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このページは、米澤穂信さんの本の感想のページです。

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「氷菓」角川スニーカー文庫(2002年1月読了)★★★★★お気に入り

「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」がモットーの折木奉太郎(ホータロー)。神山高校に入学した彼は、現在海外放浪中の姉・供恵からの手紙がきっかけで、廃部寸前の古典部に入部します。他に誰もいないはずだった古典部には、なんと「一身上の都合」で入部した、同じ1年の千反田えるがおり、ホータローの悪友・福部里志もつられて入部することに。さらには、どうやら里志のことを好きらしい伊原摩耶花も入部。そしてホータローは千反田えるに、行方不明の伯父が昔彼女に語り、今彼女がどうしても思い出せないある言葉を思い出す手伝いをして欲しいと頼まれます。彼女の伯父は33年前に古典部に所属しており、どうやらそれに何らかの関係があるらしいのです。そしてホータローたちは、33年前の古典部の文集「氷菓」を手に入れることに。

まずごく日常的な小さなさりげない謎、千反田えるが3分ほどの間に教室に閉じ込められてしまった謎、毎週金曜日の昼休みになると借り出され、放課後に返却される「神山高校五十年の歩み」の謎などがあり、、それらが最後の大きな謎へと繋がっていきます。ごくさりげない謎だからこそ、そして登場人物たちがごく普通の高校生だからこそ、気がついたら一緒になって考えてしまっている… そんな感じです。物語には派手さが全くないので、物足りなく思う人もいるかも。あくまでも淡々と進みます。でも私にとってはとても心地よい作品でした。こんな高校生活(部活生活)、いいな。さりげない日常がとてもいいです。それにしても主人公のホータローは、省エネだと言ってる割に、千反田えるに引っ張られてこまめに動くんですよね。なんだかんだ言って、ね。それが妙に可愛いです。
(…「寺」「ミュー」「ナンバーズ」がキーワードの、漫画界の古典的名作って何なのでしょう?…と書いていたら先日、教えて頂けました。竹宮恵子さんの「地球(テラ)へ」だそうです。ありがとうございます)


「愚者のエンドロール」角川スニーカー文庫(2004年3月読了)★★★★★お気に入り

文化祭間近の古典部に舞い込んだ事件は、文化祭での2年F組の出し物、ミステリ仕立てのビデオ映画に関するもの。2年F組の入須冬美から千反田えるに、一度映画を観て欲しいという電話が入ったのです。えるは古典部の折木奉太郎、福部里志、伊原摩耶花という3人を連れて2年F組へ。それは文化祭のために6人の生徒が、既に廃村となっている楢窪地区に取材に訪れ、しかしそこで殺人が起きるという物語。しかし脚本を書いている生徒が倒れたため、1人の男子生徒が密室で死んでいるところまででその映画は終わっていました。入須冬美は古典部の面々にこの映画の解決編を探り出して欲しいと言います。そして古典部の4人は、2年F組の映画に携わった人々に順番に話を聞くことに。

「氷菓」に続く、古典部シリーズ2作目。
あとがきにもありますが、本当に「毒入りチョコレート事件」風の作品ですね。映画制作に関わった様々な立場の人間から、色々な論理が繰り出されるのが楽しいです。一見単純に見えるビデオなのですが、単純だからこそ、なかなかトリックの穴が見つかりません。しかしこの作品のトリックはそれだけではなかったのですね。むしろ映画の決着がついた後の方が驚きましたし、最後まで読んで、チャット部分をまた何度も読み返してしまいました。どうやら作者の意図にまんまとはまってしまったようです。作中でずっと不思議に思っていたことも、最後まで読んでみて納得。そして事件自体は解決しても、人間それぞれの心や受け止め方はまるで違うのだということも、改めて認識させられました。こういう結末が用意されていたことが非常に嬉しいです。
ただ、冒頭のチャット部分が少々読みにくかったです。「名前を入れてください」ではなく、適当なハンドルネームが入っていたら、もう少し読みやすかったと思うのですが… こればかりは仕方ないのでしょうね。適当なハンドルネームを選ばないところが、またその人物らしいと言えるのですから。


「さよなら妖精」東京創元社(2004年3月読了)★★★★★お気に入り

1991年4月。高校3年生の守屋路行と太刀洗万智が雨の中で出会ったのは、ユーゴスラヴィアからやって来たという17歳の少女・マーヤ。彼女は父と共に世界中を旅して回り、各地の文化を吸収しているのだといいます。マーヤの父親は現在大阪にいて、マーヤとは別行動。しかしこの藤柴市でマーヤの滞在先となるはずだった父の知人が既に亡くなっていることが分かり、マーヤは途方にくれていました。守屋たちは旅館を経営している、同級生の白河いずるの家に頼んでマーヤが滞在できるように取り計らいます。好奇心一杯のマーヤは、守屋たちと一緒に行動しながら、日本の文化について学んでゆくことに。

