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このページは、西澤保彦さんの本の感想のページです。

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「リドル・ロマンス-迷宮浪漫」集英社(2003年7月読了)★★★★★お気に入り
【トランス・ウーマン】…神崎理恵の目の前にいるのはハーレクインと名乗る美しい男。何でも願い事を叶えてくれるというハーレクインに、理恵は袴田浩平と一緒になりたいのだと訴えます。
【イリュージョン・レイディ】…高校中退で大学には行っていない菱伊早百合。なのに、ふと自分が高校を中退した後で大検を受け、女子大を卒業したという妄想にかられてしまうことがあると言います。
【マティエリアル・ガール】…油又霧絵の望みは、テレビのバラエティ番組の人気司会者だった頃の体型に戻ること。160cmの身長に体重43kgだった彼女は今や85kg。夫の愛情も失いかけて…。
【イマジナリィ・ブライド】…撫河咲は、播万悠有紀という女性に、自分たちは深く愛し合う仲なのだと聞かされて驚きます。咲にとって悠有紀は全くの初対面。愛情があるどころではなかったのです。
【アモルファス・ドーター】…田南祐司の願いは、日柳幸太を生き返らせること。幸太は、同級生のリンチにより死亡。しかし加害者の中に警察上層部の息子が入っており、事件はうやむやに。
【クロッシング・ミストレス】…冠城久仁子は、もし冠城ではなく直栄を選んでいたら、と考えていました。高校時代の冠城は高嶺の花。冠城の思わせぶりな言葉が、その後を決定したのです。
【スーサイダル・シスター】…浮里千津子の義妹・知子は自殺の常習者。自殺する理由などなく、自殺しようとした自覚すらない知子は、「ひとの心が読めてしまうから」という言葉を漏らします。
【アクト・オブ・ウーマン】…宇出津智は工月晃がなぜ自分に接近するのか知りたがっていました。晃は、智が高校卒業後就職した大手楽器店の同僚・結花の息子。果たして自分を殺すつもりなのか…。

謎の人物・ハーレクインが人の心の暗部を抉り出す連作短編集。
心の中に様々な望みを持つ人々が、それを叶えてもらおうとハーレクインの元を訪れます。しかしいくら望んでいたことだからといって、その望みが叶えられさえすれば幸せになれるとは限りません。しかもそれがその人の本当の望みとも限らないのです。そして皆、心の奥底に隠していた、自分でもすっかり忘れていたことを思い出させられることになります。納得できようとできまいと、ただ事実が突きつけられ、人々は叶えられた現実を良くも悪くもありのままに受け止めなければならなくなります。
カウンセリングという言葉が時々登場するように、ハーレクインはまるで精神科医のようでもあります。相手とのやり取りの中から1つずつ事実を拾い上げ、最後に全体像を浮き上がらせる手腕はまるで安楽椅子探偵。しかし一方で、時には幻影を見せながら、相手の心の奥底に隠していた想いを容赦なく炙り出していく様は、まるで「笑ゥせぇるすまん」の喪黒福造のよう。ほんのりとホラー風味ですが、最後に全てが明らかになる瞬間は快感。ちょっぴり薄ら寒くなるところがいいですね。これを読んでいると、ハーレクインは決して「魔法使い」や「神」ではなく、あくまでも「悪魔」なのだと納得。
長身痩躯に黒いスーツ、背中まで伸ばした艶やかな黒髪、そして色白の彫りの深い顔立ちにも関わらず流暢な日本語を操るハーレクイン。この設定を読んだ時にまず思い出したのは、「赤毛のアン」のシリーズの「アンの愛情」でした。この本の中で、アンが友人たちと悪魔についての話をする場面があるのです。確かジエムシーナ小母さんという名前だったか、彼女が「悪魔は素敵な紳士の格好をしていると思いますよ」という意味のことを言うんですよね。それまでは悪魔といえば、おどろおどろしい両性具有のイラストしか見たことがなく、おとぎ話の中に登場する時も毛深い体に山羊のような足や角、コウモリのような羽があったりという姿ばかりだったので、小母さんの言葉は目からウロコ。とても印象的でした。堕ちた時に天使としての美しさが失われたといっても、悪魔も元は天使ですものね。人間を惑わすために美しい姿をしている方が自然だと思います。本当にハーレクインのような魅惑的な姿をしているのかもしれないですね。

