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このページは、柴田よしきさんの本の感想のページです。

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「ラスト・レース 1986冬物語」文春文庫(2003年9月読了)★★★
社内恋愛に破れ、しかもそのことが社内中に広まり、居場所がなくなってしまった海道秋穂。その日も不運続きで、厄払いをしたくなった秋穂は、会社を出ると銀座の方に歩き出します。そしてふと入ったのは、4丁目の角にある宝石店。そこでは女子大生らしき女性客が、中年の男性に高価なオパールの指輪を買わせていました。しかしその2人の客が帰った後、秋穂はガラスケースの上に赤い宝石が入った指輪が置き忘れられているのに気がつくのです。2人の姿が戻って来ず、警備員も店員もいないのを確かめた秋穂は、その指輪をこっそり持って帰ることに。ちょっとしたツキが戻ってきたと喜ぶ秋穂。しかしその晩、部屋に強盗が入り、秋穂はレイプされてしまうのです。しかも翌朝、秋穂は自分が人違いされていたらしいことに気づき…。

1986年、バブル期が始まった頃の物語。
恋人にフラれ、しかも社内の女子社員たちのの噂の的になってしまった主人公が、いきなりレイプされてしまうとは、相当ハードな展開になるかとも思ったのですが、なかなかどうして、意外と軽いタッチの楽しい作品でした。秋穂を襲わせた本当の黒幕は一体誰なのか、などミステリの謎解きもあるのですが、それよりも平凡で地味なOLだった秋穂の意識改革的な部分が面白かったです。最初は特に強い女性ではなかった秋穂も、心を自由に開放することによって、したたかに魅力的になっていきます。
秋穂が持ち帰ったガーネットの指輪は、やはりラッキースターだったのでしょう。最後のレースが終わると共に、秋穂自身のレースも一旦ゴールを迎えることができそうですね。しかし重役令嬢との結婚話が進むとあっさり恋人を捨てる西島、妻と生まれたばかりの赤ん坊がいながらも、誰かがいないとさびしくて仕方のない川瀬、恋がしたくて仕方なかっただけの秋穂… バブル期の東京という華やかで空虚な背景にとてもよく似合っている恋物語でした。

「遥都-渾沌出現」徳間ノベルス(2002年3月読了)★★★★
テニアン島がビシマによって京都の上空の浮島となってから数ヶ月後。京都は2度の大災害を経て、人口が5万人にも満たないゴーストタウンとなっていました。現在は特別管理地域に指定され、危機管理委員会の許可証がなければ、外部からは入れない状態。そして危機管理委員会は、京都をある種の要塞都市に作り変えようと、市内のいたるところに避難用のシェルターを作り始めていたのです。この建設業務を一手に引き受けていたのは、一民間企業であるアム開発。木梨香流は、危機管理委員会とアム開発の両方に「黒き神々」の復活をたくらむ神官たちの影を感じて不安になっていました。しかし美枝が危機管理委員会に連れ去られ、不安になった四郎が香流と真行寺君之に相談に訪れた時、彼ら3人はなんと部屋ごと時の狭間に封じ込められてしまうことに。一方、17歳でアトランティス大陸を発見したという論文を発表した早熟な天才・佐久間浩太博士の残した秘密の地図を狙い、危機管理委員会の人間が動き始めていました。佐久間の恋人だった真知は、遂に彼の残した地図を見つけ出します。

「炎都」「禍都」に続くシリーズの第3弾。真行寺君之をめぐる紅姫と木梨香流の三角関係に始まった物語は、どんどんスケールアップし、京都の物語から地球規模へ、そして宇宙規模の話となっています。この話はこの先一体どこまで大きくなってしまうのでしょう。「禍都」でも既に壮大すぎるほど壮大だったのに、広げた風呂敷が再び畳めるのか、読んでいて心配になってしまうほど。しかしこのスケールの大きさが妙に快感。やはり面白いです。アトランティス大陸の話など、そこらの歴史物ミステリなど比べ物にならないほど下調べが必要になりそうなのに、調べただけ全部100%を使うのではなく、さらっと物語の1要素として使ってしまっているというところが、またなんとも贅沢に感じられます。しかしここまでくると、「炎都」の頃は平和だったのだなあと思ってしまいますね。
従来の登場人物の他にも、この作品で多くの新しい人物が登場、それらの人間の視点から物語が交互に語られていくので、さらに多角的多重的に、そしてテンポ良く読むことができます。一応の主人公と思われる木梨香流と真行寺君之はどうも影が薄く、むしろヤモリの珠星や天狗の三善が大活躍です。

