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このページは、西澤保彦さんの本の感想のページです。

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「依存」幻冬舎(2000年10月読了)★★★★★お気に入り
白井教授の家で、教授お気に入りのルルちゃんの誕生会が開かれることになり、ボアン先輩、タック、タカチ、ウサコといういつものメンバーに、ルルちゃん、ケーコたん、カノちゃんという美女3人を加えた7人が集まります。最近身の回りに奇妙な出来事が多いというルルちゃんにつられたかのように、それぞれが自分が体験したいろいろな奇妙な出来事の話し始め、その話の中で突然、タックに兄がいたことが判明。タックには、実の母に殺された双子の兄がいたというのです。

タックシリーズ第6弾。今回はウサコの視点で物語が進んでいきます。
1つ1つのエピソードが次のエピソードを引き出すきっかけに使われているので、実際にはそれほど重要ではない事柄もあるのですが、一見バラバラに見える出来事がウサコの目によって1つの物語にまとめあげられていきます。そしてそれらのエピソードが、メインとなるのタックの話へ。ストーリーや構成面でも、気になる部分はあるのですが、しかし読んでる間はとにかくぐいぐいと惹きつけられてしまい、そういうことが全く気になりませんでした。さすがですね。テーマは重いのですが、やはりキャラクターの魅力に助けられているのでしょうね。重苦しくなったりせず、かなり救われているように感じます。それにこの重いテーマを、いつも明るく可愛いウサコが語るというのも、とても効果的。ウサコの可愛いだけではない内面が垣間見れたのも、とても新鮮でした。
しかし最後のタカチのあの台詞には驚きました。彼女がそういうことを言うというのも驚きなのですが、ウサコのナレーションでとても雰囲気が盛り上がっていただけに、ギャップを感じてしまいました。…やはり男性が書いた物語なんですね。
このシリーズに関しては、先の方のことまで構想が立ってるようです。これからこのメンバーがどうなっていくのか、どのような展開が見られるのかが本当に楽しみです。

「なつこ、孤島に囚われ。」祥伝社文庫(2000年11月読了)★★★
日本で唯一のお笑い百合小説専門の耽美作家・森奈津子は、目が覚めると孤島の別荘に1人。どうやら同業である倉阪鬼一郎、牧野修と飲んだ帰りに、見知らぬ美女に拉致されてしまったようなのです。しかし、さすがに電話だけはないのですが、エアコンも水道も完備、冷蔵庫には毛蟹とビールがたくさん(もちろん他の食料品も)、ワードローブには服や水着がよりどりみどり、その上自分の著作がずらっと並べられているというなかなか快適な、とても誘拐されたとは思えない状況。書斎にあったワープロで仕事をしながら、のんびりと孤島の生活を楽しむ奈津子。しかし水平線の向こうに見える島を双眼鏡で見てみると、そこの男性もこちらを双眼鏡で伺っているのです。お互いに双眼鏡で覗きあうのが日課となった2人。しかしある日、あちらの島に異変が訪れます。

祥伝社文庫創刊15周年記念の「無人島」テーマ競作作品。(他は近藤史恵、恩田陸、歌野晶午)
いや、すごいですねえ…。「百合」とか「薔薇」とか、単語的な知識だけは一応あったのですが、こんなにすごいとは驚きました。はっきり言って、とんでもない作品。この作品には拒否反応を示す人が多いかもしれません。しかしこれで思いの外気楽に楽しめてしまうのが、また不思議です。これはやはり主人公の森奈津子さんが「お笑い」百合族作家であるように、この作品もすっかり「お笑い」となっているからなのでしょうね。慣れないとちょっと読むのが恥ずかしくなる場面もたくさんあるのですが、そういう部分は適当に飛ばして読めば大丈夫。しかしこういう作品に作家さんの名前を実名で出してしまうとは、出す西澤さんも西澤さんですが、出させる作家さんたちも太っ腹ですね。これがシリーズ化されるというのには、さすがにちょっと複雑な心境ですが…。

