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このページは、青井夏海さんの本の感想のページです。

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「スタジアム虹の事件簿」創元推理文庫(2002年2月読了)★★★★★お気に入り
【幻の虹】…東海レインボーズと京葉チャレンジャーズとの第1戦。観客席ではパーティドレスを着た虹森多佳子という女性が、連れの男性に一心に野球のルールを教わっていました。そこに大事そうにかばんを抱えた男性が現れ、幻のホームランが出た瞬間、鞄から出した1万円札をばら撒き始めます。
【見えない虹】…ペンパル募集で知り合った富樫達也と坂口真波は、一緒に東海レインボーズの試合へ。真波は写真を送った時に美人の姉の美鶴のことを自分だと偽った手前、美鶴のフリ。近くの座席の座席に座った警察関係者らしい男性は、近所で殺された斧田という高校教諭の話をしていました。
【敗れた虹】…故意に多佳子のことを悪く言っている連中が?秘書の色摩は、偶然入った喫茶店のマダムもその噂を知っていることを知り、その噂を直接聞いたという喫茶店のバイトの子を探します。しかし球場で偶然会えた萌子という女の子は、見知らぬ中年男性に後をつけられていると怯えていました。
【騒々しい虹】…なかなか野球の試合を見に行かせてもらえない小学校4年生の「ぼく」は、自力で野球を見に行くために、若い女性の留守宅の植木の水遣りのバイトを始めます。ト。しかしその部屋に行く度、留守電には脅迫電話が吹き込まれており、ある日とうとう部屋が目茶目茶にされていたのです。
【ダイヤモンドにかかる虹】…東海レインボーズにも優勝の可能性が?中学時代の同級生の昭次に「結婚だったらさ、オレとなんかどう?」と言われた裕香は、「東海レインボーズが優勝するようなことでもあったらね」と答えるのですが…。

プロ野球パラダイス・リーグの万年最下位の東海レインボーズ。球団のオーナーだった夫が亡くなり、急に後釜を引き受けることになってしまった虹森多佳子は、解説役を引き連れて球場に通い、野球に関して勉強中。しかしなぜか毎回試合中に妙な話を小耳に挟んでしまい、思わずその謎を解いてしまう… という連作短編集。元々自費出版されたこの作品は、ミステリファンの間で評判となり、その後創元推理文庫から出版されたのだそう。
野球観戦とミステリには一見何の繋がりもなさそうなのですが、これがなかなか見事に繋がっていて驚きました。野球とはまるで関係のなさそうな事件が、その日の試合の内容にうまく絡めて推理され、見事に解決されていきます。多佳子の推理は一見突拍子がなく、なぜそんなことが分かるのだろうと一瞬呆気にとられてしまうほどなのですが、しかし説明されてみると、多少強引ながらも納得させられてしまいます。芦原すなお氏の「ミミズクとオリーブ」と少し似ていますね。これでもし伏線がもっと巧く使われていたら、もっと自然な推理になったのではないでしょうか。しかし推理が多少強引であったとしても、多佳子のキャラクターにはそれを越える魅力的があります。のんびりおっとりお嬢様然としながらも、実はとても賢いところがとても素敵です。

万年最下位なのに、優勝チームにだけは勝ち越し、個人タイトルを取る選手もいる… というこのチームは、まるで阪神のようですね。名前が「東海レインボーズ」ですし、本拠地は大阪ではないのですが。

「赤ちゃんをさがせ」創元推理文庫(2003年1月読了)★★★★★お気に入り
【お母さんをさがせ】…児玉聡子と亀山陽奈の今回の仕事は、茅ヶ崎の加々美邸。しかしこの家には、妊婦が3人いたのです。困惑する聡子と陽奈。加々見氏は、3人の女性のうち男の子を産んだ女性が加々見氏の妻「サツキ」となり、その子を実子として届けるつもりなのだと言うのですが…。
【お父さんをさがせ】…今年の陽奈の初仕事は、17歳の妊婦・斎木理帆の出産。理帆と透は高校3年生カップルで、自宅出産を希望する理由は、父親に知られたくないから。理帆の父親は産婦人科医なので、知られたら中絶させられてしまうというのです。
【赤ちゃんをさがせ】…陽奈の勤める助産院をこそこそと覗き見する男が。それはなんと聡子の元夫・宝田でした。宝田は陽奈に、聡子とよりを戻す手助けをして欲しいのだと言います。その宝田が現れて以来、自宅出産をキャンセルする電話が相次ぎ、陽奈は宝田が何かを企んでいると考えます。

