従軍し、帰ってきているのですが、しばらく身体を壊していてまだ本調子ではないようです。なかなか涼しげなカッコいい人のようで、これからの活躍がとても楽しみ。そしてワトスン役は松下研三。恭介に、事件を観察することと、材料を収集して分析することにかけては才能があると言われています。ワトスン役とは言っても、なかなかキレのあるところは見せてくれそうで、こちらの活躍も楽しみです。

「呪縛の家」角川文庫(2002年1月読了)★★★★
神津恭介と松下研三の一高時代の同級生・卜部鴻一からの依頼で、研三は鴻一の大伯父が教祖をやっている新興宗教・紅霊教の本部へ。紅霊教は、かつては一世を風靡したものの今ではすっかり没落、終戦後は信者もすっかりいない状態。教祖の卜部瞬斎は、現在広大な屋敷に孫娘3人と鴻一と一緒に暮らしています。研三は、駅から八坂村にある紅霊教の発祥の地「呪縛の家」に向かう途中、奇妙な男に出会います。何かに憑かれたようなその男は、自分はかつて教団の信者だったと語り、「今宵、汝の娘は一人、水に浮かびて殺さるべし」、そんな予言めいた言葉を研三に残すのです。そしてその予言どおり、その晩教祖の一番上の孫娘・澄子は密室状態の風呂場にて死ぬことに。それは連続殺人事件の始まりだったのです。第二の予言は「火に包まれて殺さるべし」。そしてようやく神津恭介の登場となります。

没落してなお広大な館に住み続ける新興宗教教祖。彼を中心にした新興宗教という商売、それを巡る人間のさまざまな負の感情。元信者の不気味な予言と、殺人のたびに致死量にはならない程度の毒を飲まされる人間が…と、今回もなかなかおどろおどろしい設定となっています。連続殺人も、「水」「火」「地」「風」と、紅霊教の教義をなぞったもの。いかにも本格ミステリ作品らしい様式美がありますね。
今回の犯人は、最後に確かに犯人として裁かれるんですけど、こういうこととは… 神津恭介が悔しがるのも分かります。本当に頭の良い極悪人というのは恐ろしいものですね。最後の最後まで予断を許さない展開で、緊迫感も十分。なかなか奥深いものがありますね。それにしても、今回研三は全くいい所がないです。恭介がまるで保護者のように世話をやいているのが笑えますし、何か起きるたびに大げさな反応をするのがなんとも…。何も卒倒までしなくても。
しかし2度にわたる読者への挑戦状は…。勘が悪いと頭がどうかしていると言われようとも、分からない時は分からないものです。作者にそれだけ自信があるというのは、よく分かるんですけどねえ…。(溜息)

「成吉思汗の秘密」角川文庫(2002年1月読了)★★★★
急性盲腸炎で神津恭介が入院したとの知らせに、旅行を打ち切って慌てて東大病院へと駆けつけた松下研三。幸い恭介の手術は無事済み、恭介が病院のベッドの上の生活に退屈しきっているだけでした。体は動かせなくても頭は元気という恭介に、研三はジョゼフィン・ティの「時の娘」にならって、何か日本の歴史を書き換える大発見を探してみるのはどうかと提案します。「時の娘」は、主人公のロンドン警視庁の警部が怪我入院中に暇を持て余して、リチャード三世は実は悪王どころか、大変な賢王だったということを証明してしまう話。そして研三と恭介が選んだ題材は源義経。義経が実は成吉思汗(ジンギスカン)である、という伝説は本当なのかどうか検証することになります。

神津恭介シリーズ。今回の作品は殺人事件の推理物ではなく、歴史の中の真実を探り出す歴史ミステリです。源義経が成吉思汗だったという伝説は誰でも1度は聞いたことがあるのではないかと思いますが、とても魅力的な謎ですよね。義経が衣川で死んだのが確実でなければ、そして義経の死んだとされる年から数年あいて成吉思汗の活動が始まっていれば、1人2役だったという可能性がでてくるわけです。平泉ー鎌倉の130里ほどの道程を義経の首を運ぶだけに43日間もかかったのはなぜか、源氏と成吉思汗の旗はどちらも白旗であり、成吉思汗の旗の九旒の文字は「九郎判官」を表すものではないのか、などの謎を、資料を探しながら読み解いていきます。この辺りの歴史に詳しい人には牽強付会に思えるようなことなのかもしれないのですが、それほど詳しくない私にとっては、恭介が次から次へと投げかけてくる義経と成吉思汗との思わぬ類似点にはワクワク。それに最後の最後も綺麗にまとまっていて、読み応えは十分でした。

