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このページは、北村薫さんの本の感想のページです。

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「北村薫の本格ミステリ・ライブラリー」角川文庫(2004年4月読了)★★★★

I 懐かしの本格ミステリー-密室三連弾プラス1
【酔いどれ弁護士】
(レナード・トンプスン)…かつては奇蹟を起こす力を持った輝かしい刑事弁護士、現在はアル中で頭が空っぽだと自嘲するウィリアム・グレイの元に、2つの依頼が持ち込まれます。
【ガラスの橋】(ロバート・アーサー)…丘の頂に建つ一軒家へと向かったマリアンヌ・モントルー。彼女の車と家に入った足跡だけが残されていたにも関わらず、彼女はその家の中にはいなかったのです。
【やぶへび】(ローレンス・G.ブロックマン)…トリビューン紙の社長で、激しい気性と冷酷さを持つ女性・ウィニフレッド・ウェストが撃たれて瀕死の重症。周囲の人々は輸血を募ります。
II 田中潤司語る-昭和30年代本格ミステリ事情
III これは知らないでしょう-日本編
【ケーキ箱】
(深見豪)…6人の大学生グループがA山に登山。女性1人を中腹のテントに残して5人が山頂を目指し、そして戻ってきてみるとその女性は密室状態のテントの中で死んでいたのです。
【ライツヴィル殺人事件-ファイロ・ヴァンス捕物控その十三】(新井素子・秋山狂一郎・吾妻ひでお)…ウインター事件の1ヵ月後、今ではライツヴィル事件として名高い事件が起こります。
IV 西條八十の世界
【花束の秘密】
(西條八十)…13歳の慧子は、勤めることが嫌いで、犯罪学の分厚い本ばかり読んでいる「草薙の伯父さん」に連れられて銀座へ。ビステキの店の店主に不思議な事件の話を聞くことに。
【倫敦の話】(ロオド・ダンセイニ)…王に倫敦の夢を語る大麻喫用者の話。
【客】(ロオド・ダンセイニ)…倫敦のレストランで絶えず空き椅子に向かって話しかける若い男。
【夢遊病者】(カーリル・ギブラン)…夢遊病者の母親と娘がある晩庭園で出会った話。
V 本格について考える
【森の石松】
都筑道夫)…浜松の従兄の家に行った「わたし」は、森の石松の子孫に出会います。
【わが身に本当に起こったこと】(マヌエル・ペイロウ)…ブエノス・アイレスの街を歩いていた「私」は、同じ顔をした男に3度続けてすれ違います。しかし3人とも違う服装をしていました。
【あいびき】(吉行淳之介)…ホテル「あいびき」に入ったカップルは…。
VI ジェミニー・クリケット事件(アメリカ版)
【ジェミニー・クリケット事件
(クリスチアナ・ブランド)…ジャイルズ・カーベリーがジェミニー・クリケット事件について語ります。弁護士のジェミニーは、密室状態の自分の事務所の中で殺されていたのです。

北村薫さん編集のアンソロジー。有栖川有栖さん編集のアンソロジーと対になっています。
この中では、「酔いどれ弁護士」と「ガラスの橋」が特に良かったです。「酔いどれ弁護士」は、当時16歳のレナード・トンプスンが書いたという、酔いどれ弁護士・ビル・グレイ物の2作、「スクイーズ・プレイ」と「剃りかけた髭」。「剃りかけの髭」のトリックに関しては、実行可能かというという点で少々疑問ですが、しかし2作ともいかにも16歳らしい勢いと切れがありますね。合わせてエラリー・クイーンからの言葉も掲載されていて、その真摯な態度が素敵です。「ガラスの橋」題名からして、とても美しい雪密室。このトリックも凄いトリックなのですが、ここまでやられてしまうと爽快。そして「西條八十の世界」の4作の雰囲気もとても好きですね。この時代ならではの美しい言葉で、幻想的なイメージが広がります。あと、あまり好きではなかったのですが、吉行淳之介の「あいびき」には驚きました。普段の吉行淳之介らしさがまたミスリーディングとなっているのですね。強烈です。「ジェミニー・クリケット事件」は、アメリカ版の結末。イギリス版は、クリスチアナ・ブランドの「招かれざる客たちのビュッフェ」に収められているので、比べて読んでみると面白いです。(私はイギリス版の方が好きですが)


