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このページは、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの本の感想のページです。

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「魔女と暮らせば-大魔法使いクレストマンシー」徳間書店(2005年4月読了)★★★★★

両親を船の事故で亡くし、同じ建物に住んでいた「シャープさん」というおばあさんの魔女に引き取られた姉のグウェンドリンと弟のキャット。2人の住んでいたウルヴァーコートの町の町長は、船の事故で生き残った人々のために募金を呼びかけます。集まったお金のうちのグウェンドリンとキャットの取り分は2人が大きくなるまで町が預かり、当面の生活費と教育費は町が出すことに。しかし強い魔法の力があるグウェンドリンのために、シャープさんはお隣に住む黒魔術師のノストラムさんに魔法を習わせるようとするのですが、魔術は正規の教育課程に入っていないため、町は魔術のレッスン料を出そうとしません。グウェンドリンは仕方なく、父親のフランシス・ジョン・チャント宛ての、大魔法使いクレストマンシーの本物のサインの付いた手紙をレッスン料代わりに渡すことに。魔術を習い始めたグウェンドリンは、目覚しい上達振りを見せつけます。そんなある日、2人を訪ねてきたのは大魔法使いのクレストマンシーその人。2人はクレストマンシーに引き取られることになり、クレストマンシー城へと向かいます。(「CHARMED LIFE」田中薫子訳)

大魔法使いクレストマンシーシリーズの3作目。これは元々は「魔女集会26番地」という題名で翻訳され、日本に始めて紹介されたダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品。原書では、この作品が一番最初に書かれたようです。
クレストマンシーやマイケル・ソーンダーズ先生の関心を引きたくて次から次へと魔法を使うグウェンドリン。過剰な自信に裏づけされたそのパワフルさが凄まじいですね。魔法の力を自慢する割には、やっていることは幼いですし、見ていて痛々しく感じられてしまうほど。そして最後まで読んでみるとまるで救いがなかったことが分かります。グウェンドリンに対しても本当に腹立たしくなってしまうのですが、それ以上にクレストマンシーやソーンダーズ先生にも、もう少しやりようがあったのではないかと思ってしまいました。全てが後手後手に回っていたことを考えると、グウェンドリンが大好きで自慢に思っていたキャットがあまりに可哀想。確かに、姉の暴走を止めることのできないキャットが不甲斐なくもあるのですが…。マッチを擦った時は本当に驚きました。クレストマンシーの魔法の庭の場面もなかなか楽しかったです。
「クリストファーの魔法の旅」の登場人物の後日談としても楽しめます。あの彼女がぽっちゃり型の女性になっていたのはとても意外でしたが、性格の尖っていた部分が丸くなって、とてもいい感じに成長していますね。


「いたずらロバート」ブッキング(2005年10月読了)★★★

夏休みに入ったばかりだというのに、ヘザーはご機嫌斜め。自転車が壊れてしまったため、村に住む友達のジャニーンのところに遊びに行けないのです。ヘザーが住んでいるのは、村から8キロも離れたメイン館。最後の持ち主が6年前に亡くなった時、この由緒正しい館はナショナル・トラストに遺され、ヘザーの両親が館の管理を任されていました。しかし観光客に邪魔されて、とっておきのお気に入りの場所である古い塔に上れなかったヘザーは、仕方なくメイン館の地所の端にある変わった形の小さな築山へと向かいます。そこはジャニーンによると、昔魔法を使って処刑された<いたずらロバート>の墓だという場所。そして苛々して何気なくロバートの名前を口にしたヘザーは、なんと本当にロバートを呼び出してしまうのです。(「WILD ROBERT」槙朝子訳)

長編が多いダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品の中ではかなり短く、対象年齢も少し低そうな作品。
幽霊といえば夜に出るものというイメージがありますが、いたずらロバートが出てきたのは昼間。明るい昼間の光を浴びても大丈夫なのです。しかも実体がないどころか、ヘザーときちんと腕を組むこともできます。服装がやや古いのを除けば、ごく普通の青年。金髪に黒い目、浅黒い肌の素敵な男性です。そんな年齢としては青年のはずのロバートが、まるで子供のように魔法を使っていきます。まず騒ぎまわっていた高校生。そして感じの悪い庭師のマクマナスさん。アイスキャンデーの包み紙をその辺りに捨ててしまう小学生。ヘザーも日頃から苦々しく思っていたのですが、実際にロバートが魔法をかけてしまうと、さすがにそれはやりすぎだと感じてしまうのですね。
しかしロバートがなぜそんな子供のままなのかもきちんと説明されて、最後はすっきり。ダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品に登場する魔法使いの男性は、皆揃って子供っぽいですが可愛らしいですね。さて、この後どうなったのでしょうか。色々と想像が膨らみます。