どれも良かったですが、この中で特に好きなのは「イマジナリィ・ブライド」と「クロッシング・ミストレス」。本編の後に篠田真由美さんの「murderous authoressー解説に替えて あるいは西澤さんごめんなさい」という文章が入ります。これはハーレクインと篠田さんの対決編。これもまた面白いのです。最後にどうぞ。ぜひとも続けていって欲しいシリーズです。

「神のロジック 人間のマジック」文藝春秋(2003年7月読了)★★★★★お気に入り
マモル・ミコガミが<学校(ファシリティ)>に連れてこられて早半年。神戸の小学校に通っていたマモルは見知らぬ男女に連れられてこの学校へとやって来ました。恐らく日本ではないと思われる場所にあるこの学校は全寮制で、外界からは完全に遮断されており、そこにいるのはステラ、“詩人(ポエト)”、“ちゅうりつ(ニュートラル)”、“けらい(オベイ)”、“妃殿下(ユアハイネス)”の5人の少年少女と、“校長先生(プリンシパル)”と“寮長(RA)”とミズ・コットンだけ。この学校でマモル以外に日本語が話せるのは、日本人の父親とフランス人の母親を持つステラだけなのですが、マモルはすぐに順応し、日常的な英会話もすぐに使いこなせるようになります。この学校で行われているのは、授業(レッスン)と実習(ワークショップ)。何の目的があるのかも分からないまま、推理ゲームのような実習を繰り返すマモルたち。しかしその日、また新たな新入生が入ることが発表され、生徒たちの間に緊張が走ります。詩人が言うには、学校には変化を好まない邪悪なモノが棲みついており、その生徒が馴染めるかどうかが、今いる生徒たちにとって大きな試練になるというのです。

謎に包まれた学校の設定が、ちょっぴり恩田陸さんの「麦の海に沈む果実」などに登場する「三月の学園」を思い起こさせます。しかし「三月の学園」では、同じように外界から遮断されていても、皆それぞれに自分の目的を持って生活しているのですが、この作品の中の学校では、誰1人としてこの学校で学んでいる目的すら分かっていないのです。ある者は秘密探偵や情報工作員の訓練だと言い、ある者は学校こそがヴァーチャルリアリティの世界なのだと言います。しかも誰もこの学校に来る直前のことを覚えていません。前半部分はそのような謎を始めとして、美味しくない食事やスナック菓子についてや、実習での推理ゲームに関するディスカッションがメイン。そこに、新入生が入ると実際に何が起きるのか、入ることのできない電話ボックスは一体何なのかなどの興味をそそる事柄が絡んでいきます。その1つ1つはそれほど大きくないのですが、しかしマモルの目を通してその1つずつがじっくりと検証され明らかになっていくというこの展開は、まるで自分も見知らぬ館の中を探検しているようでもあり、全く気を逸らさせてくれません。そして後半の事件が起きてからは、一気に畳み掛けるような展開。前半の慎重なムードは一転して非常に大胆な結論を導き出すことになります。
非常に感想が書きにくい作品ではあるのですが、とにかく西澤さんらしさの詰まった作品だと思います。面白いです!そして最後まで読んだ時、この題名の意図するところを改めて考えざるを得ませんね。
巻末には西澤保彦さんへのインタビューも収められており、こちらも興味深い内容となっています。

「笑う怪獣-ミステリ劇場」新潮社(2003年8月読了)★★★
市役所勤めの正太郎、経営するアパレルメーカーが好調な青年実業家の京介、そして恐らく普通のサラリーマンのアタル。学生時代から悪友同士の3人は職場こそ違うものの、未だに独身で、暇さえあればつるんでナンパにあけくれる日々。しかしそのナンパの成功率はあまり高くなく、しかも毎回何かしらの邪魔が入ることに…。頭の中はエッチのことでいっぱい、アホでスケベなお笑い3人組が繰り広げ巻き込まれる騒動の連作短編集。

