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このページは、近藤史恵さんの本の感想のページです。

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「巴之丞鹿の子-猿若町捕物帳」幻冬舎文庫(2001年11月読了)★★★★

江戸の町で起きた、若い娘の連続殺人事件。殺された2人の娘は、どちらも同じような鼠色の鹿の子の帯揚げで絞殺されていました。その帯揚げは、今江戸で大人気の女形・水木巴之丞の名をとって「巴之丞鹿の子」と呼ばれている大人気商品。2人とも巴之丞の大ファンだったのです。娘の首を締めるのに男なら手でも十分、女でも手ぬぐい一本あれば事足りる。娘が身につけている帯揚げをわざわざとって凶器としたということに作為を感じた南町奉行所同心・玉島千陰は、水木巴之丞も事件に何らかの関連があるのではないかと調べ始めます。

近藤さん初の時代物です。多少こじんまりした感じはするのですが、とてもよくまとまった作品だと思います。さすが近藤さん、話の運び方が上手いですね。お袖の話が一体どんな風にメインの話に絡んでくるんだろうと少し心配だったのですが、最後まで読んでみると物語がうまく円を描いて収まる所に綺麗に収まったという印象。お袖と小吉という少し変わったカップルも面白いですし、巴之丞と梅が枝という艶やかな二人が作品に彩りを添えています。
「猿若町捕物帳」という副題がついているので、この作品はきっとシリーズ化されるのでしょうね。主人公の堅物の同心・玉島千陰と小男の八十八吉の組み合わせもいい感じですし、千陰の父・千次郎もいい味を出してます。目明しの惣太などの脇役も活躍してくれそうで、これからの展開が楽しみです。


「遥かなる夢ものがたり」コーエー(2002年1月読了)★★★★

【六道を閉ざされた男】…初めての物忌みの日。外出することのできないあかねは退屈して、付き添っていた頼久に京の話をして欲しいとねだります。頼久が語ったのは、かつて左大臣家に仕える仲間だった祐成の話。彼は「どんなことをしても死なない男」だったのです。
【冬衣の狐】…2度目の物忌みの日の付き添いは永泉。彼が語ったのは、瓜泥棒をしていた少年の話。少年を逃がした永泉は、気になって翌日もその場所を訪れるのですが、少年の姿はなく…。永泉はそこで郡司の家の娘が狐の祟りで寝付いているらしいという話を聞きます。
【朝顔塚】…早朝京の通りを歩いていた友雅は、朝顔が見事に咲いている庭を見かけ、吸い寄せられるように中に入っていきます。朝顔に見入っていた友雅にすがりついてきたのは、その家の主である女性。どうやら友雅を誰か別の男性と間違えているようなのですが…。
【朱雀門の犬】…大内裏で穢れが生じ、鷹通から仕事のためあかねの元に来れなくなったと連絡が入ります。代わりに天真と詩紋があかねと過ごすことに。そして詩紋が、京の街で友達になった少年・明良(あきら)のことを語ります。明良は、詩紋を外見だけで鬼と決め付けない、数少ない人間でした。

「小説・遙かなる時空の中で」という副題の通り、プレイステーションのゲーム「遥かなる時空の中で」を元にしたキャラクター小説です。対象となる年齢層はやや低めに感じましたが、さすがに近藤さんご自身がゲームをやりこんでいるだけあって、キャラクターの造形も自然で、とても素敵でした。出家前の永泉と即位前の帝のやりとりも見れるのが嬉しいです。


「桜姫」角川書店(2003年9月読了)★★★★★お気に入り

小乃原笙子の元に届いたのは、千草会からの招待状。千草会とは大部屋の歌舞伎役者たちが自分たちで運営している勉強会で、今回の演目は「桜姫東文章」でした。そのまま放っておいたものの、封を切ったその日が公演日だったこともあり、笙子は結局その舞台を観に行くことに。招待状の送り主は、主役の桜姫を演じていた中村銀京、本名蔵本京介。深見屋の中村銀弥の弟子として名題下の役者をやっている青年でした。銀京が笙子を招待したのは、実は笙子の亡くなった兄・音也のことを知りたかったため。銀京は子供時代大磯に住んでおり、年に数回別荘にやってくる音也とよく遊んでいたのです。音也は大物歌舞伎役者・市村朔二郎の長男で、15年前、10歳の時に病死。しかし銀京は、病死が伝えられた日より4日も後の日付が入った音也との写真を持っていました。そして笙子は父・朔二郎の愛人の子。兄が亡くなった後で本宅に引き取られ、兄とは直接会ったことはないはずなのに、しかし子供の頃から兄を殺す夢を繰り返し見てたのです。

