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このページは、柴田よしきさんの本の感想のページです。

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「RIKO-女神の永遠」角川文庫(2002年3月読了)★★★★
新宿界隈のポルノビデオ販売店の一斉捜索で、明らかに実録と思われる裏ビデオが押収されます。それは中学生ぐらいに見える少年を、数人の男が群がるように輪姦しているもの。新宿署ではそのビデオに悪質な犯罪の可能性を見て、刑事課の村上緑子警部補の指揮下、この半年間事件を追ってきていました。今までに発見されたビデオは7種類、身元が判明した被害者は3人。そのうち2人は既に死亡、1人は行方不明。しかしそこに本庁からの横槍が入ります。事件は五係の安藤警部のチームに移り、緑子はそこに応援という形で参加することに。緑子はせめてもの意地で、事件を発覚当時から担当していた鮎川慎二巡査部長もそのチームに引っ張り込み、本庁の人間と2年ぶりに再会することになります。

第15回横溝正史賞受賞のデビュー作。
まず緑子の造形が凄いですね。本当に強烈。男性社会の象徴である警察社会で、抜群の能力を持つ緑子は男性に徹底的に貶められた経験を持つのですが、それでも再び立ち上がることのできる女性。こういう女性を描くのは、女性作家にしかできないでしょうね。桐野夏生さんの描く村野ミロもかなり強い女性ですが、こちらの緑子も負けてません。奔放に愛し、心の底から憎み、全力の限り戦う緑子。すごい存在感です。この感性は、生理的に受け付けない人も多いかもしれませんが。
そしてこの作品は、男性と女性の闘いの物語とも言えそうです。真っ向からジェンダーの問題に向かっている作品。男性優位主義が浸透している警察という組織を舞台に、支配者としての男性と、被支配者としての女性という定義を、根本からひっくり返そうとしています。男性と女性の、既存の役割分担に何も感じず、ただ当然だと思う人間たち。それは現実ではありますが、同時に単なる幻想でもあります。その究極の形がレイプに対する加害者と被害者の意識の違いに繋がるのでしょうか。
その中で、女性の性的快楽についても、かなり詳細に描かれることになります。かつて同僚男性にレイプされたという経験を持つ緑子は、現在は複数の男性と寝ながらも、彼らとは全くの同等の立場。欲しいから寝る、ただそれだけなのです。しかも、以前自分を貶めた1人を車の中で誘惑し、逆レイプという形でその男性を征服という復讐を遂げたりもしています。それらの男性との関係と平行して、麻里という同僚の女性とも関係する緑子。男性と寝るのも麻里と寝るのも、緑子にとっては大切なこと。性行為において、男性が能動的であり女性が受動的であるという考えをひっくり返し、男性の必要性まで懐疑的にしていますね。
好き嫌いは分かれそうですが、とても強いパワーを持った作品です。

「聖母の深き淵」角川文庫(2002年3月読了)★★★★
一児の母親となった村上緑子は、育児休暇が明けて、新宿署から辰巳署へと異動。相変わらず結婚はしていないものの、安藤明彦とは安定した付き合いが続いています。下町の辰巳署での勤務は、新宿に比べると平穏な毎日。少々物足りなく感じながらも、緑子は仕事と子育てで充実した日々を送っていました。しかしそんなある日、彼女の前に現れたのは、男性の身体に女性の心を持つという磯島豊。豊は覚醒剤の売人の家に来た所をつかまえられ、辰巳署に来ていたのです。高校時代からの親友・牧村由香が失踪し、写真週刊誌に掲載されていた写真を手がかりに1人で由香探し歩いている豊。緑子は豊を連れて私立探偵の所へと連れて行きます。その頃、由香は既に覚醒剤中毒となり、売春組織で働いていました。一方、緑子の所轄の廃工場で、29歳の主婦の惨殺死体が発見されます。輪姦され、撲殺された死体。しかしごく普通の主婦だったはずの被害者は、実は覚醒剤常習者だったのです。

