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このページは、浅田次郎さんの本の感想のページです。

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「きんぴか-三人の悪党」1 光文社文庫(2002年8月読了)★★★★お気に入り
刑期を満了し、13年ぶりに府中刑務所の外に立ったピストルの健太こと阪口健太、通称「ピスケン」。天政連合会内二代目金丸組若者だった彼は、13年前に敵対する関東銀竜会の総長とその妻をを殺した罪で服役していました。しかしいざ刑務所の外に出てみると、そこには健太が13年思い描いていたような豪勢な出迎えの風景はまるでなく、馴染みの向井刑事がいるだけ。なんと向井刑事こそが、健太の身柄引受人だというのです。自分の業績は既にヤクザ界では伝説になっているというのに、実際には単なる捨て駒だと気付く健太。向井刑事は脱力した健太に、2人の男を引き合わせます。1人は湾岸戦争への自衛隊派兵に断固反対して抗議のピストル自決を計り、見事に失敗した大河原勲、通称「軍曹」。そしてもう1人は、自分の仕えていた大物議員や義父の代わりに収賄の罪をかぶることになった、元大蔵省官僚で政治家秘書の広橋秀彦、通称「ヒデさん」。元ヤクザと元自衛官と元大蔵省という3人はたちまち意気投合し、自分たちを陥れた悪者たちに逆襲を始めることに。

題名の上に「長編悪漢小説」とある、浅田次郎のデビュー作。この「悪漢小説」(ピカレスクロマン)という言葉がとても似合う小説です。ピスケン、軍曹、ヒデさんの3人は、悪党とは言っても単なる悪役ではなく、まさに愛すべき悪党。なんとも味のあるキャラクターたちです。まだ40前という年齢で、真面目で能力とやる気と肝っ玉は十分あるのに、どこか間が抜けていて、実力通りの成功をおさめられない、それどころか手痛い裏切りを受ける羽目に陥る3人。この熱くて濃い3人が笑わせてくれる連作短編集です。しかも笑いながらも、最後にはホロリとさせてくれる話ばかり。
古き良き時代の任侠であるピスケンも、第二次世界大戦の頃の帝国軍人を思い起こさせる軍曹もとてもいい味を出していますが、私はこの6編の中では、最後の「パパはデビル」が一番好きです。これはヒデさんが主役となる話。元は高級官僚でありながらも、実はごく普通のサラリーマンのおじさんのようなヒデさんの不器用な面がとても素敵。最後まで気づかないヒデさんには笑えますが、そこがまたいいのですね。
この3人を引き合わせた向井刑事という存在が、まだまだよく分からないのが気になります。彼は本当は何者なのでしょう。それとヤクザには到底見えない筋金入りのヤクザ・福島克也ももっと活躍してくれると嬉しいです。

P.129「元・大蔵省です。わかりますね」(←わからんっちゅーねん!・爆笑)

収録作品:「三人の悪党」「夢の砦」「闇のページェント」「陽の当たる密室」「反戦参謀」「パパはデビル」

「きんぴか-血まみれのマリア」2 光文社文庫(2002年8月読了)★★★★★お気に入り
【嵐の夜の物語】…若干35歳にして警視庁刑事部捜査第四課長を務める佐久間忠一警視正は、花岡警視総監の意向で天政連合会を壊滅させるため、二代目金丸組の若頭・福島克也にターゲットを定めます。そして福島とピスケンの双方にあらぬことを吹き込むのですが…。
【血まみれのマリア】…ピスケンが西麻布の裏街の店で出会ったのは、血まみれのマリアこと阿部まりあ。20年でざっと5、6千人は殺したというマリアに誘われるがまま、ピスケンは彼女のアパートへ。
【クリスマス・ロンド】…前作「陽の当たる密室」のせいで逮捕された四代目天政連合会若頭・田野倉五郎松。しかしわずか半年で保釈となります。彼が拘置所にいる間、一番気がかりだったのは金庫の中に置いてあるヘロインのこと。佐久間警視正もそれを知って、てぐすね引いて待ち構えていたのです。
【カイゼル髭の鬼】…軍曹の元に届いた一枚の葉書。それは領置品返却の知らせの葉書でした。領置品というのは、軍曹が自決未遂をした時にはいていた星条旗柄のボクサーパンツ。軍曹は早速、パンツをとりに市谷の自衛隊駐屯地へと向かいます。
【天使の休日】…3人が砦としている銀座のビルに置いてあった、向井の退職金その他の3千万がなくなり大騒ぎ。しかしその犯人はピスケン。なんと競馬できれいさっぱりすってしまったというのです。使っていいとは言われていたものの、3人は3千万をなんとか向井に返そうと考えます。