「Miss You」文春文庫(2003年9月読了)★★★★★
東大出身で、現在は文潮社の小説フロンティアの編集者をしている江口有美。現在26歳で、大学時代から大ファンだった作家・香川浩三の担当をするなど編集者という仕事は充実、恋人でCGデザイナーの間宮丈にはプロポーズされ、順風満帆の時を迎えていました。しかし先輩編集者の竹田沙恵が何者かに殺され、それをきっかけにしたかのように、有美自身も嫌がらせを受け始めます。地下鉄の階段から突き落とされ、丈の元に、有美そっくりの女性が出演するアダルトビデオが送りつけられ。走ってきた車の前に突き飛ばされ…。恨まれる心当たりなど全くない有美は、沙恵が殺されたのも自分に対する嫌がらせに関連するのではないかと考え、懇意にしている小説家・浅見清子に紹介された探偵の桐山建造に相談することに。

まず、編集者が主人公ということで、出版社や作家の舞台裏が覗けるのも楽しいところ。全部が全部真実というわけではないのでしょうけれど、しかし根回しや駆け引きの場面など、真実味があってとても興味深いですね。
竹田沙恵が殺された真相や有美に対する嫌がらせの原因、果たしてその2つには関連があるのか、そして伊佐木芳郎が書けなくなった理由や、失踪した香川浩三の妻の真相、2人の新人作家・新田恒星と佐久間透の関係の謎、新田とその担当編集者・吉崎奈美のことなど、個性的な面々がそれぞれに謎を持っており、次から次へと何かしら出来事が起きていきます。物語全体にも柴田さんらしい勢いがあり、一気に読んでしまいました。ミステリであり、サスペンスであり、恋愛小説であり、そして成長小説でもあり。そして作家という存在の一端を知ることができる作品でした。とても面白かったです。でも有美の婚約者の丈は、少々影が薄いですね。有美の視線を通すと、佐久間透の方が余程魅力的に感じられました。
文潮社は新潮社、談論社が講談社、丸川書房は早川書房でしょうか?途中で猫探偵正太郎シリーズの桜川ひとみの名前も登場します。

「ゆび」祥伝社文庫(2002年12月読了)★★★★
ある日忽然と現れた「指」。それは自殺を迷う人間の乗るエレベータのRのボタンを押し、浮気していた恋人の車の中に向けた消火器のノズルを押し、駅の階段を下りる老婆の背中を押して老婆を突き落とし、信号の押しボタンや非常ベルのボタンを押し、電車に乗る人々の目を突き…。そして起きる大量殺人。リストラになったばかりの上村は何度もその指を目撃し、新聞記者の旭らもその指の存在を知り、それぞれになんとかその指の暴走を止めようとするのですが…。

「ワンタッチ」という言葉がある通り、日常生活の中には指1本で出来ることが本当に多いのだということを、改めて思い知らされてしまいます。たった1本の指にこれほどのことが出来るとは。しかし確かに何でもできるのです。極端な話、いくらプロテクトされてはいても、核爆弾のボタンですら指1本で押せるのですから。なんとはなしに、小松左京氏の「復活の日」を思い出してしまいました。米ソどちらかが発射をすれば、相手国もまた、それを迎撃するために発射ボタンが自動的に押され、地球は確実に死の惑星になる…
確かにボタンというのは見ると押したくなるものです。普段なら理性がそれを抑えていますが、どうしても指先がうずうずしてしまうこともあります。指というのは本当に、考えれば考えるほど不思議な部分。時に独自の意思を持っているように動き、指の持ち主が思ってもみないことをやろうとしたりします。しかし指のどこに理性を期待すればいいのでしょう。やはり指というパーツという、目の付け所が上手いですね。
この「指」の存在によって、日常生活で日々享受している便利さが、見事に反転することになります。始めのうちこそ、悩む人の背中を押す程度のことしかしていなかった指ですが、無邪気な悪戯気分の時ならまだしも、この指が明確な悪意を持った時… 物語の展開からは目が離せなくなります。

