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このページは、柴田よしきさんの本の感想のページです。

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「猫探偵・正太郎の冒険I」カッパノベルス(2003年10月読了)★★★★
【愛するSへの鎮魂歌】…偶然入った本屋で「愛するSへの鎮魂歌」という作品を読んだ「私」は、それが作家から自分にあてた熱烈なメッセージだと思い込み、作家の家の隣に引越しすることに。
【正太郎とグルメな午後の事件】…出版社の企画で浅間寺竜之介と対談することになった桜川ひとみは、正太郎を連れて京都へ。正太郎とサスケは不審な車に気付きます。
【光る爪】…浮気相手の徹の背中に爪を立てて傷をつけた「あたし」は、徹の話に出てきたうずら色の雌猫の話に興味を引かれ、徹の家へ。家から出てきた猫を見て、猫の爪が光っているのに気付きます。
【正太郎と花柄死紋の冒険】…正太郎を連れて散歩中、桜川ひとみが花壇で猫の死体を発見。現場に残されたものから、ひとみは死んだ猫のダイイングメッセージだと主張。正太郎たちも調べ始めます。
【ジングルベル】…1人で過ごすクリスマスに懲りた葉月は、秋になると毎年のようにクリスマスを過ごす男を物色。しかし今年、葉月はクリスマスなどどうでもいいと思えるような男性と出会います。
【正太郎と田舎の事件】…桜川ひとみと正太郎は浅間寺竜之介に誘われて、同じく推理作家である玉村一馬の家へ。しかし一同が玉村家に着いたその日、玉村家の蔵を改造した博物館で密室殺人が。

6編が収められた短編集。副題は「猫は密室でジャンプする」。まるでリリアン・J・ブラウンのシャム猫ココのシリーズのような題名ですね。この中では、「正太郎と田舎の事件」がアンソロジーにて既読。
3作が正太郎視点、3作が人間視点で書かれており、それらが交互に配置されています。正太郎の猫探偵である必然性が感じられない作品もあるのですが、それでも正太郎と桜川ひとみを中心にした世界が広がっていくようで嬉しいです。正太郎だけでなく近所の猫たちも登場します。猫同士の付き合いから見えてくる、ちょっぴりかっこをつけた正太郎もいいのですが、人間から見た正太郎の姿もまた可愛いですね。人間視点の物語では、柴田よしきさんらしいサスペンスドラマの色合いの強い作品も。「光る爪」や「ジングルベル」に登場する女性たちは少し歪んでいて、先日読んだばかりの「猫と魚、あたしと恋」に出てくる女性たちを思い出しました。
全体的に強烈なインパクトこそないものの、どの作品もとても読みやすく面白かったです。この中では、「正太郎とグルメな午後の事件」が一番好きですね。緊迫感もあるのですが、全体的にほのぼのとしていて、出てくる食べ物も美味しそう。浅間寺竜之介とサスケのコンビも大好きです。

「R-0 Bete noire」祥伝社文庫(2004年2月読了)★★★
ハワイのマーサは日本の「リョーカミ」へ。ケイと香菜子とレイも両神山の麓で日本狼を求めてキャンプ中。上村の妻の瞳は、両神山の見える病院で遂に目覚めたものの、それまでの記憶をすっかり失っていました。そして世間では、女たちによる猟奇殺人が続いていました。そのほとんどが行きずりの情事の最中に起きた事件。しかし愛し合っているはずの婚約者、村木優子と三浦光治の間でも同様の猟奇事件が起こったのです。その裏にいたのは、松山花。花は光治の自宅に忍び込んで遺骨を盗み出し、両神山へと向かいます。

「ゆび」「0(ゼロ)」「R-0 Amour」に続く4作目。作中に「黙示録」という言葉が登場するのですが、本当にまるでヨハネの黙示録のようになってきました。私はケイのことを天使かと思っていたのですが、実は大淫婦だったのでしょうか。謎の核心にもかなり迫ってきて、次作は「R-0 C'est fini」という題名で刊行されるようです。3部作がこれで終わりとのことですが、終わるのは3部作?それともこのシリーズ自体?

