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このページは、森博嗣さんの本の感想のページです。

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「虚空の逆マトリックス」講談社ノベルス(2003年11月読了)★★★★
【トロイの木馬】…千宗の会社のネットワークがウイルスに感染。ウイルスの進入経路を探るうちに、千宗はとある医療関係の研究機関に突き当たります。
【赤いドレスのメアリィ】…常に真っ赤なドレス姿でバスの待合所に座っている老婆は、人々からメアリィと呼ばれていました。僕はある日、彼女のことを知っているという老人に出会います。
【不良探偵】…暇つぶしのために書いた小説が出版されることになり、「僕」は一躍有名作家となることに。「僕」の作品に登場する探偵の名前は、幼馴染のシンちゃんからもらっていました。
【話好きのタクシードライバ】…快適な仕事の環境条件を維持するために乗るタクシー。しかしおしゃべりな運転手に当たってしまった時は…。
【ゲームの国(リリおばさんの事件簿1)】…D&Kセメントの社員食堂で殺人事件が起こります。ダイイングメッセージは「ほし」。そこで働いているのは星茂佳奈と両親、そして父の姉のリリおばさん。
【探偵の孤影】…探偵のティモシェンコが秘書のミス・ツィンケヴィッツと近所の幽霊屋敷の話をした直後に来た依頼人。その女性は、その幽霊屋敷にかつて住んでいた姉を探して欲しいと語ります。
【いつ入れ替わった?】…犀川は喜多を連れて萌絵の家へ。萌絵は近藤刑事を連れて帰宅。萌絵にとって、その夜は大事な夜になるはずだったにも関わらず、4人の話題は現在捜査中の誘拐事件へと…。

SF風だったりミステリだったり、ハードボイルドだったりホラーだったりと、バラエティ豊かな短編集。森さんの短編集には、いつも何かしら不可解な作品が入っていますが、この「虚空の逆マトリクス」にはそれほど不可解な作品はなく、いつもよりも読みやすかったです。
「トロイの木馬」近未来作品。人々の生活がほとんどオンラインに移っているというこの設定は、将来的に本当に実現するかもしれないですね。少々怖い作品。オンラインとオフラインの話が交錯して分かりづらい部分もあるのですが、非常に森さんらしい作品のように思えます。結構好き。「赤いドレスのメアリィ」とても切ない話。「不良探偵」淡々とした話ですが、シンちゃんの純粋さが哀しいです。「話好きのタクシードライバ」おしゃべりな運転手さんは、私も苦手。気持ちがとてもよく分かります。しかしエッセイすれすれですね。「ゲームの国」は、物凄い勢いで回文が出てきて楽しい作品。リリおばさんのキャラクターもなかなか楽しいですし、シリーズ物になるといいですね。しかしそうなると、回文のレベルを維持するのが大変そう。「探偵の孤影」珍しく海外が舞台のハードボイルドテイスト。しかしちょっぴりホラー系。「いつ入れ替わった?」英題は「An Exchange of Tears for Smiles」。車の入れ替わりのことを言っているわけではないのですね。というか、車のことだけではないのですね。はっきりとは書かれていませんが、犀川と萌絵の仲もこれで一段落でしょうか。しかしなぜ「大事な夜」だったのでしょうか…?犀川先生が1人っきりで来るということが貴重なイベントだったのでしょうか。 その辺りがよく分からなかったのですが…。 しかし犀川先生の受け答えは相変わらずナイスです。

「四季-春」講談社ノベルス(2003年9月読了)★★★
両親共に著名な学者という家に生まれた真賀田四季。彼女は3歳にして父親の書斎にある本を片端から読破し、英語とドイツ語を習得。しかし彼女にとって最も興味のある分野は物理学や数学でした。幼稚園に行くこともなく、屋敷からほとんど出ることもなく育った彼女は、5歳の時から父親の大学に、やがて叔父の新藤清二の病院にも出入りするようになります。そんな四季が病院に出入りしていた時に仲良くなったのは、栗本其志雄。同じ人物とは滅多に2度は会わない四季が其志雄のことは気に入り、病院に来るたびに其志雄の病室を訪れることに。しかしある日病院内で殺人が起きます。殺されたのは看護婦の阪元美絵。現場は密室でした。

