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このページは、神話・伝承の本の感想のページです。

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「ベーオウルフ-中世イギリス英雄叙事詩」岩波文庫(2006年7月再読)★★★★

武名名高いデネ(デンマーク)の王フロースガールは、類まれな館を作らせこれをヘオロットと命名。しかし日々この館から流れてくる広間の賑やかなざわめきや竪琴の調べ、吟詠の声にいらだったのは、カインの末裔であるグレンデル。グレンデルはある夜、宴のはねた後に館を襲い、警護の戦士らを殺害。夜毎に襲来を重ね、館に住む者もいなくなり、そして12年経った頃。イェーアト族の王ヒイェラークの母方の甥・ベーオウルフがグレンデル退治にデネの国へとやって来ます。(「BEOWULF」忍足欣四郎訳)

8世紀頃に作られたとされる、古英語の英雄叙事詩。英文学史上で一番古い作品とされています。各章の冒頭に梗概が記されているので、内容としては掴みやすいと思うのですが、物語自体がすんなりと時系列に沿って語られているのではなく、回想シーンや将来的な災厄の予感などが随時挿入され、綺麗に整理されているとは言いがたいので、初めての人にとっては、こういった詩の形で読むのは、やや敷居が高いかもしれません。
英雄とは一対一で戦うべきであるという考えから、ベーオウルフとグレンデル、グレンデルの母、そして竜との戦いは基本的に一騎打ち。ベーオウルフはもちろんとして、相対する怪物も一種の英雄扱いされている部分はやはり面白いです。しかし英雄が一騎打ちで敵を倒す物語の割に、しかもそして前半は宮廷での場面が多い割に、あまり華やかな印象はありません。炎の色や王権を表すという金色はとても目立つのですが、全体的には暗く沈んだ色調のイメージ。あまり色彩に関する描写がないのかもしれないですね。しかも最終的にベーオウルフは竜を見事討つのですが、その時に受けた傷によって自分も倒れることになり、哀愁を漂わせたラストとなっています。


「オシァン-ケルト民族の古歌」岩波文庫(2007年3月読了)★★★★★お気に入り

【ローディンの戦い】…オシァンが息子オスカルの許婚で立琴の名手・マルヴィーナに語る、オシァンの父・フィンガル王の若い日の戦功の物語。嵐のためにロホランにたどり着いたフィンガル王一行は、ロホランのスタルノ王に饗宴に招かれるのですが、以前にも騙まし討ちされそうになったフィンガル王は断ります。
【クー・ヴァラ-劇の歌】…オークニィ諸島のサルノ王の王女クー・ヴァラはフィンガル王を慕い、スコットランドに付き従って来ていました。そんな時、ローマ軍が攻めてきてフィンガル王は迎撃。ローマ軍を撃破したフィンガル王はクー・ヴァラにも知らせさせるのですが、部下のヒジァランは敗戦したと偽りを言い…。
【カリク・フーラ】…ローマ軍を撃退したフィンガル王が宴席で望んだのは、勇士シルリックとビンヴェールの歌。そして翌日、フィンガル王はイニス・トルクの島へと船出するのですが、首都カリク・フーラは、ソロハの王・フローハルの大軍に包囲されていました。そしてフローハルを守るオーディンの幻影が現れます。
【カルホウン】…ローマ軍を撃退した祝宴の席で、王の伯父・クレサ・モーラが語ったのは、かつて結婚していた黒髪の娘・ムーナ、バラクルーハの首領・ルールマルの娘との思い出。そして翌日現れた異国の戦士たちの若い大将こそが、クレサ・モーラとムーナの息子・カルホウンだったのです。
【オーイ・ナム・モール・ウール】…スカンディナヴィアのサウドロンロ島のトウン・ホルモド王が、マロルコル王の王女・オーイ・ナム・モール・ウールに求婚して断られ、大軍をもって押し寄せます。フィンガル王はマロルコル王のために、オシァンを遣わして助けることに。
【グール・ナン・ドゥナ】…勇将・フィンガル王の誉の記念碑を立てることになり、トスカルとオシァンはクール・アヴィンのクローナのほとりへと向かいます。クール・アヴィンのカルル王の饗宴に招かれ、王女・グール・ナン・ドゥナの姿を見たトスカルは、たちまち心を奪われてしまうことに。
【クローマ】…許婚のオスカルを偲んで泣くマルヴィーナにオシァンが語ったのは、オシァン自身の若い頃の戦功の話。エーリンのクローマの首領・クローアル王がトロムロのローマル王に攻め込まれ、フィンガル王の命によりオシァンが助けに行ったのです。
【カルホウンとクール・ヴァル】…トゥイー河畔の首領・ドゥンハルモが、人望の厚いクルーア河畔の首領・ラーモールを殺します。そしてラーモールの2人の息子、コルマルとカルホウンを最初は自分の元で育てるものの、父のことを悲しむようになったのを見て、洞窟に幽閉することに。
【フィンガル】…エーリンのコルマク王へと、ロホランのスワラン王が攻め寄せて来ます。スコットランドのモールヴェンからのフィンガル王の援軍を待たずに戦闘を開始するクフーリン。やがてフィンガル王が到着するのですが、それまでもそれからも激しい戦闘が繰り広げられることになります。
【タイモーラ】…カラバルがエーリンの若いコルマク王を殺害し、王座を奪います。それを知ったフィンガル王はエーリンに攻め寄せ、勝ち目がないと悟ったカラバルは一計を案じ、その晩の饗宴の席でオスカルを騙まし討ちにするのです。騒ぎを聞きつけて、フィンガル王が駆けつけるのですが…。
【クーン・ルーフとグーホウナ】…倒れた勇士の霊は歌人に頌歌を歌ってもらわなければ雲の宮居へ行かれないと、オシァンの元に現れたのは、モールラーのモルニの息子・クーン・ルーフ。オシァンは立琴にイー・ホウン島の勇士たちの様子を見せて欲しいと願います。(「DANA OISEIN MHIC FHINN」中村徳三郎)