「きんぴか」第2弾。相変わらずのピカレスク・ロマン(悪漢小説)ぶりです。3人は相変わらず、自分たちを陥れた悪の存在に逆襲する為に(かどうか、実際のところはよく分かりませんが)ふらふらとやっているようなのですが、今回はその3人よりも周囲の人々がよく描かれていて、世界が広がっていくような楽しさがあります。前回あまり立場のよく分からなかった向井元刑事もようやく日の目を見ることに。天政連合会の福島克也が実はかなり気に入ってるので、彼が活躍しているのも嬉しいです。
この中では、やはり表題作の「血まみれのマリア」がいいですね。ここでは、後々「プリズン・ホテル」に登場することになる、あの血まみれのマリアが登場します。この彼女が、とにかくカッコいい。ピスケンが惚れるのも無理もない女っぷり。しかもあのピスケンが、マリアの髪の毛を洗い、料理しているのですから。「プリズン・ホテル」でもそうでしたが、本当に現場にいるような錯覚を覚えるような病院の臨場感もいいですね。
後は「クリスマス・ロンド」「天使の休日」でしょうか。「クリスマスロンド」は完璧なコメディです。こういうコメディは一歩間違えると読むのがつらくなってしまうのですが、これはさじ加減が絶妙。巡り巡っていくところがなかなか気持ちいいです。そして「天使の休日」。実際には思惑とは違うことが起きているのですが、結果オーライ。裏と表から覗き見してるこの感覚がなんとも言えません。

「きんぴか-真夜中の喝采」3 光文社文庫(2002年10月読了)★★★★
【一杯のうどんかけ】…雪の街に出たピスケンと軍曹は、貧しげな母子が3人で一杯のうどんを食べるのを目撃。毎晩金貸しが来るので家にいられないと聞いた2人は、母子に金を渡そうとするのですが。
【真夜中の喝采】…元朝陽新聞政治記者・草壁明夫が、深夜の生番組に出演後、射殺死体となって発見されます。犯人は星野組。しかし現場には天政連合会のダイヤ入りの金バッチが。
【裏町の聖者】…歌舞伎町の路地の奥にある薄汚い診療所に来るのは、不法就労の外国人ばかり。そのまま放り出すこともできず、身銭を切って仕事を続けてきた尾形清の生活も限界まできていました。
【チェスト!軍曹】…かつて大河原党と呼ばれた薩摩郷士の家に生まれた軍曹が、10年ぶりに帰郷します。そこにあったのは、昔ながらの徹底した男尊女卑の我が家。
【バイバイ・バディ】…天政連合会四代目総長・新見源太郎が突然正気に戻り、天政の五代目を指名すると宣言。天政連合会の面々が病院に集合します。