「転・送・密・室-」講談社ノベルス(2001年2月読了)★★★★★お気に入り
【現場有在証明】…車前リミに続き、その近所にすむ車前多恵子も殺されます。リミは多恵子と間違えられて殺されたのか、それとも車前という苗字の人物を狙った犯行なのか。犯人は自分の分身を作り、本体とは全く別の場所で行動させることのできる超能力・リモート・ダブルの持ち主でした。
【転・送・密・室】…戸棚から妻の死体が発見されます。日頃から妻に虐待され続けた夫が、浮気現場を押さえられて妻を殺害し、未来に飛ぶ能力「ジャンプイン」を使ったと見られるのですが…。
【幻視路】…聡子は首を締められる夢を見ます。そして勤め先の本屋に現れたかつての恋人。夢の中で聡子の首を締めていたのは、現在彼の妻となっている女性でした。予知夢である可能性が高いと思いながらも、聡子は全くの好奇心から「留守を預かってほしい」という彼の頼みに応じます。
【神余響子的憂鬱】…超能力者問題秘密対策委員会の正規の相談員・神余(かなまり)響子。彼女の協力者(スキマー)だった刑事が殺され、響子は上司の命令で渋々同期である神麻嗣子と組むことに。
【《擬態》密室】…珍しく保科匡緒と能解匡緒の二人きりのデート。しかし良いムードになったのもつかの間、殺人事件が発生したとの連絡が入ります。そして現場に駆けつけてみると、神麻嗣子に拘束されていたのは能解匡緒の部下の百百太郎でした。
【神麻嗣子的日常】…神麻嗣子は保科匡緒に必死で家事を伝授します。珍しく嗣子の視点の物語。

神麻嗣子シリーズ第5弾。このシリーズとしては特に奇抜な設定ではないのですが(読者側の馴れもあります)、しかしレベルは高め安定という感じで読みやすい短編集です。保科匡緒の前妻・聡子や、神麻嗣子の同僚である神余響子という新しいキャラクターが登場、早くもいい味を出してますし、「神余響子的憂鬱」では、今までほとんど謎の存在だったチョーモンインの内部を垣間見ることもできます。そして保科さんの新しい担当の女性・阿呆梨稀(あぼうりき)も限りなく謎のある存在。これから活躍してくれそうな、楽しみな人物ばかりです。
しかしこの本を読んでいて気がついたのは、このシリーズは実はあまり短編向きではないのではないかということ。キャラクター的なお楽しみと超能力、そしてミステリという三本立てとなっているので、短編だとどうしても少ないページ数にぎっしり詰め込まれることになってしまうんですよね。超能力の説明など基本的な設定で、どうしてもある程度のスペースをとってしまいます。しかし「神余響子的憂鬱」「神麻嗣子的日常」みたいなお遊び的な作品が入っている分、とてもバランスが良い1冊だと思います。

「謎亭論処-匠千暁の事件簿」祥伝社ノンノベル(2001年5月読了)★★★★
【盗まれる答案用紙の問題】…ボアン先輩こと辺見裕輔が職員室に忘れ物を取りに戻ってみると、帰る前に確かに机の上に置いたはずの週テストの答案用紙が消えていました。そして外に出てみると、校門の所に止めておいたはずの、自分の車までもがなくなっていたのです。
【見知らぬ督促状の問題】…ウサコの友人である広末倫美(ともみ)は、ある日マンションの家賃の督促状を受け取ります。家賃の滞納など全く身に覚えがなく、しかも差出人の名義がいつもと違うと気が付いたことから、倫美はウサコと共にボアン先輩に相談することに。
【消えた上履きの問題】…ある日の朝、高1Aクラスの生徒全員の上履きが靴箱から消えうせていました。その上履きは翌日見つかったのですが、なんとテューバのケースに入れられ、道端に放置されていたのというのです。そしてクラスメイトである浜田智佐が死体で発見されたとの知らせが。
【呼び出された婚約者の問題】…安槻市内で開業医をしている佐藤哲郎は、ある日昔の婚約者・広田明子に呼び出されます。わざわざ東京からやってくるという明子は、佐藤と佐藤の今の婚約者を無理矢理呼び出すのですが、結局無理心中の死体となって発見されることに。
【懲りない無礼者の問題】…電車の中で、傍若無人に安槻の悪口を言いまくる中年カップル。その話を聞いた我孫子鈴江は、その2人が1年前に同僚の教諭の息子を殺した犯人ではないかと考えます。
【閉じ込められる容疑者の問題】…娘夫婦に睡眠薬を盛り、その間に死んでいた母。死体発見時、家は密室状態で、夫婦のどちらかが犯人だと思われるのですが…。
【印字された不幸の手紙の問題】…ウサコが家庭教師をしているさぎりは、ある日不幸の手紙を受け取ります。封書の中に一通入っている葉書を1ヶ月以内に一番嫌いな相手に出さないといけないのです。
【新・麦酒の家の問題】…タック、タカチ、ウサコの3人は、ボアン先輩に連れられて高級住宅街にある洋館へ。そこはボアン先輩がかつて付き合っていた女性の家だというのですが…。