スコットランド高地に住むゲールと呼ばれるケルト民族の間で語り継がれてきた古歌を集めたもの。3世紀頃にスコットランド北部のモールヴェンにいたというフィンガル王(フィン王)の誉れと、その一族の者たちの物語。ただし、この歌が語られたのは一族の者たちが次々に倒されて、オシァンが1人最後に残された後のこと。高齢で失明したオシァンが、息子・オスカルの許婚で、立琴の名手だったマルヴィーナに、もう一度歌心を呼び戻して欲しいと望んで、一族の戦士たちの物語を聞かせたという形式になっています。1760年にジェームズ・マクファーソンによって英訳本が発表され、たちまちのうちに大人気を博したのだそう。ジェームズ・マクファーソンによる偽書だという疑惑も未だにあるようですが、ナポレオンにも愛読されたということでも有名ですし、実際とても素晴らしい作品ではないかと思います。勇士たちの戦う姿と、それを見守る美しい乙女たち、戦いを終えての饗宴、その席で竪琴を奏でながら歌う歌人、読んでいるとそんな人々の姿が見えてくるようです。雄雄しく美しく、哀しく、そして気高いのですね。
中心となっているフィンガル王はスコットランドのモールヴェンの王ながらも、相手として登場するはロホランと呼ばれるスカンディナビアの人々だったり、エーリンと呼ばれるアイルランドの人々だったりと、舞台の意外な広さを感じさせます。オーディン神が登場するのも興味深いところです。


「ケルトの古歌『ブランの航海』序説」松村賢一 中央大学学術図書(2007年4月読了)★★★★

一般には「ブランの航海」として知られる「フェヴァルの息子ブランの航海と冒険」は、7世紀頃に成立した叙事詩。ケルト異界を描く冒険譚(エフトリ)と航海譚(イムラヴァ)の2つの要素を兼ね備えており、古代アイルランド文学の中でも、難解だが重要な作品と考えられているのだそうです。
【コンラの冒険】…ある日、コンの息子・コンラの前に不思議な衣をまとった女が現れます。どこから来たのかと尋ねるコンラに、女は自分はシーの民で生者の国から来たと答えます。しかしその場にいたコンラ以外の誰にも、その女の姿は見えなかったのです。コンはドルイドの呪文で女を追い払わせるものの、コンラは女に渡された林檎だけを食べて過ごし、女のことを考え続けることに。
【マールドゥーンの航海】…アリル・オヒル・アガという武勇の誉れ高い族長が尼僧に産ませた男の子はマールドゥーンと名付けられ、王妃の3人の子供と共に実子として育てられることに。しかしある日マールドゥーンは自分の本当の父親のことを知り、焼き討ちにされた父の仇を取る決意を固め、ドルイドの宣託通りの17人で船出をすることに。そこに里子兄弟3人も一緒について来て…。
【ブランの航海】…不思議な国から来た女が、各地から来た王侯で賑わうフェヴァル王の王宮に入り込み、白い花をほころばせた銀の枝を手にしたブランに向かって歌を歌います。女は去り、翌日ブランは9人ずつ3隻の船に乗った同行者と共に2日2晩海上を漂い、海神・リルの息子マナナーンに出会い、その後「喜びの島」、次いで「女人の国」へと辿り着くことに。
【青春の国のアシーンの物語詩】… フィンとその仲間が全滅してから何百年か経った頃。キリスト教を携えてアイルランドへとやって来ていた聖パトリックの前に1人の盲目の老人が連れてこられます。キリスト教の儀式や教義に対抗するかのように、フィアナ戦士たちの歌を歌う老人。その老人こそが、フィンの息子・アシーンだったのです。疑う聖パトリックに、アシーンは自分と金髪のニーアヴのことを歌います。