「きんぴか」完結編。ほろりとくる人情話から、すれっからしの現実といった話までバリエーション豊かな短編集。3人が一緒にいる意義こそ、既にによく分からなくなっているのですが、それでもお互いに足りないところを補う良い関係です。まるでタイプの違う3人だからこそ、この3人で一緒にいるこの時期が、きっとそれぞれの人間性やこれからの人生に大きな影響を与えるのでしょうね。人生の中での貴重な寄り道といった感じの時間を過ごしているようです。
「一杯のうどんかけ」かつて一世を風靡した「いっぱいのかけそば」をメインモチーフに、とんでもない話が仕上がっています。町金融とセコハンの騙し騙されがなんとも皮肉。しかし軍曹とピスケンの好意が踏みにじられるのはどうにも許せません。「いっぱいのかけそば」とはまた逆の意味で、とても嫌な気分になってしまう話です。しかし浅田さんはやはり巧いですね。「真夜中の喝采」ヒデさんこと広橋秀彦が、かつての上司である山内龍造に立ち向かっていく勇気を得る話。その真剣なまなざしの影で、ピスケンと軍曹がまたまたやってくれますし、福島一家もいい味を出してます。「裏町の聖者」ヒデさんの前妻の新しい夫である尾形清のその後。前回の初登場時には、そのまま家族として上手くいったのかと思ったのですが、やはりそれは甘かったようです。しかし限りなく不器用でコンプレックスに苛まれている彼は、実は血まみれのマリアを感嘆させるほどの人物。彼にこのまま、彼自身が聖者であることに気づいて欲しくないというのは、読者の身勝手でしょうか。「チェスト!軍曹」軍曹の家族は、さすが軍曹の家族ですね。年のはなれた妹のユメとのやりとりがとても良いです。しかしここにも既に現実の波は押し寄せています。「バイバイ・バディ」これでおしまいです。3人の悪党どもが一緒に過ごしたつかの間の日々も、終わってみるとまるで夢のよう。もう3人に会えなくなってしまうのがなんとも寂しく感じられます。

「プリズンホテル-夏」1 集英社文庫(2002年3月読了)★★★★★お気に入り
極道小説で人気の作家・木戸孝之介は、父親の七回忌の席で久々に叔父の木戸仲蔵に会い、叔父がれっきとしたリゾートホテルのオーナーになったと聞き驚きます。その名も奥湯元あじさいホテル。しかしそのホテルは、地元では「プリズン(監獄)ホテル」という名前で通っていました。実は仲蔵は、関東桜会をとりしきるヤクザの大親分。従業員は桜会の子分とタガログ語を話す仲居たち、主流となる客は全国の任侠団体という、なんと極道の極道による極道のためのホテルだったのです。そこに失敗で左遷されてきた堅気の支配人・花沢一馬と、30歳で赤坂クラウンホテルの料理長を務めたほどの天才シェフにも関わらず、集団食中毒で左遷されてきた服部正彦が加わります。そんなプリズンホテルを訪れる堅気の客は、堅気ではあるけれど、ちょっぴり「ワケあり」の客ばかり。最初こそこのホテルの異様なありさまに皆一様に驚くものの、帰る頃には…。

これは面白いです!まずホテル館内の案内図からして笑えます。注意書きに「館内ロビー・廊下での仁義の交換はご遠慮下さい」という文章があるのですから。そして始まる物語は、まるで吉本新喜劇のようなドタバタ劇。先の展開はある程度読めるものの、やはり思い切り笑わされて、最後にはほろりとさせられてしまいます。こんなに気持ちの良い予定調和というのも久しぶりです。
一癖二癖ある登場人物たちも、とてもいい味を出していますね。かなりデフォルメされているのですが、皆生き生きとしていて、イメージがリアルに浮かび上がってきます。この作品はテレビドラマにもなったそうですが、本当にドラマ化が似合う作品でしょうね。読んでいるだけでも、各登場人物の表情も動き、舞台となるホテルの情景までもが目の前に見えてくるようなのですから。こんなに出てくる人でてくる人全員が印象的だという作品は初めて。だからこそ、読者も一緒にプリズンホテルに泊まっているような気分で楽しめてしまうのでしょうね。

P.178「オヤジはいつも言ってます。生きてる人間も死んだ人間も、善人も悪人もそっくりもてなす極楽ホテルを作れって。」(黒田)

「プリズンホテル-秋」2 集英社文庫(2002年3月読了)★★★★★お気に入り
8代目関東桜会総長・相良直吉が亡くなり、木戸孝之介はその葬儀の取材のために妙光寺へ。その葬儀の後、仲オジのベンツに乗り込んだ孝之介は、車の中に往年の歌手・真野みすずがいるのに驚きます。人目を忍んだその様子に興味を覚えた孝之介は、誘われるがままにプリズンホテルへ。今度の同行者は清子ではなく、その娘の美加。清子は、母親の狭心症の発作のために同行できなかったのです。一方「東京桜親睦会」こと青山警察署の秋の慰安旅行の一行が、何も知らずにプリズンホテルへとやって来ます。しかもなんとも間の悪いことに、桜会系大曽根一家もその日から泊まることになっていたのです。さらには、売れない元アイドル歌手の柏木ナナとマネージャーまでもが加わり…。

