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このページは、佐藤多佳子さんの本の感想のページです。

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「黄色い目の魚」新潮社(2003年6月読了)★★★★★お気に入り
【りんごの顔】…突然実の親のテッセイに会うことになった木島悟、10歳。母と離婚して以来音信不通だったテッセイから、突然電話があったのです。悟が訪れたテッセイの家は、絵でいっぱいでした。
【黄色い目の魚】…中学のクラスで浮いている村田みのりが一番好きなのは、マンガ家兼イラストレーターの通のアトリエ。アトリエには、みのりが小学校1年の時にクレヨンで描いた魚の絵がありました。
【からっぽのバスタブ】…高校2年。今みのりがクラスで一番話すのは文芸部の須貝。気になるのは、同じクラスの落書き男・木島の絵。木島がラフな線で描く似顔絵は、嫌な感じで良く似ているのです。
【サブ・キーパー】…毎日練習しながらも、常に補欠キーパーの木島。練習後に訪れる小さなカフェの似鳥の絵を描いて大失敗。美術の授業で、今度は村田みのりの絵を描くことになるのですが。
【彼のモチーフ】…木島に絵を描きたいと言われ、みのりは木島の家へ。木島のスケッチブックを見ていたみのりは、そこに通が「あぷりこっと」の表紙に描いている女の子の顔を見つけます。
【ファザー・コンプレックス】…こばた・とおるの絵を見て以来、その引力に掴まってしまった木島は、夜通し絵を描き続けます。そんな時、15歳の妹の玲美が家出。子持ちの40男の元へと走ります。
【オセロ・ゲーム】…みのりが通の家に帰ってくると、そこには似鳥が。通が自分の個展のために、似鳥の絵を描いていたのです。しかし個展まであと10日という時に、通は熱で倒れることに。
【七里ヶ浜】…みのりを描いた水彩画もほぼ完成。木島は1人でこばた・とおるの個展へ。個展からの帰り道に通に声をかけられた木島は、スケッチブックを渡すためにみのりに電話をかける決心をします。

木島悟と村田みのるの連作短編集。元々「黄色い目の魚」は、佐藤さんが大学2年の頃に所属していた児童文学系サークルの雑誌用に書いた作品なのだそうです。
周囲に迎合できず、自分の居場所を求め続けてきたみのり。感情を上手く表に表すことができなかった彼女が唯一心を許したのは、叔父の「通ちゃん」だけ。「黄色い目の魚」の黄色という色は、そんなみのりの心の尖った部分を象徴しているのかもしれませんね。しかし苦しみながらも、みのりは決して負けず、常に背筋をぴんと伸ばして、自分自身の「キレイ」を生み出していきます。一方、木島は元々落書きが大好き。死んだ父親の影響で一層絵にのめり込んでいきます。しかしいくら絵が好きでも美術部に入るほどではなく、クラブとしてやっているサッカーにも夢中になりきれていない状態。先輩には常に「ヘタクソ」ではなく、「マジメにやれ」と怒られています。
この2人の姿はとてもピュア。頑なだったみのりは木島によって柔らかくなりますし、自分の限界を見るのが怖くて「一生懸命」を避けていた木島は、初めて「マジ」になることになります。不器用ながらも自分なりに進んでいく彼らの姿は、読んでいると身につまされます。特に印象に残ったのは、「オセロ・ゲーム」のみのりと悟のシーン。みのりの「それだけ?」「嘘… だよね?」という言葉。この瞬間は、世界がそのまま凍り付いてしまうよう。白黒ハッキリさせたがるのは、若さの証でもあると思うのですが、みのりの「オトナになっても、“グレイ・ゾーンでフェードアウト”なんて芸当、きっとできない」という言葉は、確かにその通りかもしれません。聞いてはいけないと思いつつも思わず聞いてしまう、彼女の真っ直ぐな気持ち、そして過去はもう変えられないと悟った時の木島の姿がとても痛いです。しかしそもそもグレイ・ゾーンでフェードアウトができるのなら、それは木島の好きなみのりではないのですね。それを承知の上で、嘘がつけなかった木島というのもよく分かります。
最初から恋愛物だったのではなく、書いているうちに自然と恋愛物になってしまったという印象。その自然さがとても良かったです。主役の2人はもちろん、友達や家族など周囲の存在も良いですね。あまりにストレートなので、目を逸らす余裕もなく吸い込まれてしまいそうなのですが、どこか懐かしく、甘酸っぱい気持ちになってしまう作品です。

P.144「本気って、ヤじゃない?」「こわくねえ?自分の限界とか見ちまうの?」「俺、そんなの見ちまったら、二度と立ち直れない気ィするよ」

「一瞬の風になれ1-イチニツイテ」講談社(2006年10月読了)★★★★★お気に入り
2歳年上の兄の健一は天才的なMF。小学校から通っているサッカーの強豪校・海嶺でもスター選手。父親は高校時代にDFとして国体に出場した経験があり、両親共にコアなマリノス・サポーター。そんな中で当たり前のようにサッカーづけの生活をしていた中学3年の神谷新二は、自分も相模原サルトFCという地元チームのFW。しかしいつも試合の前になると下腹がゴロゴロと鳴り、試合では実力が発揮しきれないタイプ。まるで才能のない自分に、いつしかサッカーを楽しめなくなっていました。そんな時、試合を見に来た一ノ瀬連が地元に戻ってくることを知ります。連には、小学校の頃通っていた体操クラブで将来の五輪金メダリストの卵と脚光を浴びながらもあっさりやめてしまった過去があり、今もまた全国大会の100mで7位という成績を残した陸上部を辞めようとしていました。新二と連は同じ春野台高校に入ります。

