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このページは、柴田よしきさんの本の感想のページです。

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「0(ゼロ)」祥伝社文庫(2004年2月読了)★★★
「ゆび」の事件から1年後。山本満留は、麻雀での負けを咎められたのにかっとなり、同棲中の中田啓子の顔を殴って家を飛び出します。しかしたまたま覗いた公園のトイレにあった、頭部だけが綺麗に吹き飛んだ死体を発見、そのショックからふらふらと街を彷徨うことに。その頃、刑事の佐伯美夏は、同じように頭部だけが綺麗に吹き飛んだ死体が見つかった現場で、邪悪な空気に気付きます。1年前の「ゆび」事件との関連を考える夏美。そこにまた同じような死体が見つかったという知らせが入り、美夏はそちらの現場へと駆けつけます。しかしそこには既に臭気はなく、その代わりに<彼>ではない何か別のもの、彼や自分が属している世界の独特の臭気が残っていました。

「ゆび」の続編。「ゆび」の事件は、本質的にはまだ解決していなかったのですね。「ゆび」では空中に現れる1本の指の悪戯だったのですが、今回は10からカウントダウンすると頭が吹き飛ぶというもの。人間ではない、邪悪な存在と邪悪な世界が明らかになるのですが、思わせぶりなモチーフが登場するばかりで、謎の核心にはまだまだ遠いという感じ。逆に「ゆび」の時よりも、更に謎が深まったかもしれません。ホラーの割には怖くないのですが、とにかく読みやすい作品です。

「消える密室の殺人-猫探偵正太郎上京」角川文庫(2002年2月読了)★★★★★
琵琶湖のほとりの一地方都市に住む売れないミステリ作家・桜川ひとみが、なぜか突然東京へ!猫の正太郎は、いきなりバスケットの中に突っ込まれ、一緒に新幹線に乗ることになります。東京についたひとみは早速担当の糸山大吾に正太郎を預け、彼女自身はホテル・フォーシーズンへ、正太郎は糸山の同僚である高遠みさきに連れられて、丁度撮影用の猫がたくさん集まっていた雑誌の編集部へと向かうことになります。しかしその夜、撮影が終わって帰ったはずの高畑カメラマンとアビシニアン猫のデビッドが、現在使われていないトイレの中で死んでいたのです。正太郎は、編集部にいた猫たちの助けをかりて、デビッドを殺した犯人を探しに走ります。

猫探偵正太郎シリーズ第2弾。相変わらずのユーモア・ミステリ、相変わらずのノリの良さです。前回は猫2匹と犬1匹でしたが、今回は登場する猫の数がかなり多いので、色々な猫たちの会話も沢山。前回以上に猫中心の物語となっています。この会話だけでも十分楽しめますね。普通の気軽な会話もユーモアたっぷりで良いのですが、今回はしんみりとしてしまうような会話もあり、これが作品の味となっているようです。そして今回は、前回はなかった「猫が人間に意思を伝え」ようとするシーンまで。まあ、これはあまり上手くはいかないのですが。
編集部の猫たちが大挙してS出版の社屋に走るシーンが印象的。映画にでもなったら楽しそうなシーンです。猫が主人公だからこそ、猫が死んだ本当の原因が分かるのもいいですね。ただ、同じ猫同士とは思えないくどい会話もあります。猫同士や猫好きの人には常識のことでも、本にするとなると色々と説明しなければいけないことが多くて、書きにくいのでしょうね。
ラストは人間の恋についてのちょっぴり切ない考察。物語の途中の猫の恋についての切ない話と対になっていますね。前作もそうでしたが、やっぱりひとみの結論(推理)のつけ方は好きです。これがあるからこそ、単なるバタバタした物語に終わらないのだと思います。猫好きの方はぜひ。

「淑女の休日」実業之日本社(2004年4月読了)★★★★
鮎村美生の勤める小林探偵事務所に入ったのは、都内でも人気のシティリゾートホテル、プレアリーローズ・シティリゾートのコンシエルジュをしている友人・鵜飼ゆう子から仕事の依頼。ホテルに幽霊が出るというのです。背の高いバトラー姿をした男性に無視された、しかもそのバトラーが廊下の途中で忽然と姿を消した、同じく背の高いバトラーに追加料理を注文したのに通らなかった、そのバトラーが写っているはずの写真に誰も写っていなかったなどの話がホテル側に伝わっていたのです。幽霊の噂がマスコミに嗅ぎつけられたらホテルの評判はがた落ち。実生は内密に調べ始めます。