「わたしが幽霊だった時」創元推理文庫(2005年4月読了)★★★

気がつくと、妙に軽くてあやふやで変な感じだった「あたし」。ひっきりなしに頭に浮かぶのは「事故だ!」という言葉ばかりで、何も思い出せないのです。気付けば身体がなく、棘だらけの蕁草の生垣を何なく通り抜けた「わたし」が建物の中へ入ると、そこは学校でした。男の子ばかりの学校の教室を通り抜けて、さらにドアを通り抜けるとそこは家の中。そこには3人の少女がいました。そしてふいに「あたし」は、自分の苗字がメルフォードであることを思い出します。そこにいたのは、カートこと長女のシャーロットと、三女のイモジェン、四女のフェネラ。そして自分は次女のサリーことセリーナだったのです。犬のオリヴァー以外、誰にも気付いてもらえないまま、サリーは姉妹たちと行動を共にすることに。(「THE TIME OF THE GHOST」浅羽莢子訳)

まず自分は誰なのか、自分に何が起きたのかが全く分からないというミステリ的設定。読者にもなかなか状況が分からないため、序盤は少々話に入りにくいです。しかし3人の姉妹が登場し、幽霊の正体が分かった辺りから、話が徐々にこちらに近づいてくれる感覚。それにしてもこの姉妹の造形は強烈ですね。それぞれに個性が強く、歯に衣着せぬ言い争いの姉妹の喧嘩はなかなか凄まじいです。読んでいるだけでも圧倒されそう。そしてその両親が、また一枚上手。寄宿学校の経営で疲れ切っていて、娘たちにまるで無関心。4人のうちの1人がいなくても気付かないという状態なのです。食事の用意もしてもらえない4人は、しょっちゅう寄宿学校の食堂から何かを持ち出しては、ギルおばさんに怒られています。それでもまだ、中盤までは日常生活の雰囲気。後半になるとその雰囲気は一変し、まだまだ大きな謎が存在することに気付かされます。
最初はまるで親近感を覚えなかったどころか、一歩引いた目で見ていた4人姉妹なのに、読んでいるうちにいつの間にか1人1人に愛着を感じていました。そしてラストにはあっと驚かされました。まるでスパッと包丁で切り落とされてしまったような感覚。このラストこそが、ダイアナ・ウィン・ジョーンズなのですね。先行きが全く読めない、なかなか強烈な展開でした。


「九年目の魔法」創元推理文庫(2003年10月読了)★★★★

ベッドで本を読んでいた19歳の大学生・ポーリィは、前にもその本を読んだことがあるような気がして本を伏せます。しかし今読んでいる本も、頭上にかけた額の写真「火と毒草」も、自分がそうだと思っている物とはどこか微妙にずれているような感覚。ふと自分が2組の記憶を持っているような気がして、激しい喪失感に襲われたポーリィは、9年前、10歳の時に親友・ニーナと一緒に祖母の家に泊まりに行った辺りから記憶を呼び起こしてみることに。その日は万聖節前夜(ハロウィーン)で、ポーリィとニーナは黒いワンピースを着て女司祭長のふりをしていました。そのうちポーリィは偶然近所にあるハンズドン館の葬式に紛れ込み、トーマス・リンというチェロ奏者と知り合います。2人はたちまち意気投合するのですが、しかしその日から2人の周りには彼の前妻のローレルやその従弟のリーロイ、そしてリーロイの息子のセブの影が見え隠れするようになり…。(「FIRE AND HEMLOCK」浅羽莢子訳)