「ミスティー・レイン」角川書店(2004年4月読了)★★★
京都の大学を出てそのまま就職して3年。不倫相手には振られ、会社も首になってしまった和泉茉莉緒は、鴨川の河原でのドラマの撮影を眺めている時に、モデル出身の売れない俳優・雨森海と出会います。その後、なんとなく応募した映画のエキストラの現場で海と再会。一緒にエキストラの殺人事件に巻き込まれることに。そして茉莉緒はなんとそのまま、海の所属する芸能プロダクションに就職することになってしまうのです。

女主人公の仕事と恋というモチーフで、非常に柴田よしきさんらしい作品。さすがの読みやすさで、物語はテンポよく進みます。しかし少々浅かったような気もしますね。エキストラの男子学生が殺された謎、そして茉莉緒の周囲で続く不審な出来事というミステリ的な要素もあるのですが、やはり茉莉緒自身の物語の方がメインでしょうか。この女主人公のラストの決断は、柴田作品らしいと思いつつも、個人的にはあまり好きではありませんでした。物語のラストとしてすっきりとまとまっていますが、茉莉緒にはもっと自分に素直でいて欲しかったです。…おそらく彼女自身は素直な選択だと思っていると思うのですが、私の目には到底そうは見えません。自分自身に酔ってるとしか思えないのです。後になってから後悔するのが見えるような気がしてしまうのが切ないところ。芸能プロダクションでの仕事を始めた後よりも、河原でおにぎりを食べていた頃の茉莉緒の方がずっと可愛かったようにも思えてしまいました。そして彼女の決意に取り残された人たちの気持ちはどうなるのでしょう。
ここに登場する映画「京都壊滅妖怪大戦争」は、やはり柴田さんの「炎都」の映画化でしょうか?観てみたいです!

「好きよ」双葉社(2004年4月読了)★★★
化粧品や石鹸、歯磨き粉などを作っている西脇油脂の宣伝部主任・先家董子は、流した覚えのないFAXが董子の名前で印刷屋に流されていたのを知り驚きます。悪質な嫌がらせだ、業務妨害だと憤る、部下の織部貴美。しかし董子は送り返してもらったFAX用紙の右下の隅にうっすらと小指の指紋が写っているのに気付くのです。それは董子のいる宣伝部から印刷屋にFAXされた時点でついていたもの。董子はその小指の指紋に見覚えがありました。それは董子の同期社員の津田愛果のもの。彼女はFAXを送るときに、右手の小指を紙の端にあてて紙の位置がずれないようにキープする癖があったのです。しかし愛果は2年前に自殺しており、既にこの世にはいませんでした。その遺書にはたった一言、「好きよ」という言葉だけが書かれていたのです。

「好きよ」という題名や、董子が勝昴と会えないまま別れを予感する最初のシーン、伊勢崎と出逢うシーンなどから、てっきり恋愛物なのかと思っていたのですが、実際にはまるで違いました。送った覚えのないFAXに小指の指紋が浮き上がってくる辺りから徐々にホラー色が強くなります。結局SFホラーサスペンスとでも呼べばいいのでしょうか。それとも伝奇小説なのでしょうか。「炎都」的なテイストを持つ作品。董子と勝昴、そして伊勢崎雅治の恋の行方に、瀬戸内海に浮かぶ真湯島の伝説、銀杏の木の謎、そして伊勢崎の正体や津田愛果のことなどの謎が絡んで想像もしなかった方向へと話は進んでいきます。
しかし最後まで読んでみると、その本質はやはり恋愛小説だったのかもしれないですね。自分の殻を打ち破れず、「好きよ」という一言が言えなかった愛果の想いが切ないです。

「聖なる黒夜」角川書店(2003年9月読了)★★★★★お気に入り
1995年10月。東日本連合会春日組の大幹部・韮崎誠一がホテルの一室で惨殺されているのが発見されます。どこから恨みを買っていてもおかしくない韮崎ですが、日頃は非常に用心深く、今まで何度も襲撃を受けていながらも一度も怪我らしい怪我をしたことがなかったのです。それなのに今回は入浴中、全裸で頚動脈を切り裂かれて死んでいました。考えられるのは、ごく親しい人間の犯行。しかし韮崎はバイセクシャルで男女問わず愛人が多数おり、捜査は難航。韮崎殺害を聞いて現場に駆けつけた麻生龍太郎は、捜査4課の及川純に山内練のことを知っているかと言われて戸惑います。山内練とは、4〜5年前に韮崎のそばに現れてイースト興行という会社を興し、あっという間にダントツの稼ぎ頭となった人物。麻生とは10年前にも顔を合わせたことがありました。それは1985年7月の出来事。世田谷で大学院の学生をしていた山内練は女子大生の強姦未遂で逮捕され、2年の実刑を受けていたのです。その時に山内練を取り調べたのが、まだ研修生だった麻生。10年前には気弱で泣き虫だったインテリ青年は、今やすっかり悪党となっていました。