梨園シリーズの第3弾。
笙子の兄の音也と笙子の記憶の謎を中心に、大道具部屋で起きた殺人事件が絡んで物語が進んでいきます。この2つの出来事は、どちらも母と子の関係がポイントなのですね。子は母を思い、母は子を思い、そして相手の愛情を求める。しかしその思いは決定的にすれ違う。「桜姫東文章」と「伽羅先代萩」という2つの演目が、作品の内容を暗示しているかのようです。
そしてこの物語にもう1つ絡んでくるのが銀京と笙子の恋。この銀京が非常に魅力的ですね。自信満々で、しかも自分の目的のためには手段を選ばないと思われている彼ですが、自分の求める物を欲しいと思い、手に入れるために努力する、そんな彼の正直さがとても好きです。桜姫の姿をした銀京も艶やかで素敵ですが、やはり元の蔵本京介という人間に華があるからこそ。「わたしはこの男に壊されるかもしれない」、銀京とそんな恋ができる笙子が羨ましくなってしまいます。今回は、銀京の師匠で「ねむりねずみ」以来の再登場となる銀弥も登場。出番は少ないものの、彼もまたやはり華のある人だと再認識。
笙子の謎はなんとなく予想がつきましたが、笙子が最後に思い出し、理解した場面がとても好きです。それと呼応するかのように、その前の場面で銀京が言ったことも。そしてもう1つの真相には驚きました。瀬川菊花の舞台の話もとても切ないですね。抑えているようで、しかし抑えきれない艶やかさが零れ落ちてくるような作品。本当に大満足の作品でした。


P.73「自信なんかない。だから、確実に方法を選んで引き寄せるしかないんです。ぼくから見れば、欲しいものがありながら、何もせずに待っているだけの人間の方がよっぽど自信にあふれているように見えます。黙っていても運命が与えてくれると思ってるみたいだ」「ぼくは、欲しいものは欲しい。だから動くだけです。自分から動くほどは欲しくないけど、与えられればまんざらでもないとか、失敗するのが怖いから動かないなんて考え方のほうが、自分が可愛くてしょうがないように見えます」


「ほおずき地獄-猿若町捕物帳」幻冬舎文庫(2002年11月読了)★★★★

最近吉原に、若い女の幽霊が出るというもっぱらの噂。幽霊が消えた後には、縮緬細工のほおずきが1つ残されているといいます。そんな話を、猿若町中村座の若手戯作者・桜田利吉に聞いた同心の玉島千蔭は、たまたま訪れた吉原の叶屋で、実際に幽霊騒ぎに遭遇することに。千蔭自身は幽霊は目撃していないのですが、確かにその後には、小さな縮緬のほおずきが1つ残されていました。一方、千蔭に縁談話が持ち上がります。相手は、上司である吟味方与力の青野藤右衛門の姪のお駒。しかし正式に顔を合わせる前に、お駒が千蔭の顔を見に来て、千蔭は退屈な人は嫌いだと言われてしまいます。

猿若町捕物帳シリーズ「巴之丞鹿の子」に続く第2弾。
今回の千蔭は、見合い話に翻弄されながらの捜査となります。中心となるのは幽霊話と見合い話、そして所々に謎めいたお玉の物語が挿入され、勢いのある物語となっています。江戸で大人気の女形・水木巴之丞や、花魁の梅ヶ枝といった前回の登場人物も前回同様物語に彩りを添えていますし、今回登場のお駒もなかなか可愛らしいですね。ただ、千蔭は巴之丞や梅ヶ枝に気に入られているぐらいですし、自分で思っているほど退屈な人間ではないと思いますが…。それどころか、結構いい男かと思うのですが。前回はシリーズ最初ということで若干固さが見られましたが、この作品ではその固さもとれて、短いながらもなかなか読み応えのある作品となっていると思います。…それにしても最後の展開には驚きました。こういうことだったとは!最後の驚きが心地よいです。