RIKOシリーズの2作目。緑子には達彦という子供ができ、ますますパワー全開です。しかし私はやはり緑子は苦手かもしれません…。独身で子供がいない時の身勝手と、子供が出来てからの身勝手とはまた別物だと思うのです。子育ては女性の仕事であるという固定概念は、私もおかしいと思いますが、それ以前に人間としての問題のはず。一見立派なことを言いつつ、なぜここまで自己中心的でいられるのか、どうしてここまで平気で人を傷つけられるのかが不思議。彼女の論理の展開には、目眩を覚えます。おそらく身近にいたら、心底不愉快なタイプの人間でしょう。それでも一旦読み始めると、濃密な物語にずんずんとはまり込んでしまいます。やはり柴田さんの独特の味わいのあるストーリーテリングはすごいですね。嫌だ嫌だと思いつつ、一気に読まされてしまうのですから。しかし今回、元刑事で現在私立探偵の麻生龍太郎がいい味を出していました。特に緑子に説教しているところと、それに続くおでん屋のシーンが最高です。しかし緑子はなぜ気付かないのでしょうか。
今回は、前回の性的な問題に加えて、TG(トランス・ジェンダー)やTS(トランス・セクシュアル)という分類が登場します。これは一般的な同性愛とはまた全然別の次元で、肉体と精神の性別が食い違っている人間のこと。食い違いがある人間をTG、精神の性別に合わせて肉体の性別を変えている人間をTSと言うのだそうです。前回、緑子と麻里との同性愛を通して、異性間の性愛が正常だという価値観がひっくり返されそうとしていましたが、こうなってしまうと「男性」「女性」という性別すらも判然としなくなってしまいますね。

「炎都-City Inferno」徳間文庫(2002年2月読了)★★★★★お気に入り
舞台は京都。地質調査会社の技師・木梨香流は、地下水の水位の異常な低下に戸惑っていました。いくら雨が降っていないからといって、いきなり2mも下がるとはかなりの異常事態。会社にも、豊富だったはずの井戸水が枯れたという連絡が次々と入ります。一方、京都府警捜査一課村雨祐馬警部補は、市内で次々に発見される干物状態の人間の死体に困惑していました。内臓も残ったままの死体がほんの数時間でカラカラに乾燥するのは、物理的に不可能な現象だったのです。賀茂川上流での魚の大量死の連絡が入り現地へと向かった香流と沢口美枝は、貴船神社を包む赤い光と、人間ほどの大きさの蝙蝠のような不気味な姿を目撃します。そして大地震が起こり、京都は一瞬のうちに陸の孤島へ。さらに、平安時代に帝の子を成しながらも藤原道長と安部晴明によって焼き殺され、封印されたはずの花紅姫が現代の京都に蘇ります。

ジャンルとしては、伝奇小説ということになるのでしょうか。中心にあるストーリーとしては、簡単に言えば、花紅姫が一条天皇恋しさに、時空を越えて帝の生まれ変わりを探し続け、真行寺君之を見つけ出すというもの。封印を解かれて蘇った花紅姫が、京都に未曾有の大災厄を呼び起こします。ごく普通の日常の風景に始まった物語は、見る見るうちにスケールが大きくなり、一大エンターテイメント小説へ。現代の京都という設定でもあまり違和感は感じないのですが、君之や香流を助けるヤモリの珠星(じゅせい)と蒼星(そうせい)を始め、天狗や竜、水虎や飛黒烏(ひこくう)、付喪神、輪入道、その他京都に現れる百鬼夜行の妖怪たちは、まるで怪獣物の特撮映画のようで、結構はちゃめちゃですね。紫式部が書いたと思われる謎の小説の解明など、せっかくのモチーフが生かしきれてないような気がする部分もあるのですが、あまり細かい所は気にせずに楽しんでしまった方が良さそうです。
男勝りの活躍をする香流と、少々優柔不断な真行寺君之。今の所はまだ紅姫優勢といったところ。そしてこの物語は、さらにスケールアップして「禍都」「遥都」へと続いていきます。

「少女達がいた街」角川文庫(2002年12月読了)★★★★★お気に入り
1975年、ロックがまだ不良の聴く音楽だった頃。寝たきりの祖父と2人暮らしの16歳の高校生・ノンノは、同じく高校生のチアキとつるんでロック喫茶に入り浸る毎日。チアキがPSQというアマチュアロックバンドでドラムを叩いているというのは知っているものの、毎日のように会いながらも、お互い本名も学校も知らないという関係です。そんなある日、ノンノは、フィッシュ・アンド・チップスというアマチュアロックバンドのヴォーカルのカズと一緒にいたナッキーという女性に出会います。ナッキーの顔立ちは不思議なほどノンノと似ており、しかし同じ16歳でありながらも、ナッキーはノンノの持っていない大人っぽさを漂わせていました。自分がそうなりたいと思う姿をしているナッキーに、ノンノは一目で惹かれます。その後ノンノの祖父は亡くなり、ノンノは祖父の遺産を受継ぐことに。ナッキーと一緒に雑貨屋を開くというアイディアに夢中になったノンノは、高校を中退。そして理科の講師をしている北浦巽と一緒にディープ・パープルのコンサートに行くのですが…。ノンノの家が火事になり、焼け跡からは2つの焼死体と1人の記憶喪失となった少女が発見されることに。