「すべてがFになる」に始まるS&Mシリーズに登場する天才科学者・真賀田四季博士の物語。この「春」では、彼女が5歳の頃からの物語が描かれます。一応事件があり、ミステリの形態はとっているものの、これは四季博士のことを語るためだけの物語ですね。一応S&MシリーズやVシリーズからは独立しており、単独でも読める作品とされているようですが、2シリーズを読んでいない読者にはあまり楽しめないのではないでしょうか。逆に2つのシリーズを愛読している人には、細かいお楽しみが色々とあるのですが。
5歳の彼女は自ら時間や空間から乖離した人間だと話すような少女。時間も空間も移動することによって認識することができ、一旦確認されてしまえば、それらは単なる数字でしかないと語る少女。「すべてがFになる」で初めて出会った時に比べると、インパクトはやや弱いのですが、やはり惹きつけられます。計算高い人間の方が便利だし、そういう面が分かりやすい方が安全だという四季の考えも非常に納得できるもの。
ごくたまに見せる少女らしさが、とても魅惑的です。

「四季-夏」講談社ノベルス(2004年5月読了)★★★★
真賀田四季、13歳。アメリカ留学から帰国した彼女は、真の天才として以前にも増して脚光を浴びており、彼女の父親・真賀田左千朗博士によって、妃真加島に研究所を建設する計画が着々と進んでいました。そんな喧騒の中、四季は叔父の新藤清二を、周囲の人間には内緒で遊園地へと誘います。しかしその遊園地で、四季は何者かに背後から首を絞められ、誘拐されてしまうのです。

「四季」4部作の2作目。「春」の続編にあたります。時期的には「春」から少し飛んで、真賀田四季が13歳の頃。S&Mシリーズの「すべてがFになる」の直前までの物語です。この物語自体が、森作品のシリーズ全体にまつわる大きなネタばれとなっているので、やはりS&MシリーズとVシリーズは先に読んでおくことをオススメします。でないと思いがけない真相を読んでしまい、後悔することになるかも。
「四季-春」でのあまりの四季の天才ぶりに少々辟易し、なかなか続編を読む気が起きなかった私なのですが、この「夏」は、まさに森ミステリィらしい世界になっていたのですね。「すべてがFになる」ですっかり森ミステリィのとりこになった私としては、あの物語の前段階でこのような出来事があったのかと、とても感慨深かったです。それに「すべてがFになる」での新藤の存在も、ようやく理解できたような気がします。しかし四季の新藤に対する想いは残酷ですね。もちろん純粋な恋愛感情もある程度存在していたとは思いたいのですが、それよりも理性とは対照的な「本能」対する好奇心が先に立っているようで、実験的な要素が強かったように見えてしまいました。

「迷宮百年の睡魔」新潮社(2004年6月読了)★★★★
一夜にして海に取り囲まれたという伝説の島・イル・サン・ジャック。ここ100年ほど、外部との公的な接触を一切拒否し、それ以前の情報も意図的に削除してきたというこの島の宮殿・モン・ロゼを訪れたのは、ジャーナリストのサエバ・ミチルと、パートナのロイディでした。マスコミの取材を一切断り続けていたモン・ロゼに軽い気持ちで取材を申し込んでみたミチルに、なんとあっさりOKの返事が届いたのです。驚きながらも、早速宮殿を訪れる2人。しかし2人が宮殿を訪れた夜、モン・ロゼの中で不可思議な事件が起こります。僧侶長・クラウド・ライツが自ら描いた曼荼羅の中で殺され、その頭部は何者かによって持ち去られていたのです。