題名に「魔法」という文字はついているのですが、どちらかといえば、ポーリィの10歳から19歳までの成長譚のよう。嫌なことは他人に押し付けようとする父親と、ひたすら自分の幸福探しをしている母親。ポーリィはこの2人によって度々傷つけられますし、親友だったはずのニーナとも成長するにつれてどこか合わなくなってきて、付かず離れずの状態。この辺りの描写はとてもリアルで、ポーリィの喪失感が伝わってきます。ポーリィが9年間変わらず信じることができたのは、父方の祖母とトーマス・リンだけ。祖母からは人生を学び、トムからは数々の本を通して世界を学ぶことになります。トムとの手紙のやりとりはとても微笑ましいですし、こんな風に本を贈ってくれる関係というのも羨ましいです。当たり前に両親と過ごしていたら、きっと感情をなくしてしまったと思われるポーリィも、この2人の存在がいて表情をなくさずに済んだのでしょうね。
しかし第4部「どこでもない NOWHERE」での急展開には驚きました。ここでの現実と空想との交差には迫力がありますね。それまで登場した色々な本にも実は深い意味があったとは…。多少納得できない部分もあるのですが(ネタばれ→結局トムはポーリィを利用していたのに、愛情で全てが許されるのでしょうか?←)、「タム・リン」「詩人ト−マス」「金枝篇」を知っていれば、もっと深く理解できたのでしょうか。

それにしてもたくさんの本が登場します。以下はポーリィが読んでいた本のリスト。
作中に書かれた題名と、実際に出版されている本の題名が違う場合は、実際の物に合わせています。「ヘンリエッタのいえ」は、恐らく日本語未訳。「王様の剣」はディズニー映画の原作です。「忘れられた時代」(L.ペリー)は未確認。既読本には*をつけています。
   「オズの魔法使い」(ライマン・フランク・ボ−ム)*
   「砂の妖精」「宝さがしの子どもたち」*(E.ネズビット)*
   「ウィロビ−・チェ−スのおおかみ」(ジョ−ン・エイケン)
   「喜びの箱」(ジョン・メイスフィールド)
   「ライオンと魔女」(C.S.ルイス)*
   「王様の剣」*
   「ヘンリエッタのいえ」(エリザベス・グージ)
   「ダルメシアン―100と1ぴきの犬の物語」(ドーディ・スミス)
   「アンクルトムの小屋」(ハリエット・エリザベス・ビ−チャ−)*
   「黒馬物語」(アンナ・シュ−エル)
   「三銃士」(アレクサンドル・デュマ)*
   アーサー王の物語*
   妖精譚
   「太陽の東 月の西」(ペテル・クリステン・アスビョルンセン)*
   「指輪物語」(J.R.R.トールキン)*
   「少年キム」(ジョ−ゼフ・ラディヤ−ドキプリング)*
   「宇宙戦争」(H.G.ウェルズ)
   「木曜の男」「ナポレオン綺譚」(G.K.チェスタトン)
   「ペレランドラ」(C.S.ルイス) *
   「三十九階段」(ジョン・バカン)
   「真剣が肝腎」(オスカー・ワイルド)
   「トムは真夜中の庭で」(アン・フィリッパ・ピアス)*
   「オクスフォード版バラード」
   「冒険の城」(エニド・メアリ・ブライトン)
   「金枝篇」(ジェ−ムズ・ジョ−ジ・フレ−ザ−)
   「十二夜」(W.シェイクスピア)*
   「忘れられた時代」(L.ペリー)

これにさらに「タム・リン」(ジェイン・ヨ−レン?)「吟遊詩人ト−マス」(エレン・カシュナ−)などのバラッドも、作中で頻繁に引用されています。「オズの魔法使い」から「ヘンリエッタのいえ」までは、「もうこんなのは全部読んでいると思います。そうなら捨ててください。どんな人もこれを読まずに育ってはいけない、と本屋が教えてくれたものばかりです。」という手紙と共に、トムからクリスマスに送られてきた本。最後まで読んでしまうと、その意図に色々と考えさせられてしまうのですが、しかしやはり「読まずに育ってはいけない」には変わりありませんものね。その中では、私は「ウィロビ−・チェ−スのおおかみ」と「喜びの箱」、「ヘンリエッタのいえ」が未読。エイケンは「ささやき山の秘密」なら読んだことがあるのですが、ジョン・メイスフィールドとエリザベス・グージに関しては、1冊も読んだことがありません。いつかぜひ読んでみたいものです。