冒険譚(エフトリ)…人間が、ケルトの神々や住民たちのうごめく超自然の地へ旅する話
 「コンラの冒険」「アルトの息子コルマックの約束の地への冒険」「クリハンの息子レヘリの冒険」
 「ネリの冒険」「コンの息子アルトの冒険」
航海譚(イムラヴァ)…あらゆる出来事に安全が保証されていて、一つの話の枠内にうまく結合される
 「マールドゥーンの航海」「セネーフサとリーラの息子の航海」「コラの息子たちの航海」

「コンラの冒険」「マールドゥーンの航海」「青春の国のアシーンの物語詩」に登場する異界は、どれも似通ったもの。「コンラの冒険」に登場するのは、「死もなく、罪もなく、咎もない正者の国」。ここでは労苦も争いもなく、平和と永遠の若さ、そしていつまでも続く宴を楽しんでいます。楽園ですね。「マールドゥーンの航海」では、旅立ちから帰還までの間に海上の35箇所を回る旅となっているのですが、この中に登場する楽園は、「老いることはなく、永遠の生命にあずかり、労苦もなく、夜ごと宴」がある「女人の国」。そして「ブランの航海」でも、不老不死の楽園である「女人の国」は登場します。さらに「アシーン」で登場するのは、永遠を約束する青春の国「ティール・ナ・ノーグ」。
ケルトの異界の大きな特徴の1つは、「人間が妖精に誘われて訪れることのできる、はるか彼方の海上の国、至福の世界」。人間だけの力では訪れることができないようです。そして「マールドゥーンの航海」だけは、3人の里子兄弟の影響なのか普通に帰国しますが、それ以外の3つの異界で共通するのは「時間の相対性」。これは日本の「浦島伝説」で、郷里に戻った浦島太郎が玉手箱を開けた途端に何百年分も年を取るのと同じです。「コンラの冒険」では、乙女と共に水晶の船に乗って去ったコンラのその後の物語は語られていないのですが、それ以外の3つの物語では、いずれも望郷の念にかられて楽土を離れることになり、しかし戻った時に禁忌を破り、本来の時間の経過を身をもって体験することになります。
論文なので基本的にそれほど楽しいとはいえませんが、興味深い内容ではあります。ただ、「冒険譚」と「航海譚」の違いがよく分かりませんでした。言葉からすると、冒険譚のうち、海に出て行くものが航海譚と考えてしまいそうなところなのですが、「冒険譚と対照的なのが航海譚であり」という文もあることから、そういう理解だけではだめなようですね。


「ケルトの神話・伝説」フランク・ディレイニー 創元社(2007年5月読了)★★★★★

ジャーナリストであり、ケルトの足跡を辿る番組では案内役を務めたこともあるというフランク・ディレイニーによる、ケルト神話と伝説の再話。冒頭の「ケルト伝説への誘い」ではケルト文化に関する歴史的概観、ケルトの装飾品や武器、食べ物、饗宴、詩人、ケルト神話と他の地方の神話との比較が語られ、その後に19編の伝承が収められています。「アイルランドの伝説」「<牛捕り伝説>の白眉」「ウェールズの伝説」「<アーサー王伝説>の系譜」という4章構成。(「LEGENDS OF THE CELTS」鶴岡真弓訳)