警察とヤクザが同宿だなんて、ただで済むわけがありません。しかし花沢支配人に言われて金ぴかに飾り付けられたロビーを見て、「いいセンスだ…」だなんて思っている松倉刑事を見ると、本当に紙一重だなと思ってしまいますね。そうでなくても実際の刑事さんというのは、ものすごい迫力ですし。私が以前会ったことのある総会屋対策の刑事さんも、ドラマのヤクザよりも余程迫力があって怖かったです。…というのはともかく。警察の慰安旅行というのはすごいものなのですね。こういう話なので、かなり誇張されているとは思いますが、しかしある程度の真実は含まれているのでしょう。普段いくらきちんとしなければいけないからと言って、その反動がこれでは、上下関係や礼儀にうるさいヤクザの方がまともな団体に見えてしまいそうです。それにお座敷で歌っていた数え唄の9番の歌詞というのは、一体どんな恐ろしい歌詞なのでしょう。
前回から引き続きの梶平板長と服部シェフのコンビも相変わらず。バーテンダーの常もなかなか凄みのあるキャラクターでいいですね。仲オジと真野みすずと渡辺巡査のトリオも、しんみりと枯れた味わい。みすずのステージには思わず感動してしまいます。それに花沢支配人もかなり度胸が据わってきましたね。業界内の専門用語まで使いこなしています。しかしやはり今回のポイントは美加でしょう。甲斐甲斐しい彼女が本当に健気で、思わず守りたくなってしまうほど。彼女には思う存分絵の勉強をして欲しいものです。孝之介って普段は本当にイヤなヤツなのに、ここぞというポイントを押さえているので困ってしまいます。
「夏」もとても良かったのですが、今回の方が物語の構造がすっきりしていたように思います。読んでる最中に笑ったりほろりとしたり、読んだ後にほんのりと暖かい気持ちにさせてくれるのは相変わらずです。

P.360「てんさい、って?」「才能を信じ続ける才能のことだよ」(美加と孝之介)

「プリズンホテル-冬」3 集英社文庫(2002年3月読了)★★★★★お気に入り
神田駿河台にある山の上ホテルに、大日本雄弁社の仕事でカンヅメになっていた孝之介。しかしその日現れた編集者は、丹青出版の萩原みどりと名乗る女性。なんと大日本雄弁社の名前を騙って、ホテルのフロントを突破したのです。孝之介は丁度その時現れた清子と共に、みどりを巻いて、プリズンホテルに向かいます。一方、救命救急センターに20年もの間勤めている大ベテランの看護婦、阿部まりあ、通称・血まみれのマリア。今日も食事中に救急センターの修羅場に呼び出されてしまう彼女ですが、いつも彼女の心を癒してくれるサチコの笑顔を失ったことにショックを受け、3日間の休暇を山奥で過ごすために夜汽車に乗り込みます。さらには世界的な登山家・武藤獄男と、彼が山で拾った太郎という少年、丹青出版の萩原みどりといった面々が、冬のプリズンホテルに集まってきます。

今回は何といっても「血まみれのマリア」がいいですね。これがものすごく男気のある女性なのです。救命救急センターに20年勤め、2万の救急症例に立会っているだけあって、そんじょそこらのなまくら医師では太刀打ちできないぐらいのプロフェッショナル。「医療」のプロというよりも、「人を生かすこと」に関するプロですね。「ここでは私が法律よ!」と叫びながら数々の修羅場をこなしてしまう彼女は本当にカッコいいです。プリズンホテルに着いてからも、宿帳の「前科・前歴」の欄に「殺人」、前日も明日も「地獄」だと書き、この20年でざっと5千人を殺してきたと豪語する。鉄砲常とフランケン安相手に「名前?そうねえ、<血まみれのマリア>。シチリアでは、みんながそう呼ぶわ。」と言ってのける。ヤクザにも一歩引かせてしまう気迫と貫禄が素晴らしいです。しかし彼女の内面は、とても女らしい女性。なかなかそれに気付く男性は多くはないのかもしれませんが、しかし肝心の1人に気付いてもらえればそれで十分。彼女の前には、平岡医師も、武藤獄男と太郎も、孝之介と清子も、仲オジも黒田も女将も常も安も板場の2人も、皆存在感が薄くなってしまいます。彼女と平岡医師は、「きんぴか」という作品に登場しています。

