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このページは、恩田陸さんの本の感想のページです。

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「上と外」1〜6 幻冬舎文庫(2001年1月〜読了)★★★

【素晴らしき休日(1)】…楢崎練は中学2年生。両親は離婚し、父の賢は練を、母の千鶴子は小学校6年生の妹の千華子をひきとっていました。しかし考古学者の父は現在中央アメリカに赴任しているため、練は父方の祖父母の家へ。夏休みとなり、恒例の元家族の夏休みの旅行として、4人は父の住むG国へ。
【緑の底(2)】…マヤ文明の遺跡を見に行く途中でクーデターに巻き込まれた4人。ヘリコプターから投げ落とされた千華子と、咄嗟に彼女をつかんだ練が落ちた所は、密林の真中。幸い怪我はなかったものの、鬱蒼とした森の中で途方にくれる2人。それでも目的地であった遺跡をめざして歩きだします。
【神々と死者の迷宮(3・4)】…目指す遺跡に到着した2人。しかし千華子が発熱。そこに謎の人物が現れます。一方、身柄を拘束された賢と千鶴子と案内役のミゲルは、なんとか脱出しようと試みます。
【楔が抜ける時(5)】…練は千華子を人質にとられ、仕方なく「成人式」に参加することに。しかし練が儀式に参加している間に、千華子が部屋から抜け出してしまいます。一方、賢と千鶴子は本格的にヘリコプターでの捜索を開始。そしてラジオから流れる革命政府の不気味な宣言。
【みんなの国(6)】…無事に成人式は終わったものの、次に練たちを待ち受けていたのは大地震に火山の噴火。千華子を必死で探す練。そして2人を必死で探す賢と千鶴子。最終巻です。

全6巻が隔月刊行されたという作品。()内の数字は巻数をあらわしています。
様々な問題を内包していたはずの物語は、結果的には練と千華子のサバイバルストーリーで終わってしまったようです。これだけの状況を生き残った練と千華子は、日本に帰った後、きちんと日常生活に順応できるのでしょうか。ここまで生きるか死ぬかという体験をしてしまうと、日本でぬくぬくと生活している周りの同年代が子供に見えて仕方ないかもしれませんね。それにしてもこの2人、到底小学生と中学生には見えません。どう考えてももっと大人です。
2ヶ月おきに書き下ろしの新刊が発表されるという企画だったのですが、この薄さで2ヶ月あくというのは少々きつかったです。6冊合わせても、普通の文庫本1冊ほどにしかならないのですから。素直に出た順番に読んでいたので、どうしても間延びしてしまいましたが、全部通して一気に読めば、また何か違うものが見えてきたのかもしれません。


「puzzle」祥伝社文庫(2000年11月読了)★★★

かつては炭鉱があり、多くの人が住んでいた鼎島。閉山以来廃墟となっているこの無人島で、3人の男の死体が発見されます。1人は餓死。1人は島で一番の高層アパートの屋上で墜落死。そして1人は電気がとうの昔に止められている、この島の映画館の中で感電死。雷と考えるにしても、座っていた座席の周りには何も痕跡がなく、しかも映画館には避雷針がついていたのです。そして死亡推定時刻は三人ともほぼ同時。黒田志土と関根春は、鼎島へと渡ります。

祥伝社文庫創刊15周年記念の「無人島」テーマ競作作品。(他は西澤保彦、近藤史恵、歌野晶午)
冒頭には新聞の記事のような文章が脈絡なく並べられており、それが一体何なのか、どういう繋がりがあるのか全く分からないままに1章が終わってしまいます。そして2章では黒田志土と関根春のやりとり。一体どのようにして辻褄が合うのかと思いながら読んでいたので、うまく謎が解けた時には却って驚いてしまいました。さすがにパズルという題名だけのことはありますね。話としては関根春の推理だけで終わることも可能なはずなのですが、最後に少々不思議な雰囲気の章が付け加えられています。この章を読むことによって満足度が高くなる人も多いのかもしれませんが、私にとっては少々説得力に欠ける状況。しかも何故このようなことをしたのかという、根本的に納得できませんでした。


