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このページは、仁木悦子(大井三重子)さんの本の感想のページです。

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「猫は知っていた」講談社文庫(2002年1月読了)★★★★★お気に入り

仁木雄太郎と妹・悦子は、雄太郎の友人の世話で、箱崎医院に間借りすることに。音大に通う悦子が、その家の娘・幸子にピアノを教える代わりに、下宿料を半額にしてもらう約束をしたのです。そして引っ越してきて間もないある日、その病院に盲腸炎で入院していた貿易商の平坂勝也が失踪します。病院の建物から出て行ったのは、悦子や野田看護婦が見ていたのですが、しかし門などの出入口にはずっと人がおり、敷地内からは出て行った形跡はありませんでした。続いて箱崎医師の義母も失踪。彼女も敷地内から出て行った形跡は全くありません。同時に幸子の飼っていた猫も行方不明に。そして義母の死体が、庭の片隅の防空壕から発見されます。

この作品が発表されたのは昭和32年、江戸川乱歩賞が一般公募形式になった最初の受賞作品だそうです。舞台は昭和30年台始め頃の東京。医院の庭の片隅には防空壕があったり、悦子は「探偵小説」が大好きだったり、元陸軍少将「閣下」が登場したりと、そういう部分は少し古い時代の雰囲気なのですが、実際には全く古さを感じさせない作品です。それどころか明るく軽やかな文章がとても読みやすく、感覚的には新鮮ささえ感じさせられてしまいました。とても40年も前に書かれたとは思えないですね。却って最近の新本格系の作品の方が、古色蒼然とした作品が多いかもしれません。
探偵小説好きな仁木悦子が兄・雄太郎と一緒に警察とはまた別の推理を働かせる、という形式も、きっとこれが原点となっているのでしょうね。この兄妹はとにかく仲が良くて、読んでいても気持ちが良いぐらいです。雄太郎がホームズ、悦子がワトスンという役回りで、試行錯誤をしながら、しかしとても合理的な思考で、謎を解いていきます。トリックに使われる小道具こそ、今の時代には到底通用しない物なのですが、しかし人間の感情自体は今も昔も変わらないもの。犯人がわかった後の仁木兄妹の心配りがとても心地良く、読後感もとても良かったです。


「黒いリボン」角川文庫(2002年12月読了)★★★★

仁木悦子は現在音楽大学の2年生。ピアノの先輩・木戸女史の妹で、バイオリンをやっている文代のリサイタルの切符を売り歩いている時、木戸女史の家で何度か顔を合わせたことのある有田絵美子に偶然出会います。絵美子はR歌劇団でソプラノのオペラ歌手として活躍後、結婚して引退、現在は国近絵美子となっていました。悦子は切符を買いたいという絵美子に誘われるがまま絵美子の家へ。絵美子は田園調布の邸宅で、夫で国近製陶株式会社社長の国近昌之、その弟で高校教師の泰二郎、妹で女流作家の青谷伊佐代、絵美子の2歳の息子・直彦と1歳の娘・マユミと一緒に暮らしていました。しかし神経質で人見知りの強い直彦を庭のビニール池で遊ばせている隙に、直彦の姿が見えなくなります。そして遊んでいたはずの場所には脅迫状が。

仁木兄妹シリーズの棹尾を飾る作品。
身代金が300万というところに時代を感じますが、それもそのはず昭和37年に初版が出た作品のようです。田園調布に立派な屋敷を構えながらも300万という現金がなかなか調達できなかったり、夫の国近昌之氏が「二つや三つの子供に三百万は高すぎる。五十万がいいところだ」と発言していたりと、その当時の貨幣価値が知りたくなってしまうのですが… ここにある金額を10倍ぐらいすれば、今の相場になるのでしょうか。…と思ったら、作中にハイライト(煙草)1つが70円という記述がありました。ということは、3倍ほどすれば良いのでしょうか?
犯人に関しては、解説に「少々アンフェアな感じ」という作者本人の言葉が引用されてる通り、純粋に推理して当てるのは難しいかもしれません。怪しい人間は存在するのですが、決定的な証拠が掴めないのです。そして真犯人の動機は、「気持ちは分かるけれど」、やはり少々物足りないという印象。しかしそれでも仁木さんの作品の暖かさはやはりいいですね。名前の出てこない少女に対しても、仁木さんの暖かい視線を感じます。兄妹のやりとりもほのぼのしていますし、安心して読める作品です。


「三日間の悪夢」角川文庫(2002年12月読了)★★★

【三日間の悪夢】…生命保険の外交員をしているとよ子は、姑のカネと2人暮らし。夫は息子が赤ん坊の頃に病死、19歳の1人息子・一郎は家出中。その一郎が近所で強盗を働いたというのですが…。
【罪なき者まず石をなげうて】…小宮山しのぶは、牧師をしている父・章介と2人暮らし。ある晩、ジャガーの源吉と名乗るちんぴらが押しかけてきて一緒に食事をしている所に、隣人の頭取夫人が。
【虹色の犬】…実の母は自分が2歳の年に自殺したと聞かされていた楠井涼子は、偶然母の女学校時代の友人に出会ったことで、自殺ではなく殺されたのではないかと疑い始めます。
【ただ一つの物語】…新聞の伝言板の「木崎七重さんの書かれた童話の本『クマの子べーちゃん』をお持ちの方、お電話をください。」という言葉を見て驚く「わたし」。この世に1冊しかない本なのです。
【恋人とその弟】…両親共に仕事の日曜日。「僕」は笹塚まろみと一緒にサイクリングに出かけます。しかしまろみの弟の敏也が2人の後を追いかけているうちに、誘拐されてしまうのです。
【壁の穴】…片足が不自由な多紀子。幼い頃に母を亡くし、中一の時に父を亡くし、姉家族に引き取られるた多紀子は、酒飲みで競輪好きの義兄のせいで学校にも行けず、毎日家事と子守をする生活。