例えば「ウェールズの伝説」では、マビノギオンの物語11編のうち「エヴラウクの息子ペレドゥルの物語」「エルビンの息子ゲライントの物語」はフランク・ディレイニーの好みに合わないからという注釈付きで外されていたり、「<アーサー王伝説>の系譜」では、トリスタンとイズーの物語しか採用されていません。既に知っている物語の展開や結末が違っていて驚かされたりもするのですが、訳者の鶴岡真弓さんのあとがきにあるように、これは採用されたヴァージョンが違っているだけということなのでしょうね。このように読み物として再話された本は他にも色々あると思いますし、私が以前読んだ井村君江さんの「ケルトの神話-女神と英雄と妖精と」もその1つ。しかしこの「ケルトの神話-女神と英雄と妖精と」とはあまり文章の相性が良くなかったようで、読むのに非常に苦労した覚えがあります。その頃に比べると知識が増えているという要因もあるとは思いますが、こちらは段違いに面白く感じられました。自分の知っている物語とは多少違っていても、物語が生き生きと再現されていて、ケルトの手触りが確かに感じられるようで、読み物としてとても良かったです。

アイルランドの伝説…「アイルランド国造りの神話-『来寇の書』」「勝者の分け前-ブリクリウの宴」「コルマクの黄金の杯」「マク・ダトーの豚」「エーダインへの求婚」「デルドレとウシュネの息子たち」「ディアルミドとグラーネの恋物語」「オシーンの常若の国」
<牛捕り伝説>の白眉…「クアルンゲの牛捕り」
ウェールズの伝説…「ダヴェドの領主」「シールの娘ブラヌウェン」「シールの息子マナウアザン」「グウィネズの領主マース、マソヌイの息子」「マクセン帝の夢」「シーズとセヴェリスの物語」「キルフフとオルウェンの物語」「フロナブイの夢」「泉の貴婦人」
<アーサー王伝説>の系譜…「トリスタンとイゾルデ」


「ケルト神話と中世騎士物語-「他界」への旅と冒険」田中仁彦 中公新書(2007年5月読了)★★★★

「フェヴァルの息子ブランの航海」「百戦の王コンの息子、美貌のコンラの冒険」、ケルトの「オデュッセイア」とも言える「メルドゥーンの航海」など、「イムラヴァ」と総称される物語群に見るケルトの「他界」。それらの物語に描かれる「他界」は、なぜ海の彼方にあるのでしょうか。そしてなぜ、いずれも女人国なのでしょうか。「常若の国(ティル・ナ・ノグ)「歓びの野(マグ・メル)」といったケルトの「他界」を、現存する古伝承を通して探り、それらがキリスト教の中にどのように取り入れられていったのか、そしてどのようにアーサー王伝説に残っているのかを考察する本です。

まず、なぜ「他界」はいずれも女人国であるのか。それはキリスト教がアイルランドを支配する前の、大地母神信仰から来ているもののようです。これらの古い伝承が語られた時代は、トゥアッハ・デ・ダナンを破ったケルト系ゴイデル族が実権を持っていた時代であり、神々というのは地下世界へと移っていったトゥアッハ・デ・ダナンたちです。この言葉は「ダナの息子たち」という意味で、この場合のダナとは母なる女神・ダナのこと。大地母信仰を持つ古代宗教は多いですが、ケルトも例外ではなかったということですね。そして女人国とは、その女神・ダナが支配し、その分身もしくは臣下である女神たちがいる島。大地の母神は「豊穣と多産」「土地の主権者」「戦いと殺戮」「死者をあの世へ運ぶ」という4つの大きなペルソナを持っており、そのペルソナが何人もの女性に分かれているというのです。生命を生み出す大地はまた、死者たちの帰っていくところ。それは「他界」そのもの。
そして次に、なぜアイルランドの「他界」が海の彼方にあるのか、ですが、ウェールズの「マビノギオン」やブルターニュの伝承を見ると、「他界」はこの世と地続きであったり、ドルメンや墳丘の下であったり、あるいは泉や湖の底であるのが普通。「他界」を大地母神が支配しているのなら、尚更地下世界にあるのが自然。海の彼方というのは、ケルトの中でもアイルランドに独特の概念のようです。しかし田中氏は、「海の彼方」とは言っても一概にこの地上の海とは限らないと指摘しています。トゥアッハ・デ・ダナンが去っていった地下世界にあるあの世の海かもしれないというのです。考えたこともありませんでしたが、これが面白いですね。
これらの「他界」を描く物語は、徐々にキリスト教的要素を強め、最終的にすっかりキリスト教的色彩に染め変えられてしまった「聖ブランダンの航海」や「聖パトリックの煉獄」といった物語が登場することになります。「聖ブランダンの航海」では、「他界」は「天国」と「地上の楽園」と「地獄」に分化しており、「聖パトリックの煉獄」さらに「煉獄」も合わせて4つに分化。しかし生きているうちから地上の楽園をめざす聖ブランダンも、煉獄に降りて行こうとするオウエンも、確かに「イムラヴァ」の英雄たちの後継者であり、外側が変化しても中身は確かにケルト的世界なのだという指摘もとても興味深かったです。「他界」の概念も行き方も変化しながらも、そこは確かにケルトの「他界」なのですね。
純粋な資料としてはなかなか読むことのできないこれらの物語群が、ほとんどあらすじだけとはいえ、紹介されているのも嬉しいところ。アイルランド神話の創世記と言える「マー・トゥーラの合戦」や海に沈んでしまった「イスの都」の伝説についても触れられています。


