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このページは、タニス・リーの本の感想のページです。

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「タマスターラー-インド幻想夜話」ハヤカワ文庫FT(2004年10月読了)★★★★

【龍(ナーガ)の都】…チェイヴァー・フィンレイが家族と晩餐中、現れた1人の乞食女。女の美しさを見て取ったフィンレイは、その女・アグニーニを息子の家庭教師とすることに。
【炎の虎】…狩人であるペターサンが、酒を飲んで寝ているところを人喰い虎に襲われます。しかしズダ袋のようになったむごたらしい死体には、一口も食べられた跡がなかったのです。
【月の詩(チャーンド・ヴェーダ)】…ガリガリで近目の醜男・ヴィクラムと、でぶで歯なしのブス・ギーターが結婚。2人共、自分の相手を不満に思い、それを隠そうとはしませんでした。
【運命の手】…美青年・ラーマと、美少女・スニター。2人はお互いの姿を夢の中で垣間見て、お互いに恋焦れるのですが、しかし彼らに降りかかる現実の運命は厳しかったのです。
【象牙の商人】…著名な作家・ローランド・マイケル・スミスは、有名な文学賞を受賞した翌朝、血まみれで死んでいました。見た目は確かに自殺。しかし殺し屋・羅刹(ラクシャサ)が手を下したのです。
【輝く星】…貧しい家の生まれながら、映画の都・タージャで女優となったインドゥー。彼女は役者として最高のカースト「スンダー・ソナー(黄金の役者)」となることになるのですが…。
【暗黒の星(タマスターラー)】…アジア連邦諸州の半分の気象を制御する、成層圏ステーションの襲撃に失敗したルナールの元に、1人の見知らぬ女性が現れます。
(「TAMASTARA」酒井昭伸訳)

インドを舞台にした短編集。その舞台となる時代は様々です。過去のインドから現在のインド、そして未来のインドまで。しかしどの作品も、インドならではの煌びやかでエキゾティックな、妖しい雰囲気ですね。身体にまとわりついてくるような、濃密な空気を感じます。この中で、私が特に気に入ったのは、幻想的な別世界への旅を描いた「龍の都」と、思いがけない暖かいラストを迎える「月の詩」。特に「月の詩」の、この展開には本当に驚きました。タニス・リーの作品はまだ3作目ですが、どちらかといえば「運命の手」や「輝く星」のような、最終的な救いは「死」のみ、といった作風がタニス・リーの特徴かと思っていました。こういった作品も書くのですね。しかし救いのない物語が苦手な私でも、タニス・リーの作品ではそれが当たり前のように受け入れられ、しかも心地よく感じられてしまうのが不思議なところです。
この本を読んでいると、改めてインドの魅力に取り付かれてしまいそう。インドの神話や二大叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」など、以前から興味がありながらも、実際にはあまりきちんと読んだことがないので、今度改めて読んでみたいです。


「銀色の恋人」ハヤカワ文庫SF(2005年6月読了)★★★★★お気に入り

16歳のジェーンは、シェ・ストラトスにあるとても綺麗な、しかし恐ろしく金のかかった家で、裕福な母親・デーメータと2人暮らし。全てをデーメータに任せきりのジェーンは、自分で何かを考えようとすることもなく、激しい感情の起伏をもてあまして毎日を過ごしていました。しかしある日、女優のオーディションを受ける友人のエジプティアに付き添うためにシティに出た時、人通りの激しい場所で、赤毛の青年が突然ギターを弾きながら歌い始めたのを見かけることに。思いもかけない声に体が熱くなるのを感じるジェーン。それはとび色の星のような目と銀色の肌をしたハンサムな青年。しかしそれはエレクトロニック・メタルズ社が試作した精巧仕様ロボットの一体、シルバーという名前で登録された人間型自動制御ロボットだったのです。ジェーンは相手がロボットと分かっていながらも、恋に落ちてしまいます。(「THE SILVER METAL LOVER」井辻朱美訳)