一見何の関連性もなさそうな出来事が、次々と繋がって最後に1つの大きな出来事となるというのは、柴田さんのお得意のパターンですが、今回もその次々に繋がっていく展開がとても面白かったです。3つの幽霊騒ぎの謎は、言わば日常の謎と言ってもいいような謎。しかしそれらが思わぬ展開を見せていきます。そして今回謎以上に面白かったのが、シティリゾートホテルに泊まり歩き「ホテル浴」をする女性たちの心理。私自身はあまり丁重にされると逆に居心地が悪くなってしまいますし、同じお金を使うなら海外旅行がしたいと思ってしまうのですが、しかし彼女たちの特別扱いされたいという思いは良く分かります。そして2年ほど前からホテルに住み着いてしまった四方里子を始めとした、ホテルを巡る女性たち。確かにミステリではあるのですが、そんな女性たちを描いている作品なのですね。少し軽めなのですが、物語の世界に入りこみやすく、しかも読みやすいというのが、やはり柴田作品の一番の魅力。
鮎村美生は、どことなく若竹七海さんの書かれる私立探偵・葉村晶のようですね。さっぱりとしてとても感じの良いキャラクター。警察のキャリア・沙藤警部補とのやりとりも楽しく、露出はとても少ない割に存在感のある美杉婦警と共に、ぜひまた他の作品にも登場して欲しい存在でした。

「風精の棲む場所」原書房(2003年9月読了)★★★★お気に入り
中学の社会科教師から推理作家に転身した浅間寺竜之介は、現在は京都の北山の奥にある山村の農家を借りて、犬のサスケと暮らしています。そんな竜之介のところに、西風美夢と名乗る17歳の女の子からのファンメールが。そしてメールのやり取りをしているうちに、竜之介は彼女の住む風神村の村祭りに誘われることに。どの地図を調べても風神村は載っていないものの、「ちゃんとここにある」という美夢の言葉を信じて、竜之介はサスケと風神村へと向かいます。車を途中で預け、4時間ほど歩いてようやくたどり着いたその村は、戸数40〜50の小さな集落。半分以上の屋根が藁葺きで、竈で煮炊きをする白い煙が立ち昇っていました。それはまるで40年ほど前にタイムスリップしてしまったかのような懐かしい風景。その晩、竜之介は幻想的な奉納の舞の最後の稽古を見学することになります。しかしその舞が終わった時、たった今まで舞っていたはずの1人の女性が死んでいるのが発見され…。

風神村のノスタルジックな情景と、竜之介やサスケが繰り広げるのんびりとしたやりとりで、なんともほのぼのとした雰囲気の物語となっています。殺人事件も起こり、しかもこれは密室殺人なのですが、その事件すらもこのほのぼのとした雰囲気を壊すことはできないようです。
題名の「風精(ゼフィルス)」とは、竜之介がこの村で目撃するヒサマツミドリシジミという蝶。金緑色に輝く翅を持つこの蝶は、一般にも風の精・ゼフィルスの名前を冠されて愛されており、この風神村でも風神の遣いだと大切にされている蝶。そしてこの蝶の飛ぶ姿に重なるのが、村祭りのための舞の稽古の場面。少女たちが舞い踊る場面は、実際に蝶が空を舞うのと相まって非常に美しく、幻想的です。この場面は、まるでその場で一緒に舞を見ているような気がしました。舞手の死の真相はとても切ないものでしたが、美夢の祖父が書いたという「消えた乙女の伝説」の存在が効いていますね。
そして何ともいえない余韻があるラストが、本当に素敵。読んでいて嬉しくなってしまいました。
あまり長くない作品ですし、物語としても非常にあっさりしていると思います。もっと長くこの村の雰囲気に浸っていたかったのですが、しかしこのほのぼのとした雰囲気には、この長さが丁度良かったような気もしてきます。敢えて1アイディアなのでしょうね。ミステリとしてだけではなく、全体の雰囲気をゆっくりと楽しみたい作品です。

