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このページは、藤水名子さんの本の感想のページです。

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「王昭君」講談社文庫(2002年12月読了)★★★★★お気に入り
漢の元帝の時代。南郡の江水流域の中流貴族の出身である王昭君は生まれ育った家と故郷の狭さに辟易し、15歳の時に都に行くことを決意。弟の王健の学問に託けて都に出て、伯父の家にやっかいになります。そして伯父に勧められるがままに元帝の後宮に入ることに。折りしも、後宮では宮廷画家によって全ての宮女の肖像画が描かれていました。それは元帝の下した命令。後宮にあまりに大勢の女性がいるため顔を覚えられない元帝が、その肖像画を見てその夜の伽を申し付ける女性を選ぶためのものだったのです。そして肖像画がようやく完成した頃、匈奴の王・呼韓邪単于(こかんやぜんう)が16年ぶりに都を訪れます。単于は元帝に勧められて、宮女の1人を閼氏(后)として迎え入れることに。元帝が肖像画を見て選んだのが王昭君。彼女は夫となった男性に従って未だ見ぬ北の地へと向かうことになります。

実在の人物である王昭君を主人公とした歴史小説。
王昭君とは、史書にはたったの1行しか残されていない、歴史上ではほぼ無名の女性。しかし実は中国四大美女の1人に数えられている女性でもあります。漢から1人匈奴へと嫁ぐことになってしまった薄幸の美女、というイメージを持っていたのですが、この物語ではお茶目で好奇心たっぷりの生き生きした女性として描かれていたので驚きました。閉じ込められることを嫌い、広い所への憧れを持つ女性。まるで草原を吹き渡る風のように自由な感性を持った女性。絶世の美女というよりは、個性的な美女。分かる人にしか分からないけれども、強烈な魅力を持った女性として描かれています。この描き方がとても素敵ですね。
しかし天真爛漫だった少女が恋を知り、死を知り… 彼女の夫である単于が3年ほどで死んだ後は、匈奴の風習に従って、彼女は息子の単于の妻となります。(匈奴には、自分の母親以外の女性を全て妻として譲り受けるという風習があるのです。)そんな風習に反感を覚えながらも、2番目の夫をも愛するようになる王昭君。しかしそんな彼女がうっすらと翳りを帯びていく様子が、なんとも切ないです。彼女は本当に幸せだったのか… 物語を読んでいる時は、彼女は確かに幸せだったとしか思っていなかったのですが、読み終えてみるとやはり切なく哀しい物語だったように思えてきます。
元帝が肖像画を描かせた話は以前にも読んだことがあるのですが、それは美貌に自信のあった王昭君だけが画家に賄賂を贈らなかったために醜女に描かれてしまい、その絵のせいで匈奴に嫁ぐことになったという話でした。しかしこの物語での描かれ方の方が断然好きです。それらの逸話を読んでもそれほど強烈な印象を残さなかった王昭君という女性像が、この物語によってとても鮮やかに浮かび上がったように感じられましたから。

「熱砂の小恋歌-西域暴雲録」集英社スーパーファンタジー文庫(2003年1月読了)★★
唐朝の成立以来100年余の平和な時代。舞台は中国西域の砂漠の中のオアシス、代々女帝によって統治される女人国・西涼。人口の過半数が女性というこの国の女性たちは、男顔負けの勇ましい女性ばかり。しかしそんな西涼に、200里ほど西方に位置する吐京国の王が、自ら軍勢を率いてやって来たので大騒ぎ。西涼の王家の娘の1人を、自分の嫁に欲しいというのです。西涼第五代女帝・旦宗帝こと李昭琴には、4人の娘たちがいました。常に自分が一番でなければ気が済まない長女の妹紅(めいこう)、冷静で思慮深い野心家の次女・絮星(じょせい)、要領が良くちゃっかり者の三女・琲梨(はいり)、そして優秀な姉たちにコンプレックスを持つ、みそっかすの瑛蓮(えいれん)。西涼国の宮廷は混乱し、女帝はその是非を神毒山への御宣託に託すことになります。そして末娘の瑛蓮が使者として赴くことに。