「ケルトの木の知恵-神秘、魔法、癒し」ジェーン・ギフォード 東京書籍(2007年5月読了)★★★★

ジェーン・ギフォードによる木の写真集。シラカバ、ナナカマド、トネリコ、ハリエニシダ、ハンノキ、ヤナギ、サンザシ、ロイヤル・オーク、ヒース、ヒイラギ、ハシバミ、リンゴ、ポプラ、キヅタ、エニシダ、リンボク、ニワトコ、イチイ、マツ、ブナといった、ケルトに関連の深い20の木々について取り上げています。生育場所や性質など木そのものの説明はもちろんのこと、オガム・アルファベットでの表記方法とその意味、神話や伝説での姿、その象徴性、伝統的な利用方法、現代の利用方法、薬効などが、美しい写真と共に説明されています。(「THE CELTIC WISDOM OF TREES-MYSTERIES, MAGIC, MEDICINE」井村君江監修・倉嶋雅人訳)

ケルト系に限らず、神話や伝承に登場する木はそれぞれに意味を持つもの。日本ではなかなか身近に見ることのできない木も多いのですが、この本ではそれぞれの木につき6〜7枚ずつ、全景はもちろんのこと花や実を美しい写真入りで紹介しています。しかも植物図鑑のような説明だけではなく、様々な面からそれらの木々のことを紹介しているのが嬉しいところです。こういった本で予めイメージを掴んでおけば、もっと世界に入り込みやすくなるかもしれませんね。写真もとても美しくて、それを見ているだけでも楽しい本です。

