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このページは、北村薫さんの本の感想のページです。

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「冬のオペラ」中公文庫(2000年3月読了)★★★★★お気に入り

【三角の水】…姫宮あゆみが勤めている不動産屋と同じビルの2Fに新しく入ったのは、名探偵・巫弓彦の探偵事務所。「名探偵はなるのではない。ある時に自分がそうであることに気づくのです」という巫は、まだ1件も事件を解決したことがない名探偵。しかし彼と話をしたあゆみは、記録係を志願します。
【蘭と韋駄天】…学生時代から何かと張り合い続けている仁科と小見山。今回のいざこざは春蘭の変種が原因でした。仁科が手に入れた珍しい変種の春蘭が消え、小見山が犯人だと疑われるのですが、彼女はアリバイを主張。姫川あゆみは2人の友人である椿雪子から話を聞き、巫に紹介します。
【冬のオペラ】…有給休暇で京都を訪れた姫宮あゆみは、金閣寺で椿雪子と偶然再会。椿雪子が勤める大学で事件が起こり、あゆみと椿雪子は第1発見者として事件に巻き込まれることに。

北村さんお得意の「日常の謎」の3連作です。名探偵である巫弓彦が、探偵業だけでは到底食べていけずに、ビアホールやコンビニ、果ては新聞配達までしながら生計を立てているというのが面白いですね。名探偵は「行為や結果」でなく「存在であり意志」であるというのも、とても新鮮でした。謎を鮮やかに解決したからといって名探偵になれるのではなく、名探偵は名探偵として存在するとは。
「三角の水」の最後にに出てくる幼稚な考え方の人物は非常に不愉快なのですが、しかしとてもリアルです。こういう人物は、きっとどこにでもいるのでしょう。しかしそれに対するあゆみの態度がとても良いですね。あゆみと巫というのは、なかなか良いコンビなのかも。「蘭と韋駄天」ここでの巫の事件の終わらせ方は、とても人柄が出ていて気持ちの良いものでした。そういう解決方法があったのですね。本来こうあるべきだとは思うのですが、現実的にはなかなか難しいです。「冬のオペラ」一番長くミステリらしい作品ではあるのですが、ラストがとても物悲しい話でした。北村さんの作品は、明るく優しく淡々とした筆致に騙されてそのまま読み進めると、見事にしっぺ返しを受けてしまうことが多いです。人間の暗い面を書かせたら、実は物凄い方なのではないでしょうか。文章が暖かい雰囲気なので、心の中の暗さや悪意が一層際立つような気がします。実はとても怖い作家さんなのではないかと思っているのですが…。


「水に眠る」文春文庫(2001年7月読了)★★★★★お気に入り

【恋愛小説】…美也子がある時電話をとると、電話の向こうからはピアノの音がしていました。相手が誰なのかわからない電話は、徐々に美也子の生活の一部となっていきます。不思議な恋愛物語。
【水に眠る】…「わたし」が会社の同期の西田さんに連れていかれた酒場で飲んだのは、ちりちりするような切ない味の水割りでした。本当のような気分にさせられる不思議な水の物語。
【植物採集】…京子の会社の後輩の俊一くんが、ある時いつもと違うネクタイをしてきました。彼女にもらったに違いないネクタイ。ある日京子はデパートで全く同じネクタイを見かけます。
【くらげ】…夏。娘の時子が被っていた洗面器にヒントを得て、岡崎が開発した個人用クーラー「くうちゃん」。その商品はやがて大ヒットとなったのですが… もはや岡崎には娘の姿は見えないのです。
【かとりせんこうはなび】…蝿と蚊を同時に始末したいと「わたし」が考えた「蚊が蝿を刺すようになる薬」は製薬会社によって商品化。そのうちに蝿と蚊のバトルショーに利用されるようになり…。
【矢が三つ】…現代の男女の生まれる比率は2:1。必然的に法律では二夫一妻制となっています。そしてある日有紀子の家にも二番目のパパがやってきました。
【はるか】…駅前のパン屋が店仕舞いをし、代わりに英造の書店がその場所を借りることに。そして女子高校生の柳田はるかがバイトにやってきます。
【弟】…役者一筋できたおじいさん。今度の役作りのことで、インタビューをうけているようなのですが…。今までの短編とは一転して、なにやら粘着質な雰囲気になります。
【ものがたり】…茜は、受験のために東京の姉夫婦の家に一週間泊り込みます。そして最後の日姉が土産物を買いに行ってる間、茜は義兄に1つのものがたりを語ります。
【かすかに痛い】…彼と一緒に海のある街へと旅行に来た美奈子。しかし彼女の眼鏡を彼が踏んで壊してしまい、それから彼女は目の奥がちりちりと痛みだすのです。

