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このページは、今邑彩さんの本の感想のページです。

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「卍の殺人」創元推理文庫(2001年5月読了)★★★
萩原亮子は、恋人の安東匠に連れられて彼の実家を訪れます。匠の実家はぶどう園を持ち、ワインの醸造も手がけているという資産家。しかし匠は実子ではなく、幼児の頃に引き取られてこの家に入った養子でした。最近になって実家側から、「従姉妹の布施宵子と結婚しなければ養子縁組を解消する」と言ってきており、幼い頃から良い思い出のない実家とは喜んで縁を切ると言う匠に、亮子はほっとするのですが…。

「鮎川哲也と13の謎」の13番目の椅子の座を射止めたデビュー作。
卍型の建物を舞台にした館物です。そしてそこに住んでいる人々は一癖も二癖もある人物ばかり。しかし横溝正史の金田一シリーズのようにはどろどろしていないので、あっさりと読むことができました。作風としてはかなりストレートな方だと言えそうです。私は楽しんで読めたのですが、館物というだけで気合が入ってしまう人には、少しあっさりしすぎてるように感じるかもしれません。滅多に推理で犯人を当てたことのない私でさえも、途中である程度の予想がついてしまいましたから。しかし逆に、私にとっては最後の探偵の登場が意外でしたし、エピローグを読んで溜飲が下がりました。

「ブラディ・ローズ」創元推理文庫(2001年5月読了)★★★
ある日相沢花梨が偶然迷い込んだのは、色とりどりの薔薇が咲き乱れる洋館。そこで出会った苑田俊春に父の面影を見た花梨は、誘われるままに屋敷の水曜日のお茶会に通うようになります。いつしか俊春に男性として惹かれるようになる花梨。しかしこの屋敷に住む人々が崇拝してやまないのは、俊春の最初の妻であった雪子でした。屋敷の人々はことあるごとに今は亡き雪子の思い出を口にし、花梨は雪子の存在のあまりの大きさにとまどいます。そしてその雪子の亡霊によって自殺に追い込まれた二番目の妻・良江。良江の死後、花梨は三番目の妻として屋敷に迎えられることになるのですが… 結婚後間もない花梨の元に、薔薇色の封筒に入った一通の手紙が届きます。

薔薇の咲き乱れる屋敷に亡き妻・雪子の幻影。謎めいた屋敷の住人たち。(なぜか夫の俊春だけは妙に影が薄いのですが。)そして届く薔薇色の脅迫状。一種病的な雰囲気の中で悪意だけが純粋培養されていく… 物語は全編、耽美的な雰囲気に満ちています。読んでいるだけでも、薔薇のむせ返るような芳香を感じるほど。
自殺した二番目の妻・良江の日記が徐々に花梨を精神的に追い詰めていくところは、緊迫感たっぷり。物語は花梨の一人称で語られるので、どの人間もが疑わしく感じられてしまい、読んでる私まで緊張させられてしまうほど。そして真相が分かった時には本当に驚きました。本格ミステリ&心理サスペンスを楽しめる一冊です。前の妻に圧倒される今の妻の図は、ダフネ・デュ・モーリアの「レベッカ」を彷彿とさせます。
しかし1つ感じたのは、ここまで雰囲気を出すのであれば、もう一歩踏み込んでホラー&オカルト色をもっと出した方が成功したかもしれないということ。せっかくのお膳立てが少しもったいないような気がします。ただ、そうなってしまうと、ホラーが苦手な私は読めなくなってしまうかもしれないのですが。

「i(アイ)-鏡に消えた殺人者」カッパノベルス(2002年3月読了)★★★★★
啓文社の編集者・的場武彦は、新人作家の砂村悦子がいつまでたっても待ち合わせ場所に現れず、電話をかけても応えがないのに苛立ち、悦子の仕事場であるマンションへと直接向かいます。そして丁度マンションにやってきた悦子の母と一緒に部屋の中へ。しかし悦子は仕事部屋で刺殺されていたのです。辺りの絨毯は血に染まっており、そこから血だまりを踏んだと思われる足跡が、東の壁の隅に置かれた等身大の鏡の前まで点々と続いていました。現場に残されていたのは、悦子の書きかけの原稿の入ったフロッピーディスク。その内容は、幼い頃一緒に暮らした従姉妹の「アイ」を、池に突き落として殺したのは自分であり、それ以来、鏡を見ると鏡には自分ではなく「アイ」が映る、というものだったのです。

貴島柊志刑事シリーズの1作目です。
砂村悦子の書きかけの短編が冒頭に挿入されており、それがホラー的な雰囲気を醸し出しています。鏡の中に消えてしまったかのように見える殺人犯の足跡や、悦子は普段から鏡を見るのを嫌っていたというエピソードが、雰囲気を盛り上げていますね。そして徐々に謎は解かれ、一見事件は解決したかのように見えるのですが… 最後にすべてがひっくり返されます。これには驚きました。ノベルスで200ページ強とあまり長くない作品なのですが、それだけに無駄が削ぎ落とされている感のある濃厚な作品。嫌な動機の嫌な事件ですが。