シラカバ(Birch・Beth)…森の淑女
 新たな生命を育み、邪悪なものを撃退する
 ケルトのシャーマニズムでは、シラカバが宇宙樹
 発端、純粋さ+清潔、愛+友情、誕生+通過儀礼
 アランロド、ブロダイウェズ、フリッグ、フレイア、エオストル
ナナカマド(Rowan、Luis)…山の淑女
 魔法の力があり、誘惑や病気から人々を守り、霊的な力を高め、幸運をもたらす
 ドルイドはナナカマドを燃やした煙で死者の霊や戦士を呼び出す
 北欧やアイルランドの神話では、最初の女性はナナカマドから生まれたとされる
 ギリシャ神話では、ナナカマドは聖なるワシの流した血と羽から生まれたとされる
 生きる活力+聖なる情熱、生命力+霊力、創造性のインスピレーション
 ブリガンティア、ブリギット、聖ブリジット、聖母マリア
トネリコ(Ash・Nion)…世界樹・生命の木
 ギリシャや北欧では、最初の人間はトネリコから生まれたとされる
 北欧神話の世界樹ユッグドラシル、オーディンはトネリ、ベリン、エホヴァコに身を吊ってルーン文字を得る
 ケルト人にとっては宇宙の真理の守護者、ドルイドの杖
 バランス+調和、宇宙の秩序、ポジティヴ・シンキング、海の力
 オーディン、ネメシス、ポセイドン、ネプチューン
ハリエニシダ(Golden Gorse・Onn)…
 信念、希望+楽観、力の結束
 ルー、スェウ・スァウ、ゲフェス
ハンノキ(Alder・Fearn)…ブラン神の木
 妖精の国へ続く道を守り、切り倒した人間の言えは火災にあって全焼すると言われる
 アイルランドの神話では、最初の男はハンノキから作られたとされる
 盾+基礎、識別力+内なる自信、忠誠
 ブラン、アポロ、アランロド、オーディン、ルー、アーサー王
ヤナギ(Willow・Saille)…魔法の木・妖術の木
 予言や霊力を授ける聖なる木
 オルフェウスの杖、ドルイドの魔よけの杖、ペルセポネの杖
 夢+直感、予言+占い、癒し+魔法、愛
 ペルセポネ、ヘカテ、ベリリ、アルテミス、セレネ、ディアナ、ルナ、アテナ、ケリドウェン、オルフェウス、ベル
サンザシ(Hawthorn・Huath)…五月の木
 アイルランドでは今でも、妖精の国で守られた魔法の木として大切にされている
 5月1日に妖精の丘に生えるサンザシの下に座ると、妖精の地下世界に攫われる
 テューダー王朝の紋章
 愛+結婚、豊穣+出産、生殖、心臓
 オルウェン、ブロダイウェズ、カルデア、ヒュメン、聖母マリア
ロイヤル・オーク(Royal Oak・Duir)
 エールの魔法の3本の木のうちの1つで、ドングリ、リンゴ、ハシバミの実をつけた
 古代ギリシャでは、最初にこの世に生えたのはオークで、人類はオークから生まれたと言われている
 神の国への通り道で全ての木の中で最も神聖とされ、ヤドリギが宿るといよいよ神聖になる
 アーサー王の円卓、マーリンの魔法の杖はオーク、あらゆる儀式で使われた
 力+忍耐、寛容+保護、正義+高貴さ、正直+勇気
 ダグダ、エスス、タラニス、アルテミス、ゼウス、ユピテル、トール
ヒース(Heather・Ura)…情熱の花
 情熱
 ウロイカ、ヴィーナス
ヒイラギ(Holly・Tinne)…犠牲の木
 妖精の国を守る木で、伐採すると不幸をもたらす
 「ガウェイン卿と緑の騎士」では、ガウェインがオークの王、緑の騎士がヒイラギの王
 不和+人間性、血+憐れみ、限りなき愛
 タヌス、タラニス、トール、イエス・キリスト、ルー
ハシバミ(Hazel・Coll)…知識の木
 白魔術と癒し、詩人の木であり、その実はひらめきと不死を授ける神々の食べ物
 「知恵の鮭」が食べたのはハシバミの実、リンゴに次いで高い地位にある木
 無病息災、ありとあらゆる害悪から守ってくれる、巡礼者が持つのは昔からハシバミの杖
 知恵+占い、詩+学問、知識+知性、治療(癒し)の技術
 ヘルメス、メルクリウス(マーキュリー)、オィングス
リンゴ(Apple・Quert)…愛の果実
 ギリシャ、ケルト、北欧神話で、リンゴは不死の象徴で、永遠の命を約束する
 古代ウェールズの詩「カット・ゴザイ」(木々の戦い)では最も高貴な樹木とされる
 異界はリンゴの木がたわわに生い茂る魔法の国、アヴァロンも「リンゴの島」という意味
 信仰+感謝、愛+信頼、寛容+豊穣、自尊心、運命の仕業
 ガイア、アフロディテ、ヴィーナス、ヘラ、ポモナ、ネメシス、アスタルテ、アシュタロト、イシュタル、ケリドウェン、オルウェン、グウェン、アルウェン、シェキナ、フレイア、イドゥナ
ポプラ(Aspen・Eadha)…ささやきの木
 聞くこと、恐怖の克服+勇気、盾、暗闇の中の光明
 ペルセポネ、ハデス
キヅタ(Entwining Ivy・Gort)…
 精霊、悟りの探求、警告、結束+抑制、解放+統合
 アリアドネ、アルテミス、アランロド、パーシファエ、ディオニュソス、バッカス、オシリス
エニシダ(Broom・Ngetal)…医者の力
 イギリスのプランタジネット朝は、エニシダのラテン語名「プランタ・ゲニスタ」から
 尊厳、清浄、癒し、精神の保護、魂の旅
 メルクリウス、モルフェウス、バッカス
リンボク(Blackthorn・Straif)…森の母
 リンボクとサンザシは姉妹で、明るい半年と暗い半年を表す
 古くから黒魔術や呪いに使われてきた
 死の不可避性、保護+復讐、不和+陰湿
 モリガン
ニワトコ(Elder・Ruis)…ハーブの女王
 ニワトコの木を傷つけた者は必ず復讐される、魔女はしばしばニワトコの木に変身
 アイルランドでは、ニワトコの花の木陰で眠ると妖精の国へ連れ去られると言われる
 夏至の夜にニワトコの木の下に立つと、妖精の王と取り巻きの姿が見える
 審判+変身、死+再生、運命+不可避なできごと
 ヘル、ヘラ、ホルダ、ヒルデ
イチイ(Yew・Idho)…復活の木・永遠の木
 ドルイドの入信儀式(イニシエーション)で、イチイは吟唱詩人の最高レベルを示す
 トリスタンとイズーの墓から生えた2本のイチイは1本になる
 アイルランドの5本の魔法の木のうちの1つ
 復活、死+再生、永遠、先祖に出会える道+魂の国
 バンバ、ヘカテ
マツ(Pine・Ailm)…誕生の木
 冬至の日、太陽神をこの世に再生させるために、ドルイドはマツとイチイの大焚火を燃やした
 マツの枝をドアや窓にかけると邪悪なものが入れなくなる、松カサは若返り
 先見の明、清浄、客観性、誕生
 アルテミス、アリアドネ、レア、キュベレ、ドルアンティア、ディオニュソス、バッカス
ブナ(Beech・Phagos)…学びの木
 最初の本は、薄く切ったブナの木に文字を書いて束ねたもの。アングロ=サクソン語でブナはboc
 学習+知識、知恵+理解、繁栄
 オグマ、ヘルメス、トト、メルクリウス、オーディン、クロノス