児玉聡子は助産婦歴13年のベテラン。病院・助産院勤務を経て独立し、現在は自宅出産専門の出張所産婦として活躍中。亀山陽奈は助産婦の資格をとって3年足らず。助産院で見習いをしながら、聡子の助手を勤めています。そして聡子の師匠にあたるのが、4年前に引退している明楽友代先生。推定年齢70歳、40余年の助産婦生活でとりあげた赤ちゃんは6千人とも8千人とも言われている大ベテラン。「三歩歩けばお産に当たる星の下に生まれついている」という人物。日常の謎系の物語です。(出産自体は非日常ですが) 出産にまつわるミステリといえば、松尾由美さんの「バルーン・タウンの殺人」を真っ先に思い出しますが、この場合探偵役となるのは妊婦ではなく助産婦。
この3人の助産婦さんたちが、とにかく生き生きとしていていいですね。元気で明るく好奇心たっぷりの陽奈ちゃん、真面目でしっかり者のバツイチお母さん・聡子さん、人生の達人である明楽先生。明楽先生が謎を解いている間に、陽奈と聡子が産婦を安産へと導いていくという役割分担もばっちり。しかしだからといって、陽奈や聡子は単なるワトソン役ではなく、それがとても大きいのです。
肝心の作品の展開も、題名から予想される物語に一捻りが加えられていて上手いですし、物語のクライマックスと出産が同時に来るのもいいですね。最後の出産報告にもニヤリとさせられます。明楽先生が鋭すぎたり、都合が良すぎる展開だと思える部分もあるのですが、しかしやはりほのぼのと暖かい、愛すべき作品でしょう。陽奈の成長ぶりも楽しいですし、「赤ちゃんをさがせ」では、妊娠出産の明るい面だけでなく社会問題も取り上げ、奥行きの深さを見せています。次に刊行されるという長編も楽しみです。

P.147「わかりやすい弱点のいっぱいある人だなとわたしは思った。プライドが傷つかない範囲でしかものごとに関われない。優位を保てない相手とは口をきくことすら拒否。理帆ちゃんを必要以上に子ども扱いしたり、透くんの未熟さを執拗に攻撃するのも劣等感の裏返しだ。相手が大人の女性だったり、ライバルが一人前の社会人だったりしたら、しっぽを巻いて逃げていくのではないか。」 (陽奈)

「赤ちゃんがいっぱい」創元推理文庫(2003年7月読了)★★★★★お気に入り
児玉聡子は2人目の赤ちゃんを産んだところで育児休業中。あゆみ助産院をリストラされた亀山陽奈は、完全に失業してしまいます。聡子の紹介で、ハローベイビー研究所という所に履歴書を送るのですが、面接の日時の通達と一緒に送られてきたのは、「ハロー、ベイビー 奥園ファミリー愛の奇跡」という本。そして所長との面接の時に突然現れたのは、スーパーバイザーを名乗る怪しげな若い男でした。奥園時夫というその男は、なんと「愛の奇跡」の中に書かれていた天才赤ちゃんの成長した姿だったのです。芦田所長の、決して天才児を作るのが目的ではなく、母親の心と体をベストに保ち、希望に満ちた前向きな気持ちでお産に備えることが大切という話に就職を決意する陽奈ですが、働き出して1日目に、自分の子供が天才児にならなかったと文句をいう母親が現れ、さらには赤ちゃん置き去り事件が起きて…。

「赤ちゃんをさがせ」に続く助産婦シリーズ第2弾。
主人公は陽奈ですが、今回の探偵役となるのも、聡子と陽奈がお世話になりっ放しのカリスマ助産婦・明楽先生。やはりこの明楽先生の存在がとても大きいですね。明楽先生は、陽奈の失業と再就職という物語の中に現れたちょっとした出来事、ささいな会話からヒントをつかみ、あっという間に物事の全体像を鮮やかに浮かび上がらせてしまいます。これが本当に巧いですね。さりげなく無理のない推理によって展開する物語には、本当に目からウロコが落ちるよう。最初は謎の盗難事件と捨てられた赤ちゃんの謎しかないのですが、それらが思いがけない方向に展開して、思わぬ謎とその事実が隠れていたことが判明していきます。前回ほどではないにせよ、陽奈の暴走しがちな推理が、これまた良いミスリーディングとなっているようです。
それにしても、人が死ぬのではなく、生まれてくるミステリというのはやはり爽やかなものですね。色々な情報に左右される妊婦さんたちの姿や、生まれたばかりの赤ちゃんの描写、そして子育てに関しても、体験者ならでは重みと実感を感じます。聡子さんには色々と文句がありそうですが、妊婦さんたちだって、自分たちにできる最善のことをしようとしているだけですものね。タイトルの意味は最後に納得。
先日NHKで「赤ちゃんをさがせ」がドラマ化されたので、今回読んでいると、頭の中ではまるっきりドラマのキャスティング通りの人物が動き回ってしまいました。しかしそれもまたとても楽しかったです。

