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このページは、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの本の感想のページです。

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「魔法がいっぱい-大魔法使いクレストマンシー外伝」徳間書店(2005年4月読了)★★★★

【妖術使いの運命の車】…クレストマンシーに魔力を取られてしまった<なんでも屋の妖術使い>は、フランス人の魔法使いに、もう一度魔力持てる世界に送り込んでもらうことに。
【キャットとトニーノと魂泥棒】…クレストマンシーがトニーノをイタリアから連れ帰り、キャットが面倒を見ることに。しかしキャットは、みんなにちやほやされるトニーノが気にくわないのです。
【キャロル・オニールの百番目の夢】…キャロルは世界最年少の売れっ子<夢見師>。新聞や雑誌で神童ともてはやされていました。しかし100番目の夢を見ようとした時に失敗してしまうのです。
【見えないドラゴンにきけ】…全ての存在がとてもきちんと運営されている世界・スィールで、破壊の賢人が生まれたと騒ぎになります。これによって秩序は乱れ、全てが混沌に巻き込まれることに。(「MIXED MAGICS」野口絵美・田中薫子共訳)

クレストマンシーシリーズ外伝。クレストマンシーの世界には妖術使い、魔女、秘術師、呪術師、魔僧、召還術師、まじない師、魔術師、賢者、シャーマン、探知能力者など様々な魔法使いがいて、そのトップとなる大魔法使いクレストマンシーから一番能力の低い「免許取得魔女」までずらりと揃っているのですが、この本で新たに登場したのは<夢見師>。この夢見師という職業も面白いですね。思った通りの夢を見ることができ、その夢を心から分離させ、有能な魔法使いに引き出してもらってビンに詰めて、他の人にみせることができるのです。
4編の中では、やはりキャットとトニーノが登場した「キャットとトニーノと魂泥棒」がいいですね。この年代の少年ならではの葛藤を抱くキャットも可愛かったですし、トニーノもやはり素直で真っ直ぐないい少年です。そして「キャロル・オニールの百番目の夢」のキャロルのお父さんは、子供時代のクリストファーをクリケットのバットで殴ってしまったオニール。さらりと登場するだけですが、そんな風に物語同士が繋がっていくのが楽しいです。とても嫌な少女となっていたキャロルなのに、それでも大切に思っていてくれる人がいたというのも素敵ですね。「妖術使いの運命の車」に登場する「元」妖術使いや「元」免許取得魔女」が住んでいるのは、グウェンドリンやキャットが住んでいるウルヴァーコートの町なので、以前の事件との関連が見えてきますし、「見えないドラゴンに聞け」の、厄介ごとを他の世界の人間に押し付けてしまう自分勝手な神々の造形も楽しかったです。


「グリフィンの年」創元推理文庫(2003年10月読了)★★★★

ダークホルムでの巡礼団が中止されて8年。ケリーダ総長が現役を退き、年嵩の魔術師たちもこの時とばかりに引退。魔術師大学の運営は若手の魔術師たち、委員長のコーコランを始めとする若手の魔術師たちに任されていました。コーコランたちは、赤字続きの大学の財政を改善するために、金持ちに違いない新入生たちの親に寄付金を募ることを思い立ちます。そして今年の新入生として入学したのは、ダークの娘、グリフィンのエルダ。エルダは北の王国ルテリアの皇太子・ルーキン、南の皇帝の異母妹・クラウディア、東の首長国出身のフェリム、身元不詳だがゴージャスな装いのオルガ、革命を夢見るドワーフのラスキンの5人と共にコーコランの受け持ちクラスになり、早速仲良くなります。しかし教授のミュルナが、早速親達に寄付を募る手紙を出したから大変。それぞれ家族に黙って大学に来ているなどの事情があったため、新入生や教授たちは次から次へとトラブルに見舞われることになります。(「YEAR OF THE GRIFFIN」浅羽莢子訳)