なんとも不思議な雰囲気を持つ話ばかりを集めた短編集。どれも結末ははっきりと書かれておらず、読者の想像に任せるという作りです。しかし意外なことに、それがなんとも心地よいのです。やはり全体に流れているテーマは「水」なのでしょうね。私のお気に入りは「恋愛小説」。この時間の流れ方がとても好きです。日常の風景をスケッチしたような「はるか」もとても素敵ですね。
あとがきの後に「贅沢な解説」があるのですが、このメンバーは本当に贅沢しか言いようがないです。光原百合、有栖川有栖、加納朋子、貫井徳郎、若竹七海、近藤史恵、戸川安宣、おーなり由子、山口雅也、澤木喬、水星今日子各氏。基本的に短編集は苦手な私ですが、この解説のために、本を読む気になったようなもの。読んでみて大正解でした。この話はこういう風に読み解くものなのか、本の解説とはこういう風に書くものか、ほとんど衝撃に近い物をうけました。やはりプロの作家さんは違いますね。素晴らしいです。


新潮文庫(2000年11月読了)★★★

昭和43年。17歳の一ノ瀬真理子は千葉の女子高の2年生。毎日親友の池ちゃんこと池内真由美らと楽しく過ごしています。しかし体育祭の後半が雨で中止になり、家に帰ってレコードを聴きながら転寝をしていた真理子がふと目がさめると、周りはまるで見覚えのない風景になっていました。そこに帰ってきたのは、17歳の女子高生・美也子さん。彼女は、未来の真理子が結婚して産む、実の娘だったのです。時代は昭和から平成へ、名前は「一ノ瀬真理子」から「桜木真理子」へと変わっていました。現在の真理子の年齢は42歳。夫と娘という家族がいると聞いて、真理子は愕然とします。そしてその日から「心は17歳、入れ物は42歳」となった真理子の新しい生活が始まります。

「時と人の三部作」の第1弾です。
気が付いてみたら、いきなり25年もタイムスリップしていたとは。もし自分だったらどうなってしまうのでしょう。なかなか想像がつきません。通常、人間の成長や変化は緩やかで徐々に訪れるもの。それなのに、その過程が完全に分断されてしまうのです。特に、17歳からの25年がとんでしまうということは、少女から大人の女性になる微妙な時期をもすっぽりと切り取られてしまうということ。小説とは言え、なんともきつい状況です。
昨日まで高校生だった子に学校の先生が勤まるのか、とかそういう疑問も当然出てくるとは思うのですが、しかし真理子は痛々しいほど前向き。家族の協力があってこそとは言え、何事からも逃げないでぶつかっていくのは、元々の真理子という人間が持つ力なのですね。人間というものは、年をとろうが何しようが、根本の所ではそれほど大きく変わらないのかもしれません。だからこそ、この作品が単なるSFで終わったりしないのでしょう。そしてありのままの自分で頑張る真理子に対する、夫である桜木先生の言葉がとても良いですね。「分からないことがあったら、ごまかさない。人にどう思われたっていい。その場ですぐに聞こう。そして、身につけよう。」実際はそういう簡単なことが、なかなかできないのですが。
そして最後の新田君とのやりとりはとても切ないです。しかしやり直しはもうできないのですね。自分が選んだ覚えのない人生の責任をとらなくてはいけないというのは、本当に切ないことですね。