「リセット」新潮社(2001年12月読了)★★★★

第二次大戦の開戦前。水原真澄の一番最初の記憶は、三歳の頃に見た獅子座流星群でした。父の転勤で小学生の頃に芦屋に引っ越した真澄は、神戸のお嬢様学校に入り、いわゆる良家の子女である田所八千代や弥生原優子と親しくなります。憧れの雑誌「少女の友」。中原淳也の絵が入った「啄木かるた」。そして八千代の従兄弟の修一と出会い。八千代の家で獅子座流星群を見たという話をしたことがきっかけで、修一が借してくれた本。それらは真澄にとって、心の温まるような大切な思い出。しかし戦争が始まり、戦局が徐々に重苦しくなるにつれ、彼女たちの何不自由ない生活にも戦争の影響が出始めます。食べ物も思うように手に入らなくなり、学校は勤労動員の場へと変化。真澄の一家は、真澄の父が体を壊したのをきっかけに、福井県の若狭にある母の実家に疎開することになります。

「時と人の三部作」の第3弾。これで完結です。「スキップ」では未来へのタイムスリップ、「ターン」では同じ時の繰り返しが描かれたのですが、この「リセット」はどうなるのだろうと、とても楽しみにしていた作品。
しかし開いてみると、戦前のお嬢様の生活描写がつらつらと続き、さらに時代は戦争に突入。北村さんの文章なので読みづらいということはなかったのですが、正直この手の話は苦手なので、最初はどうなることかと思いました。ごく普通の淡々とした日常が描かれ、恋の予感などはあるものの、特に何も起こりません。さらに第2部に入ってみると、私だけかもしれないのですが、今度は一体誰の話をしているのかもよく分からないのです。しかし、第2部の終わり間際からは、いきなり話が進み始めます。それまでの淡々とした描写は、すべてその必要があってのことだったんですね。 それらの細かい描写が伏線として後半に生かされて、じわりじわりと効いてきます。そして読んでいる側は何時の間にか自分のことのようにすっかり感情移入してしまう…。北村さんの筆力をまざまざと感じさせられてしまいます。中でもホットケーキのシーンはすごいですね。小道具の使い方もさすがです。上手すぎます。
「想いは時を越える 希いはきっと、かなえられる…」ラストはお見事ですね。切なさが一転して幸福感につつまれます。読み終わってみると、最近読んだ恩田陸さんの作品を思い出しました。(おそらくネタばれ→「ライオンハート」←)読みながら途中ずっと、「リセット」という題名は一体何を意味するんだろう、と思っていたのですが、全てが腑に落ちた時、これ以上の題名はないと分かります。 とても素敵な物語でした。


「街の灯」文藝春秋(2004年1月読了)★★★★★お気に入り

【虚栄の市】…昭和初期の東京。花村英子は日本でも五本の指に入る財閥系の商事会社の社長の令嬢。正運転手・山崎が国に帰るために辞めることになり、その代わりとして別宮みつ子という若い女性運転手がやってきます。別宮は英子の学校の行き帰りの運転を担当することになり、英子は丁度読んでいたサッカレーの「虚栄の市」から、「ベッキーさん」と呼ぶことに。
【銀座八丁】…英子と兄の雅吉は、銀座の新名物となった服部時計店の7階建てのビルジングの屋上の時計塔へ。その時英子が話した暗号遊びの話は、兄から友人の大町六助へと伝わります。一方、英子は学校で侯爵家令嬢・桐原麗子からの手紙を受け取り、ベッキーと一緒に桐原家へ。
【街の灯】…夏休みに入ると、英子は母や使用人たちと一緒に軽井沢の別荘へ。朝の散歩をしている時に、乗馬をしている桐原道子と、徒歩で付き添う由里岡子爵家の道楽息子・光輔に出会います。

昭和初期の女子学習院に学ぶ深窓の令嬢を描いた連作短編集。リセットよりも時代的には少し前。
いつもながらの北村さんの文章なのですが、日本語が日本語らしく存在していたはずの時代背景や、上流社会の深窓の令嬢という登場人物設定によるものなのか、いつも以上に美しく心地よく感じられます。それは丁度昔の白黒映画を観ているような感覚。白黒映画の方が女優がより美しく感じられるように、たとえドタバタのコメディを観ていてもどこか上品さが感じられるように、「古き良き」という言葉がぴったりです。
3つの物語それぞれにミステリらしい謎が仕掛けてあり、その謎に対する英子とベッキーさんのそれぞれの役割というのも興味深いのですが、私は物語の中の謎自体よりも、主人公・英子の運転手となるベッキーさん自身の謎に惹かれました。頭の回転が早く行動的な英子をさりげなく導いていくベッキーさん。宝塚の男役のような容姿に、英子の身を守る人間として相応しい様々な術を身に着けた彼女ですが、本作品の中では素性も経歴もほとんど明かされないまま。常に控えめで一歩譲っているのですが、ベッキーさんの存在によって、英子は今まで気付かなかったことに気付き、考えなかったことを考えるようになります。私にとっては、ミステリ作品というよりも、英子という1人の女性の成長物語という印象の方が強かったです。
シリーズ物になりそうなので、続きも楽しみなのですが、彼女たちの生きる時代は、近い将来大きな変動に見舞われるはず。その歴史を知っているだけに、無邪気な令嬢たちの姿にはなんとも切なくなってしまいます。