エルダは魔術師ダークによって、魔法で作られたグリフィン。しかし遺伝子的にダークとその妻・マーラの遺伝子を受け継いでいますし、5人のグリフィンと2人の人間の子供たちと共に大切に育てられてきています。グリフィンという外見でありながら、エルダの内面は非常に女の子らしいもの。普段は気持ちの良い女の子、そして父親であるダークや姉であるカレット、兄であるキットやブレイドと話している時は、甘えたな部分が前面に出てきて、これまたとても可愛くて魅力的。 やはり物語の中心となる人物(?)がはっきりしているというのはいいですね。誰が主人公なのか分かりづらかった前作に比べ、今回はエルダを中心とした6人の新入生、そして大学の教授たちが中心。キャラクター的にもとても掴みやすかったです。それにしても、ブレイドはいつの間にか「世界最強の四人の魔術師の一人」となっていたのですね。なかなかかっこよく成長しているようで、彼の活躍ももっともっと読みたかったところ。
物語自体、途中ややダレるものの、構成がすっきりとしていたので読みやすく面白かったです。今回も、大学で教えている「現代的な」魔術や、クラウディアやルーキンの魔術の「くせ」などをたとえに、今日の形骸化してしまった教育などに対する痛烈な批判が織り込まれているのですが、物語として昇華されているのでとても面白く読めました。


「マライアおばさん」徳間書店(2005年7月読了)★★★

ヴェリナ・ブランドという女性とフランスに駆け落ちするものの、クリスマスの前には別れて戻ってきたお父さん。しかしお母さんと大喧嘩になり、怒ってまた車で出て行ったお父さんは、クランブリー・オン・シーという海辺の町に住むマライアおばさんの所に行く途中、車ごとがけから転落してしまうのです。それからというもの、マライアおばさんからの電話攻勢が始まります。マライアおばさんは1日2回も電話をかけてきて、誰も電話に出ないと、一家の学校の先生やら職場の上司やらかかりつけのお医者さんなど知り合い中に電話して3人の安否を確かめようとする始末。そしてうちに来て欲しいと繰り返します。小さい頃におばさんの家に行って懲りていたミグとクリスは、上手くその電話をあしらっていたのですが、ある日ミグの留守中に電話を取ったお母さんがマライアおばさんに言いくるめられてしまい、3人はイースターの休暇をマライアおばさんの家で過ごすことに。(「BLACK MARIA」田中薫子訳)

マライアおばさんほどの嫌らしい人間には物語の中でもなかなか出会えないかも、そんなことを思ってしまうほどの強烈な個性の持ち主です。「今夜はキャンプかい。ナプキンを置かないのもいいもんだね。たまにはキッチン用のナイフやフォークを使うのもおもしろそうだ」と暗にナプキンと上等な銀のナイフやフォークを要求したり、「ああ、それから、朝食はいらないよ。ベッドまで運んできてくれるラヴィニアがいないとあってはねえ」と朝食を運ぶことを要求したり。「お気の毒な、さびしいお年寄り」と思い込んでいるミグのお母さんの同情心や罪悪感につけこんで、その要求はエスカレートする一方。しかしミグのお母さんがそんなおばさんに唯々諾々と従っているのがまた情けないのです。ミグは日記に愚痴を書くだけですし、クリスはクリスでもう少し上手く立ち回れないものかと、読んでいて苛々してきてしまいます。しかもマライアおばさん1人だけではなく、町中の人間がそれぞれに変だったり嫌味だったり。誰が味方なのかなかなか掴めないほど。謎もたっぷり毒気もたっぷり、先行きの見えない展開で、とてもダイアナ・ウィン・ジョーンズらしい作品です。
原タイトルの「ブラック・マライア」とは、スペードの女王がくると大きく減点されてしまうトランプのゲームのことだそう。マライアおばさんにスペードの女王、ぴったりですね。