「謎物語-あるいは物語の謎」中公文庫(2002年2月読了)★★★★★

落語、手品などの話を交えながら、古今東西の本格ミステリやそのトリックについて語るエッセイ集。

やはり北村さんは、知識の幅が本当に広い方ですね。国内外のミステリを数多く読んでらっしゃるのは当然としても、落語や手品まで交えて、こんなに楽しいミステリの本になってしまうとは、さすがとしか言いようがありません。北村さんのお好きなミステリや、なぜミステリは面白いのかという話が様々な角度から語られていきます。
地下鉄の切符のパンチの穴のトリック、夏目漱石の「漱石」は「送籍」の意味だったという「気づきの瞬間」の話、「手品と奇術の遊び方」をミステリ短編集に見立てての話などは、本当に目からウロコでした。そして色々な作家さんや評論家の方の話も出てくるのですが、その中でも綾辻さんとの「霧越邸殺人事件」と「時計館の殺人」についてのやりとり、それに続く話には笑ってしまいました。あと個人的には、コリン・デクスターに関する話が嬉しかったです。
あとがきで、「この本は、文章のコラージュでもある。料理人の腕はともかく、素材の価値は保証つき。」とありますが、正に見事なコラージュになっていると思います。素材も素晴らしいのですが、料理している北村さんの腕はもっと素晴らしいです。やはり、ミステリは「着る人が着れば、服が良く見えるように、探偵次第で謎の値打ちも上がるものである。」というのが結論なのでしょうね。全く同じことでも、少し違う方向から見るだけで、まるっきり違う形に見えてくるのですから。そして結局のところ、「僕はアッと驚きたいのです!」これに尽きるのだと思います。北村テイスト満載の、とても楽しいミステリ論でした。
しかし大阪では、物心ついた頃から日常的にボケとツッコミの訓練をうけるものです。B君C君みたいな受け答えも、要は訓練次第ということで、あんまり珍しいものではないかと。(第14回の小話)


「ターン」新潮文庫(2000年11月読了)★★★★★お気に入り

29歳の駆け出しの版画家・森真希は、運転中に割り込んできた車を避けようとして、対向車線のダンプと衝突してしまいます。しかし意識を取り戻した時、彼女は事故の前日の自宅の座椅子に座っていました。いつも通りの風景。事故は夢だったのかと思う真希ですが、実はその世界は、真希以外は誰もいない世界だったのです。そして毎日3時15分になると、前日の自宅の座椅子で再び目が覚めることに。何をしても何を作っても、前日の白紙の状態に戻ってしまうのです。残るのは自分の記憶だけ。しかしそういう生活が始まって150日後、突然彼女の家の電話が鳴り響きます。

「時と人の三部作」の第2弾です。
同じ毎日を繰り返すと言っても、西澤保彦さんの「七回死んだ男」とは全く違います。同じ題材でも、書き方次第でこんなに変わるものなのだと、まず感心。そして物語は、誰だか分からない人物と真希との対話形式で進みます。これが少々読みにくかったのですが、誰もいない世界という設定では仕方のないことなのでしょうね。しかし一旦電話がかかってきてからは、物語はテンポ良く動き始めます。後半は怒涛の展開。それにつれて様々な事情も分かっていきます。
誰もいない世界でも物を買うのにはお金を払い、プライバシーについて考えている真希は、とても北村作品らしい人物ですね。とても潔癖でピュアで、まだ少女から大人の女性になりきっていないような、まだ固い殻をかぶっているようなイメージ。そして常にとても前向きに生きています。そして真希と話している声について分かってみると、これがまた不思議な感覚。また最初から読み返したくなってしまいました。2度目に読むと、受け止め方は初読の時とはまるっきり違ってきそうな気がします。それにしても彼、いい感じですね。最後がこういう風に終わってくれてとても嬉しいです。


「朝霧」創元クライム・クラブ(2003年11月読了)★★★

【山眠る】…卒業論文も提出し、卒業式を待つだけの「私」。就職は、「六の宮の姫君」で縁のあったみさき書房に決まり、早くもバイトに通っていました。そんなある日、母校の校長に関する話が。
【走り来るもの】…みさき書房に就職した「私」。編集部で、「女か虎か」というリドル・ストーリーの話で盛り上がり、編集プロダクションの赤堀という女性が書いたリドル・ストーリーを読むことに。
【朝霧】…父が出してきたのは、亡くなった祖父の日記。その日記の中に、祖父が下宿していた家の「鈴ちゃん」の出した謎かけが書いてありました。「私」は早速円紫さんに、その謎を見せに行きます。