タニス・リーのSFファンタジー。
ロボットは心を持つことができるのかという昔ながらのテーマが中心。母親に甘えるばかりで何も自分で考えようとしてこなかったジェーンが、シルバーと出会って初めて自分の意思を持ち、そして愛情という名の母親の拘束から逃れて自我を確立、自分の足で立ち上がるという自立の物語でもあります。
シルバーとは、シルヴァー・イオナイズド・自動制御・人間型・エレクトロニックロボットというのが正式名称。皮膚が銀色だというのが特殊なだけで、他の外見的特徴や機能は人間そのものと言っていいほどです。皮膚も普通の金属ではなく、少しひんやりしてはいるものの、柔らかさもあり、普通の人間と大差ないもの。だからこそ、ジェーンはシルバーに人間としての行動を期待してしまい、シルバーがロボットとしてごく当たり前の反応をすると苛立ってしまうのですね。シルバーの「人を楽しませる」ために作られているという大前提、その優しさが自分にだけ向けられるものではないという現実もジェーンを傷つけます。自分のことを本当に好きなのか、シルバーに問いただしても、「愛しています」という言葉が戻ってきても、それをどこか心の奥底では疑ってしまうのでしょうね。そしてわざとシルバーを傷つけるようなことを言ってしまうのでしょう。限りなく人間に近く見えるロボット・シルバーの存在は、ジェーンにとってはとても幸せであると同時に辛い存在だったのかもしれません。しかしシルバーの愛情は本物でした。むしろ最初の頃のジェーンの愛情はデーメータがジェーンを愛するような、自分のお気に入りの人形を愛でるようなレベルだったと思うのですが、シルバーの無償の愛に包み込まれ、自分でも気付いていなかった色々な面をシルバーに発見させてもらっているうちに、徐々に大人の愛へと変化していったように思います。
シルバーと2人で暮らした部屋の描写がとても楽しかったです。それに2人で暮らすうちに、ジェーンが自分でも気付いていなかった才能や魅力に気付き、大きく花開いていくところが素敵。そしてとても切ないです。しかしとても切ないながらも、とても幸せな気持ちになれる物語でした。


「熱夢の女王」上下 ハヤカワ文庫FT(2004年12月読了)★★★★

自分の妹2人の貞操と引き換えに、魔道卿・ラク・ヘズールに連れられて地底の妖魔の国へと入り込んだのは、金髪の美青年・オロルー。その頃、アズュラーンとドゥニゼルの娘・アズュリアズは、妖魔の都・ドルーヒム・ヴァナーシュタから人間の暦で3日ほどの距離にある潮の満ち引く広い湖の中、常に霧に包まれた島に幽閉されていました。人間の時にして17日で17歳の娘に成長したアズュリアズ。父・アズュラーンの関心を得ることもなく、ただ声なき倦怠と失意で、寝台に横たわっていたのです。(「DELIRIUM'S MISTRESS」浅羽莢子訳)

「闇の公子」「死の王」「惑乱の公子」に続く、平らな地球シリーズの4作目。時系列的には、「惑乱の公子」の直後に当たります。以前語られた物語、特に「死の王」に登場した人々が多く登場。それ以外にも、今回5人の闇の公子の4人目・宿命ケシュメトが登場しますし、アズュラーンに憤る神々や、その神々の差し向ける3人の天使なども登場。読み始めた時は、「惑乱の公子」までの文章とやや雰囲気が違っているように感じられてしまい、なかなか物語の中に入り込めなかったのですが、やはり相変わらずの煌びやかさでした。「闇の公子」でミミズに姿を変えられていたドリンが再登場するなど、意外なほど微笑ましい場面もあります。
そして、これまでのこのシリーズと一番大きく違う面を作り出しているのは、アズュリアズの姿でしょうか。前半のアズュリアズは、美しく傲慢な女神。強大な力を当たり前のように使っており、その姿はいかにもアズュラーンの娘そのもの。しかし後半のアズュリアズはもっと人間的。ひたすら不死を求める「人間」に対して、「ただ生きること」を感じるために、死を受け入れて、自分自身の生を生きたいと願うアズュリアズの姿がとても印象に残りました。アズュラーンの娘というその存在を考えれば、かなりの皮肉な結果だとは思いますが、それまでの彼女の人生を思うと、何とも感慨深いものがありますね。最後のアズュラーンとのシーンも、あまり「闇の公子」らしくない姿だとは思いましたが、とても良かったです。