ハシバミ・オーク・リンゴ…3つの果実が揃えば生きるために必要なものは全て満たされる
古代アイルランドの聖なる7つの神木…シラカバ・ハンノキ・ヤナギ・オーク・ヒイラギ・ハシバミ・リンゴ


「マビノギオン-中世ウェールズ幻想物語集」JULA出版局(2006年11月読了)★★★★★

<マビノーギの四つの物語>
【ダヴェドの大公プイス】
…ある日、ブイスがグリン・キッフで狩をしている時に出会ったのは、アンヌウヴンの王・アラウン。ブイスは1年間アラウンと入れ替わって生活し、アンヌヴンのもう1人の王・ハヴガンを倒す約束をすることに。
【スィールの娘ブランウェン】…ある日スィンダインの王・ベンディゲイドブランの元にやって来たのは、イウェルゾンの王・マソルッフ。マソルッフはスィンダインと同盟を結び、ブランウェンと結婚するためにやって来たのです。
【スィールの息子マナウィダン】…ベンディゲイドブランの首が葬られた後、マナウィダンはプレデリの勧めに従ってダヴェドの地に赴き、プレデリの母・リアンノンと結婚します
【マソヌウイの息子マース】…マースの両足を膝の上に乗せるために共にいたのは、ゴイウィンというこの地方で最も美しい乙女。しかしそのゴイウィンに、マースの甥のギルヴァエスウィーが恋をします。
<カムリに伝わる四つの物語>
【マクセン・ウレディクの夢】
…ルヴァインの歴代の皇帝のうちでも最も皇帝に相応しかったマクセン・ウレディクは、ある日の夢に出てきた乙女に恋をします。
【スィッズとヌェヴェリスの物語】…プリダイン島の王・スィッズは、3つの災禍が降りかかってきた時、今はフラインクの王となっているスェヴェリスに助言を求めることに。
【キルッフとオルウェン】…継母に、巨人の長イスバザデンの娘・オルウェンを娶らぬ限り結婚することはできないという呪いをかけられたキルッフは、第一の従兄弟であるアルスルを訪ねることに。
【ロナブイの夢】…マダウクが弟・イオルオウェルスを討伐する軍に加わっていたロナブイは、ヘイリン・ゴッホの黄色い牛の皮に乗って眠り、1つの幻を見ることに。
<アルスルの宮廷の三つのロマンス>
【ウリエンの息子オウァイスの物語、あるいは泉の貴婦人】
…アルスル王の宮廷で食事を待っている間にケノンの話を聞いたオウァインは、自分もケノンと同じ冒険を求めて旅に出ます。
【エヴラウクの息子ペレドゥルの物語】…父や6人の兄を戦いで亡くしたペレドゥルは、ペレドゥルをも失うことを恐れた母によって、人里離れた荒野に住むことに。しかしある日騎士オウァインに出会い、自分も騎士になろうと考えて家を出ます。
【エルビンの息子ゲライントの物語】…今まで見たことのない真っ白な鹿のことを聞いたアルスル王は、翌日狩に行くことを決めます。一緒に行く許しを得ながら、朝出立の時間までに目覚めなかった王妃・グウェンホヴァルは、同じく寝過ごしたゲライントと共に出発します。(「Y MABINOGION」中野節子訳)