「象牙色の眠り」文春文庫(2003年12月読了)★★★
夫の借金返済のため、洛東エレクトロニクスの元会長である原元永の家で通いの家政婦を始めた工藤瑞恵。夫の知人が借金で自己破産し、その負債を全て保証人である夫がかぶることになってしまったのです。当主の原元永は既に亡くなっており、現在屋敷に住んでいるのは、まだ35歳だという美しい未亡人・愛美とその連れ子の祥、元永と前妻との間に出来たかおりと裕次の姉弟の4人。家政婦はベテランの鈴木玉江と瑞恵の2人。原家の面々は一生働かなくても生きていけるだけの資産を持ち、かおりだけが小さな編集プロダクションの専属スタイリストをして普通に働いていました。しかしそのかおりが、2週間ほど前、深夜の帰宅途中に自宅近くでひき逃げに遭います。身体は無事だったものの、意識が戻らず入院中。そんなある日、裕次が突然裏庭で灯油をかぶって焼死します。

瑞恵の夫の明には愛人がおり、原家の顧問弁護士・椚沢幸彦は瑞恵の昔の恋人。それだけでもかなりどろどろとした人間関係が展開されるのが予想できるのですが、先輩家政婦の鈴木玉江にも何やら訳ありの過去がありそうな様相。そして原家の家族の中にも…。これならいっそのこと、もっと人物を書き込み、思い切った泥沼の世界を作り上げても良かったのではないでしょうか。しかし、感情移入ができるような登場人物がまるでいなかったのが少々残念ではあったのですが、それは逆に誰が犯人だったとしてもおかしくないという並列的な状態を作り上げており、ある意味とても効果的だったかもしれませんね。それにたとえ感情移入できるような登場人物はいなくても、一旦読み始めたら止まらないのは、やはり柴田さんの文章ならでは。一気に読みきってしまいました。そしてこのラストは… 嫌いではないのですが、非常に薄ら寒かったです。

「星の海を君と泳ごう 時の鐘を君と鳴らそう」アスキー(2003年10月読了)★★★★
【星の海を泳ごう】…中央銀河市で出版社に勤務することを目指して、銀河総合大学に通うララ・ウィルコックス。しかし高度な授業についていけずに必須単位を3つも落としてしまい、高額な学費と生活費のことを考えて頭を痛めていました。そんな時、親友のタニヤに紹介されたのは、テレビ局のドキュメンタリー番組のアルバイト。破格のアルバイト料につられて、ララはそのアルバイトを引き受けることに。ララと一緒にバイトをすることになったのは8人。ララは、銀河連邦中でその名が知れ渡っている地球出身の天才少年・ウンヨン・キムと組むことになります。
【時の鐘を君と鳴らそう】…「星の海を泳ごう」の20年後。ララは念願の銀河中央出版局で編集者として順調に進んでいました。ララの夢は、伝説の詩人・ノダの謎をとくこと、そして銀河連邦に点在するノダの詩を集めて詩集を出版すること。しかしララ自身のミスにより、編集セクションのないベース8のカリオン・シティ支社に左遷されてしまいます。慣れないベース8での生活が始まってまもなく、ララは大統領候補・ウンヨン・キムがカリオン・シティに来ることを知り、その演説会に行くことに。

「星の海を泳ごう」と「時の鐘を君と鳴らそう」の2つの物語から構成されています。「星の海を泳ごう」は、天才少年ウィリーと知り合った少々落ちこぼれのララが、冒険を通して成長するという物語。理想の天地・アバロンが大きな要素となっています。「時の鐘を鳴らそう」は、その20年後の物語。こちらの物語の土台となっているのは、テラ系とガウリア系の反目。この2つの物語には銀河系中の様々な知的生物が登場しますし、SFとして非常に複雑な設定になっているはずなのですが、さらりと分かりやすく書かれているのが凄いですね。伝説の詩人・ノダや古代地球についての記述を読むと、どうやら「RED RAIN」からの流れを汲む物語のようです。こういうところで意外な繋がりを見つけられるのも、同じ作家さんの作品を読み続ける醍醐味の1つですね。
子供の頃のウィリーも、頭でっかちなのに背伸びして突っ張っている所が可愛かったのですが、大人のウィリーもいいですね。いたずら好きだった少年らしさがいい感じで残っていて魅力的。結末こそ、私が望んでいたものとは違っていたので少々残念だったのですが、今後のウィリーのことはもちろん、タイヨーの動向も気になります。ノダの謎のこともありますし、アバロンに関しても決着はついていないはず。ぜひ続きが読みたいです。
巻末には、西澤保彦さんとSFオンラインプロデューサーの坂口哲也氏との座談会の様子が収録されています。熱いSF論が繰り広げられるので、SF好きな方は必見かも。私は「さまよえるオランダ人」と聞くとまず「時をかける少女」を思い出すのですが、柴田さんによるあとがきに「理想の男性はケン・ソゴル」とあったのには驚きました。柴田さんが書いてらっしゃる「タイムトラベラー」は、NHKの少年ドラマシリーズで1972年から放映されていた番組。私もこれがとても見てみたいのですが、既にNHKにも映像が残っていないようです。子供の頃、ドラマの主役の女の子の写真が表紙になった続編が家にあったので、色々な撮影裏話を読んだ覚えはあるのですが…。