「女王の百年密室」の続編。前作同様ミステリ風味のあるSF作品となっています。ただしミステリ面は、物語の世界には非常に良く似合っているものなのですが、現代的な常識からこの真相を推理するのは、かなり難しいのではないかと思います。この未来の設定の使い方が上手いですね。
前作の時は、初のSF作品ということもあり、その世界観に馴染むのに少々時間がかかりましたが、今回はすんなりとこの世界に溶け込むことができました。前作を読んでから3年半という時間が経過していますし、森さんの世界観にも慣れてきたのでしょうか。ロイディもかなり成長したようで、前回以上にミチルとロイディの会話が楽しめました。詩のような文章もいいですね。
そしてこの作品の中では、人間とロボット(ウォーカロン)、そしてクローンを媒体に、人間の尊厳や存在意義、肉体と精神の関係、生と死について語られていきます。設定は斬新な未来でありながら、語られている内容は、昔ながらのSFの命題。しかし森さんの未来観は独特ですし、それは「森博嗣」という人格に対する想像を裏切らないもので、非常に興味深いです。
女王メグツシュカとは、他の森作品の登場人物のアナグラムなのでしょうか。「メグツシュカ」の綴りが分からないのですが、かなりの確率でそうなのではないかと思います。物語全体を通して、メグツシュカとミチルの会話から、一環してその人物のことを思い起こさせるというのも楽しかったです。
ちなみに英題のMORPHEUS(モルペウス)とは、ギリシャ神話における夢の神のことだそうです。

「四季-秋」講談社ノベルス(2004年6月読了)★★★★★
妃真加島の真賀田研究所で起きた事件から4年後。西之園萌絵と犀川創平が長崎で真賀田四季博士に会ってから10ヵ月後。萌絵はいつか四季が犀川を連れに来るのではないかと恐れていました。しかし特に何事もなく2年が過ぎ、萌絵は修士課程を修了して博士課程へと進みます。助手だった国枝桃子が私立C大の助教授となったこともあり、萌絵もまたC大へと出向くことが多くなり、犀川と顔を合わせる機会もめっきり少なくなっていました。そんなある日、儀同世津子が双子の娘を連れて那古野へと来ることを知った萌絵は、久々に自宅でのパーティを催すことに。しかしその席上、犀川が突然四季の残していたメッセージに気付いたのです。

「四季-夏」では「すべてがFになる」の直前までの経緯が描かれていましたが、ここではそこで起きた事件の真相が語られることに。真相自体にも「なるほど、そうだったのか」と納得したのですが、私はむしろ四季博士が事情を明らかにしたということに驚きました。しかしそういう展開ですが、実は真賀田四季の登場はほとんどありません。雰囲気としてはS&Mシリーズ再び。久々に犀川先生の人格の内面的な動きが見れたのが、非常に嬉しかったですね。S&Mシリーズ初期で非常に好きだった、犀川先生の複数人格の葛藤のようなものとは少し違うのですが、非常に集中力の強い思考場面です。
今回は犀川先生と萌絵以外にも、保呂草や各務亜樹良、その他にも色々な人物が登場するので、2つのシリーズを読んでいる人にとってはサービス満点の1冊。もちろんその2つのシリーズのネタばれもかなり含んでいますので要注意です。逆に全て読んでいる人にとっては、この「秋」によって時間軸などが綺麗に整理されて、分かりやすくなるのではないでしょうか。「虚空の逆マトリックス」の「いつ入れ替わった?」に関連するエピソードも登場します。

「四季-冬」講談社ノベルス(2004年6月読了)★★★
「春」「夏」「秋」ときた四季シリーズの最終巻。
今回は四季の内面的な思考、そして其志雄との会話を中心に進んでいきます。それ以外の場面も色々とあり、それは現実に起きている事柄なのでしょうけれど、むしろ四季博士の頭の中のコンピューターのディスプレイに次々に映し出される光景のように思えます。長い時を経て、様々な場面を再生しながら反芻し、整理しているようにも…。そしてここから他のシリーズの作品にもリンクしていたのですね。これによって、彼女はかの存在(ネタばれ→女王←)になり、そして例の人物(ネタばれ→ミチル←)と再会することになったのですね。「秋」にもヒントは出ていましたが、このようにして全てが繋がっていくとは、ここまで考えられていたとは、想像もしていませんでした。
今から考えると、「秋」で豪華キャラクターが勢ぞろいをしていたのは、この「冬」の前夜祭のようなものだったのかも。色々と普通の人間とは到底言えない四季博士のことなので、こうやって終わらせるのが、結局彼女の非凡性と普遍性を一番的確に表現しているのかもしれないですね。