「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」東洋書林(2005年11月読了)★★★

ダイアナ・ウィン・ジョーンズによる、ファンタジー用語ガイドブック。
(「THE TOUGH GUIDE TO FANTASYLAND」原島文世・岸野あき恵訳)。

ダイアナ・ウィン・ジョーンズ流の皮肉混じりの解釈や、いかにもありそうな公認表現が面白かったのですが、その中でも特に可笑しかったのが「行方不明の世継」について。「驚くべき頻度で出現する。どんなときでも、ファンタジーランドの国々の半分は、自国の世継の王子/王女を見失っている。もっとも、<規定>によれば、行方不明の世継は、ひとつのツアーにつきひとりしか参加できないことになっている。(中略) そして、その人物に自分の王国を取り戻させることが、あなたの探索の一部なのである。これは迷惑以外の何物でもない。行方不明の世継は皆、輝くばかりに純真で(まぶしさにめまいがしそうな相手もいる)、大部分は分別というものをほとんど持っていない。それはつまり、自分の本当の身分についてのヒントを出されても、まったく気づかないということである。そういうわけで、代わりにあなたが気づいてやらなければならない。(以下略)」…いかにもありそうな状況です。
そして「指輪」。これは「剣と同じぐらい魔術的に危険な品」だそうで、まず様々な宝石がはめられている場合の説明があるのですが、最後に「内側にルーン文字の刻まれた、なんの飾り気もない指輪。このたぐいの指輪は、疫病のごとく避けること。<規定>によれば、飾り気がなければないほど、指輪の魔法の力も呪われている度合いも増すのである。」 明らかに指輪物語の例の指輪ですね。

ファンタジー小説を読むことそのものを「ファンタジー世界を観光する」と捉えているのがユニーク。実際に魔法世界を旅する「ダークホルムの闇の君」に繋がりそうな部分も多いので、合わせて読むと良いかもしれませんね。ファンタジー作品を読み込んでいる読者の方が、にやりとできる部分が多いと思いますし、RPGなどゲームを作るのが好きな人には、貴重な1冊かもしれません。


「七人の魔法使い」徳間書店(2005年7月読了)★★★

13歳のハワード・サイクスの家族は、小説家の父・クエンティンと音楽教師のカトリオーナ、エキセントリックな妹・スサマジーことアンシアの4人で、父が教えている専門学校の生徒・フィフィが下宿中。ある日ハワードとスサマジーが学校から帰ると、台所に座り込んでいたのは巨大な「ゴロツキ」。ゴロツキは町を影で支配している7人のうちの1人・アーチャーの使いでやって来たのだと言います。13年前、2冊目の本が出た後何も書けなくなっていたクエンティンに、市役所の建設課にいるM.J.マウントジョイに何でもいいから3ヶ月おきに2千語の文章を書いて渡すようにアドバイス、それ以来その習慣が続いていたのですが、1週間前に渡したはずの2千語が届いていないというのです。その原稿はマウントジョイとの冗談のようなものだと語るクエンティンの言葉とは裏腹に、どうやら複雑な背景が絡んでいるようなのですが…。(「ARCHER'S GOON」野口絵美訳)

世界を支配したがる魔法使いたちの騒ぎに巻き込まれたハワード一家のドタバタコメディ。登場人物がどんどん増えますし、いつも以上のスピード感たっぷりの展開。色彩も鮮やかで、明るい楽しさいっぱい。ハワードの父に2千語の文章を書かせるために繰り広げられる嫌がらせの数々は、実際にやられたら堪らないと思いますが、想像するだけでも楽しくなってしまいます。キャラクターに関しても、いつも以上にパワーアップですね。ちなみに7人きょうだいは上から順番に、アーチャー(動力関係)、シャイン(犯罪)、ディリアン(法と秩序)、ハサウェイ(交通・過去)、トーキル(音楽・スポーツ)、アースキン(水道・下水)、ヴェンチュラス(教育・建築・未来)。この7人のきょうだい喧嘩がなかなかの壮絶。ちなみに私のお気に入りは音楽を司るトーキルと、過去に住むハサウェイ。ハサウェイはいい感じに枯れていて、彼がお気に入りだというスサマジーの気持ちが良く分かります。そしてそのスサマジー自身も、赤ん坊の頃からの凄まじい叫び声から「スサマジー」などというあだ名がついていますが、実はとても可愛い女の子。
壮絶なきょうだい喧嘩の結末には驚きましたが、しかしこの後どうなってしまうのでしょうね。いくら彼と一緒だからといって、この面々では彼女が気の毒すぎる気もするのですが…。