前半は青春小説。「ノンノ」という16歳の少女の視線から、ロックと渋谷の街、親友だったチアキ、新しく親友となるナッキー、そして講師の北浦への仄かな恋心などが描かれていきます。1975年当時のロックの話がふんだんに盛り込まれ、ディープ・パープル、クイーン、レッド・ツェッペリンなどの曲が流れます。その時代を直接は知らないものの、当時のロックが大好きな私にとっては嬉しくなってしまうほどの雰囲気。おそらく柴田さんご自身が、ロック大好き少女だったのでしょうね。そして物語は火事を経て、後半の舞台である1996年へ。こちらの物語は、休職中の刑事・陣内章の視線から描かれます。ディープ・パープルの再結成と来日。そして掘り起こされる21年前の「菅野邸火災殺人事件」。青春小説が突然ミステリになったのには驚きましましたが、しかし前半の伏線がとても生きていますね。前半、あだ名しか分からなかった登場人物たちの名前も明らかになり、事件の方も畳み掛けるように明かされていき、その真相から目が離せず、一気に読んでしまいました。勢いと綿密さを同時に持ち合わせているというのが凄いですね。
ディープ・パープルの再結成という出来事がこんな風に描かれるとは、それだけでも上手いと思いましたが、いつの時代でも、若者も、その若者を見つめる一世代上の人間も、基本的に同じなのでしょうね。父子で一緒にパープルのコンサートだなんて、陣内親子が羨ましくなってしまいます。

「禍都-City Catastrophe」徳間文庫(2002年2月読了)★★★★★お気に入り
「炎都」の大災厄から10ヶ月。京都は徐々に復興中。しかし政府の特別危機管理委員会によって、前回の災厄は集団幻覚だったと片付けられようとしていました。これは肝心の妖怪の姿が、映像として全く残っていなかったため。室生が見つけてきた貴重な飛黒烏の映ったテープも、まるで存在を知られたら困るかのように、次々と何者かに破壊されてしまうのです。一方、地質調査会社に勤める木梨香流は、技師へと転身した沢口美枝と共に調査に明け暮れる日々。前回の戦いで命を落としたゲッコー族の珠星は、その後無事に生まれ変わっていました。しかし今度の珠星はまだ生後4ヶ月、先代の持っていた能力と記憶力はまだまだ復活しきっておらず、木梨香流にも再会できないまま。そんな時、珠星はアルルの謎文字を研究している大学院生・十文字雄斗と出会います。そしてサイパンで発見されたという洞窟の中の謎文字を見るために、一緒にサイパンに飛ぶことに。

本書の冒頭にサイパン島の地図が載っているのですが、中心となる舞台はやはり京都。前回もはちゃめちゃな物語だとは思いましたが、今回はさらにスケールアップしています。日本語の起源や南海の古代文明、人間の進化論まで絡めての大波乱。黒き神々やその神々の復活を画策する神官たち、そして青き民の存在と正体も明らかになります。火妖族というのは、実はプロメテウスだったのでしょうか。封印されている妖怪(前回の敵)の封印をといて、闇の虫と対抗させようという考えも凄いですし、それより何より、最後に明かされるビシマの正体ときたら!これには、もう本当に目が点になりそうになりました。しかしやはり面白いです。
今回も、登場人物が皆いい味を出してます。その中でも頑張っているのが、生まれ変わった珠星。今回の珠星はなんと女の子。「hanako」を愛読している珠星は、れっきとした人間の十文字雄斗より、よっぽど流行に詳しくお洒落でミーハー。小麦色のナイスバディ美女に化けておじさま方を悩殺してみたりします。珠星と雄斗の掛け合い漫才のようなやり取りも最高です。前作もそうでしたが、本当に女性が強いですね。前作の真行寺君之や藤島四郎、今作の十文字雄斗と、男性陣は完全に圧倒されているようです。男性陣の中で一番見所があるのは、天狗の三善。元は松島の持ち物だったノートパソコンでインターネットはするわ、怪しげな人生相談には乗るわ(しかも女性のフリ)、一般の電話回線の遅さに耐え兼ねてISDN導入を考えてるわ…。PowerBookとPhotoShopが欲しいというのも笑えます。天狗の起源、普通の人間が天狗になる時という話もなかなか面白かったです。
盛り上がれば盛り上がるほど、なぜか可笑しくなってしまうこのシリーズ。ハリウッドの特撮の娯楽超大作のようで、読んでいてやはり楽しいです。