「貴船菊の白」新潮文庫(2004年2月読了)★★★★
【貴船菊の白】…妻が癌で亡くなり、刑事を辞職した「私」。久しぶりに紅葉の名所、高雄の神護寺を訪れます。そこで出会ったのは、捜査一課の刑事となった年に手がけた殺人事件の犯人の妻でした。
【銀の孔雀】…店のウィンドウに飾られていた銀色の孔雀のブローチを見て驚く志保美。それは志保美が義母に盗難の疑いをかけられ、野田昭夫と離婚するきっかけとなったブローチでした。
【七月の喧噪】…祇園祭の宵々山の夜、夫の晴雄との仲が冷え切った亜子の元を、弁護士をしている親友・真理子が訪れます。真理子が同伴したのは、地方紙の社会部記者を経て現在は作家の相川保。
【送り火が消えるまで】…大文字の夜に殺されていたのは、中学生教師の工藤政彦。彼は婚約者のいる日下部秋子に言い寄り、巧妙な嫌がらせをしながらも、実はその妹の春美ともつきあっていました。
【一夜飾りの町】…年下の男に遊ばれていたことに気付いた祥子は、衝動的に東京発京都行きのドリーム号に乗ることに。大晦日でバスは満席。キャンセル待ちの祥子は、石川という男と知り合います。
【躑躅幻想】…小説の新人賞を受賞して作家となった「わたし」は、30万円の賞金で京都へ。ホテルの窓から外を眺めた時、「わたし」の目にとまったのは仔犬を探しているらしい少年の姿でした。
【幸せの方角】…吉田神社の節分祭に出かけた作家の沙羅草原は、12年ぶりの元編集者の川立とばったり出会い、そのまま飲みに行くことに。お互いの苦しかった時の思い出を語り合います。

京都の町を舞台にした7つの物語が収められた短編集。
「貴船菊の白」たとえ法律では罰せられなくても、心は常に罰せられていたのでしょうね。哀しいです。「銀の孔雀」まさに京女ですね。そして志保美もまた、既に立派な京女となっていたのですね。「七月の喧噪」背筋がゾクリとするような感覚。長年求めていた男と結婚しても、亜子にとっては、それこそが一番の罰だったのかも。「送り火の消えるまで」表面上はストーカー事件。しかしその裏にあるものは…。「一夜飾りの町」一夜飾りを嫌うという風習は聞いたことがなかったので、祥子とは逆の意味でとても新鮮でした。本当に所変われば習慣も変わるものですね。年越しの風情が心地よい作品。「躑躅幻想」満開の躑躅の色合いが鮮やかな1編。これまで女性の話が続いてきたので、これもてっきり女性かと…。仄かな官能とラストのひねりがいいですね。「幸せの方角」ラストはある程度予想できるものの、それでも私にとっては一番の「幸せの方角」となったラストでした。
それぞれに季節感も色合いもとても豊か。歴史のある街の重みや登場人物たちの心の影と相まって、そのしっとりとした美しさがより一層際立つような気がしました。