「時の町の伝説」徳間書店(2005年7月読了)★★★★

1939年9月。英仏がドイツに宣戦布告して第二次大戦が始まり、戦火が激しくなってきた頃。ヴィヴィアンも会ったこともない親戚のマーティさんの家に疎開するために、ロンドンからの疎開列車に乗っていました。ガスマスクと名札のついた袋をしっかりと握りしめ、マーティさんが本当に迎えに来てくれているのか不安なヴィヴィアン。しかし駅で列車を降りたヴィヴィアンに話しかけたのは、ジョナサン・リー・ウォーカーという少年。人違いされていると感じたヴィヴィアンは、スーツケースを持ってどんどん歩いていってしまうジョナサンを慌てて追いかけるのですが、なんと待合室の壁を越えて時の町へと連れ去られてしまうことに。どうやらヴィヴィアンは、「時の奥方」と間違えられたらしいのですが…。(「A TALE OF TIME CITY」田中薫子訳)

タイムトラベルファンタジー。迂闊に歴史に介入してはいけないというのは、SF作品では鉄則だと思うのですが、この物語の舞台となる「時の町」は、その歴史が本来あるべき姿にきちんと流れていくように監視するのが役目。一度過ぎ去ってしまえばそれでその歴史がおしまいというわけではなく、常にぐるぐると流れるように存在しているという観念が面白いですね。そしてこの「時の町」とは、全ての歴史から切り離された町で、時の門を通ってあらゆる歴史へと行くことができるという場所。様々な「歴史」から学生や観光客が訪れたりしています。いくら安定期からだけに限定されているとはいえ、そういうことができるという設定がまた歴史の混乱をとても招きやすいと思うのですが… しかし全ての歴史を把握しているという自負があるため、人々もどこか特別意識を持ってしまうのですね。そしてこれ以上混乱させてしまったら一体どうなるのか… という辺りでざっくりと手が入るダイアナ・ウィン・ジョーンズらしい展開。
そんな風に歴史が扱われているため、はるか未来の出来事も当たり前のように描かれているところが面白いです。サムの大好物のバターパイは42番世紀の食べ物ですし、57番世紀の精神戦争などはとても怖そう。しかし20番世紀と呼ばれる20世紀の歴史も、長い歴史上で見ても相当不安定な時代に当たっているようです。そして時の町に多く存在する「時の幽霊」も面白いですね。繰り返し行われた行動や、特別な思い入れを持って行われた行動は、空間にあとが残ってしまう、そんな部分も物語の展開のための重要な要素となっていました。そして忘れてはいけないのが個性的な登場人物たち。偉そうにいばっていながら案外素直なジョナサンに、バターパイばかり食べたがるサム。奇抜な色の組み合わせが大好きなアンドロイドのエリオ。実はお茶目な「とこしえのきみ」のランジット・ウォーカー氏など、今回も明るく賑やかで魅力たっぷりでした。


「呪われた首環の物語」徳間書店(2005年10月読了)★★★★★

上等な剣をもったいぶって振り回したり、<長>の息子のしるしとなる太い馬蹄形の金の首環をさわってみたりしながら歩いていた12歳の兄のオーバンは、やがて1羽のクロウタドリに目をとめます。そのクロウタドリがもし本当はドリグだった場合、<言葉>で元の姿に戻せるのです。クロウタドリは、一緒について来ていた7歳の妹・アダーラの<言葉>によって、うろこのある青白いドリグに変化。オーバンはそのドリグの持っている首環に目を奪われます。それはオーバンのものと同じく馬蹄形で、やはり<緑金>で出来ていましたが、倍も幅があるうえ、非常に凝った見事な細工だったのです。オーバンはその首環が欲しくなり、そのドリグを殺そうとします。咄嗟に首環に呪いをかけるドリグ。しかしオーバンは呪いの力がそれほど大きな力ではないと高を括り、ドリグを殺して首環を奪うことに。(「POWER OF THREE」野口絵美訳)