P.72「人間はね、ありがとうとごめんなさいが言えて、何か一つできることをやっていければそれでいいんです。」

「陽だまりの迷宮」ハルキ文庫(2004年6月読了)★★★
11人兄弟の末っ子の大村生夫は、稲村ヶ崎の岬の公園へ。両親の散骨の儀式から1年たち、この公園にきょうだい全員が集まることになっていたのです。しかし時間通りにやって来たのは茅弥1人。2人で話すうちに、生夫は家に下宿していた「ヨモギ」さんのことを思い出します。
【黄色い鞄と青いヒトデ】…その日大村家にやって来たのは、はす向かいの家に住む徹朗と義郎。大切な鉄道模型の一部が見つからず、義郎が小学生と自転車でぶつかった時に紛失したのではないかと考えた2人。その現場を見ていたはずの生夫の姉の双子を訪ねて来たのです。
【届かない声】…生夫の姉の麻弥が夫と離婚すると1人暮らしの早弥の元に転がり込み、電話を受けた緑と生夫は早弥のアパートへ。生夫はそこで会った「蕗ちゃん」と遊園地に行くことに。
【クリスマスのおくりもの】…熱を出してしまった生夫が1人家で寝ていると、玄関のチャイムの音が何度も鳴り、家の中に誰かが入ってきて、すぐに出て行く音が。生夫が玄関に出てみると、「ぞうさんのえんそく」という絵本が置いてありました。

題名の通りの陽だまりのような暖かさを感じる連作短編集です。それもそのはず、配偶者と死別して再婚したという両親には連れ子が4人ずつ、そして新たに生まれた子供が3人の、計11人の子沢山の家族が中心の物語なのです。11人の名前は、上から亜弥、麻弥、茜、忍、早弥、緑、茅弥、長男の光、双子の訓子と成子、そして末っ子の生夫。しかし大家族だからといって、大家族特集のテレビ番組のようなわざとらしさはなく、生夫自身も感じているように「びんぼうでみじめったらしい」イメージもありません。ごく自然の成り行きで人数が増えただけといった感じ。子供たちは皆当然のように家のことを手伝い、学校を卒業すると次々と独立していきます。今の核家族には見られない、昔ながらの家族のあるべき姿という感じでいいですね。まだまだ人間とは認められていない生夫の前で姉たちが感情をむき出しにしたり、生夫が小学校3年生になってようやく「電話に出ることを許された」エピソードなど、細かい部分もとても良かったです。もちろん末っ子の生夫にとっては、年の離れた兄や姉は、ほとんど一緒に暮らしたこともない親戚のような遠い存在ですし、実際ほとんど登場しないのですが、それでも家族としての繋がりを強く感じます。
物語の中に登場する謎やヨモギさんのことに関しては、やや強引だと思いますし、どうも釈然としないものが残ってしまうのですが、それでもこのノスタルジックな暖かい雰囲気がいいですね。

「そして今はだれも」双葉社(2006年1月読了)★★
万引き癖があることを指摘された戸倉美加子、寄り道のための金を得るために級友の体操服を盗んだ辻岡良枝、ボーイフレンドと2人乗りをしていたバイクで事故を起こした西園寺楓。3人とも歴史のある私立の名門高校・明友学園の生徒でしたが、家庭教師として家に来ていた教師Xに弱みを握られて、学校を退学していました。明友学園に新任教師として赴任した坪井笑子は、おちこぼれ同然の男子クラスの中の2年E組を担任することになり、第二職員室に配置されることに。2年A組の小牧千佳や水谷ゆかりらに声をかけられ、ゲームプログラミング研究会の顧問となり、生徒たちと共に、第二職員室にいるらしい教師Xを探ることになるのですが…。

「スタジアム虹の事件簿」や助産婦シリーズで、ほのぼのとした明るい雰囲気の日常ミステリを書いてきた青井夏海さんの新作は、サスペンス調のミステリ。冒頭の3人の女子高校生にまとわり付いて食いものにしようとする教師の造形があまりに陰湿で、今までの青井さんの作品では考えられないほどの悪意の露出には驚きました。あくまでも悪人という犯人像というもいいのですが、青井さんの作風を考えると、もう少し同情の余地のある、憎めない真犯人だったら良かったのにというのが正直な感想。
根本誠造という老人や、相沢一樹といった男子高校生たちはまあまあ良かったのですが、笑子の妹の依子や、笑子の高校時代の同級生の目黒進之助といった面々は特に必然的な存在理由もなく、活躍の場もないままで勿体なかったです。笑子自身もあまりに頼りないですね。そして、なぜ笑子はそこまで目黒進之助にすげなくするのでしょうね。結局男子クラスを頭から切って捨てている女子クラスの面々と同じことをしているようで、その辺りもあまり納得がいきませんでした。
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