「ライオンハート」新潮社(2001年10月読了)★★★★★お気に入り

1978年ロンドン。ロンドン大学の名誉教授であるエドワード・ネイサンが失踪してから、既に2週間がたっていました。部屋の中に踏み込んだ同僚と警官が見つけたのは、「from E. to E. with love」という飾り縫いがされた白いハンカチと、「LIONHEART」と一言書かれた便箋。エドワード・ネイサンが初めてその少女に会ったのは1932年、エドワードは20歳の失意の若者、エリザベスは10歳の少女だった頃のこと。それ以来、時空を越えて巡り合い続けるエドワードとエリザベス。巡り合った彼らは強く惹かれ合い、すぐに別れが訪れるにも関わらず、その一瞬の喜びのために生きていくのです。

予備知識が何もなかったので、いきなりカタカナ名が登場したのには戸惑いましたが、しかしこれは物語の上での必然だったのですね。物語の中では時代も場所もかなり飛ぶので、雰囲気を掴むのに少し時間がかかってしまいましたが、一度物語の中に入ってしまうと夢中で一気に読み。本当に素敵な物語です。大人のためのファンタジーですね。読み終わった途端に再読したくなってしまったほど。
物語は「エアハート嬢の到着」「春」「イヴァンチッツェの思い出」「天球のハーモニー」「記憶」という5つの独立した物語に分かれ、それぞれの物語の中で、それぞれの時代のエドワードとエリザベスが巡り合い、そして別れを繰り返します。どれも情景が美しく、映像を見ているような気分。そしてそれらの単独の物語が、1つの大きな物語に収束されていきます。余韻の残るラストも何とも言えません。
ライオンハートという題名を見た時に、真っ先に頭に浮かんだのがケイト・ブッシュの「ライオンハート」だったのですが、本当にそこから題名がとられていたのですね。彼女の特徴のある透明感のある高い声と、個性的な曲想が、この物語によく似合います。刹那的で、しかし非常に純度の高い恋。究極のロマンティックですね。


「MAZE」双葉社(2001年10月読了)★★★★★

アジアの西の果てにある、「存在しない場所」「有り得ぬ場所」と呼ばれる場所。暗い切り通しを抜けた後に突如開ける空っぽの灰色の荒野に、その建物はぽつんと建っていました。白く豆腐のようにのっぺりした直方体の建物の、人が一人やっと通れるほどの入り口を入ると、中は巨大な迷路。いつ、誰が、何のために建てたものなのか全く分からないこの建物の最大の謎は、建物に入った人間が、全員ではないものの、跡形もなく消えてしまうということ。これまで数百年に亘って、何百人も人間が消えていたのです。そんな建物に、4人の男たちが調査に向かいます。アメリカの製薬会社に勤める神原恵弥(かんばらめぐみ)、アメリカ軍人であるらしいスコット、どうやらこの国の人間であるらしいセリム。恵弥のかつての同級生であり、法外な報酬で雇われたフリーターの時枝満。満の仕事は、一週間以内に人間が消失するルール見つけること。そして4人の男たちの一週間が始まります。

MAZEとは迷路や迷宮のこと。意外なほどわくわくして読み進められました。現地調査という意味では、少し「puzzle」のような感じもあるのですが、こちらの方が人間が消失するという現象を扱っている分、SFのような、ホラーのような、とても不思議な幻想的な雰囲気です。この現実離れした雰囲気と白い建物に関する満の現実的な推理のバランスがまた絶妙。この辺りはさすが恩田さんですね。
ただ、この結末には少し夢がなかったような気もします。こういうことなら、なぜ外部の人間を巻きこんだのでしょう。しかし私にはそういうことも些細に思えてしまうこの作品。私はこの恩田さんらしい世界がとても好きです。


「ドミノ」角川書店(2002年5月読了)★★★★

先輩OLに言われてお菓子を買いに走る元熱血柔道少女のOL、ミュージカルのオーディションを受けに来た女優志望の少女とその母親、俳句仲間との初のオフのために長距離バスで上京してきた老人、その老人と持っていた紙袋が入れ替わっているのに気づいて慌てる過激派のメンバー、次期幹事長選びのために推理勝負をしている大学ミステリ連合会の学生、大口契約の入金のために本社に急ぐ保険外交員、別れ話のために美しいいとこを連れて待ち合わせ場所に向かう若い男性、本業は巫女だというガイドの女性とペットを連れて次回作のヒントを得ようとするマニアックなホラー映画監督、などなど。暴風雨の近づく東京駅周辺で、様々な運命が今交錯する!