西域暴雲録シリーズ1冊目。
若草物語をイメージして生まれたとはとても思えない(笑)4姉妹は、それぞれ才色兼備で武芸の達人。みそっかすとされている瑛蓮も、気づいていないだけで、案外と強かったりします。この4人姉妹の個性がそれぞれに際立っていていいですね。3人の姉の使者辞退の理由には笑いましたが、世の中ってそんなものかも。
そして瑛蓮が旅に同行するのは、西涼始まって以来のエリート軍人、白皙の美貌を持つ馮昴(ふうこう)。しかし途中で、琵琶を片手に各地を放浪する吟遊詩人・張圭白、さらには有名な盗賊団・砂漠の鷹の頭領・李國榮(リイグオロン)が加わります。この3人の男性たちも、見た目と中身にかなりのギャップがあり、なかなか楽しいですね。しかも人間界だけの話かと思いきや、もしかすると天界をも巻き込む予感…。まだまだ旅は続きます。ただ、集英社スーパーファンタジー文庫ということで、対象年齢層は低めです。

「黄帝別姫-中国神武伝奇4」集英社スーパーファンタジー文庫(2003年1月読了)★★★
河南の西陵氏の居城近くの艾村(かいそん)では死人が甦り、森には、この地方には絶対棲息しないはずの夜光猴が現れ、雄鶏が卵を産んだなどの怪異の噂がめぐります。その頃大陸の最北の極寒の地を、暴力と略奪の限りを尽くして席巻する恐怖の覇者が現れていました。それは蚩尤(しゆう)という名の容貌魁偉な壮年武将。彼は兵を起こしてわずか数ヶ月のうちに、処々の土豪を併呑しながら軍を進め、瞬くうちに北辺の大半を手中にしていたのです。そして暗黒神・羅堰は、その蚩尤の中に人外の存在が取り付いているのを見て驚きます。なんと百鬼王が妹の魔姑娘を殺された恨みを晴らすために蚩尤取り付き、凌と梨佳の命を狙っていたのです。凌は来るべき戦いのために兵の訓練を重ね、戦車10万台を璃瑜に要求します。

中国神武伝奇シリーズ4作目、完結編です。
凌も梨佳も自分の成すべきことを見極め、目標に向かってひた走ります。それによって決別の日もまた近づいてしまうことになるのですが、しかしこれで良かったのでしょう。果たしてこの後、どのように展開していくのか読みたい気もしますが、しかしここで物語が終わることが非常に心地よくも感じられます。まるで絵に描いたような勇者物語ではありましたが。
この物語の最後の決着には意外な人物(?)が登場してくれます。有名な物語でお馴染みのあのシーン。人物や物の名称は全て既存の別名称に変えられていますが、この物語の世界にとてもよく似合っているので、なんだか妙に嬉しかったりして。本当に愛すべき王様です。

「陽炎の奏鳴曲-西域暴雲録2」集英社スーパーファンタジー文庫(2003年1月読了)★★
瑛蓮、馮昴、張圭白、李國榮という4人に加わったのは、なんと瑛蓮の3人の姉たち。母の女帝に旅に出たがらなかった理由がバレてしまい、瑛蓮を追ってきたというのです。総勢7人となった一行は、旅の途中、オアシス国・昌庚の桃家村を通りがかります。そこの桃の木の下には、30代前半から半ばの働き盛りの男たちが、短剣や匕首を投げて桃の実を落とすという遊びに興じていました。妹紅に一番頂上の桃を射落としてやれと言われた琲梨は、早速見事に射落とすのですが、しかしそれによって琲梨が注目を浴びたのが面白くなかった妹紅は、なんとこの桃の木を折り倒してしまいます。しかしこの地の領主は木道楽で、この桃の木はお気に入りの木。妹紅は桃の木の代わりに、20里ほど北にある白駄山の魅攣樹の苗を取りに行くことに。

西域暴雲録シリーズ2冊目。まるで西遊記の三蔵法師の旅を思わせるような展開。
7人の賑やかな旅は続きます。常に自分が一番でなければ気が済まないという妹紅の性質が災いして、思いもかけない災難に巻き込まれる一行。神毒山へ真っ直ぐ行くはずが、とんでもない周り道をする羽目に陥ります。この巻には恋がたっぷり。お互い相手に対しての文句を言いつつも、しかし何年もの間お互いを探し続けている羅王と羅刹女、李國榮を密かに想う妹紅と、孤高の剣士・黄陽峰に出会ってしまった絮星。恋というものは、やはり想ってしまった者勝ちかもしれませんね。しかし年齢は… ことさらに言い立てなくても、若く見えるのであればそれで十分な気もするのですが。

