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このページは、ひかわ玲子さんの本の感想のページです。

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「イスの姫君-La princesse d'Is」角川書店(2007年6月読了)★★★★★

【イズエ・ラ・リンの竜】…昔日の財宝が埋もれると伝えられる死せる都市・イズエ・ラ・リン。翼ある竜が都市の財宝と遺跡を守り、盗人や戦士、冒険者たちはことごとく竜に討ち果たされるのですが…。
【イスの姫君】…吟遊詩人として各地を遍歴するローレンが出会ったのは、白い服の若い娘。娘はローレンが詩吟いだと知り、イスの都を知っているかと尋ね、ローレンをイスの都へと誘います。
【夢語(ゆめがたり)】…ニウマ王国に起きた十数年前の内乱以来、皇女シエナは離宮の石塔に幽閉され、宰相のセオ・ザネスに、エル・デオのデュオンが助けに来てくれると何度も語るのですが…。
【テンタジェル城の怪】…カエールリオンからコーンウォールへと遠征に赴いたサー・ランスロットの前に現れたのは、美しい乙女。テンタジェル城に恐ろしい巨人が居ついて困っているというのです。
【女神ケリドウェンの井戸】…ケルトの部族の村で“猛き鷹”の名を持つ少年は、森で出会った妖精のヴィヴィアンに教えられ、真実を求めに叡智の女神・ケリドゥエンの井戸を探しに行くことに。
【旅人ギデェオン】…ギデェオンは大王マースの統べるダシル城に別れを告げ、エリンの地へ。
【マース王の宮廷にて1】…魔道士の紫色の炎の中に浮かんでいたのは裸身の乙女。乙女はその昔、マース王の宮廷で起きたプリデリやギルベスウィの物語を語ります。
【マース王の宮廷にて2】…魔道士の炎に映ったのは、厳しい顔の青年。青年が語ったのは、ギデェオンの息子の物語。名前をもらうために、少年はアリアンロッドの城へと向かいます。
【永劫の宮殿】…長い年月伝説の都・シーグリン・ルーを探し続けていた楽師は、不思議な女性に連れられてシーグリン・ルーの永劫の宮殿へと行き、そこで歌うことに。

ひかわ玲子さんの古い友達だという漫画家の松元霊古さんが絵を描いてらっしゃるのですが、出来上がった作品は漫画ではありません。挿絵の多い物語集といった感じ。マビノギオンやアーサー王伝説、そしてそのほかのケルトの伝説がひかわ玲子さんの手によって再話されているのですが、予想以上にしっかりした作品が揃っていて驚かされました。これまでに読んできた伝説の中の登場人物たちが、ひかわ玲子さんの小説の中でこれほどまでに生き生きと動き回ってくれるとは。ケルト神話の幻想的な世界が目の前に現れたかのようなリアルな質感があり、どれもとても素敵です。
特に読み応えがあったのは、表題作の「イスの姫君」。この作品は、ひかわ玲子さんのデビュー前に発表された、世の中に出た一番最初の作品なのだそう。解説で井辻朱美さんが、「『イスの姫君』は骨子の伝説に肉付けをして、生き生きした人物群像を描き出し、ひかわさんの作家的資質をすでに鮮やかに示すものでした」と書かれていますが、、本当にデビュー前の作品とは思えないほどの読み応えのある作品です。ひかわ玲子さんご自身は「未熟だけど、もう、二度とこんな作品はかけないーー自分で、そう思います」と書かれており、「二度と書けない」と思われるその気持ちは分かる気がします。おそらくひかわ玲子さんが、その時に自分の持っていたものを全て注ぎ込んだ作品なのでしょうね。こういった作品を読むと、ひかわ玲子さんのほかの作品も読んでみたくてたまらなくなります。


「ひかわ玲子のファンタジー私説」東京書籍(2007年3月読了)★★★★★

ファンタジー小説を書いていると、しばしば「ファンタジーって、何…?」という素朴な疑問をぶつけられることがあるというひかわ玲子さん。小説とは架空の現実を描いたものであり、従って全ての小説はファンタジーだと言うこともできます。しかしここで考えていくのは、特に「ファンタジー」と呼ばれるジャンルの小説や物語について。小説家としてデビューして10年経ち、ひかわ玲子さんご自身の問いでもあったファンタジーとは何なのかという疑問について考えていく本です。豊田有恒、金蓮花、小沢淳、前田珠子各氏との対談も。