ミステリ・フロンティアの第三回配本。
物語は、大学生となった守屋たちの回想によって進んでいきます。前半はごく穏やかな青春物語。なぜユーゴスラヴィアという国が選択されたのだろうと最初はぴんとこなかったのですが、疑問としてはそのぐらいで、むしろ平坦な展開。日本文化に触れたマーヤの質問や理解などはなかなか面白かったのですが、相手をする守屋たちの受け答えは、高校生としては上出来すぎるほどですし、所々に配置された小さな謎は、特に展開を見せるものではありません。しかし後半、物語が思いもかけない展開を見せたので驚きました。ミステリとしては十分答えを出せる謎ですし、実は少々拍子抜けだったのですが(謎を謎と知る前に、既に答を予想していました)、ラストがとても良かったですし、1つの物語として非常に良かったです。最後まで読んで、タイトルの意味にも納得。これはミステリとして読まない方がいい作品なのかもしれませんね。


「春期限定いちごタルト事件」創元推理文庫(2005年1月読了)★★★

中学時代の自分を反省し、船戸高校進学を機に「小市民」になることを決意している小鳩常悟郎と小山内ゆき。しかし日々の平穏と安定のため、お互いの存在を盾に使い、なるべくひっそりと過ごそうとする2人ですが、常悟郎の小学校時代の級友・堂島健吾が同じ高校にいることもあり、次々と謎が近寄ってくるのです。そしてそのたびに、小市民でありたい2人は、あくまでも消極的に謎に取り組むことに。

ホータローシリーズと同じく、高校を舞台にした日常の謎系の青春小説。連作短編集です。
2人の元に持ち込まれる謎は、同学年の女生徒のポシェット紛失事件、美術室に残された2枚の絵の謎、美味しいココアの淹れ方、中間考査の最中に割れたガラス瓶の謎など。今回も登場人物がとても魅力的です。特に、常悟郎は中学時代名探偵として目立っていたようなのがすぐに分かるのですが、小山内さんが何をきっかけに小市民になろうと思ったのかがなかなか語られなかったため、彼女への興味に引きずられるようにして読むことに。小市民であろうとする常悟郎の実体を知っている堂島健吾の存在がなかなか効いていますね。しかし健吾以外に2人の過去を知る人間というのはいないのでしょうか。2人と同じ小学校や中学校出身の人間も探せばまだまだいそうな気がするのですが。
色々なタイプの謎が扱われているのですが、その謎がホータローシリーズと比べるとかなり小粒で色褪せているように見えてしまったのが残念。それも小市民の小市民たる所以なのでしょうか。それでも最後の幕引きは鮮やかで、まさに「春期限定いちごタルト事件」でしたし、小山内さんへの興味がますます高まります。


「クドリャフカの順番-『十文字』事件」角川書店(2005年10月読了)★★★★

第42回神山高校文化祭、通称カンヤ祭が始まります。それに先駆けて、古典部も文集「氷菓」を作成。しかし「氷菓」は無事完成するものの、30部の予定だった発行部数は、何かの手違いで200部出来上がってしまっていたのです。自分のミスに青くなる伊原摩耶花。古典部の面々は、過剰在庫を捌くためにそれぞれに行動を始めます。具体的には、古典部の名前を宣伝し、新しい売り場を求めるという作戦。そして地学講義室の売り場は折木奉太郎が担当することに。しかしその文化祭で、なんと奇妙な盗難事件が起きたのです。占い研究会、アカペラ部、囲碁部、お料理研究会、園芸部などから小さな物がなくなり、それぞれの現場には「十文字」という署名のあるグリーティングカードが残されていました。