P.120「いいか小僧。死んでもいいというのと、死にたいというのは大ちがいだ。最高の男と最低の男のちがいだぞ。一緒くたにするな。」 (武藤獄男)

「プリズンホテル-春」4 集英社文庫(2002年3月読了)★★★★★お気に入り
孝之介の作品が第80回日本文芸大賞の候補に!しかも候補作5編のうち、孝之介は2編のダブル・ノミネートでした。1つは丹青出版の「仁義の黄昏」、1つは大日本雄弁社から出ているブッちぎりの恋愛小説「哀愁のカルボナーラ」。しかしそのことを富江に電話すると、富江は喜びながらも「もういいね。ねえ孝ちゃん、これでもういいわよね」と、どこか様子がおかしいのです。妙に思った孝之介たちが富江の家に急ぐと、そこには既に富江はいませんでした。代わりにあったのは「ツカレタカラチョット旅ニ出マス」という書置きのみ。もしかしたらプリズンホテルに行ったのではないかと考えた孝之介は、選考結果を待つ間プリズンホテルに滞在するという口実で、清子と美加、編集者たちと共にホテルへと向かいます。一方、懲役52年が終わって刑務所から出てきたのは小俣弥一。彼は8代目関東桜会総長・相良直吉の舎弟でした。彼は競馬場で出会った楠掘留と共に、何かあったら行くようにと相良直吉から言われていたプリズンホテルへと向います。そしてかつて六本木のオフェーリアと呼ばれた女優と、役者の英才教育中の娘もまた、プリズンホテルへ。

プリズンホテルシリーズ4冊目。完結編です。
本当に良かったです。こんなにべたべたな、まさに8時45分になったら印籠が出てくるような物語なのに、なぜこんなに感動させられてしまうのでしょう。来るぞ来るぞ…と、いかにもの泣かし所がやってくるのですが、もうすっかり作者の術中にはめられてしまいました。この屈折した作家先生・木戸孝之介も最高。初め登場した頃は本当にイヤなヤツだったのに、いつの間にこんな風になってしまったのでしょうね。涙ながらのハッピーエンド、まさに大団円の完結編。富江に関してだけは残念なのですが、それを除けば、最高の読後感でした。いつかまた1泊2日でも2泊3日でもいいから、プリズンホテルでこのメンバーに会いたいもの。本当に離れがたい作品でした。

P.57「いいかシゲ。極道てぇのは、まずやさしくなけりゃいけねえ。強くなくちゃならねえ。つまり、辛抱のきく男ってえことだ。」(木戸忠蔵)

「天切松闇がたり1-闇の花道」集英社(2004年6月読了)★★★★
就寝時間をとうに過ぎた夜更けに留置場に現れたのは、下町の古い職人のような身なりをした1人の老人。村田松蔵というその老人は、同室となった囚人たちに芝居がかった仁義を切り、「闇がたり」と呼ばれる六尺四方から先には届かない夜盗独特の声音で、大正ロマン華やかなりし頃の義賊たちの活躍を語り始めます。
【闇の花道】…大正6年夏。数えで9歳の松蔵は、父親に連れられて抜弁天の親分こと「目細の安吉」の元に弟子入りします。安吉は、網走にいる仕立て屋銀次の跡目を預かっていました。
【槍の小輔】…抜弁天の邸を引き払った一家。その頃「振袖おこん」は、3年前の怨みから山県有朋を付け狙っており、安吉に釘をさされながらも、松蔵の目の前で金時計を掏り取ります。
【百万石の甍】…14歳になった松蔵は、掏摸に失敗して留置場入り。黄不動の栄治が、松蔵の身請けに現れます。翌日栄治は松蔵を伴ってどうやら馴染みらしい三越百貨店へ。
【白縫華魁】…松蔵が知り合ったのは、吉原の遊郭の跡取り息子の並木康太郎。女衒に売られた姉の消息を知りたい一心で、松蔵は康太郎の吉原の家へ。4年ぶりに姉の姿を見ることに。
【衣紋坂から】…どうしても姉を吉原から救い出したい松蔵は、書生常こと百面相の常次郎と押し込み強盗の説教寅に相談。そして康太郎の助けで姉と再会することになります。