「魔法使いハウルと火の悪魔-ハウルの動く城1」徳間書店(2005年1月読了)★★★★

インガリーの国の<がやがや町>の帽子専門店の3人娘、ソフィーとレティーとマーサは揃って器量良し。ソフィーとレティーの母親は早くに亡くなり、マーサだけは母親が違うのですが、後妻のファニーは娘たちに分け隔てすることなく接し、家族仲良く暮らしていました。しかし3人が学校に通っている間に父親のハッター氏が亡くなります。そして思わぬ借金のため、3人はそれぞれ働き始めることに。ソフィーは継母のファニーと共に帽子屋の経営。レティーは<がやがや広場>にあるパン屋<チェザーリ>で奉公、末娘のマーサは魔女のアナベル・フェアファックスの元に魔女の見習いに。元々縫い物が上手なソフィーが作る帽子は、町の評判になります。しかしある日店にソフィーが1人でいる時にやって来たのは、荒地の魔女。そして魔女はソフィーが魔女の領分を犯したと言い、ソフィーはなんと呪いをかけられ、老婆になってしまうのです。(「HOWL'S MOVING CASTLE」西村酵子訳)

舞台は魔法や魔法使いが普通に存在する世界。冒頭から七リーグ靴や姿隠しのマントという言葉が登場するなど、なかなか昔懐かしいおとぎ話の世界。訳者あとがきで引き合いに出されている北欧のおとぎ話、「太陽の東 月の西」は、私も子供の頃大好きだった1冊です。ここで一番可笑しかったのは、ソフィーが読書に励んだ結果、長女である自分には何をやって成功する見込みがなく、それに対して末っ子のマーサは「時機が来たら運だめしに行くはず」ということが分かるという部分。確かに昔話では、一番上と二番目が失敗し、末っ子がいいところを持っていくパターンがほとんどですが、だからといって、それで自分に可能性が決め付けるなんて。ここにダイアナ・ウィン・ジョーンズ流の一捻りが加えられているのですね。そしてかかしの登場と心臓の話から「オズの魔法使い」を連想していたら、こちらも訳者あとがきでその影響が指摘されていました。ただ、「オズの魔法使い」に関しては、あまり古い作品というイメージがないので、このように登場するというのはどうもお手軽に感じられてしまって、少々違和感がありましたが…。
個性的な登場人物たちが楽しく、ハウルやソフィーの造形はもちろんのこと、レティやマーサ、ファニー、そして火の悪魔など、それぞれに意外な部分があり楽しめました。ただ、ソフィーの恋に関しては、全く思ってもみなかったので、終盤の展開が唐突に感じられてしまいました。それまでに伏線が色々とあったのでしょうか。すっかり読み落としてしまったようです。


「アブダラと空飛ぶ絨毯-ハウルの動く城2」徳間書店(2005年1月読了)★★★★

アブダラは、インガリーからはるか南に下った地、スルタンが治めているラシュプート国のザンジブ市のバザールの北西に小さな店を持つ絨毯商。生まれた時のお告げのせいなのか、アブダラはバザールの一等地に大きな絨毯店を持つ父親に見限られており、父が死んだ時も小さな店を持つ資金しか残してもらえなかったのです。しかし夢見がちなアブダラは着実な商売をし、実は自分は遠い国の王子で、2歳の時に悪名高き盗賊に攫われたのだという空想をしながら過ごしていました。そんなある日、店に1人の男が薄汚れた絨毯を売りに来ます。男のつけた絨毯の値段は金500枚。なんとその絨毯は空飛ぶ絨毯だったのです。その日の晩、その絨毯の上に寝たアブダラは、気付くと想像したこともない美しい庭に寝ていました。そして現れたのは、夜咲花という名前の愛らしい王女。アブダラは自分のことを長らく消息不明だった遠国の王子だと紹介します。恋に落ちた2人は駆け落ちの約束をするのですが、絨毯に乗ろうとした夜咲花は巨大な魔神(ジン)に攫われて…。(「THE CASTLE IN THE AIR」西村酵子訳)

