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このページは、ピーター・ラヴゼイの本の感想のページです。

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「帽子屋の休暇」ハヤカワ文庫HM(2002年8月読了)★★★
1882年夏。ロンドンで光学器械店を営むアルバート・モスクロップは、3週間の休暇を過ごすために英国最大の避暑地・ブライトンへ。モスクロップの趣味は、自慢の双眼鏡で道行く人を観察すること。彼は早速、30代ぐらいの女性に目を奪われます。女性はプロセロ博士の3番目の夫人・ゼナでした。医者であるプロセロ博士、実の息子・ジェイソンとその子守のブリジット、前妻の息子・ガイと共にブライトンにやってきていたのです。モスクロップはブリジットとジェイソンを利用して、その日のうちにゼナに急接近。丁度その日の昼間に博士が赤毛の女性と一緒にいるところを目撃していた彼は、夫は古い患者の往診に行っているというゼナの言葉に疑問を感じ、プロセロ博士をもさりげなく観察し始めます。(「MAD HATTER'S HOLIDAY」中村保男訳)

クリッブ部長刑事シリーズの4作目。
物語は二部構成。一部の方はモスクロップがゼナを見つけて詳細に観察し、接近していく様子が事細かに描かれています。19世紀当時の英国の風俗や風物の描写が楽しくはあるものの、物語はとしては特に何の進展もしません。しかし「おれは、れっきとした光学器械の愛好家だ。一人前の科学者なのだ」と内心思っているモスクロップのしていることは、実は単なるストーカー。双眼鏡越しに見たゼナに一目惚れをしたモスクロップは、かなり強引に情報収集してゼナに近づいていきます。こののんびりとした背景描写の中ではさらっと読み流してしまいそうになりますが、実は相当気持ちの悪い人物ですね。
そして二部になるとようやく事件がおこり、クリップ部長刑事とサッカレイ巡査が登場します。そしてモスクロップは主役の座をあっさりとクリッブに明け渡してしまうことに。彼の存在は一体何だったのでしょう。しかし主役が入れ替わって、物語の展開にはラヴゼイらしい勢いが出てきます。ただ肝心の殺人事件に関しての話が少々浅くて精彩がないような気がするのが残念。おそらく2番目の事件がメインだったと思うのですが… そうなると1番目の事件は、単なる呼び水だったのでしょうか。どちらかといえば、ミステリとして読むよりも、19世紀の英国の夏の風物詩として読む方が満足度が高い作品かもしれません。

「降霊会の怪事件」ハヤカワ文庫HM(2002年9月読了)★★
19世紀末・ロンドン。今回クリッブ部長刑事とサッカレイ巡査が追うのは、高名な生理学者・プロバート博士の家から盗まれたエティの絵と、ミス・クラッシュの家から盗まれたウースターの壷。エティの絵の値段は300ギニーほど、しかしその絵が置いてあった部屋には、その10倍もの値段のつく古典的な絵画もあったのです。ウースターの壷はハドレー作の日本風の物でしたが、こちらもせいぜい30ポンドの品。同じ場所にはソロン作の千ポンドはするミントンの壷も置いてありました。どちらも、プロバート博士とミス・クラッシュが今貴族階級に人気の霊媒師・ピーターブランドの降霊会に出席している最中に起きた盗難ということで、プロバート博士と旧知の仲のジョエット警部が降霊会に潜入することになります。しかしその会の最中、ブランドは感電死することに。(「A CASE OF SPIRITS」谷田貝常夫訳)

クリッブ部長刑事シリーズ7作目。
さほど価値のない品物1つしか盗まれなかった謎、貴族階級の間で流行った降霊会、降霊会での怪異現象、その降霊会を科学的に検証しようとする動き、20ボルトしか流れないように作ってある電気椅子での感電死など、なかなか面白いモチーフが揃っています。19世紀のロンドンでなければ見られない風俗が色々と読めて、雰囲気作りも楽しいのですが、話が少々分かりづらいですね。日本で発表されたのは2002年と新しいのですが、実際に書かれたのは1975年で、「マダム・タッソーがお待ちかね」よりも前の作品。過渡期だったのでしょうか。
ウィリアム・ナイ大佐を始め、上流階級の家の人々の話し方が意外と乱暴なのが気になりましたし、「いちゃつきソファー」というのは、もしかしてラブソファーのことなのでしょうか。作品自体の出来もあると思いますが、もしかすると翻訳にも問題があるのかもしれません。

「殿下と騎手」ハヤカワ文庫HM(2002年8月読了)★★★★
1886年、ヴィクトリア王朝の英国。ヴィクトリア女王の長男、プリンス・オブ・ウェールズことアルバート・エドワード王子(バーティ)は、名騎手として名高いフレッド・アーチャーが拳銃自殺をしたと聞き驚きます。アーチャーは29歳、騎手としての名声は今が頂点。かかっていた腸チフスも治りかけていたのに、突然「きたか、あいつら」という言葉を口走ったかと思うと、看病をしていた妹を振り切って拳銃を口につっこんで撃ったというのです。殿下はこっそりアーチャーの検死審問に立会います。そして「腸チフスによる錯乱」が自殺の原因とする結論に疑問を持ち、その真相について調べ始めることに。(「BERTIE AND THE TINMAN」山本やよい訳)