「『裏窓』殺人事件-tの密室」カッパノベルス(2002年3月読了)★★★★
三鷹にある8階建てのマンションの最上階の部屋から、一人暮らしのデザイナー・北川翠が墜落死。部屋にチェーンのロックがかかっていたことから、警察は自殺だと断定。しかしそれにしては遺書はなく、飲みかけの紅茶や読みかけの雑誌が奇異な印象を残していました。そして向かいのマンションに住む坪田純子という少女から三鷹署に、事件当時不審な男の影を見たとの通報が入ります。足の不自由な彼女は、丁度その時間部屋から双眼鏡で、翠が窓際で飼っていたセキセイインコを見ようとしていたのです。しかし翠の部屋が密室だったことから、その証言は勘違いとして片付けられてしまいます。一方、同じ日のほぼ同時刻に、中野のマンションで女子大生が撲殺されるという事件が。その手口から、同一犯の可能性が高いと思われるのですが…。そして純子の元には無言電話がかかってきます。

貴島柊志刑事シリーズの2作目です。
題名通り、ヒッチコックの「裏窓」がメインモチーフとなっています。坪田純子自身足が不自由で、映画の中に登場するカメラマン・ジェフのように、双眼鏡で向かいのマンションを覗いています。もちろん「裏窓」のビデオは何回も繰り返し見ている彼女。物語はかなり映画に忠実に進みます。しかし彼女といつも一緒にいたのは、ファッションモデルの恋人・リザではなく、家政婦の大野マサエ。物語はいつしか映画から逸れていき、全く違う方向へと展開します。ほぼ同時に起きた2つの事件の繋がりは思いがけないもの。そして意外な真相を曝け出します。
最後の貴島が真相を見破るシーンも、ままあるケースだとは思いましたが、綺麗に収まってくれたのでなかなか良かったです。ただ、冒頭とラストに登場する幻想的な雰囲気の絵の存在はどうなのでしょう。せっかくの理論的なオチに、やや逆効果のような気がするのですが。

「金雀枝荘の殺人」講談社文庫(2002年2月読了)★★★
曽祖父・田宮弥三郎がドイツ人の妻・エリザベートの為に、彼女のドイツの生家を模して武蔵野に建てた家・金雀枝荘。T音楽大学に通うためにその家に住むことにした杏那(アンナ)は、家の掃除をするために弟の類と従兄弟の乙彦、冬摩(トウマ)、冬摩が連れてきた、霊が見えるという笠原美江と共にその家に来ていました。偶然通りかかったという自称ライターの中里辰夫が古い洋館に興味を示すのに対し、杏那たちは昨年のクリスマスに起きた事件の話をし始めます。クリスマスパーティに後から参加する予定だった杏那と類、乙彦が金雀枝荘に着いてみると、家は中から完全に締め切られ、先に来ていた従兄弟同士5人と管理人の曾根源治の死体だけが残されていたのです。6つの死体は、まるでお互いに殺しあったかのように、そしてまるでグリム童話の「狼と七匹の子やぎ」を見立てるように死んでいました。金雀枝荘は、70年前にも管理人をしていた直吉が妻子を道連れに無理心中という事件を起こした家。そして今また…。

嵐で電話が不通になった古い洋館、ドイツ美女の肖像画、70年前の亡霊、グリム童話の見立て殺人(密室殺人)、そして登場人物の名前も、あらすじに書いた「世範(ヨハン)」「「由宇璃(ユウリ)」「絵李沙(エリサ)」「真里以(マリイ)」と雰囲気もたっぷり。乙彦の名前にも「オットー」というドイツ名が隠されています。本格のお膳立てはすっかり整っていますね。しかしそれらの雰囲気の割には、あっさりすっきり終わってしまったような気もします。トリックも悪くないと思うのですが、事件が起きたかと思ったら、あっという間に解決してしまったという印象。ミステリ慣れしている人なら、真相は大体想像がつくかと思います。雰囲気がいいだけに少々残念。でもとても読みやすい作品でした。

「『死霊』殺人事件」光文社文庫(2002年12月読了)★★★
東京都世田谷の高級住宅街。タクシー運転手の杉田茂は、「金を取ってくる」と言って家の中に入った客がなかなか出てこないのに苛立ち、瀟洒な二階家に入っていきます。しかしその家のリビングルームには、タクシーに乗っていた男が奇妙な格好でうつ伏せに倒れて死んでいたのです。そしてもう1人、大の字になって死んでいる男が。うつ伏せで倒れていた男は不動産会社を経営する奥沢峻介。首の骨が折れた上に心臓麻痺で死亡していました。大の字になって死んでいる男は、奥沢と一緒に不動産会社を経営している友人の上山幹男。こちらには頭部を鈍器で殴られた跡がありました。さらに2階のリビングには、奥沢の妻の千里の泥だらけの刺殺体が。千里の手の爪の間には土が詰まっており、顔は不気味な笑顔を浮かべていました。しかしその日、千里は函館で女子大時代の友人の結婚式に出ているはずだったのです。千里の妹の真理が、確かに千里を羽田空港まで車で送り届けたと語ります。しかも真理は騒ぎになる少し前に奥沢家に電話をしており、奥沢が「したいがいきかえった」と呟くのを聞いていました。貴島は上北沢署の女刑事・飯塚ひろみと共に函館へ。