「ドラゴン探索号の冒険」現代教養文庫(2004年11月読了)★★★★

マイナス王の双子の子供、ジャスレス王子とグッドネス王女が17歳の誕生日を迎え、宮殿では盛大な宴が催されることに。しかしマイナス王の遠縁に当たる魔女・マリーニャには、招待状が来なかったのです。怒ったマリーニャはパーティに押しかけ、ジャスレス王子とグッドネス王女に、無理矢理贈り物を押し付けます。ジャスレス王子は、1日のうち1時間だけカラスに変わることを。グッドネス王女は、おばかさんと紙一重のお人よしの善人になってしまうことを。たちまちグッドネス王女が、国中の貧しい人々に王宮にある物を全て分け与え始めたため、マイナス王は破産を恐れ、ジャスレス王子に国を救うために運試しの旅に出るように言いつけます。(「THE DRAGON HOARD」井辻朱美訳)

耽美的な作風を誇るタニス・リーがこのようなユーモラスな作品を書いていたとは驚きました。この作品は、タニス・リーの処女作なのだそうです。出だしはまるで「眠り姫」のようですし、途中には「白雪姫」のような場面もあります。そして「探索号」での冒険は、ギリシャ神話のアルゴ号の冒険のよう。金でできたプラムや林檎、スモモやオレンジのなる魔法の森の情景や、ドラゴンの守っていた宝物は、まるでアラビアン・ナイトの世界のようです。色々な物語のエッセンスが混ざり合っているのですね。
王子たちが口では勇ましいことを言いながらも、実は情けない姿を見せている場面、特に頭が5つある怪物に勇ましく挑もうとしながらも、ジャスレス王子やフィアレス王子、そしてオンガがお互いに譲り合っているところがなんともユーモラスで面白かったですし、ドラゴンの宝がある島のジェーデリのやり方を見ていると、既存のおとぎ話の裏話をこっそり覗き見しているような楽しみもありました。悪役の意地悪な魔女・マリーニャも、どこか憎めないのがいいですね。


「妖魔の戯れ」ハヤカワ文庫FT(2005年6月読了)★★★★

【夜の娘、昼の望み】…口減らしのために寺院に棄てられた少年・兜虫。空腹のあまり蝋燭を3本も食べてしまった兜虫に与えられた罰は、森に住み着いた貴人とその奥方への使いでした。
【夜の子ら】…裕福な父の元で美しく育ったマルシネに持ち込まれたのは、コルチャッシュ卿との縁談。デュルのことを想うマルシネに、侍女のイェザードがコルチャッシュを欺く計画を立てます。
【放蕩息子】…何不自由なく育ち、しかしそれにも慣れて放蕩を始めた息子を諌めるため、長者はジャイレシを知人の家で奉公人として働かせるために旅立たせます。
【月のドゥーニヴェ】…妖魔・ヴァズドルーは、黒い雌馬と黒い鷲の交配から作り出した、翼を持つ魔法の馬をアズリュアズへの求愛の贈り物とすることに。
【薔薇のごとく黒く】…魔女であった母の亡き後、母の数多の守りの術のおかげで、砂漠の家に安全に暮らしていたジャルシルですが、ある日流浪の若者の一団がやって来て…。
【戯れる者】…やることなすこと運に見放され、「凶運」と呼ばれていた女。しかし彼女の家に老いた2人の物乞いを現れます。凶運は彼らにできる限りのもてなしをすることに。
【魔法使いの娘】…魔法使いラザク卿のもとに嫁いだシェムシンは、ラザク卿の美しい姿に心惹かれます。しかしその姿は偽りの姿。シェムシンはラザク卿の野望のための道具になることに。
(「NIGHT'S SORCERIES」浅羽莢子訳)