「青葉の頃は終わった」カッパノベルス(2003年8月読了)★★★

筒井弦は室井法子とのデートの最中に、突然瞳子の自殺のことを聞かされて驚きます。弦は、可憐で愛らしかった瞳子に、出逢った頃からずっと憧れを抱いていたのです。実家が裕福なため無理に働く必要もない瞳子は、ライブハウスやレストランでシャンソンを歌い、自分でも曲を書き、自主制作のCDを作っていました。プロの歌手にこそなれなかったものの、自分の好きな歌を歌えるということに満足していると語っていた瞳子が、なぜ自殺などしなくてはいけなかったのか。大学時代の友人グループは、鮫島幸、室井法子、筒井弦、谷木加代、高橋猛、そして河合瞳子の6人。残された仲間たちは、それぞれに彼女の自殺の理由について考え始めます。

「アローン・アゲイン」「冷たい花」「アイ」「彼女の不在」という4つの短編から成る物語。語り手は弦、加代、猛と移り変わっていきます。ミステリでありながら、まるで青春小説のよう。登場人物たちは、大学卒業後既に数年が経過、もうすぐ30歳という年齢です。しかしこのグループには普通にサラリーマンやOLとなった人間がいないからなのでしょうか、まだまだ学生の頃の感覚をそのまま残しているようですね。一般的な30才前後の人に比べると、子供っぽさが目につきました。「大人になる」ということが一概にいい意味ばかりだとは言えませんが、それにしても彼らは上手く大人になれていないようです。だからこそ、瞳子も自殺などという手段を選ぶことになったのでしょうけれど…。
「可憐で愛らしい」「可憐で、冷酷なか弱き暴君」「普通よりも可愛らしく、小憎らしく、ときどき苛々させられるところもある友だち」… 色々な人間の思いによって浮かび上がってくる瞳子像。隠されていた真実も明らかになります。猛の「人のことなんか、だれにもわからねえよ」という言葉は確かにそうですが、他人の目に映っていた瞳子の姿も、また1つの真実には違いないはず。本人が思っている「自分」は、果たしてどれほどの真実なのでしょうか。しかし自分に憧れてくれている男性が、いつまでたっても憧れの存在としてしか見てくれないというのは寂しいものですね。憧れられるのに慣れている瞳子にしても、1人の普通の女性なのですから。それが全く好きではない相手なら構わないでしょうけれど、もしそうでなかった場合は、「憧れ」という言葉で体よく追い払われているような気がしてしまうかもしれませんね。
この体験を通してきっと少し大人になる彼ら。そして、この題名に繋がるのですね。読む前と読んだ後でこれほど印象が変わった題名も珍しいかもしれません。しかしぴったりですね。


「天使はモップを持って」実業之日本社ジョイ・ノベルス(2003年6月読了)★★★★★お気に入り

【オペレータールームの怪】…新人の梶本大介が配属されたのは、社内のオペレータールーム。課長の他は女性ばかり4人。大介は早速課内の女性におもちゃにされてしまうことに。
【ピクルスが見ていた】…財布を落とした大介は、キリコにアルバイトに雇われ、深夜のオフィスビルにワックスがけをすることに。しかしその晩、出入りの生命保険の女性が墜落死していました。
【心のしまい場所】…大介と同期入社の女性が結婚。大介や同じ課の富永先輩も結婚式に呼ばれます。しかし式の2〜3日前に、引き出物を何者かに勝手にキャンセルされていたと言うのです。
【ダイエット狂想曲】…新しいケーキ屋のせいで最近太り気味の面々は、全員揃ってダイエットを始めます。そこに新しく配属されてきたのは、折れそうに細い女性とぽっちゃりした女性でした。
【ロッカールームのひよこ】…なぜか深夜の会社のロッカールームにいたのは、4匹のひよこ。冷たい床の上で弱っており、手当ての甲斐もなく朝になるまでに死んでしまいます。
【桃色のパンダ】…大介がネットワーク事業部を訪れると、課長の机の上にはピンクと白のパンダのぬいぐるみが。子供へのプレゼントのために特注で作ってもらったというのです。
【シンデレラ】…2日続けて水浸しになっていたトイレ。3日目には墨汁のようなもので汚されて真っ黒になっていました。トイレを掃除するのはキリコ1人。何者かの嫌がらせなのでしょうか。
【史上最悪のヒーロー】…母が急死。寝たきりで要介護の祖母のために急遽結婚した大介。しかし幸せ一杯の新婚のはずなのに、何かを置き忘れたかのような不安感が付きまとうのです。