怪獣だの宇宙人だの改造人間だのが大挙して押し寄せ、気分はすっかり特撮映画。喜国雅彦氏の挿絵が、この雰囲気にまたぴったりです。しかし怪獣などの存在にすっかり気を取られていると、意外なところできちんとしたミステリが展開していたりして、逆にびっくりさせられたりもします。私の好きなのは、なんとも可愛い「聖夜の宇宙人」と、完全に趣味に走ってると思われる「書店、ときどき怪人」。女子高生の幽霊の語る話から、3人組が過去の殺人事件を解いてしまう「女子高生幽霊綺譚」もなかなかいいですね。しかしここまできてしまったら、基本的に開き直ってしまっている方が好みです。
正太郎といえば思い出すのは、柴田よしきさんの正太郎シリーズ。京介といえば、篠田まゆみさんの建築探偵シリーズ。アタルといえば… 高橋留美さんの「うる星やつら」のアタルでしょうか。というのは、まるで見当違いかもしれませんが、どうしても色々と想像してしまいます。例えば「聖夜の宇宙人」に出てくる、有栖川ユリ嬢… たとえばそれぞれの短編のタイトル。赤川次郎氏に「晴れ、時々殺人」という作品もありましたよね。

収録作品…「怪獣は孤島に笑う」「怪獣は高原を転ぶ」「聖夜の宇宙人」「通りすがりの改造人間」「怪獣は密室に踊る」「書店、ときどき怪人」「女子高生幽霊綺譚」

「黒の貴婦人」新潮社(2003年12月読了)★★★★★お気に入り
【招かれざる死者】…仕方なく有馬真一のパーティに出ることになったタカチとウサコ。勘違いした有馬にタカチは爆発寸前。しかしドアチャイムの音に有馬が玄関に出ると、若い女性の死体が。
【黒の貴婦人】…最近ボアン先輩が気になっている女性は、白い帽子を被る清楚な感じの女性。自分たちが2軒の行き着けの店のどちらかに行った時、彼女は必ずその店のカウンターにいるというのです。
【スプリット・イメージ】(または避暑地の出来心)…安槻大の女子学生4人の合宿に、おさんどん役としてついていくことになったタック。しかし一夜明けてみると、家の裏の雑木林には男性の死体が。
【ジャケットの地図】…量販店チェーンの会長だった笠原が死亡。愛人役をやっていた「わたし」は、ジャケットの裏地と表地の間に地図を縫いこんだと言っていた笠原の言葉を思い出します。
【夜空の向こう側】…晴れて就職したボアン先輩。ウサコと飲んでいる時に、タックとタカチの話、そしてウサコが出席した親戚の結婚披露宴の時に現れた、妙なお祝儀泥棒の話になります。

タックシリーズ第8弾。前作の「謎亭論処」に引き続き、今回も短編集。しかし短編集ではあるのですが、とても充実していて濃密な感じ。長編好きの私ですら大満足してしまうほどでした。最初2編がウサコ視点、次の「スプリット・イメージ」がゆかりというウサコたちの後輩にあたる女子大生の視点、「ジャケットの地図」は愛人の女性、「夜空の向こう側」は、作者視点となっています。
タックシリーズは、長編こそ時系列順に発表されているものの、短編集の中に収められる作品の時系列はバラバラ、この作品もその例に漏れずバラバラです。しかし以前発表された短編の間隙を縫う作品となっており、思わぬところで思わぬパズルのピースが埋められていくのには驚かされました。これまでのシリーズ作品をずっと読んでいる人には、きっと色々な面から楽しめるはず。「黒の貴婦人」で、思いがけずタカチの心情が吐露されるのもとても良かったですし、「スプリット・イメージ」での、その後の2人の姿が見られるのも嬉しいですね。初期の頃の、タカチの尖りまくっていた角の先がふっと丸みを帯びているのを感じる瞬間がとても好きです。そしてボアン先輩が就職するにあたり、このようなエピソードがあったとは。
しかしどんどんピースが埋まり、パズルもかなり完成に近づいている印象。隙間がだんだん埋まっていって嬉しい半面、このパズルが完成してしまうと、シリーズも完結に大きく近づくのでしょうか。そう考えると、なかなか複雑なものがありますね。