「桜さがし」集英社(2003年3月読了)★★★★★
【一夜だけ】…成瀬歌義、田津波綾、安枝陽介、大河内まり恵の4人は、中学の時の社会科教師・浅間寺竜之介の家へ。竜之介は5年前に推理小説の新人賞をとり、作家に転身していました。毎年開いていた新聞部の同窓会も、それぞれ社会人となったこともあり、今年は3年ぶり。4人は途中で、脱輪して立ち往生している車と行き会い、その車の夫婦も一緒に浅間寺家での夕食となります。
【桜さがし】…まり恵と綾は、早咲きのしだれ桜を見に円山公園へ。2人は偶然ぶつかった女性に、京都でしだれ桜といえば円山公園かと念を押された上で、桜の開花時期について尋ねられます。
【夏の鬼】…節分祭で有名な吉田神社へ、だるまさん入りのおみくじを引きに来た綾。半年前、後輩の市ノ瀬裕太に誘われて節分祭に行った時に寄った飲み屋の女将にその話を聞いていたのです。
【片想いの猫】…陽介と夏美は、九条の東寺に立つ「弘法さん」と呼ばれる市へ。学生時代には恋人同士だった2人。しかし再会した時、夏美は上司の妻だったのです。
【梅香の記憶】…2月の梅園で歌義とまり恵が見かけたのは、スーパーモデル・鈴原美々。どうやら竜之介とホテルで会っていたらしいと、まり恵は彼女の後をつけようとするのですが、見失います。
【翔べない鳥】…空を飛べるペンギンはいるのかと歌義が綾に電話をした直後、歌義は何者かに殴られて入院。犯人は、歌義がバイトをしている弁護士事務所で扱っている民事事件の当事者でした。
【思い出の時効】…間もなく京都を離れて北海道に行く綾は、まり恵と一緒に京都を散策。綾はずっと京都に住んでいるにも関わらず、ほとんど観光地を見たことがなかったのです。
【金色の花びら】…竜之介のところに現れた歌義。司法試験の最終の合格発表を前に、まり恵に別れを切り出されたのです。食事をしながら歌義がしたのは、金色の花の話。

猫探偵正太郎シリーズにも登場する推理作家・浅間寺竜之介と犬のサスケも登場する連作短編集。
中学の新聞部の頃に仲間だった4人が主人公となり、様々な場面が描かれていきます。中学を卒業してから9年、10代の頃の想いをひきずりながらも、今はそれぞれに自分の道を模索している4人。司法試験になかなか受からずに苛立つ歌義。そんな歌義に息が詰まり、同じ会社の会社の男性と付き合い始めた、まり恵。中学時代の陽介への想いを引きずっている綾。学生時代の恋人と再会し、不倫をしている陽介。そして4人を見守る元教師の竜之介。
ぞれぞれの短編にはそれぞれミステリ仕立てとはなっているのですが、4人の恋愛模様や心象風景の方がメインとなっているように思えます。4人がそれぞれに抱く痛く切ない想いが淡々と綴られ、ほろ苦い想いが、それが季節ごとの京都の風物によって柔らかく染め上げられているという印象。私がこの中で特に好きなのは、「夏の鬼」と「片想いの猫」。この作品を読んでいると、京都を散策したくなってしまいますね。京都御苑の緑の桜や、九条の東寺の「弘法さん」、吉田神社のだるまさんに入ったおみくじなど、それぞれの場面が鮮やかに印象に残ります。
ただ、全体のふんわりとした雰囲気に比べ、ミステリ部分が血生臭かったのが気になりました。もっと彼ら自身の生活の中の日常の謎が中心となった方が、全体の雰囲気にしっくり馴染んだのではないかと思うのですが…。それでもやはり、しっとりとした風情が魅力。1つの青春物語として読みたい1冊です。

「フォー・ユア・プレジャー」講談社文庫(2003年8月読了)★★★★★お気に入り
新宿2丁目の古いビルで小さな無認可保育所を営むハナちゃんこと花咲慎一郎。にこにこ保育園の仕事1本に絞りたいとは思うものの、山内に借りた4000万円の借金の月々の返済のために、相変わらず城島城島の事務所からの探偵の仕事を受ける日々。今回の仕事は、高瀬晴奈という女性が1ヶ月ほど前にナンパされて寝た、見ず知らずの男性を見つけて欲しいというもの。胸にアゲハの彫り物があるという話から、その男性は新宿では新顔のヤクの売人らしいことが判明します。しかしそんな時、四谷のはずれで小ぢんまりとした地中海料理のカウンターキッチンを開いている花咲の恋人・佐々里理沙が行方不明になってしまうのです。前夜の電話で様子がおかしかったのを心配した花咲が、翌朝になって理沙の家に向かうと、そこには理沙の姿はありませんでした。理沙の妹・塚本美貴子から、理沙の車が美貴子の家のすぐそばの路上にロックもかけずに止めっ放しになっており、バッグと携帯電話が車に残っているという電話があり、花咲はすぐに美貴子に会いに行くことに。そして美貴子に付きまとうストーカーの線から、理沙の行方を辿ろうとします。