高校陸上部が舞台となるスポーツ物。天才の兄を間近に見ながら、自分の才能のなさに伸び悩んでいた新二が、自分だけの世界を見つけていく物語。やはり佐藤多佳子さんの作品には高校生がよく似合います。まだ1巻しか読んでいませんが、森絵都さんの「DIVE!!」や、あさのあつこさんの「バッテリー」と並ぶ作品になりそうな予感。読んでいると、知らず知らずのうちに熱くなってしまいます。
サッカーでは兄の健一、陸上では親友の連と、常に天才と呼ばれる人物をそばに頑張らなければならなくなる新二ですが、自分との圧倒的な差に腐ることなく、常に真正面からぶつかって行きます。髪の毛こそ沢庵のような黄色(オレンジ)ですが、その中身は性根の座った努力家。新二以外にも、才能こそあるもののこらえ性がなく、嫌なことは絶対にしようとしない連、地道に頑張っている根岸、同じ1年生の鳥沢圭子と谷口若菜、陸上部の先輩たち、顧問の三輪先生、強豪・鷲谷高校の仙波、高梨といった面々にもそれぞれに個性が感じられ、これからの展開がとても楽しみ。私は陸上部の種目については何も知らないのですが、これまた分かりやすく説明されており、リレーの行方など、読みながら手に汗を握ってしまいます。瑞々しさが魅力の青春小説。今にも主人公の切る風が感じられそう。続きもとても楽しみです。

「一瞬の風になれ2-ヨウイ」講談社(2006年11月読了)★★★★
神谷新二と一之瀬連は高校2年に。新二の兄の健一は高校を卒業してジュビロ磐田の寮に入り、プロへの道を歩み始めます。厳しい冬季練習を経て、ますますやる気を見せる新二。部内で気になる谷口若菜とも、中長距離への転向を相談されたり、兄の試合を一緒に見に行ったりという関係。

「一瞬の風になれ」第2巻。
1巻よりもややトーンダウンしているように感じられるものの、1巻でお馴染みになった登場人物たちが生き生きと動き回り、楽しく読ませてくれます。後輩が入部し、部員たちの絆もますます深まり、部長の守屋を慕っている部員たちの様子が見える様子もいいですね。1巻ではまだまだ陸上選手としては半人前だった新二も、もうすっかり立派な陸上部員となっていますし、連も相変わらずながらも、かなり大人になったよう。新二の「不思議だ。健ちゃんの凄さは俺からやる気を奪った。連の凄さは俺の闘志をかきたてる。」という思いや「大好きなんだけお、すごすぎて…」という言葉が印象に残ります。
ただ、終盤起きた出来事はどうなのでしょう。スポーツ物には不可欠な展開なのかもしれませんが、ここではそういう展開にして欲しくなかったというのが、正直なところです。あまりに安易。どうも無理矢理波乱を起こし、物語をドラマティックに展開させるための小手先の技に思えてしまいます。

「一瞬の風になれ3-ドン」講談社(2006年11月読了)★★★★★お気に入り
新二や連も3年生。1年に新たに鍵山義人という全中の100mの準決勝に残っていたという選手が入り、鍵山、連、桃内、新二という4人で4継を組むことになります。しかし鍵山は落ち着きがなく、連にまとわりついてちょろちょろと動き回り、桃内を完全に無視。気持ちがなかなか1つにならないまま、記録会で鍵山が肉離れの故障。鍵山の代わりに、気心のしれた根岸が4継に入ることになります。

「一瞬の風になれ」第3巻。これが完結巻です。
激しい言葉をぶつけあった健一との決着があっさりついてしまったのには驚きましたが、やはり主役は新二ですね。1年の時は無我夢中でなかなか思うように走ることができず、2年になってようやく陸上というものが分かり始め、3年の冬季の地道なトレーニングで、ようやく連や仙波、高梨たちと同じスタートラインに立った新二。そんな新二のしなやかな強さ、身体だけでなく精神的な強さが、佐藤多佳子さんの真っ直ぐな視線で描き出されていきます。1年の時に比べ、新二も連も他の面々も本当に大きく成長していますね。それまでの彼らの思いやそれぞれの努力を知っているだけに、読んでいて本当に感慨がありました。そして試合の場面がそれほどなかった2巻に比べて、3巻は試合が中心。100mの10秒、そして4継の40秒といった、あっという間とも言える時間の描写を積み重ねることによって、読んでいるこちらも徐々に静かな緊張が高まっていきます。息詰まるような興奮。手に汗を握ります。完全に個人競技であり、自分との戦いでもある100mももちろんいいのですが、それ以上に、みんなの気持ち次第でプラスアルファの力が働く4継が見せてくれます。
やはり新二や連が時々言う「かけっこ」という言葉がいいですね。陸上だの4継だのマイルだのと言っても、最終的には「かけっこ」。この言葉が、自分の知らない陸上の世界をすっかり身近に引き寄せてくれたようですし、純粋に走る楽しさをしっかりと堪能とできました。素晴らしかったです。

P.10「自分が何を持っていて、何を持っていなかったか。持っていないつもりで何を持っていたか。持っているつもりで何を持っていなかったか。病院で動けないでいる時、そんなことばっかり考えてた。」
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