タックシリーズ第7弾。今回は連作短編集です。短編というのは話に入った頃に終わってしまうことが多いので、私は基本的に長編の方が好きなのですが、しかしこの短編集は話によって語り手が違い、年代も様々。しかもウサコの結婚生活が垣間見れるというお得な1冊です。
このシリーズはどれもそうなのですが、推理はすべて複数の人間の議論によって導き出されます。そのおかげで、結論だけを聞くと突拍子なく感じる推理であったとしても、どのようにしてそれが引き出されたのかが一目瞭然。実は無理なく引き出された推理なのだということが分かります。素人探偵たちが揃って、あーでもないこーでもないと言っている過程が楽しめるというのも、このシリーズの魅力でしょうか。推理以外のキャラクター同士のやりとりもとても楽しいですね。本当はタカチにもっと活躍して欲しかったのですが、しかし「依存」以降の彼女のちょっとした変化について触れられているので、一応満足です。
この中では、「新・麦酒の家の問題」が好きですね。情景を想像して笑ってしまいました。

「夏の夜会」カッパノベルス(2003年8月読了)★★★
かつての同級生同士の結婚式に参列するために、久しぶりに地元に戻った見元。披露宴が終わった後、同じテーブルについていた小学校時代の同級生たち4人と共に、ホテルのティールームに行くことになります。その時話題に出たのは、30年前、小学校3年と4年の時に自分たちの担任だった井口加奈子という女性の話題。「鬼ババア」と呼ばれ、蛇蝎の如く忌み嫌われていた女教師のことでした。自分の気分次第で生徒たちに体罰を加えていた、陰湿でサディスティックな性格の彼女。その井口加奈子は、見元たちが小学校4年の夏休みに、旧校舎の中で殺されているのが発見されていたというのですが…。

本の裏表紙に「この夜会の主役は、記憶だ。呼び起こされ、捩じ曲げられる記憶たちだ。」という大田忠司さんの文章が載っていますが、まさにその通りと思える物語。冒頭に人間の記憶の曖昧さについての主人公による講釈があり、物語を読むにつれ、その「曖昧さ」を否が応でも実感させられることになります。自分は本当にその時その行動をとっていたのか、それともそれは後で第三者によって与えられた情報なのか。潜在意識下の希望によって、自分の記憶を捏造したりはしていないか…。
この作品は、そのような記憶という不安定な基礎の上に成り立つ物語。登場人物たちは、ひたすら自分たちの記憶を頼りに、30年前の出来事を探っていきます。そこに新しく登場する人物の記憶が、また別の事実を掘り起こし、しかしまた新しく登場する人物によってその記憶は簡単に覆され、新たな事実がまるで旧知の出来事であるかのようにすんなりと認識されてしまう… もちろん話の内容は殺人事件に関することで、それだけでもミステリではあるのですが、記憶が次から次へと覆される様がまた、名探偵によって次から次へと覆される仮説のようでもあります。自分自身の物であるはずの記憶もままならないというこの不安定感が堪らないです。
そして一晩たった時、最終的に現れた事実。しかしこれもまた無意識のうちに捏造されている可能性はあるわけです。名探偵の推理に煙に巻かれるように、曖昧な記憶にもてあそばれているよう。
趣向としてはとても面白いと思いますし、西澤さんらしい切り口だと思います。緻密に積み上げられた論理が一瞬にして崩壊するのも、西澤作品ならでは。しかしそれ以上に私が感じたのは、そこはかとない恐怖。この無限のループからは、果たして逃げられるのでしょうか。単なる酔っ払いの戯言で済まされればいいのですが…。

「異邦人-fusion」集英社(2003年8月読了)★★★★★
2000年の大晦日。郷里の後宮町に帰るために、羽田空港に来ていた永広影二は、ふと自宅に電話をかけることに。電話に出た姉の美保は、大学生の時に家庭教師をした月鎮季里子という女性が作家になっているので、その作品を買って帰って欲しいと影二に頼みます。影二が空港の中の書店で見つけたのは、「アニスの実の酒」という作品。この作品は実は、作者の月鎮季里子と姉の美保がモデルとなっているラブストーリーでした。姉の美保は、男性には一切興味を持てないというレズビアンだったのです。月鎮季里子は、美保の大学時代の恋人。影二はその物語を読みふけります。しかし2000年の大晦日の午後7時羽田発の飛行機に乗った影二が降り立ったのは、なんと1977年8月の竹廻空港。それは美保が失踪した夏。影二の父が後宮浜で何者かに殺される4日前でした。