現実に松蔵が登場しているのは1990年代、バブルもすっかりはじけた後のようですが、松蔵によって語られている物語の舞台は大正時代。天切り松の江戸っ子らしいべらんめえ調が良いテンポで、その語りっぷりに、すぐに引き込まれてしまいました。
数えで9歳から盗人の親分に弟子入りした松蔵の話は、目細の安吉親分とその一家の物語が中心。この盗賊たちの一本筋が入った生き方が何ともかっこいいですね。ここに登場する盗賊たちは、盗賊とは言っても義賊。もちろん狙うのは金持ちばかりで、決して貧しい長屋の人々から盗ることはありませんし、それぞれの美学に徹した仕事をしています。その仕事っぷりは、爽快でありながら、なんとも言えない人情の温かさを思い出させてくれるもの。人間にとって何が一番大切なのかをじっくりと見せてくれます。全くかっこ良過ぎですね。
最後の泣き所も、まんまとしてやられたという感じ。博打打の父親のせいで、母は医者にかかることなく亡くなり、姉は吉原に叩き売られ、弟も盗人の親分に弟子入りすることになるという、絵に描いたような不幸な家庭の人情物でもあるのですが、ただ切ないだけではなく、爽快に笑い飛ばして見せるところが浅田次郎さんらしいですね。大正ロマンを背景にした、「粋」「いなせ」という言葉が良く似合う物語。山県有朋と永井荷風が登場するのも、時代色が見えて面白いです。

「蒼穹の昴」1〜4 講談社文庫(2004年10月読了)★★★★
大清国光緒12年、西暦1886年。静海県に住む春児(チュンル)こと李春雲は、村に住み着いている白太太(パイタイタイ)という老婆の語る予言を聞いて驚きます。貧しい李家の4男として生まれた自分が、秦の始皇帝、清の乾隆帝と同じく昴の星の元に生まれついており、遠からず都に上って紫禁城の帝の側近くに仕え、しかも天下の財宝を手中に収める運命なのだというのです。予言を聞いた春児は、死んだ兄の親友だった梁文秀(リアンウエンシウ)の元へ。地元の名士の次男として生まれたものの、冷や飯食いのぼんくらだと悪評高かった文秀は、先日科挙の予備試験を突破、直隷省の郷試にも及第して、挙人となっていました。そしてその文秀もまた、春児ほどの年の頃、将来天子の傍らで天下の政を司ることになるだろうと太太の予言を受けていたのです。文秀が進士登第を目指して都に上る時に同行した春児は、大総管太監・李蓮英の行列に出会い、学もお金もない自分が天下の財宝を得るためには、宦官になるしかないと考えるようになります。

