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このページは、森博嗣さんの本の感想のページです。

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「六人の超音波科学者」講談社ノベルス(2002年3月読了)★★★
愛知県の山中に建つ超音波研究所で、最長老の土井博士の喜寿を祝うパーティーが開かれることになり、瀬在丸紅子と小鳥遊練無が招かれます。そして車を出す保呂草潤平と、なぜか香具山紫子も一緒に研究所へ。しかし保呂草たちが2人を送り届けた後、研究所と下界とを結ぶ唯一の橋が何者かによって爆破され、研究所は陸の孤島となってしまうことに。そこにいたのは、研究所の6人の科学者と、招待されていた超音波学会会長と同事務長、紅子たち4人、テレビクルー2人、執事1人に家政婦2人の合わせて17人。一方、警察は事前に橋の爆破予告を受け取っていました。愛知県警の科学斑と捜査第一課が橋のたもとに集まっていたのですが、偶然爆破の直前に橋を渡った祖父江七夏だけが研究所側に取り残されてしまいます。七夏は仕方なく研究所へ。そして研究所で開かれたパーティの最中、科学者のうちの1人が殺害されているのが発見されます。

Vシリーズ7作目。橋が爆破され、電話線は切れ、しかも雨まで降っているという、絵に描いたようなクローズドサークルです。橋の長さは30mほどで、声は十分届く距離なのですが、それでも陸の孤島に変わりありません。人里離れた研究所は、「すべてがFになる」を彷彿とさせますね。しかも出てくる死体は切断されています。となると、犀川&萌絵で同じ物語を書いたら、きっともっと刺激的なんだろうなあと考えてしまうのですが…。
今回の登場人物は科学者が中心。車椅子に乗った仮面の博士や、絵に描いたような執事など、なかなかの雰囲気作りかと思いましたが、しかし最終的には紅子の独壇場。本職の科学者と対等又はそれ以上に議論しているところも目を引きますし、珍しく怒りを顕わにしている紅子には驚かされました。七夏と比べても紅子の圧勝。保呂草も今回は完全に脇役。この物語なら、もっと人数が少なくても良かったのではないかと思えるほどです。ちなみに今回練無が招待されたのは、「気さくなお人形、19歳」(「地球儀のスライス」収録)に登場した老人・纐纈(こうけつ)氏の関連でした。

P.13「喧嘩したかったらね、もっと陰湿にやりなさいよ。そんな開けっぴろげで公明正大な喧嘩は鬱陶しいだけ。もっと執拗に計画的に徹底的に、相手に肉体的かつ精神的ダメージを的確に与えることだけに集中する。その場では笑って相手を油断させておいて、夜になったらこっそり行動開始。一撃必中、即離脱。わかった?」

「捩れ屋敷の利鈍」講談社ノベルス(2002年2月読了)★★★★
保呂草潤平は、美術品鑑定士・秋野秀和として、秘宝・エンジェル・マヌーバを持つ熊野御堂譲の別荘を訪れます。そこで出会ったのは、N大学院で建築を専攻する西之園萌絵と、彼女の学会行きに同行していた国枝桃子。夕食の後、3人は早速エンジェル・マヌーバが置かれている場所に案内されます。それは、屋敷の裏に造られた白いコンクリートの巨大なオブジェ、通称・捩れ屋敷の中の一室。ほぼ4m四方の部屋が全部で36部屋あり、入り口と出口は1つずつ、完全に一方通行という造りになっており、エンジェル・マヌーバはその丁度真中の18番目の部屋にあるコンクリートの柱にかけてあるのです。しかし翌朝、捩れ屋敷と隣接しているログハウスで、2件の密室殺人事件が。しかもエンジェル・マヌーバも跡形もなく消えうせていたのです。