「語り女たち」新潮社(2004年7月読了)★★★★

生活のために働く必要のない「彼」は、30を越した頃から視力が落ちてきたこともあり、作られた物語よりも市井の人々の体験談を聞きたいと考え始めます。そんな彼が海辺の街に小部屋を借り、寝椅子に横になりながら聞いた17の物語。

北村薫版、千夜一夜物語。日本でありながらどこか異国を感じさせるような、幻想的な物語。しっとりと落ち着いた風情です。謡口早苗さんの挿画にも落ち着いた美しがあり、その雰囲気に良く合っていますね。プロローグとエピローグと言える部分の文字の色が違うというのも素敵。この中で特に気に入ったのは、「緑の虫」「笑顔」「眠れる森」「水虎」。どの掌編も、読む時の気分や季節によって、また印象が変わっていきそうです。
どれも女性たちが語ったそのままを文字にしたという感じで、無理矢理起承転結を作ったり、結論づけたりせずに、書かれていない部分は読者の想像に任せるといった作りがとても良いですね。生きている環境も年齢も全く違う女性たちが語りながらも、どれも同じ雰囲気ではあるのですが、おそらく「彼」のフィルターを通して読んでいるということなのでしょう。

収録作品:「緑の虫」「文字」「わたしではない」「違う話」「歩く駱駝」「四角い世界」「闇缶詰」「笑顔」「海の上のボサノヴァ」「体」「眠れる森」「夏の日々」「ラスク様」「手品」「Ambarvalia あむばるわりあ」「水虎」「梅の木」


「北村薫のミステリびっくり箱」角川書店(2007年12月読了)★★★★

60周年を迎えた<日本推理作家協会>、前身<探偵作家クラブ>がこれまで発行し続けてきた機関誌に残っている、かつて大作家たちが集まって行った様々な試みの記録。例えば江戸川乱歩と大下宇陀児の将棋対決や、甲賀流忍者を招いての忍術の講演並びに実演などなど。その中から北村薫氏がテーマを選び、それらの試みを振り返りつつ、その件について詳しいゲストを呼んで鼎談を行うという企画です。

企画そのものも面白いですし、その都度呼ばれるミステリ作家たちも豪華な顔ぶれ。しかも各界のプロと呼ばれる人間も招いての対談なので、素人だけでは分からない部分に触れられたのがとても面白かったです。例えば、将棋の棋譜を見れば、江戸川乱歩の性格がある程度想像できるといったような部分。
そして「声」の章で宮部みゆきさんと北村薫さんの言う、活字や朗読の「そのもののイメージを目の前に出されるのと違」う、受け取り手の想像力がつくり上げる部分が大きいという面こそが物語を豊かにしているという話は、日頃私自身が感じていることだけに、とても共感を覚えました。確かに映画の「ロード・オブ・ザ・リング」を観てから本を読んだ人にとっては、想像力の素はピーター・ジャクソン監督の映画となるわけですし、そういった入り方をしている子供たちは、本から入る人間とはまた違った想像力を持ち、また違ったものを作り出すのかもしれないですね。
あと意表を突かれたのは「落語の章」の、落語とミステリは本来相反するものだという話と、文明の進歩によって逆に失われてしまうものがあるという話。落語は観客が先に知っているからこそ笑えるものであって、観客が犯人を知らないと真剣に聞いてしまって笑える状態にはないわけで、だからミステリ的新作は難しいのだそうです。そして携帯電話がある現代と古典落語の時代では、コミュニケーションの面白さがどこか違うというのも、確かにその通りなのでしょうね。池波正太郎作品は一見するとスカスカなのに、会話と会話の間の情報を自分で補って刺激されるから、短編を読んでも長編を読んだような充実感がある、というのも納得です。
本には付録としてCDがついています。収められているのは、横溝正史原作の文士劇「びっくり箱殺人事件」のラジオ放送、江戸川乱歩インタビュー、江戸川乱歩の歌う「城ヶ島の雨」、甲賀三郎自作朗読「荒野」の4つ。当時の貴重な音源が今も江戸川乱歩邸には残っていて、こうしてCDで聞けるのがすごいです。

収録作品:「将棋」(逢坂剛、)「忍者」(馳星周)、「嘘発見機」(北方謙三)、「手品」(綾辻行人)、「女探偵」(加納朋子)、「声」(宮部みゆき)、「映画」(山口雅也)、「落語」(逢坂剛)

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