にこにこ保育園の園長にして、裏では探偵業もこなす花咲慎一郎のシリーズ第2弾。
相変わらずの2足の草鞋状態のハナちゃん。今回も前回同様次々に起こる出来事が思わぬ繋がりを見せて収束していくというパターンですが、今回は24時間というタイムリミットが切られることもあり、前回以上のハラハラドキドキの展開となります。奈美の所で眠らされてしまった時は、どうなることかと思いましたが、しかしほっとしました。物語のラストはとても明るくて暖かく、読んでいて気持ちよい作品ですね。美貴子にしても、高梨敬太郎と娘のみゆきにしても、こういう風に収まってくれて本当に良かったです。子育てのことに関しても、赤ちゃんを産みさえすれば後は母性本能が解決してくれるというのは単なる幻想に過ぎない思っているので、柴田さんのはっきりした文章を読んでいると、嬉しくなってしまいます。
しかし、RIKOシリーズにも登場する経済ヤクザの山内練は、何やら徐々に良い人となっているような気が…。極悪非道な春日組幹部・韮崎誠一の元愛人をして悪魔と言わせてしまう山内にしては、今回は可愛らしい面を見せていますね。しかも彼がハナちゃんの車に残すのは、「走れメロス」の文庫本。意外な茶目っ気を見せてくれます。
今回、ハナちゃんの元妻、弁護士の早乙女麦子が初登場なのですが、この麦子がまた魅力的。ハナちゃんには理沙と上手くいって欲しいのですが、なぜこれほど素敵な女性と別れてしまったのか、それも気になります。おそらくその欠点のなさが、逆にハナちゃんにとってはプレッシャーとなってしまったのではないかと思うのですが… それにしてももったいないですね。今後は彼女の活躍にも期待したいです。麻薬捜査官の逸見も面白そうな人物ですし、理沙の過去も少しずつ見えてきたようです。新米保母として登場した木津鈴奈も、今後の展開に関わってくるのかもしれませんね。3作目もとても楽しみです。

P.401「ホンモノの金持ちがどっちかを調べるのはそんなに難しくないよ。でもね、肝心なことは、どっちの方がケチじゃないかってことだろ?それを調べるのは、けっこう、大変だ」

「PINK」双葉文庫(2004年2月読了)★★★★
阪神大震災で婚約者の真鶴由起夫を失ったメイは、東京の実家に戻り、自暴自棄な気持ちで湯原達也と見合いをすることに。しかし達也は由起夫に似ていたのです。メイと達也は結婚し、神戸の私立病院の副院長となった達也と共に、メイはまたしても神戸へ。優しく経済力がある達也との、芦屋のマンションでの恵まれた暮らし。しかし父親が腎不全で入院して、東京の実家に5日ほど戻っていたメイは、マンションに戻って来た日に奇妙なメールを受け取ります。見覚えのない差出人に、「そろそろ時間切れです。心の準備をして下さい」のみの文面。しかもその日の晩の食事で、メイは達也の肉やムール貝の食べ方が以前とは変わっているのに気付くのです。しかも達也は、以前は嫌いだと言っていた推理小説を読んでいて…。

エレベーターの停電、奇妙なメール、いつの間にか変わっていた夫の嗜好や癖、赤座奈津実による意味深長な予言。メイの視点から物語から語られていきます。次から次へと謎が出てきて、読み始めるとすぐに物語の中に引き込まれてしまいました。ミステリでありサスペンスでもあり、柴田さんの作品ならではの「女性」を強く感じる作品でもありました。良く知っているはずの世界が少しずつ歪んでいくというのも、柴田作品ならではですね。星鬼宗の赤座奈津実や作家の紫野貴美という脇役たちも個性的で良かったです。欲をいえば、飯田克明の役回りが現在の動きにももっと大きく絡んでくれれば、といったところでしょうか。予言の言葉がどのように実現していったのかということに関しても、もっとじっくり書き込んで欲しかった気がします。
地震、特に阪神大震災絡みの作品は辛くてなかなか読めない私なので、読む前は少々緊張していたのですが、この作品は大丈夫でした。震災当時のことが重要なモチーフでありながらも、当時の恐怖を思い出すよりも、より強く再生を感じさせてくれたせいでしょうか。とても読みやすかったです。
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