「ふたたびの虹」祥伝社(2003年2月読了)★★★★★お気に入り
女将が築地で仕入れてきた旬の素材で作った京風の「おばんざい」が売り物の小粋な料理屋・「ばんざい屋」。東京のオフィス街にありながらも、常連客が中心のこじんまりとした店となっています。
【聖夜の憂鬱】 ばんざい屋の十二月(Christmas Blue)…この店に来るようになって2ヶ月ほどの長崎真奈美。好物のかぼちゃの煮物が売り切れていた日、珍しく日本酒を飲むことに。しかしあまり幸せな酒ではないと女将は気付きます。クリスマスは真奈美にとって父親の命日だったのです。
【夢桜】 ばんざい屋の三月(Cherry blossom's Dream)…毎日のように店に来て、9時20分頃まで夕食を食べている塚本忠志が、珍しく8時半頃に店を出ます。どうやら誰かと会う約束をしているようなのです。しかし翌日の夕刊を読んだ女将は驚きます。その晩、塚本が殺されたというのです。
【愛で殺して】 ばんざい屋の七月(Love like Poison)…古道具屋の清水啓一と入った店で偶然話すことになったのは、作家の河田正一郎。清水は河田の本を読んでおり、河田の連れの塚本万理も加わって話は盛り上がります。ミステリの話から出た毒殺の話。しかし数日後、河田の娘が毒殺されかけ…。
【思い出ふた色】 ばんざい屋の十月(Black & White Memories)…青山で骨董品屋巡りをしていた女将と清水は、店の常連の玉川幾子に出会います。子供ができない彼女の兄夫婦が得た念願の3歳の養女が突然言い出した「パンダの茶碗」を探しに、青山のキディ・ランドに来ていたというのです。
【たんぽぽの言葉】 ばんざい屋の四月(Dandelion's Smile)…常連客の斉藤は、小学生時代の同級生・丹後美香を連れてばんざい屋へ。夫の帰りに合わせて帰宅した美香と入れ違いに入ってきたのは、警視庁の刑事をしている村山。美香が子供の頃強盗に母を殺されたと知り、村山も密かに調べます。
【ふたたびの虹】 ばんざい屋の六月、それから……(All the Colors of the Rainbow)…清水の古道具屋「かほり」を訪ねて来た上品な老婦人・糸川ナミ。彼女は谷川美鈴という女性をずっと探しており、塚本万理がその女性に出会っていたことを知ることに。ナミは清水にブローチを渡します。
【あなたといられるなら】 ばんざい屋の九月(The End of a Perfect Day)…糸川ナミと雪弥が店に来ることになり、落ち着かない女将。そんな日の営業前に、常連の坪井が顔を出します。会社の女性の好意を断ったら、逆にストーカー行為をされ始めて困っているというのです。

ばんざい屋の周辺で生まれた物語を描く連作短編集。虹の7色と同じく7つの短編となっています。京言葉が出てくるわけでもないのに、全編にしっとりした京都ならではの空気が流れており、大人のための短編集という感じ。あまり自分のことを語らない物静かな女将ですが、季節ごとのお料理と一緒に出てくる居心地の良さは、読んでいるだけで羨ましくなってしまうほどです。短編ごとに馴染みの客の周りで起きた出来事や辛い思い出などが、女将の穏やかな笑顔と共に解きほぐされていきます。そして連作短編集全体を通して、女将の背負っているという過去も徐々に表面に現れていきます。各短編ともミステリ風味は薄めで、むしろこの女将自身が一番のミステリと言えるでしょう。そして古道具屋「かほり」の主人・清水との大人の恋もゆるやかに展開。客が癒されていくうちに、普段は癒し手であるはずの女将もまた癒されることに。
物語は淡々と進み、淡々と終わるのですが、「ふたたびの虹」から「あなたといられるなら」への流れは心をうち、女将の「無理はしなくても」という言葉が心に染み入るようです。秋茄子のエピソードも、失った歳月を感じさせて切ないですね。しかし余韻を残し、これからを予感させる終わり方もとても気持ちが良く、心がじんわりと温かくなるのを実感できるような作品でした。
そして登場する料理も魅力の1つ。春の桜飯と菜の花の浅漬け、山から採ったばかりの野草… たんぽぽの根のきんぴらや、たんぽぽの葉やカラスノエンドウの天ぷら、あざみの根の糠漬け。筍と若布の焚き合わせ、手作りのさくらんぼのお酒から作ったゼリー、夏のはも、秋の松茸の土瓶蒸しと松茸ご飯、黒大豆の枝豆、山栗のおこわ、やまぼうしの実と吉野葛、冬のかぼちゃの煮物… 本当に美味しそう。そしてそれらの料理に彩を添えるのは、女将の集めた器の数々。情景が目に浮かぶようです。