「マビノギオン」は、ブリテン島の南西に位置するウェールズ地方で、バルドと呼ばれる吟遊詩人たちによって伝えられてきた叙事詩。最初は口承文学だったものが、14世紀には「ヘルゲストの赤い本」、14世紀末から15世紀初頭には「レゼルッフの白い本」といった本に書き残されることになり、それらの写本に収められた11編の物語が、19世紀になって初めてシャーロット・ゲストによって英訳され、「マビノギオン」という題名で広く知られるようになったとのこと。今でも島のケルト人たちの魂の拠り所の1つとも言える存在なのだそうです。そして本書は、ウェールズ語で書かれたそれらの写本から日本語へと直接訳したという初の完訳本。
「マビノーギの四つの物語」の4編は、まさに超自然的な魔法が存在するケルト神話の世界。これが「カムリに伝わる四つの物語」になると、神話の世界から現実世界の物語へと移り変わり、さらに後半2編になるとアーサー王が登場、現代に伝わるような騎士道物語になります。そして「アルスルの宮廷の三つのロマンス」は、まさにアーサー王の騎士たちの物語。(「アルスル」とは、アーサー王のこと) しかしアーサー王の宮廷での様子は垣間見えますが、アーサー王よりもむしろそこを訪れたり、そこから旅立って行く騎士たちのエピソードが中心。ここには魔術師マーリンも登場しませんし、アーサー王自身のエピソードもほとんどありません。
日本語もとても読みやすく、平易ながらも雰囲気はたっぷり。中野節子さんが非常に真摯に取り組まれたことが伝わってくるようです。巻末には詳細な解説、人名や地名の一覧もついていて、深い理解を助けてくれます。


「シャーロット・ゲスト版マビノギオン-ケルト神話物語」原書房(2006年11月読了)★★★★★

中野節子訳「マビノギオン」と同じ「ヘルゲストの赤い本」と「レゼルッフの白い本」の11編の他に、6世紀の吟遊詩人によって作られ、ウェールズに広く流布していた作品「タリエシン」も収められた本。アラン・リーの美しい挿絵入り。(「THE MABINOGION」井辻朱美訳)

中野節子訳の「マビノギオン」と比べてみると、「ダヴェドの大公プイス」が「ダヴェドの王子プウィル」に、「スィールの娘ブランウェン」が「リールの娘ブランウェン」というように表記が違っているのですが、これはおそらく、一旦英訳されたものを日本語に翻訳したこちらの本よりも、中野節子さんの訳の方が本来のウェールズ語の響きに近いのでしょうね。「スィール」は「海」を表すウェールズ語で、アイルランド語では「リール」。リールは古代ブリトン人にとっての海神であり、のちにシェイクスピアの「リア王」にもなったのだそうです。その他には、中野節子訳では書かれていたのに、こちらでは書かれていなかったり、表現がぼかされている部分が目につきました。たとえば中野節子訳の「ダヴェドの大公プイス」(こちらでは「ダヴェドの王子プウィル」)では、プイスがその褥でアラウン王妃には決して触れようとはしなかったという記述があり、それが2人の友情をさらに堅くするのに一役買っているのですが、こちらの「ダヴェドの王子プウィル」ではその部分はまるっきり欠落しています。性的表現が欠落したりぼかされているのは、やはり18〜19世紀のモラルによるものなのでしょうか。
中野節子訳の平易な日本語に比べ、こちらの井辻朱美訳は、いかにも古めかしい日本語で格調高いです。特に「蒼天」という言葉が目につきますね。「蒼天なんじに報いたまわんことを」といった具合。慣れるのに多少時間がかかりましたが、一旦慣れてしまえば、とてもマビノギオンの世界らしさを作り出しているようにも思えてきます。

マビノギの四つの扉…「ダヴェドの王子プウィル」「リールの娘ブランウェン」「リールの子マナウィダン」「マソーヌイの子マース」
五つの物語…「マクセン・ウレティグの夢」「フラッドとフレヴェリスの物語」「キルッフとオルウェン あるいはトゥルフ・トゥルウィス」「ロナブイの夢」「タリエシン」
三つのロマンス…「泉の貴婦人」「エヴラウクの子ペレドゥル」「エルビンの子ゲライント」

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