「探偵伯爵と僕」講談社ミステリーランド(2004年5月読了)★★★
夏休みの直前の7月。馬場新太が「アール」こと「伯爵」を初めて見かけたのは、小学校の隣にある公園でのこと。真っ黒な長袖の背広にネクタイという、見るからに暑苦しい服装をした伯爵はブランコに乗っており、そんな彼に若い綺麗な女性が一生懸命話しかけようとしていたのです。思わず立ち止まって2人を眺めてしまう新太。しかし女性は立ち去り、1人になった伯爵は新太に話しかけます。新太の帽子から落ちたバッチのありかを、伯爵がその場で当てたこともあり、友達となる2人。そして新太は、探偵をしているという伯爵から、過去に解決した事件の話を聞くことに。しかし新太と仲の良い友達が2人続けて行方不明になったことから、新太は現実に起きた事件に巻き込まれてしまうのです。

ミステリーランドの4回目の配本。同時配本は、西澤保彦氏の「いつか、ふたりは二匹」と、高田崇史氏の「鬼神伝-神の巻」。
小学生が主人公で、いかにも子供向けの物語のように書かれていながら、その筆致は非常に森さんらしいもの。普段の作品に比べると口当たりはややソフトになっているように感じますが、しかし世界観も、そこで起きる出来事も、会話の理屈っぽさもいつも通り。冷静でシビアな印象です。主人公の新太の視点で語られる物語は、時にはまどろっこしく感じられる部分もあるのですが、しかしおそらく森さんご自身がこのような子供だったのでしょうね。そしてこの物語の中で起きる事件の決着のつけ方がまたシビアです。子供向けの作品だからといって適当なところでお茶を濁していません。私はその点にとても好感を持ったのですが、実際にはそこが好みの分かれ目となるかもしれないですね。しかし、最後の手紙に関しては、あまり良く意図が掴めませんでした。文面を見ても、これで全てが白紙に戻るということでもなさそうですが、ここにはどのような意味があったのでしょうか。
ミステリーランドの中では、今のところダントツで多い「夏休み」の設定と共通しますが、戦争や自然破壊ではなく、犯罪とその犯人、犯罪を防ぐこと、そして起きてしまった犯罪に対する刑罰などが語られます。そういう切り口がとても森さんらしく感じられて新鮮でした。

「ナ・バ・テア」中央公論新社(2004年7月読了)★★★★
新しく、隣の基地のチームに配属になった「僕」。そのチームにはティーチャがいました。ティーチャは、「僕」が前にいたチームでも時々噂になっていた天才パイロットで、その洗練された飛行を「僕」も尊敬し、憧れていたのです。しかしそんな「僕」もまた、ずば抜けた成績が認められ、気付けば基地でティーチャに次ぐナンバー2のポジションとなっていました。

「スカイ・クロラ」の前日談。清々しい青空の「スカイ・クロラ」とは対照的に、こちらの空は夕焼け空。
前作と同じように、ほとんど何も説明がありません。余分なものが全てそぎ落とされてしまっている作品。登場人物たちは、ただひたすら淡々と戦闘機に乗り込み、出撃し、そして敵機を撃ち落していきます。専門的なことは、私にはあまり良く分からないながらも、その戦闘シーンの描写は美しくリアルで、一緒に空を飛んでいるような感覚でした。
「スカイ・クロラ」を読んでいない場合、そして本書に関する予備知識がない場合、途中まで叙述トリックも楽しめるのですね。そして「僕」の周囲にいるのは、メカニックの笹倉や天才パイロットのティーチャ、女性パイロットの比嘉澤。感情が欠如しているように見えながらも、かすかに揺れ動く「僕」の姿が良かったです。しかし密かに揺れ動きながらも、それでもやはり飛ぶことが全てに勝る「僕」。そういう「僕」のシンプルさが心地良くもありますね。
本当に森さんらしい作品。読んでいると、「スカイ・クロラ」をもう一度読み返したくなりました。
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