「月神の浅き夢」角川文庫(2003年8月読了)★★★★★お気に入り
通い同棲生活にきりをつけ、緑子が安藤明彦と3歳になる息子・達彦と3人の生活を始めて早半年。緑子は穏やかで幸福な生活のために、刑事という仕事への意欲も半ば失い、警察を辞めることすら考え始めていました。そんな時、若い刑事ばかりを狙った連続猟奇殺人事件が起こります。5人の被害者はいずれも現職の刑事で、長身のハンサム。木にぶら下げられ、生きているうちに手足と性器を切り取られていました。辰巳署勤務の緑子の元にも、本庁の高須義久からの応援要請が入り、緑子も合同捜査本部に入ることに。そして新宿時代の同僚・坂上と組むことになります。本庁の冷たい視線を浴びる中、2人は地道に捜査活動を続け、5人の被害者のうち3人が、アイドルタレント山崎留奈のファンクラブに入っていたことを探り出します。

RICOシリーズ第3弾。
今回一番驚いたのは、緑子が前作や前々作と比べて非常に柔らかいイメージになっていたということ。前作を読んでから間が開いてしまったので、前作のイメージが私の中で誇張されているのかもしれませんが、それでもやはりかなり雰囲気が変わったように思います。それはやはり、緑子をとりまく環境の変化によるものなのでしょうね。勤務地の異動以上に、安藤と結婚したという変化が大きいのでしょう。緑子自身も語っていますが、辰巳の2DKに暮らしていた緑子は女手1つで子供を育てつつ、傷だらけになりながらも常に何者かと戦っていたのですから。
前作での緑子には強い反発を覚えたのですが、今回の緑子の安定感は女らしく魅力的に感じられました。そしてその変化が、緑子を取り巻く環境の変化と連動して非常に自然に感じられました。やはりこの描写の違いは、柴田さんの筆の濃やかさによるものなのでしょうね。そして今回、やはりこのシリーズは、緑子という1人の女性の物語なのだと実感させられました。
それでも一旦捜査が始まれば、緑子も母であり妻である前に、1人の刑事。今回の事件は、連続刑事殺人事件です。そこには過去に起きた事件も絡み、山内練という1人の経済ヤクザの存在が浮き彫りにされていきます。冤罪によって破滅した人間や、一度罪を犯したために今尚苦しんでいる人々も多く登場しますが、その中でも山内というのは異彩を放つ存在。普通の人間だったはずの山内がなぜ悪魔と呼ばれるほどになったのか、その過程を詳しく知りたくなってしまいます。

「ゆきの山荘の惨劇-猫探偵正太郎登場」角川文庫(2002年2月読了)★★★★
オレこと猫の正太郎は、同居人である作家の桜川ひとみと共に、和歌山と奈良の県境にある柚木野山荘へ。ここで作家の鳥越裕奈と白石淳弥の結婚式が開かれるのです。結婚式に招かれたのは、ごく一部の作家と編集者。パーティの前夜、新婦の鳥越裕奈が、桜川ひとみの部屋を相談に訪れます。鳥越裕奈がデビュー前に賞に応募した作品を、西園サキが盗作したというのです。そのために、それに1枚かんでいるかもしれない編集者3人を結婚式に招いたというのですが…。しかし、元々電話も通じない田舎の山荘は、突然の土砂崩れによって孤立してしまいます。幼なじみのチャウチャウ犬のサスケ、美人猫のトマシーナを交えて、正太郎が大活躍です。

