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このページは、米村圭伍さんの本の感想のページです。

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「風流冷飯伝」新潮社(2004年3月読了)★★★★
10代将軍家治の治世。江戸で幇間をしている一八がやって来たのは、四国讃岐にある2万5千石の小藩・風見藩のご城下。しかし道で行き会った降り売りたちが一八を見るなり、こぞって奇妙な素振りを見せるのです。不思議に思って飯屋の前で出会った若い侍・飛旗数馬に尋ねてみると、この城下では先々代藩主・光猶院によって、男は城を左回りに、女は右回りに回るのが定められているとのこと。しかもどうやらこの藩には、他にも色々と不思議な決まりがあるようなのです。訳が分からないながらも、幇間らしく早速数馬にたかろうとする一八でしたが、数馬は冷飯食いと言われる飛旗家の次男。金など持たない身。しかし数馬に妙に気に入られた一八は、何かと行動を共にすることになります。

第5回小説新潮長篇新人賞受賞作品。
なんとものんびりとした和やかな雰囲気の時代小説。数馬も風見藩の面々も、真面目に行動しながらもどこか一本抜けていて、天然ぼけぶりを発揮しています。しかし藩主の我侭に振り回されながらも、自分をしっかりもっているので、傍目に見えるほどには影響を受けていないという印象。数馬なども、一見、江戸からやってきた一八に食い物にされてしまいそうな世間知らずの青年に見えるのですが、和やかな外見とは裏腹に実は芯が一本通っているらしく、実は一八の上手をいっていますね。一八もこの面々相手では暖簾に腕押し。数馬の他にも冷飯食いと言われる次男坊三男坊たちが多く存在し、その暢気な様子と、途中一転した争いぶりも楽しかったです。
なかなか展開を見せない物語に、これから一体何が起きるのだろうと思いながら読んでいたのですが、気がついてみれば、将軍家治や田沼意次絡みのお家騒動に巻き込まれていたのには驚きました。こういう展開を見せる物語も珍しいのでは。伏線の生かし方もいいですね。
各章のタイトルにも味わいがありますし、最後に語られる、光猶院によって作られた決まりごとの解釈も説得力があります。ただ、終始ほのぼのとした調子で続いていくので、途中少々飽きがきてしまったのですが… それでもやはり面白かったですし、続編も読んでみたいです。

「退屈姫君伝」新潮文庫(2004年4月読了)★★★★★お気に入り
宝暦13年(1763年)。陸奥盤内藩50万石の藩主・西条綱道の末娘、目に入れても痛くないほど可愛がっているめだか姫のお輿入れが決まります。輿入れ先は、四国讃岐にある2万5千石の弱小風見藩。東北の雄藩である盤内藩とよしみを通じたがる藩は多く、めだかの姉たちにも、ぜひ正室にという申し入れが数多くあったものの、めだかはそのお転婆ぶりのせいか、これが初めての婚礼話。最初は相手のあまりの弱小ぶりに驚くめだかですが、しかし無事に藩主・時羽直重の正室となり、仲睦まじい夫婦ぶりを見せつけます。しかし直重が参勤交代のために国許に帰った後、めだかはすっかり退屈してしまうのです。そして腰元・小朝の部屋の箪笥からこっそり借りた矢絣の小袖を身に纏い、藩邸の中を探検してみることに。しかし中間長屋まで探検に出たところで、牢人姿をした直重の弟・直光とばったり出会ってしまい…。めだかが江戸城下に遊びに行くつもりなのだと勝手に合点した直光は、めだかを連れて隠し通路から藩邸の外へ。あっという間に1人ぼっちになってしまっためだかが外の世界で知り合ったのは、くの一のお仙と、小十人格御庭番の倉地政之介でした。