西澤さんの作品としては、とても久しぶりのタイムスリップ作品。設定としては、一見「七回死んだ男」のようでもあるのですが、西澤さんの従来のSF志向のミステリ作品に比べると、かなり落ち着いた感がありますね。「父親の死」というミステリ的要素は、この物語においては単なる添え物といった印象。恐らくほとんどの読者には父殺しの犯人はすぐ分かると思いますし、しかもどのようにして殺人を防ぐかという行動も、この作品においてはそれほど重要なことではないようです。この作品は、どちらかといえば、SF志向の恋愛小説と言えるのかもしれません。たとえば、北村薫さんの「時と人の三部作」のような。しっとりとしたノスタルジックな雰囲気が、とても良かったと思います。そしてその物語に絡められているのは、西澤さんの最近の作品によく登場しているセクシュアリティの問題。男女間の愛情も、同性間の愛情も、基本的になんら変わることがない…。これに関しては、全くの同感です。とは言っても、私には同性との恋愛の経験はないのですが。
それほど強烈なインパクトはありませんが、私にとっては読んでいてとても心地の良い作品でした 。

「両性具有迷宮」双葉社(2003年7月読了)★★★★
新宿での打ち合わせを終えて帰宅しようとしたお笑い百合小説作家・森奈津子は、ふと駅前の商店街にあるコンビニエンス・ストアに立ち寄ることに。近所に女子大生専用の学生寮ができたばかりということもあり、店内は若い女性ばかり15人。しかし奈津子がコンビニを出ようとした丁度その時、何やら大きな衝撃を受けて奈津子は転倒。店内にいた女性はひとり残らず床に倒れていました。しかし不思議なことに、レジの青年・阿字戒はその爆発のような衝撃を何も感じていなかったのです。その晩、奈津子の前にシロクマのぬいぐるみが現れます。その自称宇宙人のシロクマ星人は、地球侵略を諦めて星に帰ろうとしているところだと語ります。ところが手違いで「ピーナッツ」と呼ばれる爆弾が射出。爆発が起きても男性は何も感じないのですが、しかしその爆風を浴びた女性には、なんと男性器が生えてきてしまうことに。その4日後。コンビニのレジの青年・阿字戒が殺されて、防犯ビデオのテープが盗まれます。続いて女子大生ばかり4人が殺される事件が。その4人の女子大生は、どうやらコンビニに爆発があった時に居合わせていたらしいのですが…。

「なつこ、孤島に囚われ」の続編。前回に引き続きの倉阪鬼一郎さん、野間美由紀さん、牧野修さん、そして今回は図子慧さん、柴田よしきさんも登場。もちろん登場人物などに関しては、架空の設定だという断り書きがあります。「仮に実在する人物、団体、事件と同じ名称のものが登場しているとしても、それらは純然たる偶然の産物であります」とありますし。(笑)でも名前を知っている作家さんたちが登場すると、やはり楽しいんですよね。下手をすれば内輪受けになりそうなものですが、全然そんなことなかったですし。実は奇想天外な設定や、ジェンダーやセクシュアリティなどに関する様々な意見、次から次への驚きの展開にすっかり気をとられてしまい、ミステリ部分の印象がすっかり薄れてしまったのですが、でも物語として面白かったです。森奈津子さんののほほんとした雰囲気の賜物か、エロ部分も意外と読みやすかったです。(やはりこの人物設定は絶妙かと)
ホモとレズとバイは知っていますが、ヘテロセクシュアルだのトランスセクシュアル・ゲイだのトランスセクシュアル・レズビアンだの、スカタチだのズボネコだの、色々あるんですねえ。西澤さんはこういうセクシュアリティに関する問題に関心がおありなのでしょうか。「リドル・ロマンス」でもハーレクインがレズに関する考察が披露されていましたし。このリベラルな捉え方は結構好きです。そして欲望や抑圧の話の中での、真面目な家族の中に1人だけ放蕩息子が混ざっているというたとえ話は、すごく納得。
「ばぁばれらっ」と仲良く手を合わせているシーンは、本当に牧歌的で可愛いですね。