<湿地>を舞台にした人間とドリグ、そして巨人の物語。いつもの畳み掛けるような速い展開のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品とは少し違い、じっくりとした雰囲気のファンタジーです。
水の中に住み、変身が得意なドリグ、嵐のような音を立てる巨人、そして人間。いざ話してみると、話す言葉はお互いに共通しているのですが、お互いに相手のことを良く知らないまま、理由も分からないまま対立しています。強いて言えば、「昔から対立していたから」というのが理由でしょうか。この3つの種族のお互いに対する態度は、現代の人種差別にも通じる部分ですね。しかし ドリグの呪われた首環がきっかけとなり、この3つの種族がお互いにお互いを認識し、呪いを解くためにお互いに協力することに。<太陽>、<月>、<大地>の強力な力は借りていないように見えたものの、<古き力>、<今の力>、<新しき力>を鎮めない限り解けないという恐ろしい呪い。それらの力とは何なのか、そして<言葉>とは何なのか、興味が膨らみます。人間やドリグのしている首環はそのままケルトのトルクのイメージに重なりますが、この首環に対する呪いは、「指輪物語」のサウロンの指輪の持つ力と良く似ていますね。
そしてこの作品は同時に、ゲイアという少年の成長物語でもあります。<先見>の<能>に恵まれた姉のエイラ、<遠見><念>の<能>に恵まれた弟のセリを見ながら、自分にはとりえがないと思い込んでしまったゲイアのコンプレックス。英雄である父に認めてもらいたいという思い、それとは裏腹の自信のなさ。頭の中には色々と言いたいことや聞きたいことがあっても、口になかなか出せない父と息子の姿やその悩みはとてもリアルですね。現代の父と子の姿にも重なります。
冒頭の古(いにしえ)の異世界風の雰囲気が好きだったので、途中で巨人の実態が分かった時は、ある程度予想していただけにがっかりしてしまいましたが、しかしケルト伝説独特の神秘的な雰囲気を色濃く持っている、とても素敵な作品でした。


「花の魔法、白のドラゴン」徳間書店(2005年10月読了)★★★★★

生まれた時からずっと、王様とその廷臣が国じゅうをまわる<王の巡り旅>の一員として旅をしているロディことアリアンロード・ハイド。実際にこの世界の魔法を安泰に保っているのは「マーリン」の力なのですが、このブレスト諸島の魔法全て、あるいは<ブレスト>の世界全体は、王様が旅を続けることによって守られていると信じられていたのです。ロディのパパは天気を操る魔法使い、ママは<巡り旅>の財務官。そしてロディと弟のように仲が良いのは、グランドことアンブローズ・テンプル。グランドは母親のシビルと姉のアリシアにいつもいじめられており、そんなグランドをロディがいつも助けています。しかし旅の途中、ウェールズ王との会合のために滞在したスペンサー卿の屋敷の庭で、ロディとグランドはシビルとスペンサー卿、そして新しく来たばかりの25歳のマーリンが陰謀を企てていることに気付きます。(「THE MERLIN CONSPIRACY」野口絵美訳)