「いつか、ふたりは二匹」講談社ミステリーランド(2004年5月読了)★★★★
菅野智己は、柚森第六小学校に通う6年生の男の子。3年前に母親が再婚した頃から、自分が寝ている間に、雌の黒猫の身体に乗り移ることができるのに気付きます。今のところ、日曜日の朝ごとに、自らジェニイと名づけたその黒猫の身体の中に意識を乗り移らせている状態。そんなジェニイが仲良くしているのは、近所の実藤さんの家に飼われているセントバーナード犬のピーター。そんなある日、同じ小学校に通う3人の少女に、不審な若い男が運転する乗用車が突っ込んでくるという事件が起こります。3人とも咄嗟に避けて無事だったものの、私都遥華だけは避けた時に転んで大怪我を負って入院。少女たちの証言から、1年前に起きた女子児童誘拐未遂事件の犯人が、再び事件を起こしているのではないかと考えられます。しかし1年前に狙われた少女に続いて、今回怪我をした遥華の家庭教師も、智己の義理の姉の久美子だったのです。智己は密かに事件のことを調べ始めることに。

ミステリーランドの4回目の配本。同時配本は、森博嗣氏の「探偵伯爵と僕」、高田崇史氏の「鬼神伝-神の巻」。
あとがきで西澤さんご自身が「ポール・ギャリコの名作『ジェニィ』へのオマージュ」と書かれているのですが、猫の身体に自分の意識を乗り移らせることができるという、西澤さんらしい設定の物語となっています。しかし日頃の、特に西澤さんの初期のSF作品に比べると、ミステリーランドという枠のせいなのか、SFというよりはむしろファンタジーという言葉がふさわしい作品のように感じますね。智己の入り込んだ猫・ジェニイとセントバーナード犬のピーターの雰囲気が何とも暖かくてほのぼのとしていて良かったです。冒頭のピーターのお腹でぬくぬくと昼寝をするシーンから、すっかり引き込まれてしまいました。しかしそんな雰囲気の中で起きる事件は、2匹のほのぼの感とは対照的。事件そのものもそうですが、小学生の少女たちの姿からも、いかにも現代的なシビアなものを感じました。その中でも特に、忍坂園美の姿が印象的。人によって子供っぽさ大人っぽさの差が出やすいこの時期の少女たちの姿がとてもリアルですね。そして最後に明らかになる真相も、事件やその背景に相応しいもののように感じられました。
タイトルなどから一部予想できてしまうのだけは少し残念でしたが、とても面白かったです。

「パズラー-謎と論理のエンタテイメント」集英社(2004年7月読了)★★★★
【蓮華の花】…作家である日能克久の元に高校の同窓会の連絡が入ります。しかしその時話題に出た梅木万里子のことを、日能は20年間も死んだものとばかり思い込んでいたのです。
【卵が割れた後で】…ハリケーンが接近中のフロリダでも有数のリゾート地で見つかったのは、日本人留学生の死体。その肘には、腐った卵がこびりついた跡がありました。
【時計じかけの小鳥】…奈々は久々に入った書店で、アガサ・クリスティの「二人で探偵を」を購入。しかしその本には奇妙なメモと母親の筆跡らしいイニシャルと日付が残されていたのです。
【贋作「退職刑事」】…刑事の五郎は、かつて硬骨の刑事だった父親に、中野の絞殺事件のことを話して聞かせます。子連れ再婚をした主婦が、元亭主に殺されたのです。
【チープ・トリック】…スパイク・フォールコンとブライアン・エルキンズが殺され、ゲリー・スタンディフォードが犯人・ナタリー・スレイドの行方を求め、トレイシィのを訪ねてきます。
【アリバイ・ジ・アンビバレンス】…憶頼陽一が駐車場の車の中で寝ていると、同じ高校に通う刀根館淳子と年配の紳士が現れ、駐車場に隣接した蔵の中に入っていきます。しかし2人が蔵の中にいたまさにその時間帯に、淳子が同学年の高築敏朗を殺したと自供していると聞かされて驚きます。