「聯愁殺」原書房(2003年4月読了)★★★★
28歳のOL・一礼比梢絵は、仕事を終えてマンションに帰ってきたところを暴漢に襲われます。頭をバーベルで殴られ、ビニール紐で首を絞められる梢絵。しかし梢絵は犯人の隙を見て反撃、犯人は高校の生徒手帳を部屋に落としたまま逃走。その手帳の中には、年齢も職業もばらばらの4人の名前と、殺害方法やその後の処理についての記述があり、その中の3人は既に殺されていました。梢絵は連続無差別殺人事件の最後の犠牲者として選ばれていたのです。その手帳の持ち主は浴永高校1年生の口羽公彦。口羽の写真が目撃証言とよく似ており、犯人に間違いないことも判明します。しかしその犯人は事件の半年前から失踪しており、必死の捜査にも関わらず足取りは掴めないままでした。そして4年の月日がたち、事件はほぼ迷宮入りすることに。何故自分が襲われたのか理解できない梢絵のために、初動捜査に携わっていた刑事の双侶澄樹は、恋謎会のメンバーを紹介します。それはミステリ作家の凡河平太、エッセイストでミステリ作家の矢集亜李沙、県警OBの丁部泰典、犯罪心理学者の泉館弓子、そしてミステリ作家の修多摩厚でした。大晦日の日に彼らは凡河の家に集まり、双侶から事件の詳細について説明を受け、事件について推理し始めるのです。

無差別連続殺人事件に対して、アントニイ・バークリーの「毒入りチョコレート殺人事件」(もしくはアイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛の会」)ばりの推理ゲームが繰り広げられます。ミステリ作家や心理学者、警察OBたちの討論。4人の人物を巡るミッシングリンク探し。しかし梢絵もそれを見て「稚気」と表現しているように、目新しい事実も確かにあるものの、基本的にはかなり苦しいこじつけの推理も多く、本家ほどの切れが見られないように思います。「毒入りチョコレート事件」の場合は、それこそどの人物の推理をとっても、紛れもない真実と思わされてしまう部分がすごい作品だと思うのですが、こちらは少々反論された程度で崩されてしまう推理ばかり。これでは読んでいるうちに少々食傷気味になってしまいます。
しかしこの作品の真骨頂はまた別の部分にあるのです。やはり西澤作品は一筋縄ではいきません。このラストはすごいですね。さすが西澤作品。そして明かされる、人の心の奥底に潜んだ闇。痛々しく凄まじく… なんとも 破壊的なラストです。

P.155「四人の被害者たちの名前を見て、何かお気づきになりません?」
…被害者たちの名前は、架谷耕次郎、矢頭倉美郷、寸八寸義文、一礼比梢絵。
共通点?そりゃもちろん、どの名前も難しすぎて、すんなり読めないことだってば!…って、なんで誰も指摘しないんでしょうね?私なら絶対しますっ。

「人形幻戯-神麻嗣子の超能力事件簿」講談社ノベルス(2002年12月読了)★★★★
【不測の死体】…住宅街の公園で、近所に住む主婦が死亡。OL2人が公園でお弁当を食べている時、歩いていた主婦が突然倒れたうのです。その死体のすぐそばには、凶器になったと思われる置時計が。
【墜落する思慕】…高校の中庭で、生徒がまるでクレーンで吊り上げられるように宙を上昇、その後落下するという事件が目撃されます。その場所からは2度のサイコキネシスが観測されていました。
【おもいでの行方】…夫と別居中の席田郁江の家を訪れた朽見八栄子。我に返ると、2時間ほど経過していました。リビングには覚えのない宴会の跡があり、寝室には胸を刺された席田郁江の死体が。
【彼女が輪廻を止める理由】…2ヶ月前に箕曲が死んで以来、箕曲のいた事務所のメンバーは毎日のように箕曲が死ぬ場面を見ていました。見た覚えのない光景が頭に流れ込んでくるのです。
【人形幻戯】…シティホテルのフロント前に吹き抜け天井の巨大なシャンデリアが落下、メインラウンジは大騒ぎに。それは張り込み中の叶宮邦明の仕業でした。しかし何者かが彼の力を増幅したのです。
【怨の駆動体】…マンションの非常階段を駆け下りてきて転落死した乃楽坂由子。警察が彼女の部屋を調べようとすると、玄関のロックは開いているのに中からチェーンがかかっており、窓にもロックが。