平たい地球シリーズの5作目。「熱夢の女王」の番外編とも言える、闇の公子・アズュラーンの娘・アズリュアズと惑乱の公子・チャズの物語です。父親に見捨てられ、チャズと愛し合うものの、結局引き裂かれることになるアズリュアズ。「熱夢の女王」の中でも、アズリュアズはソーヴェ→アズュリアズ→ソーヴァズ→アトメ と名前が変わっていくのですが、ここではそれぞれの名前の時のアズュリアズの物語が語られていきます。「熱夢の女王」の物語では語られなかった部分に、このようなことがあったのかと、そういった意味でもとても興味深かったですし、全体を通して惑乱の公子・チャズとアズリュアズの魂の遍歴がまたとても良かったです。恵まれた公女としてではなく、1人の女として恋を求め、苦しむアズリュアズが素敵。とても美しい恋物語となっていると思います。
しかしそんなアズリュアズの葛藤する人生も、妖魔の永遠とも言える生の前では一瞬の出来事。それこそ「妖魔の戯れ」なのですね。


「幻獣の書-パラディスの秘録 」角川ホラ−文庫(2005年5月読了)★★★★

北部の裕福な家に生まれ育ったラウーランは、サクリスタン大学に入学するために都へ。家令が用意した下宿は、10年前まで貴族デュスカレ一族が住んでいた館でした。かつては栄華を極めた大宮殿も、現在は廃墟のごとき壁に囲まれた庭園の奥に、そそり立つ塔と墳墓を思わせる外観を見せているのみ。そして今その館にいるのは、老婆と馬丁とラウーランの3人。しかしラウーランは館の廊下で、1人の若い美女を見かけていたのです。(「THE BOOK OF THE BEAST」浅羽莢子訳)

ヨーロッパの架空の都・パラディスを舞台にした物語。パラディスとは、やはりフランス語での「天国」なのでしょうね。しかしこのパラディスという都は、キリスト教的な天国の描写とは程遠く、たとえ元は敬虔な神の子供たちが作った都であったにせよ、今は異教的であり、退廃的で享楽的。まるで旧約聖書に見るソドムとゴモラの町のようです。
「緑の書」でラウーランがデュスカレの屋敷で出会った女性に聞いた忌まわしい呪いの物語は、そのまま過去へと遡り「紫の書」へ。デュスカレ一族の呪いはローマ時代にまで遡り、そしてまた「現在」である「緑の書」に戻ります。ラウーランが偶然出会うことになった怪異を辿る物語。時代も土地も信じる宗教も様々な人々が登場するのですが、この中で特に印象が強かったのは、エリーズがラウーランに語る物語。結婚しても妻に指一本触れようとしない若く美しい夫と、媚薬を持ってしてでも夫に近づきたい幼い妻の物語です。それぞれの思いとその結末がとても切なく、主人公のラウーラン自身にまつわるエピソードよりも、遥かに印象が強かったです。怪異という意味ではホラーなのでしょうけれど、むしろ悲恋物語という印象でした。
しかしなぜ紫がいつの間にやら緑になったのでしょうね。それが気になります。おそらくそこにも何らかの物語が存在したのだろうと思うのですが…。
タニス・リーの作品の中でも一際エロティックでもあります。