P.167「清水とならば、この先の人生、少しぐらい雨が降ってもきっと、楽しく過ごして行かれるだろう。」

「R-0 Amour」祥伝社文庫(2004年2月読了)★★★
上村は未だハワイのマウイ島に滞在し、妻の瞳を捉えた闇の存在との対峙を待ち望んでいる状態。中田啓子は「ケイ」という名前で娼婦となり、奔放な快楽の世界を貪っていました。しかし彼女が苦しみや痛みを感じた時、彼女の使い魔である黒豹が現れ、ケイに苦痛を与えた人間を食い殺すのです。それと連動するかのように、世の中の妻たちは夫や恋人に失望して行きずりの情事に走り、その女たちによる猟奇事件が多発していました。夫に隠れてホテトルでバイトをしていた香菜子もその1人。常連客を殺してしまったことから、若い暴力団員と逃亡した香菜子の元に現れたのはケイ。全てを失った香菜子は、ケイに付いて行くことに。

「ゆび」「0(ゼロ)」の続編。新たに始まる3部作の1作目とのこと。前回は頭部だけが綺麗に吹き飛ぶという事件が中心でしたが、今回はカウントダウンと同時進行で、性欲が高まり、見知らぬ男たちに走った女たちの狂態が描かれます。しかし結婚しても子供がいても1人の女として認めてもらいたいという気持ちは良く分かりますが、その思いは本当に、この作品に出てくる女性たちのように「性欲」に直結するものなのでしょうか…?
まだまだ謎は深いのですが、しかし徐々に核心に近づいている予感。

「猫と魚、あたしと恋」イースト・プレス(2003年10月読了)★★★
【トム・ソーヤの夏】…現在36歳、夫と2人の子供と夫の母親と暮らす雛子は、パート先の社員と不倫中。そんな時、小学校からの友達・澄子が殺されて… 雛子は澄子も不倫中だったと聞き驚きます。
【やすらぎの瞬間】…叶恵の勤めるブティックに、万引き常習犯の女性が。叶恵と同僚の有子が気をつけていたにも関わらず、彼女が帰った後、マネキンのつけていたネックレスがなくなっていました。
【深海魚】…勝久に一方的に別れ話を持ち出されて以来、いわゆるストーカーと化した香子。ただ、声が聞きたいだけなのに、勝久は電話を無視。香子は大切な権利が奪われたように感じます。
【どろぼう猫】…「私」がふと立ち寄ったコンビニで再会したのは、中学時代の同級生の川井美樹。冴えなかった彼女は、見違えるように綺麗になっていました。数日後、マンションの郵便受けの中に生まれたばかりの仔猫が入っているのに気づいた「私」は困ってしまい、やむなく美樹に電話することに。
【花のゆりかご】…結婚して京都のマンションに住み始めた亜矢子は、ベランダから見える民家の裏庭がお気に入り。様々な鉢植えの草花が育てられ、花が咲く時に表玄関へと移されていたのです。
【誰かに似た人】…銀座でチーママをしているミル子は、店の客・島津と愛人関係。しかし島津の上着のポケットから、ミル子そっくりの女性の写真が。ミル子は初めて激しい嫉妬を感じることに。
【切り取られた笑顔】…幸せいっぱいの生活を送っていたはずの奈美は、友達にすすめられて始めたインターネットに夢中になり、ホームページを開設。いろんな人の相談に答えるようになります。しかし、ある時舞い込んできた不倫の相談が彼女の人生を狂わせることに。
【化粧】…12歳年上の男とのごく平凡な結婚生活。しかし夫の母親が家に転がり来て、生活が一変。夫の茂之は三男。莢子が毎日のように夫に愚痴をぶつけるうちに、夫婦の間はどんどん冷えていき…。
【CHAIN LOVING】…睡眠障害のケーナは失業中。新宿のクラブに勤めるミサキと毎日のおしゃべりを楽しみ、空想の中でケーキ屋のバイト・健二との恋を楽しみます。しかしある日ミサキが失踪し…。