RIKOシリーズに登場する警部・麻生龍太郎と山内練が中心に描かれている物語。10年前に麻生に逮捕されたことによって人生が狂わされた山内が、どのようにして堕ちるところまで堕ち、春日組の韮崎に拾われたか、そしてどのようにして麻生と再会したのか。これまではっきりと語られていなかった事情が、この作品で明らかになります。
大きな冤罪と小さな冤罪。各人の持つ大きな闇と小さな闇、愛、喜び、哀しみ、憎しみなど様々な心情が重層的に描かれ、それらが痛いほど伝わってきます。それぞれの人物が心の中に持つ正と負の感情がとても人間的で、表される感情の1つ1つが、それぞれの生き様に相まって非常に強い説得力を持っているようです。麻生も山内練も、麻生の先輩・及川も、麻生の恋人・槙も、その他の人物も、それぞれに心の中に危ういバランスを持っており、それが彼らの確かな存在感を感じさせます。例えば「石橋の龍」とも呼ばれる、天才肌だが慎重派の麻生。彼の堅実な部分と脆い部分のバランスは特に微妙で、たった1つの過ちがその後の彼の人生の方向を決定付けることになります。さらに、就職も内定しアメリカの大学に企業留学まで決まっていた山内を襲った突然の不運。山内の場合は、堕ちてしまった後で自分の本当の内面と向き合うことになります。2人とも、何事もなければそのまま順調な人生を送ることができたはず。しかし彼らにとってはどちらが幸せだったのでしょうか。私には、その後の山内と麻生の姿の方が幸せに見えてしまうのですが…。
ハードボイルドであり、ミステリであり、しかも恋愛小説でもある作品。ジャンル分けを越えた、非常に密度が濃く、奥の深い物語だと思います。柴田よしきさんの作品ならではの、複雑に絡まった人間関係や数々の屈折した出来事が最後に向けて解かれていき、見事に収束していきます。
そして1つの出来事でも、それを見る人物によって感じ方が変わるというのを、この作品で改めて思い知らされますね。RIKOシリーズや花咲慎一郎シリーズで描かれていたのは、1つの視点における真実であり、ここに描かれているのは、また別の視点による真実。しかしこの作品もまた1つの通過点。この時点では、まだそれほど彼の暗黒面の本質は現れていないようです。これからの彼のことも、ぜひさまざまな角度から描き続けて頂きたいものです。

P.505「愛してる者をわざと傷つけて、遠ざかるように仕向けたり、殺してしまおうとしたり… 俺には分からん」

「猫探偵・正太郎の冒険II」カッパノベルス(2003年10月読了)★★★★★
【正太郎と井戸端会議の冒険】…近頃マンションに現れる不審な男。古ぼけたアロハシャツにバミューダパンツの姿を一目見た時から、「あたし」は背中から胃の辺りに不快なものを感じていました。
【猫と桃】…就職がなかなか決まらないマスコミ志望の女子大生・ミカ。ホステスのアルバイトで知り合った、マスコミ関係にコネを持つ柳沢孝一に電話をかけ、当然のように不倫関係となるのですが…。
【正太郎と首無し人形の冒険】…凄まじい叫び声に驚いて椅子から転がり落ちた正太郎。それは下の階に住む2歳の鈴木真子の泣き声。なんと留守中に空き巣が入り、人形の頭だけ盗られたというのです。
【ナイト・スィーツ】…OLの松崎瑞穂は、同じ職場の相馬治郎に誘われて食事へ。冴えない37歳の独身男にしか見えない相馬治郎は、なんとミステリクラブ大賞の最終候補に残っているというのです。
【正太郎と冷たい方程式】(番外編)…22世紀。桜川ひとみと猫の正太郎、浅間寺竜之介と犬のサスケは、ミステリ仕立ての企画のために宇宙ステーションを訪れるのですが…。
【賢者の贈り物】…クリスマス・イブ。膝の上でぐっすり眠る正太郎を見ながら、桜川ひとみは昔のクリスマス・イブのことを思い出します。失恋したこと、そして渡すことのできなかったプレゼント。