後のエドワード七世となるアルバート・エドワードの皇太子時代の冒険を描く、殿下シリーズの1作目です。この作品の中では殿下は45歳、自身が遭遇した事件の記録を書き残した文書が、100年たってようやく公立記録保管所の封印を解かれて公開されたという設定。
その高い身分と幅広い趣味以外、とりたてて何の特技もない殿下。そんな彼なので、世間知らずから巻き起こす失敗も数知れないのですが、45歳の割に動きが身軽で、洒落てて社交的で、なんとも魅力的な人物です。それに微笑ましい場面もたくさん。例えば、殿下がアーチャーの棺の横でやけくそで帝王の姿勢をとっているのに、検視官たちがまるで何も気がついてくれないという場面も可笑しいですね。ちなみに帝王の姿勢とは、「左の親指を外套の襟のうしろへ入れ、ステッキ、帽子、手袋を持った右手をウェストの位置に置く」のだそうです。デンマーク王家出身のアリッサム妃との間はごく円満。しかし小さな王子や王女が何人もいるのですが、女性関係もなかなか発展家のようで…。女性とのどこか艶っぽい話っぷりも、この作品に彩りを添えています。
殿下が実在の人物なら、この物語の発端となる騎手・フレッド・アーチャーも実在の人物で、未だにその実績を越す者は現れていないという伝説の名騎手。他にも実在の人物が何人も登場しますし、作品の中では19世紀の英国の風俗や風物がさりげなく描写され、それもこの作品の魅力の1つとなっています。それらの描写の押し付けがましくなさもとても好きです。

「バースへの帰還」ハヤカワ文庫HM(2002年8月読了)★★★★★お気に入り
警察の仕事をやめて2年、定職もないままロンドンに暮らすダイヤモンドの元に、かつての職場であるバース警察の刑事が訪れます。ダイヤモンドが4年前に逮捕した殺人犯・ジョン・マウントジョイがオールバニー刑務所を脱獄し、トット副本部長の娘・サマンサを誘拐して逃亡中だというのです。ダイヤモンドが既に警察を辞めていることを知らないマウントジョイ。ダイヤモンドと直接会うことを要求し、自分の冤罪を訴え、再捜査を要求します。ダイヤモンドはジュリー・ハーグリーブス警部を助手に、バースで捜査活動を始めることに。(「THE SUMMONS」山本やよい訳)

ダイヤモンド警視シリーズの3作目。
脱獄場面は緊張感たっぷりで、まるで「大脱走」をはじめとする映画の脱獄物を見ているよう。迫力がありますね。そして物語は反転、中心となる人物は、マウントジョイからダイヤモンドへ。マウントジョイが自分に無実の罪をきせたダイヤモンドを信頼するのには、少々違和感がありました。いくら自分が冤罪だといって、脱獄した身で地元に舞い戻ってくるものでしょうか。そのままなんとか逃げおおせようとは思わないのでしょうか。しかし彼自身の言葉によると、「要するに、やつの唯一の取柄は正直者ってことなのさ。判断を誤ったものの、正直ではある。だから、おれはそれを証明するチャンスをやつに与えようとしているんだ」なのですね。ダイヤモンドが本当に再捜査をするという保障はどこにもないのです。それでも結局再捜査しているダイヤモンド。マウントジョイの見る目があったということなのか、ただの偶然なのか、ダイヤモンド自身が警察をやめていただけに微妙なところ。
しかし捜査しているうちにどんどん傍若無人になり、生き生きとしていくダイヤモンドの姿はとても微笑ましいです。彼に見込まれてしまったジュリーは少々気の毒ではありますが、やはりダイヤモンドがいい味を出しているからこそのシリーズですね。
マウントジョイの脱獄シーンでは、テレビのモース警部シリーズが放映されていますし、ダイヤモンドは途中の尋問で、「まるで刑事コロンボのように」愛想よく振舞ってみたりします。コロンボの尋問方法に憧れているとは驚きました。どうやら刑事コジャックも好きなようです。しかしコロンボやコジャックが好きでも、ダイヤモンド自身の姿はとてもイギリス的ですね。