今まで短編でしか見られなかった、S&MシリーズとVシリーズの共演が、とうとう長編でも読めるようになりました。この作品で出会うのは、Vシリーズの保呂草潤平と、S&Mシリーズの西之園萌絵。森作品のファンにはなんとも嬉しい設定です。しかしそれぞれのシリーズの探偵役である犀川先生と紅子は正式には登場しません。犀川は電話での会話のみの参加、紅子はプロローグとエピローグのみの登場。それでも萌絵と国枝先生が登場するだけで、これだけ会話も作品自体もひきしまるとは驚くほどです。実はここまで雰囲気が違っていたのですね。一応作品としてはVシリーズの1作となっているのですが、実際にはS&Mシリーズの外伝として考えた方がしっくりくるような気がします。(保呂草は萌絵のことを紅子のようだと思い、萌絵も保呂草との会話で犀川先生との類似点を見つけているのですが、森さんはご自分の書かれたキャラクターにそんなに個性がないと仰りたいのでしょうか!)
肝心の密室殺人の方は、まず捩れ屋敷というのが平面図を描けないような建物で、的確なイメージを持ちにくいのが少々残念。隣接して建っているログハウスの方が、密室としては魅力的ですね。そして肝心のエンジェル・マヌーバの盗難とその後に関しては少々不満。また持ち主が変わることを希望します。(笑)…が、この作品は密室殺人よりもやはり保呂草と萌絵のやりとりがメインでしょう。それぞれのシリーズで過去に起きた出来事にも言及していますし、エピローグのこの意味ありげな会話…。やはりS&MシリーズとVシリーズの関係について確信させられてしまいますね。
それにしてもエンジェル・マヌーバ… 「魔剣天翔」では「エンジェル・マヌーヴァ」という表記なのですが…?

「朽ちる散る落ちる」講談社ノベルス(2002年6月読了)★★★★
「六人の超音波科学者」の土井超音波研究所で起きた事件の一週間後。問題のエレベーターがようやく動き、警察はさらに地下にある部屋に入るために鉄の扉を焼き切ろうとしていました。そしてその話を聞いた紅子たち4人も、再び超音波研究所へと向かいます。しかし地下室に入ることに成功し、一番奥の部屋にロープで下りてみると、そこには死後半年から2年を経過したと思われる白骨化し始めた死体が。自殺も他殺も不可能に思われる状況で、その人間はどのようにして死んだのか。一方、その少し前、紅子は土井超音波研究所でのパーティの報告のために、数学者の小田原長治博士宅を訪れていました小田原博士に、N大の周防教授からシャトルの事故について聞くように指示されていたのです。その事故とは、NASAが打上げたスペースシャトルの乗組員の4人のうち3が何本もの矢で射られ、残る1人が首を締められて殺されていたという密室殺人事件。紅子はこの事件が土井超音波研究所の事件に繋がるはずだと考え始めます。

Vシリーズ9作目。Vは紅子のVというのは分かっていたのですが、今回綴りが初めて出てきました。「Venico Cezaimaru」。普通のローマ字でのスペリングをまるで無視していますね。(笑)
さて、ようやくVシリーズもようやくシリーズとしての流れが見えてきました。今回の物語は7作目の「六人の超音波科学者」と直接的に繋がっているのですが、この作品もそちら同様、「地球儀のスライス」に収録された「気さくなお人形、19歳」と深い繋がりがあります。実は練無がかなり重要な役回りだったのですね。これはシリーズ全体が出揃うのがますます楽しみになってきました。シリーズ全体のターニングポイントともなりそうな作品です。

P.15「客観というのはね、つまり主観の裏返しなんです。客観だけで存在するものではありません。主観があって、初めて体現できる感覚なの。」
P.216「ああ、どうしたら良いのかしら。何もできない。何も思いつかない。私、考えてる?ちゃんと頭使ってるかしら?」

「君の夢 僕の思考」PHP研究所(2003年2月読了)★★★
森さんご自身が撮られた写真をバックに、今までの森作品に登場した会話や文章が引用され、それぞれの言葉に対する、森さんご自身のコメントがつけられています。色々なシーンがさりげなく日常から切り取られた写真を見ていると、それもまた森さんならではの世界ですね。それに、都馬くんの可愛いことと言ったら!
ここに引用されている言葉は、PHP研究所の木南氏が選んだのだそうです。もし私が選ぶとすれば、また全然違う言葉を選ぶだろうというズレは多少あるのですが、しかしやはり森作品における「心に残る言葉」の多さには、改めて唸らされてしまいますし、その言葉を発する森さんご自身の思考回路のセンスの良さも再認識。どんな場面で使われていた言葉なのか、またしても作品を読み返したくなってしまいます。
しかし「書き下ろしメッセージ」は確かにそうなのですが、作品からの引用がメインだということを明記しておいて欲しかったような気も…。本屋で手に取る人はともかく、知らずに買う人には少々不親切な気がします。

「奥様はネットワーカ」メディア・ファクトリー(2004年5月読了)★★★★
某国立大学工学部。スージィこと内野智佳は、28歳の化学工学科の秘書。化学工学科にいるのは、家田恒夫教授と遠藤学助教授、そして助手の堀江尚志。そしてこの4人以外に物語に登場するのは、実はスージィと結婚しているのに、周囲には内緒にしているという工学科情報工学課助教授・三枝洋侑、そして最近仲が良い図書室の司書をしている鈴木奈留子。ある満月の晩、鈴木奈留子が学内の建物で暴漢に襲われるという事件が起こります。命に別状はないものの、奈留子は頭に重症を負って入院。そしてその事件を皮切りに連続傷害事件、そして殺人事件が起こることに。