恭介と研三はもうすぐ40になろうかという年頃で、恭介は現在東大医学部法医学教室助教授、名探偵としての名声は不動の地位にあるのですが未だに独身。対する研三は探偵作家も板につき、滋子さんという奥さんと2人暮らしのようです。そして今回登場するのは、東大文学部歴史学教室の助教授井村梅吉の助手をしている大麻鎮子。なかなかの美女で、彼女が2人の推理を手助けする役割となります。丁度訪ねていった先にいた彼女の父親が青森県出身で義経伝説を研究していた人物だなんて、とても偶然とは思えないめぐり合わせなんですが…。彼女と恭介がどうなるかというのもちょっとした見所です。

作中でも紹介されているジョゼフィン・ティの「時の娘」は私も大好きな1冊です。
歴史ミステリがお好きで、この作品が未読の方はぜひ書店で手にとってみて下さいね。ハヤカワミステリから出ています。

「白昼の死角」光文社文庫(2002年2月読了)★★★★★
太平洋戦争直後、鶴岡七郎は、東大在学中に仲間4人で太陽クラブという金融業を立ち上げます。その長となったのは、東大の同級生で、元首相・若槻礼次郎以来の天才と呼ばれる同級生・隅田光一。あとの2人も東大在学中の木島良介と九鬼善司。しかし立ち上げ当初こそ順風満帆だった事業も、光一の女癖の悪さと飲酒癖、証券取引所の再開などによって傾き始めます。そして警察による物価統制令違反の取り締まりで光一と木島が逮捕。遂には破綻をむかえることに。光一と木島を助けるためには100万円ほどの現金が必要ということで、七郎はどうせ詐欺と思われるのであれば、堂々と詐欺を働いてやろうと、法律の盲点をつく方法を考え始めます。そして第一の勝利。しかし光一は事業失敗による精神錯乱の上自殺し、光一を失った太陽クラブは解散。そして七郎はまず約束手形を利用した詐欺を計画し、「善意の第三者」を装った詐欺は、次々と勝利をおさめていきます。
作家・高木彬光が箱根芦の湯の温泉で鶴岡七郎と出会ったことから、七郎のその驚くべき犯罪歴の話を聞き、小説にしたという形態をとっています。夏木勲さん主演で映画化もされた作品。

ものすごくリアリティのある話です。鶴岡七郎というのは、本当に天才的な詐欺師。冷静を通り越して冷酷なまでに物事を計算し、計画を立て、堂々と犯罪をおかす…。相手が七郎がただの善意の人ではないことに気がついても、最早誰も手が出せないのです。同じ手は二度と使わないというの信念の元に、検事や裁判官ら法律家が六法全書と過去の判例集に全面的に頼っているというのを逆手にとって、本当に次から次へと新しい犯罪の手口が考案し、冷静に遂行していきます。この知恵と度胸には驚くしかありませんね。しかし判例や法律をここまで研究しつくす根性があるなら、進み方さえ違えば、それなりの成果をあげられる人だったでしょうに… と思ってしまったんですが。やはり普通そう思いますよね。でもきっと一度そのスリルを味わってしまうとやめられないのでしょう。
高木さんのシリーズ物の探偵・神津恭介も、一歩間違えればこのような人物になっていた可能性があるのでしょうか?でも七郎が、一見すると愚鈍にも見えるけれども、実は器の大きい人物だったというのが、神津恭介とは少し違いそうですね。神津恭介は犯罪には走らないし、女色にも興味はなさそうですが、どちらかと言えば隅田光一タイプに思えますから。
戦後まもなく金融界を騒がせた「光クラブ事件」など、ある程度実在の人物や事件をモデルにしているそうです。実際、読んでる間は実録小説としか思えないぐらいでした。鶴岡七郎という人物に会ってその話を聞いた、という設定もそれに一役買っていると思います。でもこの小説、たとえ実在のモデルがいたとしても、実際は高木さんの研究がすごかったということなんですよね。私は法律関係のことには明るくありませんが、ここまで書かれるとはすごいです。脱帽。
昭和20年代、戦後の混乱した世情を描いた小説としても楽しめます。
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