まず、本の最初のページに、28人の主要登場人物の似顔絵とコメントが並んでいるのには驚かされます。そしてこの28人が、なんと1人残らず物語の中心人物と知ってまた驚きました。この元々何の係わり合いのないはずの28人が、ものすごい勢いで邂逅していく様は圧巻としか言いようがありません。偶然が偶然を呼び、その偶然がまた新しい偶然を呼んで、28人が物語の一点へと収束されていくのです。同時多発的な出来事がお互いに関連していく様は見事。計算され尽くされているのだと思いますが、その計算を全く感じさせないですね。しかもジェットコースターのような勢いを持つその情景は、まさしくドミノ倒し状態。そして、この28人の書き分けもまた凄いのです。1人ずつが個性豊かというか、アクが強いというか、それぞれに非常に強烈な印象を残します。これだけの人数を完全に書き分け、しかもテンポも抜群だなんて。しかも読んでいる途中で全然混乱しないでいられるだなんて。これまでホラーやファンタジー、ミステリなど様々なジャンルで第一級作品を書かれている恩田さんですが、こういうパニックコメディも書ける方だったとは、失礼ながら驚いてしまいました。
冒頭のイラストと文中の人物を比べながら読むのがまた楽しいのですが、その中でも私が一番好きなのは、関東生命八重洲支社の加藤エリ子。カッコいいです!


「黒と茶の幻想」講談社(2002年5月読了)★★★★★お気に入り

田舎にある実家の病院を継ぐことになった友人のために、久しぶりに学生時代の仲間が集まって送別会が開かれます。その席で出たY島への旅の話。旅に出ることになったのは、利枝子、節子、彰彦、蒔夫の4人でした。彰彦の提案で旅のテーマは「非日常」、そして「安楽椅子探偵紀行」となります。大学を卒業して以来、それぞれにひた走ってきた彼らが、40歳を前にして日常から離れて一休みし、普段は忘れている人生の謎を考える旅。4人は彰彦の提案で、各自「美しき謎」を持ち寄ることに。旅の途中で語られる「美しき謎」は、前日の夜、節子と彰彦が待ち合わせ場所で会えなかったことに始まり、蒔夫の3歳の息子が馬を怖がる理由、毎朝漬物石を2階の窓から落とす彰彦の叔母の話… そして大学4年の時に恋人同士だった利枝子と蒔夫が別れるきっかけとなった、梶原憂理について。物語は 第一章「利枝子」、第二章「彰彦」、第三章「蒔生」、第四章「節子」と、視点を変えて語られていきます。