6編が収められた短編集。この中では「正太郎と冷たい方程式」だけ既読。今回も人間視点と猫視点の作品が3作ずつという構成になっています。猫視点の作品はかっちりとしたミステリなのですが、人間視点の3作はどれも、謎がほとんど存在しない恋愛色の強いもの。しかも番外編の「正太郎と冷たい方程式」は、なんとSF作品。前回以上のバラエティ豊かな1冊となっています。ミステリ色こそ薄いものの、正太郎は相変わらず魅力的。1人称の正太郎はもちろん、猫仲間と一緒にいる正太郎、人間の目から見た正太郎など、前回以上に正太郎の色々な面が見られます。
私がこの中で好きなのは、読んでいるだけでほのぼのと心が暖まる「ナイト・スィーツ」。ここでの桜川ひとみはとても颯爽としていて素敵ですね。そして解説でイラストレーターの前田マリさんが、相馬治郎のことを「泥だらけのビー玉みたいないい男!!」と書いてらっしゃいますが、この言葉には同感。コテンパンにやられることもあるのでしょうけれど、それを踏み台にして一段と頑張って欲しいものですね。

「観覧車」祥伝社(2004年4月読了)★★★★
【観覧車】…遠藤祐介が失踪し、私立探偵の唯が遠藤の愛人・白石和美の尾行を始めて2週間。和美は毎日のようにお洒落をして八瀬遊園に行き、1人で観覧車に乗っていました。
【約束のかけら】…今回の唯の仕事は、家の近所の公園で浮気相手と待ち合わせをして、そのベンツに乗って滋賀県のラブホテルに行く神保桂子の調査。姑の登喜子からの依頼でした。
【送り火の告発】…1年前、唯の事務所に婚約者の素行調査を依頼した人気女優・相澤ミナミ。ミナミの元婚約者の弟が殺され、唯の事務所にも警察の捜査が入ることになります。
【そこにいた理由】…60歳を過ぎて恋をした蓮沼正治は、唯の報告書を元に妻と娘にお灸を据えられることになります。そして1年後、正治がまた浮気をしていると妻の多喜子が再び事務所を訪れます。
【砂の夢】…唯は川崎探偵事務所の下請けの仕事で新潟へ。17歳の美少女・菅原由紀恵が好きな人が出来た失踪し、その線で後藤啓一という名前が浮上してきたのです。
【遠い陸地】…佐渡島にわたるジェットフォイルの乗り場で貴之を見かけた唯は、河崎多美子にその調査を依頼。それと同時に今津慶子という女性からの浮気調査の依頼が入ります。
【終章、そして序章】…今津慶子の仕事の最中に唯が見たものは…。

私立探偵・下澤唯の連作短編集。
3年前、夫である下澤貴之が失踪し、なぜ夫が急にいなくなったのか理解できず、その手がかりも何もないまま、唯は夫の私立探偵事務所を1人で切り盛りしています。好きでもない探偵業をやっている理由は、夫が帰ってきた時に看板がなくなっていたら困るだろうから。その気持ちが作品の表面にも現れているようで、なんともやり切れない雰囲気が漂っていますね。「砂の夢」の中で、唯が後藤啓一に対して「静かな絶望」を感じていますが、これはそのまま唯の気持ちなのではないでしょうか。唯が探偵業を通して知ることになる登場人物たちも、それぞれに絶望感を抱いているようです。
表題作「観覧車」は柴田さんがプロとして初めて書いた作品で、この1冊の中に、それからの7年間の作家生活が凝縮されているのだそうです。私はこの表題作のみ、アンソロジー「新世紀『謎』倶楽部」にて既読。その時は、正直あまり良い印象ではなかったのですが、こうやって連作短編集として読んで、全体に漂う絶望感を感じることによって、その印象も少し変化したようです。失踪当初は、がむしゃらに探偵業を受け継ぎ、余計なことは考えずにひたすら夫を待っていた唯。しかし現実の夫の姿を一瞬垣間見ることによって、失踪という現実が具体的になってしまうのですね。それまで敢えて現実から目を逸らしていた唯ですが、夫が生きていたら自分を裏切っていないわけがないと改めて気付き、最悪の状況を考え始める姿が痛々しかったです。確かにその失踪は、決して楽観できる状況ではなさそうなのですが、それでもやはり宙ぶらりんの状態の唯のためにも、早く決着を着けて欲しいです。