短編集。兄妹探偵の片割れ・仁木悦子も「ただ一つの物語」に登場します。
「三日間の悪夢」それまでとぼけた反応しかしなかったおばあちゃんが、いきなり鋭くなるのはどうかと思いますが(笑)、しかしとても仁木さんらしい、ほのぼのとした作品ですね。「罪なき者まず石をなげうて」やはり聖職者、一味違いますね。実際にはこういう人は、なかなかいないと思いますが…。「虹色の犬」なんともやりきれない話です。「ただ一つの物語」お母さんになった仁木悦子さんが登場。なかなか可愛らしい物語となっています。ご主人もなかなか鋭いですね。お兄さんに負けず劣らずかも。「恋人とその弟」まろみの身勝手さが目につきますが、「僕」にはそんなこと気にならないのでしょうね。若いです。「壁の穴」なんて暗い話なんでしょう。こういう話はあまり好みではないです。
「三日間の悪夢」や「罪なき者まず石をなげうて」と、最初のうちはいいのですが、徐々に雰囲気が暗くなっていきます。途中の「ただ一つの物語」で再び明るさを取り戻すのですが、最後の「壁の穴」に至っては、救われないラストに戸惑ってしまうほど。仁木さんらしい朗らかさがあまり感じられません。良くいえば、バラエティに富んだ短編集なのですが。そして、今なら活字にできない単語が沢山登場しているのが目につきます。この頃はそれほど規制が厳しくなかったのですね。…言葉が柔らかくなっても、その言葉の意味することは変わらないのですが。


「水曜日のクルト」偕成社文庫(2009年6月読了)★★★★

【水曜日のクルト】…お気に入りのバラ色のベレーをかぶり、口には大きなパイプ、そして手にはこうもりがさを持って雑誌社に出かけた時絵描き。しかし大切なこうもりがさがなくなってしまいます。
【めもあある美術館】…ある日、まだ来たことのないきたない通りを歩いていた「ぼく」は、小さな古道具屋に懐かしいおばあちゃんの絵があるのを見て驚きます。
【ある水たまりの一生】…二日二晩降り続いた雨がやんだ朝、ごみごみした町の裏通りに水たまりができていました。水たまりは地面のくぼみから辺りを眺めます。
【ふしぎなひしゃくの話】…マップルという名の貧乏な靴屋は、いつもあまり物の皮で近所の子供たちに靴を作ってあげており、その日はミミルぼうずのための靴が出来上がったばかりでした。
【血の色の雲】…空が青く青く晴れた日。空の果てにうすべに色の雲が浮かんでいるに違いないと思ったリリは、その雲の下にいる人に「お友だちになってください」という手紙を書きます。
【ありとあらゆるもののびんづめ】…金物屋の2階にずっと住まわせてもらっていたおばあさんは、ある日家を出ることになり、長年のお礼に瓶詰めを作りたいと言い出します。

仁木悦子さんがミステリ作品で有名になる前に書いていたという童話作品をまとめた、唯一の作品集。…ということを迂闊にも全く知らずに読んだのですが、とても良かったです。仁木悦子さんのミステリ作品の方も、明るく軽やかで、優しさがにじみ出てくるような作風がとても素敵なのですが、こちらもやはり明るくて軽やかで、そして優しい作品ばかり。そして、どこか国籍不明な、別世界に1歩踏み出しているような感じも楽しいのです。
大切な物をとられた絵描きが困っているのは分かるのですが、「水曜日のクルト」のいたずらぼうやはやはり微笑ましくなってしまいますし、自分の過去を改めて直視させられてしまう「めもあある美術館」も、思い出の中のおばあちゃんの優しさや暖かさが伝わってくるような作品。「ある水たまりの一生」は、「しずくのぼうけん」のような可愛らしいお話ですし、「ふしぎなひしゃくの話」はアンデルセンの童話にでもありそうなお話。それともトルストイでしょうか。水たまりや靴屋のおじいさんの、他人の悪意などに傷つけられながらも、そのことに影響されたりしない純粋な心が印象的。「血の色の雲」だけは、とても哀しいお話なのですが、これは大井三重子さんの実体験に基づくものなのだそう。戦争とは、大切な人を守るために他の人を殺すこと。「ころさないで、死なないで」というリリの叫びが胸に痛いです。そして最後の「ありとあらゆるもののびんづめ」も、素敵ですね。金物屋のご夫婦の決断は、実際にはなかなかできないものなのではないかと思います。みんなの優しい心が回りまわって、彼のところに巡ってきたのですね。という私が一番好きだったのが、この「ありとあらゆるもののびんづめ」なのでした。
そういえば、「ふしぎなひしゃくの話」に登場するひしゃくは「アピトロカプレヌムのひしゃく」と言う名前なのですが、この名前には何か由来があるのでしょうか? どこかいわくありげな名前で気になります。

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