「氷菓」「愚者のエンドロール」に続く、古典部シリーズ3作目。今回は折木奉太郎、千反田える、福部里志、伊原摩耶花の視点から順番に描かれていきます。このそれぞれの視点にそれぞれの個性が感じられて楽しいです。特に豪農のお嬢様・千反田えるがいい味を出していますね。そして福部里志の「データベースは結論を出せないんだ」や、伊原摩耶花と漫研の河内先輩のやりとりが痛かったです。「なにしろ才能というものは、望んでいる人間にのみ与えられるものではないからな」という某映画の台詞を思い出してしまいました。
モットーの省エネな生き方に基づいて地学教室に残る奉太郎。しかし売らなくてはならない文集「氷菓」に、文化祭での出来事がいい感じに絡んできます。特に楽しかったのが、奉太郎が姉にもらった万年筆から始まる「わらしべプロトコル」。お料理研究会のワイルドファイア・カップへの繋がりも楽しかったですし、一見お料理などしたことのなさそうな千反田えるの手際も、読んでいて楽しかったです。(そのオチも、あまりに千反田えるらしいですね)
ちなみにクドリャフカとは、スプートニク2号に乗って宇宙にいった犬のこと。人間の都合で宇宙に送り出され、二度と帰ることのなかったロシアのライカ犬。その時は仕方のないことだったのかもしれませんが、身勝手な人間の行動が悲しい出来事。しかしこの作品の中で、この「クドリャフカ」は十分生かされきっていなかったような気がします。それだけが少し残念です。


「犬はどこだ」東京創元社(2005年9月読了)★★★★

大学卒業後、希望通り銀行に就職するものの、上京した直後から発症したアトピー性皮膚炎のために、2年で諦めて故郷の八保市に戻ることになった紺屋長一郎。彼が今回始めたのは、<紺屋S&R(サーチ&レスキュー)>という犬を捜す商売。隣接する小伏町の町役場に勤める大南寛の紹介で、開業早々依頼人が2人訪れるのですが、最初の佐久良且二の依頼は、孫の桐子の行方を捜して欲しいというもの。そして2番目の百地啓三の依頼は、谷中の八幡神社に長く伝わる古文書の由来を調べること。犬捜しではないことに不本意な長一郎でしたが、これまた大南の紹介で探偵になりたいと押しかけてきた高校の剣道部の後輩・ハンペーこと半田平吉に手伝わせて、早速調査にとりかかります。

単なる犬捜しのつもりが本格的な探偵業をすることになってしまった紺屋長一郎と、探偵に憧れるハンペーこと半田平吉の、それぞれの視点から語られていくハードボイルド風作品。登場人物の平均年齢もぐっと上がり、これまでの作品、特にホータローの古典部シリーズや「春期限定いちごタルト事件」とはまるで違う雰囲気です。
本当は人間捜しの探偵業などしたくない長一郎ですが、彼の視点では意外なほど本格的なハードボイルドな語りが楽しめます。対するハンペーの視点は、トレンチコートやサングラス、マティーニという形から入りたいハンペーらしい、ユーモラスな語り。途中「オロロ畑でつかまえて」が引き合いに出されるように、萩原浩さんの「ハードボイルド・エッグ」のような雰囲気ですね。登場した時は、単なる勉強嫌いのキャラクターかとも思ったのですが、意外や意外な一面を見せてくれました。これは今後の展開が楽しみになってしまいます。途中で挿入される長一郎とGENのチャットもいいアクセントとなっていますね。失踪人捜しと古文書調査という2つの依頼がどのように繋がっていくかという部分に関しては、面白いというよりも、どうしようもないじれったさを感じてしまったのですが(普通、もう少し途中経過を報告するものなのでは…)、しかしラストの意外な重さがいいですね。この部分が一番好きです。
読み終えてみると、「犬はどこだ」という題名がまるで違って感じられますね。ただ、長一郎がなぜそこまで犬捜しにこだわるのか… もちろんアルバイトで犬捜しをしたことがあるという説明はありますし、途中野犬のエピソードも入ってきます。あれだけ親密そうに描かれた祖母もまだ登場していませんし、まだまだ見えていない部分も多そう。読んでいると、まだまだ助走段階という印象が残りますし、本領発揮はこれからなのでしょうね。続編を楽しみにしたいと思います。


「夏期限定トロピカルパフェ事件」創元推理文庫(2006年5月読了)★★★★

小市民としての道を追求してやまない小鳩常悟朗と小山内ゆき。周囲は2人のことを恋人同士だと思っているのですが、実は2人の関係はお互いをかばい合うためだけのもの。そして高校2年生の夏は、甘いものをこよなく愛している小山内さんのたっての希望で、小山内さんの夏の運命を左右するという<小山内スイーツセレクション・夏>を完遂することに。