前作「風流冷飯伝」に続く、四国の弱小藩・風見藩にまつわる物語。今回は江戸藩邸へと舞台を移すのですが、前回国許で活躍した幇間・一八の妹・お仙が大活躍。江戸に戻った倉地政之介も、今回は重要な役回り。前作を読んでいるとニヤリとしてしまう記述が多く、とても楽しい作品となっています。物語は、めだか姫が風見藩に伝わる六不思議(弱小藩なので、七不思議はおこがましく、六不思議なのだとのこと)や、父と夫の仕掛けた謎を解こうとしながら、田沼意次の風見藩に対する陰謀に対抗することになるという展開。
既に奥方となっているのに、夫に「姫」と呼ばれてしまうめだか姫の愛くるしさがいいですね。お姫さまが腰元に扮して市中に出てしまうというのは良くあるパターンなのですが、それだけではありません。六不思議から父と夫の密約へ、そして気がつけば風見藩を狙う田沼意次の陰謀に立ち向かう展開へという繋がりがとても自然に物語を盛り上げていますし、ラストも何とも痛快。しかもあわや藩全体の危機となりながらも、あくまでものほほんとした雰囲気なのです。この雰囲気がやはり一番の魅力なのでしょうね。前作では、少々冗長な部分も目立ったのですが、今回は全くそのようなこともなく、最初から最後まで楽しく読めました。少々艶っぽい部分が目立つのは、好みが分かれるところかもしれませんが、あっけらかんと突き抜けていて、それもなかなか良かったです。
西条綱道の茶目っ気や、娘を風見藩に輿入れさせたその理由、周囲の大名たちの態度なども楽しかったです。田沼意次も悪でありながらも、どこか憎めない雰囲気。しかし「老女」諏訪は、もっと本当に老女かと思っていたのですが、意外と若かったのですね。驚きました。

「面影小町伝」新潮文庫(2004年4月読了)★★
明和2年(1765年)春。谷中笠森稲荷にある水茶屋鍵屋の茶汲み娘・お仙は15歳。母親のからすが心の臓の病で倒れたと聞き、3年ぶりに紀州熊野の山中にある故郷の村へと戻ることに。そこで母親に食べるように言われたのは、荀草の実でした。これはこの村の祖とされている御色多由也、秦の時代に中国から渡来した神仙法師・徐福の仙薬で、10日に1つずつ食べれば美女になれるという薬なのです。薬の効き目もあり、2年の修行を経て江戸に戻ったお仙は日焼けも褪せ、すっかり色白の美女に変身。しかし江戸の水茶屋に戻ったお仙は、絵師・鈴木春信の錦絵「雨中夜詣」によって江戸中で評判となってしまうのです。あまり有名になってはくの一の仕事に差し支えると心配するお仙をよそに、お仙と共に江戸双花として評判になったのは、浅草寺境内の楊枝店・柳屋の看板娘・お藤でした。

「風流冷飯伝」「退屈姫君伝」に続く3作目。「錦絵双花伝」からの改題。
今回の主人公はお仙です。今回は風見藩を完全に離れて、お仙やお庭番の倉地政之助の物語となっています。前作前々作の登場人物たちの消息をさりげなく伝えてくれるのが嬉しいところなのですが、今回は垢付丸(赤月丸)と呼ばれる伝説の妖刀も登場し、まるで山田風太郎作品のような伝奇小説仕立てとなっています。全体的に緊迫感があり面白くはあったのですが、風見藩の存在がまるでなく、今までのようなのほほんとした雰囲気が薄らいでしまったのがとても残念。今までが落語的な楽しさだったとすれば、今回は歌舞伎的でしょうか。これまでは、悪役ながらもどこか魅力のある田沼意次との知恵比べが1つの楽しみ所でもあったのですが、今回は意次の出番が少なく、意次の息子・意知の器があまりに小さいのが、少々興醒めでもありました。
それにしてもお仙が笠森お仙だったとは驚きました。そう言われてみれば、そう名乗っていたような気がするのですが、まさか鈴木春信の描く浮世絵美人のお仙と繋がるとは、考えもしませんでした。倉地政之助も実在の人物だったのですね。

「紀文大尽舞」新潮文庫(2006年12月読了)★★★
湯屋・真砂屋の娘・お夢は、女だてらに戯作者を志す少女。蜜柑船を江戸に運んで一夜にして大儲けし、さらに材木商として幕府ご用達となり、一代の栄華を誇った豪商・紀伊国屋文左衛門についての浮世絵草子を書くのが夢。文左衛門が財産をつぎ込んだ貨幣改鋳が中止になり、一夜にして全財産を失った文左衛門は店を畳んで隠棲したと世間には言われていましたが、それから4年、文左衛門がまだまだ吉原で豪遊し続けているのが、お夢の興味を引いたのです。しかし文左衛門を付回すお夢は謎の夜鷹に命を狙われ、あやういところで暗闇留之介と名乗る浪人に命を助けられることに。