「ダ・ヴィンチ」に連載されていたという作品。物語は、6人の登場人物、そして犯人Xの視点から語られていきます。1人1人のパートはごく短く、愛想がなさすぎるほどの淡白な文章。しかしちょっとした会話の言葉遣いなどに森さんらしさを強く感じます。この文章だけから言えば、森博嗣ファン度の高い読者向けの作品という印象ですね。しかしこの作品には、コジマケンさんのイラストが、挿絵というよりも既に作品の一部といった感じで使われており、これがとてもポップでキュート。しかも作品にぴったりなのです。もしこのイラストが好きなら、普段森作品にあまり馴染みがない読者でも、イメージが格段に掴みやすくなり、楽しく読めるように思います。
6人しか容疑者がいないのですが、犯人に関しては最後まで絞りきれませんでした。この辺りはさすがですね。そしてエピローグでそれぞれの登場人物からの一言があるのも、森さんらしいユーモア。まるで舞台のお芝居を見ていたような感覚でした。楽しかったです。

「赤緑黒白」講談社ノベルス(2002年9月読了)★★★★
マンションの駐車場で、男性の射殺体が発見されます。なんとその死体は、顔や髪、服や靴に至るまで何もかもに赤いスプレィペンキを入念に吹き付けられて真っ赤でした。殺されていたのは赤井寛、日本メタナチュラル協会という宗教団体の計理士を務めている男性。その事件の数日後、保呂草潤平の元に、田口美登里という女性が訪ねてきます。美登里は赤井のフィアンセだと名乗り、赤井を殺した犯人は帆山美零であると主張します。警察によってアリバイが確認されている帆山が殺人を犯した証拠を見つけて欲しい、というのが彼女の依頼だったのです。帆山美零とは、赤井が殺されていたマンションに住んでいる女流ミステリ作家。赤井は帆山の大ファンで、死ぬ一週間ほど前にも、美登里に帆山の本を一冊貸していました。「虹色の死」というその本は、ペインタと呼ばれる連続殺人犯が毎週1人ずつ殺し、死体ごとに赤・橙・黄… と一色ずつ塗装していたという内容。保呂草は依頼を受けるかどうかを決めかね、帆山犯人説にどのぐらい信憑性があるのかを調べ始めます。

Vシリーズ最後の作品。Vシリーズは15作出るという話を以前聞いていたので、これで終わりと聞いて非常に驚きました。帯には「Vシリーズもいよいよクライマックスへ!」とあるだけで、どこにも最終作とは書いてないのですが… しかしやはり終わりのようですね。言われてみると、なるほど先には進めないようになっているようです。そのせいか、今回はいつも超然としている紅子も、今回はなんだかちょっぴり人間らしいですし、保呂草もなにやら郷愁めいたものを醸し出していて、なんだかいつもと少し雰囲気が違うような。それでも全体的にかなりさらっとした作品で、S&Mシリーズの時のような「これが最終作」という雰囲気はあまり感じられません。森さんの作品はどれも感情に流されないあっさり感が特徴ではあるのですが、今回さらにそれが一層際立ってきていますね。「へっくん」の謎も、さらりと流されています。
しかし途中出てくる彼女。私はてっきり○○だと思い込んで読んでいたのですが、最後のシーンを読むと…!?これには本当に驚きました。こうやって繋がることになるとは…。これは、実はこの作品最大のトリックですね。なかなか馴染めなかったVシリーズなのですが、ここまで読んで本当に良かったです。
事件のトリックについてもなかなか面白いのですが、しかしこちらは「そういうこともできるのか」程度。犯人やその周辺のことについては、比較的予測しやすいかも。

「臨機応答・変問自在」集英社新書(2004年5月読了)★★★
「臨機応答・変問自在-森助教授VS理系大学生」の続編。前回は実際に授業で行われている質疑応答を本にしたものですが、今回はインターネットの森氏のサイトで広く質問を募集し、それに回答したものです。森氏がまえがきで「前書の質問は、授業中の短い時間内でひねり出されたシャープさがあった。今回のように、時間がふんだんにあると、当然良い質問も出るけれど、むしろ考え過ぎてしまう」と書かれていますが、実際読んでみて、なるほどその通りだと思いました。しかしそれでも森氏の思考の一端が垣間見えるのには変わりなく、なかなか興味深い1冊となっています。