「堕ちたる者の書-パラディスの秘録」角川ホラ−文庫(2005年5月読了)★★★

【紅に染められ】…友人のフィリップの家からの帰り、1人の見知らぬ男と出会った若き詩人・アンドレ・サン=ジャンは、その男に生命の秘密であるという大粒のルビーの指輪を渡されます。
【黄の殺意】…田舎の豪農の娘・ジュアニーヌは義父によって辱められ、都にいる弟・ピエールを頼って家を出奔。しかし弟はジュアニーヌの言うことを信じようとせず、逆に彼女を侮辱するのです。
【青の帝国】…訪ねて来たのは、ルイ・ド・ジュニエと名乗る若い端正な男。その男は「1週間足らずで私は死ぬ」と書いた名刺を渡してよこし、本当に1週間後に命を絶つことになります。(「THE BOOK OF THE DAMNED」浅羽莢子訳)

パラディスの秘録 幻獣の書」と同じく、架空の都市パラディスを舞台にした3つの物語。各短編のタイトルに「紅」、「黄」、「青」とついている通り、それぞれの物語はそれぞれの色彩に溢れています。そして 3編ともに両性具有や性的倒錯の匂い。女装趣味や男装趣味、同性愛。
「紅に染められ」は、甲虫(スカラベ)が彫り込まれたルビーの指輪がモチーフ。アンドレ・サン=ジャンとアンナ・サンジャンヌ、老銀行家の妻・アントニーナとその兄のアントニー・スカラビンといった人々が入り乱れ、果たしてどれが本当の姿なのか読み進めるにつれ分からなくなってきてしまいます。これらの人々の橋渡し的な存在のフィリップがとても気になる存在。「黄の殺意」は、トパーズが嵌め込まれた十字架。ジュアニーヌの猫のような目や髪も黄色です。前作「紅に染められ」以上に、2つの相反する存在の対比が際立つ作品。サタンの分身とも言える侏儒がジュアニーヌを連れて行った所は尼僧院。そしてジュアニーヌにしてジュアである少女は、昼間は敬虔な修道女たちと共に過ごし、夜は盗賊の頭となるのです。光と闇。ジュアニーヌはまるでこのパラディスという退廃的な都市を1人で体現しているようです。しかし光と闇の境目が実は曖昧であるように、聖なる神とその対照的な存在である悪魔との違いも実は曖昧と言えるのではないでしょうか。本来なら明るく楽しい昼の色と言えそうな「黄色」が、ここまで妖しい光を帯びているのが圧倒的。そして「青の帝国」の青のモチーフは、蜘蛛を象った骨董品のサファイアの耳飾り。そして紺碧に塗りつぶされた窓の硝子、青い目。これも黄色同様、青という色の持つ爽やかなイメージとは裏腹な病んだ色。同じ色彩でもタニス・リーの手にかかるとこれほど変貌するものなのかと驚かされます。
3編の中では、「黄色の殺意」が他の2編を圧倒しているように感じました。これ1作だけでも「堕ちたる者の書」という題名に相応しいと思います。