歴史にも名前が登場する豪商・紀伊国屋文左衛門について面白可笑しく書きながら、新たな考察を付け加える1冊。紀伊国屋文左衛門の表向きの顔と本当の素顔、表向きの黒幕と本当の黒幕。本当はそこで何が起きていたのか、お夢が戯作を書くために推理していくという意味では、歴史ミステリと言えそうな作品です。下は講釈師や物売り、幇間といった町人から、上は6代将軍家宣の正室・天照院までが、お夢に向かって紀伊国屋文左衛門の逸話や自分の推理を語り、その部分は文字体が変えられており、まるで講談を聞いているような気にさせられます。そして暗闇留之介が文左衛門の出身地を調べるために紀州でも聞き込みをするのですが、お夢自身、江戸城下はもちろんのこと、大奥にまでもぐりこむので、舞台も幅広く飽きさせません。戯曲や講談などに登場する一心太助と大久保彦左衛門のコンビが登場、実際の一心太助の時代とはずれていますが、その辺りもきちんと解説済みなのが米村作品らしいところ。その他にも、お夢が8代将軍吉宗とじかに対決してみたり、当時の大奥のエピソードなども巧みに取り入れられていて、突拍子もない真相にもその気にさせられてしまうのがすごいです。ただ、お夢が賑やかに真相を求めて動き回るのはいいのですが、少し増長気味感じられた部分もあり、読者を最後まで引っ張り抜く勢いや力はなかったように思います。それだけが残念でした。

「おんみつ蜜姫」新潮社(2005年10月読了)★★★★
徳川幕府8代将軍吉宗の世になってから13年経った頃。九州豊後の小藩、2万5千石の温水(ぬくみず)藩の藩主・乙梨利重が、18歳の末娘・蜜姫と遠乗りに出ている時に金毘羅参りに身をやつした忍びの者に命を狙われます。自分と讃岐国風見藩時羽光晴との縁談話、さらには両藩の併合案を聞かされた蜜姫は、刺客は将軍吉宗が放ったものだと思い込み、何とかしなければならないと意気込みます。しかし温水藩は貧乏藩で士分の侍は100人ほどしかおらず、隠密に使えるような暇な腕利きはいないのです。蜜姫は吉宗と対決するために、自ら隠密になって江戸へと向かうことを決意。母の甲府御前こと宇多に相談した上で、武者修行中の若侍に姿を変え、忍び猫のタマをお供に温水藩を出奔します。まずは縁談相手の時羽光晴の人となりを確かめるために、風見藩に向かうのですが…。

「風流冷飯伝」「退屈姫君伝」の風見藩も登場する物語ですが、時代は少し遡り、風見藩の様々な決まり事を決めた先々代藩主、光猶院こと光晴の時代の物語です。天一坊事件というのは、吉宗の治世に実際に起きた事件だったのですね。
吉宗こそが敵だと思い込み、勇んで出発する蜜姫ですが、せっかくの男装も皆にすぐに見破られてしまいますし、船に乗れば用が足せずに困り果てる始末。世間知らずのお姫様にとっては、出奔するのもなかなかの大仕事です。しかし船頭の五平や雲助の助けを借りて、一歩ずつ着実に前進。この常に前向きな蜜姫のキャラクターがまず魅力的。そして「落馬は得手」という自慢にならない自慢をしている、蜜姫の父のとぼけた味わいも可笑しいですし、出奔するという娘を呑気に応援し、「深夜こっそりと城を抜け出さなくては出奔になりません」と、宿直の門番に詰所を外させるよう命じてしまう甲府御前の、まず形から入るようなずれ具合も楽しいですね。忍び猫のタマの思いがけないワザもすごいです。吉宗と大岡越前の会話も、まるで「暴れん坊将軍」のようなテレビの時代劇を見ているよう。池崎源三郎、飛旗菊馬、鳴滝鉄兵といった「風流冷飯伝」に登場する冷飯喰いたちの先祖たちも登場します。
せっかく美男子忍者の笛吹夕介がいながら、ロマンスがまるでなかったのは少し残念でしたが、この作品は元々新聞連載だったそうなので、いつものような艶っぽい場面がなかったのかもしれませんね。幕府転覆の陰謀あり、忍びの暗躍あり、海賊騒ぎあり、諏訪湖に眠る武田勝頼の軍用金ありと盛りだくさん。しかし何といっても、思わずくすりと笑わせられてしまう会話の数々と、いつもながらの軽妙な語り口が一番の魅力の作品です。

P.346「そちが温水の暴れ姫ならば、予は、そうさな、暴れん坊将軍とでも呼んでもらおうか」

「退屈姫君海を渡る」新潮文庫(2004年10月読了)★★★★★
明和元年7月。時羽直重が、参勤交代で四国讃岐に帰国して3ヶ月。1人ぼっちで退屈しきっていた17歳のめだか姫は、お仙の兄・一八から届いた手紙の内容に驚きます。なんと夫の直重が、行方知れずになってしまったというのです。藩主が失踪という風見藩存亡の危機を救うため、めだか姫は父である陸奥磐梯藩50万石の国主・西条綱道に船を借り、海路風見藩へと向かうことに。