ユーモア・ミステリ、と言ったらいいのでしょうか。軽くてさくさくと読める作品。「ゆきの山荘」というのは、途中で「柚木野山荘」となっていましたが、そのまま「雪の山荘」なのですね。物語の中でも、雪ではなく土砂崩れによってなのですが、山荘は早々にクローズドサークルとなってしまいます。そして起きる殺人事件。物語の語り手は猫の正太郎です。やはり猫とミステリは合いますね。犬も警察犬に代表されるように、捜査に加わってもなんらおかしくはないのですが、ミステリという言葉には、やはり猫。「警察犬」の犬に対して、猫は「一匹狼の私立探偵」というイメージです。ミステリの中に出てくる名探偵にも猫型性格は多いのかも。
事件に関して、正太郎は猫ならではの推理を働かせます。この「猫ならでは」の働きが上手いですね。普通なら突飛に感じられそうな部分も、「同居人」の桜川ひとみの少々飛んでしまっている言動によって上手く緩和されているように思います。猫の側で真相を看破しても、人間に伝える術を全く持っていないというのが問題なのですが、人間側にも一応名探偵が存在するので全く問題ありません。それよりも、人間にはなかなか分からない、隠れた真相が明かされるのが面白いですね。桜川ひとみみたいな結論のつけかたも結構好きです。しかしMacなら猫でも十分起動させられるとは思うのですが、その上であんなことや、こんなことをするというのはどうなのでしょう。起動させた後に自動的に立ち上がっているソフトの画面を自力で閉じて、壁紙のシャム猫の写真にうっとりと見入る正太郎ってば。(笑)

「フォ−・ディア・ライフ」講談社文庫(2003年8月読了)★★★★★お気に入り
新宿2丁目の築38年のボロビルで、無認可の私設保育園「にこにこ園」の園長をしているハナちゃんこと花咲慎一郎。乳幼児の健全な育成に最適な環境とは言えないながらも、それでも新宿2丁目にも保育所は必要ということで、有資格者の保母や栄養士を集め、出来る限りの設備は整えています。彼が命の次に大切にしている「にこにこ園」は、東京中のどこの保育園にだって絶対負けない、最高にあったかい場所なのです。しかし、水商売をしながら女手1つで子育て中の母親たちのための格安料金のため、園は慢性的な資金不足。それを補うために、花咲は城島探偵事務所から紹介される探偵の仕事も請け負うことに。その日入ってきたのは、百々井組に監禁されているゾク崩れのヤンキー少年・鴨瀬仁志を救い出すという仕事。続いて13歳の女子中学生・白尾ゆうきを探し出すことになるのですが…

あくまでもにこにこ園が一番ながらも、その経営のために危ない仕事を請け負うハナちゃん。そして危ない仕事の合間にも、園での交代時間にはきちんと仕事に戻り、子供たちや園でのことに気を配り、そのためにまるで睡眠もとる時間がなくなってしまうハナちゃん。読んでいると、思わず「もう少し寝かせてあげて」と言いたくなってしまうほど。しかし八百屋のツケが3ヶ月も溜まっている現状では、ハナちゃんに選択の余地などありません。
ハナちゃん自身も、マル暴刑事という経歴を経て保育園の園長という道を選んだ「ワケあり」なのですが、24時間あいている保育園に子供を預ける母親たちも「ワケあり」の女性ばかり。水商売をしながら子育てしているというのは当たり前。不法滞在の不法就労者だったり、薬から抜けられない状態だったり、もうすぐ小学生という年齢の子供を持ちながらも、その子供が無国籍状態だったり…。日本の福祉制度の問題点も浮き彫りにされていきます。そして、保育園の保母たちにしても、母親ほどではないにせよ、「ワケあり」の女性ばかり。何かあった時にハナちゃんが駆け込む野添診療所の女医・野添奈美も、立派な「ワケあり」。警察官時代のハナちゃんとも相当な因縁があったりします。そんな濃い人生がいくつも交錯し、非常に濃い物語となっています。
様々な出来事が次々に起こり、ここまで話を複雑にしてしまって大丈夫なのかと心配になるほど。しかしそれらの一見まるで関係のない出来事同士が、思わぬところで繋がりを見せ、思わぬ人物に繋がっていきます。そして最後に1つの所に収束していく様は見事です。しかもそれらのハードな展開に、にこにこ園での子供たちや、子供たちをとりまく愛情たっぷりの描写が挿入され、とても暖かい雰囲気の作品となっているのです。この保育所での描写はとてもリアル。さすが実際に子育てを体験してらっしゃる作家さんですね。
「for dear life」とは、「一所懸命」「命からがら」などの意味とのこと。読み終わってみると、その言葉の意味がとてもよく分かります。RIKOシリーズの登場人物とかなり重なっている部分があるので、合わせて読むのがオススメです。

P.11「ここの子供達は、一晩に二度夢を見る。最初の夢はこの園で、そして迎えに来た母親に起こされて連れて帰られてから、自分の家でもう一度。夜に働く女性を母親に持った子供達は、だから、他の子供達よりもたくさん夢を持っていられるのだ」