「クリスマスローズの殺人」原書房(2003年12月読了)★★★★★お気に入り
Vヴィレッジ出身のフリーの私立探偵・メグは、年末の予期せぬ物入りによる経済的大ピンチから、探偵事務所を経営している同郷の知り合い・高原咲和子に電話します。メグは以前から、2〜3ヶ月に1度のペースで咲和子の事務所を手伝っていたのです。そしてまわしてもらったのは、3日間の素行調査の仕事。姫川均という依頼人が韓国に3日間出張で出ている間、妻の朝子が何をしているのか調べて欲しいという依頼でした。メグは同じくVヴィレッジ出身の売れない作家・青海太郎と共に姫川家張り込むことに。しかしその電話を切った時、同じく同郷の警察官・糸井タケルが訪れます。都内で若い女性の連続絞殺事件が発生しており、その捜査の中でメグの名前が出たというのです。3つの事件の共通点は、遺体の回りに白いクリスマスローズの花がばら撒かれていたということでした。

祥伝社文庫から出ている「Vヴィレッジの殺人」の続編。吸血鬼モノです。
連続殺人事件が起こりながらも、どこかほのぼのとした物語。やはりこの作品は、吸血鬼の設定がいいのでしょうね。ここに登場する吸血鬼たちは、伝統的な吸血鬼同様、心臓に杭を打ち込まれたり、銀の銃弾で撃たれると死にますし、日の光や十字架もかなり苦手。しかし村を出て一般人と一緒に生活することによって、昼間はなんとか起きて普通に仕事をしています。Vヴィレッジ出身であることは「高度なプライバシー」なので、一般人は何も気付かないまま吸血鬼と同じ職場にいたりするわけです。この設定に無理がないので、展開がファンタジーとなってしまわずに、現実感があるのでしょうね。その設定がないと起こり得ないことや、解決できないことも混ざっていますが、基本的にはしっかりと本格ミステリだと思います。
怪我や病気をしても、身体が勝手に復元されてしまう吸血鬼。そんな彼らの住む村には医師がおらず、自分たちの身体の構造も、今ひとつ分かってないようです。爆弾で吹き飛ばされても復元するのかなどという物騒な話を、張り込みの最中にのほほんと話していたり。そんな場面もとても楽しいのです。
やっぱりこのシリーズは大好き。ぜひとも続編を読みたいものです。
そして驚いたのは、この表紙のイラスト。なんと作家の谺健二さんによるものなのです。とても素敵です。

「猫はこたつで丸くなる」カッパノベルス(2004年2月読了)★★★★★
【正太郎ときのこの森の冒険】…S出版の糸山大吾がネイチャー誌に異動、桜川ひとみに「ねこときのこ」の短編を依頼。ひとみは浅間寺竜之介ときのこ採りに行き、官能小説家・如月睦月と出会います。
【トーマと蒼い月】…文芸編集者・山県雅美は、預かっているシャム猫のトマシーナに何度も見合いをさせようとするのですが、全て失敗。しかし今回の相手の飼い主からは、面白いミステリ話が。
【正太郎と秘密の花園の殺人】…正太郎とサスケは、孫一花壇第一園芸園へ。山県からひとみにきた、「花」がテーマのアンソロジーの企画の仕事のために、糸山が毒草園の取材をセットしたのです。
【フォロー・ミー】…O書房の荻野絵里にフラれて傷心の山県の携帯に、「あなたのあとを、いつまでもついていきます」という匿名メールが。即刻削除する山県ですが、後日何者かに後をつけられて…。
【正太郎と惜夏のスパイ大作戦】…正太郎と散歩に出た桜川ひとみは、登校拒否中の小学3年生・坂井雄太郎の缶バッチを4つ拾います。その頃、雄太郎の学校の6年生の子が誘拐されていました。
【限りなく透明に近いピンク】…結婚詐欺に二千万を巻き上げられ、思わず相手の男・桜井研二を殺し、自殺した曾我峰子。その場に残っていた遺書を巡り、山県と絵里は本当に自殺なのか議論します。
【猫はこたつで丸くなる】…東京から出張で関西に来た山県が桜川ひとみの家へ。ひとみは、恋人の大学講師が今度東京の新設大学の助教授になるため、東京に行くかどうか悩んでいました。