「春期限定いちごタルト事件」が好評だったため、「夏期限定」も書かれることになったという小市民シリーズの2作目。
謎までもが小市民的にあまりに小粒、謎解きのための謎でしかないという印象だった「春期限定いちごタルト事件」に比べて、こちらは数倍面白かったです。「春期限定」に引き続きの日常の謎物かと思いきや、今回は日常の小さい謎から、思わぬ大きな事件へと発展していくのですね。それに前作は連作短編集でしたが、今作はむしろ長編と言った方が相応しいでしょう。小鳩くんと小山内さんの目指す「小市民」についても、前作ではどこか地に足が着いていないような違和感を感じていたのですが、こちらでは十分説得力がありました。2人の「小市民」に対する考え方や、「小市民」という存在と自分たちの関係についても納得。そして何よりもラストには意表を突かれました。まさかこういうエンディングを迎えるとは、本当に予想もしていなかったです。全て読み終えた後でまた最初に戻ると、各所にきちんと伏線があったのですね。全てを知った後では、それぞれの情景や小山内さんの表情がまた全然違って見えてくるのが恐ろしいほど。前作が日常の謎だったから今作も、という思い込みすら、今回の驚きのためだったかのように思えます。「春期限定」には物足りなかった私も、こちらは大満足。
ただ、甘い物があまり得意ではない私には、読んでいるだけで胸焼けしてきそうなほどの甘い物が満載。このシリーズ、甘い物好きの人にはおそらく堪らないのでしょうね。次は「終期限定モンブラン事件」のようです。


「ボトルネック」新潮社(2006年10月読了)★★★★★お気に入り

東尋坊の崖から落ちて死んだ諏訪ノゾミに、2年経ってようやく花を手向けに来ることが出来た嵯峨野リョウ。ノゾミは父が友人の借金の保障人となったために家が破産し、横浜から金沢に引っ越してきた少女。似た者同士のリョウと惹かれあっていたのですが、従妹と訪れた東尋坊で転落事故に遭うことになったのです。しかし東尋坊にいるリョウの携帯電話に入ったのは、兄が死んだという知らせ。リョウは急いで金沢に帰らなくてはならなくなります。しかしその時、風の乗ったかすれ声が聞こえ、リョウは強い眩暈を感じ、岩場で大きくバランスを崩します。そしてぞっとするような浮遊感。次に気付いた時、リョウは金沢市内の見慣れた浅野川のほとりのベンチに横になっていました。訳も分からないまま家に戻るリョウ。しかしそこには見知らぬ女が。それは生まれなかったはずの姉・サキ。リョウはなぜか、自分が生まれていない世界に飛び込んでしまっていたのです。

パラレルワールド物は今までいくつも読んでいますが、これほど痛いパラレルワールド物は初めてでした。リョウが飛び込んだ世界は、自分の代わりに姉がいる世界。姉は陽気で明るく、内向的なリョウとは正反対。そのせいか2つの世界には違いがいくつも見つかります。家族関係もまた違う状態ですし、潰れたはずのうどん屋が開いており、死んだはずの人間が元気に暮らしています。知っているはずの人間の性格すら違っているのです。そしてその2つの世界の違いは、リョウとサキの行動の違いだけだということが徐々に分かっていきます。3年前の大騒動が必然的な通過点だと思っていたリョウは、通過点ではなく岐路だったことを痛いほど悟らされることに…。
ここまで「自分」の存在意義を考えさせられるパラレルワールド物が今まであったでしょうか。リョウは「間違い探し」の中で、自分の行動を否応なく振り返らされることになりますし、その行動の結果を目の当たりにさせられることになります。サキに悪気がないだけに、余計いたたまれないリョウ。そしてリョウの感じていた諦観は、深い絶望へと変化。「あそこでこうしていれば…」とは人間誰しも思ったことがあるはずですが、ここまで「自分がしたこと」「しなかったこと」「できたはずのこと」を真正面から突きつけてくるとは凄いですね。しかし痛いながらも、とても面白かったです。最後の最後まで目が離せない作品です。

ボトルネック…瓶の首は細くなっていて、水の流れを妨げる。そこから、システム全体の効率を上げる場合の妨げとなる部分のことを、ボトルネックと呼ぶ。全体の工場のためには、まずボトルネックを排除しなければならない。