「ゴルゴン-幻獣夜話」ハヤカワ文庫FT(2004年12月読了)★★★★

【ゴルゴン】…執筆のためにダフォー島にやって来ていた作家は、沖に浮かぶ小島に強く惹かれます。しかし誰に訊ねても、皆その島のこととなると口を閉ざして語らないのです。
【アンナ・メディア】…アーヴィング家のロジャーとサイベルという2人の問題児は、家庭教師がアンナ・メディアになってから落ち着いていました。しかし妻のクロエがアンナ・メディアを嫌うのです。
【にゃ〜お】…小説を書く傍ら、アスターの劇場で手品師として出演していたスティルは、ある日キャシーに出会います。キャシーは両親の残した古い家に住み、5匹の猫を溺愛していました。
【狩猟、あるいは死ーユニコーン】…最初は若い男として生まれたレイスファンが、ある晩、22弦のリュートリンを弾いた時、そこにはユニコーンが現れたのです。そして…。
【マグリットの秘密諜報員】…下着売り場で働く「わたし」は、ある日車椅子に乗った美青年・ダニエルを見かけて恋をしてしまいます。そして口実を作って、その家を訪れることに。
【猿のよろめき】…栄国人の勇士・エドモンドは、生まれる前から定められていた運命に従って、宝物を得るために、密林の奥にある古い聖堂へと向かいます。
【シリアムニス】…若主人・リュシアスが、船着場で奴隷として売られていた美しい異国の娘・シリアムニスを家に連れて帰って以来、トーメットは悪い予感を感じていました。
【海豹】…海豹猟を生業としていたハラ・ハスラは、酒場に入った新しい娘・モーナのために、見事な雄海豹を仕留めて、毛皮を剥ぎます。しかしその晩、その毛皮が欲しいという女が。
【ナゴじるし】…屋外便所を占領しているねずみを一掃してくれるだろうと彼が考えた猫は、ねずみを一掃するどころか、百戦錬磨の盗人ぶり。そしてある日突然彼は異星人に連れ去られ…。
【ドラコ、ドラコ】…旅の途中道に迷っていた薬売りは、ある日カイという名の若い勇士と出会います。カイと薬売りは、その地方のドラゴンを退治することに。
【白の王妃】…結婚した晩に、夫である102歳の王は死に、20歳にして処女であり妻であり寡婦となった若い王妃は、しきたりによって白い衣装で塔に幽閉されていました。
(「THE GORGON AND OTHER BEASTLY TALES」木村由利子・佐田千織訳)

どこかサマセット・モームを連想させる表題作「ゴルゴン」は、1983年の世界幻想文学大賞短編部門受賞作品とのこと。その題名通りの「ゴルゴン」を始めとして、ユニコーンやドラゴンなど、幻想的な獣をモチーフにした短編集。「ゴルゴン」や「にゃ〜お」、「マグリットの秘密諜報員」などの現代風の作品には少々驚かされましたが、時にはユーモアが垣間見られるブラック風味の短編作品は、やはりとてもタニス・リーらしいものですね。この11編の中で私が好きなのは、リーらしい耽美な世界が見られながらもユーモアたっぷりの「猿のよろめき」、同じくリーらしい世界を楽しめる「シリアムニス」、白と黒の対比が美しく、尚且つブラック風味の効いた「白の王妃」の3作。この3作品に登場するのは猿と野兎とカラスであり、例えば「にゃ〜お」や「ナゴじるし」で登場するのも猫という現代世界で当たり前に存在する動物たちなのですが、しかしユニコーンやドラゴンにも負けない幻想風味を感じました。むしろこういった当たり前にいる動物の方が、逆に幻想風味は強かったかもしれませんね。あと、タニス・リーの想像力をかきたてる色彩表現は他の作品同様なのですが、その中でも「にゃ〜お」の「白ワイン色の髪」という表現がとても印象に残りました。やはりタニス・リーの世界ですね。


「黄金の魔獣」ハヤカワ文庫FT(2005年4月読了)★★★

イギリスの家を出てから1年、現在はアラビアの有力者・スリム・ベイの若き秘書として働いているダニエル・ヴェームンドは、母親から届いた手紙を取りに行ったスーク(市場)で、あばた面の顔色の悪い手品師が持っている白い宝石を見て心惹かれます。そしてスリム・ベイにハッシッシ入りのお菓子・ロウクを食べさせられた夜、ダニエルは手品師からその白い宝石を貰い受けることに。それは芯にあるわずかな傷の形から「狼」と呼ばれる見事なダイヤモンド。墓泥棒でもあったあばた面の男によると、天地創造と同じぐらい古い石。しかしダイヤモンドは盗まれてしまいます。(「HEART-BEAST」村上由利子訳)

タニス・リーらしい色彩の美しさと官能的な描写に、今回は前半の舞台となるアラビアのエキゾティックな雰囲気が楽しめます。妖艶な美女・マジャンナやその部屋、ダイヤモンドを持つ怪しげな手品師と猥雑なスークなど、前半は雰囲気たっぷり。その中にいるダニエルにも、どこか妖しい雰囲気が漂います。しかし物語後半、イギリスの田園風景に舞台が移ってからは、すっかり「普通」になってしまったような…。前半の舞台に比べるとあまりに健全で物足りません。しかもダニエルやローラといった主要登場人物も、ダニエルに比べると少々役不足。魅力に乏しかったような気がします。