まるで「千夜一夜物語」のような物語。「魔法使いハウルと火の悪魔」の姉妹編のような作品だと触れ込みでしたし、ハウルやソフィーなど前作の登場人物たちの出番はかなり少ないのですが、それでも読み終わってみると、やはり紛れもない「続編」なのですね。
物語の本筋ではないのですが、ラシュプートの商人の常套句らしい、アブダラの歯の浮くような心にもない美辞麗句の数々がとても面白く、まさにアラビア風の雰囲気を作り出していたと思います。それにそれらの美辞麗句にニマニマしているらしい空飛ぶ絨毯の存在もなかなか良いですね。元々「千夜一夜物語」は大好きですし、気持ち良く騙してもらえた部分もあり、ハウルやソフィーの存在にそれほど愛着を持っていなかった私としては、前作よりもこちらの方が素直に楽しめて面白かったです。


「魔法使いはだれだ-大魔法使いクレストマンシー」徳間書店(2005年4月読了)★★★

ラーウッド寄宿学校は、魔法使いであると分かって処刑された親を持つ子供や、その他の問題をかかえた子供を集めた国立学校。この世界では魔法は固く禁じられていて、魔法使いは見つかり次第火あぶりの刑になるという決まり。しかしクロスリー先生が集めて採点していた2年Y組の地理のワークブックの中に紛れ込んでいたのは、「このクラスに魔法使いがいる」と書かれたメモだったのです。それ以来、音楽の授業中に鳥の歌ばかり歌っていると、窓が突然開いて物凄い数の鳥が次々に入って来て飛び回ったり、夜の間に学校中の靴が講堂に集まってしまったりと、不思議な現象が起き始めます。そして2年Y組の面々は、有名な大魔女・ドルシネア・ウィルクスと同じ「ドルシネア」が本名だとばれてしまったナン・ピルグリムこそが魔女なのではないかと考え始めるのですが…。(「WITCH WEEK」野口絵美訳)

大魔法使いクレストマンシーシリーズの1作目。
今私たちが住んでいるこの世界にそっくりで、しかし魔法が存在することだけが違う世界が舞台。生徒が何人も登場するため、最初はなかなか区別がつかなくて困ったのですが、教師も生徒もそれぞれに個性的。それぞれに強烈で、見事なまでに「良い子」がいません。教師の目には優等生に見えながらも、実は底意地の悪いサイモン・シルバーソンやテレサ・マレット、悪ガキのダン・スミス、そしてその取り巻きたち。彼らが目つきの悪いチャールズ・モーガンやいじめられっこのブライアン・ウェントワース、ずんぐりして運動神経の悪いナン・ピルグリムを笑ったりいじめたりしている場面はとてもリアル。ダイアナ・ウィン・ジョーンズはこういった嫌な場面を描くのが本当に上手いですね。こんなメンバーが寄宿学校で1日中一緒に暮らすなんて、考えただけでも息が詰まってしまいそうです。しかもプライバシーなどないに等しい状態で、突然自分に魔力があることに気付いた日には…。
そしてそんな状況を打破するためにやって来るのが、大魔法使いのクレストマンシー。この「クレストマンシー」というのは特定の個人の名前ではなく、役職名のようなものなのだそうです。かなりのハンサムで服装も洒落ていて、魔力も相当強いようなのですが、案外抜けているところが魅力的。このクレストマンシーの口から、この世界についての色々な秘密が語られていくことになるのですが、その辺りの造形や相関関係がなかなかユニークで面白かったです。このクレストマンシーシリーズ、4部作プラス外伝で、どのような世界が作り上げられていくのかとても興味深いです。


「クリストファーの魔法の旅-大魔法使いクレストマンシー」徳間書店(2005年4月読了)★★★★★お気に入り

クリストファーは幼い頃から強い魔力を持ち、夢の中から様々な世界へと遊びに行っていました。ベッドから起き上がり暖炉の角を回ると岩だらけの小道があり、その小道を登った所にある<あいだんとこ>には、様々な<どこかな世界>に向かう入り口が沢山あるのです。クリストファーは夢を見るたびに新しい冒険をして、時にはおもちゃをもらって帰ることもありました。子守役のメイドがしょっちゅう入れ替わっていたので、クリストファーの新しいおもちゃは見咎められることはなかったのですが、母の兄であるラルフ伯父が連れて来た「最後の家庭教師」ミス・ベルは、それらのクリストファーのおもちゃがどこから来たのかクリストファーに問いただします。そしてクリストファーの魔力を知ったラルフ伯父は、クリストファーに様々な「実験」をさせることに。(「THE LIVES OF CHRISTOPHER CHANT」田中薫子訳)