ファンタジーと一言で言っても、現実とは違う世界を舞台にしたものや架空の歴史を描いたものや、日常の中の不思議な出来事など色々とあるのですが、ここで取り上げられているのは、主に異世界ファンタジー。ひかわ玲子さんは、「ファンタジーなんて、神話や伝説を集めてくれば、すぐにできる」という言葉に苦笑させられることも多いのだそうです。しかし例えば渋谷の街を舞台にした架空の現実の物語は、たとえそれが絵空事であったとしても、渋谷という実在の街ならではのリアリティがあるもの。それに対して架空の世界を舞台にしたファンタジーでは、舞台も架空なら描いている事柄も架空の出来事。全くの絵空事になってしまう恐れがあり、そこに息を吹き込むのは実はとても大変な作業なのだそう。世界そのものがすべて架空であるからこそ、ファンタジーは逆に絵空事では駄目なのだという言葉がとても印象的でした。
さらにひかわ玲子さんは、日本人なのになぜ金髪碧眼の白人が登場するファンタジーを書くのかという質問もよく受けるのだそうです。それはファンタジーにとって異国趣味(エキゾチシズム)が非常に大事なことだから。確かに日常とは切り離された空間の方が、想像力が広がっていくというものですね。そしてひかわ玲子さんの作品に金髪碧眼の白人が登場するのは、ロバート・E・ハワードのコナンシリーズやE.R.バローズの火星シリーズで黒髪の美女が登場するのと同じことなのだそうです。しかし日本人であるひかわ玲子さんの中から生まれてきた作品である以上、それはひかわ玲子さんの内面を如実に映し取っており、それは日本人の書くファンタジーでしかあり得ないという話も面白かったです。ファンタジーの世界がトールキンの言う「第二世界」である以上、その第二世界は第一世界と合わせ鏡のような存在であり、書き手の背景にある文化・風俗・社会を如実に表すもの。そこに真実の世界を映し出した時初めて、第二世界は優れた神話となるのだそうです。確かにトールキンの「指輪物語」には大英帝国を感じますし、アメリカの作家たちのファンタジー作品にはアメリカならではの世界を感じます。今まであまり考えたことがなかったのですが、西欧的な世界を舞台にしていても、そこに繰り広げられるドラマは日本人ならではのものかもしれないですね。
対談もそれぞれに面白かったです。ひとつの逸話に関する異説が山ほどかかれ、神話そのものが進化するギリシャ神話に対し、完成された形のままで長い間継承されたため、神話は進化してない日本神話の話、西洋では敵が常に人間であることに対して、日本では「結局悪者はいなかった」というエンディングが好きで、みんなが仲間だという特撮戦隊物(ゴレンジャー)が結局よく合っているという話。現代の人間にとっては古代の日本の方が遠い存在でエキゾチックかもしれないという話など、様々な面からファンタジーが考察されていて面白かったです。


「アーサー王宮廷物語」全3巻 筑摩書房(2007年4月読了)★★★★★

メイウェルとフリンは、仙女たちが暮らす島・アヴァロンに育った双子の兄妹。マーリンの伴侶であるニニアンは2人の年の離れた姉であり、2人も生まれながらに強い魔力を持っていました。幼い頃にアーサー王の宮廷があるキャメロットに行くようにマーリンに命じられたため、修行はほとんどしていないものの、メイウェルは鷦鷯(みそさざい)に、フリンは鷹に変身できるのです。そして今、メイウェルはギネヴィア王妃の侍女として、フリンはアーサー王の小姓として仕える日々。その日メイウェルはいつものように鷦鷯に変身して、親友であるシャロットの姫・エレインの元へと向かっていました。エレインはサー・ベルナルドの娘で、心の中に写る光景をそのままタペストリーに織り上げる力を持つ少女。織り上げられた模様は、まるで見てきたかのように鮮明で、しかもその光景は少し先の未来を写し取っているのです。今は予言による混乱から身を守るために塔の中に閉じこもりきりの生活を送っており、そのタペストリーを見ることを許されているのは、父であるベルナルド卿とエレインの2人の兄、そしてこの双子の兄妹だけ。そして今日メイウェルがエレインの元へとやって来たのは、メイウェルがあこがれる「白い手のユウェイン」のことで、エレインの助言が欲しかったからでした。