7編が収められた短編集。副題が「猫探偵・正太郎の冒険3」になっているのですが、カッパノベルスの前に角川書店から2冊出ているので、実質は5冊目。
前2作では、正太郎と人間の視点からの物語が交互に配置されていたのですが、今回は正太郎と、トーマことトマシーナの視点からの物語が交互となっています。正太郎は相変わらずいい味を出していますし、トーマもなかなか可愛かったです。積極的に推理する正太郎に対し、トーマは何気なく話を聞いているだけなのですが、存在感はたっぷりですね。人の言葉を理解する猫や犬たちが人間になんとか考えを伝えようとするところも、全く無理がなくていい感じ。さすが長く猫と一緒に暮らしている方だけあって、動物たちに対する視線にも愛情がたっぷりと感じられます。
今回、桜川ひとみは東京に出るかどうか迷っているようですね。丁度作者の柴田よしきさんご自身も引越しとのこと、やはり東京に出ることになるのでしょうね。浅間寺竜之介やサスケの家から遠くなってしまうのは寂しいのですが、正太郎とトーマをぜひゆっくりデートさせてあげたいです。そして今回登場する東京に住むミステリ雑誌の編集者・山県雅美が、某大手出版社に就職した先輩を思い起こさせるのが、また楽しかったです。

「蛇(ジャー)」上下 トクマノベルス(2004年5月読了)★★★
加々見舞子は、ブラザーコンプレックスが少々強いものの、京都の私立の女子大に通うごく普通の女子大生。しかし兄嫁が妊娠し、そのおなかがだんだん大きくなるにつれ、自分の家の中に居場所がなくなっていくような被害妄想に囚われていました。そして兄も兄嫁も生まれてくる赤ん坊もどこかに行ってしまえばいいと強く願ってしまうのです。そんな舞子の心を察知して現れたのは、緑色に輝く生き物。「おまえの望みをかなえてやりましょう。しかし、本当にそれでいいのですね?」と問いかけられ、舞子は深く考えないまま頷いてしまいます。しかし数日後、甥が無事誕生し、初めて見る赤ん坊の姿に感動して毎日のように産院に通うようになった舞子の目の前で、甥が看護婦によって連れ去られてしまうのです。慌てて追いかけた舞子に聞えてきたのは、「おまえの望みはこれで叶えられた」という声。そして屋上で舞子が見たのは、ほんのりと桜色をした巨大な蛇のような竜のような存在でした。

琵琶湖に住む桃色の竜と人とのファンタジー。京都を舞台にして人外の存在が登場するとあり、「炎都」を彷彿とさせますね。この作品では、その人外の存在が一部の人間にしか見えないので、それほどのスケールではありませんでしたが、しかしなかなか可愛らしい物語でした。竜の存在を媒体にして、次から次へと人が繋がり、次から次へと小さなエピソードが繋がっていくのは、まるでロールプレイングゲームのよう。このピンク色の竜の造形がなかなかいいですね。ピンク色という竜には珍しい色合いも良かったのですが、これまた竜のイメージとしては意外な、悪戯好きでお茶目な部分が可愛かったです。それにやけに帽子に拘る中西空というカメラマンも、登場した時から気になる存在。何か謎があるとは思っていましたが、まさかこういうことだったとは。彼の後日談的な部分をもう少し読みたかったです。
しかしファンタジーでありながら、環境問題に関するメッセージが非常にストレート。新聞で連載されていた作品なので、そのストレートさもある程度仕方ないかと思うのですが、それがファンタジーとしての興を少々殺いでいたようにも思います。ここまで書き込まなくても、舞子や陽一の目を通して見た過去の琵琶湖の姿だけでも十分だったのではないでしょうか。古代の琵琶湖の情景描写は本当に美しいですね。琵琶湖周辺や京都という舞台が、物語にとても生かされているのも良かったです。
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