中国を舞台にした壮大な歴史物語。これを書くために作家になったという浅田氏自身の言葉がありましたが、それも納得の渾身の作品でした。前半は、春児と梁文秀の視点から、後半は清国を取り巻く報道関係者、ニューヨーク・タイムズのトーマス・バートンと万朝報支那特派員の岡圭之介という2人の視点に移り、中国の中だけでなく、世界的な観点から描かれていきます。
その前半で特に好きだったのは、宦官になる決意を固めて自宮し都に上った春児が、年老いて引退したり、打たれて体が不自由になった宦官たちと共に老公胡同に住む場面。白太太の予言があったとはいえ、自分の手で自分自身の運命を切り拓いていく春児のひたむきな姿もいいのですが、そんな春児に夢を託して自分の持つ全ての知識を注ぎ込む老宦官たちの、今まで考えてもいなかった様子がとても良かったです。宮廷内で権勢を振るう宦官たちの話は良く読みますが、それらの宦官たちの陰には、このような不遇の宦官たちが沢山いたのですね。そんな彼らが春児に注ぎ込む愛情のなんと深く暖かいこと。これは、宦官に対して持っていた今までのイメージを一新してしまうような場面でした。その他にも、文秀が受けることになった科挙の試験の場面もとても興味深かったですし、乾隆帝と青い目の香妃、そしてカスチリョーネ(郎世寧)のエピソードもとても面白かったです。そして読んでいて一番驚いたのは、西太后の描かれ方。「有名」というよりも「悪名高い」と言った方がぴったりの西太后ですが、ここでの彼女は、一般に言われている姿とはまるで違うのですね。祖父に当たる乾隆帝の霊に言い含められ、清という時代を終わらせるために自ら悪役を買って出ることになった西太后。光緒帝が可愛いあまりに、自分と同じ苦しみは味あわせたくないと考えてしまう西太后。宦官の前では我儘で癇癪持ちながらも、庶民には老仏爺(ラオファイエ)と呼ばれて生き仏のように親しまれており、彼女が「おじいちゃん」と呼ぶ乾隆帝の霊の前では駄々をこねる、少女のような西太后。これらの解釈がとても新鮮でした。
これが物語後半になると、それらの個々の人々の物語というよりも、1つの国の物語へと移り変わり、春児と文秀の2人の比重がかなり小さくなってしまうのが少々残念でしたが…。前半の、史実以外の「物語」の部分が大きくふくらまされているところがとても面白かっただけに、後半、やや史実に負けてしまったような感がありました。とは言え、それでもやはりとても面白かったです。私が好きな中国の古い時代の物語では、中国はあくまでも世界の中心。他の国との交流があったとしても、それは朝貢国としての存在。しかし清の時代、それも末期の話ともなると、日本を含めた諸外国の存在も無視できなくなってきています。そんな中国の姿もまたとても新鮮でした。ここから「ラスト・エンペラー」の時代を経て、今の時代に繋がっていくのですね。生きている歴史を実感できるような作品でした。

「珍妃の井戸」講談社文庫(2005年6月読了)★★★
清朝末期の北京。外国かぶれの満州皇族・鎮国公載沢の主催した舞踏会に出席していた英国海軍提督・エドモンド・ソールスベリー伯爵は、ミセス・チャンと名乗る謎の美女に、2年前に起きた義和団(ボクサー)事件の混乱のさなかに、光緒帝の寵妃・珍妃(チンフェイ)が紫禁城内の小さな井戸に頭から投げ込まれて殺されたという話を聞かされます。ソールスベリーは、ドイツ帝国大佐・ヘルベルト・フォン・シュミット男爵、露清銀行総裁・セルゲイ・ペトロヴィッチ公爵、東京帝大教授・松平忠永子爵らと共に真相を探り始めます。彼らは袁世凱将軍(ユアンシーカイ)や珍妃の姉・瑾妃(チンフェイ)に話を聞くことに。

「蒼穹の昴」の続編ともいえる物語。しかし今回は春児や梁文秀は直接登場せず、人の話の中に間接的に見られるだけです。
光緒帝の寵愛を一身に受けていた珍妃が殺された事件。歴史的には西大后が珍妃を殺したというのが定説となっているらしいのですが、ここではそうとは限りません。事件に多少なりとも関わっていた7人の人々の証言を元に物語が進められていきます。最初はニューヨーク・タイムズ駐在員トーマス・E・バートンに始まり、蘭琴、袁世凱、瑾妃、劉蓮焦、愛親覚羅溥儁… それぞれの話を聞いている間はどれも本当のことのような、同時に全て嘘のような気がしてしまいます。一体どこからどこまでが本当なのかはまるで分からないまま、話した人間の数だけ「本当」が生まれ、話を聞けば聞くほど糸はもつれていってしまうことに…。そして天子の口から明かされる真実とは。この最後の証言は全て真実だったのでしょうか。それなら一体なぜ彼らはこのようなことをしたのでしょうか。
「蒼穹の昴」のような大河ドラマと比べるとどうしても小粒という印象になりがちだと思いますが、それは描き方がまるで違うから。こちらも歴史ミステリとして十分楽しめました。しかし結局のところ、光緒帝と珍妃の愛の物語だったような気もします。皇帝とその寵妃としてしか出会うことのできなかった2人が切ないです。もう一度生まれ変わったらその時こそ、という言葉は彼らのためにこそあるのでしょうね。
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