「遠まわりする雛」角川書店(2008年2月読了)★★★★

【やるべきことなら手短に】…神山高校に入学して1ヶ月。進まない「入学一ヶ月の実態と今後の抱負」という作文を前に、折木奉太郎は福部里志から学校の怪しい噂を聞かされることに。
【大罪を犯す】…世界史の授業を受けていたホータローは、隣の教室から聞こえてきた、竹で硬いものをひっぱたく音に驚きます。さらに驚くことに、その後千反田えるらしき鋭い声が聞こえてきたのです。
【正体見たり】…「氷菓」事件が片付いた夏休み、古典部の4人はバスで財前村の温泉へ。しかし摩耶花とえるは泊まった部屋から、以前首吊り自殺があった部屋に首吊りの影を見たのです。
【心あたりのある者は】…11月のある日。ひょんなことからホータローは、放課後かかった生徒の呼び出しの放送を元に、千反田えるに対して推理を繰り広げることになります。
【あきましておめでとう】…千反田えるに誘われ、初詣を兼ねて荒楠神社にアルバイトをする摩耶花を見に行ったホータロー。しかし蔵に酒粕を取りに行くはずが、間違えて納屋に閉じ込められてしまい…。
【手作りチョコレート事件】…バレンタインデー。里志のために摩耶花は手作りチョコレートを作るのですが、部室に行く時間がなく千反田えるに託します。しかしそのチョコレートがなくなったのです。
【遠まわりする雛】…朝から1人で神山市の北東部の丘陵地帯に向かったホータロー。千反田えるの家の近所の神社の雛祭りで、雛役のえるに傘を差し掛ける役を頼まれたのです。

古典部シリーズ4作目。今回は初の短編集で、ホータローたちの高校入学1ヵ月後から、2年生目前の春休みまでの時系列順。今までの3作の合間合間を埋める作品の集まりとなっています。
どの作品も中心になっているのはホータローと千反田える。この中で一番インパクトが強かったのは、「心あたりのある者は」でしょうか。これは、ハリイ・ケメルマンの名作「九マイルは遠すぎる」古典部版。本家の「九マイル」ほどの迫力があるとは思えませんし、ホータローの推理が本当に正解なのかという疑問も残りますが、ホータローの謎解きとしてはぴったりですし、何よりこのシリーズらしさがとても出ていますね。そして「遠まわりする雛」のラストでは、思いがけない余韻が残ります。今まで千反田えるといえば、「私、気になります」の一言でホータローに推理させる役割だったようなものですが、今後はその存在も少し変化していきそうで楽しみです。


「インシテミル」文芸春秋(2008年11月読了)★★★★★

夏休み。サークルの会合までの待ち時間に、コンビニによってアルバイト情報誌を見始めた結城理久彦。女にもてるためには車が欲しいと考えていたのです。そこで出会ったのは、結城とは明らかに違う世界に住んでいると思われる須和名翔子。須和名もまたアルバイトを探していました。2人で短期アルバイトのページを繰るうちに、どう考えても誤植としか思えないような条件を提示しているアルバイトを見つけることになります。ある人文科学的な実験の被験者として7日間隔離され拘束されるだけで、時給11万2000円をもらえるというのです。

時給11万2千円という報酬に惹かれて、暗鬼館というクローズドサークルに集まった12人。拘束時間は7日間… ミステリマニアが作り上げたミステリ的空間の中ミステリ的展開。これほどべたべたなミステリらしいミステリは久しぶりかもしれません。暗鬼館を作り上げた「主人」もそうなのでしょうけれど、それよりも作者である米澤穂信さんが楽しんで作り上げているという印象です。「暗鬼館」というネーミングは綾辻行人作品の「暗黒館」を思わせる「いかにも」なものですし、その見取り図もこれ以上ないというほど「いかにも」なもの。各部屋に置かれている凶器やルールブックなどにも、にやりとさせられます。思わせぶりな趣向が凝らされていますね。そして極めつけがネイティブアメリカンの人形が12体用意されてるところ。これは当然「そして誰もいなくなった」的展開を予想させます。副題が「THE INCITE MILL」となってるところは森博嗣作品のようですが、登場人物が奇妙な実験に「INしてみる」とも読めますし、古今東西のミステリに淫してきたミステリ好き(作者=主人?)が、自分好みのミステリ的舞台と自分好みのミステリを作り上げることに淫してみたという感じにも取れますし、読者に向かって「淫してみる」?と問いかけているようでもあります。
しかしここに集まったのは、綾辻行人作品「十角館」の時のようなディープなミステリ読みの面々ではなかったというのがポイントですね。誰もネイティブアメリカンの人形に読者が期待したような反応を見せたりはしないのですから。
そう思って読んでいたので、終盤の役割反転には本当に驚かされました。全く予想だにしていませんでした。「Prison」での会話がいいですね。いちいち納得してしまいます。そして全てが終わってみると、半端に思えた時給11万2000円がどのように算出されたのかも分かってしまうのが、可笑しいところ。ディープなミステリ好きなら、色々なところでにやりとできそうな作品ですね。楽しかったです。

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