「キャメロットの鷹」「聖杯の王」「最後の戦い」という3冊からなるアーサー王物語。アーサー王伝説を主題にした小説は沢山書かれていますが、この作品の一番の特徴は、アヴァロンに育ち、魔法の力を持つメイウェルとその双子の兄・フリンという、伝説には登場しない人物の視点から描いた物語だということ。しかも鳥に変身できるので、本来なら見ることのできないはずだった場面のことも、その視点からつぶさに描き出すことができるのです。しかし驚かされたのは、あくまでも大筋ではアーサー王伝説に忠実でありながらも、テニスンや夏目漱石に描かれたシャロットの姫を大きく登場させながらも、その解釈は独自のもので、とても斬新だということ。アーサー王物語に詳しくない読者が楽しめるのはもちろん、ある程度詳しい読者をもうならせる作品となっているのではないでしょうか。
この作品の中で特筆すべきなのは、やはりエレインでしょう。従来のアーサー王伝説には2人のエレインが登場し、1人はランスロットを恋するあまり儚くなり、もう1人はその父親の後押しもあって、ランスロットの息子・ガラハッドを産むことになります。マロリーの「アーサー王の死」などを読んで、同じ名前の人物の登場に頭が混乱した読者も多いでしょうね。トリスタンとイズーのエピソードと違い、名前を同じにする必然性もあまり感じられないのですから、尚のことです。しかしこの作品に登場するエレインは1人だけ。そしてそのエレインに関する解釈が素晴らしいのです。塔の中でタペストリーを織るばかりで何も知らなかった美しい乙女がランスロットに心惹かれ変わっていく様子、控えめで穏やかだった乙女が見せる激しい情念、その命と引き換えに1枚のタペストリーを織り上げる、その鬼気迫る場面がとても印象に残ります。それらが描かれる2巻の終盤がこの作品の白眉ですね。ガラハッドの出生に関しての解釈にも驚かされましたが、これもとても面白いもの。しかも説得力がありました。
そしてもう1人特筆すべき人物は、アーサー王の王国の崩壊の直接的な原因となるモードレッド。モードレッドがこれほど気持ちの良い青年に描かれている作品というのは初めて読みましたが、この作品の中のモードレッドはとても魅力的。初登場時の、鳥になっているメイウェルを射落とそうとする場面、宮廷での「どこか、自信に溢れて、堂々としすぎていて尊大にすら感じられる印象」にこそ、従来のモードレットの姿がありますが、その後の美しく聡明な好青年に育ったモードレッドには、従来の姿はまるでありません。しかしこの真っ直ぐアーサー王を慕うモードレッドだからこそ、ギネヴィアとランスロットのことが許せず、しかもアーサー王が自分の本当の父親だと知った時の衝撃が迫ってきます。以前読んだ「ひかわ玲子のファンタジー私説」で、西洋では敵が常に人間であることに対して、日本では「結局悪者はいなかった」というエンディングが好きだという話が出ていたのですが、その一端がこういうところにも現れているのでしょうね。
この物語の中でメイウェルは、「この国の精霊たちの祝福を一身に受けた王は、メイウェルの目には眩しい光に体全体がすっぽり包まれているように見える。その光は普通の人たちには見えないのだけれど、見えなくても影響は受けるようだ」と感じています。そして円卓についても、それ自体に強い力を秘めているのを感じています。従来のアーサー王伝説では、即位した後のアーサー個人についてはあまり描かれておらず、ともすればランスロットの華やかさや魅力に負けがち。武勇を発揮する場面もほとんどありませんし、単に妻を寝取られた男という位置づけになってしまうこともままあります。しかしこういった描写によって、この物語ではアーサー王の本当の魅力が表現されているように思います。そして、だからこそ、キャメロットに来た頃のメイウェルとフリンには光り輝いているように見えたこの場所が、徐々にその光を失っていく様子が雄弁に表されているのではないでしょうか。
伝説では地味な存在のサー・ユウェインにここまで光が当てられているのは意外でしたが、彼の造形もとても良かったですし、その母・モーゲン・ル・フェイとの絡みもいいですね。ログレス王国のためだけに、貞節を踏みにじられたイグレーン王妃の気持ち、そんな王妃を見て育ったモーゲンの気持ち、そんな女性たちの感情を理解しながらも何もできないでいるメイウェルの気持ちがつぶさに伝わってくる、そしてそれを当たり前のように読んでいた読者へと疑問を投げかける物語でもありました。

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