ちなみに「水柿くん」の下の名前は「小次郎」なのだそうです。きちんと名前があったのですね。(笑)

「悪戯王子と猫の物語」講談社(2003年2月読了)★★★
帯に「美しくミステリアスな珠玉の20篇」とある短編集。赤と銀色の装丁がとても綺麗で、卵から生まれたばかりの、羽のある猫の絵に惹かれます。これはイラストレーターであり、森さんの奥様でもある、ささきすばるさんの描かれたもの。絵本と聞いていたのですが、これはあまり絵本という感じではないですね。どちらかといえば、物語性の強い詩集といった雰囲気。森さんの短編には時々難解で不思議な雰囲気の作品がありますが、その作品の系列と言えるでしょう。文字としてただ読んでしまうのは簡単なのですが、読みながら色々と奥の意味を考えてしまうような物語ばかりでした。1度読んだだけでは理解しづらいものもあります。そして、そんな小さな物語に合わせられているささきすばるさんのイラストが、これまた個性的。綺麗だったり可愛かったり、でも不思議だったり、グロかったり、ちょっぴり怖かったり。今まで持っていたのとは少し違うイメージにも驚かされました。

収録作品:「プロローグ」「ぬめぬめの玉」「海岸を歩く」「夢の街のアパート」「連続ドラマ」「泡の連絡」「奇遇」「ジェットコースタ」「月の缶詰」「僕は一所懸命走った」「練習」「スパイ」「汚染」「美智子さんの筆入れ」「かぶり」「思考力」「6番目の女」「冒険の船乗り」「ボート・ラボ」「クリスマスイブ」「天使のように白い」「エピローグ」

「猫の建築家」光文社(2003年2月読了)★★★★
佐久間真人さんのノスタルジックな風情漂う猫のイラストがとても素敵な1冊。佐久間さんのイラストがまずあり、そこに森さんが文章をつけられたのだそうです。「悪戯王子と猫の物語」とは違い、こちらは全部通して1つの物語となっています。そしてこちらはそれほど詩的ではありません。しかし共通するのは、奥に深い意味を内包しているということ。こちらの方が絵本という形態に近いと思いますが、やはり大人向きだということでしょう。
生まれ変わるたびに建築家となる猫。その猫の視線を通して見つめる町やそこにある物の姿。行きたい所に行き、寝たい時に眠り、その時にやりたいことをやっているだけのように見える生活。しかし「形」について、そして本当に存在するのかどうかも分からない「美」について考えながら、次に作るべきものを考える猫の思考は、理工系の合理性を持ちながらも、思索的であり哲学的。外から見れば単に原始的に見える猫の行動の中に、実はそのような思考が隠されているという設定が、なんとも興味深いですね。

それにしても驚かされるのは、森さんの文章と佐久間さんのイラストがあまりにもよく似合っていること。「悪戯王子と猫の物語」のささきすばるさんのイラストを見た時も同じことを感じましたし、どちらもその1冊だけを見れば、そのイラスト抜きでは作り上げられない世界のように感じるのですが…。このお2方のイラストには、両極端と言っていいほどの違いがあるのに、本当に不思議なほどです。理工系のシャープな思考や文章というのは、実はとても間口が広く柔軟なものなのでしょうか。

「議論の余地しかない」PHP研究所(2003年2月読了)★★★
「君の夢 僕の思考」に続く第2弾。
森さんご自身が撮られた写真をバックに、今までの森作品に登場した会話や文章、そしてその言葉に対する森さんのコメントがつけられています。写真には、「君の夢 僕の思考」の時よりも、森さんの自宅で写したと思われるものが多く、サイトなどから垣間見える森さんの世界が一層広がります。そして言葉。森作品というのは一応ミステリの形態をとっており、被害者や犯人やトリックなどといったものが登場するのですが、しかしその本質的な魅力は、実はこの言葉にあるのではないでしょうか。もちろん描かれている人間もとても魅力的ですし、シリーズ全体の流れもとても好きなのですが、それらの登場人物たちを通して見ることができる森さんの思考回路の一端、はっとさせられるような新鮮なイメージを発見し、味わい、それを自分の中で消化吸収し、蓄積していくことが、一番の魅力なのではないかと思うのです。作品から抜き出された言葉につけられたコメントにしても、最後のPhotograph Indexで、写真につけられたタイトルにしても、あまりに秀逸。これぞ森ワールドと言わざるを得ません。「君の夢 僕の思考」と全く同じ作りの本ですが、こちらの方がどこか深いように感じられて好きですね。
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