貴島刑事シリーズの第3弾。
この作品で目を惹くのは、やはりプロローグで明かされる殺人計画でしょうね。これが程よいミスリードとなっています。しかし奥沢の家での真相は、読んでいてほぼ分かりましたし、函館まで行った替え玉についても同様。伏線が少々真っ正直すぎるような気もします。しかし最後の結末には驚かされました。メインとなる殺人事件が案外あっさりと終わってしまい、その後どのような展開になるのかと思ったのですが、こちらの印象の方が強烈。この女性がなんとも哀しいですね。しかし読み終えてみると、この2つの出来事の繋がりが少々ぎこちないようにも思えます。1つずつ全く別の作品になるはずだったのでしょうか。あまりお互いに生かしあっているようには見えないのですが。
さらにこの作品には、飯塚ひろみの語る女性の人権問題を始めとして様々な主張が込められているのですが…これが物語の流れを塞き止めてしまっているような印象。少々残念でした。

「繭の密室」光文社文庫(2002年12月読了)★★★★★
中野区にある賃貸マンションの7階から男性が墜落死。死亡したのは、このマンションに住む大学3年生・前島博和。死体の首には絞痕があり、額には金属バットによる打撲傷がありました。しかも自室のベランダから落ちたにも関わらず、前島は何故かスニーカーを履いていたのです。部屋には内側からチェーンがかけてあるという密室状態。貴島は中野署の倉田と、前島の中学以来の友人である坂田勝彦と江藤順弥、そして前島の両親を訪ね、6年前、3人の中学時代に起きた同級生の自殺騒ぎのことを知ります。その時の一連の騒ぎに今回の事件の根が隠されているのではないかと捜査を進める貴島と倉田。しかしその捜査の途中、坂田もまた殺害されることに。しかも3人の中学時代の担任だった日比野巧一の妹のゆかりも、丁度その時誘拐されていたのです。

貴島刑事シリーズ第4弾。
1作目の「i(アイ)・鏡に消えた殺人者」でコンビを組んでいた、中野署の倉田と再度コンビを組むことになります。物語の始まりから一見とても普通のミステリに見えますし、実際、その通りに展開していきます。今までの貴島刑事シリーズの中では、比較的軽いタッチで、入りやすく読みやすいストーリー。教育問題など、難しい問題を内包しているのですが、それらも物語の流れをさえぎることなく、巧みに組み込まれているという印象です。犯人やトリックに関しては、それほど難しくないと思いますが、伏線はなかなか見事ですね。
しかしこの作品の題名となっている「繭の密室」の本当の意味には驚かされました。途中から分かったようなつもりになって読んでいたのですが、しかしエピローグを読んでみると、さらに深い根があったのですね。このラストはすごいです。狂気をも感じさせる、何とも言えずに薄ら寒くなるようなラスト。これで一気にぞっとさせられてしまいました。しかしこういうラストが一番今邑さんの作品には合っているように思います。お見事でした。

「大蛇(おろち)伝説殺人事件」光文社文庫(2002年12月読了)★★★
著名な油絵画家・月原龍生が、旅行先のシティホテル松江にて失踪。月曜日にホテルを訪れた芳乃夫人の依頼で部屋を開けてみると、服や靴などは全て部屋に残っており、青いボストンバッグだけが消えうせていました。ホテルの部屋の備品の浴衣なども残されおり、月原龍生が自分の意思で外に出たとすれば、それは一糸まとわぬ姿で足も裸足のはず。彼の姿が最後に目撃されたのは日曜日の朝。前日の晩に飲みすぎたので二日酔いの薬が欲しいとフロントに連絡があり、その薬を届けた後は、本人の意向で電話の取次ぎもせず、部屋の掃除も入っていなかったのです。そして月曜日の午後、出雲大社の中にある素鵞社(そがのやしろ)に男性の左腕が、続いて日御碕神社で右腕が発見されます。そして翌日、八重垣神社からは生首が。探偵・大道寺倫子は、父の古い友人である月原芳乃の調査依頼を受けて調べ始めます。

ヤマタノオロチの伝説をモチーフに取り入れた作品。
最初のホテルから月原龍生が消失する場面で色々と想像させられるのですが、それ逆になかなか上手いところですね。作中で語られるオロチ伝説は、薀蓄のための薀蓄のような気もしないでもないですし、実際にどこまで効果的であるかということは疑問なのですが… しかしなかなか楽しいです。このオロチ伝説も、実は1つの巧妙な線として存在しているのでしょうね。しかし読み終わってみると、やはりここまで思わせぶりにしない方が良いような気もしてしまいます。ここで期待してしまうと、落とされた時の落胆が大きすぎるので。
バラバラ殺人かと思えば時刻表ミステリなのかと色々と表情を変える作品。少し散漫な印象も。
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