9編の入った短編集。あとがきに「この作品集の中の女性は、みんな少しずつ壊れています」とある通り、登場するのは、どこか歪んだ女性ばかり。全部ではなくても、どこか自分を映しているようで、歪んだ部分を目の当たりにさせられるのが、なかなか怖かったです。それでも皆、表面上はごく普通に、壊れている部分など毛ほど見せずに暮らしているのですね。確かに現代社会で、まるで壊れた部分のない女性などいないのかも。ごく普通に見えるあの人もあの人も、実は奥底には歪んだものを隠していて…?などと考えてしまうのも結構怖いです。この中で私が好きだったのは、「誰かに似た人」。普段は、島津に妻や娘がいることを割り切って考えて特に嫉妬など感じないミル子の、でも許せない部分というのがとても分かる気がしますし、オチもいいですね。単純な島津の存在がなんだか可愛かったです。
「どろぼう猫」は「紅迷宮」で、「切り取られた笑顔」は「不条理な殺人」で、「化粧」は「蜜の眠り」で既読。

「Close to You」文藝春秋(2004年4月読了)★★★
草薙雄大は、会社の派閥抗争に破れて失業。雄大よりも給与の高い編集者の妻・鮎美のおかげで生活には困らないものの、毎日のように職安通い。すっかり酒量が増えてしまいます。そしてある夜、酔って酒を買いに行った雄大は、オヤジ狩りに遭うことに。酒のせいで何も覚えていないものの、体中は痣だらけ。そんな雄大に鮎美が言ったのは、「専業主夫になって、家庭を守って欲しい」という言葉でした。鮎美の言葉に反発するものの、なかなか次の仕事が見つからない雄大は、それまで関心のなかったマンションの住人と徐々に係わり合いを持つようになります。

直接的な会話を交わしたわけでもないのに、自分たちの嗜好や行動がマンションの住人に筒抜けというのは、非常に怖い状態ですね。ほんの少しの言葉の行き違いなどから、大事へと発展するというのも良く分かります。色々な人間が同じ建物の中に住んでいるわけですから、同じことが起きても、同じ言葉を聞いても、そこから出て来る反応は様々。
小さな出来事の積み重ねである物語前半と、一気に展開する後半の繋がりがややぎこちなく、しかも事件同士の繋がりが少々突飛に思えたりもしたのですが、しかし最終的に事件を通して雄大が得たことが大きかったですね。結婚生活に対しても、マンションでの生活に対しても、揉め事さえ起きなければいい、迷惑をかけさえしなければいいという態度は、やはり人間同士の交流とは違います。そこから一歩踏み出すことによって、良いことも悪いことも、以前とは比べ物にならないほど増えるはず。「仕事が忙しい」ということが、あらゆることの免罪符となってしまうのは良く分かるのですが、やはりそれは一種の甘えなのでしょう。マンション生活だけでなく、様々なことに通じそうなテーマです。
ただ、雄大を腹立たしく思う人間は多いかもしれませんが、マンションに暮らしている以上、そういう人間もいるというのは良く分かっているはず。分譲と賃貸に関しては、まるで別の世界と割り切っている住人も多いのではないでしょうか。少なくともそこで雄大に対して具体的な行動を取ってしまえば、その時点で自分もまた、軽蔑する人間と同じレベルになってしまうと思うのですが。
後半の一気に畳み掛ける展開はさすが柴田作品。読後感はとても良かったです。

「Vヴィレッジの殺人」祥伝社文庫(2002年12月読了)★★★★★お気に入り
山梨県自治郡V村。八ヶ岳山麓の山襞にあるこの村は、政府からも認められているヴァンパイアたちのための村。しかしヴァンパイアに血を吸われると、5割の確率でヴァンパイアになれる、もし失敗しても苦しまずに死ねるとあり、自殺志願者や永遠の命を求める者たちの無断侵入が後を絶たない状態。このV村出身の私立探偵・メグは、息子を取り戻して欲しいという依頼を受けて、3年ぶりに故郷の村へと向かいます。その息子の名前は本城景紀。年齢20歳。すこぶる美形。ニュースで身元不明の遺体が出たと知り見に行くのですが、その遺体は、ヴァンパイアにはまず触ることのできないクロスで串刺しにされてよって殺されていました。しかも遺体があった場所は、普通の人間が入ればすぐさま吸血コウモリに襲われる廟の中だったのです。クロスに刺されて、遺体は風化して灰に、来ていた衣類もボロ布同然となってしまっていました。