めだか姫が活躍するお江戸シリーズ第4弾。「風流冷飯伝」「退屈姫君伝」「面影小町伝」でこのシリーズは終わりなのかと思っていたら、いつの間にか「あんみつ蜜姫」と、この「退屈姫君 海を渡る」が刊行されていました。「あんみつ蜜姫」は、どうやら先々代のお殿様(光猶院こと時羽光晴)の話のようですが、こちらの「退屈姫君 海を渡る」には、あのめだか姫が再登場。時系列的には、「退屈姫君伝」の直後のようですね。
「海を渡る」という題名から、もしや外国に行ってしまうのか、とも思ってしまったのですが、さすがに鎖国中の江戸時代が舞台、そういう展開ではありませんでした。夫の国許である風見藩に行くために、めだか姫は実家で用意してもらった船に乗って行くことになるのです。この風見藩に行くという行動自体、本来なら幕府から謀反を疑われてもおかしくないご法度。しかしめだか姫はまるで気にしません。逆に、いい具合に退屈しのぎができると喜んでいるほど。このめだかが、お仙から夫の直重がいなくなったと聞いた時の反応が、なんとも可愛いのです。「すてきすてき。お仙さん、よくぞ知らせてくださいました。」「だって…この危機から藩を救えるのは、わたくししかいないではありませんか!」 めだか姫に、それだけの器量があるからこそ言える台詞ですが、この台詞にこの作品の洒脱さが現れていますね。
これまで「風流冷飯伝」と「退屈姫君伝」では、同じ風見藩の話でありながら、舞台が国許と江戸とに分かれており、直接的な接点がほとんどなかったのですが、今回はどちらのこの2つの作品の登場人物たちの競演が見られるのが嬉しいところ。「風流冷飯伝」の幇間の一八や冷飯食いの飛旗数馬も登場していますし、「退屈姫君伝」のくの一・お仙や義弟の直光、老女の諏訪やその恋人・天童小文五も登場、講談調の軽妙な語り口も相まって、賑やかで楽しい作品となっています。

「退屈姫君恋に燃える」新潮文庫(2005年10月読了)★★★★★
明和元年9月15日。藩邸の面々が神田祭に出かけてしまい、退屈を持て余していためだか姫の元に駆けつけたのは、天童小文五。将軍家との賭将棋を控え、修行に打ち込んでいるはずの榊原拓磨の様子がおかしいというのです。そして、数日前から魂が抜けたようになって、修行にも身が入らなくなっていた拓磨の話を小文五に聞いていためだか姫のところに飛び込んできたのはお仙。なんとその拓磨が、神田祭の行列に紛れて外堀曲輪に入り込んだというのです。

なんとこの作品から、退屈姫君の物語が正式にシリーズとなったのですね。これは「退屈姫君伝」「退屈姫君海を渡る」に続くシリーズ3作目とのこと。以前は「風流冷飯伝」と「退屈姫君伝」「面影小町伝」(単行本時は「錦絵双花伝」)で3部作になっていたと思うのですが、やはり退屈姫君ことめだか姫の人気が急上昇ということと、「面影小町伝」の雰囲気だけかなり違うというのが理由でしょうか。
今回は「退屈姫君恋に燃える」という題名ですが、めだか姫自身が自分の恋に燃えるわけではなく、恋をするのは風見藩の冷飯・榊原拓磨と、横隅藩の萌姫。拓磨が、3万5千石の小藩とはいえ、れっきとした大名家のお姫様に恋をしてしまったから、さあ大変。しかも相思相愛らしいのです。そしてそこに田沼意次が絡んできて、さらに事はややこしくなります。
田沼意次に関しては、「退屈姫君伝」の時の方が魅力的だったと思うのですが、今回はめだか姫の姉の猪鹿蝶三姉妹(シスターズ)も前面に登場して、物語を盛り上げてくれます。彼女たちにかかっては、田沼意知も少々気の毒になってしまいますね。自業自得とは言え、まだ16歳だというのですから。
もしめだか姫がいなければ、横隅藩が田沼意次に睨まれることもなく、これほどの大事件に発展することもなかっただろうと思うのですが、しかしめだか姫がいたからこそ、拓磨と萌姫は周囲の祝福を受けて結ばれることになるのですから、やはりめだか姫万々歳ですね。いつもながらに楽しい作品でした。しかし「姫若天眼通」という大名のお姫さまや若さまの番付表というのは、おそらく米村氏の創作なのだろうと思うのですが、いかにも存在していそうで楽しいですね。
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