ノンシリーズの短編集。「蓮華の花」は「新世紀『謎(ミステリー)』倶楽部」、「時計仕掛けの小鳥」は「名探偵は、ここにいる」で、「チープ・トリック」は、「密室殺人大百科」(下)で、「アリバイ・ジ・アンビバレンス」は「殺意の時間割」にて既読。
「パズラー」というタイトル通り、論理的な謎解き作品が中心の短編集。これだけ沢山の著作を出してらっしゃる西澤さんにとって、本書が初めてのノンシリーズ短編集とは驚きました。しかも単独で読んだ時はほとんどパズラーとは認識していなかった「蓮華の花」のような作品も、ここで改めて読んでみると、実は立派なパズラー小説だったのですね。新たな指摘によって刻々と姿を変えていく真相、そして「記憶」や「親子」など、他の西澤作品へと繋がる部分も多く見られるのが特徴の作品群。この中で私が一番気に入ったのは、「贋作『退職刑事』」。話を聞いている父親の示唆によって、めまぐるしく変わっていく真相の姿がいいですね。そして「卵が割れた後で」は、「神父さま」ことウォーレン・ウォラー主任警部やエルことエルヴィラ・ヴァレンタインなど、楽しいキャラクターが揃った作品。なんでもエルは、他の長編作品にもちらりと登場したことがあるのだとか。これはぜひ本当にシリーズ物にして欲しいものです。

「方舟は冬の国へ」カッパノベルス(2004年9月読了)★★★★★
6年勤めた会社を辞めた十(つなし)和人は、通っていたハローワークの前で見知らぬ男に声をかけられます。男はオリエント・リサーチという会社の調査員・言語道断(てくらだ)文章と名乗り、和人に仕事を1つ依頼したいのだと言います。その仕事は、他言無用で某民家に1ヶ月間、滞在すること。その支度金として提示されたのは、和人の過去6年間の収入を上回るものでした。しかも依頼を完遂した時点で、さらに残りの報酬が支払われるというのです。特殊な事情は絡んでいても、犯罪とは一切関係がないと聞いた和人は、その報酬と抑えきれない好奇心から、その仕事を引き受けることに。そして和人は「末房信明」として、妻の「栄子」、娘の「玲衣奈」と共に、盗聴器や監視カメラが数多く仕掛けられているという日本国内の1軒の別荘で暮らし始めることになります。

「小説宝石」での不定期連載という作品であったこともあり、大きな謎の他にも、1章ごとに小さな謎が配置されているという連作短編風の作品。しかし全体から見ると、ミステリ的要素はそれほど強くないのですね。むしろ初期の西澤作品を彷彿とさせるようなSF風味の方が目につきます。そしてこのSF風味によって、偽装結婚や偽装家族をモチーフにした既存の作品とは、また違う独特の味わいを見せています。
しかしそのSF風味にも増して楽しめたのが、偽装家族を演じることになった3人の人間ドラマ。外に出ることは許されておらず、かといってテレビもラジオも新聞もなく、本といえば横文字のものばかりの家の中では特に何もすることがなく、最初は時間を持て余してしまう3人。間がもたないばかりに、できるだけ時間をかけて丁寧に料理を作り、汚れていもいないのに大掃除をし、ついついシーツや枕カバーまで洗濯してしまいます。そして、対外的には新婚気分の抜けない仲睦まじい夫婦、しかしその実態は赤の他人という「信明」と「栄子」が、同じ寝室に寝ない状況をできるだけ自然に作り出すために、知恵を絞ってみたりするのです。この辺りの描写がとても微笑ましくていいですね。そんな2人が、徐々に自分たちのプライベートな話を始める辺りも、それまでの細かい描写があるからこそ。強烈なインパクトこそありませんでしたが、読後感も爽やかで、とても素敵な物語でした。