「落日の遁走曲--西域暴雲録3」集英社スーパーファンタジー文庫(2003年1月読了)★★
瑛蓮が西涼を出発してそろそろ1ヶ月。6人となった一行が、朝宿場を発ってから一面の砂漠の中を進んでいる時、突然100人近い男たちに奇襲されます。そしてそこに現れた1人の女性によって、突然始まった戦闘は突然終結。馬に乗ったその女性は、男装のように味気ない胡服を身に付け、化粧気もほとんどない素顔のままにも関わらず、圭白も思わず「いい女」と漏らすほどの清楚な美貌の持ち主でした。その彼女が、「おのれ、怨敵!」と叫びながら、李國榮に切りかかってきたのです。

西域暴雲録シリーズ3冊目。
李國榮に一族を殺されたという呂虹娘(りょこうじょう)が登場。単なる憧れと恋、そして愛との違いが分かるような気がしてしまう1冊。しかしここで上手くいったように見えても、後日再び出会った時にどうなるのかは、まだまだ分かりません。瑛蓮にも、可能性は十分に残されているかと。
なかなか神毒山に近づく様子がないのですが、このシリーズはここまでしか書かれていないようです。それどころか、戦国哀恋記という新しいシリーズがコバルト文庫で始まってしまいました。それほど熱烈に続きが読みたいというほどでもないのですが、しかし決着だけはきちんとつけて欲しいですね。

「公子風狂」講談社文庫(2002年12月読了)★★★★★お気に入り
【公子風狂】…聡明で気の強い丁婦人が、曹家の嫡子・曹操にぜひにと望まれて嫁ぎ、実子は産まないものの、妹で添い嫁として一緒に嫁いだ栞の息子・昂と娘・榮を我が子のように育て上げます。
【青青子衿】…曹操の長子である曹昂は丁婦人によって育てられ、その母の清廉な気質を受け継いでいる青年。その清廉さ故に女の1人も作らず、なかなか曹操の跡取りとしては認められないのですが…。
【憂愁佳人】…曹丕は絶世の美女と名高い袁煕夫人である甄洛を略奪。自分の妻とします。しかし非の打ち所のない貞淑な賢妻であり続けながらも、甄夫人は年下の夫に決して本心を見せないのです。
【女王の悪夢】…甄夫人を死に追いやり、曹丕の皇后の座を勝ち取った郭夫人。しかし曹丕の跡を継ぐのは甄夫人の息子・曹叡。曹叡の仕打ちが心配で、郭夫人は悪夢に悩まされることに。
【仮面の皇帝】…曹叡の皇后・毛皇后は、亡き母を想い続ける、思いやり深い夫を慕っていたのですが、ある時突然人が変わったように冷淡な振る舞いをするのを見て驚きます。
【曹操の死】…曹操が病の床について早10日。自分以上に冷酷だと父から嫌われていた息子ですが、父の死によって自分にもたらされる、あまりに大きな責任を思うのです。

「三国志外伝曹操をめぐる六つの短篇」という副題がついている通り、曹操、曹昂、曹丕、曹叡という曹家の4人の男達とその妻妾らたちが描かれている短編集です。この短編集では、例えば「公子風狂」でちらりと登場する曹昂が次の「青青子衿」では主役となったり、「憂愁佳人」で洛を死に追いやった郭夫人が次の「女王の悪夢」で主役となったりと、同じ人物が何度も登場し、違う角度から描かれていくというのが新鮮。まるで連作短編集のような趣を見せています。それに、それぞれの人物の姿はどれもとても人間的で魅力的。多角的に描かれているせいもあり、今までの歴史上の人物という姿とは、また違った姿を見ることができます。しかし曹操に関してはほとんどいい所なく終わってしまうので、曹操ファンには少々キツい作品かもしれません。
曹操をはじめとする男性陣ももちろん個性的なのですが、この短編集では、男性陣よりも女性の存在の方が強く印象に残りました。特に「公子風狂」の丁夫人と「憂愁佳人」の甄夫人が素敵です。心の底では夫を愛しながらも、素直にそれを表に現すことのできない女性たち。少し意地を張りすぎのような気はするのですが、しかしそれがまたいじらしく切ないですね。曹操に疎まれることになった丁夫人は、「青青子衿」では息子同然の曹昂からは違った印象を持って描かれ、曹丕に疎まれた甄夫人は、「女王の悪夢」では郭夫人から、恋敵の「仮面の皇帝」で息子の曹叡の目から見た姿を描かれています。どちらの女性も夫に愛され、その後疎まれる姿が先に描かれているので、その後で息子の目を通して見る母の姿にはほっとさせられたりもします。