これは面白いですね!確かに吸血鬼物ではあるのですが、吸血鬼のオドロオドロした部分はまるでなく、コメディタッチの楽しい作品。その中に不可能と思われる殺人事件が起きており、きっちりとミステリ仕立てになっています。吸血鬼にしか入れない場所で、吸血鬼には絶対に出来ない方法で行われた殺人。実際のトリックはそれほど難しくないのですが、それでもやはり楽しませてくれます。
吸血鬼を巡る、細かい設定も面白いですね。吸血鬼なので当然夜行性。昼間は寝ていて夜起きるのですが、人間にとっての徹夜が「徹昼」となります。メグのように外の世界に10年も暮らしていればニンニクも食べれるようになるのですが、村の餃子屋金銀の餃子は当然のようにニンニク抜き。しかも最近は肉の代わりに血の量が多くなったともっぱらの評判。皆毎日のように村特産のトマトジュースを飲んでいますし、村の一番の収入源もこのトマトジュース。(一応)寿命が長いので時間にしばられるのが苦手。働くのも嫌いな怠惰者揃い。その割に、廟を守っている吸血コウモリは、バイオテクノロジーで作られた生物兵器なのですが…(笑)
新しい趣向の作品は、どうしても説明に枚数をとられがちですが、その説明すらも楽しく読んでしまいました。ぜひともシリーズ化して欲しい作品です。

「残響」新潮社(2004年4月読了)★★★★
【呟き】…ジャズクラブで歌っている鳥居杏子を訪ねてきたのは、元夫の石神力也。杏子は石神に連れられて警視庁に行き、捜査一課の殺人事件の捜査に協力することになります。杏子は、その場所に残っている過去の音、残響のような物を聞き取ることができるのです。
【来なかった、明日】…杏子に入ってきたのは、神戸のクラブのオープニングパーティでの仕事。東海林拓也と共に神戸に向かう杏子ですが、仕事の後、何者かに拉致されることに。
【薔薇の刻印】…東海林の紹介で、東京でも名の通った一流クラブでの仕事が舞い込んだ杏子。ある日の帰り道に偶然出会ったのは、杏子の力を初めて捜査に使った九条警部でした。
【気泡】…杏子の元に、美松巧一と名乗るフリーのルポライターからの、しつこい取材依頼が入ります。しかも、葵咲枝と食事をしたレストランに残っていたのは美松の声で…。
【残響】…松井美奈はヒモ状態の植島佑二と喧嘩別れ。しかしその晩佑二が殺されたことから、美奈に容疑がかかります。美奈が怪しいと言った理香は、毎晩のように悪夢に苦しめられることに。

その場所に残っている音を聞き取る力を持つ杏子の連作短編集。彼女のこの力は、石神との結婚生活の間のドメスティック・バイオレンスによって発生した能力。能力自体は、若竹七海さんの「製造迷夢」の井伏美潮の能力と似ているのですが、石神の暴力を恐れるあまりに、生じた能力という設定が珍しいし面白いところですね。最初は石神と一緒にいる時にしか使えなかったこの力は、杏子の心が少しずつ強くなり、石神の呪縛が薄まるにつれて、徐々に1人でも使えるようになります。しかしその場に残った物音を聞き取れるとは言っても、それは全体のごく一部。いわば、京極夏彦氏の妖怪シリーズで榎木津礼次郎が、ある一場面だけを見ることのできる能力のようなもの。解釈次第で、また違う面が見えてきてしまうのです。なかなか扱いが難しい能力なのですが、しかしその力を利用しようという人間は集まってきてしまうのですね。
特殊な能力を通して、杏子の葛藤とトラウマからの脱却という成長が描かれ、ジャズの雰囲気も相まって、しっとりとした作品となっています。登場人物もそれぞれに個性的で、続編も読みたくなるような作品。しかしこの作品に限っては、このままにして欲しい気がしますね。元々不幸に慣れてしまっている上、この能力のせいでさらに傷ついた杏子の姿が切な過ぎて、このままそっとして置いて欲しくなってしまうのです。しかし印象の悪かった人物が意外な面を見せてくれるなど、読後感は爽やかでした。
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