大魔法使いクレストマンシーシリーズの2作目。時系列的には一番最初の物語のようです。
「魔法使いはだれだ」では、クレストマンシーは呪文によって呼び寄せられましたが、この作品はそのクレストマンシーの子供の頃の物語です。物語の前半でクリストファーが住んでいるのはロンドンの大邸宅の最上階にある小部屋。両親と滅多に会うこともないクリストファーの描写は、どこか「メアリー・ポピンズ」のバンクス家の子供たちのようですね。しかしバンクス家の子供たちはお互いが遊び相手となっていたのですが、このクリストファーは1人っきり。「どこかな世界」へ行くことだけが楽しみ。そしてこの物語で「メアリー・ポピンズ」となるのは、最後の家庭教師となるミス・ベルです。「メアリー・ポピンズ」と良く似た、少し時代を遡ったようなロンドンの描写に、魔法の存在がしっくりと馴染んで感じられます。C.S.ルイスの「魔術師のおい」を髣髴とさせる別世界への旅も楽しかったですし、魔法の描写もなかなか面白かったです。特に驚いたのは、クレストマンシーの城に着いてからなのですが、本を濡らさずに持っていくために呪文を破り取る場面。こういった描写は視覚的にも楽しいですね。クリストファーの持っている命を糸巻きで巻き取る場面も楽しかったです。
ラルフ伯父の言う「実験」について、クリストファーはただ楽しい冒険のように捉えているのですが、その裏で何が行われていたかを考えると、なかなかきついものがあります。しかしそんな実験で知り合うラルフ伯父の使いのタクロイという青年の存在が暖かいですね。タクロイが実際にどのようなことをしていたかはともかく、最後までクリストファーの信頼を裏切らないのが嬉しいところ。
ただ、この作品でのクリストファーはごく普通の服装センスの持ち主のようです。なぜ「魔法使いはだれだ」に出てくるようなお洒落好きなキャラクターになったのかは、まだまだ謎なのですね。


「トニーノの歌う魔法-大魔法使いクレストマンシー」徳間書店(2005年4月読了)★★★★★お気に入り

イタリアの小国カプローナには、魔法の呪文作りで名高いカーサ・モンターナとカーサ・ペトロッキという2つの家がありました。しかしカプローナの国ができた時まで遡ることのできる由緒ある家柄のその両家は、200年もの昔から犬猿の仲。両家の子供たちは、兄や姉や年長のいとこたちから相手の家の悪口を聞いて育ち、相手の家の子供とは絶対に口をきかず、道で会えばそっぽを向いたまま通り過ぎるのです。しかしその頃、カプローナでは悪いことばかり続いていました。どうやら何者かがカーサ・モンターナとカーサ・ペトロッキの力を吸い取っているらしいのです。毎年のようにカプローナの国にかけているカーサ・・モンターナとカーサ・ペトロッキの防衛の呪文の力が弱くなり、カプローナは周囲のフィレンツェとピサとシエナといった国々に狙われていました。そしてその何者かに対抗するためには、現在失われている<カプローナの天使>の歌詞を見つけ出さなければならないというのですが…。(「THE MAGICIANS OF CAPRONA」野口絵美訳)