「RED RAIN」ハルキ文庫(2003年9月読了)★★★
2015年、小惑星が地球と月の間を通り抜けようとしているという人類始まって以来の危機が予測され、世界規模の対策プロジェクトが結成されます。小惑星の軌道が少しでもずれれば、地球か月に衝突する危険があるのです。通過前の小惑星に原爆をぶつけて破壊させるという方法がとられ、この計画は見事成功をおさめたかと思われます。しかしその小惑星は、未知の宇宙物質を含んでいたのです。地球に持ち帰られた小惑星の欠片からは「D物質」と呼ばれる物質が発生し、一旦それに感染すると、全身から青白い光線を発して超人的なパワーで人々に襲い掛かるように。そして西暦2041年。シキ・キミハラは所謂「Dタイプ」と呼ばれる感染者を保護するプロジェクトの特別警察官としての任務を遂行していました。しかし、ある日射殺したDタイプの女性の赤ん坊が行方不明になっているのに気付きます。既に感染している可能性の強いその赤ん坊は一体どこに消えたのか、シキはその行方を探し始めます。

近未来の日本を舞台にしたSF作品。この作品が書かれたのが1998年で、そこからたかだか43年後の世界を描いているということで、現在の世界と非常に近い繋がりが見えるのが面白いですね。現実問題として、実際にここまで進化し、それに伴って現在使われている物が姿を消してしまうとは思えないのですが、それも2015年に予想された災厄のために宇宙開発が急速に進み、人間の生活もその温恵を多大に受けたという設定でクリア。しかしCRT型のディスプレイがなくなっているのは当然かもしれないのですが、土がすっかり汚染されて危険なものになり、泥遊びもできなくなってしまったという描写は少々ショッキングでした。現在問題となっている酸性雨や環境ホルモンなどのこともとりあげられ、政府がそれに対してとった政策、そしてその政策によって導き出された結果が描かれているのも、シュミレーション的に非常に興味深いところです。日本人が和名をほとんど使わなくなり、カタカナ表記が完全に取って代わったこの世界。表札に漢字名を書いているだけでアナーキストなのかと思われるこの時代に、最後のノダの発言に感じられるノスタルジーが嬉しいですね。

「紫のアリス」文春文庫(2002年12月読了)★★★
不倫関係を清算し、10年間勤めた会社を辞めた池内紗季。辞めたその日に、夜の公園で「不思議の国のアリス」の三月ウサギを目撃して驚きます。思わずウサギを追いかける紗季ですが、なんと男性の死体につまづいて転倒。それから数日後。以前の自分から逃げるかのように、住居も持ち物も新しくした彼女でしたが、新しい住まいの近くで目撃したのは、山高帽にタキシード、白い手袋のマッド・ハッターそっくりの男性の姿。その晩、親友の美代子と一緒に入ったバーでは、ウサギの着ぐるみを来た人間がローン会社のティッシュ配りをしていました。そして美代子と一緒に夕食に向かう途中で、バイクに狙われる紗季と美代子。それ以来、彼女の周囲には「不思議の国のアリス」を思わせる奇妙な存在が出没し、紗季は15年前の中学時代の親友・江崎知美の事件を思い起こすことに。知美はESSクラブで上演する「不思議の国のアリス」のアリス役に決まっていたのですが、その上演の日、なんとプールで溺死体となって発見されたのです。

題名の通り、「不思議の国のアリス」をモチーフとした作品。そして柴田さんが後書きで書かれている通り、「遊園地の迷路から出られなくなった子供のような気持ち」になってしまう作品でもあります。
紗季の見ている現実が、本当に現実の出来事なのか、それとも精神安定剤の副作用なのか、それがはっきりと分からないままに物語は進んでいきます。あくまでも現実的な物語なのに、ふとした拍子に現れる幻想的な光景に、自分まで不思議の世界に迷い込んだような錯覚。しかもその光景に妙なバランスで居座られてしまい、読んでいると徐々に不安が増すような印象。
犯人に関してはあまりに怪しすぎたので、逆に戸惑ってしまいましたが…。周囲の人間がここまでするかというのは確かにあるのですが、しかし同時に深い哀しさを感じてしまいますね。このラストは、残酷なようでいて、しかし紗季にとっては実は幸せな終わり方なのかも。本当はあの時点で、紗季もまた破滅してしまいたかったのでしょうが…。そこでもまた突き放されることになってしまったようです。本当は誰かに受け入れてもらえること、どこにでもいいから連れていってもらえることを望んでいたと思うのですが。
そして事件が解決しても、それでもまだ居心地の悪さは続きます。この微妙なズレがホラーとも言える作品の雰囲気を作り出しているようです。
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