Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、白川道さんの本の感想のページです。

line
「海は涸いていた」新潮文庫(2002年1月読了)★★★★★
優しかった継父が船上で亡くなり、母は火事のため焼死、生き残った妹・薫は乳児院へ。そして自分は施設に入ることになった芳賀哲郎。しかし施設で弟のように可愛がっていた慎二がいじめられるのを見た哲郎は、いじめた相手を殺し、少年院へと行くことに。少年院を出た後は焼津へ。そして9年前、東友会・佐々木組の組長に誘われて上京。その時以来、哲郎は本当の名前を捨て、現在は伊勢商事の社長・伊勢孝昭として生きています。伊勢商事は、裏でこそ佐々木組と繋がりがあるものの、都内にレストランや高級クラブ等を所有する、表向きは全くの堅気の会社。哲朗にやくざには向いていないという佐々木の言葉もあり、哲郎自身も全くの堅気として暮らしていました。しかし銀座で、昔施設で一緒だった千佳子と出会い、その時千佳子と一緒にいた岡堀というゴシップ記者が、伊勢と今話題の天才バイオリニスト・馬渕薫とのつながりを知ったことから、歯車が狂い始めます。

重厚なハードボイルド。
主人公の伊勢孝昭(芳賀哲郎)は、大切な人たちを守るためには、自分が罪をかぶることも厭わない男気のある人物。信義や信念を上段に振りかざして行動しているわけではなく、ただ単に守りたい、それだけなのです。不運の積み重ねで今のような人生を歩んでいますが、でもその不運のうち1つでも欠けていたら、今の伊勢にはなっていなかったはず。伊勢の周囲にいる他の男たちもそれぞれに個性的なのですが、特に警察側、佐古刑事や大久保刑事がいい味を出していますね。、あくまでも犯人を追う立場でありながらも、きちんと生の感情を持った人間として描かれているので、主人公だけでなく、刑事側の苦悩も伝わってきて、ラストがとても切なかったです。そして伊勢がずっと大事にしている地球儀と、佐古が娘にもらったお守り代わりの胡桃という2つの小道具がとても印象的。この2つは2人の夢の象徴であり、2人の存在が対照的であることを際立たせているような気がします。伊勢のペルーの話をもっと読みたかったです。
しかし男性の描写に比べると、女性の描写はやや類型的のような気がします。何も言わずに待ちつづける今日子も、夢を持っていたにも関わらず、結局水商売に染まってしまう千佳子も、密かに伊勢を慕う、優秀な事務員・原田も、いかにも男性が書いたハードボイルドに登場しそうな女性たちでした。
物語は序盤こそゆっくりとした展開なのですが、中盤以降、特に佐古刑事と大久保刑事が捜査を始める辺りから、ぐんぐんとスピードアップ。それまでの伏線も十分に生かされ、伊勢側と佐古側の動きが平行して進み、緊迫感も十分。罪は罪、悪いことであるのは確かなのですが、それでも伊勢にはなんとか逃げ切って欲しい、と思ってしまいます。ラストもいいですね。いかにも任侠物らしい終りと言われればそれまでなのですが、それでも泣けます。
尚、この作品は「絆」という題名で映画化もされているそうです。伊勢孝昭役は役所広司さん。ぜひ一度見てみたいものです。
Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.