「炎風眷恋-戦国哀恋記」集英社コバルト文庫(2003年1月読了)★★★★
中国戦国時代。千年近く続いた周王朝の末期。周都を陥した西方の強国・秦が、完全に周の息の根を止めようとしていた時。秦の若き武将・黎燎は、周都の凄惨な殺戮と燃え上がる様に辟易して密かに持ち場を離れ、ふと通りがかった王族の館らしき建物に入っていきます。その館の一番奥の部屋にいたのは、周室の公主・琳姫(りんき)と侍女の小曳。周の人間がことごとく自害をしている中で、琳姫と小曳だけは死のうとはしていませんでした。王族の子女はなるべく保護するように言われていた黎燎は、2人を保護して感陽の呂不韋の元へと向かいます。一目見た時から、琳姫の美貌に心を奪われる黎燎。しかし感陽に連れていけば、秦王である荘襄王の側室に入ることになるのは、火を見るよりも明らかだったのです。

戦国哀恋記1冊目。
秦王・荘襄王やその宰相である呂不韋は実在の人物。後に秦の始皇帝となる、太子の政も登場します。そのような史実を元にしながら、「鉄冠子」とも「氷鏡子」とも言われる怜悧な美貌の武将・黎燎が琳姫と出会い、運命に翻弄される恋愛小説。孤児だった黎燎は呂不韋に拾われ、それ以来ずっと呂不韋の富と権力の恩恵を受ける生活。剣の手ほどきを受けて、天才的な素質が花開き、現在は秦でも有数の武将として活躍中。呂不韋に不満は感じているものの、今の暮らしに慣れきってしまっている彼は、表立って反抗するほどではなく…。現在の地位や呂不韋への忠誠、そして恋との板ばさみに悩む黎燎には、いささか歯切れが悪いものを感じてしまうのですが、しかし一途に黎燎を想う琳姫は、さすがに藤作品の女性。今まで登場した女性たちのような自由な境遇にはいないですし、おきゃんな町娘とはまるで違う深窓の令嬢ですが、その本質は変わらないですね。

「項羽を殺した男」講談社文庫(2003年1月読了)★★★
【項羽を殺した男】…大陸を制覇し戦乱の世に終止符を打った始皇帝。その行列を見ながら、いつか、とって代わるぞと呟いた男・項羽。そんな項羽にに憧れ軍に参加した呂馬童は、しかし劉邦の軍へ。
【虞花落英】…麗春花、通称虞美人。彼女が項羽と出会ったのは、誰もいなくなった始皇帝の後宮の中でした。虞美人が項羽の寵姫となり、そして2人の間に別れが訪れるまで。
【范増と樊かい】…劉邦が項羽を差し置いて関中入りして函谷関の門を閉ざし、項羽は激怒。劉邦は謝罪に訪れ、世に言う「鴻門の会」が開かれます。表面上は和やかな会も、水面下では激しい攻防が。
【九江王の謀反】…項羽が劉邦に討たれて6年たった漢の都。項羽から劉邦へと寝返った英布は、項羽の夢を見てうなされます。そして英布は次第に項羽に取り憑かれたようになり…。
【鬼神誕生】…父である項燕将軍が秦に破れ、項梁は長兄の息子・項羽を連れて都を落ち、落ち着き先を探して旅に出ることになります。

秦から漢へという時代の変わり目に存在した項羽という1人の若い英雄。その項羽を周囲の人間達を通して描いた短編集です。生まれながらに王のような項羽。皆が誇りに思い、戦場で姿を見るだけで味方は血を湧きたたせる存在の項羽。敵にすればこれほど怖い男はなく、鬼神とも恐れられているにも関わらず、味方、ことに目下の者に対しては兄のような優しさを見せる項羽。その姿は、味方はもちろん、敵にとっても特別な存在だったのでしょうね。「項羽を殺した男」の馬童のように、自ら項羽の傍から離れても尚、心の奥底ではやはり項羽に魅せられていたのではないでしょうか。しかしそんな項羽も、最後は劉邦に倒されることになります。全てにおいて劉邦に勝る項羽ですが、しかし戦いに一度も勝ったことがない劉邦という人物の粘り強さには最終的に屈することに。そして最後は自分で自分の首を刎ねる… なんとも潔い人物ですね。この物語は項羽が中心に据えられているので、当然項羽が魅力的に、劉邦が一段下のようにに描かれているのですが、しかしそれでもやはり項羽には魅せられてしまいます。まさに藤さんが後書きで書かれている九郎判官源義経タイプの英雄ですね。