円紫さんと「私」のシリーズの5作目。
「空を飛ぶ馬」で18歳の大学生だった「私」も、この本で就職。今回は3編が収められており、和歌や俳句がクローズアップされています。そちらもなかなか興味深いのですが、私はむしろ、「走り来るもの」のリドル・ストーリーを使った展開に惹かれました。実際に存在し、しかも結末の決まっていないリドル・ストーリー。この話の結末を登場人物たちが考えるという趣向がいいですね。しかもどちらの結末を選んでも、待ち受けているのは…。やはり人間の影の部分を描いた時こそ、北村さんの本領発揮でしょうか。源氏物語に関する話もとても面白かったです。
しかし、今回の円紫さんの謎解きは、あまりに人間離れしていて、「おお、そうだったのか」と腑に落ちる愉しみとは少し違いましたし、「私」についても、少し円紫さんのことを頼りすぎているように感じられました。しかも社内の先輩の出した謎を、円紫さんに助けてもらったとは言わずに、正解だけ提出していたとは…。私はこのシリーズは大好きなのですが、実は主人公の「私」のについては、あまり好きではないのです。最初に登場した頃から好印象ではなかったのですが、「朧夜の底」(「夜の蝉」収蔵)での「あんどーさん」相手の会話によって、その印象は決定的になったまま。それでも今までは、北村さんの文章の魅力で、それを忘れて読み入ってしまっていたのですが、今回はそこまで行く着く前に、我に返ってしまったような気がします。それが少し残念です。

P.29「いいかい、君、好きになるなら、一流の人物を好きになりなさい。ーーそれから、これは、いかにも爺さんらしいいい方かもしれんが、本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ」


「謎のギャラリー-名作博本館」新潮文庫(2004年1月読了)★★★

北村薫さんによるアンソロジー集「謎の部屋」「こわい部屋」「愛の部屋」の序章となる1冊。北村薫さんと、とある敏腕美人編集者(!)の対話形式で書かれており、その内容は「リドルストーリー」「中国公案小説と日本最初の本格ミステリ」「こわい話」「賭け事、あるいはゲーム」「恋について」「謎解き物語について 」という6つの章(会場)に分かれています。

北村さんが読まれた膨大な本の中から古今東西の作品が紹介され、語られていきます。文章自体は読みやすいのですが、対話形式というのは実は少々苦手かも。それでも引き合いに出されている色々な作品について読んでいると、色々と読みたくなってしまいます。「謎の部屋」「こわい部屋」「愛の部屋」に実際に収められている作品を読むのが楽しみです。それぞれの本を読んだ後で、またそれぞれの章を読み返すと、きっと理解度が深まるのでしょう。
そして「賭け事、あるいはゲーム」で出てくる、色々な作家をカードにして勝負するというのが面白そうです。しかし各作家さんの着想力や構成力、持続力に点数をつけるのがまず大変かもしれませんね。


「ミステリは万華鏡」集英社文庫(2004年1月読了)★★★★

江戸川乱歩や夢野久作、小栗虫太郎、久生十蘭といった既に古典とされる探偵小説に始まり、ミステリにまつわる様々なことを語るエッセイ。

既に古典とされている探偵小説の話から始まるので、これらの作品を未読の場合は少々入りにくいかもしれません。しかしそれらの作品の紹介から、話はお茶や虎などの話に発展し、北村氏の興味の赴くままに気軽に展開していきます。本の話が脱線し、脱線した話からまた本の話に戻り…と、いった具合。その変動具合がとても自然で、まるで北村さんのお宅にお邪魔して、本棚から色々な本を取り出しながらのお話を伺っているかのような感覚。話の中には、北村さんご自身の子供の頃の話や、その作品を読んだ当時のこと、そして日常生活の中に見つけたミステリの話、宮部みゆきさんや喜国雅彦さん、山口雅也さん、有栖川有栖さんなど、北村さんが親しくしてらっしゃる作家さんとのエピソードなども登場します。この中でも特に印象的だったのは、男の性の話。「男ねー」には、なるほど納得です。
北村さんの文章は元々読みやすいのですが、前章の話を次章でも引き続いていたりと、流れが分断されていないというのも読みやすい理由なのでしょうね。柔らかな筆致で、知らない作品の話でも面白く読むことができましたし、まるで上手い落語を聞いているような気分にもなりました。