「メフィスト」の2000年5月号から2001年9月号まで連載されていた作品。
日常の些細な謎から人生を左右することになった謎まで、とにかく大小さまざまな謎がたくさん積み重なってできている物語です。それぞれの謎にはきちんとした正解があるわけではなく、推理合戦があるわけでもなく、その多くは、会話の中でまるで糸が解けるように自然に明らかになっていきます。それらの謎の中で一番大きく、物語の要となっているのは、「梶原憂理」の存在。恐らく既にこの世にはいないであろう憂理の存在が、まるでY島(屋久島でしょう)の森のように作品全体を覆っています。この「梶原憂理」と「森」は、静かでありながらも、圧倒的な存在感を持って迫ってきます。
1つの物語が、この4人の視点から順に語られていくのですが、この4人がそれぞれに魅力的。かなりの美人なのに、飾り気のないストレートな性格のせいで全然美人に見えない節子、目立つ美人ではないけれど、清潔感と品の良さがある利枝子。冷たく、恐らく自分以外は誰も愛していない蒔生。驚くほどの美形なのに、口を開けば皮肉と毒舌で周囲を驚かせる彰彦。それぞれがきちんと自分で物を考え、感じ、そして受け止めています。だからこそ、4人の距離感もこれほど心地良いのでしょう。お互いにリラックスしながらも緊張感を孕み、しかし生々しくない関係。学生時代からの友達ということで、今さら見栄をはる必要がないというのも大きいでしょうけれど、生々しい感情が少し浄化されたようなこの年代という設定がまた効いているように思います。
4章どれもとても魅力的でしたが、私が一番惹かれたのは蒔生の章。私自身、利枝子にかなりシンクロしていたこともあり、一番気になったのはやはり蒔生と憂理のことでした。蒔生の心の中の声と、実際に話している声の対比。このクライマックスは凄いです。しかし最後の節子の章には終章に相応しい静けさがあり、旅の終りの物悲しさとよく調和していて良いですね。このように静かに終焉を迎えるような終わり方は、「六番目の小夜子」を彷彿とさせます。
4人はこの旅行を通して、それぞれに既に忘れていた出来事や、気づいていなかった気持ちを改めて受け止めることになります。まさに過去を取り戻す旅。それらは彼らにとっては決して優しく心地よいことばかりではなく、辛く哀しいものも多く含まれています。しかも過去を取り戻すことなど、本当は誰にもできはしないのです。結局彼らがしたことは、過去を消化し、仕舞いこみ、もしくは葬り去り、人生のターニングポイントを無事に迎えるということでしょうか。自分が思う自分と、他人の思う自分との違い、4人がそれぞれに見るそれぞれの真実。どれが正しく、どれが間違っているということはなく、そのすべてが真実なのですね。誰に何にシンクロするかによって、人によってまるで違う読み方ができそう。恩田さんのエッセンスがぎっしりと詰まった作品です。


「図書室の海」新潮社(2002年5月読了)★★★

デビュー10周年目を迎えた恩田陸さんの、初のノン・シリーズの短編集。SFからホラー、ミステリ、幻想的な作品まで収められていますが、どれをとってみても恩田ワールド。他の長編と関連する作品も収められているので、恩田ファンのためのサービス的要素が大きいのではないでしょうか。私は「睡蓮」をアンソロジー「蜜の眠り」で、「ある映画の記憶」をアンソロジー「大密室」にて既読。

現在の時点で他の恩田作品と関連があるのは「睡蓮」と「図書室の海」の2作。「睡蓮」は「麦の海に沈む果実」に登場する理瀬の幼少期の話。睡蓮の下には綺麗な少女が眠っているというイメージの秀逸さには、改めて驚かされます。梶井基次郎氏の桜の木の下に死体が埋まっているという下りは有名ですし、「夢十夜」でも、美しい女性が眠っている土から美しい花が咲きますが、これで睡蓮を見る目が変わってしまいそうです。「図書室の海」関根秋の姉・夏が主人公の「六番目の小夜子」の番外編。鍵を次の小夜子に渡すだけの小夜子だった夏についての話です。 あまり目新しいことは起きないのですが、夏というキャラクターがとても好きなので、それだけでも満足。
「イサオ・オサリヴァンを探して」は、SF長編作品「グリーンスリーブス」、「ピクニック」は長編「夜のピクニック」の予告編なのだそうです。「イサオ・オサリヴァンを探して」は、長編になったらかなり壮大な物語になりそうですね。「光の帝国」のような話になるのでしょうか。「ピクニック」は3人の心理の絡み具合が面白い作品になりそうです。
この中で私が好きなのは、「春よ、こい」。古今和歌集の紀貫之の和歌と早咲きの桜の花の描写で、早くも何か起きる予感を感じさせています。ホラー系では、「茶色の小壜」。大会社のロッカー室というなんとも微妙な空間の使い方が上手いですね。ホラーは好きではないのですが、ラストでぞわっとくる感覚の秀逸な作品だと思います。

収録作品:「春よ、こい」「茶色の小壜」「イサオ・オサリヴァンを探して」「睡蓮」「ある映画の記憶」「ピクニックの準備」「国境の南」「オデュッセイア」「図書室の海」「ノスタルジア」