多元世界が舞台のファンタジー。物語は<ブレスト>にいるロディと、<地球>にいるニックの2人の視点から描かれていきます。イギリスと良く似ている異世界の<ブレスト>での、魔法使いマーリンを巻き込んだ陰謀を2人が暴いていくという物語。マーリンが個人名ではなく役職名というのは、マリオン・ジマー・ブラッドリーのアーサー王物語「アヴァロンの霧」でもそのように描かれていたので、すんなりと設定に入り込めました。やはりアーサー王伝説やケルト神話は、こういったファンタジーの作品に良く似合いますね。一見突拍子がないダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジー世界に、落ち着きと奥行きを出すのに一役買っているように思います。王の巡り旅という設定も素敵ですし、登場人物たちも個性的。特に象のミニがとても可愛いです。そして古そうに見えながら新しい部分を持っている世界の描き方が面白く、特にロディの頭の中に蓄積された魔法を、パソコンの画面を見るように検索していく場面が面白かったです。ダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品らしく、物事や人々が複雑に絡み合っているため、実際に<ブレスト>で何が起きているのか、これからどうなるのかまるで予想がつきませんが、一見ほどきようがないほど絡まっていた糸が、最後に綺麗にするするとほどけていくところは、さすがダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品。
ただ、「花の魔法、白いドラゴン」という題名はとても綺麗なのですが、「花の魔法」も「白いドラゴン」も本筋ではないので、違和感が残りました。特に「白いドラゴン」は、題名で期待させる割には、最後にほんの少し出てくる程度なのでがっかり。グランドにも、ぜひ「ひっくり返し」の能力を発揮して欲しかったです。
ニックは未訳の「Deep Secret」という作品に登場したキャラクターとのこと。そちらはコンピュータ・プログラマーの男性が主人公の大人向けの作品で、特にシリーズ物ではなく、独立して楽しめるように描かれているのだそう。しかしそう聞くと、やはり順番通りに読みたかったと思ってしまいます。ニックの言動は「Deep Secret」をかなり踏まえているようですし、知っていた方が絶対に面白く読めたはず。ぜひとも早く翻訳して欲しいものです。(その後「バビロンまでは何マイル」という邦題で翻訳されました)


「詩人たちの旅-デイルマーク王国史1」創元推理文庫(2005年4月読了)★★★★

君臨していた3人の王が次々と亡くなり、王位を継ぐものがなくなったデイルマーク王国。最後の王・アドンが亡くなって以来、自治領を持つ伯爵たちがそのまま自分の土地を治めていたものの、いつしか国は南北に真っ二つに分かれ、お互いを敵対視するようになっていました。そんなデイルマークを旅することができるのは、クィダーを奏でて歌を歌い、物語を語る吟遊詩人たちのような、通行手形を持ったほんの少数の人々のみ。そしてデイルマークでも名高い吟遊詩人・クレネン・メンデイカーソンもまた、妻のレニーナや長男・ダグナー、長女・ブリッド、次男・モリルの5人と共に、馬のオロブが引くピンクの馬車で町から町へと旅をしていました。しかし北部のハナートへ向かうキアランという少年を乗せたクレネン一家を、不穏な男たちが襲います。父親のクレネンは殺され、母のレニーナは元々婚約者だったマーキンド領主・ガナー・セイジャーソンの元へ。しかしそのガナーの屋敷に父を殺した男を見た子供たちは、厩にあった馬車に乗り込み、こっそりとガナーの家から逃げ出すことに。(「CART AND CWIDDER」田村美佐子訳)

デイルマーク王国史の第1巻。全4冊なのですが、物語としては1巻ずつ完結しているのですね。
これまで読んだダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品に比べるととてもシンプルでストレートな印象。捻りを求める読者にはあっさりしすぎているかもしれませんが、私にはとても読みやすく感じられました。解説によると、これはダイアナ・ウィン・ジョーンズの初期の作品に当たるのだそう。いかにダイアナ・ウィン・ジョーンズと言えども、最初から捻くり回したような作品を書いていたわけではなかったのですね。
物語の舞台となっているデイルマークという国は、全くの架空の国。しかしダイアナ・ウィン・ジョーンズはその架空の国を、とてもしっかりと作り上げているのですね。とてもリアルな存在感がありますし、この世界の歴史デイルマーク最後の王アドンと吟遊詩人・オスファメロンの古い物語も、この世界の奥行きを作り出しているようです。この作品の中に登場する人々がしっかりと生きているのを感じます。しかしこの壮大なこの物語を描くには、ややページ数が足りないようにも感じられました。特にモリルが、父・クレネンに譲られたオスファメロンのクィダーを弾きこなせるようになる過程が、あまりにあっさりとし過ぎているようで気になりましたし、母のレニーナが夫の死後ガナーの元に走ったというのも、いかにもダイアナ・ウィン・ジョーンズらしい気はしますが、もう少し説明が欲しかったところ。しかしまだまだ序盤、これからの発展が楽しみです。