大魔法使いクレストマンシーシリーズの4作目。本国では「魔女と暮らせば」の次に発表されたという作品。
今回の舞台はイタリア。同じダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品でも、イギリスを舞台にしたクールな物語とはまた少し違うのですね。今回は、まず魔法のかけ方に驚かされました。シリーズの他の作品では、呪文を唱える時は、例えば詩を読み上げるような感じなのではないかと思うのですが、この作品では、なんと歌いながら呪文を唱えるのです。もちろん歌詞も音程もきちんと歌えなければ、呪文はきちんとかかりません。音を1つ外しただけでもまるで違う効果が出てしまいますし、強い力を持つ<カプローナの天使>のメロディーに乗せた呪文は予想外の力を発揮したりします。しかし全編を通して朗々とした歌声や明るい歌声、繊細で綺麗な歌声が響いてくるようで、とてもイマジネーションがかきたてられますね。
そして今回、「ロミオとジュリエット」を思わせるような旧家が2つ登場します。どちらもその諍いの本当の理由を忘れてしまいながらも、激しい憎しみだけは残ってしまったという悲しい関係。しかし、そのどちらの家もイタリアならではの大家族構成で、日頃は非常に賑やかで暖かい家族です。そんな2つの家の子供たちは皆魔力を持っており、ごく小さい頃から呪文のかけ方を習い始めます。しかしそんな家に生まれていても、時には魔法をかけるのが不得意な子供もいます。しかしたとえ呪文がなかなか覚えられなくても、上手くかけられなくても、イタリアの暖かな大家族の面々は本人を責めたりしません。トニーノは自分がとろくてにぶくて魔法の才能がないと悩んでいるのですが、カーサ・モンターナではそんなトニーノを家族全員が心配し、賢く誇り高いネコ・ベンヴェヌート自ら元気付けることになります。カーサ・ペトロッキのアンジェリカも、生まれながらの音痴のせいで一度も正しい呪文をかけられたことがないのですが、失敗を繰り返しても家族は本人ほどには気にせず、たとえ父親を緑色に染めてしまっても大笑いするだけ。そんな家族の暖かさがとても素敵。「ロミオとジュリエット」を思わせる設定も物語の終わり頃には新たな発展の予感を感じさせますし、歌の呪文と相まって包み込んでくれるような暖かさがあり、とても気持ちの良い物語でした。


「ダークホルムの闇の君」創元推理文庫(2003年10月読了)★★

別世界の事業家・チェズニー氏によって、観光地とされてしまった魔法世界・ダークホルム。40年にも亘る観光会の団体旅行のためにダークホルムは崩壊寸前、しかし力の強い魔物によって後押しされているチェズニー氏を前に、魔術師たちは何もできないまま手をこまねいていました。そこで立ち上がったのは、この世界一力のある魔術師で、魔術師大学の総長でもあるケリーダ。彼女は今年の闇の君を選出するためにお告げに諮ることを進言し、早速北方の王・ルーサー王、副総長のバルナバス、ウムルー司祭長、盗賊のレギンと共に白と黒の神殿へと向かいます。ケリーダの「巡礼団を廃止し、チェズニー氏を永久に厄介払いするにはどうすればいいのでしょう」という問に、白の神殿からかえってきた答は「ここを出て最初に出会いし者を闇の君に任ぜよ」、黒の神殿からかえってきた答は「ここを出て第二に出会いし者を巡礼団最終組の先導魔術師に任ぜよ」。そして彼らが神殿から出た時にそこにいたのは、魔術師のダークとその息子のブレイドでした。(「THE DARK LORD OF DERKHOLM」浅羽莢子訳)

純粋な魔法の世界が、おそらく我々と同じ普通の人間の世界の住人だと思われるチェズニー氏によって、まるでディズニーランドのように扱われているという設定が面白いですね。闇の君は、恐らくRPGにおけるラスボスのようなもの。しかも巡礼団として参加する人々は、ほとんどゲーム感覚で魔法の世界の住人を気軽に殺しているのです。しかし実際に殺される魔法の世界の住人たちからすれば、これはたまったものではありません。ディズニーランドやRPGの世界を、舞台裏から面白おかしく、皮肉たっぷりに書いた作品、でしょうか。
しかしそれらの設定は面白いと思うのですが、読み始めてまず思ったのは挿絵が欲しいということ。登場人物が非常に多く、それぞれに個性的で賑やかなようなのですが、読んでいてもまるで情景として浮かんでこないのです。しかも登場人物は人間だけではなく、ダークの家だけでも人間4人の他に、実の子として扱われているグリフィンが5匹、それ以外にもダークの作り出した様々な形態の動物が登場。しかも彼らは人間の言葉を話しています。これだけ詰め込むからには、やはりそれなりの描写は欲しいところ。しかも物語自体も、とても複雑に進んでいきます。もう少し整理されていると読みやすかったと思うのですが…。なかなか物語に入り込めず、何度も挫折しそうになってしまいました。しかし初めて読むダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品で、似たようなことを感じる方は他にもいるようです。1冊読んでしまうと、後は勝手が分かって楽なのだそう。なので頑張ってもう少し読んでみようと思っています。

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