「劫尽童女」光文社(2003年9月読了)★★★

長野県の高原の夏。そこにはシェパードの散歩をさせるふりをしながら、伊勢崎巧博士の別荘を見張っている男がいました。伊勢崎博士は所謂天才児として生まれ、早期英才教育を受けて、国家機密に関わる研究をしてきたという人物。その研究は『ZOO』の主幹を成すものでした。しかし博士と『ZOO』との軋轢は年々大きくなり、博士はとうとう研究の全てを持って失踪。それ以来、『ZOO』は博士の行方を追い続けていたのです。しかし7年間もの間、完璧に姿を隠していた博士は、突然帰国することに。博士が自分の別荘に子供と共に滞在していることを掴んだ『ZOO』は、『ハンドラー』を呼び出します。『ハンドラー』とその仲間たちは、シェパードのアレキサンダーと共に別荘を見張ることに。

『ZOO』という組織が、研究成果を持ち逃げした博士の行方を追うという、まるでスパイ物のような設定。始まりは緊迫感もたっぷり。1話目2話目と話がどんどん盛り上がります。しかし3話目辺りから、徐々にトーンダウン。そして最終的には、政治的なメッセージ色も非常に強くなるのですね。期待していたのとは少々違う展開になってしまい、終わり方にもどこか物足りなさが残りました。
結局、博士の研究とは一体何だったのでしょう。妻子を犠牲にしてまで、彼が得たかった物とは何だったのでしょう。遥とアレキサンダーが得た能力とは結局どのようなものだったのか、そして『ZOO』とは結局何者だったのか、一体『ZOO』と博士の間には何があったのか。一応言葉では説明されていても、まだまだ実感として感じられる段階までは描かれていないようで、多くの疑問が残されたまま終わってしまいました。この物語を書き込むには、枚数が圧倒的に足りなかったのでしょうか。物語の土台となるべき部分が、まるで適当に書き流されてしまったような印象。
しかしこの作品は、表紙を見た時に感じた印象、そのままの作品でもありました。一見子供たちが楽しげに走りまわっている平和な絵なのですが、見た瞬間どこか薄気味の悪いものを感じてしまい、なかなか手に取ることができなかったのです。劫尽火とは仏教の言葉で、世界が崩壊する時に世界を焼き尽くす炎のことだそう。なかなか意味深なタイトルですね。


「ロミオとロミオは永遠に」早川書房(2003年10月読了)★★★★

近未来の地球。人類のほとんどが新地球に移住、しかし国連の「新地球」移民法制定によって、日本人だけが旧地球に居残り、20世紀から21世紀にかけて世界中で垂れ流された有害物質や産業廃棄物、核廃棄物などを処理していた頃。最終的な処分まで数千年はかかると言われているこの難事業のために、日本人の数は徐々に減り続けていました。有害物質処理の仕事に従事するうちに遺伝子異常が確認されることも多く、そうなると子供を作ることも許されなくなるのです。この絶望的なこの状況にあって、それらの処理者たちを指導する側、つまり超エリートになるための唯一の手段は、大東京学園の卒業総代となること。カナザワアキラとアカシシゲルも卒業総代を目指し、過酷な入学試験をクリアして大東京学園に入学してきていました。しかし入学した後で目の当たりにした学園の教育は、予想を遥かに超えたハードなもの。強制収容所さながらの肉体労働が待ち受けていたのです。毎月行われる実力テストによって着々と実力を発揮していく2人ですが、しかしアキラに、落ちこぼれの「新宿」クラスからの接触が。実はアキラの兄は、かつて大東京学園から脱走に成功した伝説の男だったのです。