「星空から来た犬」早川書房(2006年2月読了)★★★★★お気に入り

オリオン座に赴任中の若い星人をゾイで殺したという疑いで裁判にかけられた天狼星シリウスは、無実の罪で有罪となり、ゾイが堕ちたと思われる星に住みついている生物の身体に封じられるという判決を受けます。その生物の命が尽きる前にゾイを見つけ出すことができれば以前の地位と名誉を回復するけれど、見つけられなければその星の生物として自然な死を迎えることになるというのです。そして刑を執行されたシリウスが次に気づいた時、シリウスは生まれたばかりの子犬となっていました。しかし純血種の子犬を期待していた飼い主は、子犬たちを溺れさせようとします。川の中で、詰められていた袋から抜け出したシリウスは、キャスリーンという女の子に拾われることに。(「DOGSBODY」原島文世訳)

本国では1975年に発表されたという、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ初期の傑作と言われる作品。彼女の作品は、初期の物の方が物語の展開がストレートで好きですね。もちろんストレートとは言っても、ダイアナ・ウィン・ジョーンズらしい重層的な部分は既に確立されているのですが。
キャスリーンがシリウスをダフィールド家に連れ帰ったことで巻き起こる騒動、ティブルズ、ロムルス、レムスといった猫たちとの交流、ブルースを始めとするシリウスの仲間となる犬たちとの交流など、犬好きな人なら堪らない部分が沢山。外ではアイルランド人だというだけで同じ学校の子供たちから差別され、家でも心ないダフィーによってまるでシンデレラのような境遇のキャスリーンなので、シリウスとの心の絆はぐんぐんと強くなります。シリウスはキャスリーンのために何もできない自分を歯がゆく思っているのですが、それでもキャスリーンにとっては、シリウスはそこにいるだけで心の支え。ダフィーに噛み付きたいと思っていても、キャスリーンを困らせないために必死に自分を抑えているシリウスが健気ですし、早くゾイを探さなければならないと焦りながらも、外に出れば、そのままキャスリーンを窮地に追い込みかねないと分って逡巡する場面も、星人だった時のシリウスからは考えられないような行動ですね。それでいて、今すぐにゾイを探さなければならないと分かっていても、シリウスが犬の本能に負けそうになっている場面があったりして、また楽しいのです。シリウスの描写を見ていると、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの犬に対する深い愛情を感じます。シリウスがゾイを探している最中に出会う犬好きの老婦人・スミスさんがとても素敵ですし、警官もいい味を出しています。そして徐々に記憶を取り戻していくシリウスと星人の存在、ソルや地球、月、伴星、闇の子供たちといった部分もとても楽しいです。もちろんシリウスの無実の罪に隠された真実も終盤明かされます。
ダフィーはキャスリーンの「アイルランド人」「現在父親が刑務所にいる」「お金がない」という表層的な部分しか見ていませんし、親の悪意は子供に伝染するもの。それでもロビンやバジルも、それが本当はほんの表層的なことに過ぎないということに気付いてくれたよう。2人とも、結局のところは憎めないキャラクターだったのが嬉しかったです。そしてそれは、シリウスが見せかけの美しさの虚しさに気づく部分に対応しているのですね。しかし、もちろんダフィーは困った人間なのですが、一見親切に見えながら何事にも無関心なダフィールドさんは、実はダフィー以上に困った人間なのかもしれませんね。
ゾイが結局何なのか今ひとつ掴めなかったですし、闇のあるじに関してはもう少し読みたかった気もするのですが、物語としてはとてもまとまりが良かったですし、これで良かったのでしょうね。最後はかなり切ないのですが、キャスリーンにとっては、これらの経験が1つとして無駄になることはないと思います。

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