「月の砂漠をさばさばと」新潮社(2001年6月読了)★★★★★お気に入り

小学校三年生のさきちゃんと、作家をしているおかあさんの日常のエピソードを集めた短編集。全編におーなり由子さんのカラーの挿絵がついています。

まず見た目がとても可愛らしい本です。おーなりさんのほのぼのとした絵が北村さんの優しい文章によく合っていて、大人のための童話という感じ。文章は全く難しくないですし、子供でも十分楽しめるとは思うのですが、でもこれを子供に独占させてしまうとしたらもったいないですね。そして「さきちゃん」と「おかあさん」の会話や寝る前のお話もとても可愛いのです。はっきりとは分からないのですが、どうやらお父さんは存在しないよう。だから一層親子のつながりが濃いのかもしれませんね。さきちゃんの女の子らしい優しい気持ちにおかあさんが敏感に反応し、優しさを増幅させて、またさきちゃんに返してるような感じ。なんでもないはずの日常の出来事も、この二人にかかるとたちまちキラキラしてきます。
今読んだこの本はハードカバーなのですが、文庫化したらこの挿絵はどうなるのでしょう。絵と言葉がひとつになって魅力が増している本なので、文庫となる時もぜひこのままにして欲しいです。本当にとても素敵な気分にさせてくれる本でした。

収録作品…「くまの名前」「聞きまちがい」「ダオベロマン」「こわい話」「さそりの井戸」「ヘビノボラズのおばあさん」「さばのみそ煮」「川の蛇口」「ふわふわの綿菓子」「連絡帳」「猫が飼いたい」「善行賞のリボン」


「盤上の敵」講談社文庫(2002年11月読了)★★★★

テレビ局のディレクター・末永純一が自宅に戻ってみると、家の前にはパトカーが何台も止まっていました。携帯電話で自宅に電話をかけてみると、電話に出たのは知らない男の声。家の前にいる警察官によると、猟銃で殺傷事件を起こして逃亡中の石割強治という男が、自宅に立て籠もっているというのです。しかも人質にとられているのは、妻の友貴子。友貴子の心は、この状況に耐えられないかもしれない…。友貴子を守るために、純一は犯人との極秘の取引を進める決心を固めます。

作品全体をチェスに見立てた作品。事件を通して、純一と友貴子という2人の人間像が徐々に浮かび上がってきます。殺人事件を扱ったミステリが、これほどチェスという舞台にしっくり馴染むとは驚きました。白のキングが末永純一、白のクイーンが友貴子、黒のキングが石割強治。その3人の攻防に、友貴子の過去の告白が絡み、複雑で緻密な構造。始めのうちこそ、誰が何の話をしているのか分からずにかなり戸惑いましたが、一旦分かってみると、隠された事実がどんどん明るみに出されてくる展開から目が離せなくなります。
そしてこの作品で一番大きいのは、あからさまな「悪意」の存在。これまでの作品でも、さまざまな悪意を描いてきた北村さんですが、それらの感情はは暖かさや優しさというオブラートで包み込まれていました。それが今回は、そのままの剥き出しとなっています。真正面から悪意を放つ兵藤三季。しかし三季に関しては、もっと書き込んで欲しかったですね。彼女に関しては主に友貴子の視点からしか描かれておらず、三季自身の視点から見た真実が描かれていないのです。しかしそれもまた計算のうちで、理由のない悪意として描くという目的があったのかもしれませんが…。

文庫版には、ノベルス版の時に掲載された前書きがそのまま転載されています。「今、物語によって慰めを得たり、安らかな心を得たいという方には、このお話は不向きです--」
この作品は、最初メフィストに連載されていた作品なのですが、「北村さんらしくない」といった内容のことを多く言われたのかもしれないですね。しかし「空飛ぶ馬」から一貫して、北村さんが人間の悪意を描き続けていたということを考えれば、それほど突飛なことではないと思うのですが…。この作品も北村さんらしさを持った作品だと思いますし、このようなな前書きを北村さんに書かせたファンがいたとしたら、それはとても悲しいことだと思います。私は一読者として作家さんに書きたいと思う作品を書いて欲しいと思いますし、逆に読者は内容が気に入らなければ、他の作品を選べばいいだけのことなのですから。

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