物語は、高見広春氏の「バトル・ロワイアル」を彷彿とさせるような場面から始まります。
20世紀末から21世紀にかけての、「アメリカ横断ウルトラクイズ」を始めとするサブカルチャーのパロディやギャグの連発で、これが何といっても楽しいですね。表の学校でもアンダーグラウンドでも、ニヤリとさせられる場面が沢山。これは恩田さんと近い世代であるほど楽しめるのではないでしょうか。それらのパロディやギャグの奥には、とても重いものがあるはずなのですが、しかしあまりその重さを感じずに読めてしまいます。恩田さんのスタンスとしては、現代社会の問題点を危惧しながらも、それでもやはりその欠点だらけの現代社会を愛してやまないといった感じでしょうか。
全体的に見ると、私は物語前半の緻密な描写が好きなのですが、後半の脱走シーンの盛り上がりは凄いですね。全体的に非常にテンションが高く、今までの恩田さんの作品では、一番「ドミノ」に雰囲気が近いのではないかと思います。あとがきで恩田さんが、この小説のイメージは映画の「大脱走」であるという話をされていますが、この作品はまさに恩田版「大脱走」。そして「ロミオとロミオは永遠に」というタイトルには特に意味がないのだそうですが(あとがきによると、突然このタイトルが降ってきたのだそう)、しかし意味がよく分からないながらも、なんともぴったり。30ある章がそれぞれ映画のタイトルになっているのも、現代社会へのオマージュといった感じでいいですね。


「ねじの回転-FEBRUARY MOMENT」集英社(2003年11月読了)★★★★★

近未来。とある天才物理学者によって時間遡行の方法が発明され、その技術が確立されると、国連は歴史への介入を試みます。「聖なる暗殺」と呼ばれるその行動は、全世界から賞賛を浴びることに。しかし歴史の改変とその波及による負荷のせいなのか、人類はHIDS(歴史性免疫不全症候群)という原因不明の死病に冒されてしまうのです。人類滅亡の危機に、その運命から逃れるために、国連が取った方法は、再度歴史へと介入して正しい歴史を定着させること。そこで選ばれたのが、日本の転換点である2.26事件でした。国連はこの事件に大きく関係する安藤輝三大尉や栗原安秀中尉、石原寛爾大佐らの協力も取り付け、歴史の再生を始めます。しかし同じ歴史を辿るだけの行動にも、偶発的な要素によって少しずつ齟齬ができていくのです。齟齬が出るたびに、再生を中断して時間を戻してやり直すのですが、そんな中、意図的に歴史とは違う行動を取り始める者が現れ…。

2.26事件を題材にしたIF物。宮部みゆきさんの「蒲生邸事件」のようでもありますが、モチーフの扱い方はまるで違います。とても面白い趣向ですね。固くなりがちな2.26事件というモチーフを扱いながらも、猫や逆上がり、牛乳配達の瓶の音などの柔らかい場面も多く挿入され、先の読めない展開と相まって、意外と読みやすい作品でした。
しかしそういったディーテールに比べ、メインテーマとなるべき「時間を戻して歴史を変える」ということに関する考察が少々浅いような気もします。一見良いことをしているように見えるこの「歴史への介入」の裏に隠された傲慢や狂気。これは人間が手を出してはいけない神の領域のはず。「聖なる暗殺」というこの考え方自体、まるで先日の戦争で感じてしまったアメリカ至上主義のようでぞっとさせられました。それぞれの出来事には、後の人間から見ればたくさん問題点があるのでしょうけれど、見る角度を変えれば、事件の姿も180度変わります。その時代の人間にとっては、真剣な思いがこめられていたはず。そこに後世の人間が簡単に介入してしまうというのは、如何なものなのでしょう。安藤や栗原、石原の精神的肉体的負担は相当なものですし、焦燥感や決意がひしひしと伝わってきます。しかしそれに比べ、所詮歴史をもてあそんでいる感のある国連の面々。あまりにも軽いです。…他の歴史をいじるよりも、「聖なる暗殺」を取り消す方が確実なのではないのでしょうか。そもそもこの「聖なる暗殺」に関する記述がぼかされているのが、物語の焦点をもぼかしているような気がします。ここで暗殺されているのは、ヒトラーなのでしょうか。国連側の職員たちの奮闘振りもいいのですが、もう1つ外側からも客観的に見せて欲しかった気がします。しかし国連の彼らも、捨石同然にもて遊ばれているだけなのかもしれませんね。
…とは書いていますが、しかしそれでもやはりとても面白い作品でした。散りばめられている伏線が見事で、最後に1つに収束する感覚が非常に気持ち良かったです。

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