「慕心奔浪-戦国哀恋記2」集英社コバルト文庫(2003年1月読了)★★★★
秦王の側室に入ることを拒み軟禁状態となっていた琳姫。実は琳姫もまた、黎燎に心惹かれていたのです。一度は自分の想いを諦めた黎燎。しかし黎燎のことを憎む虞冽(ぐれつ)の策略により、黎燎と小曳は盗賊の手に落ちることに。そうなって初めて琳姫への想いを新たにした黎燎は、覚悟を決めて、8歳の頃に拾われてから16年間育てられてきた呂不韋の元を出奔、琳姫を追います。琳姫を拉致しているのは孫叔という男が率いる盗賊団。

戦国哀恋記2冊目。
藤さんご自身、あとがきで「些かタルい展開に思えるかもしれない」と書いてらっしゃる通り、若干テンポが遅めです。やはり少しじれったいかも…!しかしだからといって、すれ違いのドラマに終始するわけではないようなので一安心。この「すれ違い」ドラマ、実は私は昔からとても苦手なので。
今回登場した人物で気になるのは、自慢の白髯を持つ八賢老東風道人と名乗る老人。この人物は、この後も大切な役回りになりそうな気がするのですが、どうなのでしょう。黎燎たちにとって吉と出るのでしょうか、それともまさか凶と出ることもあるのでしょうか。
この作品は、まだ「長い長い物語のそのほんの導入部」なのだそうです。ということは、ただの恋愛小説で終わるわけではなく、他の色々なことに派生していくのでしょうね。黎燎の一生を追うような物語になるのでしょうか。これからの展開が一層楽しみです。

「蒼き炎-大悪女・呂后伝」祥伝社(2003年2月読了)★★★★
紀元前202年、とうとう項羽を倒し、漢王としての地位を確立した劉邦。しかしその祝いの席に劉邦の愛妾たちが呼ばれて侍っている時、正妻である呂氏のみは宴席に招かれることもなく、項羽の死をも知らずに過ごしていました。劉邦の身近に放ってあった密偵の報告によって項羽の死を知り、呂蛾く(女+句)は在りし日の項羽を偲びます。首級を見て声を殺して哭く呂后。その項羽に対する思いとは逆に、呂后が劉邦に向ける目は常に厳しく、呂后は人を誑かすことだけが上手い劉邦をいつも苦々しい思いで見つめていました。韓信や彭越をあっさり落としいれた呂后は、劉邦の死後、まず劉邦の一番の寵姫であった戚妃とその子・如意を始末するのです。

則天武后、西太后と並ぶ中国三大悪女とされている呂后。劉邦の死後、劉邦の愛妾・戚夫人の四肢を切断し、目をくり抜き、耳をそぎ落とし、喉を潰してから便所に捨てたというのは、あまりにも有名。しかしここに描かれている呂后は、そのようにただ直接的に怖い女性ではありません。怖い女帝というよりは、ついぞ本当の愛情を得ることのできなかった1人の女性。劉邦に誑かされた父親のせいで劉邦に嫁ぐことになった呂后は、殻潰しである劉邦の妻ということで、劉邦の不遇時代には針の筵に座らされるような生活を送っています。家や妻子を省みない夫に、意地悪な嫂。自分よりも前から劉邦の妻同然の立場にいる女性の存在と、その女性との間に出来た子供・肥。劉邦が生きている間の呂后は、劉邦を冷静に突き放した目で見つめています。彼女にとって劉邦とは、世間で言われているような度量の大きな心の寛い人間ではなく、虚構によって彩られ、粉飾を施された空っぽな龍なのです。それでも自分の信じた道を進むしかなく、最早後戻りもできなくなっていた呂后の中にあったのは、ただ喪失感だけだったのではないでしょうか。実際には望み通り戚妃と如意を始末していても、呂后が勝ったとは思えません。しかしそんな呂后を哀れだと思うことは、他ならぬ呂后にとって一番我慢がならないことなのでしょうね。自分すら愛せない彼女でも、いつだって頭をまっすぐ上げて生きてきたのですから。
そんな彼女に感情を戻らせることができたのは、劉邦の第一の敵であった項羽。そして項羽のような鋭い眼差しを持つ季らい(花かんむり+來)。決して幸せな出会いとは言えないこの2人との出会いですが、しかし呂后は決して不幸ではなかったと思うのです。それどころか、最後の最後に夢を見ることができて、とても幸せだったのではないでしょうか。
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