「生贄を抱く夜-神麻嗣子の超能力事件簿」講談社ノベルス(2005年6月読了)★★★
【一本気心中】…保科のもとを訪れた神余響子。ただ1人の相手のみの五感に干渉して別人に化けるという変装能力、Dツールが観測されたというのです。
【もつれて消える】…8月3日の朝、目が覚めた私。夫との濃密な時間を過ごし、同じマンションに住む高校生にときめき、不倫相手と会うために高級ホテルへと向かうのですが…。
【殺し合い】…従姉の結婚式で久しぶりに会った伯母は子供の頃のおねしょのことを未だに話題にし、父親はかつての担任のことを悪し様に罵り、宮脇達郎はうんざりしていました。
【生贄を抱く夜】…女王様タイプの室賀真寿美の婚約記念のホームパーティに呼ばれて出かけようとする実松波子。しかし最近、留守の間の部屋の様子が何かおかしいのです。
【動く刺青】…持って生まれた念写の力で1410号室に住む「ユキエ」を写すのが趣味の問叶善信。しかしその日写った「サダオ」の背中には、見覚えのない刺青のような模様が。
【共喰い】…自転車で突進してきた高校生3人組のせいで転んで、糞に手をついてしまった扇屋博明。このままでは済ませないと心に誓うのですが…。
【情熱と無駄の間】…リストランテ・ヴィチーノの前で高揚する磯久香保里。この日のために準備を重ねていたのですが、ようやく計画を実行する日が来たのです。

神麻嗣子シリーズ第7弾。短編が7編収められています。
今回物語で中心となるのは、保科匡緒や能解匡緒、 神麻嗣子や神余響子といったいつものメンバーではなく、事件を引き起こすことになる超能力者たち。超能力者たちの視点から語られていきます。
あとがきに書かれている、「キャラクターを外側から眺める物語を書いてみたくなる」というのはとてもよく分かりますし、私もそういう作品を読むのは大好きです。そういった物語によって、物語の世界が広がるような気がします。しかし今回に限っては、いつもと同程度のページ数に短編がいつもよりも1つ多く入っているということもあり、いつもよりも小粒に感じられてなりませんでした。超能力の様々な能力自体は相変わらず奇想天外で面白く、特に「情熱と無駄の間」の香保里の弁明など思わず脱力してしまうほどで、相変わらずの明るく楽しい雰囲気の作品になっているだけに、それだけで終わってしまっているのがとても残念。チョーモンインシリーズにも、色々と影の部分があったと思うのですが…。次こそ、じっくりと長編作品を読みたいものです。

「腕貫探偵-市民サーヴィス課出張所事件簿」実業之日本社(2005年8月読了)★★★★
【腕貫探偵登場】…父親に送る在学証明書のために櫃洗大学の事務室を訪れた蘇甲(そかわ)純也は、そこに不思議な貼り紙と黒い腕貫をした奇妙な男を見つけます。
【恋するほかに死するものなし】…原因不明の発作に悩まされている母親に付き添って、国立櫃洗医科大学にやって来た筑摩地(つくま)葉子は、腕貫探偵に母のことを相談することに。
【化かし合い、愛し合い】…完利(しとり)穂乃加がよりを戻してくれそうだという嬉しさのあまり結構飲んでいた門叶(とかない)雄馬は、腕貫探偵にそのことを話します。
【喪失の扉】…国立櫃洗大学事務局長を定年退職した武笠寿憲(むかさとしのり)は、1週間ほど前に自宅の書斎の押入れからみつけた20年前の学生証を見て戸惑います。
【すべてひとりで死ぬ女】…氷見刑事と水谷川刑事は、カットレット・ハウスで見かけた女性が公衆トイレで死んでいるのに遭遇。それは兎毛成(ともなり)伸江でした。
【スクランブル・カンパニィ】…総務の螺良(にしら)光一郎に誘われた檀田臨夢(まゆみたのぞむ)は、その相手が4課の秋賀エミリと玄葉淳子だということに驚きます。
【明日を覗く窓】…音成比呂志という洋画家の個展の後片付けを頼まれた蘇甲純也は、会場で筑摩地葉子と出会いご機嫌。しかし箱が1つだけ余ってしまいます。