「血のごとく赤く-幻想童話集」ハヤカワ文庫FT(2005年1月読了)★★★★★お気に入り

【報われた笛吹き】…ねずみの神様ラウールのおかげで、大きく豊かなシナノキ村。翌日の祝祭のために川に髪を洗いに来ていた14歳の少女クレキは、1人の笛吹きに出会います。
【血のごとく赤く】…最初のお妃が亡くなり、7年後に王様は再婚。魔法が使える2番目のお妃の鏡には、最初の妃の残した娘・ビアンカは映らないのです。
【いばらの森】…生まれてこの方旅をしてきた若者は、街道で黒尽くめの女に止められます。その女は若者を王の御子と見抜き、そこから先の道を行かないようにと立ちはだかります。
【時計が時を告げたなら】…200年もの間放っておかれた広い舞踏室。馬車を待っている間、かつては繁栄していたその町のこと、そして舞踏室での物語を語ります。
【黄金の綱】…白い森の奥に建つ石造りの家に住む魔女が、美しい娼婦の産んだ子を買い取ります。そしてある目的のために、その子を育て上げるのです。
【姫君の未来】…殿様の娘・ジャラスミは、ある日、輿に乗って市場を通りかかった時に、奇妙な男から未来を知ることができるという金の硝子でできた珠を受け取ります。
【狼の森】…16歳のリーゼルに、一族の女家長で、桁外れの大金持ちのアンナ大奥様からの呼び出しがかかります。リーゼルはアンナが送ってきた真っ赤な服を着て向かうことに。
【墨のごとく黒く】…20歳のヴィクトールは、母親のイリーナと共に叔父のヤーノフの鳩羽鼠色の城館に滞在している時、白鳥のように白い肌の少女を見かけます。
【緑の薔薇】…実業家のレヴィンが3人の娘たちにねだられたのは、真珠と絹のドレスと薔薇。しかし末娘・エスタルへの薔薇を、実業家のレヴィンは思いがけない形で手に入れることに。
(「RED AS BLOOD」木村由利子・室住信子訳)

「ハーメルンの笛吹き」「白雪姫」「いばら姫」「シンデレラ」「ラプンツェル」「カエルの王様」「赤頭巾ちゃん」「白鳥の湖」「美女と野獣」といった有名童話を、タニス・リーならではの筆致で描いた作品群。紀元前から未来までの様々な場所を舞台にして、それぞれにタニス・リーらしい、とても美しい世界が繰り広げられています。以前にも童話を元にした海外アンソロジー「赤ずきんの手には拳銃」「白雪姫、殺したのはあなた」を読んだことがあるのですが、これはそれらとはまるで違うスタンスですね。そちらのアンソロジーでは、童話を現代的なシチュエーションに置き換えるような話が多く、それもとても面白かったのですが、タニス・リーの場合は、ただ単に良く知っている物語の表層的な設定を変えるだけでなく、物語の最重要モチーフだけは残して物語を再構築。確かに「童話」でありながらも、時には価値観や立場を微妙にゆがめたり、時には全く逆転させて、新しい視点から描いた物語を見せてくれます。特に「白雪姫」「シンデレラ」の迫力には驚かされました。この2編ほどではないのですが、「赤頭巾ちゃん」のおばあさんも凄いですね。 そしてハッピーではない結末が良く似合うのもタニス・リーの世界ならではだと思うのですが、この中の「黄金の綱」と「緑の薔薇」は、貴重なハッピーエンド作品。「黄金の綱」の公子は、言葉遣いが違いすぎますが、やはりあの人なのでしょうか。
この中で私が特に好きなのは、「血のごとく赤く」「時計が時を告げたなら」「黄金の綱」の3編です。

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