大介の入社した会社で掃除をしているのは、ポニーテールにした赤茶色の髪、綺麗に日焼けした小柄な身体、そしてぴったりフィットのTシャツにミニスカートに、ピアスを3〜4つという、渋谷か原宿にでもいそうな派手な服装の、とても清掃員には見えない17〜8歳の女の子。その元気でパワフルな掃除の天使の名前はキリコ。キリコが大介と一緒に会社で起きた謎を解いていく連作短編集です。
清掃人を探偵役としたというこの設定が、まず上手いですね。たとえば郵便配達人のような人間が、実際はいるにも関わらず、人々の意識の中ではいないものとして扱われるというのはよくある話。清掃員も同じ。そしてそんな立場にいる人間だからこそ、見えてきてしまうものもあるわけです。しかもこの会社が大きすぎず小さすぎず、社員全員がキリコを知っている程度の規模という設定もいいですね。そしてやはり何と言ってもキリコの造形が最高。一見普通の今時の女の子なのに、夕方から朝にかけてたった1人で1つのビルの掃除を全部こなし、彼女が通った後は塵1つ落ちていないのです。一般的な「お掃除おばさん」のイメージと、これほどかけ離れているキャラクターも珍しいでしょうね。キリコは掃除をこよなく愛し、何でも手際よくピカピカに磨き上げていきます。掃除を始めたきっかけのエピソードも、心温まる感じで好きです。
物語は軽快にテンポ良く進みます。しかし基本的に日常系の謎なのですが、そこには人間の心の暗部を覗き込むような重い謎も含まれており、その辺りが非常に近藤さんらしいです。それでもキリコの明るさと元気さ、解決する時に見せる心遣いで、重苦しくなりそうなところを救われていますね。
会社が舞台ということで、加納朋子さんの「月曜日の水玉模様」にほんの少し雰囲気が似ています。

P.175「プライバシーを見ちゃうのは嫌だから、普段はなるだけ触覚を鈍感にして、なんにも考えないようにしてるけどね」


「シェルター」祥伝社(2003年10月読了)★★★★

コーヒーショップでカプチーノを飲んでいた江藤恵は、隣に座っていた若い女の子に突然お金を貸して欲しいと言われて驚きます。電車賃ぐらいならと言いながらも、恵はいずみと名乗るその女の子のざんばらの短い髪を見て、思わず彼女を自分の泊まっている安ホテルへと連れて行くことに。しかし一晩明けて家に帰らせようとした恵に、いずみは「帰るところなんか、ないもの」「わたし、殺されるかもしれない」と言うのです。一方大阪では、恵のことを妹の歩が心配していました。中国に行くと言って合田整骨医院から休みをとった姉なのに、その部屋のテーブルの上には、有効期限内のパスポートが置かれていたのです。そんな時、小松崎が出張で東京に行くことになります。そして街角で偶然恵を見かけることに。

「カナリヤは眠れない」「茨姫はたたかう」に続く、、整体師・合田力シリーズの第3弾。
今回の読みどころは、なんといっても江藤恵・歩姉妹の負っている心の傷。姉の恵はSEX依存症、妹の歩は摂食障害で、しかも男性恐怖症。2人とも相当のトラウマがあるとは思っていましたが、その原因がこの作品で明かされることになります。かつては色々とあった姉妹ですが、それでも自分よりも相手を大事に思っているという気持ちがひしひしと伝わってきていいですね。はからずもこの作品で、姉妹の結びつきの強さを感じさせられることになりました。
今回の合田先生はそれほど大きな活躍はしないのですが、やはり要所要所はおさえていますね。小杉良幸の登場によって、合田先生の過去もこれから少しずつ明かされていきそうです。そして今回は小松崎の誠実さが、歩だけでなく恵にも大きな影響を与えているようなのが嬉しいですね。小松崎や合田先生は恵や歩の、そして恵はいずみのシェルターとなっているのですね。たとえ今はまだシェルターしかなくても、そのうちきちんと最後に帰るべき場所ができるはず…。最後の1行がしみじみと響いてきます。