「猟犬クラブ」ハヤカワ文庫HM(2002年8月読了)★★★★★お気に入り
バースに住むシャーリー=アン・ミラーは、聖ミカエル・聖パウロ教会の地下で開かれている、ミステリ愛好会「猟犬クラブ」に入会。シャーリー=アンは、ミステリなら分野を問わず何でも手当たり次第に読むという大のミステリ好き。そして現在「猟犬クラブ」に参加しているメンバーは、シャーリー=アンを含めて7人。会長のポリー・ウィチャリー、「薔薇の名前」だけに心酔しているミス・チルマーク、黄金期の古典的な探偵小説が好きなマイロ・モーション、女性探偵のエキスパート・ジェシカ・ショー、犯罪小説にのめりこんでいるルパート・ダービー、無口で目立たないがジョン・ディクスン・カーの権威・シド・タワーズ。しかしシャーリー=アンが参加した2回目の会合で、マイロの持参したジョン・ディクスン・カーの「三つの棺」から、最近郵便博物館から盗まれて大騒ぎとなっていた世界最古の切手「ペニー・ブラック」が滑り落ちたことから、猟犬クラブは大騒ぎになります。(「BLOODHOUNDS」山本やよい訳)

ダイヤモンド警視シリーズの4作目。
ミステリ好きにはたまらない作品ではないでしょうか。猟犬クラブのメンバーの好む作品は見事にばらばらで、後書きにもあるように、こんなに共通点がない面々が集まって話すというのは、実際にはまずないだろうとは思うのですが、彼らが繰り広げる古今東西のミステリの薀蓄は読み応えがあります。「ミステリ好きのためにミステリ好きの作家が書いた、ミステリの中のミステリ」という印象。至る所にミステリ好きの喜ぶ要素が散りばめられ、ミステリ度が高い人ほどはまりそうな気がします。私としてはラヴゼイの遊び心と思いたいですね。それぞれの作品に対する薀蓄もマニアックになりすぎずに、さらりと流されている程度ですし、時には貶しながらも、愛情がたっぷりと感じられるような書き方ですから。
肝心の事件の舞台設定も、正統派のミステリ。暗号文のような予告状と盗難。そして密室。この密室の解決は見事ですね。ドイツ製の南京錠、イギリス国内には全く同じ鍵を持つ物は2つとないだろうとされているこの南京錠による密室の解決は本当に見事です。この状態で密室にする必要がどれだけあったのかは、正直少々疑問なのですが、この謎解きだけで十分満足しました。これほどエレガントと言ってもいい解決を読んだのは久々。謎解きをするのはもちろんダイヤモンド警視ですし、今回いい味を出しているダイヤモンド警視なのですが、しかし今回の主役はやはり猟犬クラブの面々でしょうね。
まるで黄金期の古典ミステリを読んでいるような錯覚を覚えてしまうような作品。面白かったです。

「服用量に注意のこと」ハヤカワ文庫HM(2002年8月読了)★★★★
ラヴゼイ3冊目の短編集。この中には16の短編がおさめられており、おなじみのシリーズキャラクターが活躍する作品もいくつか含まれています。実在した英国皇太子・バーティが主役の殿下シリーズは「殿下とボートレース」「殿下と消防隊」の2作。ダイヤモンド警視シリーズは「イースター・ボンネット事件」「ウェイズグース」「クリスマス・ツリーの殺人」。クリッブ部長刑事シリーズはありませんが、19世紀の英国が舞台になっている作品もあります。(「DO NOT EXCEED THE STATED DOSE」中村保男他訳)

16の短編はどれもいかにも英国人らしいウィットに富んでおり、ラストはひねりが効いて意外性たっぷり。もちろん描かれている作品の時代設定も19世紀から現代まで幅広く、思わず頬が緩んでしまうような楽しい作品からブラックなものまでバリエーションも豊かです。私は基本的に長編が好きですし、ラヴゼイの長編はいつもレベルが高くて安心して読めるのですが、実は短編を書くのも非常に巧い人だったのですね。しかも「今度は読者をどうやって驚かせようか」というような意気込みが感じられて、それもまた楽しいのです。作者自身の前書きに「一回に一篇か二篇、お読みいただければそれで十分」とあるように、確かに1作ずつの完成度が高いので、急いで一度に読んでしまうのはもったいないかも。本の題名の「服用量に注意のこと」というのも、そこからきているそうです。「私が望んでいるのは、どの一篇にも必ず描かれている犯罪行為にあなたの心臓が鼓動を速め、ひねりの利いた急展開にあなたがぐいと固唾を呑んでくださることなのです。」とありますが、読めばその通りの効果が得られる作品ばかり。
この中で特に印象に残ったのは「そこに山があるから」「クロンク夫人始末記」「おしどり夫婦」。ラヴゼイのブラックは、ブラックすぎずに品良くまとまっているのがいいですね。殿下シリーズの2作も、殿下の微笑ましい素人探偵振りが良かったです。

収録作:「そこに山があるから」「殿下とボートレース」「殿下と消防隊」「イースター・ボンネット事件」「クロンク夫人始末記」「勇敢な狩人」「大売り出しの殺人」「おしどり夫婦」「オドストックの呪い」「オウムは永遠に」「興醒まし」「プディングの真価」「空軍仲間」「一攫千金の夢」「ウェイズグース」「クリスマス・ツリーの殺人」
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