両腕に黒い腕貫をした「腕貫探偵」の連作短編集。
この腕貫探偵というのは、ひょろりと鉛筆みたいに細身、ひと昔前の肺病やみの文学青年みたいに尖った風貌に、丸いフレームの銀縁メガネ、脂っけのない髪には白いものもちらほら混じり、表情や声には特徴がなく、若いのか年寄りなのかよく判らない年齢不詳の男。市内の様々なところで「市民サーヴィス課臨時出張所」の貼り紙と、彼が折り畳み式らしき簡易机の前に座っているところが目にされ、見た人々は不思議に思いながらもなぜか相談せずにはいられないという不思議な存在。相談者の話を聞いて、あっさりと指示を出したり謎を解き明かすのですが、それがさりげなくも的確。どことなく「完全無欠の名探偵」のようでもありますね。人々はみはるを目の前にした時のように、自分が思っていた以上のことを話してしまい、それによって隠された真相に薄々気が付いてしまうのです。腕貫探偵は、ほんの少し助けているだけ。シンプルであっさりしている分、緊迫感はほとんどありませんし、短編なので謎も小粒なのですが、それでも登場人物がいいですね。腕貫探偵もかなりテンションの低い人物ですが、いい味を出しています。
本の後味を爽やかに印象付けてくれるような蘇甲純也と筑摩地葉子のほのぼのとした関係もとても良かったのですが、7編の中で特に気に入ったのは、「スクランブル・カンパニィ」。事件の内容やその解決そのものよりも、玄葉淳子と秋賀エミリという2人の存在がとても強烈。彼女たちにはまたぜひ再会したいですね。4課の他の面々のこともとても気になってしまいます。

「フェティッシュ」集英社(2005年11月読了)★★★★
妻に先立たれた直井良弘の日課は、毎朝起きるとまず地元新聞の葬儀告知欄をチェックし、その日に執り行われる予定の告別式もしくは通夜の中から1つ選ぶこと。実は良弘は黒タイツフェチで、喪服姿の女性の脚のショットをデジタルカメラで撮るために葬儀巡りをしているのです。その日良弘が参列したのは、48歳で亡くなった筈谷由美の葬儀。そこで良弘の眼に留まったのは、15〜6歳の美少年。これまでに見たこともないほど中性的で美しい顔立ちをしており、少年には興味がないはずの良弘も、思わず後を追いかけます。しかし良弘は、その少年を見かけたことがあったのです。それは数ヶ月前に参列した贄土師華子の葬儀でのこと。その時撮った写真の中に、その少年は写っていました。しかしその時は髪の毛は三つ編みで、地元屈指の有名私立学園の制服であるセーラー服姿。どこから見ても可憐な少女だったのです。

西澤作品には、今までにも時々「フェチ」や「ジェンダー」的要素が見られていましたし、いつかは大きく取り上げることになるのだろうと思っていましたが、ここにきてようやく1つの作品にまとまったという印象。作品は「意匠」「異物」「献身」「聖餐」「殉教」という各章に分かれており、それぞれの章に脚(タイツ)フェチや手フェチ、女装趣味など、怪しげな「フェチ」ぶりを見せる人々が登場します。表面的はごく普通に見える人々が密かに持つ、特異な嗜好の数々。そして普段は影に隠れているそれらの特異な嗜好が表面に現れるきっかけが、クルミという存在なのです。読んでいると、そういった嗜好がまるでクルミによって解き放たれたような感もあります。そしてその嗜好の持ち主が、たとえクルミと関わることがきっかけとなって殺されることになったとしても、それほど不幸ではなかったように感じてしまうのは、クルミの持つ魔性の魅力なのでしょうか。そして、ここに登場する人ほど特異ではないにせよ、嗜好というものは人それぞれにあるもの。誰がいつこの登場人物たちと入れ替わってもおかしくないということを改めて感じさせられてしまいます。
殺人はたびたび起きるのですが、ミステリというよりもむしろサイコホラー。面白く読めたのですが、クルミの「触れれば死ぬ」という特異体質に関してだけは、あまりすっきりしないまま終わってしまったような気がします。その部分だけは、無条件に受け入れるべきだったのでしょうか。何かもう少し腑に落ちる解決が欲しかったので、それだけは少し残念でした。
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