P.227「他人を傷つけずにいられない人間はな、そんなことせえへんで生きられる人間よりも、ずっと不幸なんや。」「そいつらは、他人を傷つけているようで、自分を鬼みたいなもんに、食わせているんや。ある日、自分のやったことを振り返ったとき、自分の中を鬼が食い荒らしていることに気づいて茫然とするか、もしくはすべてを鬼に食われてなにもなくなってしまうか、そのどちらかしかあらへんねん。わかるか」


「狼の寓話-南方署強行犯係」徳間ノベルス(2003年11月読了)★★★★

憧れの刑事課に配属されて2日目、初の現場で大失敗してしまった會川圭司は、南方署一の敏腕刑事・城島とのコンビを外され、どうやら刑事課では少々浮いている存在らしい女刑事・黒岩と組まされることに。彼女が現在扱っている事件は、犯人がほぼ確定されている事件。ホテルの一室で夫が死んでおり、妻が姿を消しているというもの。状況からは妻が犯人と思われるのですが、しかし上からいくら言われても、黒岩は妻の指名手配を出そうとしないのです。黒岩は、妻に動機が全くないことを指摘します。

近藤史恵さん初の警察ミステリ。しかし形式としては確かに警察ミステリなのですが、今回の事件の中身は整体師の合田先生のシリーズと同じく、心の傷に大きく関わってくるものでした。冒頭から「狼の寓話」という童話が少しずつ語られていくのですが、これが現実の物語と見事に交錯することになるのですね。ここに隠されていた真実には驚きました。切な過ぎて、読んでいてやりきれなかったです。
近藤さんの作品は、切なかったり痛かったり、女性の悪意が奥底に見えていたりと色々とあるのですが、このシリーズは切ない話が多くなるのでしょうか。最後の黒岩の「馬鹿ね。そんな事件、滅多にあるもんですか」という言葉は非常に痛いのですが、しかし同時に、この言葉によって先の展開も楽しみになってしまいます。「美紀ちゃん」がいい味を出していますし、「花ちゃん」の見えない部分が徐々に明かされそうで、それも楽しみです。

P.178「男の子だから、弱音を吐いちゃ駄目。男の子だから、泣いちゃ駄目。そんんふうに子供を教育するわよね。あれって、もしかして、すごく残酷なことなのかもしれない」「つらいときは、だれだって弱音を言いたいし、嫌なことがあったら愚痴も言いたいし、泣きたいことがあったら泣くのは、本当に普通のことなのに、それがみっともないこと、なんて言われたら、いったいどうやって、感情を処理すればいいの?」


「二人道成寺」文藝春秋(2004年4月読了)★★★★★お気に入り

3ヶ月前、上総屋の岩井芙蓉の自宅が火事になり、眠っていた妻・市ノ瀬美咲が一酸化炭素中毒と火傷のため昏睡状態に。火事になった時、芙蓉は弟子の自宅で麻雀をしていて留守。火の気のない部屋が火元であり、玄関の鍵が開いていたことから、警察は忍び込んだ空き巣が放火したと考えていました。しかしその火事のことを、もう一度調べなおして欲しいと思う人間がいたのです。それは芙蓉と犬猿の仲と言われる桔梗屋の中村国蔵。国蔵は美咲と時々会ってお茶を飲む友達だったのです。国蔵は小菊の紹介で、今泉文吾に調査を依頼することに。