神麻嗣子シリーズ第6弾。シリーズも長くなってきたせいか、全てのキャラクターを無理矢理一度に登場させたりはせず、その場その場に一番相応しい人物が使われているという印象。しかも今回はレギュラー陣の活躍よりも、事件に巻き込まれる人々の内面が重点的に描かれているようですね。それがこの短編集全体を引き締めているように思います。しかしそれは逆に、自分の贔屓の人物をたっぷり楽しめなくて少々淋しいというのにも繋がるのですが…。今回は神余響子が比較的多く登場しています。保科さんの出番はほとんどありません。
「不測の死体」犯人の自業自得だったとは驚きました。「墜落する思慕」聡子さんの電話が少々唐突ですが、しかし比較ということに関してはなかなかですね。上手いです。「おもいでの行方」自分で、というのがどうもすっきりしないのですが、この切なさがいいですね。「彼女が輪廻を止める理由」傘の話が上手く発展していて、とても綺麗だと思います。しかし実際には、百円ライターは知りませんが、傘も自転車も天下の回り物だなんて、そんなことは絶対ないと思います。そういう感覚は絶対におかしいと思うのですが。「人形幻戯」夢を見すぎて現実を見ていないというのは、結局は自分のせい。運命ではなく、ストーキングの賜物というのが現実味があって怖いです。「怨の駆動体」手に入らなかった物ほど惜しくなるもの。
作品内で触れられている時間的な亀裂(?)が今後どのように発展するのかが興味深い所です。

「ファンタズム」講談社ノベルス(2003年4月読了)★★★★★お気に入り
1990年7月。印南野市にある<いなみのマート>の社員たちは、会社の慰労会で楊隻村にあるハーブ園・星の海公園の夏季限定のビヤガーデンへ。その中には有銘継哉の姿もありました。彼は慰労会には全く興味はないものの、断る理由もないまま、いつものように多数派の行動に紛れていたのです。継哉は自分のことを、いてもいなくても同じ、あたかもファントムのような、透明人間のような存在だと考えていました。帰りのバスに乗る直前、同僚たちよりも一足早く駐車場に出た継哉は、そこで淡いエメラルド色に輝く光の塔を目撃します。光に吸い寄せられるように塔に近づく継哉。そして突然、雷に打たれたかのようにその場に凝固することに。そのエメラルド色の光によって、彼は谷萩里沙子、リサを殺せばいいのだという啓示を受けたのです。継哉はどうすれば一番美しい構図を描けるのか考え、今まですっかり忘れていた女性たちの名を次々に思い出します。彼女たちの名前は継哉の描く構図に美しくおさまり、継哉は連続殺人を実行に移すことに。

西澤さんご本人が、「本格」でもなければ「ミステリ」でもないと語る作品。確かに形式的には本格ミステリなのですが、実際にはかなり違いますね。これはサイコサスペンスに近いのではないでしょうか。
物語は、残忍な犯行を平然と行う犯人のサイドと、なかなか真相に辿り着けない警察との両面から描かれており、一見倒叙トリックのようにも見えますが、実はそれだけではなかったのですね。最後まで読み、そして最初に戻って軽く読み返してみて初めて、いたるところに巧妙に伏線が仕掛けられていたことに気付いて驚かされてしまいました。それも巧妙なだけではなく、驚くほど大胆に仕掛けられていたのですね。犯人の名前が初めから明らかになっているものの、その犯行が実は不可能だと判明することによって、読者は一旦ミステリ的混沌の中へと放り出されます。そして最後にはその混沌すら、崩壊してしまうことに。最後の幕引きに彼を使うのはどうかと思いましたが、しかしどこか薄ら寒い思いをさせられるこのラストには、かなり強烈な余韻がありました。
これを書くにあたり西澤さんは、山田正紀さんの「たまらなく孤独で、熱い街」、我孫子武丸さんの某作品、千街晶之さんの「神は密室」に触発されたとのこと。山田正紀さんの作品に関しては私は未読なのですが、我孫子さんの某作品はきっとあの作品のことだろうと多少身構えて読んでいたので、真相を知った時、その作品と同じぐらい驚けたことに対して、どこかほっとしてしまいました。身構えて読んでいてこれですから、何も事前知識がなければ、どれだけ驚いたことやら…。
これがご本人が模索したという「幻想ホラー小説」なのかどうかは、正直良く分からないのですが、少なくとも賛否両論を巻き起こす作品であるということは、間違いなく言えるとは思います。しかし私としては、かなり好きなタイプの作品。西澤さんの最近の作品はジャンルを超越してきているようですが、これもその1つですね。「聯愁殺」をもう一歩進めたようにも感じられます。かなりの野心作。もちろん初期のSF系の作品も今までのシリーズ物も大好きなのですが、このような作品も好きなので、これからもぜひ色々と読ませて頂きたいものです。
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