梨園シリーズの4冊目。
世間知らずの我儘お嬢さんから歌舞伎役者の若妻になってしまった美咲。途中までは、この美咲の勝手な恋情に玉置実が一方的に振り回される話かと思っていたのですが、最後まで読んで真相が分かってみると、美咲がとても可愛い女性に見えてきて、非常に切なくなってしまいました。やはり近藤さんの描く女性はいいですね。そして芙蓉と国蔵という2人の歌舞伎役者の関係に関しても、何となく納得。もちろん綺麗事だけでは済まない世界なのだとは思いますが、しかしこういう相手がいるというのは、一番幸せなことなのかもしれませんね。この2人の舞う二人道成寺、観てみたいです。
今回一番大きなモチーフとなっているのは、「摂州合邦辻」と「新版歌祭文」の「野崎村」。「摂州合邦辻」は能の弱法師や説教節「愛護若」を元にした義太夫狂言、「野崎村」はお染久松の逸話を題材にした狂言なのだそうです。同じ脚本からも役者それぞれが登場人物の心を自分なりに汲み取りながら演じるという、ごく当たり前のはずのことが、菊花師匠がつける芙蓉と国蔵の稽古を通して改めて感じられて、非常に興味深かったです。
巻末には、「あとがきにかえて-もし歌舞伎が好きでなかったら」や、スペシャル・インタビューも収められています。自分の本について「読者には自分の作品は一息に読んでもらいたいと思っているんです。読み出したらその世界にグーッと潜っていって、パッと出てくるみたいな感じで読んでもらえればと。」と語られた言葉や、「ガーデン」を書いていた頃は、もっと感覚がぴりぴりしていたという話などが印象的。濤岡寿子さんによる近藤史恵論では、かなりネタバレをしていますので、未読本がある場合は要注意です。

P.11「忠臣蔵ができない役者が、自分は歌舞伎役者だと名乗ることなどできないのだから」


「モップの精は深夜に現れる」実業之日本社ジョイ・ノベルス(2005年2月読了)★★★★★お気に入り

【悪い芽】…会社ではお茶も淹れてもらえず、家では1人娘のひかりが2週間も口を利いてもらえず、心配ごとも重なって胃が痛い栗山。昼食を食べようと入った会議室で、キリコに出会います。
【鍵のない扉】…小さい編集プロダクションの編集兼ライター・本田くるみ。得意先の吉上製薬の落合に連れられて飲みに行った帰り、財布をなくしているのに気付き、会社に泊まることに。
【オーバー・ザ・レインボウ】…モデル事務所には内緒で付き合っていた葵とケンゾー。しかし葵は二股をかけられていたのです。ケンゾーからのメールを待って屋上にいた葵は、気付けば締め出されて…。
【きみに会いたいと思うこと】…キリコが旅行に行きたいと、1ヶ月の予定家を出ます。

「天使はモップを持って」の続編。明るくキュートな清掃員・キリコのシリーズ第2弾です。前回はほとんど大介視点でしたが、今回は各章ごとに語り手が変わります。
何かに悩んでいる当人には、物事の全体像はなかなか見えてこないもの。少し離れたキリコの立場だからこそ見えてくるものがあります。しかしそれを見逃さず、きちんとキャッチしているのは、やはりキリコの素直さとちょっとした目配りがあってこそなのでしょうね。今回この4つの短編を読みながら、キリコの言葉には色々と目を開かれる思いだったのですが、特に「オーバー・ザ・レインボウ」での、自分の代わりの人間はいるかどうかというキリコと葵の会話には、はっとさせられました。本当に誰にでも代わりはいるもの。どんな仕事だって、その人がいなければいないで、どうにか回っていきます。その上で出されたキリコの「代わりがいないのは、友達とか家族とか恋人とか、それだけでいいじゃない」という言葉がずしりときました。これは本当にその通りですね。例えば仕事の場でも、自分が当てにされ頼りにされるのはとても嬉しいこと。しかし本当は、自分がいない時にでも、誰でもその仕事が分かるようにしておくのが、本当に仕事ができる人間。そうは思っていても、「私がいなければみんなが困る」と思いたい、周囲の人にも思われたいという人が案外多いのではないかと思います。なかなか難しいところだと思うのですが…。
あとがきで近藤史恵さんが、キリコをずっと天使のままにしておくこともできるけれど、それが嫌で彼女の羽衣を隠したと書いてらっしゃるのですが、その「羽衣を隠した」が、このシリーズに明るいだけではない、深みのようなものを出しているように思います。そして、普段は明るく頭の回転の早いキリコの、隠された心の一面が垣間見られるのが堪らなく魅力的だし、それが読後感を暖かいものにしているのですね。

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